東方創星神録 ~始まりと終わりの物語~〖凍結〗 作:星の屑鉄
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それでは、本編をどうぞ!
――月の光の無くなった夜から、ちょうどひと月が経過した。
チルノと遊び、博麗と生活し、八雲紫と話し合い、そして準備を整える日々は、明日で終わりを迎えようとしている。
「チルノ、ちょっとこっちに来て」
「はーい」
神社の居間。人星は膝の上にチルノを誘導して座らせる。相変わらず、チルノに触れるとその箇所が凍りつき、凍傷を負う毎日だが、やはり人星はそれを苦にはしていない。
「ちょっと、我慢してくれよ」
言いながら、人星は懐から予め用意していた、大きな青色のリボンを取り出し、それを用いてチルノの髪を結ぶ。
「……よし。博麗、チルノに鏡を見せてやってくれ」
「あら、似合っているわね。……はい、これ」
博麗はチルノに手鏡を渡した。最初はきょとん、と不思議そうにするチルノだったが、その鏡で自分の姿を見ると、パァ、と表情が花咲くように輝く。
「リボン! お父様、ありがとう! ずーっと、大切にするね!」
「あぁ、そうしてくれ」
人星は悩む。果たして、チルノに話すべきかどうか。生還できる可能性が低い以上、いずれは気づかれる話だ。問題の先送りは、ただ自分が逃げているだけに過ぎない。それは絶対に、チルノのためにはならない。
人星は、決断する。
「チルノ。ちょっと話を聞いてくれるか?」
「うん! お父様の話、あたいが聞いてあげる!」
元気が良い。贈り物が嬉しかったのか、機嫌がいい。しかし、そんな些細な状況は今からする話の緩衝材にすらならないだろう。
「チルノ、俺は明日、長い旅に出るつもりだ」
「……旅? 何それ、面白そう! あたいも連れて行って!」
敢えて遠回りの言い方をした故に、チルノは勘違いをして目を輝かせる。その輝き方は、まるで冒険を夢見る子どものようで、とても微笑ましい。
しかし、人星の心は重くなるばかりだ。
「すまない。チルノを連れていくのは無理なほど、過酷な旅なんだ。何せ、神様と喧嘩をするのが目的の旅だからね。連れていくのは、無理なんだ」
「神様と喧嘩!? お父様以外に、神様って居るのね!」
いちいち、人星とは外れた場所に焦点を置くチルノ。しかし、それが逆に子どもらしくて、人星にしてみれば、その間違いが心地良い。
「だから、しばらくは家に帰れない。……10年か、100年か、それとも1000年か……長い間、会えないだろう」
「えっ……」
チルノの表情が凍りつく。物理的には人星も凍りついているが、チルノは比喩的に凍りついた。
「だけど、必ず帰ってくる。その時が来たら、チルノ。君の成長を見せてほしい」
「……成長?」
「あぁ。君はまだ、力を制御出来ていない。だから、俺が帰るまでに、力を完全に制御出来るようになってほしい。それと、チルノ。君にはきっと、妖精の友達が出来る筈だ。だから、先輩として、その子の面倒を見てほしい。俺が帰ったときは、いくらでも付き合ってあげるから。……ダメかな?」
チルノはこの時、精一杯に考えた。頭を悩ませた。生まれてまだ二ヶ月しか経っていない彼女は、精神的にもまだ幼い。普通ならば考える間もなく駄々をこねるところだ。しかし、常に愛情を以て接してきた人星の態度は非常に真摯であり、またそれは生まれて少ししか経っていないチルノにも十分に理解できた。
だから、こういう考えに至った。
「どうして、あたいは連れていけないの?」
「危険だからだ。俺がいても、チルノを守り切れないかもしれない。そんな危ないところに、子どもを連れていきたい親なんて、居る筈がない」
「途中で、帰ってこれないの?」
「俺は、長い眠りについてしまうんだ。もちろん、永遠に会えないなんて、そんなことにはならない。でも、眠りから時間通りに起きるのは……苦手なんだ」
「お父様、いつもあたいが起こさないと、お昼まで眠っているものね」
――何か必ず、理由がある。だからこそ、それを問い質そう。
それは正しかった。少なくとも、人星はチルノに嘘を吐いたことは一度もない。だから、聞けばきっと偽りなく答えてくれる。チルノのその考えは、非常に正しかった。
「うん、わかった。でも、これだけは約束してほしいの。絶対に、帰ってきて、お父様」
「あぁ、もちろん。約束だ」
人星とチルノは小指を絡める。そして、「指切り拳万。嘘ついたら針千本の~ます。指切った」と歌う。よくあるおまじない。それをやったチルノは、二ィ、と歯を見せて笑う。
「それじゃあ、お父様! 今日は思いっきり遊ぼう!」
「あぁ。チルノが疲れて眠ってしまうまで、存分に遊ぼう。博麗、森まで行ってくる」
「いってらっしゃい。怪我をしないようにね」
「うん! 行ってきます!」
この後、人星とチルノは15時間、休みことなく全力で遊び続けた。思い残すことが無いように。また会う時までの、せめてもの心の慰めになるように。その親子は遊び続けるのだった。
――深夜。遊び疲れて眠ったチルノを背負い、帰宅している途中。
相変わらず、月の光は地上に届かない。叢雲が邪魔をしている。最近では、太陽の光さえもまともに届かないことが多い。明らかに、作為的な雲。
「あら、お邪魔だったかしら?」
そんなとき、彼女、八雲紫は現れた。相も変わらず胡散臭さを出す行動。スキマから神出鬼没に現れる、などがその典型的な例だ。
「いや、良い。八雲紫よ。境界は繋いだか?」
「バッチリよ。天界の龍神の間。貴方に喧嘩を売るなんて、本当に馬鹿な神よねぇ」
ふふ、と扇子で口元を隠して八雲紫は笑う。一方、人星は呆れたような表情で溜息を吐く。
「子どもとの交流の邪魔をされた、我の身になってみよ。はた迷惑この上ない。あやつ、未だに天界の7割弱を削ったことを恨んでいるのか、我への主張が激しすぎる。月を雲で二ヶ月ずっと隠し続け、時には太陽さえも隠し、その上更に、世界の法則を変えるときたものだ。そのせいで、光の妖精、闇の妖精、季節の妖精、大自然を司る妖精、全員の誕生が遅れている。このままでは、生まれてくる我が子に悪影響を与えかねない」
――まったく、面倒なことを。
忌々しそうに、毒を込めて吐かれた言葉。八雲紫は彼のその態度に、相当頭にきているのねぇ、と冷静に分析している。
「これは幻想郷初めての異変になるわけね」
「……まだ早い。神社に戻り、下準備の分を発動させれば、ようやく幻想郷は誕生する。そして、初めてとも言い難かろう。異変は、生まれる前に起きたのだ」
「そうねぇ……。それなら、今回のこれは、第零番目の異変……『龍神異変』になるわけね」
「楽観的なものよ。相手は仮にも、最古の神だ。我が負ける可能性も、ゼロではない」
「あら、そうすると悲しむのは、誰かしらね?」
「……そう考えれば、負けることも出来ぬか」
人星は肩を竦めてみせる。あの日、地球を救った日から、この運命はある意味決定していた。故に、いつか来るとは覚悟を決めていたが、今回はあまりにタイミングが悪い。人星は「ままならぬものだ」と溜息を吐く。
「まぁもとより、負けるつもりは毛頭ない。天界ごと消し飛ばし、この星に返還してくれる」
「まぁ、素敵」
怪しく微笑む八雲紫に、大胆不敵に笑う人星。二人はいつもの調子で他愛の無い会話をしながら、博麗の神社へと向かい、そして人星がチルノを博麗に預けたところで、お互いに表情を引き締める。
博麗はチルノを受け取った後、玄関の前で二人を見守るために佇んでいた。
「八雲紫……人星のこと、お願いね」
「ふふ、彼が私に守られるような器に見えて?」
「いいえ。送迎の方よ」
「あら、つれない返事」
「私は巫女ですもの。妖怪のアナタと仲良くしているなんて知られたら、商売あがったりよ」
「幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ」
どうやら、八雲紫と博麗は、人星が八雲紫に子どもの件をお願いした次の日には、コンタクトを取っていたらしいということを、ここに追記しておく。
「……それでは、始める。我が力――『創造する程度の能力』に括目せよ」
人星は両腕を広げて、まるで全てを受け入れることを体全体で表現するようにして、天を仰ぐ。
「創世符『愛すべき我が幻想郷(ふるさと)』――」
口外される言霊。どこからともなく取り出した、彼の指に挟まれている御札。
その二つが揃う時、光の柱が天を貫く。一柱は博麗の神社から、別の一柱は湖から、また別の一柱は大老樹のある場所から。ある一柱はギリギリ、幻想郷の敷地内に入っていない大きな山から。そして、その山のすぐ近くの地下からも光の柱は立っている。そして空には二柱、月と天界であろう場所からも出現している。
……しばらくして、光が止む。同時に、村から人気というものが、完全に無くなった。
「博麗よ、これは命令だ。創世符、貴様の全てを賭して、守れ。これは博麗家の秘奥として、管理するのだ」
「……御心のままに」
強く黄金色に光り輝く御札。博麗は両手でしっかりと受け取り、「ご武運を」とだけ残して、境内の倉庫の方へと向かっていった。
「八雲紫よ。貴様には我が子、及びあの札を陰から見守ってほしい。この任、我は貴様以外に遂行できる者を知らぬ。……頼めるか?」
「当然よ。貴方に言われなくても、自分の意思でやっていましたわ」
――心強い言葉だ。
人星は不敵に微笑む。八雲紫は怪しく笑う。もはや何度目になるか分からない、その遣り取り。しかし、それを再び味わおうと思えば、気の遠くなるほど先の話になるだろう。
だが、未練はない。そんなものは、とうの昔に捨て去った。
八雲紫はスキマを人星の目の前に発生させる。中身から目が覗く紫色の空間は、なんとも悪趣味だと、人星は表に出さないものの、毎回思っていた。
「相変わらず、気味の悪いものだ」
「あら、それはつまり、準備は万端ととっていいのかしら?」
人星の足元に別のスキマが出現する。しかし、彼はそれを先読みしていたかのように、発生する前に横に少しだけ移動して避ける。
「油断も隙も無い。危うく落ちるところだったではないか」
「いやですわ。正真正銘、落とすつもりでしたのよ」
ホホホ、と八雲紫は朗らかに笑っているつもりなのだろうが、明らかにいつもと違う笑い方に、誰がどう見ても心中穏やかでないことが察せられる。
「何故、戦う前に味方からの誤射を警戒せねばならんのだ……」
「自分の胸に手を置いて、よく考えることをお勧めしますわ」
困ったものだ、とおどけてみせる人星からは、この程度の冗談に付き合えるほどの余裕が見られる。これは良いコンディションだと、八雲紫は扇子を開いて口元を隠し、笑みを浮かべる。
「では、行くとしよう。開幕と同時に、巻き込まれて死ぬなよ、八雲紫」
「そのようなヘマをするように見えて?」
「いや、まったく油断ならないようにしか見えぬ」
「つまり、そういうことですわ」
そうか、と人星は相槌を打つ。そして、自身の能力により、ある力を封じた御札をその指の間に創り出す。
「――出陣する」
そして人星は、スキマの中を潜り抜ける。刹那の歪みの帳を進むと、ある一時を境に、視覚情報が根底から覆る。
間の前にあるのは、歪みではない。境界でもない。カツン、と澄んだ足音が響く、白亜の宮殿の内部。スキマから放り出されたことにより急激に変化する視界に、しかし人星は怯むことなく、確認も慈悲も、情けも容赦もなく、言霊を呟いた。
「――陽符『開幕の日輪』――」
そして、世界は焔に包まれた。圧倒的熱量、中心温度は1600万度に到達する太陽の力。御札に封じられていた力は、太陽の中心に内包する熱だった。
通常であれば、度を過ぎた攻撃。不意打ちによる一撃必殺を狙ったかのようにさえ思われる。
しかし、これは正しく開幕時に放つ小手調べである。これだけで死ぬならば、他愛ない。思い過ごしだっただけ。瀕死の重傷を負うならば、あとは軽く屠れば良い。軽微でもダメージを負えば、全力を出すまでもない。無傷であれば――次で殺す。
そして人星は見る。ある一定以上の距離から、床が融解していないその光景を。これを以て人星は、初動は完全に防がれたと判断する。
「――冥符『命は皆等価にして無価値』――」
人星の頭上の空間が歪み捻じれる。そこから漂うのは、圧倒的な、濃縮された死の気配。八雲紫にも一度、使用したことのある大鎌が、人星の手に収まる。同時に、彼は全力でその大鎌で横に一閃する。
死がその場を奔り抜ける。先ほど陽符を防いだ何らかの力は、大鎌の死に切り裂かれて消滅に至る。斬撃はそのまま、その向こうにある影まで飛んでいき――掻き消された。
「――星符『星々の寵愛』――」
刹那、傷だらけとなった白亜の宮殿は、まるで耐えかねたように。いや、大地そのものが耐えかねたように、足場が完全に崩落する。宮殿は衝撃にあっという間に粉微塵となる。そして、人星は光速を以て目の前の影に肉薄する。
人星がやったこと。それは、先ほど発動した符――星の特性を得て、かつ自身の質量を太陽系の星の質量の合計値とする――の効果を受けた状態で踏み込み、そして光の性質を利用して光速で接近したに過ぎない。非常にシンプルな、力と速度による突破。
それは即ち、光速で星が迫ってくるのと同義。能力によって物理法則を超越した存在となった人星は、その拳を引き絞り、目の前の者を全力で殴りつける――!
「戻れ、世界よ――還元符『回帰する世界』――」
その者は指の間に、人星と同質の御札を挟んでいた。言霊とそれを見た瞬間、人星は面倒だ、と顔を歪める。
次の瞬間、白亜の宮殿は本来の姿を取り戻していた。大地もしっかりと存在し、先ほど破壊されたすべてが、そして位置関係の全てが巻き戻る。
「世界の回帰――即ち、一定時間の事象の巻き戻し。規格外な能力を使うものだ。なぁ、龍神……いや、反抗期の我が子よ」
「今まで構ってくれなかった者が、よく言いますね……人星、いや、父上」
「ふん。昔の地上生物すべての滅びの件について……天界の創造については、もう何も言うまい。しかし、我が家族に悪影響の出る現象を起こすとは、一体どういう意図か、我に聞かせよ」
「その前に、私にどうして見向きもしなかったのか、子どもを放置したのか、それについて聞かせていただきたいものですね」
双方、対峙する相手を睨み合う。まるで鏡写しのような姿をしている人星と龍神。違う箇所といえば、その瞳の色だろう。人星は空を思わせる紺碧に対して、龍神は烈火を思わせる赤色だ。そして服装は、人星は半裸で下半身にキトンを装着しており、龍神はその身に紺一色の和服を纏っている。
「なに、貴様もまた、星と同様に無意識の下に生まれた存在。故に、気づかなかった。気づいたのは、あの滅びの件の時だ」
「……あの時のことを不問というのは、父上にも思うところがあったからですか。しかし、ならばどうして、早期に私に会いに来てくださらなかったのですか?」
龍神のあんまりな質問に、人星は肩を竦めてみせる。
「貴様の主張はわかりにくいのだ。てっきり、我は貴様の創造した天界を、完成する前に7割弱削ったことを怒ってのことだと思っていたのだぞ」
「なんと! そんなわけがありません。私はこれでも、自分なりに善悪の判断を持っています。父上が創造した星を壊滅させようとして、それに対して逆恨みするなど有り得ません!」
「しかし、ならば我にどうしろという? 我は貴様に一度も会ったことが無いのだ。人柄も、容姿も、目的の推測も早々は出来ぬ。判断材料は、明らかに星を殺せるだけの力を持っているだろうこと、ただそれだけ。それ故に、まずは子から親に会いに来るのが、成長を見せるというのが、礼儀であろうに」
「いいえ。今まで放置し続けた父上がケジメとして、私に会いに来るべきだということは明白です」
「だから、こうして会いに来たのだろう」
「遅すぎると言っているのです」
お互いの意見が噛み合わない。そして譲らない。意固地になる。どうしようもない悪循環を感じて、双方、互いに同時に溜息を吐く。
「埒があかぬ。我はこれに対して、解決方法を1つ知っているのだが」
「奇遇ですね。私も、この事態に対しての解決方法を1つだけ知っています」
互いの指の間に、御札が挟まれる。そして――
「――幻想符『叢雲に覆われる朧月』――」
「――破壊符『大自然の鉄槌』――」
言霊は同時に紡がれる。人星からは陽炎が揺らめき、存在感が希薄になる。龍神からは、不可視の衝撃が光速で射出される。的確に人星を捉えた一撃。しかし、それはまんまと、体をすり抜けていってしまう。その時に音は聞こえない。代わりに、宮殿の壁に攻撃が激突して、轟音が建物を揺るがした。
「面倒なことをしてくれますね。幻影の類ですか」
「先の一撃、別に当たろうが我は死なぬが、当たる義理もない」
「そうですか」
お互いの戦いを運ぶスキルは、同等といったところか。両者、次の手を慎重に選びつつ、考え得るパターンと対処策を何十通りも頭に浮かべる。
「――溶解符『滅びの雨』――」
「――闇符『帳下ろす新月』――」
宮殿の天井に突如現れる黒い液体。それに危機感を覚えた人星は、すぐさまそれを無効化するために、世界を闇で飲み込んだ。その闇には、触れている間、あらゆる能力を打ち消すという副次効果がある。例に漏れず、能力で出現した黒い液体は消滅する。同時に、人星から放たれていた揺らぐ陽炎も消え去った。
「……戯れもこれまでだ」
「奇遇ですね。私もそう思っていたところですよ」
人星の任意により、闇は消える。代わりに、そこにはもとの宮殿があり、闇の中にいたせいか純白の宮殿の壁が少し眩しい。
双方、また睨み合いになるかと思われたが、しかし両者ともに待つことをせず、すぐさま次の手に移る。
「――太陽系『水金地火木土天海冥』――」
「――摂理『意のままなるこの世界』――」
人星の周囲に球体が出現した。大きさは熟れたリンゴのようだ。それは小さな星のモデルだ。それぞれ、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星に対応しており、色も、形も、質量さえも真似られた、超高密度の物体。唯一違いがあるとすれば、その大きさ程度である。実際、小さくなったことにより更なる高密度の物体になっているため、本来の星よりもその性質は凶悪の一言に尽きる。
「星の力、果たして防ぎ切れるか?」
人星のその言葉と共に、各星々が周囲を緩慢に浮遊し始める。差し詰め、それは空に浮かぶ機雷のような様を呈している。あれほどゆっくり移動するものに、まさか龍神も当たる筈がない。
「――〈星々よ、父上に突撃せよ〉――」
言霊が紡がれる。しかし、だからといって何が起こるわけでもない。龍神は顔を顰めて、心底嫌そうに言った。
「――〈父上はその身を切り刻まれ、胴を貫かれる〉――」
刹那、まるで言霊が力を帯びたかのように、人星に変化が生じた。
「ぐっ……」
人星は鮮血を飛び散らせる。その身、切り刻まれた傷は30に達して、胴には直径7センチほどの穴が開く。
龍神の言霊は、正しくその機能を果たしていた。摂理を操る程度の能力を一時的に付与する。それこそが、先ほど発動したものの能力。流石に、星そのものと呼べる球体には力関係の差からか、発動はしなかったが……人星自身に効くことを考えると、面白い仮説がいくつか成り立つ。
「流石に、太陽系の惑星を召喚するには、代償がつくようですね」
「……ハンデに、決まっている、だろう?」
星々は未だ緩慢に人星の周囲を公転しているだけだ。そんなものは、龍神にとって脅威にもなり得ない。しかし、だからこそ不気味に思う。どうして、このような無駄なことをしたのだろうか、何か意図があるのではないか、と。
「それ、よりも……良い、のか?」
息も絶え絶え。満身創痍。そんな言葉が似合う、血にまみれた人星は、龍神に問い掛ける。
星々の公転範囲は、そろそろ両者の距離の半分まで伸びようとしている。しかし、公転というわりには、非常に軌道が不安定だ。火星と水星など、軌道上から外れて数秒後には衝突する未来が浮かんでくる。
「……何が? それよりも、父上こそいいのですか。大事な星と星が、衝突しそうになっていますよ」
「くくっ……貴様、馬鹿か」
龍神の言葉を嘲笑う人星。その笑いは自信に満ちており、いつもながらに大胆不敵。重症を負いながらなお、闘志は衰えていない。
「これほどの質量のもの同士が衝突して、この場がタダで収まるとでも思っていたか?」
――そして。
「我がこれだけで、まさか終わると思っていたなどと、間抜けなことは抜かさないよなぁ?」
人星の人差し指と中指の間に挟まれた御札。気づいた龍神は、即座にその手に御札を出現させて力を行使しようとする。
「――前夜『星堕つる夜』――
――最終符『星々の終焉を誰が見ん』――」
緩やかに言霊は紡がれ、星々は急激にその色を赤へ、白へと変化させていく。まるで、星が死にゆく様に、龍神は怖気を抑えきれない。
そして頭上からは、視界に収まりきらない星がゆっくり、ゆっくりと落下してくる。その中心はおそらく、火星と水星の衝突点。何方面からもの攻撃、そして無限に近い攻撃範囲。まともに避けることが絶対に出来ないことぐらいは馬鹿でもわかる。
これから一体、何が起ころうとしているのか。天界という狭い地域で暮らしてきた彼にはわからない。
「さぁ、魅せてくれ。星爆ぜる様は花咲く様より美しきものだと」
「っ――龍符――」
刹那、光が宮殿を包み込む。最後に見えた光景は、星々がバラバラに、粉微塵に崩壊していく姿。そして、光は瞬くうちに消え入る。光が、闇に飲み込まれていく。吸い込まれていく。堕ち、衝突した星々……人星の龍神との距離の中間地点の空間に光が集まりつつ、歪み始める。
「――『龍は自然に不干渉』――」
龍神はその種族上、元来より『自然に干渉されない程度の能力』を有している。人間の形態ではなく、本来の龍の姿に戻った龍神は、目の前の惨状にただ戦慄する。
人星の姿は何処にもない。宮殿など跡形もない。広がるのは、ただひたすら広い闇の世界と、中央に集まった光だけ。
先ほどの、星の現象……超新星爆発というのだが、星の死と共に起こる大爆発により、おそらくではあるが死んだのだろう。これほどの大爆発、龍神もその能力が無ければ跡形もなく殺されていた。それどころか、天界そのもの、ひいては、星そのものが消えていただろう。
「父上……どうして、その身を滅ぼしてまで」
この空間、ブラックホールの中では、光さえも脱出することはかなわない。しかし、龍神の様々な能力により、これは結界に覆われて外部に被害を漏らすこともなく、また龍神自身にも影響を与えていない。
龍神は、何となくだがわかっていた。人星が自身の命を賭けてまで守りたかったもの。それは、愛する者たち。あの龍神が唆した人里の村人ではない。その周囲に居る博麗しかり、氷の妖精しかり、八雲紫しかり、そしてこれから生まれてくる妖精達しかり。
人星は愛する者のため、その命すらも擲つ。しかし、龍神にはどうしてもわからないことがあった。
「……父上、愛とは何なのですか?」
龍神は今まで、愛着や愛欲を覚えたことが無い。感じたこともない。故に、理論的には知っていても、実体験としてそれを知らない。
独り残された彼の頬に、球の雫が伝う。それを彼は、頬に手を当てたことで初めて気が付いた。涙を流す、今まで理解できなかった現象の1つ。しかし、自身がこうして経験しても、龍神はまだわからない。この心の奥底に誕生した不快感とも違う、霧のかかったようなモヤモヤしたもの。
これが何なのか、考えるうちにも雫があふれ出てくる。まるで水源のようだ。比喩ではない。それほどの激流が、龍と化した龍神からあふれ出ている。嗚咽が神の轟きのように漏れる。
嗚咽は後に天が割れんばかりの雷鳴となり、雫は水没するかと思われる程の豪雨となって、暫くの間、昼も光が差さない闇の世界を幻想郷にもたらすことになる。それをまだ龍神は知らない。知る由もない。
「――理符『世界は逆説的に輪廻する』――」
死んだかと思われた人の声がした。あまりに優しい声音。親が子どもに接するときの様な、龍神が望んで止まなかった声音が今、その耳に届く。
「慟哭せよ、我が子よ。怒れ、狂え、激情に身を任せよ。全て、この俺が受け止めよう。そしてその先にこそ、見えるだろう。さぁ、俺の骸を踏み越えてたどり着け、その愛に!」
顔を動かすと、そこには人星が居た。両手を大きく広げて、飛び込んで来いと言わんばかりに、人間の矮小な体にも関わらず、その姿が星よりも大きく見えるほどの、底知れない優しさを纏いながら、立っている。
――嗚呼、父上は私のことを、認めてくれるのですね。
龍神は心が温まるような、安らぎというものを感じ取る。それがどうしようもなく心地よくて、しばしの間、その瞼を閉じてまどろんだ。
「いきますよ、父上」
穏やかな声音。龍神は右手に御札を持ち、そしてこれを最後の一撃とするために、言霊を紡ぐ。
「――森羅万象『デウス・エクス・マーキナー』――」
それは龍神が行使する中でも、最強の力。概念、事象、過程、要因、あらゆる事柄を無視して自身の望みを強制的に叶える、正しくも万能なる願望器。しかし、この力は面白いもので、同じ系統の力が発動された場合、後出しした方が勝つという、類稀なる性質がある。
人星も、これに酷似した力は間違いなく持っている。それを理解している龍神は、今までこの力の後出しを狙って、先出をしなかったのだが……先ほどの人星の言葉を受けて、龍神はその力を行使する。
龍神は人間の形態へと変わる。そして間合いを詰め、その右こぶしにありったけの力を籠めて、全てを受けいれる姿勢の人星に向けて引き絞る。
もはや、言葉など必要ない。後は全て、行動を以て示せばよい。語るならば、その眼光から伝え、悟ればよい
人星は動かない。手を大きく広げたまま、反撃をしようともしない。龍神の胸の中に、温かいものが広がっていくのがわかる。自身の父親の行動を理解していくほど、その温もりは強くなっていく。
しかし、握る拳を振るうことを、龍神は決して躊躇いはしない。
同様に、人星もまた自身が消滅するのであろう力が籠められた拳に、怯むことはしない。姿勢を崩さない。大胆不敵の姿は揺るがない。
そして振るわれる、龍神の一撃。
ニッ、と人星が口角を上げる。
同様に、龍神の口元が朗らかに綻んだ。
そして拳は、人星の胴体を容易く打ち砕く。それを境に、人星から血は流れない。煌めく光の粒子となって、足元から天へと昇っていく。
「越えてゆけ 愛を覚えた 愛しの子」
優しい声音。存在が消えていくさなか、人星は詠う。
「雫散りさき 色は花めく」
最期、人星は穏やかに笑みを浮かべ、その姿の全てを光の粒と化して天に昇った。その輝きは月の光に負けない優しさが内包されている。
贈られた歌。龍神はその魂に刻み込み、人星が立っていた場所を通り過ぎるようにして先へと進んでいく。
「もう、道は違えません。安らかに、お眠りください」
言葉を残し、されど振り向きはせず、龍神はただ切り裂かれた闇の先にある光に向いて、歩き続けるのだった――
この話をもって、二章となる『Chapter2 The treasure for which father left it』を終了させていただきます!
いやぁ、ようやくここまできましたよ。今だから言いますが、実のところ龍神については、プロローグが既に伏線でした。天界=要石=生物9割9分死亡=龍神の仕業、といった方程式が完成しています。龍神の容姿としては、親子というよりも双子に近いですが、親子です。
それと、作中に出てくる御札ですが、これはスペルカードではありません。もしもスペルカードであれば、余裕で反則です。使った後に相手が余波で跡形もなく死にます。そもそも弾幕じゃないですし。
この御札は、能力を経由せずに、ある事象の力を封じた「力の根源」とでも思っていただければと思います。それと、最後に博麗に渡した御札ですが、これは博麗大結界とは別物です。
それと、この物語の中での龍神は、人星が無意識の中で創造した存在、となっております。描写として記すことが出来なかったので、このあとがきにて補足説明をさせていただきました。
また、龍神は人星とは全く別物の力を保有しています。作中でもその傾向からお気づきかもしれませんが、人星が「創り出す力」とするならば、龍神は「干渉非干渉を操る力」といった具合です。どちらにしても、はっきり言ってチートやバグの極みですね。
また、この物語における自然とは、人星が生み出した全てです。能力完全上位にあたる『デウス・エクス・マーキナー』までは不干渉というわけにはいきませんが、それ以外のほぼすべての力に対して干渉を受けない存在です。即ち、『死』や『老い』という自然の概念も受け付けないため、龍神は実質不老不死です。
ならばどうして、龍神は人星の攻撃に対して恐怖したかといえば、それは人星の『創造する程度の能力』は、自然の枠組みには入っておらず、それを括るための枠そのものだからです。
もう少し分かり易く言えば、人星は能力によってあらゆる力を生み出すことが可能です。その創り出す過程において、人星が自然の枠組みから外してしまえば、即ちその生み出したものは、自然とは全く関係の無いものになります。
つまり、攻撃手段の御札を自分の能力で創り出し、それによって自然の枠組みから超越した何かにしてしまえば、龍神に対して攻撃が通ります。また、そこに「不死殺し」とか「不老不死無効化」などの概念を付与してしまえば、龍神は攻撃に当たった瞬間に死にます。
そのことを理解している故に、龍神は人星の攻撃に対して恐怖を抱きました。
以上、補足説明となります。
二章最後ということで、長々と話しましたが、今回はこれで以上となります。
感想、コメント、ご指摘、評価、批判、お気に入り登録、などなど常時受け付けております。もしよろしければ、そちらの方もよろしくお願いいたします。非ログインユーザーの方からの感想も受け付けておりますので、もしよろしければどうぞ。
それでは、次回はまだ第三章が完成していないということから、少し間を置きまして、1週間後……11月13日、21:00に投稿させていただきたく思います。
どうしてそこまで間をあけるかと言われると、理由はいたって単純で、未完成品を読者の皆様におみせしたくはない、という思いからです。
何卒、ご理解とご協力の方を、よろしくお願いいたします。
それでは、また感想枠、もしくは一週間後にお会いいたしましょう。