東方創星神録 ~始まりと終わりの物語~〖凍結〗   作:星の屑鉄

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 UA数1500突破、まことにありがとうございます!

 今回は11月18日の22:21に予約投稿しております。さすがに寝落ちしてしまっては元も子もないので……。

 それでは、本編をどうぞ!


三章 第七話 守矢神社での宴

 

 ――この日、ある男女一組が守矢の神社に訪れた。

 

「すまない、そこの巫女。1つ訪ねたいことがある。此処が、洩矢の本社で合っているのだろうか?」

 

 男はそこの巫女に尋ねる。巫女は声を掛けられ、振り向き、その男女のあまりにアンバランスな組み合わせを疑問に思う。一人は凡夫、一人は絶世の美少女。対照的な二人だ。巫女はそれに疑問を覚えながらも答える。

 

「……? はい、そうですけど。旅の御方でしょうか?」

「あぁ、何。流浪という奴だ」

 

 はて、流浪と旅人に、果たしてどれほどの差があるのだろうか。巫女が首をかしげてみせると、何がおかしかったのか、凡夫は「くくっ」と喉を鳴らして笑い、続けてこんなことを吐き出した。

 

「……『神狩り』と言えば、通じるか?」

「ッ!?」

 

 巫女はすぐさま間合いを取り、懐から数枚の御札を取り出して、その一枚を凡夫へと投げつけた。

 

 ――直後、爆発。

 

「……あれ?」

 

 あまりにあっさりと、御札が直撃。この爆撃の御札は、一種の敵襲が来た時の警報のようなもので、また牽制用のものなのだが、流石に人間が直撃して無事で済むほど威力が低いわけではない。巫女の目には、少なくとも凡夫が動いたようには見えなかった。

 

「あー……もしかして、悪戯?」

 

 それにしても、性質の悪いものだ。今話題の『神狩り』をよりにもよって本社で巫女に名乗るなど、殺されても文句は言えない。

 

 はぁ、と巫女は溜息を吐く。後片付けが大変だなぁ、と。

 

「何だ、本社の巫女はこれほど弱いのか?」

「えっ――!」

 

 後ろからの声に思わず振り返る。その瞬間に、ちゃき、と音がしたかと思うと、首筋にちく、と痛みが走る。

 

「拍子抜けだ。博麗ならば、もっと良い動きをするだろうに」

 

 何を言っているのか。しかし、巫女にそのような余裕はない。視線を落としてみると、自身の首元に刀が突きつけられているのだ。それも、首の皮膚を少しだけ裂いているのか、血がツぅ、と少量だが垂れている。

 

「選べ。此処で伏すか、それとも神を呼ぶか」

「……」

 

 巫女は考える。果たして、ここで神、洩矢諏訪子を呼んでもいいものかと。相手は仮にも、大和の国を騒がせて回っている『神狩り』だ。その実力は折り紙付きであり、今までに打倒した神の数は30を超える。いくら他の神よりも強い諏訪子といえども、太刀打ちが出来るのかどうか。ここは、自らを囮にして、神の逃げ道を作った方がいいのではないか。

 

「……悪知恵か。ならば、伏せるか」

 

 ゾクリ、と巫女の背筋と頭が凍りつく。どうして気づかれた、ただ考えていただけなのに。あまりに看破が早く、また自分の命運尽きようとしていることに、彼女の足が震えだす。

 

 凡夫は手を突き出し、巫女の頭を鷲掴みにする。

 

 巫女は抵抗しようと手に持っている御札全てを凡夫に手首のスナップだけで投げつけるが、しかしそれだけ。投げつけた御札が、効果を発揮することは無かった。正確には、凡夫の持つ凡刀に切断され、効力を失っていた。

 

「満足したか?」

 

 余裕綽々の声。圧倒的強者の声に、巫女はガチガチと歯を鳴らす。自分では時間稼ぎにすらならない。そして、自分が無駄死にすることを理解した彼女は、何の成果も残せずに死ぬことに恐怖した。気づけば涙をボロボロと零し、体が痙攣するほどの震えが続く。

 

「ふん、意気地のない。全身焼けただれようと、凍りつこうと、骨が粉砕されようとも、どれだけ出血しようとも、たとえ目を失ったとしても、最後まで気概を見せるのが、守護者という者だろうに」

 

 そんなこと、出来る筈がない。巫女の震えは止まらず、しかしそれに何ら抵抗出来ないことに、より一層の恐怖を感じた。相手の気分次第で散ってしまう自分の命。起死回生の手立てはない。奇跡が起こる筈もない。巫女には待つこと、それしか出来ない。

 

「はぁ……」

 

 溜息。それだけでも巫女は肩をビクッと震わせ過剰反応する。そんな彼女に、凡夫は冷たい視線を投げつける。

 

「さて、そろそろ――」

「待ちなよ」

 

 凡夫が飽きると同時に、幼子の声が響く。どうにも威厳に満ちた声。あまりにアンバランスなそれに、しかし凡夫は口元を吊り上げる。

 

「ようやく来たねぇ。自分の巫女がこんな状態になってからって、随分な重役出勤だねぇ」

 

 今まで会話に参加していなかった美少女が、茶化すように言った。それに対して、神社から出てきた洩矢諏訪子は「むっ」と顔を顰める。

 

「仕方ないよ。だって、アユムは別にうちの巫女を殺す気無かったでしょ?」

「あぁ、そうだな。精々、地面に叩きつけて気絶させて終わりだ。伏せる、としか言っていないのだから、嘘を吐いた覚えもない」

 

 凡夫……アユムは頭を鷲掴みにしていた巫女を解放した。しかし、彼女の感じた恐怖は思ったよりも強かったのか、その場にへたり込み、両手で顔を覆ってしゃくり上げる。

 

「あーあ、泣かせちゃった。男が女の子泣かせるなんて、最低だね」

「男女平等、と言ってもらいたいものだ」

「嫌な男女平等だね。……というか、この空気で戦うの?」

 

 諏訪子は巫女の方を見て言った。アユムは意図を理解して、そして前々から決まっていたかのように、こう言った。

 

「ならば、本社で宴会でも行おうではないか」

「……貴方、まさか初めからその気で此処に――」

「さて、何のことか。八坂神奈子と喧嘩するほど仲が良い洩矢諏訪子の本社で宴会をすれば、八坂神奈子がどうして宴会に誘わなかったと必ず文句を言いに来て釣れるなどと、そんなことは思っておらぬが」

「それってつまりそう思ってるよね!?」

 

 まさか自分を出汁にされると思っていなかった諏訪子は、半ば叫ぶように指摘するが、アユムは柳の如くそれを受け流す。

 

「まったく、いつまで泣いているのか」

 

 いや、お前のせいだよ。諏訪子は口には出さないものの目で訴えると、アユムはやれやれと肩をすくめてみせ、その直後、何をトチ狂ったのか恐怖のどん底に落とした張本人が、巫女を抱え上げた。

 

「少しは巫女の矜持というものをみせてほしいものだ。うちの巫女は、祀っている神を寝取るくらいはやってのけたのだぞ」

「う、え、え、えぇぇぇぇ!? 神からではなく、巫女からですか!?」

「お、おぅ……」

 

 女子はこういう話が好きだろうと予想して話題を振ってみたが、食いつきが良すぎた。アユムが気圧されるほどには食いつきが良かった。一体、今までの恐怖とかは何処へ置き去りにしてしまったのか。それはアユムの知る由ではない。

 

「し、信じられない! そ、それで身籠りでもしたら、神様に殺されたって文句は言えませんよ!?」

「実際、身籠ったぞ。というか、たかがその程度で子を殺す神など、タカが知れている。そんな矮小な者と一緒にしないでもらいたいものだ。巫女もその子も、おそらく元気にやっているだろうよ」

 

 諏訪子は悟る。あ、これアユム……というか人星自身の話だ、と。

 

 アユムの隣に居る少女は話を聞いて、途端に笑顔で青筋を浮かべ始めたが、それは諏訪子の管轄外である。

 

「そ、それでその神様の名前は?」

「ん? あぁ、巫女の端くれならば、知っているだろう? 人星、という神を」

「え……え、え、え?」

 

 巫女が機能不全に陥る。衝撃が大きかったのか、言語機能にすらその影響は顕著に表れ、直後に周囲をきょろきょろと挙動不審に見回して助けを求めるような視線を送る。その視線が諏訪子と合ったとき――

 

「あ、それと人星様って、今貴女を抱えている、そこの凡夫に見える男のことだから」

 

 ――などと爆弾を放ってきた。

 

「え、い、はい? え、人星、樣? え、どうして『神狩り』なんて……え?」

「諏訪子。どうして教えた? 後で酒の席の肴にでもするつもりだったのだが」

「えー、それなら今での身の上話だけでも十分だよ。地球を救ったこととか、月の王、英雄として活躍した話とか、神様になった時の話とか」

「そんなものは面白くもない。代わりに、俺が貴様らに敗れてからの数年間、どうしていたかを事細かに、恨みつらみを並べ立てて語ろうではないか」

「え、祟り神を祟ろうとしているの?」

「呪詛を呟くだけだ。それくらいは聞きながせ」

「うへぇ……」

 

 心底嫌そうな顔をする諏訪子をしり目に、アユムは巫女を抱えて本社へと無断で侵入する。そのあまりの無作法ぶりに、もはや諏訪子は呆れる他なく、力無く苦笑を漏らすのだった。

 

 

 

 巫女が酒肴を用意し、アユムが酒と話という名の肴を用意し、残り二人……諏訪子と少女は特に何かやるでもなく、それらを味わう。

 

「で、あれからどうしたの? 正直、生きていることが不思議なんだけど」

 

 各々のペースで酒や酒肴を楽しんでいた折、話を切り出したのは諏訪子だった。それに対して、アユムは苦笑しながら少女の方を見た。

 

「簡単なことよ。俺の血肉を、ハクロウに与えた。また、俺自身の能力で治癒能力と生命力を極限にまで高めた。焼け石に水かと思われたが、これがなかなか効いたのだ。そうすることで、最高の血肉を食らったハクロウが進化するまで待ち、進化したところで、治癒の術を覚えさせ、そして行使させたわけだ」

 

 なるほど。確かに、妖怪などであれば、至高の英雄、神の血肉は何よりの餌となり、また力となる。それを与えることで進化するのは、ある意味当然か。下手をすれば、突然変異をすることだって考えられる。

 

 諏訪子はひとり頷き、また別の質問を投げかける。

 

「……全身重度の火傷で皮膚が爛れていた筈だけど、疫病とか大丈夫だったの?」

「大自然が俺の害悪になる筈もない。むしろ、体の中で変質していき、体を活性化させたほどだ」

 

 この男はつくづく、自然に愛されているらしい。力をほとんど失ってもまだ、これほどにしぶといことに驚きだ。

 

「傷痕が無いのは?」

「ハクロウの治癒の術が優秀過ぎたのだ」

 

 流石に、欠損した左目までは治せなかったがな、とアユムは付け加える。

 

 なるほど。最高品質の血肉を与えられれば、それはもう基礎能力も底上げされるだろう。チラ、と諏訪子は少女の方を見て、そしてアユムの方に視線を戻すと、次の質問に移る。

 

「で、何で人型になっているのさ?」

「俺の血肉を食うと、突然変異して人型になった、とだけ言っておく」

 

 納得できる理由だ。

 ――というか、あの狼は雌だったんだ。

 

 諏訪子はまじまじと、少女……ハクロウを観察する。美しい白銀の狼の様な髪は、確かにあの時の白銀の狼の面影を思わせる。目つきが鋭く、そのせいか全体的に刀身のような冷たい美しさを纏っている。

 

「うへぇ、神格持ちになっているよね」

「別に、好き好んで神格を保有したわけじゃないよ。アタシが進化する過程で、神格を持った。ただ、それだけだね」

 

 まぁ、神格保有くらいは予想の範疇だけどね~、と心の中で諏訪子は呟く。むしろ、それだけの存在を食べても神格を得られないのであれば、そちらの方が驚きだ。

 

「それで、どうして神様が『神狩り』なんてことしていたのかな?」

「流石に、やられっぱなしは癪に障る。いわば、報復だ」

 

 アユムは手に持った杯を傾けて、その中の酒を一気に飲み干す。そして、18ある瓢箪のうち1つを手に取り、それを自分の杯に注いで香りを楽しむ。

 

「――まぁ、実際のところは遊び半分だが」

「報復より性質悪いよね?」

「こちらは何も奇襲しているわけではない。正式に試合を申し込み、その上で勝っているのだ。『神狩り』など、風評被害も甚だしい」

 

 それを言われるとぐうの音も出なくなる。今までの報告において、『神狩り』が不意打ちや奇襲を行ったという情報は一切存在しない。

 

 ふと、瓢箪や酒肴を盛った皿がカタカタと音を立てる。

 

「あーうー、神様の威厳に関わるから止めてくれって私が頼んだら聞いてくれる?」

「八坂神奈子に試合を申し込み、戦って決着をつけるまでは止めんよ。まぁ、安心せよ。どのみち、この場所が最後の巡礼地だ」

 

 つまり、アユムは神奈子が来ることを確信しているようだ。しかし、いくら彼女が宴会好きだからといって、たかが小さな宴会1つに呼ばなかったくらいで、殴り込みにくるとも思えないのだが……。

 

「それに、八坂神奈子の住む地域には、噂を流しておいた」

「えっ、何それ?」

 

 嫌な予感しかしない。顔を引きつらせて、諏訪子は次の言葉を待つ。同時に、何となく予感する。あぁ、神奈子が今日中に来そうだよ、と。

 

「洩矢諏訪子が、『神狩り』と決闘する。決闘前には、17の最高の美酒を用意した宴会を開く、というものだ」

「それ、絶対に来るね。うん。多分もう、すぐ近くにまで来ていると思うなぁ……」

 

 ――だって、さっきから震動で瓢箪とか皿が揺れているし。うん、もう本社の中に居るね。

 諏訪子は衝撃に備えて、いそいそと自分の分の酒と料理を確保する。巫女も、ハクロウも、アユムもそれを感じ取って料理や酒を一瞬のうちに確保する。この動きはある意味、素晴らしい連携だったといえる。

 

 そして遅れてやってくる、本社全域を大きく揺らす衝撃。ミシミシ、と柱が軋み、天井からは埃や塵、木くずが降ってくる。

 ――直後、宴の間に暴風が走る。その力はおおよそ、床に料理や酒を置いていれば、まとめて吹っ飛んでしまうような威力。しかし、諏訪子とハクロウは神力を、巫女は結界を、アユムは小手先の技術でその衝撃を見事に耐えきった。

 

「ふぅ、遅れて申し訳ないねぇ。いやぁ、諏訪子のところで『神狩り』が宴会やるって噂を聞いてから、すぐに飛んできたんだけどね。まだ宴会が終わってなくて何よりだよ」

 

 そして登場する、背中の注連縄が特徴的な女性、八坂神奈子。しかし、宴会をしていた四人からは歓迎の眼差しはなく、あるのは呆れのそれだった。

 

「うわ、本当に釣られてるよこの神様」

「いや、八坂神奈子だからこそ釣られるのだ」

「そうですね。神奈子様だからこそ釣れました」

「いや、むしろ神奈子以外に引っかからないでしょ。こんなあからさまな罠」

 

 ハクロウが呆れ、アユムが自慢げに言い、巫女が当然とばかりに声を上げ、最後に諏訪子がダメ出しする。

 

「酷い評価だねぇ。わざと乗っかかったのよ。そうしないと、『神狩り』も大人しくはなりそうにないからねぇ」

 

 どうやら、考えなしに宴会に飛び込んできたわけでもないらしい。そのことに諏訪子は安堵しながらも、ちょいちょい、と手招きする。

 

「ほら、神奈子の分のお酒だよ」

「おっ、悪いねぇ。でも、遠慮なく貰うよ」

 

 入り口を閉めて、宴会の間の中央まで来たかと思うとドッシリと腰を下ろし、杯を片手に諏訪子から酒を受け取る。

 

「……あれ、美酒って17ですよね?」

「ん? あぁ、そうだけど。それがどうかしたのか?」

 

 巫女の疑問に、ハクロウが答える。あれ、あれ、と巫女は手元に確保していた瓢箪、ハクロウの確保した瓢箪、アユムの確保した瓢箪、そして諏訪子の確保した瓢箪を見て、1,2,3、と数字を数え始める。

 

「……えっと、18あるんですけど」

「は? ――いや、え、マジ?」

 

 ハクロウは冷や汗を垂らす。同時に、自身の瓢箪の飲み口に鼻を近づけて、その香りをかぎ始める。しかし、それが終わると安堵したような表情で、溜息を吐く。

 

「はぁ……アユム」

「ん? どうしたハクロウ」

「お前……この中にアレ混ぜただろ?」

「あぁ、そういえばそうだった。まだ誰も当ててないから、すっかり忘れていたぞ。……まぁ、確率は低い。今から香りを確認すれば、まず当たることは――」

「――ッ!?!?」

 

 カラン、と杯の落ちる音が聞こえた。そちらを見てみると、なんと神奈子が口を押えて悶絶していた。顔に脂汗を一杯に浮かべ、体を震わせている。

 

「……あぁ、当たったか」

「ちょ、神奈子どうしたのさ?」

「え、か、神奈子樣!?」

「あーあ……アタシは知らないよ」

 

 アユムはしてやったり、といった笑みを浮かべる。諏訪子はいきなり悶絶し始めた神奈子を心配し、巫女は神奈子のあまりの様子に取り乱す。しかし、ハクロウは我関せずといつも通り酒を楽しむ。

 

「アユム、まさか毒とか仕込んでいないよね?」

「ど、毒! すぐに解毒をしなければ――!」

 

 巫女が慌てたように御札を取り出して神奈子の治療にあたる。諏訪子はアユムを目いっぱい殺意込めて睨み付ける。

 

 しかし、そんな様子にもアユムは動じない。ただ愉快そうに、「くくっ」と喉を鳴らす。

 

「いや、なに。この中には美酒の他にもう1つ、絶世の不味い酒を混ぜたのだ。名を『煉獄改』といってな。そのあまりの不味さに、口に入れた瞬間……まぁ、形容しがたいことになる」

 

 その惨状がそれだ、とアユムは神奈子を見た。諏訪子と巫女はその様子を見て、「うわぁ……」と心底嫌そうな、しかし安堵したような表情になる。大方、自分に当たらなくてよかった、とでも思っているのだろう。

 

「う、んぐっ……な、なによ、この酒は……!」

 

 思ったより立ち直りが早いな。そんなことを考えながら、アユムは神奈子を見る。

 

「口に入れた瞬間、ドロドロと気持ち悪い感触が広がって、風味は生魚以下、臭いも馬糞より酷いし、鼻の奥が痛くなるうえに、ネバネバとしつこくて、辛すぎ、甘すぎ、苦すぎ……うぷ」

 

 顔を青くして、それでも猶、アユムのことを非難するように睨み付けるその姿勢は、流石は神といったところか。数年前に作った最悪の酒、『煉獄』よりも更におぞましい味に仕上がったそれを初見で口にし、これほど立ち直りが早いのは本当に珍しい。普通ならば気絶か、それとも吐瀉物をまき散らすのだが……どうやら、神奈子はそれを耐え切るだけの胆力があるらしい。

 

「なに、ちょっとした遊びだ。他人の不幸は蜜の味、と言うだろう?」

「最低だね」

「宴会だからこそだ。普段からそのようなことは言わぬ」

「貴方、ねぇ……覚えて、おきなさいよ……!」

 

 くくっ、と喉を鳴らしたアユムは、神奈子の言葉に対して知らぬ顔で、手元にある美酒を杯に注いで飲む。

 

「あ、話を戻すね。それで、どんな風に修行をしたのさ?」

「ん? あぁ、そのことか」

 

 諏訪子の問いに、アユムは笑みを浮かべる。

 

 アユムの顔はほのかに赤い。若干ながらも、酔いが回っているのだろう。彼は嬉々として、自分のことを話し始める。

 

「最初は武器の調達をした。何せ、俺の全盛期の力を使うなど、それだけで大陸消滅の危機だ。だから、まずは神を打倒するための武器を用意しようとしたのだが……これがまた難儀なもので、俺の筋力では、そもそも槍を自在に操ることなど不可能だった」

 

 えっ、と声が漏れる。諏訪子の驚いた声だ。

 

 一方、神奈子はさもありなん、と頷いている。彼女は戦っている中で、アユムの筋力がそれほど高くないことに気づいていた。

 

「筋力を地道につけるのも良いが、それでは何年掛かるか分かったものではない。だから我は、まず自分の武装を変えた。そして、その時に――この刀という武器に出逢った」

 

 アユムは機嫌よく、その武器を見せた。鞘から抜き、刀身を見せつける。

 

 材質は鉄。刃は薄く、重さを感じさせない。耐久力も、それほど高そうには思えない。とにかく、刀身が薄い。諏訪子が少し触っただけで折れてしまいそうなほど、その武器は儚い。

 

 結論として、ただの薄い鉄の剣。それが、諏訪子の評価だ。これならば、まだ自分の鉄輪の方が十分に機能するだろうと考える。

 

 まして、神奈子は細い植物の蔓をかざしただけで諏訪子の鉄輪をたちまち錆びさせる。鉄の武器と神奈子、相性は最悪だ。これではどうやっても、勝負にならない。

 

「いやはや、これがなかなか良いモノなのだ。俺は昔、原点であり、王であり、英雄であり、神でありと、様々な経験をした。しかし、今世は凡夫……まぁ、有体に言えば人間にだが、そこにまで堕とされた。身体能力は激減し、能力はほとんど死に、残されたのは、雀の涙ともいえぬ、ちっぽけな異能とこの体、そして魂と最大の実力封じときたものだ」

 

 ――だからこそ、とアユムは続ける。

 

「俺はこう考えた。凡夫に堕ちたならば、地の底にまで到達したのであれば、這い上がればよい。どれだけこの身が貶められようとも、俺は俺だ。そして、そんな凡夫に似合うのは、この平凡な刀。分相応というものだ。郷に入っては郷に従え、とも言うだろう」

 

 ――故に。

 

「俺はその時に誓った。今後、この星の利益にならぬ私事……詰まるところ、私闘に、俺の能力は欠片も使わぬ、と。そしてその覚悟のもと、俺はハクロウと何度も手合わせをして、己を磨いた。倒され、転がされ、無様に這いつくばり、それでも猶、食い下がる。けして諦めず、敗北を知り、己を知り、そして敵を知る。まさに、凡夫の極みだ」

 

 アユムは自嘲し、続ける。

 

「それを繰り返すうちに、いつの間にか『神狩り』などと呼ばれるようになった。――ふん、木っ端神が。正々堂々、そして不殺を貫き通して、これだ」

 

 諏訪子は「あちゃー」と気まずそうな顔になる。

 

 確かに、アユムの精神は清潔だ。潔白だ。正々堂々の決闘、そして努力の積み重ね。戦いの積み重ね。その中でようやく得た勝利。本来ならば、達成感に溢れることだろう。勝利の美酒に酔うものだろう。しかし、凡夫が神に勝利するという栄華を、ある意味で汚されたといっていい噂は、どうしようもない、防ぐことの出来ない風評だ。

 

 功績が認められないこと。それは酷く悲しいことだ。しかし、この世界ではそれが普通。神相手に、道理は通らない。そんなことは、一度その体現者として存在したアユムには、分かり切っていることだと思っていたが……体現者と被害者では、どうやら勝手が違うものらしい。

 

 その経験に近しいことを、諏訪子も経験したことがある。原因はもちろん、八坂神奈子だ。それを認識した途端、諏訪子はアユムに親近感を抱いた。主に、神奈子という存在の被害者という意味合いで。

 

「しかし、1つ貴様には教えておかねばならない」

 

 諏訪子を見て、アユムが言う。

 

 一体、何を教えるというのだろうか。

 諏訪子は興味半分、暇つぶし半分にアユムを見る。途端、その顔には大胆不敵な笑みが浮かぶ。

 

「凡夫も、バカになれば神をも殺す」

 

 一瞬。ほんの一瞬だ。

 アユムの背後に、諏訪子は死を幻視した。濃密な、死の気配。あまりに不浄なる、しかし清浄な、けして混ざり合わぬ、相反する二つの力。

 

 1つは、不浄なる死の力。あまりに濃密な、死の気配。

 1つは、清浄なる武の力。ひたむきに努力を紡ぎ、そして実った果実。

 

 例えるなら、そう。毒リンゴだ。アユムは今、神聖なる果実(人格)に、毒(力)を孕ませていた。その器に見合った力が宿ったというべきか。

 

 ドクン、と諏訪子の心の臓が跳ねる。

 

 今まではただ、器が大きいだけで、中身の無い空の賽銭箱だった。しかし、今はどうだろうか。アユムは大成した。そう言わせしめるほどに、箱の中身にはぎっしりと、供物が詰まっている。

 

 諏訪子は思わず、舌なめずりをする。そうか、こんな男が居たのか、と。

 

「……食べちゃおうかな」

 

 ボソリ、と誰にも聞こえないほどの声音で、諏訪子が呟いた。それに気づかぬアユムは、言いたいことを言いきったのか、またも酒を注いで飲んでいる。

 

「……ふぅ。まぁ、そういうわけだ。八坂神奈子、決闘は明日、太陽が頂点に来た時だ。異論は?」

「無いよ。むしろ、望むところだよ。この不味い酒の罰、きっちりと与えてやるよ」

「くくっ。それは楽しみだ」

 

 こうして、宴会は円滑に進んでいき、丑三つ時になったところでお開きとなる。決闘をする両者は、それぞれ部屋を与えられて休息する。

 

 その夜、どこかの蛙が怪しく笑ったことを、誰も知る由はなかった。

 

 




 さて、次の話ではいよいよ、アユムと神奈子の再戦になります。一体、どのような戦いになるか、それは次話にてご確認くださいませ。

 それでは、次回は11月20日、21:00に投稿いたします。
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