東方創星神録 ~始まりと終わりの物語~〖凍結〗 作:星の屑鉄
さてさて、それでは本編をどうぞ!
――最初の邂逅は、非常におかしなものだった。
傷だらけになりながら、何かを楽しむように全力で走る彼。
ハクロウはその時、まだ名前を持っていなかった。自我は形成されていたが、明確な目的意識も無い。
ただ、久しぶりの人間というご馳走には、少しばかり目が眩んだ。ただ、それだけ。それだけの理由で、ハクロウは彼を殺し、食おうとした。ケラケラとお得意の笑い声を上げながら、その爪を以て一撃で絶命させようとした。
しかし、彼は生きていた。攻撃の軌道が確定した直前、大きくその軌道から逸れることで爪を回避した。
その後、何かを心配するように視線を動かす彼に対して、ハクロウは追っ手が逃げたことを伝えた。その時、彼が驚いた顔をしたのは、見間違いではない。
そして、それからは言葉を交えた。ハクロウの印象として、彼は本質的に非常に危険、しかし面白い人間だと思った。妙に哲学的なところ、雅なところが、実にちぐはぐな人間だ。
空腹解消のために出された桃は、美味そうだった故に即座に食らいついた。事実、その桃は果肉甘く、とろけるように柔らかく、また果汁も喉を潤せるほどに充実したものだった。美味い、美味い、と桃を噛みながら、ハクロウは自身の姿がまた変化したことに気が付いたが、それも別段珍しいことではなかったために無視した。
空腹が満たされたことで、話しはとんとん拍子に進んでいった。一応はテリトリーにしている森のため、思い入れというものもある。森が綺麗になる、豊かになるというのであれば、食糧事情からも、ハクロウは大賛成だった。
故に、手を組むことにした。お互いに名前を与えて、お互いの存在を認める。人間と白銀の狼という、妙な組み合わせではあったが、それでもこの二人ならば、何でも出来るような、そんな根拠のない自信があった。
――しかし、だからと言って早速こき使われるとは思っていなかったが。
手を組んだ途端、まずは木を切り倒す作業から始まる。どうやら木々の総合量と土地の養分が釣り合わないために、どうしても必要な作業らしい。ハクロウは聡明だが、知識が少ない。故に、そのあたりのことに関しては、全てアユムに丸投げし、自身は肉体労働一択に絞って働いた。
切り倒す木々の指定は全てアユムが行い、実際に切り倒す、そして切り倒したあとの木々を運ぶのはハクロウ。
役割分担は、完璧だった。
――ある日、家を作るなどと宣った馬鹿が居た。
言うまでもなく、それはアユムだ。しかも、設計図はもう出来ているという。肝心の設計図は、木の枝を使った立体模型と、口頭による説明だけだったが、それでももともと聡明なハクロウは、それを聞いただけで納得し、実行できるだけの理解力があった。
しかし、だからと言って、一人でそれをやるとなれば、一体どれだけの労力がかかることか。不安に駆られながらも、しかし、またあの桃を食事に出してくれるというものだから、ハクロウは単純にも肯定して、家づくりを開始した。
――家づくり開始から少しして。
アユムが酒を造ってきたという。しかし、説明も聞かずに飲んだら、酷い目に遭ったのはハクロウだ。あの酒、泥水よりたちの悪い味をしている。本当に、どうしてあれほど不味い酒を造ったのか理解に苦しみながら、ハクロウは完成品を心の奥底で楽しみにして、家づくりを再開する。
――とうとう、家が完成した。
材料にも凝り始めたハクロウは、近くにある竹林からも素材を拾ってきて、それらを使用して、味気無い家の内装を少しでも改善しようと努力した。
結果、アユムに驚かれた。ただそれだけなのに、不思議と非常に誇らしい気分だった。ハクロウは胸を張って、どうだと内装説明をしながら自慢話を始める。それをアユムは苦笑しながら聞いていた。
そして、新築祝いだと七種類の酒を飲み比べて、お互いに世間話を、愚痴を、とにかく他愛の無い話を続けて、その絆を深めた。
――訓練。家が完成して、暇を持て余した結果、やることがそれだった。
アユムはとにかく弱い。それはもう、その辺の木っ端妖怪に勝てるか勝てないか、それほどに脆弱だ。本人が自覚しているのかはともかく、体力もあまり無い。肉体も丈夫ではない。武術に心得があるわけでもない。
白紙のような戦闘技術レベルだからこそ、常に実戦形式で訓練をした。最初の10回ほどは、なす術もなく瞬時に勝負が決まっていた。ハクロウの圧勝だ。
しかし、ある時を境に、突如神の力を宿した槍を使用し始めるようになった。それでも、そこから数十回は、槍の扱いに困ってまともな勝負にもならなかったが、次第にその動きは最適化されていく。
刺突は鋭さを増し、痛烈な横薙ぎを行うようになり、時には投槍で攻撃。密着した時は、最初はハクロウが使っていた泥臭い足技を、今度はアユムが繰り出すようになった。必要に迫られれば、最終的には頭突きまでしてくるのだから、密着した時の緊張感は半端なものではない。なまじ動体視力が神懸っているだけに、アユムに後出しなど出来る筈もない。
一体、どこまで成長するんだ。日に日に追い詰められていくハクロウは、そんなことを思いながらも、アユムを出し抜けるようにあの手この手を尽くした。アユムも、それを真似て、応用して手を尽くす。
単純な身体能力による圧倒が出来ないアユムだからこそ、こうした技術の向上が顕著に見える。
二人は既に、切磋琢磨の出来る、良き親友であった。
――悪い予感が当たった。勝てない。逃げよう。
それは突然の訪問だ。諏訪の神。ミシャグジさまと呼ばれる土着神して祟り神達を束ね、日の本の一角に洩矢の王国を築き、国王を務めていた者。
下位の神格ならば、余裕で勝てた。中の下でも、勝つことは出来る。中位であれば、ギリギリ勝てる程度だろう。しかし、洩矢の王国、諏訪の神であればそれは上位の神格。戦も当然ながら強いだろう。勝つことなど、まず不可能だ。
だから、ハクロウはその気配を感じた刹那、即座に森の中に隠れ、息を殺した。
その時、アユムが諏訪の神、洩矢諏訪子と会話している場面を目撃した。内容は聞き取りにくかったが、しかし尋常ならざる雰囲気に、ハクロウは気圧された。それなのに、ハクロウよりも圧倒的に弱いアユムは、まったく動じていなかった。
ハクロウには、アユムのそのちぐはぐな強さが、やはり理解することが出来なかった。
――逃げろ、逃げろ、逃げろ!
諏訪の神、洩矢諏訪子が相手ならば、二人で協力をすれば勝てる可能性は、万に一つはあった。
しかし、相手は洩矢諏訪子ではない。相手は大和の神。それも、武であれば最上位に食い込んでくるような、神格保持者である。実力は、洩矢諏訪子よりも明らかに上位。それは、過去の侵略戦争を見てもはっきりとしている。
陰で見守りながらも、ハクロウは心のうちで叫ぶ。しかし、叫びは届かない。金色の槍をその手に、八坂神奈子へと肉薄する。
ハクロウにはそれが理解できない。どうして、自分より格上の相手に対峙出来る。どうして、勝てないと知って立ち向かうことが出来る。どうして、それほど堂々としていられる。
舞台は氷の世界に移行する。バキバキ、と何かが凍てつく音と共に。見てみると、八坂神奈子がその脇腹に傷を負っている。
なんと! 刹那の喜びがハクロウを染める。しかし数十秒後、ハクロウのそれは困惑へと突き落とされる。
――どうして、アユムの全身が凍っている!?
氷の神槍。一時期は氷結のドームを形成した恐ろしい力を秘めた武器。しかしその代償は全身の凍結と、あまりに大きい。氷の世界が壊され現れたのは、全身凍りついたアユムと、わずかな傷を負った大和の神だけだ。
何故、こんなにも自分を顧慮しないのか。どうして、未だ平然と、体を動かし戦うことが出来るのか。
アユムはそれを、「愛」という言葉を以て説明した。しかし、聡明なハクロウでも、そうした感情論を理解することはかなわない。
だからハクロウは動かない。助けに行かない。助けようとしても、二人まとめて殺されるとわかっているから。二人で死ぬくらいならば、一人が生き残った方が合理的だから。だが、それでもアユムの姿から目を離すことは出来ない。この場から、逃げることが出来ない。
「……遊びが過ぎたな。ここからは、我が友人、ハクロウのために、このアユムが対峙しよう。奴には、ここ以外に帰る場所が無い。真の友の帰る場所を護れず、何が友か」
その言葉に、ハクロウは胸が張り裂けるような痛みを錯覚する。目頭が熱くなり、鼓動が早まる。どうして、逃げたと考えないのか。どうして、勝てない相手に挑もうとするのか。どうして、自分なんかの為に、命を張るのか。
叫びたい。今すぐアユムに言いたい。逃げろ、帰る場所なんか諦めて、早く逃げろ。伝えたくとも、そうすれば自分の居場所が相手にばれてしまう。駆けつけて一緒に逃げようとしても、追いつかれるのがオチだろう。
何も出来ない歯痒さに、ハクロウの牙が軋む。
――そして戦局が動いた。
アユムがどこからともなく御札を取り出した。それを見た瞬間、ハクロウは感じ取る。
――アレハ、アリエナイ。
もはや理の外というべきか。御札に込められている力は、ハクロウに計り切れるものではない。ただ、それが目の前の誰よりも恐ろしい力を秘めていることだけは理解した。本能が叫び散らした。
――原典神槍『Gungnir』――
言霊によって、力が具現化する。それは槍という武器となって顕現した。見た目には、何の変哲も無いように見える、木の槍。あまりにみすぼらしく見えるそれは、しかし他のどの武具よりも勝る力を内包している。
これならば勝てる。一撃、たった一撃さえ通れば、何とでもなる。ハクロウが希望を抱いた刹那、しかし大和の神の出した3000の弾丸に、再び絶望が襲う。その一発一発が、ハクロウでさえ相当のダメージを受ける力を持っている。それが3000だ。それも、大和の神には御柱4本が切り札として残っている。
敗色濃厚。万事休す。絶体絶命。そんな言葉が頭に浮かぶほど、形勢が悪い。アユムの持っている槍は、確かに恐ろしい力を秘めている。しかし、それだけだ。当たらなければ、意味が無いのだ。あの槍は、言ってみれば最後の希望。奈落の底で差し出された、一縷の蜘蛛の糸。チャンスを生かせなければ、確実な死が待っている。
しかし、アユムは動じない。ただ敵を見据え、腰を落として中腰に槍を構えている。どうしてそれほど、堂々としていられるのか。ハクロウにはわからない。
そして時を待たず、無慈悲に射出される、秒間100発の神力の弾丸。それらが迫った瞬間、アユムの雰囲気は確実に変わった。不快感を解放し、感情を爆発させた。その姿は、まるで怒れる主神のように、静かながら荒々しい。
しかし、静かなのも一瞬だ。弾丸が間合いに入ったところで、いよいよ彼は動き出した。
神槍を精密に動かすことによって、弾丸を弾く。弾く、弾く。跳弾した弾丸を更に別の弾丸に当て、それを更に跳弾させるという、人間離れした技術を披露し始めた。
しかし、1秒の間に、彼は5発も被弾する。そのたびに、骨が折れる音、皮膚が破れる音、鈍器で殴られたような音が響く。アユムはまるで、この場で死の舞踏を刻んでいるかのように見えた。
流麗に、正確に、しかし確実に対処しながら踊り狂う。
そんな中、ふとハクロウはある法則性を見つけた。
(……まさか、家に直撃する弾丸を優先し、対処しきれないものをその身で受け止めているのか!?)
ハクロウはアユムを観察する。1秒、2秒、3秒、時が経るにつれて、それは強固な確信に変わっていく。
弾く、受ける、また弾く。
ルーチンを繰り返す間にも、アユムの傷は増えていく。
(もう、いい。もう、やめろ……!)
ハクロウは心の中で叫ぶ。しかし、それがアユムに届くはずもなく、そしてとうとうその時は来た。
――ハクロウの叫びから数秒後、アユムの左目を狙った一撃が放たれる。
ハクロウは素早く状況判断をする。アユムの視点から位置情報を把握する。そうすることで、見えたことがある。それは、左目の直撃か、家への直撃、その二者択一をアユムが迫られているということだ。
(ここで、選択を誤るなよ、アユム……!)
殺気を込めてもこうはならないだろう。そう思われるほど鋭くなったハクロウの視線。
――グチャ。
そして飛び散る赤色。鳴り止まぬ音色。気にせず演舞を続けるアユム。
深い闇を内包しながら、ぽっかりと空いた眼窩。体のあちこちが痛々しく青色に腫れ上がり、額から血を流し、皮膚が焼けただれ、目を奪われ。そんなおぞましい姿になりながらも、流麗に踊り続ける一人の男。
動くたびに紅色の花が散り、軌跡を残して、音を奏でる。
(どう、して……なんでだ、どうして避けなかった、アユム!)
男は自分の身体よりも、友の建てた家を選んだ。そのことに対して、ハクロウの中で嵐のような自問自答が繰り広げられる。
――アユムは何を護った?
(それは、帰る場所)
――アユムはどうして、戦に身を投じた?
(それは、帰るべき場所を護るために)
――誰の?
(……この、アタシの。ハクロウの)
――こんなことをして、アユムにとって何のメリットがある?
(わからない)
――アユムは何を護ろうとしている?
(それは、アタシの帰る場所を)
――どうして護る?
(……それは)
答えに詰まる。無意識のうちに記憶を掘り起し、そしてアユムのある言葉を思い出す。
『――我が屍、越えられるものなら、越えてみせよ! 我を越えた先、そこには常に繁栄と答えが待っている! しかし、我に押され死ねばそこで終わりと知れ! 行くぞ。全てを賭けることが如何に尊い行いか、命は如何に尊いか、我が行いがどれだけ美しいか、括目して見よ。歩みを止めた者たちよ! 我を踏み台にして、壁の向こうに羽ばたいて行け!』
――歩みを止めた者たち。それは誰を示す?
――我を踏み台にして、壁の向こうに。壁とは一体何だ?
――羽ばたいて行け。それは何処へ?
いや。
そもそも。
この言葉は。
誰に向けられたものだ?
(それは、それは……)
――もしも、その考えが正しいとすれば、死ねばそこで終わりとは、どういう意味だ?
――アユムの行動の美学、それは誰に向けられたものだ?
――行動の全てを、一体誰が、括目して見るというのだ?
そして。
この言葉の全て。
そこにあるメッセージ。
それは誰に向けられている?
(ならば、まさか、アユムは……)
一緒に汗水たらして働いて。
酒を飲み交わしながら談笑して。
切磋琢磨をした親友であるからこそ、わかることがある。
それは、行動の規則性。相手がどういった場合に、どのような行動に移るか。お互いの性質を理解していれば、それは自ずとわかっていく。
(アユムは、アタシが出てくるのを……この、上位者に無条件降伏する壁を、自分を踏み台にして越えろ、って言っているのか?)
アユムは少なくとも、無関心な相手に何かをしようとする聖人ではない。そこに何らかの要素が絡んでこそ、様々な理由により行動に移すタイプだ。
今回の場合、ハクロウという親友が理由になっていることに、間違いはない。一見、アユムの何の変哲もない言葉の数々。しかし、それの意味のほとんどがハクロウに向けられていた。
おそらく、アユムは理解していたのだろう。ハクロウは彼を見捨てることなく、どこかで観察していると。だから、言葉の端に様々なメッセージを乗せて、ハクロウに呼びかけ続けた。いつか、絶対に出てくると信じて。ハクロウという親友を信じ続けて。
(……アユム、お前はやっぱり、最高の親友だ)
その時、アユムは神槍で軌跡を描いていた。八坂神奈子の無防備な心臓を一突きにせんために。しかし、それは洩矢諏訪子によって止められ、とうとう彼は追い詰められた。もはや槍を持てないのか、ただ神槍に垂れそうになる腕を預けている。
「――言い残すことは?」
「……そうだな」
緩やかな死刑宣告。しかし、それに動じることなどなく、アユムは次にこう口にした。
「散り様に 涙染み入る 辛味酒 最期ばかりは 独り乾杯」
ちゃぷん、とアユムの懐に入れていた瓢箪。煉獄と呼ばれる酒が寂しそうに鳴いた。なるほど、この状況を乗り切ったのであれば、あれで乾杯するのも悪くは無い。
「――見事――」
もちろん、独りで乾杯などと、そんなことをさせるわけもない。
――だから呼べ、アユム。
――たった一言で良い。
――アタシのことを分かっているなら。
――最後の一押しで、この臆病なアタシを戦場に引きずり出してくれ!
「駆けつける」
ハクロウの神経に電流が走る。その言葉が聞こえた瞬間、弾かれる様にして、隠れている場所から飛び出した。
ハクロウの願いは、意図せずアユムの口から出てきた。もはや気高き白銀の狼に、迷うことは何もない。
アユムという弓が、ハクロウという矢を壁の外へと飛ばしてくれた。
故に、もうハクロウに止まるという選択肢は存在しない。
「友の情けに」
十分に助走のついている状態。
ハクロウはアユムに迫る御柱を、正面から全力でその右の拳で殴りつける。どれだけ重そうに見えても、所詮は柱。その程度の物量を振るったところで、今のハクロウの勢いを押し潰すことなど出来る筈もない。
「乾杯だ」
「信じ続ける」
ハクロウの言葉から、自然とその続きの文句が出てきた。心のまま。ただ、感じたままに、ハクロウは歌の最後を詠う。
「清き心に」
刹那、ハクロウはアユムを見ていないにも関わらず、その内心を把握したような気分になる。同時に、次にどのような言葉を紡げばいいか、自然と頭に浮かび、気づけば口を開いていた。
「待たせたな、アユム」
「嗚呼、本当に待ちわびたぞ、ハクロウ」
強く、清く、裏切りを知らない男、アユム。
友を信じ続けて、おぞましい姿になりながらも最後まで戦った、ハクロウの最高の親友である。
次、ようやく決着がつきます! 半分ハクロウの視点からのお送りでした。
感想、評価、コメント、ご指摘、批判、お気に入り登録などなど、常時募集しておりますので、もしよろしければよろしくお願いいたします!
あと、自作和歌の解説とかした方がいいのかなぁ、などと思いつつ、本日はこれにて。
次話は11月18日の21:00に投稿します! それでは。