東方創星神録 ~始まりと終わりの物語~〖凍結〗 作:星の屑鉄
さて、いよいよ鬼との邂逅です。
また、投稿日時を間違えており、投稿されておりませんでした。申し訳ありません……。
それでは、本編をどうぞ!
――山城・丹波国境の大江山の老ノ坂峠の手前、山中より――
一人の男が歩いてくる。一目見れば、どうにも怪しい美男子だ。色褪せた着流しをその身に纏い、左の腰には刀を差して、旅芸人、あるいは武芸者の風貌かと思えば、その右手には瓢箪とその紐が握られている。どれだけ良心的に見ても、飲んだくれの武芸者、あるいは流浪。普通に見れば飲んだくれ。悪く見ればダメ人間だ。しかし、その顔つきだけは立派なもので、とても今の恰好と釣り合っているとは思えない。
本拠地までの道に屯(たむろ)っていた数人の鬼が、口々に言葉を並べる。ありゃあ人間か、武芸者だ、いやいや旅人だ、殴り込みに来たんだろう、そりゃあ有り得ない!
屯っていた鬼共に笑いが沸く。そしてその中の若い鬼の一人が、どれ一つ絞ってくるか、と円状に集っていた席(とはいっても直接地面に座っていたわけだが……)から立ち上がる。
「おう、そこの色男。何の用かは知らねえけど、ここを通りたければ、このオレに打ち勝ってからにするんだな」
若い鬼は不審な美男子の前に立ちはだかる。美男子はそれに対してふと目を合わせて、その顔に笑みを貼りつける。
「なるほど。差し詰め、ここは立ち入る資格があるかどうか、それを試そうということか。手間が省けた。鬼の実力というもの、まだ一度も見たことが無いのでな。どれほどのものか、ここで見極めるとしよう」
美男子は構える。やる気十分のようだ。久方ぶりの真剣勝負に、若い鬼もまた口端を吊り上げて、拳を構える。
「合図はどうする?」
「そりゃあ仲間に任せる。おい! 合図を頼む!」
「……まぁ、止めはしねぇけど」
この石が地面に落ちた瞬間に開始だ、と告げて、拳ほどの大きさの石をみせる。そして、円状の中にいた鬼の一人は、それを軽く宙へと放る。それは綺麗な放物線を描きながら、地面へと向かっていき――
――どん、と鈍い音と立てたと同時に、若い鬼は先手必勝、とばかりに足を動かした刹那。
気が付けば、若い鬼は宙を舞っていた。視界が反転し、木々の葉の隙間から青い空が見える。遅れて、何かが爆発したような音が轟く。地面に落下した時、初めて痛覚が機能し、顔面に激痛が走る。
それら一連の流れが終わった時に、ようやく若い鬼は理解した。相手の拳によって、顔面を殴られたのだと。
より正確には、美男子は左拳による正拳突きの中の上段突きと呼ばれるもので、顔面を殴打されていた。それも、音を置き去りにする速度によって実行された。
いくら頑強な鬼といえども、こればかりは堪らない。意識は明瞭なのに立ち上がれない。動けない。鼻はおうとつが無くなり平になり、血が溢れ出る。まるで源泉から湧き上がる水のようだ。
「なるほど。鬼であろうと打ち込めば響くわけだ。もはや此処に用もない。先に行くが、異論のある者は……居ないな。先に進むとしよう」
鬼共はただ、茫然とその後ろ姿を見守るしかなかった。勝負を挑んだ若い鬼もまた、顔面を押さえて呻き声を上げながらも、自分に勝利した者の後姿を見る。他の者と決定的に違うことは、その姿を絶対に忘れぬように、その目に何が何でも焼き付けようという強い焔が、瞳の奥で燃え盛っていたことだろう。
こうして、いとも容易く、ひとりの鬼が人に打ち負かされたのだった。
◆
――外がやけに騒がしいね。
最初に変化を感じたのは、この本拠にまで音が響いてきたときだった。大方、おバカな若人が喧嘩でもしているのだろうと、この時は思っていた。別段気に留めることもなく、いつも通り酒を浴びるように飲んだ。
しかし、それから僅か数分後、またも音が響いてきた。それも、先ほどより近いのか、それとも音が大きいのか、先ほどよりも若干ではあるが大きく聞こえた。この時もまだ、若い連中は盛んだね、程度に思って気に留めることは無かった。
それからまた数分後、またも轟音が本拠にまで届いてきた。一度目偶然、二度奇跡、三度必然四運命、などという言葉もある。大方、若人が大喧嘩でもしているのだろう。正直、煩い。後でシメてやろう、と心に誓いながら、酒を飲む。
それから数十秒後、また轟音が……今度は本拠が少し揺れるほどの震動までおまけでついてきた。あ、酒に埃が入りそうになったじゃないか! と心の中で叫び、暴れたバカを必ず半殺しにしてやろう、と若干の殺意を混ぜながら、不機嫌そうに酒を飲む。
それから一秒もしないうちに、また轟音が鳴り響く。
――って、何やってんの! あぁ、もう! この本拠も大きいだけでボロなんだから、そんなに揺らしたら埃や塵や木片が落ちてくるよ!
これじゃあ落ち着いて飲むことも出来ないよ。しょうがない、とその者は重い腰を上げる……のかと思いきや、床に寝そべったまま、近くにいた一人に声を掛ける。
「あ~、勇儀。外で暴れてるバカをシメてきてよ。これじゃあ気分良く酒が飲めないよ」
「……いいのかい? 大物かもしれないよ?」
「これを人間が? うーん、ちょっと考えにくいし、徒労に終わるのも嫌だから、譲ってあげるよ」
「あれまぁ、随分と機嫌が悪いね。久方ぶりの強者かもしれないのに、どうしたんだい?」
「別に。鬼が気分よく酒を飲んでいるっていうのに、それに水を差されたら堪ったもんじゃないよ。来るなら静かに来ればいいのに」
「でも、やり方には好感を持てるよ」
「はぁ……どうでもいいから、早く行ってきてよ」
「ま、萃香がいいなら、喜んで行かせてもらうよ」
さぁて、腕が鳴るねぇ。そう言って腕を回しながら本拠から出ていく仲間、星熊勇儀の後姿を見ながら、伊吹萃香は瓢箪を口から話して手に持つ。
「さて、どうせ勇儀が戦うなら落ち着いて酒が飲めるわけないし……観戦でもしようかねぇ」
言ってすぐに、萃香はその場から、まるで霧の様に散って姿を消した。苛立ち半分、好奇半分の気持ちで、暴れているバカを見に行くのだった。
◆
上段突き、中段突き、足技からの下段突き、時に上段から中段と追撃して連続攻撃を行い、また興が乗った時には正拳逆突きと呼ばれるものでカウンター気味に相手を殴打する。いちいち喧嘩を吹っ掛けてくる鬼で自身の技術を確かめながら、着実に、確実に、人星はその山を登って本拠に近づいていく。
そしてとうとう、本拠にあと数分で到着するといったとき。
「待ちな。あんた、うちの部下を次々と倒しているみたいだね」
人星の前方から声が掛かる。傾斜の上に居るようだ。見てみると、そこには金髪ロングの、頭には黄色い星のマークのついた赤い角が一本生えている、瞳が血の如く赤い、しかしそれとは対照的に空色の着物を纏った女性が立っていた。
……明らかに、別格。他の鬼とは比べ物にならない強者だと、人星は即座に判断する。佇まいを見せられただけだというのに、肌がピリピリと反応する。
「邪魔をするから倒した。至って単純な理由だ」
「野蛮だねぇ。まぁ、うちの若い連中が血気盛んなせいでもあるけど……これだけ暴れたんだ。暴れる奴には当然、対応はこれしかない」
足を一歩前に出し、拳を構え、右手では「来い」と挑発の意味を表わすジェスチャーが行われる。
「……面白い。俺の名前は人星。裁定者だ」
「鬼の四天王、力の勇儀」
人星は構える。いつも通り、しかし左手を軸にするのではなく、右手を軸にする態勢を取り、その顔に笑みを浮かべる。
そんな彼に対応するように、勇儀もまた獰猛に笑みを浮かべる。
――推して参る!
両者同時に大地を駆ける。人星はあくまで流麗に、勇儀はあくまで乱暴に、二者は対極的に間合いを詰め、ただそこから一撃を放つために、拳を引き絞る。
対極的に見えて結果は同義。
平行線に見えてたどり着く場所は同じ。
そこにはただ、相手を殴りつけるという結果を残さんがために、全力を振り絞る二者の姿がある。
拳の軌跡が交差する。そして、人星の右の拳は相手の腹部を捉え、勇儀の右の拳もまた彼の腹部を捉えた。
人星の一撃は流れるように繰り出される。一方、勇儀の一撃は乱暴に、暴力的に繰り出される。お互いがお互いの拳で相手を抉った時、両者の地に着けていた足もとが陥没する。即ち、殴りつけられても両者見事に踏み止まった。
「――っ!」
あまりに痛烈な一撃に、胃の中身が喉元までせり上がる。人星はそれを根性だけで飲み下し、お互いほぼゼロ距離のこの状況下において、敢えて防御を捨てて攻勢に移る。
一方、勇儀もまた少なからずダメージを負っていた。先ほどの人星の拳、それはどう考えても人間の出せる領域の威力ではない。ただし、鬼の様に力任せのものでもない。当てはまるものといえば、習熟した仙人が繰り出すような一撃だ。
素の身体能力はそれほど高くないだろうことは、簡単にわかる。勇儀の見立てでは、中級妖怪と同程度。しかしそれでは、鬼である勇儀の……まして、四天王とも呼ばれる彼女の足元にも及ばない。
だというのに、単純に身体能力に任せた勇儀の拳よりもはるかに重く、強い衝撃が体に響いた。これだから人間は面白い、と勇儀は口端を吊り上げて、再び右の拳を構える。もとより、彼女に防御という選択肢は存在しない。
――そして再び、拳が交差する。
お互いに一歩も退かず、ノーガードの殴り合い。
人星は習熟された一撃を次々と繰り出す。それは的確に、勇儀の両肩、腹部、顎、鳩尾を捉えて止まない。
勇儀は鬼らしく力任せの暴力を振るい続ける。己が腕力を全力で使うことによって腹部を殴り、両肩を殴って脱臼させ、顔面を殴って額から血が溢れ出る。
両者、このノーガードの殴り合いに上手く対応する。
まず、人星は脱臼させられたらすぐに嵌めなおし、遅れた手数はカウンターによる相手の力を利用した一撃を以てやり返す。顔面を殴られそうになった時は咄嗟に額を突き出して、そこからほんの少しだけ頭を後ろに引いて威力を和らげる。
一方、勇儀もまた対応が上手い。本人の故意か無意識かはさておき、圧倒的耐久力を誇る自分の利点を生かすために、彼女は殴られた後、相手に対応不可能な機会を狙って全力の拳を叩き込む。
一歩も退かない。むしろ、少しずつ両者の距離が近づいていく。ここで後ろに退いた方が負けだと言わんばかりに、前に、前に押し出る。
そしてとうとう、拳を当てることすら出来なくなるほど近づいた時のこと。
どん、と山が揺れた。お互いの足場がとうとう、元あった場所から一メートルほど陥没する。
何が起きたか。それは実に簡単。お互いに殴り合うことは出来ないと悟り、同時に掴み技に掛かろうとして、意図せず、まるで力比べをするように両の手で、相手の両の手を正面から掴み合い、今度は押し合いが始まった。その際に、負荷に耐えかねた大地が陥没したのだ。
「まったく、とんでもないねぇ。鬼相手に防御無しに殴り合いをするバカが居るなんて。おかげで、肋骨を三本も持ってかれたよ」
「鬼は卑怯なことを嫌うのだろう? ならば正々堂々、真っ向から、俺の技術の全てを以て打倒しようと考えたまでのこと。そも、喧嘩とはお互いにただ殴り合うというのが形式美というものだ」
「あははは! 違いない! この際、あんたの種族なんてどうでもいい。これだけ気持ちの良い喧嘩が出来るんだ。そこに種族の話を持ってくるなんて、野暮ってもんさ――!」
ぐっ、と拮抗していたかのように思えた力比べだが、やはり力の勇儀と呼ばれるだけあって、すぐに押され始める。ならば、と人星は大地を踏み、その力を余すことなく自分の両腕に伝達させ、押されていた状態から逆に、今度は彼が腕を押し返す。
「……! よく、鬼と力比べして巻き返せる、ねぇ――!」
ぐっ、とまた人星が劣勢に立たされる。彼は両の足で踏ん張って堪える。大地は既に、人星と勇儀の周囲3メートルの円状にかけて、平面になっていた。両者には、地の利という利点は存在しない。
「っ、はぁ!」
気合と共に咆哮。人星は足を若干曲げて、そしてすぐさまそれをバネにして一時的に爆発的な力を生み出し、勇儀の腕を再び押し返す。そして態勢を立て直したところで、腕の筋肉と足の筋肉、その筋の一本一本に指示を出すように、使い分けるように操作する。
それは極限の集中状態が可能とした、組織の内部操作だ。肉体を習熟させ、技術を体得し、ただ目の前の一点……力比べにだけ集中したからこそ行える離れ業。組織一つ一つを微細に、巧みに動かし、力という力を余すことなく腕に伝えて勇儀を押していく。……何かが軋む音が微かに響く。
「おおっ!?」
まさか、押し返されるとは思っていなかったのか、勇儀から驚きの声が上がる。彼女はより一層、その笑みを深めて、更に腕に力を入れた。巻き返し、押し返し、とうとう中間地点で力が拮抗しようとした刹那のこと。
――ボキッ! と不快な音が鳴り響く。見てみると、人星の左腕が真ん中からあらぬ方向に曲がっていた。力比べに、人星自身の体が耐えられなかったのだ。
これは不味い、と音を認識した瞬間から、人星は勇儀の手を振り払い、後方へと離脱する。対して、勇儀は少し残念そうな顔をしていた。
「あー、先に体の方が壊れたわけね。よく、折れるまで力比べをしたね」
「失望したか?」
「まさか。私は好きだよ。その気合と根性」
お気に召したようで何よりだ、と人星は言葉を転がす。そして、その瞳を閉じて、しばし、考える。
「……どうにも、俺は鬼と喧嘩するには、体が脆い。このまま続けても、きっと徐々に、徐々に面白くなくなるだろう」
「まぁ、道理だね。それで?」
「次の一撃にお互いの全力を注ぎ、それを以て勝敗をつける。正真正銘、一撃必殺を叩き込む。勝敗は刹那でつくだろう。しかし、その刹那の爆発するような至高の闘争心を味わえるだろう。異存は?」
「……どのみち、そっちは次の一撃に全力を注ぐつもりなんだから、私に選択肢は無いよ。鬼として、その挑戦、受けて立つ!」
勇儀は今までとは違う、必殺の構えをとる。人星は懐から真っ黒な御札……コラプサーを取り出し、右腕に貼り付ける。
「あ? なんだい、あんた陰陽師だったの?」
「いや、これは別物だ。……隠したまま打倒するのも面白くない。これは、いわば『最恐の星の宿る器』だ。太陽、水星、金星、地球、月、火星、木星、土星、天王星、冥王星……どのような星であろうが、問答無用で吸収し、潰し、殺す。じゃじゃ馬が過ぎるために、使いどころが難しいのだが……鬼相手ならば、使っても問題ないと判断した」
「……随分と、物騒なものを出してくれるじゃないか」
勇儀には人星が嘘を吐いているようには見えない。即ち、それは真実であり、今から相手にするのは、あの太陽や月さえも食らい尽くす星殺しの力だ。それがどれほど強力なものなのか、そして人星は一体どのようにして、その力を手に入れるに至ったのか、内から溢れ出る好奇心は彼女の心を満たしていく。
「なら、この星熊勇儀、星そのものを砕くつもりで、行かせてもらうよ」
「相手をしよう。この人星、零れ落ちたものは多くある。譲渡したものは数えきれない。英雄となり、王となり、神となり、そして今は凡夫のこの身。一を極めることしか知らない我が身、されども、心を折ったことは一度も無い」
ふと、人星は思い返す。自らの生い立ちを。自分の始点は一体、何だったのか。それを考えていくうちに、「あぁ、大切なことを忘れていた」と自然と声が漏れる。
体の内から、力が溢れ出てくる。
「……すまない。どうやら、少し勘違いをしていたようだ」
「ん? 何だい、その勘違いって?」
「いや、なに。このような力を使っても、それは俺の純粋な力、足りえない」
右腕の御札を引き剥がし、懐に収める。
「……なんだい、せっかくこっちはやる気だったのに」
「まぁ、許せ。しかし、ある意味では今の俺の方が厄介だぞ? 何せ、今までの俺は少々……固定観念に囚われ過ぎていた」
――ここからは独白だが、まぁ、聞け。
人星は不敵に言って、言葉を続ける。
「俺の能力は、『創造する程度の能力』と『星の恩恵を受ける程度の能力』だ。今では前者はどうしようもなく弱くなり、後者は行使さえ出来なくなった」
「へぇ……なるほどね。あ、それと私の能力は『怪力乱神を持つ程度の能力』だよ」
「そうか。なるほど。奇怪な運命もあったものだ」
「奇怪?」
勇儀の聞き返しに、人星は大仰に頷く。
「俺が最初に、行使するために生み出した能力も、自己強化系の能力だ」
「それはまた……面白いねぇ」
勇儀は確信する。相手はあのような御札が無くとも、十分に規格外な存在だと。いくら弱体化しているとはいえども、能力を生み出すことの出来る能力など、インチキも大概にしろと周りから糾弾されても文句が言えないほどおかしな力だ。
徐々に、勇儀には人星の本来の姿が見えてくる。
鬼もけして、馬鹿ではないのだ。
「ただ、名付けることは少々、難しくてな。正確に言い表せる言葉が見つからない。故に、俺はこの能力を簡略化して、『地を打ち砕く力を持つ程度の能力』と名付けよう。そして、この能力を、今の今になって、思い出した」
「どうりで、力を何度も押し返されると思ったら、まさかそんな種があるなんてね。つまり、意識して発動しなければ効果が十全に出ないから、ここからが本番ってわけかい?」
「一撃で屠ることに、変わりはない」
「言うねぇ。その言葉、そっくりそのまま返してあげるよ!」
勇儀はいつでも駆け出せるように準備する。対して、人星は「ふぅ」と溜息を吐くことで、頭をクリアにする。理屈ではなく、感覚で思い出す。あの日、あの時、天界の大部分を削った時のことを。
「………………」
時間を経るごとに、人星の雰囲気が変質していく。今までは、「どこか掴みどころのない、しかし気前の良い奴」、程度の認識だった勇儀のそれは、今では「静かに怒り狂う悪鬼羅刹の如くおぞましい奴」となった。
これは非常に恥ずかしい話だが、人星は未だ、先ほどの能力を十全に扱いこなせるというわけではない。今では、感覚を思い出すだけでも精一杯だ。
ならば、どうやってそれを使用するのか。それは、当時の自分の全てを再現することだ。行動、感情、感覚、全てを過去と同期させる。それは自然と、あの時の怒りすらも再現するという意味だ。
「……準備は良いかい?」
「…………」
こくり、とわずかに残った理性が、人星を頷かせる。勇儀はそれを確認した途端、「じゃあ、行くよ!」と大地を踏みしめる。
一歩目。勇儀は間合いを詰めるために加速する。
二歩目。相手の懐で急停止するために大地を思いっきり踏みしめる。軽く大地が陥没するが、もはやそれも関係ない。
三歩目。トドメの最後の踏み込み。踏み込みの際に生まれた力全てを己の拳に伝達し、圧倒的暴力として、勇儀は己の拳を人星に向けて全身全霊を込めて振るった。
その技こそ、勇儀が編み出した単純かつ無慈悲なる一撃。その名も、四天王奥義「三歩必殺」という。
拳を振るったときに発生する風圧だけで、並大抵の人間であれば吹き飛ばされるだろう。それはまさに、暴風の如し。
その拳が直撃すれば、普通の人間であれば偽りなく、爆発四散するだろう。それほどに、この一撃の威力はおぞましい。
一歩で間合いを詰め、二歩で停止し、三歩で踏み込み攻撃する。至って単純。故に、それは勇儀の戦いの真理と的確に適合し、最大の力を発揮する。例え同族であろうと、この攻撃が直撃すれば勝負は決する。能力が無ければ避けることさえかなわない。防御など、まるで最初から無いかのように突破する。
実質、回避不可能。防御不可能。そして一撃必殺。三拍子そろった、まさに鬼の如き攻撃。
これは決まった。勝利を確信する勇儀はニヤリ、とその口元を緩める。そして、やられる前にどんな姿をしているのか、一つ拝んでやろうと焦点を彼の全体像に移してみると……。
――は? 何、あの態勢。
左の拳は折れていて使えない。だから、必然的に右の拳が攻撃モーションへと移る。これは常識であり、例に倣って人星もまた右の拳を動かしている。天高く、限界まで振り上げている。
しかし、どうにもおかしい。唯一の攻撃手段……というわけでもないが、決定的な攻撃を繰り出すためには、少なくとも右の拳で攻撃をしなければならない。あの振り上げ切った態勢に入ってしまえば、もはや攻撃手段は、拳を振り下ろす、の一択しかない。
振り上げて、振り下ろす。単純に筋力と腕力だけを生かすのであれば、これ以上に簡単で優秀な攻撃方法は他にない。だからといって、総合的に優秀なわけではない。そんな簡単な動作でも、当てるならば、相手を懐に誘い込むか、攻撃を誘ってカウンターを狙うくらいしか、命中させる方法はない。モーションが正拳突きなどに比べて異様に長いことも、命中率が低い要因だ。
勇儀は目を凝らす。よく見てみると、拳は微妙に下を向いていた。
――この攻撃方法って、まさか……!
やばい。アレはやばい。
本能的に、勇儀の頭の中で警戒音が鳴り響く。彼女はその攻撃方法を、間近で見たことがある……とはいっても、部下の仕置に、鬼子母神が使っていた方法なのだが。食らった同族は必ず、一発で沈んだ。沈まされた。
アレは別に、勇儀の様に一撃必殺の技ではない。しかし、それとは別ベクトルで、正しく一撃必倒の技なのだ。萃香が食らった姿も一度見たことがあるが、例外なく沈められた。あの時の身震いを、勇儀は未だに覚えている。
もはや、アレの前に物理法則など関係ない。どれだけ逃れようとしても、部下はことごとく沈められた。勇儀が萃香から伝え聞いた話によれば、喧嘩を仲裁するために割って入った鬼子母神が、明らかに後出しになるタイミングでアレのモーションに入ったにも関わらず、先攻を取って喧嘩両成敗されたとか。
別に、鬼子母神は鬼の中で最強などというわけではない。最強の鬼は酒呑童子ともいわれる萃香であり、それは鬼の中でも、人間の間でも周知の事実だ。しかし、だからこそ恐ろしいのだ。強さも、法則も、平等に、理不尽に凌駕してくる一撃が。
もはや攻撃モーションに移り終わり、あとは攻撃を当てるだけとなった勇儀には、退くという選択肢はない。攻撃を先に当てる、という選択肢を、掴み取るしかない。
あと一秒もしないうちに、勇儀の拳は人星に当たる。きっと、萃香はこの喧嘩を見てるんだろうなぁ、などとのんきに考える。続いて、きっと今頃震えているだろうなぁ、と心の内で愉快そうに笑う。
もはやその姿に、勝利に縋る姿は無い。何故なら、見てしまったからだ。まるで死に際のように目の前のものが遅く見えるなかで、唯一、人星の右の拳が動いているところを。自分の拳が一歩も先に進まないというのに、人星の拳は理不尽にも、勇儀の脳天に迫り――
そして、直撃する。
「~~~ッ!?」
痛い、とかそんな生易しいものではない。言葉に出来ない感覚が、人星の拳が脳天を突き刺さると共に襲った。何者にも形容できないその痛みに、更には泣きっ面に蜂とばかりに顔面が地面に叩きつけられる。
もはや、鬼の威厳などそこに欠片も無かった。
「すまない。何か、昔のことを思い出したら急に、拳骨を叩き込みたくなった。許せ」
――そんなことで叩き込むなよ!
そう。あらゆる理を超越して回避不可能、防御不可能、一撃必倒の三拍子を揃えた、この世の理不尽を集めたのかと言いたくなるような一撃。
それこそが、鬼子母神の放つアレ……そして、人星が今まさに勇儀に叩き込んだ最恐の技、拳骨(GE☆N☆KO☆TU)だ。
「納得、いかねぇ……!」
最後にそんな言葉を呻く様に呟いて、勇儀の意識は完全に途切れる。後に残ったのは、脳天に、まるでギャグマンガのように大きなタンコブをつくって地面に叩きつけられ沈黙する勇儀と、やってしまった、とバツの悪そうな顔をする人星の姿。
そして、山の所々に空いたクレーター、ただそれだけだったという。
――拳骨とは、かくも恐ろしき技なり――
後の世に、そのような言い伝えが残されるようになることを、彼ら彼女らはまだ知らない。
ただ、確信を持って言えることは1つだけある。
――どこの世でも、真の父親と母親を前にすれば誰も敵わない――
もう一度言おう。
――拳骨とは、かくも恐ろしき技なり――
この時、どこかの神が寒気を抱いたということを、彼は知る由も無かったのだった。
何でも能力で片付ける人星の姿勢、分かり易いけど正確かと言われれば疑問ですよね。
今回は星熊勇儀との対決、酷い幕引きの仕方が特徴的な戦闘描写の話でした。
さて、次の話ではいよいよ、鬼との戦いに決着がつきます。
次話は12月22日の21:00に投稿させていただきます。
最近はインフルエンザが流行っていますね。かくいう私も少々風邪気味。皆様も、体調管理にはお気をつけてください。
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それでは、また次話にてお会いしましょう。