ミサトさんとして、精一杯、生きましょう! 作:Qの展開に?満載の人
一度、死んだ私がなぜ今もこうして生きているのかというと、その理由はいまいちよくわからない。
死んだ、と思ったら見知らぬ病室で目覚めていて、なし崩し的に第二の人生がスタートしてしまったというべきか。
それで第二の人生は赤ん坊からではなく、14歳の思春期真っ只中の歳からだった。ちょうど前世で私が死んだのが14歳だったから、同い年だ。
何かの運命なのか、と思った。前世で亡くなる前、生きていたいと死にたくないとずっと祈っていたから。
そして目覚めた私を、駆け付けた医者や看護婦たちが信じられないようなものを見るかのような目で見て。
それから間もなくして、私は第二の人生の自分の名前を知った。
葛城ミサト。
なんの冗談かと思った。
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前世において、生まれながらにして余命を宣告されて、一生を病室で過ごしていた私は当然ながらインドアな生活を送っていた。
具体的にはアニメや漫画やゲーム。二次元に……二次元だ。辛い現実を直視するのが辛くて、妄想の世界に逃げ込んだまさに典型的なパターンだ。
F○te/とかも知ってるし、ジ○ジ○とか……ドラ○もんだったり、サ○エさんだったり……そういう国民的アニメも見ていた。とにかく薄く、幅広く、ジャンルは問わなかった。
そんな中で、一時は社会現象にまで至った作品があった。その作品名が――新世紀エヴァンゲリオン。
前世が男だった私は、その魅力的なキャラクターに惹かれてファンになっていったこれまた典型的なパターンの人間だ。
そして葛城ミサト。言うまでもなく新世紀エヴァンゲリオンに登場する主要人物の一人で、後の人類を脅かす敵である使徒と戦う特務機関NERVという組織に属する作戦部長となる人物だ。
作戦部長という立場上、エヴァに乗る操縦者である碇シンジだったり、惣流(式波?)・アスカ・ラングレーだったり、そういった登場人物たちとの関わりも深いのだが――ぶっちゃけて言うと、最初は本当に冗談だと思っていた。たまたま同性同名だったり、創作物のキャラクターに憑依なんて非現実的なことがあるわけないと思っていた。
それでも葛城ミサトとしてなし崩し的に第二の人生を歩み始めていくうちに、セカンドインパクトやら何やら物騒な単語を耳にして、ここが新世紀エヴァンゲリオンと同じ、もしくは同系統の世界であることは嫌でも理解できてしまう。
あの暗く鬱展開満載の作品の世界だということを……。
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それでも生きたいと願っていた私にとって、今こうして生きているという現実は何よりも明るい話題でしかなかった。どんなに苦しくても生きたいと願ったのは私だし、一度は死んでいるのだ。葛城ミサトに転生(というよりは憑依?)して三日も経たない内に、生きていればなんとかなるという何とも前向きな考えに落ち着いた。
一つだけ心配だったのは、私という存在が存在することで、葛城ミサト本来の人格がどうなってしまったのかということだったが、医者の話では、
つまり肉体は生きていても心は完全に死んでしまっている状態で……だから私が目覚めた時、医者とか看護婦が信じられないものを見るかのような目で私を見ていたのだ。
死んでいるから許される、ということではないのだと思う。それでもこうなってしまった以上、私には生きる以外の選択肢はない。せめてもの償いとして、私には精いっぱい生きることしかできないのだから。
葛城ミサトとして――。
*なお、一人称が私なのは、大学時代にりっちゃんに直された模様。