兄妹   作:エロ漫画博士

1 / 2
八小が好きすぎて書きました!


誰が為に比企谷 八幡は決意した

四月

 

春風が吹くと桜の花弁はヒラヒラと地表に舞い落ちる。鼻をくすぐる甘い香りは、風に乗ってどこまでも遠くに行けそうな気がした。

 

「へっへへーどう、お兄ちゃん?」

「おう、バッチリ似合ってるぞ!可愛すぎて目に入れても痛くないレベルだな」

 

相変わらずお兄ちゃんは妹バカだな。こんなにシスコンだと雪乃さん達に呆れられるよ?……それでも嬉しくて私の頬はほころぶ。

 

わたくしこと、比企谷小町は今日から総武高校の1年生です。良く学園アニメにあるような、希望と期待に満ち溢れ……てる訳じゃないけど気持ちは飛び跳ねそうなくらい浮かれています。だって、それは……。

 

制服に身を包んでリビングに向かうと、お父さんはトーストをかじりながら新聞に目を通していて、お母さんは私達の朝食を用意してくれていた。

 

「お父さん、お母さん、おはよう」

「おはよう、小町。うん、似合ってるわ」

「おー、まるで母さんの若い頃を思い出すな。可愛いぞ、目に入れても痛くーー」

 

お母さんの若い頃は、お父さん曰くかなり美人だったらしい。学園のマドンナ? とかなんとか言われてたみたいだけど、それに似てるって事は小町も学園の歌姫……じゃなかった。とりあえずは喜んでおこう。

 

「あなた、馬鹿な事行ってないで早く食べて支度しなさい。ほら、2人とも早く食べちゃって」

「はーい、じゃいただきますー」

「はい、召し上がれ」

 

うん、ママんの料理はやっぱり美味しい。トーストに合わせてサラダとスクランブルエッグと簡単な朝食だけど、この絶妙な塩加減とバターの甘みがマッチして私の舌に幸福感を与えてくれる。

 

登校の時間も迫っていたので早々に朝食を食べ終わり、隣を見るとお兄ちゃんはトマトをコロコロと箸遊びをしていた。

 

「お兄ちゃん? 食べ物粗末にしちゃだめだよ?」

「そ、そうは言ってもさ……苦手なもんは苦手だし……」

 

そう言ってお兄ちゃんはトマトを一向に食べようとしない。はぁー仕方ないな。

 

「ほら、お母さん見てないうちに、あーん」

「へ? あーんするの? それはちょっと恥ずかしいと言うか……」

「なら食べるのやめるーー」

「はい、あーん」

 

まったく……兄妹同士なんだから別に恥ずかしがる事ないのに。……そう言えば私、お兄ちゃんが口付けた箸で……。ダメ、ダメ。これ以上考えると顔が真っ赤になりそうだった。

 

「ほら、お兄ちゃん行くよ。お母さん、行ってきますー」

「はーい、行ってらっしゃい。お母さん達、今夜遅いと思うからー」

「分かったよー、ほら、お兄ちゃん早く早く」

「ちょ、ちょっと待てって」

 

玄関を出ると空に上がったお日様の光が眩しくて暖かい。太陽の光を全身に浴びながら、空に向かって思いっきり背伸びする。今日から家でも……学校でもずっと一緒にいられるんだ。

 

ーー

 

学校に到着すると、私と同じように真新しい制服に袖を通した1年生達が、次々と校舎の中に入っていった。皆付き添いに、お父さんかお母さんがいるけど、私に付き添いはいない。その事に少し落ち込み、小さくため息をつくとお兄ちゃんは察した様に頭を優しく撫でて呟く。

 

「俺が親父と母さんの分まで見てやるから、無い胸張って頑張れ」

「うん……ありがとう。ちなみ、無い胸は余計だよ。ちょっとは膨らんでます」

「悪い、悪い。じゃ俺は先行ってるからな」

 

そう言ってお兄ちゃんは撫でていた手を離して自転車置き場に向かってペダルを漕いでいく。……もう少し撫でて欲しかったけど、あんまりされると噂されちゃうしね……。

 

風で乱れた前髪を手櫛でサッサと直し、校門をくぐろうとすると後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「おーい、小町ちゃーん!」

「おー結衣さん、やっはろーです」

「やっはろー! 制服似合うね、小町ちゃんらしくて可愛いよ」

 

うん、やっぱり結衣さんは好い人だ。は! でも学校だと先輩だし、これからちゃんと先輩と呼ばないとかな。

 

「はぁはぁ……由比ヶ浜さん、急に走りーーあら、小町さん」

「雪乃さんもやっはろーです! 朝からお二人で登校なんて妬けちゃいますなー」

「まったく……朝からそんな事言ってないで早くクラス表見てきたら? 昇降口横に張り出されてるはずよ」

 

そうだった、そう言えばまだ自分のクラスも知らないんだった。雪乃さん達に軽く挨拶をして、クラス表を見に行く。A組から順に目で追って行くと私の名前はF組の欄にあった。

 

昇降口で買ったばかりの上履きに履き替えてクラスに向かう。友達も何人か総武高校に入学したけど、皆離れ離れになったので、また1から友達作りしないと。

 

「あ、比企谷さん!」

「おー大志君も同じクラスだったんだねーよろしく」

 

……知り合い、同じクラスにいました。まぁでも彼は塾の知り合い程度で、そこまで存在感と無かったし、小町的には噂されても平気かな。

 

私の席は教室の窓側、そして後ろの方だった。良かった、この席なら眠たい時ちょっと居眠りしてもバレにくいよね。

 

「比企谷さんって言うんだ。よろしく。僕は日野 春兎」

「お、お隣さんですな。比企谷小町だよ。こちらこそよろしく」

 

席に着くと隣の席に座っていた男の子が自己紹介してくれた。ふむふむ、春兎君か。身長はだいたい170cm未満で、髪はミディアムのさらりと流れるような感じ。それに身体からその……何て言うのかな? 優しい人オーラ的なのが溢れてる気がする。顔を結構整っている気もするし、所謂イケメンって部類の人だね。

 

「ねぇ、小町ちゃんって呼んでもいいかな?」

「へ? 別に良いけど。なら小町も春兎君って呼ぼうか?」

「そうしてくれると嬉しいよ」

 

春兎君はそう言いながら子供のように私に微笑みかけた。あーこうゆうタイプは裏がなくても厄介そうだから小町苦手かも。

 

それから春兎君と他愛もない話を繰り返した。どこの中学から来たのかとか、得意な分野は何だとか、部活動何にするかとか。

 

「へぇー春兎君はサッカー部にするんだ」

「うん。元々中学も三年間やっていたし、ここのサッカー部に葉山さんって凄い人がいるからさ。その人と一緒にやりたいんだ。小町ちゃんはどこにするのか考えてるの?」

「小町は入学する前から決めてるんだー。奉仕部に入るの」

 

春兎君はぽかんと首を傾げて私を見つめていた。まぁ、普通の人の反応だよね。多分部活説明とかもないし、それに平塚先生の独自の管轄みたいだから、知ってる人が少ないんだろうな。

 

「えっと、そのほ、奉仕部? って何をする部活動なの?」

「んー小町もまだ正式に活動した事あるわけじゃないから、詳しくは知らないけど、『飢えた人に魚を与えるんじゃなく、取り方を教えて自立を促す』そんな部活なんだって。相談部とは違うけど、そんな感じみたい」

 

私が奉仕部の活動を目の当たりにしたのは去年の夏休み。千葉村での事だった。当時、鶴見 留美ちゃんと言う女の子がいて、彼女は小学校のクラスメイトからイジメを受けていた。そしてその現状を覆そうとはせず、周りを見限り、受け入れていたフリをしていたのを、お兄ちゃんを筆頭に私達はその現状を変えようと手をうった。

 

イジメを解決させて、仲を元通りにさせるなんて事は一介の学生に出来るわけも無いけど、お兄ちゃんは解決ではなく、解消の方法を思いつく。その方法は決して褒められるやり方ではなかった。それでもあの現状を変えるには最適な方法だと今でも信じている。他の誰が何と言おうと、それを否定なんて絶対させない。

 

「そっかー。で、その奉仕部に気になる人でもいるのかな?」

「へ? ……ないないない! ど、どうして急にそんな話にーー」

「だって奉仕部の事話してくれた小町ちゃんの表情、かなり可愛かったよ」

 

ふぇ? 可愛い? 真顔でそんな言葉言う人に小町初めて会ったよ。別に小町的には別段変えてるつもりなく、至っていつも通りなんだけどな。好きな人……確かに好きだけど、それはお兄ちゃんとしてだから別に……。

 

「はーい、皆、席についてー」

 

教室のドアがガラガラと音を立てて開けられると、少しボサボサの短髪で、着崩した白衣の制服、どこにでも売っている様な何の変哲もない黒縁メガネを掛けた先生らしき人が教壇に立った。

 

「今日から1年間、このクラスの担任をする、白峰 寿道です。よろしくお願いします」

 

うーん、雰囲気的には何か頼りなさそうだけど、優しそうな先生ぽいし良かったぽい。小町的には平塚先生でも良かったんだけどね。

 

先生の自己紹介が終わった後はクラス毎に整列して、体育館に向かう事になりました。体育館では既に在校生と来賓の人達が用意された席に座っていて、入学式の主役の登場を今か今かと待ちわびている。

 

進行役の先生が新入生入場をアナウンスすると、A組から順に足並みを揃えて体育館の中に進んでいく。B、Cと徐々に中に入って行き、F組の番に差し掛かると、緊張は大きな音を立てて私に伝えていた。

 

「平気、平気。前向いて、胸張って歩けば良いんだよ」

「春兎君は緊張してないの?」

「まぁ、中学の頃からか部活で見られる事には慣れてるんだ。だから大丈夫!」

 

そう言って春兎君は子供のように私に微笑んだ。うぅー小町は見られる事には慣れてないからやっぱり……。

 

そうこうしている内に小町達の番になり、先頭のクラスメイトが体育館の中に進み出す。お兄ちゃんに言われた様に無いむ……ちょっとは膨らんでいる胸を張って、私は遅れない様歩いて行く。

 

体育館の中に入ると鳴り止まない拍手で迎えられた。内心オロオロしている私は目をキョロキョロと動かしてお兄ちゃんを探す。……確かクラスはFだったはず。

 

歩きながら探していると、そのクラスの中でも一際腐りきった瞳の持ち主を見つけた。その人も私の探す視線に気が付くと、他の誰にも気付かれない様に、優しく微笑みかける。

それだけで、私の中にあった不安は綺麗に跡形もなく消えて行った。

 

「これより第……入学式を始めますーー」

「新入生代表ーー」

 

つつがなく入学式が終わると、在校生はその場に残って式の後片付け、新入生はクラスに戻り担任から簡単な挨拶をもらった。

 

「でも驚いたー春兎君、新入生代表の挨拶するなんて知らなかったよ。頭良いんだね」

「そうでもないよ。自分に出来る事を精一杯やってるだけだなんだ。さっきも大丈夫って言ったけど、内心緊張してたし」

「えーと、それじゃ今から自己紹介をして行ってもらいます」

 

クラスに悲痛の声が走る。先生がお題に出したのは、名前と今年の意気込み。私の意気込みは既に決まっているので、順が来るまで平然と待っていた。

 

するとクラスに黄色い声が響く。

 

「初めまして、日野 春兎です。サッカー部に入部予定で、今年レギュラーに入れるように努力したいと思います。よろしくお願いします」

 

春兎君の自己紹介が終わると、クラスメイトの女の子は、ヒソヒソと声を出しては春兎君を見て目をときめかせている。……笑顔も爽やかだし、本当お兄ちゃんとは違うな。

 

そして次が私の番なので、椅子をゆっくりと動かし背筋をピンと立てて、声を出す。

 

「比企谷 小町です。今年の意気込みはお兄ちゃんをごみぃちゃんから更生させる事です。よろしくです!」

 

我ながら良い目標だと思う。お兄ちゃんの捻くれは去年の今頃を考えると、多少マトモになったかもだけど、まだまだ足りないから私が頑張らないと。

 

満足気な私に対してクラスの反応はどこかイマイチというか、春兎君とは別の意味でヒソヒソと話し声がしている気がした。……小町、何か間違えたかな?

 

クラス全員の自己紹介が終わると今日はもう帰宅だ。お兄ちゃん達も今日は同じように終わっているはずだから、とりあえず奉仕部の部室に行こうとした所でクラスメイトの女の子達から声を掛けられる。

 

「ねぇねぇ、比企谷さんってもしかしてブラコンなの?」

「ふぇ? 別にブラコンとかそうゆうのじゃないよ。どうしたの急に?」

 

彼女達はいきなり何を言い出すんだろ? 妹がお兄ちゃんのお世話とかするのは当然で、お兄ちゃんが捻くれてたら更生しようとするの当たり前じゃん。しかし彼女達はお互いの顔を見て、意思疎通している様に頷きまた問いかけてくる。

 

「普通、兄貴にそんな事しないって! 私も兄貴いるけど、ほぼ会話とかしないよ。家にいても無視する事多いし」

 

彼女達は「それあるー」とか言ってるけど、小町的には無いから。え? お兄ちゃんと会話しないとか、そんな事あり得ない。たまに……本当ごく稀に、小町のせいでお兄ちゃんが本気で怒っちゃって、話さない時があるけど、基本は毎日ずっと話してる。寧ろお兄ちゃんが小町の事無視してきたら、部屋に押し掛けてでも話すし。

 

言い返したい気持ちはあったけれど、こうゆう状況の対処術は心得ているので、淡白に事を伝える。

 

「親が共働きだし、小町が面倒見ないと直ぐダメ人間になっちゃうんだよね。だから仕方なくだよ。皆が期待してるような関係にはならないかな」

「あー、確かに共働きだと大変だよねー。私の家もーー」

 

彼女達はそれから何か自分の家庭の事とか色々話してくれていたけど、正直私は直ぐにでも奉仕部の部室に行きたかったので、軽く別れの挨拶を済まして教室を出る。

 

余計な事で思わぬ時間を取ってしまったので、少し早歩きで向かおうとすると、後ろから声を掛けられて立ち止まる。振り向くとそこには、後を追いかけてきた様に、春兎君が自分の鞄を手に持ってそこにいた。

 

「小町ちゃん、奉仕部に行くんでしょ? 僕も一緒に行っていいかな?」

「へ? 別にいいけど……」

 

まだ私も奉仕部の部員じゃないから断る理由とか無いけど、何か用なのかな?

 

訝しむ気持ちはあったけれど、仕方なく一緒に奉仕部の部室まで歩いて行く。部室の前に着くと、中から女の子2人の楽しそうな会話、そしてそれに相槌を打つ男の人の声が廊下に漏れていた。

 

早歩きで少し乱れた前髪を手で整えてドアをノックする。3回、コンコンと鳴らすと、部屋の中から透き通るような白い声で「どうぞ」と返事が聞こえた。少し重い扉は音を廊下に響かせて開かれ、中にいる人達は一斉に私に視線を向ける。

 

「いらっしゃい、小町さん。歓迎するわ」

「えへへー今日からあたしも部活の先輩かー」

「由比ヶ浜、お前の脳じゃ先輩じゃなくて後輩だ。そこ間違えるな」

 

きっといつもここでしているやり取りなんだろう。結衣さんはお兄ちゃんに悲痛の声を出しているけど、雪乃さんは顎に手を当てて納得している様子を見せた。……結衣さん、小町は結衣さんの味方です!

 

「それで、そちらの人はどなたかしら?」

 

すると雪乃さんは私の後ろにいた人物に気が付いて尋ねた。

 

「あ、えっーとこの人はーー」

「小町ちゃんのボーイフレンド?」

「は? ちょっと待て。今の聞き捨てなんねーぞ。え? 小町のボーイフレンド? 誰がそんなん許した? 俺は断じて認めてねー」

 

お兄ちゃん、そのシスコンぷりは小町もどうかと思うよ? 家なら……別に良いんだけどさ。案の定彼は苦笑いしているし。まぁお客さんみたいな物だから仕方ないか。

 

「えっと、この人は同じクラスで隣の席の、日野 春兎君って言うの。奉仕部の事少し話したら、一緒に来たいって言うから連れてきただけで、別に小町のボーイフレンドじゃありません」

 

私からそう聞くとお兄ちゃんは安堵した様な表情を浮かべていた。はぁーこれじゃ、小町が彼氏を作るのは随分先になりそうだなー。別に好きな人いないけど。

 

「只今、ご紹介に預かりました、日野 春兎です。小町ちゃんにこの部活の事を聞いて、少し興味がありましてーー」

 

春兎君が話し始めると、お兄ちゃんの顔色はどんどん苛立ちを見せ始めた。具体的に言うと春兎君が私のことを「小町ちゃん」と呼んだとこらへん。お兄ちゃん、それぐらい許してあげなって。

 

「それで来させて頂いたんですが、先輩方とても仲が良さそうで羨ましいです。えっと、先輩が小町ちゃんのお兄さんなんですよね? よろしくお願いします」

 

そう言って春兎君はお兄ちゃんに向かって手を差し出すが、お兄ちゃんは肩肘付いたままそっぽを向いて話し掛けた。

 

「別にお前とよろしくする機会なんてねーだろ。それに今日会ったばかりの小町にそんな馴れ馴れしくして、お前小町の事好きなのか?」

「ちょっとお兄ちゃん! 春兎君は別にーー」

「はい、好きですよ」

 

そうだよねー好きに決まってるよねー。嫌いなわけ……え? 好き? えぇ? だってまだ会ったばかりで……え? え? 小町、分からないよ?あ、あれだよね! 友達としての好きとか……。

 

その場の全員が呆気にとられた顔をしていた。そしてそれを見た春兎君は首を傾げて呟く。

 

「だって、明るくて素直で可愛いじゃないですか。凄く魅力的な女の子だと思います」

 

いやーどもども……。どうもじゃないよ! ど、どうすればいいの? 別に春兎君の事は意識してるつもり無いし……は! 雪乃さん、結衣さんに!

 

私の救難信号を2人に向けて飛ばして見たけれど、結衣さん撃沈。どうしてかって? 非常に女の子らしく口に手を当てて頬を染めながら「ひゃー」って言っているからです。もうあれは完璧に恋する乙女の対応。こうなれば残る小町の希望は雪乃さんだけ。

 

「……好き……好き……なるほど」

 

うん、雪乃さんもダメでした。今まで見せたこと無い様な表情で俯いて、ブツブツ呟いています。そして私はさっきから一言も喋らないお兄ちゃんの方へ、恐る恐る視線を向けると、お兄ちゃんはハトが豆鉄砲当たった様にポカンとしていた。

 

「あ、あのさ、春兎君、じょ、冗談だよね?」

「ううん、本気だよ。突然の事でびっくりしてると思うけど、小町ちゃん、良かったら僕と付き合って欲しい」

 

初めて、異性に告白された。厳密に言えば初めてではない。中学の頃も何人かに告白されたけれど、どれも人目につかない場所で、された事自体もお兄ちゃんに言っていない。言えばお兄ちゃんは私の事にも気を使ってしまう。特にお兄ちゃんは去年、一昨年と色々あってなるべく、お兄ちゃんにはこの事で心配かけたくなかった。

 

けれど、今日、初めてお兄ちゃんの目の前で異性から告白されてしまう。返事なんてもちろん断るに決まっている。だって私にはやらないといけない事があるし、第一私にはお兄ちゃんがいるから、別に恋人なんて……。

 

「小町ちゃん、返事はゆっくりでいいから考えてくれないかな? 僕本気だから。それじゃ僕はこの辺で帰らせてもらうね。また明日」

「ふぇ? ちょ、春兎君? まっーー」

 

そう言い残して彼は部屋を後にした。部屋の中は何とも言えない空気が漂っている気がする。うぅ……どうしよ……とりあえず何か話題を。

 

「……認めないからな」

 

何か話さなきゃと話題を考えていると、意識を取り戻した様にお兄ちゃんはボソッと呟いた。

 

「俺は絶対、認めないからな。いや、確かに見た目はいい奴ぽそうだし、何か何処と無く葉山に雰囲気似ている気がするが、俺は断じて認めん!」

 

そう言ってお兄ちゃんはムスーとした表情でそっぽを向く。本当お兄ちゃんってシスコンだよね、とりあえず安心させてあげないと。

 

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。小町、別に好きな人いないし、春兎君の事もただ隣の人ってくらいで、特別な感情なんてないよ。そもそも手のかかる兄が1人いるのに小町が彼氏作ってる場合だと思う?」

 

我ながら上手い言い分だと思う。本当に春兎君に対して恋愛感情なんて持ち合わせていないし、お兄ちゃんのお世話で小町はてんてこ舞いだから恋なんてしている暇も、するつもりも無かった。

 

お兄ちゃんは小町の方に視線を向けると、本気だと言う事が伝わったのか、深く長いため息を吐いて安堵した表情を浮かべている。まぁ、お兄ちゃんみたいな人なら恋人にしてもいいかなー。

 

そこからは奉仕部の活動内容を雪乃さんが細かく説明してくれた。とは言っても、大体聞いていた通りで、最近ではあまり依頼も無いので、ゆっくり部室でお茶してる事が多いみたい。

 

途中、平塚先生が部室にやってきたので、入部届けを提出する。これで私も正式な奉仕部の部員だ。雪乃さん達みたい出来るか不安だけど、お兄ちゃんがいるから頑張れると思う。

 

「それじゃ、今日はこの辺にしておきましょう。シスコン谷君は小町さんをきちんと送り届けなさい」

「何でサラリと罵声言われなきゃいけないの? それに俺はシスコンじゃない。ただ純粋に小町を愛しーー」

「シスコンより重症だよ! はぁー小町ちゃんも大変だね」

「うーん、まぁいつも通りなんで、大丈夫です。昨日なんかも小町の為にアイス買って来てくれたりしましたし」

 

そう言うと雪乃さんと結衣さんは、ちゃんとお兄ちゃんをしてる事に感心している様子をしたけど、お兄ちゃんは何か言いたそうに視線を私に向けていた。

 

せっかくフォローしてるんだから、雪乃さん達が気付く前にその目はやめた方が良いと思うよ?

 

雪乃さんが部室の鍵を閉めて職員室に鍵を返却しに行く。それが終わると昇降口に向かって歩き、雪乃さん、結衣さんは電車通学なので、校門前で私達と別れる。

 

帰り道は行きと同じようにお兄ちゃんの自転車の後ろに座り、落ちてしまわないよう、そっと兄の背中に手を当てていた。

 

ーー

 

自宅に帰ると、両親はまだ帰ってきていない様子で、家全体は森閑としていた。私が帰って来たことに気付いたカーくんは、リビングの少し開いたドアから、その重たそうな身体をのっそりと動かし「ぶみゃー」と何ともブサイクに鳴いて寄り添ってくる。

 

「小町、今日の晩御飯は俺が作るからゆっくり休んでおけ」

「え? いいの? やったー! ありがとね、お兄ちゃん。小町、お兄ちゃんのこと大好きだよ」

「あー、ありがとさん。……今日はいつもの言わないのか?」

「うん……。だって好きなのは本当だもん」

 

それは兄妹であれば当たり前の感情だろう。妹の為に兄が何かをしてくれるのに、そんな兄を好きじゃない妹なんていない。

 

お兄ちゃんが夕飯の準備をしている間、私は先にお風呂に入ることにした。

 

湯船にお湯を張って、爪先からゆっくりと湯船の中に入れる。肩まで浸かり小さくため息を吐くと、今日あった出来事が思い出された。……私は告白されたんだ。もちろん春兎君の事が嫌いとか、そうゆうのは無い。どちらかと言えば、苦手なタイプ……あ、これ嫌いな部類かも。それでも話していて、嫌な気分にはならないから、嫌いでは無いはず。ただ、告白の返事は直ぐにでも返すつもり。私はお兄ちゃんに彼女が出来るまで誰とも恋愛するつもり無いから。

 

お風呂から上がるとリビングのテーブルには既に料理が並べられていた。

 

「今日はお兄ちゃん特製のオムレツだぞ!」

「やったー! お兄ちゃんのオムレツ、小町大好物だよ」

 

我が家のオムレツは多分だけど、かなり特殊。普通オムレツと言えば具材は卵のみで中に何も入っていないけど、お兄ちゃんのオムレツは中に挽肉、ジャガイモ、ピーマン、タマネギなどなど。数種の野菜を中に入れた食感たっぷりのオムレツなのだ。

 

「お兄ちゃん、何か今回のいつも以上に美味しい気がするよ」

「そうか? いつもと作る手順も変えてないし変わらんだろ。強いて言えば小町への愛ーー」

「はいはい、小町もお兄ちゃんの事好きですよー」

 

棒読みで言われた事がショックなのか、お兄ちゃんはそっぽを向いてしまった。もう、仕方ないお兄ちゃんだな。

 

「あのね、お兄ちゃーー」

「なぁ、小町」

 

私の言葉を遮り、お兄ちゃんは視線を外したまま呟く。

 

「その、あ、あいつとはつ、付き合わないんだよ……な?」

 

あいつ? あー春兎君の事かな。それ学校でも言ったのに。

 

「うん、付き合わないよ。私にはお兄ちゃんがいるし。まぁ、お兄ちゃんに彼女が出来たら、もしかして……」

「そっか、俺のせいで……。変な事聞いて悪かったな。早く食べてしまおう」

 

何かボソッと聞こえた気がしたけど、お兄ちゃんはそれから一言も喋ろうとしないで黙々と食べ続けた。

 

私が聞き逃しまった事を後悔するのは後になってからだった……。

 

ーー

 

それから数日が流れる。

 

特に変わった様子は無く、あの翌朝、学校に行き、春兎君に断わりの返事をした。けれど彼は本気だから簡単には諦めないと言ってくれる。その後は、ただのクラスメイトで隣の席の男の子として私も接しているつもり。私のクラスでは何の代わり映えもしていない。そう、私のクラスでは……。

 

「ね、ねぇ、ヒッキー今度の日曜日さ映画行かない? お母さんがね、映画のチケット貰ったんだけど、自分は行けないからってくれたの。ゆきのん誘ってみたんだけど、その日は予定あるみたいで……」

「そっか。ま、まぁそれなら仕方ない……な。分かった。予定空けておく」

 

どうして私は隠れているんだろう。お兄ちゃんが昼休み、教室にいないのは知っている。いつもの場所でいつものように食べているだろうから、そこへ向かうとお兄ちゃんと結衣さんがいた。

 

珍しくは無い組み合わせだったし、声を掛けようとすると、結衣さんの呟いた声は静かに響いて私の耳にも届いた。そして怖くなった私は隠れてしまう。

 

別に隠れる事なんて無いんだ。いつもみたいに交ざって行けばいいんだ……それなのに足は竦んで動かない。

 

お兄ちゃんは結衣さんの事……。

 

 

放心したようにおぼつかない足取りで教室に戻り席に座ると、様子に気付いた春兎君は恐る恐る私に尋ねた。

 

「大丈夫? 何があったの?」

「うん……。平気、何でもないから」

「何でもないって……」

 

本当に何でもないの。ただきっと潮風に当てられて体調を崩してしまっただけだ。そうに違いない。だから家に帰って寝れば良くな……

 

「小町ちゃん!」

 

春兎君の呼ぶ声が聞こえたけど、朦朧とした意識のまま、私は床に倒れた……。

 

 

カーテンがヒラヒラと揺れていた。開いた窓から風と共に桜の花弁が部屋に入ってくると、揺れるカーテンをすり抜け太陽は部屋を照らす。照らされた瞳は眩しさに目を開くと、天井は低く少しホコリが見えた。

 

ここがどこだか認識する為、辺りを見渡すと、椅子に座りながら文庫本を読んでいたお兄ちゃんがいた。

 

「気が付いたか?」

 

私の視線に気付いたお兄ちゃんは文庫本をパタンと畳んで、私に顔を近付けて、おでこを重ねた。

 

「な、な、何? お兄ちゃんどーー」

「まだ少し熱がある感じだな。もう少しゆっくり休ませてもらっておけ」

 

そっか……私、風邪で倒れちゃったんだ。それで心配してくれたお兄ちゃんは起きるまで側にいてくれた。

 

「お兄ちゃん、ごめんね」

「気にするな。妹が倒れたなら側にいるのが兄貴だよ。ほれ、寝るまでいてやるから目を閉じろ」

 

そう言ってお兄ちゃんは畳んだ文庫本を開いてまた読み始める。

 

人って風邪の時、心が弱ってると言われていて、勿論例外もいると思うけど、私はそうでなかった。寂しく甘えたい心は、私の意思と関係もなく口を滑らせる。

 

「お兄ちゃん……結衣さんとデート行くの?」

「は? こま、聞いて……。あー、そのなんだ、デートじゃなくて映画観にいくだけだよ。雪ノ下が行けないんだとよ。だから代わりで行くだけだ」

「それが、デートなんだけど……。ちゃんと服装気を使ってね? お兄ちゃん小町が見立てないと、センス悪いから心配だよ」

「わかってる。小町は余計な心配しないで、今は体調治すことだけ考えろ」

 

お兄ちゃんは少しだけ頬を染めて文庫本を読み続ける。そして私はその理由がわからないまま、ゆっくりと目を閉じた。

 

ーー

 

今日は日曜日。絶好の春日和でお兄ちゃんが結衣さんとデートする日だ。

あれから平塚先生が車で家まで送ってくれて、薬を飲んで寝たら風邪はすっかり良くなった。そんな訳で今日のお兄ちゃんコーディネートも私が担当する。

 

春らしいとお兄ちゃんにはすらっとした格好が似合うと思うから、シンプルな黒のシャツにサテン生地のネクタイ。ダークグレーのベストと細めで朱色のパンツをチョイスする。

後はアホ毛がへなってしまうけど、シンプルなソフトハットを組み合わせれば、中々大人っぽい感じが……。

 

「ねー、小町ちゃん? これどうしても被らないとダメなの? お兄ちゃん帽子とかーー」

「被らないとダメ! 結衣さんとのデートなんだからオシャレしないと! ほら、もう時間も迫ってるし、男の人が30分前に着いて待ってるのは当たり前。準備した、した」

 

ほっぺたを膨らませてぶーたれているけど、渋々お兄ちゃんは着替えて家を出た。

 

うんうん。とりあえず後は、お兄ちゃんに任せても大丈夫だよね? 捻デレも多分軽減されてるだろうし。

 

お兄ちゃんを送り出した後は暇だったので、家の掃除をすることにした。まずは洗濯機を回して、その間に溜まっていた台所の食器を洗う。次にリビングから掃除機をかけていって、タイミングを見計らって洗濯物を取り出す。縁側から外に出ると春の暖かな日差しが眩しく心地よかった。

 

手のひらでシワを伸ばしながら物干し竿に洗濯物を掛けていき、掃除機の続きをする。ある程度終わると時刻はお昼を過ぎていたから、軽く食事を取って掃除の残りを終わらせた。

 

全部終わる頃には太陽は傾いてきて、空にはうっすらと夕色が広がっている。……あれからお兄ちゃんはどうなったんだろ? ちゃんと結衣さんをエスコート出来たのかな? ……ちょっと覗きに行くくらい平気だよね。

 

白いワンピースに身を包んでチューリップの髪留めを付ける。

確か映画はいつもの所で、今から行けば丁度終わった位に着くかな。

 

ーー

 

映画館に着くと思惑通り、丁度上映が終わった後でぞろぞろと人の波が出てきた。目を凝らして探すと、その中にお兄ちゃんと結衣さんを見つける。どうやら映画はラブストーリー物だったみたいで、2人とも頬をほんのりと染めていた。

 

遠くから見つからないように2人を見ていると、お兄ちゃんが結衣さんに何か話していて、終わると駅に向かって歩き出した。

 

普通はここで映画の余韻を楽しむため、カフェとかに入ってお茶をするのが当たり前だけど、もう夜のそこまで来ているしここはやむを得ないかな。

 

仕方ないと諦めていたけれど、駅に近付くにつれて結衣さんはお兄ちゃんに何か話していて、お兄ちゃんが1度顎で頷くと結衣さんの表情が明るくなり、2人は駅とは別の方向に向かって歩きだす。

 

しばらく北に歩くと千葉公園に着いた。この公園はモノレールが頭上に走っていて、春はソメイヨシノが絢爛豪華に咲き乱れ、夏は1面に大賀ハスが咲き誇る。秋には紅葉樹が綺麗な朱色に染まるなどと、四季折々の自然が楽しめる、そんな公園だ。

 

辺りはすっかり日が落ちていて、公園内を行き交う人は少ない。敷地も広いので、奥まで進むとモノレールの音が聞こえないくらい静かな所もある。

 

お兄ちゃんと結衣さんはあれから一言も話している様子なく進んで行って、一つポツンと置いてあるベンチに2人は腰掛けた。私はバレない様にそっと2人に近付いて耳を傾ける。

 

「今日はヒッキーありがとうね。映画ごめんね。あーゆう感じのだと知らなくてあたし……」

「い、いやまぁ、何て言うんだ。観る分には嫌いって訳でもないし、あんま気にすんな」

 

おー、お兄ちゃんがちゃんとフォローしてる! ちょーっと仕方は下手だけど、これは小町的にはポイントは少しあげても。

 

「それに久々にゆっくり出来たし、助かった。ありがとうな」

「べ、別にヒッキーが小町ちゃんの事で悩んでるから気分転換になればとかこれっぽっちも思ってないし、それに今日のはたまたま映画のチケットが余ってたまたまゆきのんが行けなかっただけなんだからね! か、勘違いしないでよね」

 

結衣さんのベタベタなツンデレは意外と可愛いかもしれない。

それよりもお兄ちゃんはやっぱり私のせいで疲れて……。

 

「ねぇ、ヒッキーあのねーー」

「由比ヶ浜、俺から言わせてくれないか?」

 

言葉を遮り、お兄ちゃんの結衣さんを見る瞳はいつも以上に真剣な眼差しをしていた。

 

そして静寂を嫌うようにお兄ちゃんの唇は震えて声を吐き出す。

 

 

「由比ヶ浜、俺と付き合ってくれないか?」




あとがき

いかがでしたか?
ラブコメが苦手なのでシリアスになっていると思います。中々心躍る内容では無いと思いますが、ふと思い出して覗いてもらえればと思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。