東方創星神録 ~始まりと終わりの物語~〖凍結〗 作:星の屑鉄
また、1つ謝罪を。昨日に立て続け、今日も遅れてしまい、まことに申し訳ありませんでした……。
言い訳をしますと、パソコンがフリーズしました。加えて、少々加筆と補足をしたため、一時間遅れることになりました。
前置きを長ったらしくする必要もないので、これにて。
本編をどうぞ!
輝夜もまったく、意地が悪い。
先日訪れた5人の男共。どれだけ頑なに面会を拒絶しようとも、朝昼晩、ずっとこの家に張り付いていた者たちだ。お爺さんはその姿を見て居た堪れなくなったのか、はたまた懇願され、断り切れなかったのか、とうとう輝夜にその五人に面会をしてくれないかと頼み込んだ。大恩あるお爺さんの言葉ということもあり、さすがの輝夜も断り切れず、渋々といった様子ではあるが、それを条件付きで了承した。
「しかし、何が『私は大して容姿が良いわけでもないので、相手の本心をよく知らないままに結婚して、浮気心を出されたりすれば、きっと後悔してしまうだろうと思っています。世の中でどんなに素晴らしいとされている方であっても、相手の深い愛情を確かめずに結婚することはできないと考えています。』だ。とんだ詐欺師だ。そんなこと、今まで一度たりとも、考えたことは無いだろうに」
「そうね。考えたことも無かったわ。それよりも、詐欺師は兄様の方でしょう? 口がよく回る浮気者の美男子のくせして」
「英雄色を好むともいうだろう? 俺は名実ともに、誰もが認める英雄だ。それくらいは許せ」
「……はぁ」
――これだ、よく口が回る上に、それだけのことを実際にやってのけたのだから、反論が出来なくて、詐欺師よりよほどタチが悪い。
輝夜の溜息にはそのような意味が込められて吐き出された。対して人星は、飄々と肩をすくめてみせる。
「課題は確か、『龍の頸の玉』『仏の御石の鉢』『火鼠の皮衣』『燕の子安貝』『蓬莱の玉の枝』の五つだったか。口が回るのは輝夜、貴様の方だろう? どれもこれも、俺が創造でもしない限り、あるいは迷い込まない限り、どうやっても手に入らないだろう」
「入手手段があるだけ良い方だと思ってほしいのだけど」
「無いに等しい入手手段に、何の意味があるというのか」
今頃、彼奴等も必死に無理難題を達成しようとしているだろう。しかし、仮にそれがクリアされたとしても、今度は月の民による奇襲が待っている。それに対処できるほどの力が無ければ、輝夜はそこで何処かへと隠れ住むことになる。
大方、輝夜のことだ。無理難題を万一に達成したとしても、式を先延ばしにして、月の民が来た時に隠れることで、結婚の話をうやむやにする魂胆だ。非常に意地が悪い。策士、ともいえる。
「さて、俺は力を蓄えることにしよう。来襲も近い。……まぁ、あのバカな父親であれば、もしかすれば持ってくるかもしれないな」
「……もし、持ってきた場合は、兄様、後のことはよろしくね~」
「とんだ無茶ぶりだが、妹の頼みだ。承ろう」
やはり、結婚する気など最初から無いらしい。あくまで、お爺さんに頼まれたから体裁の上でのやり取りにおさめる。とんだ策略家もいたものだ。
「それじゃあ、おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
こうして、今宵も静かに、朝へと向かっていくのだった。
――季節廻って時は過ぎ、風情を楽しみ縁深まる――
都ではもっぱら、噂が広まっている。
特に、「きら竹のひとほしの彦が、藤原妹紅と交際を始めた」という噂は都中で波紋を広げた。限りない貴族たちと交流が深く、その中でも帝との交友関係は群を抜いて深い、そしてかぐや姫の兄として名高い彼は、陰の権力者と云われている。次期天皇は彼ではないかとまで噂されるほどに、彼の影響力は底知れないものとなっている。
また、その一方で色恋沙汰の噂も広がった。無理難題に挑んだ五人のうち、四人は偽物を持ってきて看破されるか、あるいは課題そのものをやり遂げられずに病に伏してしまったため、かぐや姫との結婚にまでは至れなかった。残ったのは、藤原不比等の『蓬莱の玉の枝』だけなのだが、肝心の不比等は未だに都に戻らない。都を出て、既に三年が経っている。
「はぁ……お父様は一体どこまで行ったんだろうか……」
藤原不比等の屋敷、その縁側にて、頬杖をつきながら妹紅は寂しそうに呟いた。
その隣に居た人星は何の気なしに言う。
「やれやれ。そろそろ、親離れをしたらどうだ? 成人の儀も終えて、いい歳だろうに」
「それとこれとは関係ない。人星だって、家族とか、親とか、恋しくなる時があるだろう?」
「……子どもが恋しくなることはあるが、それだけだ」
「それと一緒だよ」
はぁ、と妹紅の口からまたもため息が漏れる。これで今日、通算12回目の溜息だ。まだ日が没していないというのに、随分と多い。
「しかし、問題はあるまい。あの男は天運を持っている。ギリギリには到着するだろう」
「ギリギリって何だ」
「刻限だ。あと3年のうちに、戻ってくるだろう」
「貴方が言うのなら、そうなるのだろうけど……」
釈然としないような顔で妹紅は沈黙する。それを見て、今日はこれくらいで良いだろうと、人星は立ち上がる。
「さて、今日はそろそろ帰るとしよう。近頃、物騒なことに近辺に鬼が出没しているようだ。くれぐれも、夜中、出歩くようなことはするなよ?」
「でも、攫われたら助けてくれるでしょう?」
「当然だ」
「なら、安心だね。それじゃあ、また明日」
人星は藤原家の門を潜り出て、今度は帝の滞在している屋敷へと向かう。そこで、気まぐれに歌を二、三詠んだ後、今度は帝が「かぐや姫に会いたい」と言った。どうやら、先の五人が未だ誰も彼女の難題を達成させることが出来ずにいることに、興味を持ってのことらしい。
どうしようか、などとは悩まない。人星は帝相手であろうが、切り捨てるように断った。付け加えて、「今、帝に靡けばかぐや姫は現金な女だと思われるでしょう。そうすれば、彼女の命も危うい」と言って、帝を説得する。どうやら帝も、輝夜が危ない目に遭うことを望んでいるわけではないため、「しょうがない」と渋々といった様子で了承した。その後、どうしたら彼女に会えるだろうか、と懲りず人星に相談を持ち掛けた。
人星は少々考え込み、そして会うだけならば問題ないと結論を出して、「ならば、狩人の姿をしてみてはどうでしょう。造麻呂の家は山の麓に近い。その姿であれば、警戒される心配も無いでしょう」と助言をする。帝は「それがいいだろう」と首を縦に振り、すぐさま行動に移った。人星はその行動力に半ば呆れながら、もうすぐ夜も遅くなるということもあり、帝に挨拶をしたあと、すぐに帰路につくのだった。
◆
――季節は廻り、月は輝く。怪しき輝き、涙に霞む――
帝が輝夜にアプローチを掛けてから、文通相手となり、早三年が経つ。この頃から、輝夜は月を見て涙を流すようになった。月からの迎えが来る時期が近いのだろう。
藤原妹紅の父は未だ帰ってこない。しかし、人星は全く、焦った様子を見せることもなく、部屋の内で座禅を組み、驚くほど自然な静の動作を保っている。最近、藤原家へと訪れないことを訝しがった妹紅が垣間見て、思わず見惚れるほどに、違和感が無い。
「……今のうちに、辞世の句でも詠むか」
ドキリ、と心臓を鷲掴みされたような錯覚が、妹紅を襲う。人星は一体、何をしようというのだろうか。これから一体、何が起こるのだろうか。そういえば、外が騒がしい。入り口に、兵士たちが押し寄せている。妹紅はその姿を隠しながらも、人星を垣間見続ける。
「十五夜に この身擲ち 照らされて 塗れた体は 猶奮い立つ」
少し微妙だ、と人星は苦笑を浮かべる。しかし、妹紅にはその笑みが、この世との別れを告げる、ひどく儚いものに見えた。
「さて、俺も重い腰を上げるとしよう」
そう言って、人星は屋敷の中、深い闇の中へと消えて行った。妹紅は慌てて、数年前に悪戯で作った抜け道から侵入し、その後を追った。土足で屋敷へと上がり、出来るだけ足音を立てないように、気配を消して、その後ろ姿を追跡する。屋敷内は新月の夜の様に真っ暗だが、後姿を追えないほどではない。
「輝夜。居るか?」
ふと、ある部屋の前で人星が止まる。妹紅もそれに合わせるように止まり、物陰からその様子を見守り、また聞き耳を立てる。
「俺は迎撃に向かう。もう一度聞くが、赤と青の奇抜な服を着た、銀色の髪の女、永琳とやら以外は、皆殺しで構わないのだろう?」
――迎撃? 永琳? 皆殺し? どういうことだろうか。
「……兎? なんだ、それは。姿かたちは動物……あぁ、人型で、兎の耳を生やしているわけか。まったく、注文が増えたものだ。しかし、問題も無い。……出来れば、また再会できることを祈ろう」
会話はそこで終わり、人星はまた先へと向かっていく。先に明りが見えるところから、どうやら外のようだ。妹紅は人星から離れないように、しかし気づかれないように、絶妙な距離を保ちつつ追跡する。
人星は外に出た。数秒待って、妹紅も気配を殺しつつ、外に出て、すぐさま物陰に隠れ、そこから垣間見た光景は――
◆
輝夜は泣いた。この生活に終止符が打たれることに。恩人であるお爺さんとお婆さん、恩を返すことも出来ずに去らなければならないことに。泣きながら、彼女はお爺さんとお婆さん、そして人星に話した。
その結果、お爺さんと人星は帝に軍を要請。しかし、実戦力を知っている人星は、自身を最前線に置いて、それ以外を後衛に置くことで、少しでも被害を減らす陣形を整えた。そのあたりの話を、人星は素早く帝と共有して、説得を成功させていた。高名な帝御付の陰陽師が最後の砦となり、先鋒は人星、そして後衛にはおよそ2千の弓兵。後衛の密集度は見事なものだが、先鋒の人星の周りには、人が誰一人としていない。
しかし、そんな人星のところに近づく者が一人だけ居た。豪奢な服に身を包みながら、その手に天叢雲剣、八尺瓊勾玉、八咫鏡を持った、帝の姿だ。月の民とまともに戦えるのは、現状では人星と、装備によってドーピングした帝だけだろう。
帝は人星に近づいて、「かぐや姫のご機嫌は、如何でした?」と聞いてくる。人星は首を横に振り、「今もたいそう、悲しんでおられます。私は彼女の兄として、この戦いに身を擲ちましょう」と返事をして、懐から真っ黒な御札を取り出した。一目見ただけで、それは三種の神器以上の力を秘めていると知った帝は、「一番槍にして最後の砦、貴方に全てを託しましょう」と言って、自身の持ち場へと戻っていった。
人星は月を見る。大きく、綺麗な、十五夜の月。彼はその場に片足を立てながら胡坐をかき、凡刀を抱いて星に隠れたものを睨む。
「……奇形な運命よ。かつて、月の存亡を巡って貴様とは争い、お互いに消滅の道を辿ったというのに。今ではどうだ? 妹を逃がすため、月の民を殺すため、共闘するなど。まったく、すべてが真逆ではないか」
これほど皮肉な運命が、果たして他にあるのだろうか。
「……なぁ、コラプサー」
人星は右腕に、禍々しく周囲を歪ませる、真っ黒な御札を貼りつける。
「俺が憎いか?」
不意に、御札の周囲の歪みが無くなった。それを見て、人星は笑みを浮かべる。
「そうか。輪廻してからこのかた、右腕で俺の力を食い続けてきたのだ。何やら、記憶すらも食っているようだが……それは何れ、返却してもらおう。今は、その暴威を振るえ」
応えるように、真っ黒な御札は周囲を歪ませ始める。光すら脱出できない空間が、徐々に、徐々に形成されつつある。
空を見る。そこには、月を背にして、徐々に、徐々に近づいてくる船が現れた。空を飛ぶ、金属の光沢を持った船だ。その周りには羽衣を纏った者が浮いている。姿を確認して騒ぎ出す兵士たち。しかし、帝の「静まれ」という言霊1つで、それは見事に収まる。
僅か3分もしないうちに、船と、羽衣を纏った者は屋敷内へと侵入した。この間に、誰一人として弓を射るなどはしていない。帝の厳命により、特定の場合を除いて、攻撃は全面禁止となっているのだ。
だからといって、もし闘志を燃やして攻撃する気でいたとしても、出来なかっただろう。月の民がこの場に降りてきたことにより、屋敷内は満月の光を10倍にしたかのような光に満ちていた。その光量ときたら、誰かの毛穴をしっかりと目視出来るほどだ。ただ一点を除いて、すべてが明るみに照らされた。そのせいか、はたまた別の原因か、ある二人を除いた誰もの闘争心が削がれ、力を入れることさえ出来ない。兵士たちは、次々と大地へと崩れ落ちる。
「ふむ……」
そんな状況に直面しても、人星だけは冷静だった。目の前の月の民を見て、言われた通りの人物が誰かを推定する。
「なるほど。銀の髪、赤と青の奇抜な服、貴様が永琳とやらで……その隣の兎が、月の兎か」
「えっ!?」
「っ!? 貴方、どうして此処に……!?」
最前列に居座っていた月の民の永琳と、その弟子の月の兎。人星は散歩でもするかのように、その二人の横を通り過ぎようとして、永琳の弟子の月の兎に腕を掴まれ、止められる。
「……今まで、何処に居たの?」
「はて。それを貴様に言う必要は、果たしてあるのか?」
「貴様……? まさか、覚えていないの?」
「……? 月を救ったこと、王として君臨したこと、月の民、月の兎、それくらいであれば把握している」
「ッ!」
びしっ、と月の兎の耳が直立する。いや、それは空気が凍った音であったのか。永琳は苦い顔をみせ、月の兎はその愛らしい顔に絶望を浮かべる。
人星は不思議そうな顔を一瞬した直後、何かを悟ったのか、笑みを浮かべて、その月の兎の頭に手を置いた。
「えっ?」
「すまない。寂しかっただろう? しかし、それは輝夜も同じだ。今は輝夜のことを頼む。退路は俺が、切り拓く」
人星は永琳と月の兎、二人の横を通り過ぎ、前へと出る。そして思い出したかのようにふと、「あぁ、そうだ」と言葉を続ける。
「べつに、殺してしまっても構わないのだろう? 目の前の月の民、全て」
「……そうね。お願いするわ」
――やっぱり貴方は、変わらないのね。
永琳はその言葉を残して、屋敷へと向かった。しかし、その弟子の月の兎は同行せず、今の状況に戸惑っていた。
「貴方は、どっちなの?」
「さて。おかしなことを聞く。俺は俺だ。魂と生き様は不変であり、短所の壁は今、越えようと挑戦している。そんな、凡人に過ぎない。王は既に、必要ではないのだ」
ますます、どちらか分からない。忘れているのか、それとも覚えているのか。どちらにしても変わらないことは、もはや月に戻る意思は無いということだ。
「さて、そろそろ行け。ここは俺が殲滅しよう」
「待って。そのあと、貴方はどうするの?」
「なに、気ままにやっていくさ。一点に留まることは無い。節目ごとに点々と、歩き迷おう。故郷に帰るには、まだ早い」
――そして、と人星は言葉を繋げる。
「縁があれば、また逢うだろう。縁とは切っても切れぬものだ。どれだけ断ち切ろうとしても、絶対に断ち切ることはかなわない。俺と貴様は、必ずまた再会する。その時まで、妹……輝夜を頼むぞ。これは、お前たちにしか頼めない。だから、早く行け。この機会を、けして無駄にするな」
「……わかった。でも、次に出逢ったときは、覚悟しなさい」
ぴょん、とまるで兎の様に飛び跳ねて、彼女は屋敷へと向かっていった。月の民が大人しいのは、おそらく未だに永琳と月の兎が、自分の味方だと思っているからだろう。
「さて。もはや言い切ってしまった以上、俺もやり遂げなければならないだろう」
腰の刀……ではなく、右腕に貼りつけた、禍々しく周囲を歪める真っ黒な御札に触れる。
「無益な殺人は好まない。故に、最初で最後の慈悲を与えよう。疾く、此処から退け。さすれば、皆無事に月まで戻れるだろう。しかし、騒動を起こすというのであれば……コラプサーの脅威、もう一度、味わうか?」
大きくはないが、響く声。その声は確かに、この屋敷の全域に広がり、波紋し、そして月の民へと届いた。
「これが今の、コラプサーの姿だ」
そして続けざまの言葉の後、右腕と御札は姿を変えて、何にも染まらない、ただ真っ黒な刀身を持つ抜き身の刀となって顕現する。鞘は凡刀とは逆の腰に差されている。
「………」
月の民は黙して動かない。いや、動けない。彼らは一度、戦闘訓練を受ける前に、英雄の所業としてコラプサー事件の一連の映像を見ている。どのような性質かという知識も、教え込まれた。故に、その強大さを他の星の者達よりも知っている。
実際に目の前にして、彼ら彼女らは思い知らされた。コラプサーとは、自分たちが到底届かない高みの存在なのだと。対処しようがなく、ただ理不尽に全てを貪りつくしていく、最悪の災厄なのだと。
「加えて、俺は一で白を生み出す。俺の一手は即ち、白……百から一引いた数だけ行動出来ることを意味する。必死必敗の戦、退けない戦いでも無いだろう? 疾く、この場から立ち去り、月へと帰れ。これが俺の、もと民草に与えられる、限界の慈悲だ」
同時に、理解した。ただ無秩序に蹂躙するのではなく、猶予を与えるその寛容な心。彼こそが、かつて、たった一度しか君臨したことのない、月の王なのだと。
「……王よ、お待ちください」
「そう呼ばれる筋合いはない。もはや、月に王は必要ないと、先ほど言っただろう?」
「では、御耳だけどうか、傾けてください。現在、月のパワーバランスは、崩壊の一途を辿っています。先ほどの玉兎一名、並びに八意永琳によって、人星様がお与えになった星の器が、月から2個、失われました」
その話を聞いた人星は、「ほぅ」と少しだけ興味をみせる。相手は話を続ける。
「玉兎は銃を、八意永琳は弓を持っていきました。残された器は、チャンドラの宝珠、月のカーテン、月の船の三つだけです。玉兎の方は個人の財なので問題ありません。しかし、八意永琳の持ち出した弓……アルテミスの弓が問題なのです。チャンドラの宝珠による結界、月のカーテンによる守り、アルテミスの弓による攻撃、月の船による機動力、これら四つが揃って初めて、月の防衛は万全となるのです。しかし今、この時より、月は攻撃能力を失いました」
「なるほど。人材だけでなく、防衛のための道具まで無くなり、困り果てたと。それで、この俺に助けを求めようとしたわけだ」
納得したように、人星は頷いた。その反応を見て、理解を得られたと、相手が、ほっ、と一息吐いた瞬間――
「しかし、そんなことは知ったことではない。この件に関しては、因果応報というものだ。月の民が言い争った結果、あの弓は八意永琳の手に渡った。それをこの俺に申し付けるというのも、お門違いというもの。そういう話であれば、他を当たれ」
「っ! そ、そんな……」
これではどう足掻いても、月の問題が解決しない。それを悟った相手は、どうしよう、どうしようと頭を抱えて考える。何か、何か交渉材料は無いか、と。
考えて、考えて、考え抜いた結果――相手は、あることを思いついたのか、人とは違った部分……兎の耳を、ピンと伸ばす。
「……どうか、どうかもう一度、お考えください。この問題が解決するのであれば、この身、八つ裂きにされようと、焼いて食われようと、嬲ろうと、好きにして構いません」
「っ!?」
付き従っていた者たちがギョッと目を剥いて驚いた。そこまでする問題なのか、と。いくら何でも、それはやり過ぎだ、と。
「ほぅ? 何でも、か?」
「はい。生きながらに殺されようとも、拷問であろうと、たとえ此処で命を絶たれようと、構いません」
その兎の耳は決意を表わすように真っ直ぐ伸ばされ、人星の瞳を堂々と、ただひたむきに見つめる。その姿に、人星は心が温まるような思いにとらわれる。一体、この感覚は何なのか。前にも、こうしたことがあったような……そんな感覚に、彼は笑みを浮かべる。
「良いだろう。しかし、俺はもはや力を持たない。今この身には、星の恩恵など微塵も宿っていない。……だから、俺は貴様等に、知恵を与えよう。理想郷に縋った哀れな羊共よ」
その言葉に、誰もが耳を傾ける。懇願した相手はもちろん、他の月の者も、そして周囲に居る有象無象の兵共、貴族、三種の神器をその身に纏った御方。誰もが、黙して傾聴する。
「団結せよ。それ以外に、道は無い」
「……はい?」
誰かが聞き返す。あまりに単純な一言に、聞いていた者の殆どが、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。納得したような顔で頷いているのは、神器でその身を飾る御方と、貴族、兵の数名だけである。
「貴様等は致命的な選択をした。確か、不老不死になる薬だったか? あれを服用したことが罪として、輝夜を三寸ばかりにして地上への流刑を処した、と。そして、月に帰っても、待っているのは軟禁生活……違うか?」
「違いは、ありません」
はぁ、と人星はこめかみを押さえて大仰に溜息を吐く。
「罪についてはわかる。そんなもの、飲めば待っているのは永遠という名の地獄だ。それを抑止するためにも、法を敷いたのだろう。見せしめの意味合いもあるのだろう。……しかし、軟禁は間違いだ。月に返すことも間違いだ。一貫した態度で向かい合え。八意永琳、並びに、蓬莱山輝夜、両名を月から永久的に追放せよ。そして今後、蓬莱の薬を服用した者には、同じ刑を執行せよ。罰を徹底するのだ。そうすることで、再発は防止出来るだろう。
そして……空いた穴は、埋める努力をするのだ。全ての民が手を取り合うことで、団結することで、前に進むのだ。派閥の溝など忘れろ。個人の益など考えず、まずは星の安全を確保せよ。それだけが、未来を切り拓く一手だと知れ」
話は終わりだ。そう言わんばかりに、彼は刀の形をしたコラプサーをもとの右腕と御札に戻し、その御札を懐に入れる。
「行け。もはや此処に、貴様等の求めるものは無い」
その言葉を聞いて、ハッと我に返る月の者共。任務は強制的に失敗、しかし解決案は出た。ならば、此処にもはや用などありはしない。月の者共は各々、帰る支度を始める。しかし、その中でただ一人だけ、おどおどと困惑したように困り果てた者が居た。
「あ、あの……私は、どうすれば?」
「知ら……いや、報酬の件か。ならば、俺は今、非力の身だ。龍神にでもまた目をつけられれば、今度こそ、本当の死を迎えるだろう。だから、俺が危機に瀕した時……俺のもとに馳せ参ぜよ。全力で援護しろ。俺を守れるくらいに、強くなれ。それだけだ。疾く、月に戻るがいい」
「……はい!」
こうして、月の者共は空に旅立ち、元居るべき場所に帰って行ったのだった。
しかし、かぐや姫は何者かに連れ去られ、行方不明となる。
事の真相は、永琳と鈴仙によって輝夜が別の場所に匿われただけであり、人星にとっては騒ぐほどのことではない。しかし、知らないというのも気の毒だろうと思い、人星はお爺さんとお婆さんに、そのことを内密に伝え、他言無用だと念押しする。二人は納得したように、しかし何処か寂しそうにしていたようだ。
一方、妹紅の父、藤原不比等は逃亡中のかぐや姫に竹林にて出逢い、何とかとってきた本物の蓬莱の玉の枝をかぐや姫に渡したらしい。この、らしい、というのも、誰も目撃した者は居らず、また不比等の妻としてかぐや姫が迎え入れられていないことから、事の真相を誰も確認できないためのものだ。事実は当事者のみぞ知る。
しかし、此処で問題が発生する。不比等が家に帰った時、妹紅が行方不明になっていたのだ。慌てて、彼は人星に問い詰めるが、人星も妹紅の行方は知らない。まさか、不比等が死んだとか、行き先で倒れたと勘違いして、または父がまだ答えを出していないにも関わらずそれを放って逃げ出して恥をかかせたと思い込み、かぐや姫に復讐でも画策しているのではないか、と二人は真剣に考え始め、また捜索隊を様々な場所に派遣するも、未だ発見出来ず、年月ばかりが過ぎる。
その中で、かぐや姫の残した蓬莱の薬が、焼く前に何者かに盗まれたとの情報が入る。どうやら、富士の山で下山中に盗まれたようだ。運送と薬の処分を担当していた帝の使いのリーダーこと岩笠の話によると、容姿はまさしく妹紅のそれだった。これに慌てて、人星は一心不乱に富士の山付近、更には次に捨てに行く予定だった八ヶ岳にも赴く。途中、蓬莱の薬が入っていた壺は発見したものの、薬は発見出来ず、最終的に他に手がかりも見つからなかった。
まさか、蓬莱の薬を服用したのではないかと、人星は不比等と話し合い、「有り得ない話ではない」との結論が下される。
それから数年。捜索に捜索を重ねた結果、ついぞ妹紅は見つからなかった。病に伏した不比等は最期、人星に「私はもう、力尽きてしまいます。そんな私の分まで、どうか娘のことを……よろしくお願いします」と涙ながら懇願し、息を引き取った。
人星は葬儀に参加した後、運命の非道さに頭を熱し、ただひたすらに鍛錬を繰り返す。お爺さんとお婆さんは、未だに健在だ。齢六十を超えるというのに、未だに存命している。二人は人星の鍛錬する姿を生き甲斐に、今日も縁側でお茶を飲む。
それから数年、お爺さんとお婆さんがある日、突然にして息を引き取った。夜が更けて朝、太陽が昇り切った時、いつもなら起きて縁側に座っている二人の姿が無いことを不審に思い、寝室に見に行ったところ、亡くなっていたことを確認したのだ。
人星は後悔する。どうして、もっと親孝行してやれなかったのかと。しかし、その後悔の念はお門違いだった。二人は人星の日々の姿を見る、それだけで十分、満足していたのだ。最後の最後まで残ってくれた人星に、非常なる感謝の念を抱いていた。人星が気に病む必要も無いというのに、彼はただ自責の念に押し潰される様に、二人の墓の前で懺悔の言葉を三日三晩呟き続けたという。
――その後、都にて人星の姿を見た者は、誰も居なかった。
あとに、御方は語る。あの者は最後、私の前に訪れてこう宣った。
「私は、この星の裁定者になります。人類を、妖怪を、神を、動物を、植物を、罪を、全てを、平等に裁く者となりましょう。裁く者が現れたとき、私はきっと、再び姿を見せるでしょう。努々、この言を、お忘れなきよう、伏してお願い申し上げます」
その時、稗田阿礼と同系列の仕事を継ぐ者が、彼の人柄、能力、姿などを書物の1つに記載して、帝の保有する最重要の書物として残したという。
そこには、こう書かれていた。
『名前 人星 または きら竹のひとほしの彦
力 光を歪める程度の能力
一を白に塗り替える程度の能力
危険度 最高
人間友好度 高
住処 不明
・かつて、「きら竹のひとほしの彦」と呼ばれた人物。
刀という武器を使い、また音を置き去りにしてそれは振るわれる。
紆余曲折があり、帝に別れを告げた後、都を去り、裁定者となった模様。
彼はあくまで中立的であり、時には妖怪ではなく人間を裁くことも考慮される。
公平であり絶対の中立的存在だが、裏を返せば誰にでも容赦が無いという意味。
裁定者となった彼は、そうした覚悟のもと、帝にそう言い残したと考えられる。
為人 温厚篤実な人柄。知らぬ間柄でも真摯に向き合うほど誠実。
しかし、裁定者となった現在もそうであるかは不明。
酒を嗜み、剣術の極致を啓き、実直な歌を詠う。
また、一線を画す美男子でもある。
補足 彼が姿を見せるとき、それは彼によって裁かれる人物が現れた時を
意味する。罪人は何もすることなく裁かれるべし。反抗するなかれ。』
そして、彼のことが忘れ去られてしまったころ、彼はふらりと都に姿を現した。
世はちょうど、鬼が人を騒がした時代。
鬼退治に躍起になる陰陽師たちが跋扈する時代。
彼はふらりと訪れて、団子屋にて茶と団子を食らい、その後すぐに帝の前に現れて告げる。
「裁定の時が来ました。無法を働く鬼共を裁くため、私は住処となっている寺に向かいます。残党退治は、人間にお任せいたします」
そしてまた、ふらりと消える。裁定者、そのことにハッと思い出した帝は、ある書物を手にして読み、そして冷や汗を流す。
「本当に、姿を御見せになるとは……」
帝は急いで、使いを出して鬼の住まう寺へと偵察に向かわせる。場合によっては、この書物に対する補足の資料が必要になるだろう。帝は書物編纂のため、その仕事で有名な人物数名に、勅命を出す。こちらに到着するには、半月ばかり掛かるらしいが、問題はないだろう。
その日の月は、美しい満月だったという。
月見酒、と洒落込むのも気が引ける。裁定者の訪問は、それほどに衝撃的なものだった。
果たして、裁定者が勝利するのか、それとも鬼が勝手をもぎ取るのか。
未来は誰にもわからない。一体、この荒れた世はどうなってしまうのか。
人々はただ、運命という名の激流に、身を任せるしかなかったのだった。
終
これをもちまして、『Chapter4 The Tale of the Bamboo-Cutter』終了となります!
まずは補足説明から。
輝夜が「浮気者」と人星に対して言ったのは、別に輝夜が人星と恋人関係だったからではありません。単純に人星の昔話を聞いて、冗談まじりにからかっているだけです。
鈴仙とは別の月の兎の件についてですが、これに関しては原作や小説既出の、他の月の兎と考えていただければと思います。明確なモデルはまた再登場した時に、ですね。
それと月の兎の性格改変についてはもうお気づきでしょうが、これは帝釈天の伝説の方に準えての設定となります。そうでないと人星は月の兎にけして手は貸しませんので、こうするしかなかった、と言わせていただきたいです。原作と月の兎の思考回路の形状が違うのは、人星の存在があるから、となります。……果たして、これで理由になるかは疑問ですが。
それと、稗田阿求の「幻想郷縁起」と、今回書かれた人星の資料については、まったく関係ありません。あくまでその書き方を似せたものであり、他意はありません。
他愛の無い話ですが、今までの登場人物、みな一様に人星のことを"変わった"とは言いませんよね。人星が相当の頑固者なのか、それとも……。
また、予告をします。
第五章においては、既に既出となっておりますが、「鬼」との邂逅がなされます。まともな戦闘など5分の1ほどしか書いていませんが、それなりの出来に仕上がっていると思います。
また、第五章においては、いよいよ、この小説最大の命題にぶつかることになります。ぶっちゃけると、結末については物語進行から、筋道が合うように後付けしました。どうしても、前に考えていた結末だけでは、この小説のオチとしての説得力に欠けると思ってのことです。
また、先に皆様には、第四章終了の時点で、根幹へたどり着くためのキーパーツをお教えします。
「人星」「能力」「コラプサー」「八雲紫」「樹形図」そして、「小説概要」です。
猶、これ以上のヒントは感想枠でのみ、ほんの少し仄めかす程度だと思ってください。キーパーツの説明については、答え合わせと、これから物語の終着点を考えるための、あくまで前提条件として扱ってください。
猶、次回の第五章については、投稿は12月20日(日曜日)になります。また、第五章が終わりましたら、少々気分転換に短編を書こうと思います。この短編、正直題名と内容……というより、世界観ですが、第四章時点でネタバレ甚だしいので、第五章の方に持っていきたいと思っています。
それでは、本日はこれにて。
感想、ご指摘、批判、コメント、評価、お気に入り登録、などなど、随時募集しております! もしよろしければ、よろしくお願いいたします。
それでは、また一週間後の日曜日に、お会いしましょう。