【完結】 気が付くと学園都市で銀行強盗していた   作:hige2902

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第五話 答案実検 <cunning>

「なんだその恰好は」

 

 助手席に乗り込んだおれに開口一番、木山は言った。

 

「さすがにラフな私服で局には行けないだろうからな。けっこういいスーツ買っちゃった」 おれは満足げに襟を正すとシートベルトを締めた。 「いま何時か知りたいか?」

「午前七時五分。精神的効能のある高額浄水器を売りつけてはしゃぎ回ってそうに見える」

 

 そっけなくアクセルを踏む木山を無視して、ケースが蜘蛛の脚にも見えるアメリカンウォッチを袖から覗かせる。

 

「午前七時五分。時間通りだな。喉が渇いているのか?」

「車内の時計でもわかる情報をどうもありがとう似合ってるぞこれでいいか」

「あんたもな。ショートもいい感じ」

 

 おれはフロントガラスに反射する、灰のパンツスーツに伊達眼鏡の木山を眺めて言った。いちおう変装というか、普段やらない事をする時は普段と違う恰好をするべきだというおれの人生哲学を押し付けた結果だ。学園都市の警備がその気になればすぐに身元が割れるだろうが、小手先の偽装でもやらないよりマシだ。

 

「おまえが指定した髪型だからそうしただけだ」

「がらりと違う格好をすべきというのは意見が一致したろう。なんかショートに嫌な思い出でもあるか。フられた時の?」

「喋るな」 棘を含み過ぎたと思ったのか、言い訳を付け加えた。 「運転に集中させろ」

「悪かったよ。その件に触れないから喋っていいか」

 

「ああ。言い過ぎた。気が張っているのは事実だ……聞きたいことがある。おまえが付いて来てくれるのは、その、助かる。がなぜだ」

「あんたの話が正しければ、ツリーはシミュレーターみたいなもんなんだろ? 答えから逆算して実現可能な課程を吐いてくれるっていう。おれもそれにあやかりたい」

 

「わかりやすく言えばそうだ」 聞くべきか迷ったのか数秒の空白の後に木山。 「……何を求めているんだ」

「なんか、御坂美琴とかいう中学生? のクローンが二万体殺され続けている。具体性と進捗具合は知らないが、絶対能力進化計画とかいって第一位とやらが――」

 

 かくかくしかじかすると、呆れを含んだ怒り声が返ってくる。

 

「事実なら、おまえは、本当に、どこで、誰から、そんな、限外紫線(ウルトラバイオレットライン)級の、情報を、仕入れたんだ」

「色は知らんが計画の現場主任者から、直接電話で。だから間違いはない」

「そうじゃない、なぜ無関係のおまえがそんな情報を知りえたのだと聞いている」

「ツリーの使用許可を出す課程で」

 

 しばらくしたら責任者どころかセキュリティ部門ごと飛ぶな、と木山はこぼした。

 

「ま、おれが今後、安全に仕事をするにはどうしたらいいかをツリーで確認する。定職にも就きたいし。なぜ辞めたかは聞くな」

「御坂にその事実は?」

「伝えてない。御坂としては、どうせほっとけば済む話だろ?」

「自分のクローンが二万体殺されてもか」

「自分じゃないから。むしろ殺す手間が省ける。問題があるとすれば、第一位がクローンと間違えて御坂本人を殺す事だな」

 

 木山が陰鬱にため息を吐いた。

 

「御坂にはわたしから伝えるから、おまえは一切口を出すな」

「あんたにこの種の解決策が提案できるのか? とりあえずクローンと間違えられない為に見た目を変えるとかが関の山だ」

「おまえとだけはこの手の話をしたくないのを御坂美琴に対する人道的義務感で堪えて言うが、なぜ駄目だ」

「おれが二万体の内のクローンの一つなら、第一位に御坂本人を殺させて、成り替わる。だから常に容姿は御坂美琴に似せる。極端な変装は逆に危険だ」

 

「朝から嫌な話を聞かされた」

 

 木山が黙り込んでしまったのでぼうっと景色を眺める。学園都市のパンフによれば目的地は第二三区とやらで、宇宙開発とかそんな感じの事をやっているらしい。住宅が少なくなり、代わりに広大な飛行場を思わせる敷地やバカげた大きさの建築物、パラボラアンテナが見え出した。張り巡らされたフェンスは軍事基地にも似ている。

 

 木山がセキュリティゲートの検問所で武装している警備員にIDカードっぽい物を見せると、すんなり通れた。

 

「今のは?」

「わたしに使用許可を出したやつから送られて来た。たぶんおまえに浄水器を売りつけられた被害者の一人。一応確認するが、タバコとか吸うか? 着火物等の危険物の持ち込みは禁じられている」

「吸わない。が」 ジャケットの内ポケットからオモチャみたいな小型短機関銃、スコーピオンを取り出す。 「バレるかな」

「物騒なやつめ」

 

「モデルガンかもよ。確かめてないから」

「は? なぜ」

「実銃なら、そんな危なっかしい物を持ち歩きたくない」

「偽物なら?」

「そんな頼りにならんものを持ち歩きたくない。わからないほうが大切な時もあるって事だ」

 

 ふあ、と欠伸が出る。気持ち良く加速するランボルギーニのエンジン音が心地よい。道路標識はなぜか百キロメートル以下とあった。広いからか。

 ほどなくして超巨大パラボラアンテナに隣接する四角い施設に到着。当たり前というか、駐車場があるので停めて入局。外から見た感じ空港より厳重な手荷物チェックがあったので銃は置いてきた。

 

 思ったよりも人は少ない。ロビーでは研究者な出で立ちや、結果待ちの背広がまばらに時間を潰している。まあ、ツリーを使用するにあたって人手がいる訳でもないからか。入口で木山がIDカードをスキャンし、受付でIDカードを見せ、エレベーターのボタンを押す前にもスキャンしていた。この調子だとトイレのドアまでそうかも。

 地下へ向かう長い長い昇降機の室で、木山がぽつりと言った。

 

「聞かないのか。わたしがツリーで何を知りたいかを」

「さあ、ウィンドウズのイルカを消す方法とか? あいつは本当にしぶとい」

 

 ふっ、と小粋に笑う木山を、おれは初めて見た。

 

「あんたからの依頼の電話で聞いたが、理事会ってのが使用申請を蹴ってたんだろ。だいぶヤバい事を知りたいんじゃないのか?」

「まあ、な。おまえだけでも引き返すか?」

「どんなやつら?」

「学園都市の重要人物を上から数えた十数人からなる組織だ。名前や容姿が明らかになっていない者も多い」

「車で待ってようかな」

 

 木山は黙って鍵を差し出したので受け取る。

 

 といったところで扉が開いた。白白しくなるほど清潔な廊下に、いくつかの扉がある。ちらと目を合わせた後、先を行く木山に仕方なく付いて行く。

 

 どうやらツリー本体は衛星に積んであるそうで、いくつかある部屋は通信コンソールらしい。

 絶対能力進化計画の責任者が滑り込ませたツリーの使用時間は一時間と十三分。使用中のランプが点灯していない一部屋に入ると壁一面のモニタや計器。 ――これ全部いるの?―― ドアの内側にはカウントダウンが表示されていた。

 隅にはちょっとした仮眠も取れるくつろぎスペース、個室トイレとシャワーもあった。シミュレートに一日とかかかる処理もあるのだろう、大きな冷蔵庫を開けるとミネラルウォーターのペットボトルがあったので、二人分取り出す。適当な戸棚にあった携帯食料で小腹を満たした。

 

 その間に木山は持参していた携帯外部メモリを接続し、コンソールの前に座って指を置いた。置いて、硬直していた。

 手持無沙汰からソファで横になる。ためらう木山の背をぼうっと眺めた。うつらうつらと舟を漕いでいると、やおら言葉を投げかけられた。

 

「……悪意が無かったとして、じぶんは利用され、他者に実害を与えた場合は罪だと思うか?」 と木山。念願のツリーを目前にしながらも、タイプする事無く言った。

「いきなりだな。法学的な答えが欲しいか? それとも、あんたにサイコパスと言われたおれの個人論? 前者なら罪だ」 ごろりと背を向ける。

「後者なら?」

「実害を被ったのがおれなら、復讐する」

「そうか、まあ、憎まれて然るべきだろうな」

 

「大元の利用したやつをな。末端の雑魚なんぞはどうでもいい。よくニュースで会計上の数値の偽装とかが叩かれているが、おれは偽装したグループが必ずしも悪とは思わん。偽装がその会社で幾重にも積み重ねられてきた地層のような、通過的通例儀式、様式、仕様としての操作であるなら、組織内でそれを悪だと判断するのは難しいからだ。長年、それ、で通っていた措置を行ったに過ぎず、それがたまたま露見し、それをやれと言われたからやった地層の表面を切り取るのは間違えている。やった地層もまた被害者かも。貧乏くじを引いただけの」

「じゃあどうするのが正しい。誰がどう責任を取るというのだ。破産して地層もろとも消えろと」

 

「正解は知らん。仮におれが利用された地層の一部なら被害者に埋め合わせをして帳消しという事にする。で、やっぱり責任持って利用したやつに嫌がらせをして知らんぷり。あくまでも個人論だからな、サイコの」

「サイコパスと言われた事を気にしているのか?」

「反省してる?」

「ああ、反省している。より抽象的な言葉を選ぶべきだった。おまえは、一人と多数のどちらかしか救えない場合、救った方に冷酷だと思われたくないから両方見捨てるタイプだろ。答えなくていいぞ」

「あんたと話すと毎回皮肉を言われている気がする……そういうあんたは? 善悪の価値観どーなんだ」

 

 無視されたのかと思うほどたっぷりと間を置いて木山が言った。

 

「からかわれるのが嫌で黙っていたが、実は教員をやっていた時期がある」

「……ふうん……」

 

 堰を切ったように語った。

 

「平たくというと孤児院のような施設に従事しており、そこは学校と呼べる法的基準にはない。だが実態は、暴走能力の法則解析用誘爆実験を、いや……能力が暴走した場合のWhereを除いた4W1Hを観察する業務と言った方がわかりやすいか。その結果、児童たちは昏睡状態に陥り、いまも続いている。それが理由で計画は凍結されたものの。言い訳だが、知らなかった。知っていたら出来るかわからないが止めていた。治療法を探ろうとツリーの申請を求め続けたが、事実を隠ぺいしたいのか、主導者の木原幻生により統括理事会を介して封殺された……今度こそわたしは、犯した罪を、帳消しにできる。と……思うか? それで許され……」

 

 返事の無いおれをいぶかしんでか、ぎしり、と椅子が回転する音が聞こえる。

 

 おれは小さく欠伸をし、重い瞼を擦って言った。 「……うん大丈夫、続けて」 

「おいまさかおまえ聞いてな、わたしがどんな思いで……」

 

 呆れ果てた木山はしばらくして、合点をいかせたのか小さくありがとうと零した。わからない方が大切な事もある。しばらくするとタイプ音が聞こえてきた。

 二十分ほどで、わたしの要件はすんだから、あとはおまえが使えとコンソールの席を譲られる。設定は木山が済ませてあるようで、基本的な操作は一通り教わった。

 

「ツリーはあんたになんて?」 とおれ、たどたどしくコンソールを叩く。

 入れ替わりでソファに横になった木山が、緊張から解かれたせいかひどく疲れた声で答えた。

「現実的に、わたしの能力と環境下で実行可能であることは確認した。速度優先で具体的な情報は圧縮してあるからわからん、自宅で専用の解凍ソフトを使うまでは。だが目的は果たせる、間違いなく」

 

 ふーん、と興味なさげに相槌を打ちながら逡巡する。なんで木山は木原幻生とやらに殺されていないのだろうか。

 

 

 

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「おい起きろ。時間だ」

 

 施設に入ってから一時間ほど。

 

「どれくらい経った」 と木山、寝ぼけまなこ。遠足前のこどもよろしく、昨晩は寝付けなかったのか。

 腕時計を確認して答える。 「もう出なきゃならん」

 

 木山は自身の靴が脱がされている事に気づき、悪いな、と履きなおした。

 ノベルティ感覚で携帯食料を少し拝借して室を出る。長い廊下の先にあるエレベーターの前で、ゆったりとした栗色の長髪の女性が壁に背を預けていた。視線はひどくこちらを見抜いている。

 

「あんたは喋らず、前を向いていればいい」

「は?」

「おれがやる」

 

 要領を得ない木山を無視してエレベーター前まで進む。

 

「悪いがどいてくれるか、ボタンが押せん」

「あんたらは何者?」 予断ない視線を向けられる。

「名前が知りたいのか?」

「学園都市の第一級広域効果財産であるツリーを不正使用すれば、どうなるか知ってる? それに及んだなら多方面に対して数えきれない程の公的文章の偽造も行っているはずだから、アンチスキルも弁護士も呼べないレベルだけど」

 

 法的庇護を許さない辺り、こいつは仄暗い汚れ仕事屋なのか?

 

 身長はおれより低い。目に見える武装の類はなし。歳は高校生か大学生程度。アクセサリーの類と指輪痕はなし。爪も弄っていない。大人びて見えるが、たぶん十七、八。すっぴんに見える、香水もなし、まだ化粧の仕方を知らんのか? 雑な性格かも。

 

 それにしてはバストを強調するような胸の下のベルト。自身の肉体が世間的に見てどう感じられているかは理解している程度に女性。日焼けが嫌なのか七月半ばに長袖とニーハイ。嫌な事は、徹底して拒むタイプ。

 ポケットの無さそうな服装からして財布や免許証の類は持って来ていない。が、この無駄に広い施設を徒歩は無理だろうし汗の匂いも無い、たぶん上に誰かが待機している。最悪でも一人は免許を持ったエージェントが。と思ったがヘリかも。

 

 膝下まであるヒール高めの白のロングブーツ。この季節に合皮は無いだろうし、特有の履き皺があるので本革。大切にしているのか綺麗に手入れされている。この汚れや傷の少なさで不正者を取り締まる事が多くあるなら、飛んだり跳ねたりするタイプの能力ではない。自身は動かず、何かを射撃、あるいは操作する系。単独。にも関わらず挑発的で自己肯定に満ちた視線と物言いからして、かなり強力な力である可能性が高い。

 不正使用を取り締まりに来たらしいにしては余裕があるのも戦闘能力の高さを裏付ける。傲慢にも似た自信家。その割には理性が残っているように感じられる口調。猫被っているのか。

 

 また、とても仕事に臨む出で立ちではないが、完遂できれば服は好きなのを着るという規律よりも実力に重きを置く理念がある。

 総括として、拒まれないように直接的な対立に持っていかず、こちらがとても敵わない様子を見せて相手の実力とプライドを尊重し、理念に共感したところで提案をしなければならない。

 

 問題なのは、こいつのバックは局のセキュリティをパスさせるほどの影響力を持っているという事。しかしドアを破って突入できていない事からして、どの室を利用したか、おれと木山が誰なのかを把握する情報網は持っていない。理事会が不正使用を知ったのなら、遠隔操作でおれたちの室のコンソールを停止すれば済む話なので、少なくとも理事会勢力ではない。それに準ずる影響力はある。だが通報していない事からして、こいつのバックと理事会は友好的関係にあるわけではなさそうだ。理事会かこいつのバックの、どちらかがどちらかの目の上のタンコブだといいが。

 

 だいぶヤバそうだが、学生らしい年下の少女。ここは穏便に済ませよう。

 

「で、おっさんは何者? 即答し」

 

 おっさ……

 

「わたしは統括理事会を構成する一人だ。もう一度言う、そこをどいてくれるか。時間が無い」

 

 カチンと来たので、この残忍なエージェントに高額な浄水器を売りつけてやる事にした。

 気を取り直して時間を惜しむように腕時計を確認すると、エージェントの視線に相対する。その際に木山を盗み見ると、エレベーターを眺めたまま口元で薄く笑っていた。おばさん呼ばわりされても知らんぞ。

 

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