その日は朝から妙な予感がした。
嫌な予感、ではない。かといって良い予感でもない曖昧な感覚。
普段から自分の直感には自信を持っているものの、こんなにもあやふやな状態は初めてだった。
「ううん、なんだかスッキリしない気分ね……空は綺麗に晴れているのに」
ままならない自分の感覚に首を傾げながら博麗神社の巫女、博麗霊夢は境内を掃除する手を止めない。
父親代わりの人が作ってくれた、自分の体にちょうど良い大きさの箒を操りながら手際よく落ち葉をまとめていると、空から人の気配を察知する。
「魔理沙?」
たいてい、自分の神社に空から来るのは友人である魔法使いの少女か、日傘を差してやってくる吸血鬼とそのメイドか、白玉楼の庭師か、小柄ながら強大な力を持つ鬼ぐらいである。
……改めて数えてみるとまともに鳥居をくぐってくる奴がほとんどいない事実に霊夢は打ちひしがれそうになる。
このままでは魔理沙も言っていた妖怪神社を笑えない。爺さんみたいに外を歩けば妖怪に当たるような生活はゴメンである。
信綱が聞いたら無言で翌日の稽古量を倍にしそうなことを考えながら、霊夢は箒を操る手を止めて来客者を待つ。
「到着です! ……おっと、神前に出向くのですからちゃんと鳥居はくぐらねば……」
勢いよく着地したと思ったら、いそいそと鳥居の端をくぐってきた青い巫女服の少女に、霊夢は眉をひそめる。はて、こんな少女は自分の知り合いにいただろうか。
「さて、ここにおられる巫女とは――」
「私のこと?」
「ひゃぁっ!?」
何やら妙に意気込んで霊夢を探していた少女の前に姿を現すと、びっくりした声を上げる。
「あ、驚かせた? 悪いわね」
「い、いえ……えっと、ここが博麗神社で間違いないですか?」
「こっちの方角で他に神社なんてないわよ。博麗神社の巫女、博麗霊夢です」
わざわざここまで来て道を訪ねに来ただけでもないだろう。
霊夢は信綱から口を酸っぱくして言われている、初対面の人にはある程度礼儀に気を使うように、という言葉を彼女なりに守りながら自己紹介をする。
「あ、これはどうもご丁寧にありがとうございます。私は先日こちらに幻想入りしてきました。守矢神社の風祝を務めている東風谷早苗と言います」
「はい、よろしく」
軽く頭を下げながら、内心で霊夢はある程度言葉遣いと礼儀に気を使うだけで、ここまで相手の態度は軟化するものなのだと若干驚きすらしていた。
少々言葉の力というのを甘く見ていたのかもしれない。仮にここで天衣無縫にあんた誰? とか聞いていたらこの少女――早苗が再び気炎を上げていた可能性もある。
自分を曲げたりごまかすことは大嫌いだが、それで面倒なことになるのも御免こうむりたい。そんな時、多少の言葉遣いだけで面倒を避けられるのであれば確かに効率的なのだろう。
(……爺さんの言ってたことの意味がやっとわかった気がするわ)
まあそれを教えた当の本人は突っ立ってるだけで騒動が向こうからやってくる、人間台風みたいな人生を送っているのだが。
博麗の巫女になってから何度も異変に巻き込まれている自分を棚に上げて、信綱の人生の波乱万丈ぶりを内心で笑いながら、霊夢は早苗に質問を投げる。
「で、その守矢神社の風祝とやらがウチに何か用? わざわざ来てくれたんだし、お茶ぐらい出すけど」
「それはまた今度……ではなく!! わ、私が今日ここに来たのは敵情視察のためです!」
「敵情視察? なんでまた?」
「聞けばここの神社は人里の皆さんの信仰を独り占めしているようなものではありませんか! つまり私たち守矢神社にとっては商売敵にも等しい!」
「……ああ、なるほど。外から神社が来るということはそういう観点もあるのね」
今まで他の神社というものもなかったし、寺があったこともないため、そういった信仰の取り合いというのは霊夢にとって初めての言葉だった。
「あんたの言いたいことはわかったわ。私も博麗の巫女なわけだから、自分の神社は最低限守らないといけないわね」
「そう、その通りです! 私も守矢神社の風祝として御祭神さまを盛り上げていく義務があります!」
「うんうん」
「なので私とあなたはこれからライバル――好敵手として切磋琢磨していきましょう!」
「うんうん……うん?」
そんな話の流れだっただろうか。というか早苗という少女がここに来たのは敵情視察が目的だったはず。
なのにどうしてライバルとかそんな感じの話になっているのだろう、と霊夢は首をかしげる。
「えっと……」
「早苗でいいです」
「じゃあ早苗。あんた私のところには敵情視察で来たのよね」
「はい、これからの商売敵の顔をひと目見ておこうと!」
むん、といばるように胸を張る早苗に妙な頭痛を覚えながら霊夢は話を続ける。
これ多分面倒なことになるやつだ、と信綱もよく覚えている頭痛とそっくりなそれを感じていた。
「じゃあ私とあんたは敵同士なわけ」
「はい!」
「でも切磋琢磨していきたいわけ」
「はい!」
「敵になりたいのか友達になりたいのかハッキリしなさいよ」
そう言うと早苗はうぐっ、と言葉に詰まった様子を見せた。どうやら自分で言っていることがおかしなことである自覚はあったらしい。
しかしなぜああも居丈高に接しながら、最終的にはライバルになろうなどと言い出したのか。彼女の言い分なら傘下に下れ、ぐらい言ってもおかしくはないと思っていた。言ったら言ったでぶっ飛ばすつもりだが。
早苗はなぜかプルプルと震えて顔を赤くしながら、ボソボソと言葉を発する。
「そ、それは……」
「それは?」
オウム返しに聞き返すと、早苗は更に顔を赤くして後ずさる。
何を隠そう、この東風谷早苗という少女――友達が欲しかったのだ。
同年代の友人がいなかったわけではない。生来、明るく礼儀正しい性格の持ち主である彼女は外の世界でもそれなりに友人がいた。
だがその友人とはあくまで彼女と同年代というだけであり、早苗が求めているような似た境遇、似た力量を持つ友人はいなかった。
当然である。早苗の持つ資質は本来なら千年単位で早く生まれるべきもの。幻想の消えつつある外の世界で生まれて良い才覚ではない。そのような力の持ち主、世界中を見渡してもう一人存在したら御の字という領域だろう。
なので早苗は幻想郷に来た時、ワクワクしていたのだ。やっと自分と同じように力を持つ少女と友だちになれる、と。
そしてその楽しみは的中し、今彼女の目の前には博麗霊夢という一人の少女が立っている。
間違いなく、巫女としての技量は彼女の方が上である。現人神としての力があるので戦ったらわからないが、早苗と互角かそれ以上の力の持ち主であることは確かだ。
切磋琢磨するライバルというのも良かった。霊夢に話した内容に嘘はない。これからの商売敵であることも、好敵手になりたいことも、どちらも早苗の感じたことである。
しかしそれを面と向かって問い質されると喉が止まってしまう。好敵手であり、友人。そんな関係になりたいと言うだけなのに口は上手く動いてくれなかった。
「け……」
「け?」
「決闘です! 私とあなた、どちらがより優れた巫女なのか決闘を申し込みます!!」
この日、早苗は自分が追い込まれると斜め上のことを言い出すタイプだと身をもって思い知るのであった。
「では俺は先に戻る。ここから先は俺に関係はない」
ひとしきり決めるべきことも決め、後は神奈子たちがことを起こすだけで良い段階になったので信綱は帰ろうとしているところだった。
「そうだな。解決は博麗の巫女に任せるし、人里からは何もないはずだ。オレも旦那のところに被害は行かないよう注意する」
「頼んだ」
「あれ? 人間、天狗の護衛はつけないの?」
一人で山を下りようとする信綱に諏訪子が首をかしげる。最初に石段で会った時には天狗の護衛がいたと話していたのに。
それを聞いた天魔が面白そうに片眉を釣り上げ、信綱に声をかけた。
「うん? なんだ、旦那。そんなこと言ったのか?」
「人間が一人でここまで来た、と言っても不自然だろう。方便だ」
「なるほど。オレがやってもいいが……ちょいとこの神さまと話すことがある」
天魔の言葉に神奈子と諏訪子が揃って眉をひそめる。
話している時もそうだったがこの天魔という男、妙にこの人間に敬意を払っている。
普通、一勢力の長が護衛を買って出ようとするなんてまずありえない。
「もともと護衛などなくても問題ない。また後日」
「はいよ。旦那も壮健でな」
軽く手をひらひらと振って、天魔は信綱が石段の下に消えていくのを見守る。
律儀に石段の終わりまで歩いて下り、そこから無造作に山の中に踏み入っていく信綱を見て、諏訪子はため息をつく。
「なんだ。あの人間、この山で活動できるんじゃないか」
「まあ初対面なら旦那をただの人間と侮るのも無理はない。けど、オレが今日の立会を頼んだのは伊達でも酔狂でもないぜ?」
「ほう?」
天魔の言葉に神奈子が興味を示す。軍神としての属性を持つ神奈子は強者が嫌いではないのだ。
それに話してみたところ政治にも明るい。文武の双方に長けた人間というのは貴重である。
「あの人間が人里で最強、ってことかい? それでいて政にも長けている」
「ちょっと語弊があるが、それで間違っちゃいない。補足するなら旦那の力量は多分、幻想郷って枠組みで見ても上位に位置するってことか」
「……いやいや、人間だよ? あんたみたいな天狗もいる幻想郷で?」
まだ僅かに話しただけだが、天魔という男の器は神奈子も認めるところである。
懐は深く、多くのものを救う気概を持っていると同時に、敵とみなしたものを躊躇なく殺す苛烈さも持ち合わせている。
実際の武力などはこれから見極めていく必要があるものの、弱いということもないだろう。大抵の状況は自力でどうにかできる自負があるはずだ。
「というかオレより強いぞ旦那。今日みたいな室内の白兵戦やられたらオレが一方的に殺される」
数を揃えて、優位な開けた場所を用意して、そこから徹底して彼の弱点を狙い続ければ勝てるだろう。
しかしそれらがなく、なおかつ彼の優位な距離で武器もなしに戦った場合、傷一つでも付けられるか怪しいぐらいである。
「……もしもの仮定で聞くけど、今回の話し合いが決裂に終わった場合の私らってどうなってた?」
「ん」
親指で首を掻っ切る動作が何よりも雄弁な答えだった。
「……ちなみに誰が?」
「旦那」
「……ホラじゃなく?」
「そっちにゃ嘘つくかもしれんが、旦那の不利益になる嘘はつかねえよ」
もう痛い思いはゴメンだ、と言って天魔は痛そうに胸を撫でる。昔になにかあったのだろうか。
「まあ信じるも信じないもそっちの自由だ。信じない場合の身の保証はしないし、旦那と敵対するぐらいならそっちを売るけどな」
「ずいぶんとご執心だねえ。そんなに大事なの?」
「もちろん――付き合いの長い友人だからな」
天狗と長い親交を持って、それどころか天魔からも恐れられている。
力量は見てみないとわからないが、侮って良い結果になると考えるのは傲慢だろう。
少なくとも人妖の入り乱れる幻想郷において、圧倒的弱者の立ち位置な人間でありながら妖怪に最大限の敬意を払われるだけの実績はあると考えるべきだ。
「ああ、それと幻想郷では人間と妖怪の意思決定は昔ながらの戦いじゃなくなってる」
「風のうわさ程度には聞いているよ。なりふり構ってなかったけど、一切合切知らずに来たわけじゃないんだ」
「話が早い。スペルカードルールって言うんだが――」
天魔が概要を話し、神奈子と諏訪子が感心の表情を浮かべながら納得した辺りで空から別の気配を感じ取る。
「ん? 天狗にゃ、今日この辺りには来るなって言っておいたはずだが……」
「おや、早苗?」
三人が感じ取った気配は一直線に空を飛んできて、そのまま一切の勢いを殺さずに真っ直ぐ神奈子の胸に飛び込んできた。
「神奈子さまーっ!!」
「ぐふぅっ!?」
「うわ、思いっきり」
「話にあった巫女さんか。元気そうで何よりじゃないか」
他人事なので笑うつもり満々な天魔に呆れた視線を投げかけながらも、諏訪子も面白そうに眺めるだけに留める。
早苗は神奈子の胸に飛び込み、そのまま半泣きで事情の説明を始めていく。
「神奈子さま、私やってしまいましたーっ!!」
「お、ぉう……どうしたんだい? ほらほら、泣かないの」
直撃した腹部が痛むのかだいぶ顔色が怪しいが、神奈子は慣れた手付きで早苗をあやす。
見た目の上での年頃はさほど変わらないように見えても、神奈子と諏訪子は早苗の親にも等しい存在なのだと実感できる光景だった。
「うぅ……実は幻想郷唯一の神社の方に足を運んだんです。これからやっていく上で商売敵になると思いまして」
「ふむふむ」
「でも、出てきた巫女は私と同い年ぐらいで……ライバルになりたかった――ううん、友達になりたかったんです」
「そうかそうか。早苗のライバルになれる子がいたか、それだけでも幻想郷に来た甲斐が――」
「決闘を申し込んじゃいました!!」
早苗の言葉を聞いて、無言がこの場を支配した。具体的には全員が何言ってんだこいつ、という目で早苗を見ていた。
理由聞けよ、と諏訪子と天魔の視線を受けた神奈子が代表して口を開く。
「えーっと? 早苗、ちょっと私の耳がおかしくなったかしら?」
「決闘を申し込んじゃいました!!」
「同じこと言わないでいいから!? わかった、わかったわよ。で、何がどういった経緯でそんなことになったの?」
「私にもわかりません、気づいたら言ってました!」
どうしろというのだ、と早苗以外の誰もが思う。当人にもわからないのであれば、その場にいなかった三人にわかるはずもない。
「そ、それで? その巫女さんはどうしたんだい?」
「自分でもなんであんなこと言っちゃったのかわからなくて……反応も見られず逃げてきちゃいました……ぐすっ」
「ああ、泣かない泣かない。大丈夫よー、多分私たちが聞いた話と合わせればファインプレーだから」
「ふぇ?」
よしよし、と早苗の頭を撫でながら神奈子は視線を天魔の方に向ける。
天魔は至極真面目な表情で腕を組み、口を開いた。
「なんか母親みたいだな、神さまも子供が愛しいか」
「この話の流れでそれ言う!?」
「冗談だよ。そこの嬢ちゃんの言い分を推測するに、博麗の巫女に喧嘩売ったってことだろ。――好都合じゃねえか」
拍手喝采を送っても良い。天魔が求めていた理想的な形である。
妖怪の山に座す守矢神社が、幻想郷で唯一つだった博麗神社に喧嘩を売った。
十二分に異変と呼べる騒動である。そして何より、人里を無視した構図になっているのが素晴らしい。
これなら信綱を納得させつつ、守矢神社の面々を手っ取り早く幻想郷のルールに馴染ませ、なおかつ鬱憤の貯まっている天狗の連中を騒動に引っ張り出して発散させることが可能だ。
ニィ、と天魔は唇を釣り上げる。知略を巡らせ、縁を紡ぎ、運がそれを結びつけ――全ての物事を自分の思い通りに動かした瞬間こそ、天魔が最も好む刹那だ。
「お前たちも準備をしろ。――祭りの時間だ!!」
「で、早苗という少女が博麗神社に向かうのを見過ごしたと」
「べ、別に遅かれ早かれ行くと思いますから良いじゃないですかアイタタタ!!」
「なんか嫌な予感がするんだよ」
「それ君の感想じゃないですか痛い痛い!!」
人里に戻ってきた信綱は椛から事の次第を聞いて、とりあえず彼女の耳を引っ張っているところだった。
痛い痛いと喚く彼女を無視し、困った笑顔を浮かべている阿求に頭を下げる。
「申し訳ございません、阿求様。御身が危険にさらされていたかもしれないのに、私が側におれず」
「だ、大丈夫よ。お祖父ちゃんも大げさね」
「相手が何者かわからない、というのはそれだけで危険と判断するに十分な要素なのです。おい、聞いているか」
「千里眼でちゃんと見て判断しましたよ! だからいい加減離してください!?」
「私からもお願い。椛姉さんのおかげで私はとても楽しかったから」
阿求にそう言われては是非もない。小さくため息を一つついて、椛の耳を離す。
椛は素早く信綱から距離をとって阿求の側に寄ると、手ぐしで耳の毛並みを整え始める。
「全くもう……頼んだのはそっちじゃないですか」
「接触しろとまでは言っとらんわ」
「一任するって言ったのはそっちですよね。だったら私が見たものを阿求ちゃんに話して、阿求ちゃんと一緒に行こうってなるのはおかしいですか?」
「…………」
「ちゃんと護衛の役目は果たしましたよ。こう言ってはあれですけど――あの子ならいつでも倒せました」
茶屋で話している最中、椛は一瞬たりとも早苗から目をそらさなかった。ほんの僅かでも攻撃の所作が見えたら即座に拘束できるよう準備していた。
阿求の側を片時も離れず、何が起きても彼女を無傷で戻せるよう細心の注意は払っていたのだ。
阿礼狂いの信綱と同じ、というのが無理であっても彼が自分に頼んできたという事実を裏切らないよう、気を払っていたのだと椛は主張する。
信綱はそれを聞いて、額を手で押さえながら小さく息を吐く。
どうにも椛が相手だと感情的になってしまう自分がいる。ここは素直に椛が羨ましかったことを話すべきだろう。
「……はぁ。悪かったよ、椛。阿求様のお側にいられるお前が妬ましかったんだ、許してくれ」
「本当にもう。そんなあけすけな理由を話されて許す人なんてそうそういませんよ」
自分以外は、というのが言外に含まれているのだろう。怒気を収めた椛は仕方のない人、と信綱を見る目を細めた。
彼が阿求を任せようとするのは椛だけであり、その内容について文句を言うのも椛に対してだけなのだ。
それに、と椛はすでに千里眼で補足しているとある人物の接近に含み笑いを漏らす。
「まあいいでしょう。――きっとこの後、とても楽しいことになるでしょうから」
「……どういう意味だ?」
信綱が不審そうに眉をひそめると、頭上から凄まじい速度を維持した赤い服の少女――博麗霊夢がやってきた。
「爺さん、あいつ知らない!?」
「あいつとは誰だ」
「山の神社の巫女よ! 私と似た青い巫女っぽいパチモンの服着てる!」
「霊夢さんのそれも巫女服とは言い難いですよ?」
ボソリと呟いた阿求の言葉に霊夢は耳ざとく反応して指さしてくる。
「茶々入れしない! で、爺さん知らない!?」
「知らん。神社の方に戻ったのではないか?」
先ほどから話に出ているが、信綱は早苗とやらに会った覚えはない。
彼女らの話を聞く限り活発に行動しているようだが、ことごとくすれ違っているらしい。
信綱の答えを聞いた霊夢は苛立ちをごまかすように頭をかく。
「あー、もう! 何なのよ一体!」
「俺も聞きたい。どうしたんだ?」
霊夢が叩きつけるように事情を説明すると、椛と阿求は困った笑顔を浮かべ、信綱は本心からわからんと首をかしげる。
「爺さんはどういう意味だと思う!?」
「全くわからん。不思議な少女だな」
「でしょう? だからこうして問いただそうと探しているんだけど……」
やっぱりあそこの神社しかないか、と霊夢は人里からも伺える守矢神社を見上げる。
信綱もつられてそちらに視線を向けると、椛と阿求はひそひそと信綱の目を盗んで話をする。
「多分、素直になれなくて心にもないことを言った感じですよね?」
「私もそう思う。霊夢さんもお祖父ちゃんも鈍感なところがそっくり」
バッチリ聞こえているそれをあえて無視して、信綱は霊夢とともに守矢神社を見た。
「……向こうに戻っているなら今は追いかけない方が良いかもしれんな」
「え? なんでよ?」
「理由は――あいつが説明してくれる」
信綱が指を向けた先には、艶のある黒翼をはためかせた天狗――射命丸文がこちらへと文字通り飛んできていた。
「あややや、博麗の巫女を探していたのですがあなたも一緒でしたか」
「偶然だ。俺のことは気にせず続けてくれ」
「そうさせてもらいます。私もお仕事なので」
無関係であると、言ってしまえば関わりたくなさそうに手をひらひらと振ると文は軽やかに笑って霊夢の方へ向き直る。
そして仰々しい口調で語り始めた。
「――博麗の巫女よ。天狗らはこの度やってきた守矢神社を信仰することに決めた。ついてはお前の住まうちっぽけな神社を支配下に収め、信仰心は全て我らのものにしてやろう!!」
堂に入った悪役らしい高笑いとともに、文は博麗の巫女にこの上なくハッキリした――異変を宣言した。
「……ふーん、それって、つまり」
「異変だよ、若き巫女。解決したくば守矢神社を目指すと良い。無論、妖怪の山に住まう魑魅魍魎と天狗の包囲網を抜けられれば――ちょぉっ!?」
話はまだ終わってなかったが、とりあえず続きを聞くのが面倒になったので霊夢は退魔針を投げて話を中断させる。
「まだ口上は終わってませんよ!? いきなり攻撃をするとか卑怯だとは思わないのですかあなた!?」
「敵に時間も情けも与えるな。異変を起こすってことは私の敵でしょ落ちろ!」
「もうちょっと形式ってものを大事にしましょうよ!? ああもう、私は妖怪の山で待ちますからそこで勝負してあげます! だからこの場でスペルカード構えないで!?」
万に一つ人里に被害が出たら、ことの成り行きを見守っているそこの男性が躊躇なく抜刀するのだ。
そうなったら異変も何もあったもんじゃないので文は潔く逃げることにした。
逃げると言ってもさすがは天狗。その速度は霊夢でも到底追いつけない速度であり、さすがの彼女もそれを見送る以外になかった。
「あー、もう! 早苗が私に喧嘩売ってきたのってこういうことだったのね! 上等じゃない、ぶっ飛ばしてどっちが上か教えてあげるわ!!」
「頑張ってくれ」
「爺さんからはなにかないの!?」
「天狗どもはお前に直接喧嘩を売った。――要するに人里は無関係だ」
なので動くつもりはない、と言うと霊夢は言葉に詰まったように唸り声を上げる。
「むー……」
「……異変を解決した後で俺と阿求様が守矢神社に行くだろうから、会った時の話を聞かせてくれるなら菓子ぐらいは作ってやる」
「よーし頑張っちゃうぞー! 行ってくるねー!」
現金なもので、信綱がちょっとしたご褒美を提案すると霊夢は機嫌良く妖怪の山へすっ飛んでいくのであった。
それを見送っていると、横から阿求の小さな笑い声が届く。
「阿求様?」
「ふふっ、お祖父ちゃんがさっき会ってきたばかりなのに、霊夢さんからまたその話を聞くの?」
「私が会った時と、異変の時では見せる姿も違うでしょうから」
本心でもあり、建前でもある理由を話すと、阿求は予想通りと笑みを深める。
阿求はそのまま椛の手を取って、稗田邸への道を歩き始めるのであった。
「そういうことにしておきましょうか。ふふっ、椛姉さん、帰りましょう?」
「ええ、戻って彼の淹れたお茶でも飲みましょうか」
「出がらしを淹れてやる」
「阿求ちゃん、君のお祖父さんは私に冷たいんです」
「遠慮がないってことよ。あははっ」
阿求に冗談めかして自分がいかに信綱に冷遇されているかを話す椛と、彼女の言葉の意味を全て正しく捉えて楽しそうに笑う阿求。
そして信綱は不思議そうにその光景を眺めながら、彼女らの後ろをついて歩くのであった。
ということで異変開始です。つまりノッブの出番はほぼ終わりました(真顔)
次のお話では異変を眺めながら阿求や椛とのんびりくっちゃべって終わります()
なお拙作の早苗さんは基本的に礼儀正しいし優しいけど、追い詰められると本人もびっくりするような斜め上の行動に出ます。しかもそういう時に限って行動も言葉もなめらかになる。
Q.早苗さんと霊夢、実際どっちが強いの?
A.今の所霊夢が勝つけど、弾幕ごっこに慣れれば早苗さんも普通に勝ちます。ガチ勝負? 言わぬが花ってあるよね()