東方創星神録 ~始まりと終わりの物語~〖凍結〗 作:星の屑鉄
今回の話は少し長いです。字数にして1万字オーバーです。
※今回はかなりグロテスクな描写が存在します。あらかじめ、注意の方をよろしくお願いいたします。
それでは、本編をどうぞ!
――洩矢諏訪子が訪れた日から、その翌日の正午。
結局、ハクロウは行方知れずのまま、家に帰ってこなかった。一体、どこで道草を食っているのかと、アユムは半ば呆れながらも、宴の準備を整えた。
そして今、アユムは家の入口の前に立っている。非常に落ち着いた様子で、瞼を閉じ、来るのであろう客人を待っている。
「あ、いたいた。やっほー!」
そして現れる、洩矢諏訪子。その後ろに三名のお供を連れて、アユムに近づいてくる。
「……少ないな。これでは用意した酒が余ってしまう」
「いやぁ、結構な人数が門前払いされちゃったんだよね。土地を祟って結界弱めたのにこれだから、本当に、ここまで成長させた力はすごいと思うよ? もう、豊穣の神様になっちゃえばいいのに」
「生憎、既に一度経験した役職に戻るつもりはない。英雄、王、神、なるほど聞こえはいい。しかし、退屈なことこの上ない。……まぁ、父親ならばまた就きたいものだ」
「何それ。もしかして、結構家族愛が深かったりするの?」
「あぁ、それについては自負できるとも。家族の為ならこの命、容易く擲つことが出来る。愛を教えるために、我が骸を越えさせたこともある」
「あぁ、やっぱり、やり辛いし、避けて通りたかったなぁ……」
諏訪子は自分の隣に居る、注連縄を背負った女性に目配せする。彼女はふん、と息を吐き、大胆不敵に前に出る。
「私は八坂神奈子。回りくどいのは嫌いだから、単刀直入に訊くわね。貴方が人星様?」
「今は見合う力を持ってはいないが、前世、前々世では、確かにそう呼ばれていた」
両者、驚くほど素直に、真っ直ぐ、質問して回答する。これほど清々しいと、今まで遠回しに探っていた諏訪子の努力は何だったのか。しかし、当の二人がそれを知る由など無い。
「なら、次の質問。何か能力を持っているのかしら? 私の能力は、『乾を創造する程度の能力』よ」
「俺の能力は……『創造する程度の能力』、『災厄と恩恵を操る程度の能力』、『星の恩恵を受ける程度の能力』、『輪廻する程度の能力』、『実力が100分の1に抑制される程度の能力』、といったところか」
「……最後の能力は呪いね」
「いや、これも案外、使い勝手が良い」
そういうものなの? そういうものだ、と受け答え、八坂神奈子は気まずそうに頭を掻く。
「さて、酒宴を開くか? それとも、宴を始めるか?」
「個人的には前者がいいけどねぇ……そうもいかないのよ、これが」
背中の注連縄に加え、御柱が四本、装着される。今のアユムから見れば、明らかに重量過多の装備。いくら神だからといって、そんなものを装備する必要があるのだろうかと、疑問に思う。
「手出し無用だよ」
告げて、準備完了とばかりにアユムに敵意を向ける。
対して、アユムは飄々と肩をすくめてみせ、その手にどこからとなく取り出した、金色の槍を手にする。
「まったく、穏便に酒宴で済ませることは出来ぬか?」
「残念だけど、我にも面子というものがある。それに、これは侵略戦争の1つ。安心するがいい。素直に負けを認めれば、命まではとらない」
「……困ったな。必死ではないか」
目を細めて、後ろに控える二人と諏訪子を見る。手出しする様子はないが、果たして八坂神奈子が負けそうになったら、どうなるか。今はいいかもしれないが、未来は暗い。
「しかし、こちらにも譲れぬものがある。友の居場所、守れぬようでは、この俺の沽券に関わる。ハクロウが帰るまで、俺は決して倒れぬ。諦めぬ。死ぬこともない」
「随分と自信があるようだな?」
「そんなものは無い。しかし、知っているか? 男という生き物は馬鹿なものでな。矜持の為ならば、命を張れるのだ」
――だから。
「――我が屍、決して越えさせはせぬ。今この時だけは名乗ろう。我は人星。星の英雄にして守護者、月の王にして、豊穣と破滅の神。三度目の生を受けたこの身、今度は友のために削るとしよう。この場所を、友の帰る場所を守りきる。この矜持、砕けるものなら砕いてみせよ!」
「いいねぇ! もう一度名乗りを上げるよ。我は八坂神奈子。日本の神道の神の一柱である! その矜持、我が直々に砕いてみせよう! その過程で、貴方は一度――神の荒ぶる御魂を味わうと良い!」
刹那、空気が爆発するように変質する。緊張感がその場を包み、敵意が渦巻き、殺気が暴風のように吹きつける。破裂したそれらは留まるところを知らず、ただ濁流のように溢れ出る。
お互いに、その顔に獰猛な笑みを張り付ける。
――刹那、黄金の軌跡が真っ直ぐ、八坂神奈子の心臓に向けて奔る。
「っ!」
彼女は紙一重でその攻撃を避ける。同時に思う。
(これで100分の1……?)
懐疑的な瞳が彼を映す。対して、彼は何事もなかったかのように、再び軌跡を描いて攻撃に移る。
「小賢しい!」
軌跡の途中、その実体を八坂神奈子は左の拳を振り下ろして打ち落とす。その一撃はあまりに衝撃が凄まじい。槍を持っていた彼の手からさえ、得物は叩き落とされた。
武器を払い落とされ、手元に何も持っていない彼は素早くバックステップを刻む。距離を詰めて攻撃しても良かったが、この時の彼女はそのようなことをせず、神力と呼ばれるものを手に集め、それを弾丸のように丸く凝縮したかと思うと、軌跡すらも残さない勢いで発射する。
「――!」
気迫。声に出さず、ただそれだけを以て体に力を入れ、放たれた弾丸を、彼は彼女が発射する前に体を逸らした。その光景を見た彼女の懐疑心は更に深まる。
(……どういうこと? 動きは鈍重。攻撃もいまひとつ。でも、武器は一級品で、勘は恐ろしく冴えている)
言葉にするならば、彼はあまりに「ちぐはぐな存在」だ。才能があるにも関わらず、武器があるにも関わらず、動きがあまりに怠惰。先の100分の1の話を計算に入れたとしても、伝え聞く話と、どう考えても帳尻が合わない。
考えているうちに、彼は彼女に向かって肉薄する。その動きは、やはりどうしようもなく緩慢だ。人間の枠組みであれば、確かに非常なる強者だろう。しかし、かつての規模の違う逸話を残した人物として捉えるのであれば、これはあまりに弱い。
「さて、ならばこういう趣向はどうだ?」
パキ、という氷に小さな亀裂が入るような音と共に、彼女の脇腹に熱い衝撃が走る。
「ッ!?」
痛みを認識した時には、既に何もかもが遅かった。八坂神奈子の脇腹からは、氷を隔てて赤色が滲む。見てみると、冷気を纏った異常な三叉戟が脇腹を掠めていた。ただそれだけにも関わらず、八坂神奈子という神を凍りつかせる威力。そして、先ほどまでどこにも無かった謎の武器。気づかぬ間に届いた攻撃。
彼女の行動は早い。認識した瞬間、アユム……いや、人星という存在を全力で蹴り飛ばした。同時に、ボキ、バキ、などという不快な音が響く。
「くっ……」
負傷した脇腹を押さえ、八坂神奈子は忌々しそうに、蹴り飛ばされた後、難無く足だけですぐに踏み止まった人星を睨み付ける。彼の両腕を見ると、凍傷などという言葉が生温い。完膚なきまでに、その両腕は凍結している。口の端からは血を流し、蹴られた腹部を痛々しく青色に腫らして、しかしそれでも猶、闘気は衰えない。苦悶の表情すら浮かべない。
「くくっ、まさか、無意識のうちに直撃を避けるとは予想外だ。こちらは両腕を代償にしたというのに、結果は脇腹の凍傷のみ、か」
それどころか、彼は薄く笑ってそんな言葉まで言ってのける。一体、どういう精神をすればそれだけの胆力を得られるのか。渾身の一撃で倒せなかったにも関わらず、むしろ余裕を感じさせるようなその言動。
「……大方、蜃気楼か光の屈折か、そのあたりを利用したのだろう?」
「あぁ、その通りだ。同じ芸当は、同じ相手に二度は通じない。故に、この一撃で決めるつもりだったのだが……避けられては、仕方がない」
たった一度のチャンスを棒に振って、それでも仕方がない、で済ますこと自体が、通常の精神から大きくかけ離れている。
八坂神奈子は一歩、足を引く。
「たとえ我が身が朽ち果てようとも、友が帰るまで戦い抜こう。命を失ったとしても、亡者となって戦おう。それでも猶対処出来なければ、この山に我が魂を宿して輪廻しよう」
その言葉を、決して笑い飛ばすことは出来ない。人星という存在は、あまりに未知の領域に浸っている。その一言一句、冗談だと断定できるものは、誰一人として居ない。
「本来ならば、我が子に渡そうと思った、神の槍。ならば今ここで、その性能のテストと行こう、トリシューラ」
パキ、バキ、パキ、音を立てて大地は徐々に凍り、またその神の槍、トリシューラから溢れる冷気は人星の体を蝕む。腕から肩にまで広がろうとする凍傷を、しかし彼だけは意にも介さない。
「よく、そんな槍を使えるねぇ……」
半ば呆れ、もう半ばは畏怖を込めて、彼女は呟く。それに対して、人星はふん、と嘲るように鼻を鳴らす。
「氷に畏怖してどうする? たとえ全身が凍りつこうとも、構わぬ。我が子を愛している、その証明になるのであれば、この命一つ、安いものだ」
それは人星なりの、愛の体現方法。その身を以て、全てを受けいれる愛。底なしに懐が深く、器が広く、泰然自若にして大胆不敵。そんな人星だからこそ出来る、一つの愛情表現。
八坂神奈子は相手の強大さを肌で感じ取り、踏み止まって構える。次で決めるため、次で確実に殺すため、自身の能力も行使し、天候を操って雨雲を創り、4本の御柱をいつでも射出出来るように用意する。それだけに飽き足らず、先ほどと同じ神力を込めた弾幕を後方に用意する。弾数はおよそ、1500発。
「人星、貴方は危険だ。その精神力、賛美出来るものだろう。しかし、強すぎればそれは毒である。貴方のそれは既に救いのない猛毒の域だ。故に、ここで討伐してくれる!」
「嗚呼、愉快。たかがそれだけの準備で、我を越えようと? くくっ、他の者も参加して良いぞ。神にこの矜持を理解させるのも、また一興というものだ」
――さて。
氷の神槍、トリシューラで地面を叩く。パキパキ、と氷結した大地が氷によって更に盛り上がる。
「――我が屍、越えられるものなら、越えてみせよ! 我を越えた先、そこには常に繁栄と答えが待っている! しかし、我に押され死ねばそこで終わりと知れ! 行くぞ。全てを賭けることが如何に尊い行いか、命は如何に尊いか、我が行いがどれだけ美しいか、括目して見よ。歩みを止めた者たちよ! 我を踏み台にして、壁の向こうに羽ばたいて行け!」
そして疾走。凍りついても猶劣化しない身体能力は、もはや胆力云々を以て説明することは不可能な領域に到達している。もはやある種の能力と言えるその状態に、八坂神奈子は全力で相対する。
「ならば望み通り、ここで果てるがいい!」
御柱の1本で目の前を横薙ぎに殴りつける。しかし、御柱というあまりに重量のあるものを振ったために、その初速は遅い。人星は難なく、それを跳躍によって躱し、空中で槍を構える。
「空中で避けられるほど、甘くはないよ!」
そして1500の弾丸……もはや弾幕と呼べるそれが、人星に向けて正確無比に発射される。1つ当たるだけでも、今の人星の耐久力であれば重症に追い込まれるだろう。一度たりとも当たることは許されない。
「ならば、こういう芸当はどうだ?」
刹那、冷気が二人を包み込み、氷結の世界が全てを支配する。二人を中心とした半径5メートルの円。ドーム状に広がる凍てつく霜の結界は、中に存在する全てを静止へと誘う。弾幕は全て凍りつき、4本の御柱は氷柱に変わり、八坂神奈子は顔と体の半分が凍り、人星は八坂神奈子の目の前――僅か1メートルも無い近距離――で、槍を彼女に持たれ止められた状態で氷像と成り果てる。
「く、ぅ……」
左半身が完全に凍りついた。トリシューラを止めた左手は厚い氷に覆われて、左半身からは体温と行動能力が奪われ、右半身は氷結の世界の外気によって麻痺していく。
「やって、くれるねぇ!」
しかし、八坂神奈子は容赦しない。例え相手が止まっているように、凍りついているように見えても、自爆で幕を閉じるなどという間抜けを、この相手がする筈がない。そう信頼して、彼女は氷柱となった御柱の二本を同時に、人星へと振り下ろす。
自慢の得物を八坂神奈子に握られ、全身が凍りついた人星にそれを止める術は無い。常識的に考えれば、それが当然。
――そして、轟音。大地を、氷の世界を叩き割るような衝撃が響き、事実、その世界にはひびが入り、割れ、崩壊した。
しかし、肝心の人星は無傷。御柱の二本を、氷の神槍を自分の手から引き剥がし、後方に退くことで回避したのだ。
「……本当に、どういう体の構造をしている? 全身が芯から凍りついたにも関わらず、どうして未だに動ける!?」
八坂神奈子には理解できない。理屈から考えて、既に人星は生命活動を停止していてもおかしくない。むしろ、そうあって然るべきなのだ。それにも関わらず、あれだけ素早く動いたことに、自身の理解の範疇を越えたことを確信した。故に、問い掛けた。
「愛だとも」
その答えを、人星はいとも容易く、それだけの言葉に片付けた。
「……愛?」
八坂神奈子には、未だに理解出来ない。彼女はまだ、愛というものを知らないから。
「我が子を愛する。それの証明。それこそが、今の我の……いや、俺の姿だ。違えてはならないんだよ。父親は、子どもに無条件の愛を与えてやらねばならない。そこに愛以外の感情を挟むことは、許されないのだ」
「それと全身が凍りついても動くことに、何が関係している? 答えろ!」
凍りついた姿のまま、ふっ、と人星は薄い笑いを浮かべる。そして先ほどまでの武人の顔を完全に捨て、穏やかな、見ているこちらが安堵するような優しい顔つきで、こう言った。
「我が子は氷の妖精。触れた者全てを凍りつかせるほど、強力な存在だ。しかし、我が子とも満足に触れ合えない者に、その特性を避ける者に、父親が務まる筈もなかろう?」
聞いていた誰もが、その言葉に目を剥いた。そして理解した。目の前の人星という者は、常軌を逸した、神の領域さえも通り越した、遥か先に居る何かなのだと。同じ次元に、そもそも立っていないのだと。
「俺は父親として、全てを肯定するとも」
――それが、俺の矜持だ――
人星は言い切った。全身を凍りつかせて猶、いつも通りに、平静を保ちながら、狂気じみた発言。しかし、決して狂っているわけではないのだと、その声音から何となく、誰もが理解する。
その根源は、一体どこにあるのか。それは、好奇心の芽生えを促した。
「……遊びが過ぎたな。ここからは、我が友人、ハクロウのために、このアユムが対峙しよう。奴には、ここ以外に帰る場所が無い。真の友の帰る場所を護れず、何が友か」
そして彼は、何処からともなく御札を取り出した。今までの神槍も大概の力が籠められていたが、その御札から滲み出るそれは、もはやそれらの比では無い。
「――原典神槍『Gungnir』――」
発音は、この大陸のものではない。彼女たちの耳では、その名を正しく認識することは出来なかった。
しかし、言霊と同時に姿を現した、木の枝を削って作ったかのような、無骨な槍。それの恐ろしさだけは、ひしひしと感じ取ることが出来た。
「キサマ相手に過ぎた逸物だが、これを使うことを許せ。これは我が子どもと対峙した時、愛を教えるために用意した武器の1つであり、その時に使わなかったものの一つだ」
即ち、余り物ともいえるそれを、八坂神奈子相手には過ぎた得物だという。当然、彼女は反論したかったが、しかし出来なかった。神槍に内包されている圧倒的な力の奔流が、それを許さなかった。
その力は、間違いなくすべての神々を凌駕する。あの天照大御神ですら、この力に匹敵するかは分からない。
「我が全盛期の力、この槍にはそれが含まれている。これを以て、俺はこの場所を死守させてもらう。来い、侵略者。我が友が現れるまで、この俺が相手をしよう」
腰を落とし、重心を安定させ、大地にしっかりと足をつき、槍を中腰に構える。
神槍の恐ろしさ、それは十分に理解できた。即ち、そこにはアユムではなく、人星の力が籠められているということだ。即ち、八坂神奈子はあの槍の攻撃を受けることが許されない。
しかし、この場にはもう1つ、目を見張らなければならないことがあった。神槍の光によって存在が隠された、影の様なものが。
「……ならば、貴方に敗北を教えましょう。その体で守り切れる範囲なんて、たかが知れている。そのことを、存分に思い知るがいい――!」
そして再び展開される弾幕。その数、先ほどの2倍。
トリシューラが手元にない今、その物量に対抗する手段を、アユムは持ち合わせていない。そう考えた八坂神奈子は、相手の攻撃が届かない範囲からの物量攻撃を選択した。実力は圧倒的に上であり、武器だけが卓越している。故に、この戦略が一番有効だと考えての行動だ。
そして即座に、3000の弾丸が、弾幕となって射出される。その一発一発が、アユムの頭、目、首、心臓、腹部、腕、股間、腿、脛、足先、と多種多様な部位を狙い、また頭上、横を通り抜ける軌道を描く弾丸は、彼の後方に控える家を破壊することが目的のものだ。
「痴れ者が」
アユムが言葉を吐き捨てた。同時に、彼から滲み出ていた気迫の質が様変わりする。今までを武人として競うことを楽しむ正の気迫とするならば、今のそれは、不快感の臨界点を突破した者がドス黒い感情の全てを解放したものだ。
その双眸の奥底に得体のしれない黒点が座し、唇を一文字に閉じ、眉を顰め、髪を逆立たせるその風貌。
怒れる武神の姿、とでもいうべきか。
彼は静かに半歩前に踏み出し、その槍の先で、神力の弾丸(以後、弾丸と記す)の1つを弾き、すぐ隣にあった弾丸に当て、2つの弾丸の軌道を逸らした。
次に、その穂先を少しずらし、もう1つの弾丸をまたも弾き、他の弾丸へと当てて弾く。弾かれた弾丸も、また別の弾丸に当たって弾かれる。
続いて、また穂先を少しだけ動かし、頭上を越えようとした弾丸を弾き、当然のように他の弾丸に当てることで、また別の弾丸の軌道も逸らす。
穂先の微妙な位置の調整、時に刺突を繰り出しビリヤードのように隣、または後方から押し寄せる弾丸を弾き、また時に横に薙いで前方の弾丸の数十を一掃し、今度は柄と穂先、両方が利用されて弾丸を弾く作業が始まる。
――あまりに流麗。まるで、舞の様な美しい動き――
もちろん、全てを防いでいるわけではない。少なくとも、20発に1発は確実に被弾している。しかし、彼を通り抜けられる弾丸は、1発として存在はしない。
肩に直撃し、腿に当たり、脛を直撃し、腹部に激突され、それでも苦悶の声を上げず、淡々と弾幕を処理しようと、小手先の技を以て対処する。
「なんと……」
まるで、演舞を見せられるようだった。弾丸と弾丸が互いにぶつかる時に発生する火花の様な光。カチン、カキン、という音。
それらをBGMにして踊る彼は、まさにこの劇中の主役。友のために、流麗にも止まることなく踊り狂う姿は、美しくも惨めで、しぶとくも儚い。
彼が処理しなければならない弾丸の数は、秒間100発。一秒に5発をその身に受けながらも、残りの95発を凌ぐその技量は、神の目から見ても凄まじい。
「まさか、こんなに……」
傍観していた神々はその姿に尊敬の眼差しを向ける。たった一本の槍で、物理的な小手先の技だけしか使わず、この15秒間……1500発のうちの、1425発を対処した集中力と技量は、達人の域をとうに越えている。
その体に痛々しい青あざを残しながらも、けして怯むことも、臆することも、止まることもなく、そんなことに構うものかと目の前の弾幕の処理を続ける。
そして20秒。その時、空に展開されていた黒雲から雷が落ちた。それは正確にアユムの体に直撃し、弾丸を300以上消す代わりに、彼の体を覆っていた溶けかけの氷を完全に溶かし、更にはそれを貫通して大打撃を加えた。
「っ、なんで、どうして動ける!?」
しかし、3秒後、またもメロディが鳴り響く。弾丸を弾き、風を切る音。視界が良好になったときには、先ほどまでと変わらないアユムの姿があった。体の皮膚が焼けただれ、筋肉が痙攣しているように見えたが、そんな状態になっても止まることを知らない。
「まさか……」
傍観していた者の一人、諏訪子が声を上げる。その間にも、流れるような動作は続いていく。
そして、残りの弾丸は500だけ。その間に、家に直撃した弾は、1発も無い。額に直撃し、皮膚が割れて夥しい出血をしているが、それでも止まることは決してない。
「――これで!」
八坂神奈子は指先に弾丸をつくり、それを他とは一線を画す速度で発射する。狙いは、アユムの左目。
「ちっ」
その時、アユムの双眸は主に二つの事象を捉えていた。1つは、やや右寄りの額に命中しなければ、どうしても後方に抜け、家へと直撃する1発の弾丸。
そしてもう1つは、先ほど八坂神奈子の発射した、左目を狙った1発の弾丸。
決して、どちらも受けることが許されない一撃だ。視力を失えば、今後の弾丸の対処に影響を及ぼす。しかし、もう避けるか当たる位置を修正してしまえば、それだけでもう1つの弾丸が家へと直撃する。
「さぁ、どうする!?」
アユムは二者択一を余儀なくされる。どちらも対処するなんていう、そんな都合の良い話は無い。
だが、アユムの選択は早い。彼は自身の左瞼をすぐさま閉じて、動じることなく弾幕の処理を続行した。
――グチャ。
「う……そ?」
アユム以外の、誰もが目を見張る。弾丸は、無慈悲にも彼の左瞼と左目を吹き飛ばした。辛うじて、脳に到達することが無かったのは、瞼が防壁代わりになったためだ。
深い闇を内包しながら、ぽっかりと空いた眼窩。体のあちこちが痛々しく青色に腫れ上がり、額から血を流し、皮膚が焼けただれ、目を奪われ。そんなおぞましい姿になりながらも、その槍を用いた舞踏は止まらない。
――脳震盪など、既に何度も起こっているだろう。それでも、意識を失うことはおろか、力を失うことさえない。
――出血多量、貧血により、意識を保っているだけでも精一杯だろう。それでも、未だに衰えをみせない。
――痙攣した筋肉、落とされた雷による体の麻痺が未だに抜けきっていないだろう。それでも、その体は人形のように踊り続ける。
「……賞賛を送ろう。その身でよくぞ、ここまで防ぎ切った」
残りの弾丸は、僅か150発。八坂神奈子は、一周回って冷静になり、その様に賛辞を贈る。
「だからこそ、この一撃、手向けとして受け取るがいい――!」
弾幕の後ろから、一本の御柱が空を切ってアユムに投げつけられる。当たれば間違いなく、全身の骨が砕け散る。
残りの弾丸、後方の家へと直撃する全てを打ち落としたとき、彼は槍を大きく持ち上げて引いた。それは投槍の構えだ。未だ50の弾丸が彼の体に迫っている。しかし、それを気にすることなく、彼は唯一の防御手段である神槍を、何の躊躇もなく、その御柱に向けて投擲する――!
「馬鹿な!?」
弾丸の50発、すべてがアユムの体に直撃した。しかし、同時に神槍は御柱と激突し、そして御柱を完膚なきまでに粉砕してしまった。
神槍はそこで勢いを失い、反動で宙へと舞う。
「隙、ようやく見せたな?」
蚊の鳴くように小さい声。それを知覚した時には、既に空中でアユムが神槍を拾った時であった。
八坂神奈子は残った御柱の三本を構える。いつでも、どのような体制でも攻撃を受け止められるように。
「この一撃、手向けとして受け取れ」
――攻守逆転――
アユムは槍を投げるのではなく、地面に足をつけた瞬間、即座に八坂神奈子に向かって加速する。その加速度は、今までと比べ物にならない、爆発的なものだ。初速で既に八坂神奈子の認識できるトップスピードのギリギリを出してきた。あまりに予想外な展開に、彼女の反応が一瞬だけ、遅れる。
――もう1つ、目を見張らなければならないこと。
それは、アユム自身、槍を扱う技術力の高さである。
「終わりだ、大和の神よ」
一瞬の遅れは命取りとなる。アユムは、その硬直の隙をついて、八坂神奈子の心臓に繋がる軌跡を描き出し――
「ごめんね。でも、参戦して良いって言ったのは、貴方だから」
それは八坂神奈子に突き刺さる直前に、洩矢諏訪子によって止められた。
「……口は禍の元とは、まさにこのことか」
ニヒルな笑みを浮かべる。既に槍に力は込められておらず、ただその槍に手を引っ掛けているだけのようだ。筋肉の痙攣は酷く、足は生まれたての小鹿のように震えている。
とても戦える状況ではない。そんなことは、彼の全身が凍りついた時からわかっていたことだ。今まで、根性と気迫だけで体を動かしていたようだが、もはやそれも出来ないと見受けられる。先ほどの一撃は、全身全霊の最後の攻撃だったのだろう。
虚を突かれたような顔をしていた八坂神奈子は、その顔を引き締め、手と御柱を振り上げる。
「――言い残すことは?」
「……そうだな」
緩やかな死刑宣告。しかし、それに動じることなどなく、アユムは数秒考え、そして口を開く。
「散り様に 涙染み入る 辛味酒 最期ばかりは 独り乾杯」
ちゃぷん、とアユムの懐に入れていた瓢箪。煉獄と呼ばれる酒が寂しそうに鳴いた。
「――見事――」
もはやそれ以外に言葉を使えなかった。短い賛辞。そこに万感の思いを乗せた。
そして、八坂神奈子はこの死闘に終止符を打つべく、その御柱を振り下ろす。
ゆっくり、ゆっくり、アユムの目には、まるでスーパースローカメラで見ている映像のように、その御柱が自分に迫る光景がくっきりと目視する。
(――嗚呼、しかし、難儀なものだ……1つ、詠いそびれたではないか)
自身の失敗を、アユムは心の中でひとり呟く。そして、今からでもまぁ遅くはないだろうと、その顔に大胆不敵な笑みを浮かべて、口を開く。
「駆けつける」
刹那、アユムの視界の端に銀色が迸る。瞬きのうちに視認は出来なくなるが、それだけでも十分だ。
瞼を閉じて、今度は自分の思いを乗せて詠う。
「友の情けに」
ドゴン! と、大砲を発砲した時の様な轟音が鳴り響く。しかし、彼は状況を確認せず、瞼を閉じたまま詠う。
「乾杯だ」
「信じ続ける」
そして懐かしき声が、歌を引き継ぐ。アユムはその瞼をゆっくりと開き――
「清き心に」
――目の前には、美しき白銀色の毛並みをした、尊く凛々しい狼が居た。
「待たせたな、アユム」
「嗚呼、本当に待ちわびたぞ、ハクロウ」
気高き白銀の狼、ハクロウ。
友のために戦場へと身を擲った、アユムの最高の親友である。
八坂神奈子登場してすぐにガチバトル突入、そしてハクロウ登場というところで、今回の話は終了です。
さて、またも下手な自作和歌が登場して私は黒歴史を1つ増やすという面白い現象が発生しました。これについては、もうそういうものだと笑ってください。黒歴史なんてネタなんです!
さてさて、次回の予告ですが、半ハクロウ視点からの御送りとなります。
予告をしたところで、今回はここまで。
感想、コメント、評価、ご指摘、批判、お気に入り登録、などなど常時募集していますので、もしよろしければ、よろしくお願いいたします。
それでは、次回の更新は11月17日の21:00ということで。