東方創星神録 ~始まりと終わりの物語~〖凍結〗   作:星の屑鉄

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 今回は臭い台詞がもしかしたら、読む人によってはオンパレードな回になるかもしれません。

 また、今回かなりの独自設定、解釈、またストーリーの進行が含まれていることを、先に記しておきます。

 それでは、本編をどうぞ!


一章 第三話 我はその煌めきに惚れた

「月の都……どのような風情があるかと期待したのだが――」

 

 ――未来都市ではないか。

 人星は落胆したような面持ちでそう吐き捨てる。彼が本当に望んでいたのは、星空の威光に照らされる、寂れつつも趣のある兎たちの集落であった。けっして、ビルがそびえ立ち、人工の光に照らされた都市を望んでいたわけではない。技術レベルは褒められたものだが、あまりに風情に欠けるものだから、人星にとっては興ざめも甚だしい。

 

「いえ、この都市は実は、地上より来た者の手によって置かれたのです」

「――何?」

 

 ――それはどういうことだ。

 人星は双眸に意味を込めて訴える。あまりに力が込められた瞳に、思わず尻込みする、前に人星が弄って遊んだ玉兎とは別の者は、その気持ちを生唾と共に飲み込み、冷静沈着に説明していく。

 

「この月の都は、もともと月の兎……私たち玉兎の集落でした。住居のレベルとしては、藁や木材で出来た家に住む、といったものです。文明のレベルも、高いものではありませんでした。ただ、此処に地上の者たちが移り住むようになってから……月の都は、一変してしまいました」

 

 ――そのおかげで、非常に楽をしている面が多いので、私たち玉兎にとっては嬉しい出来事でした。

 玉兎はそう続けて、話を終えた。

 

「そうか。では、玉兎の使用していた集落跡はあるのか?」

 

「はい。地上の者が移り住んできたのはつい先日のことでしたので、まだそちらに住んでいる方々もいますね」

 

 案内しましょうか、訊かれた人星は頼む、と言って即断する。玉兎は苦笑しながら、ではこちらへ、と先頭に立ってガイドのように彼を先導する。

 

 月の都……未来都市から外側へ歩いて体感10分ほどの場所に、玉兎達の集落はあった。整地されたとはけっして言えない大地。クレーターのような穴の中にぽつり、ぽつりと存在する藁と木で構成されている家々。空気を入れ替えるために開けられている隙間からは、人工のものではない、松明か何かの……即ち灯火による明かりが淡く漏れていた。しかし、それがほんの数か所からしか漏れていないところが、人星に廃村というイメージを彷彿とさせる。

 

「ふむ……ところで、我はこの集落に住まっても問題は無いか?」

 

 えっ、と玉兎の口から驚きの声が上がる。しかし数秒して、今までの人星の言動を思い返したのだろう。すぐにまた苦笑を作り、快く頷いてみせた。

 

「はい、問題はありません。むしろ、こちらとしては非常に助かります。あちらの大都市に住まわせるとなると、地上の者たちの許可が必要になってくるので」

 

 困ったような笑みを浮かべて、しかしすぐさま案内役に従事するその姿を見て、人星は玉兎という種族を更に評価する。少なくとも不真面目ではない、と。

 

「それでは、こちらに……」

 

 言いかけたところで、不意に玉兎の口が閉じる。それから少しばかり考え込むような仕草をして数秒後、ニタリ、と意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「もし、人星様がよろしいのでしたら……ご提案があります」

「提案? ふむ、申してみよ」

「はい。……人星様がよろしいのでしたら、先ほど弄っていた玉兎……彼女が住まう家に、住んでみてはどうでしょうか? もちろん、彼女はまだ、そこに住んでいます」

 

 この時、人星の玉兎に対する評価が限界値を突破した。

 

 ――なるほど、遊びに関しても心得がある。

 

 仕事を恙(つつが)無くこなし、けっして不真面目というわけではなく、弄り甲斐があり、その上でさらには遊び心も心得ている。容姿には愛らしさがあり、狡猾というにはあまりに純粋。今まで見てきた生物の中でも、抜きん出て趣向に合致する。

 

 この種族を失うことは、月だけの損失に収まらない。これほど素晴らしい種族は、これから先も出逢うことは滅多にないだろう。星云々を抜きにして、この種族が殺されることはあまりに許容し難い。

 

 人星はこの時、初めて私情によって生物を守りたい、と感じた。これは長年、星以外に守る対象が無かった彼にとっては、驚くべき変化である。それも、出逢って未だ1日も経っていないにも関わらず、玉兎は人星にそこまで思わせた。

 

「くくっ、実に良い提案ではないか。案内を頼もう」

「はい、もちろん!」

 

 人星と案内役の玉兎、二人して意味ありげな深い笑みを浮かべて、目的地へと足早に向かう。どうやら玉兎も大概、娯楽には餓えているようだ。これほど快く仲間を出汁に使う姿勢が、その証拠である。

 

「……なぁ、案内人よ」

「何でしょうか?」

 

 先頭で歩きながらも、後ろを振り返り人星の顔を見る。玉兎の真っ直ぐな姿勢にまた評価を一段階上げる。

 心の中の雑事を終えた人星は、双眸を鋭く細め、今まで敢えて避けていた質問をこの場で吐き出す。

 

「――玉兎とは何だ?」

「……何、とは一体、どのようなことを指して――」

「存在意義だ」

 

 敢えて逃げ道を作った玉兎に対して、人星は核心をつくために間断なく言い切った。質問から逃れられないことを悟った玉兎はバツの悪そうな、困惑したような顔をしてピタリと動きを止めた。

 

「それは、えっと、その……」

 

 言葉が濁る。言い難そうにしながら、何十秒も言葉が出てこない。聞こえてくるのは困ったように上げる、途切れ途切れの声だけだ。

 

「……言い難い、か。ならば代わりに、我がその存在意義を当ててみせよう」

 

 玉兎の声が止まる。代わりに、真剣な眼差しで、決死の覚悟を決めた戦士の如く、人星の双眸を見つめる。

 

「玉兎は月によって生み出された。そして月により与えられた存在意義とは……我に関してのことだろう?」

「……はい」

 

 玉兎は偽らない。今、自分が、玉兎すべての生死すらも秤にかけられ、それを理解しているにも関わらず、あくまで正直に答えた。

 

「なるほど、月は素晴らしい。これほど優秀な生物を、我の従者……いや、民として生み出したのだから」

「……はい?」

 

 この人は何を言っているんだ、そんな間の抜けた声が玉兎から漏れるが、人星は気にすることなく続ける。

 

「玉兎の存在意義とは即ち、月の王として君臨する我に付き従うことであろう? 即ち、我は月の国王となり、玉兎の立場は国民、もしくは従者となるわけだ」

「え、えっ?」

「我の言ったこと、間違ってはいないよな?」

「い、いえ、それはま――」

「間違って、いないよな?」

 

 はっ、と玉兎は悟る。この人星という人間、まさか故意に解釈を曲げているのではないか、と。確認のため、玉兎は恐る恐る、人星の双眸から視線を外し、再度確認のために見つめると……返ってきたのは、首肯。

 

 玉兎は絶句する。その器の広さに。優しさに。勇気に。全てを悟り間違いでないことを知った玉兎は、ただただ胸に湧き上がる感動の源泉に目頭を熱くする。

 

「もう一度聞く。……まさか我が、答えを間違えてしまったなどと、そんなことは無いだろう?」

 

 ダメ押しの、三度目の言葉の合図。そして慈悲のこもった、優しい瞳による、二度目のアイコンタクト。それだけのことをされて、彼の、人星の意図を、間違える筈が無かった。

 

「……はい。間違ってはいません」

 

 掠れた声だが、返答はしっかりと聞き取った。人星はその答えに満足したのか、大らかに一度、頷いた。

 

「大儀である。最後の最後まで言葉を選び抜き、我が許したにも関わらず、貴様は嘘を吐かなかった。よくもそれほど、信念を貫けるものよ。その非常な功績には、それに見合った褒美が必要であろう。しかし、今は満足できる褒美を目に見える形で用意は出来ぬ」

「そんな、褒美だなんて――」

「まぁ、聴け。貴様の功績に対する褒美が軽率な物品など、それは確かに侮辱に値するだろう。だからこそ、我は物品を与えるつもりは毛頭無い」

 

 ――そういう問題ではなくて、いや物品を与えるつもりがないっていうのは……?

 玉兎はあまりに急な展開に目を白黒させる。もはや褒美を与えることは決定しているらしいが、しかし恩があるのはむしろ玉兎の方だった。そのような恩を受けた上で、更にそこに上乗せするように褒美をもらうなど、それは玉兎としての矜持が許さない。しかし、話を最後まで聴かないで一方的に否定するのも、不敬にあたる。故に、玉兎はこの場では引き下がり、彼の言葉に耳を傾けた。

 

「代わりに、我は玉兎に助言を与えよう。権利を与えよう。そして、力を与えよう。それでもどうしようもない場合、我自ら力を振るおう」

「い、行き過ぎです! そこまでしてもらうわけには――」

「これは当然の対価である。貴様は自身を含めた玉兎の命運が懸かっているにも関わらず、最後まで信念のもと、真摯に在り続けた。その生き様、玉兎という種族に共通するものなのであろう? 我はその在り方に感動したのだ。

 ――容姿は愛らしく、話し甲斐があり、仕事は恙無くこなし至って真面目、しかし堅物というわけでもなく融通が利き、遊びも心得てもいる。性質は狡猾ではなく、純粋。我を謀ることもせず、我が許可してもけっして嘘を吐かない姿勢。……貴様はもう少し、自身の価値に気づくべきだ」

 

 あまりの過大評価。玉兎にとってこの賛辞は嬉しいと同時に、恐れ多くもあった。それは評価が高すぎて、失望させてしまうのではないかという恐怖である。玉兎は賛辞に思わず委縮し、頭についたウサギ耳を力なく垂らした。

 

「加えて、謙虚であるときたものだ。臆病なところ、戦いが苦手なところは確かに欠点でもあるが、なに、完璧であるほどつまらないことは無い。長所が華であるならば、短所は愛嬌だ。恥じることも、その点を指摘し評価を下げることも、それは愚者の所業である」

 

 長所が華で、短所が愛嬌。その言葉は深く、玉兎の耳に刻まれて離れなかった。

 

「胸を張れ。貴様ら玉兎は、今を以て我の従者にして国民である。王の評価は国民の質によってつけられる。努々、忘れるなよ」

 

 言い終わると、人星は案内役の手を取り、その手に白色の長方形の物体を握らせる。

 

「これは……?」

「先ほどの、我と貴様との会話がすべて、録音されている。なに、あの人間共からくすねた物だ。……最初の頼みだ。我の声を、国民全員に届けよ」

「えっと、案内の方は……?」

「必要ない。目の前のそれが、そうだろう?」

 

 あっ、と案内役は声を上げる。どうやら先ほど止まった時に、既に目的地の目の前まで来ていたようだ。それならば、案内役は次の仕事に集中することが出来る。

 

「何か用がある時はこの家を訪ねるのだ。大抵の場合は居るであろう。……では、また会おう」

 

 最後にそう言うと、人星は弄っていた玉兎の家へと入っていったのだった。

 

「……必ず、伝えます」

 

 案内役は聞こえないであろう言葉を残して、急いで大都市の方へと戻っていく。帰り際、この周辺に住んでいる玉兎達に集まるように言うのも忘れない。

 

 ――この日、玉兎達はその胸に、人星という月の王の存在を刻み込むことになる。

 ――言葉は耳から心の臓に浸透し、それはやがて忠義心となって大きな波紋をもたらすことになる。

 

 ――その影響が月の都に訪れる日は近い。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「……以上です」

 

 ふぅ、と溜息を吐いて肩の力を抜く。八意××は、月の大都市の会議室にて、プレゼンテーションを行っていた。用意する時間も、それに対する情報も不足はしていたが、それでも今回の議題の危険性については十分に把握できるほど、説明はしたつもりである。

 

 会議室は重苦しい空気に包まれている。誰もが厳かに口を閉じ、八意××の用意した資料を何度も読み返す。

 

「……これがもし、本当の情報だって言うなら」

 

 その空気の中、ファーストペンギンとなったのは綿月依姫(わたつきのよりひめ)だった。薄紫色の長い髪を、黄色のリボンを用いて、ポニーテールにして纏めているのが特徴的な人物。彼女はこの会議室の中でも一二を争うほど地位が高く、またその実力も折り紙付きである。彼女の発言力は非常に高い。

 

「――無理よ。神が星に勝てるわけがないでしょう」

 

 彼女の性格は、非常に生真面目で、プライドも高い。そして発言力も高い故に、誰もがその言葉に耳を傾ける。

 しかし、だからといってこれほどあっさりと負けを認めるなど、彼女をよく知る何名かを除いて、誰も思ってはいなかった。

 

「太陽の表面温度はともかく、先ほどの戦いを見たでしょう? ブラックホール。あれを自在に出せるというのなら、どんな神もその前には無力よ」

 

 光すら脱出することは出来ず、星すらも容易く圧縮するといわれるブラックホール。その脅威度は、最も力のある星、太陽ですら比較対象には成り得ない。やろうと思えば、月ごとすべてを圧死させるなどを容易にやってのける。対処策など、太陽が敵わない時点である筈がない。

 

 ならば、不意の一撃で殺すという方法も考えられたが、そもそも星の質量と同質の人間を一撃で殺すなどという方法が存在しない。いや、違う。方法自体は無いことは無い。正確には、そんなことをしてしまえば、この月という新しい移住地が消えてなくなってしまう。故に、その方法を実行出来ない。

 

 そもそもの話、その威力の不意打ちを実行したとしても、殺せる保証がどこにもない時点で、リスクとリターンが釣り合うどころか、破綻しているのだ。そんな分の悪い賭け、誰もしたいとは思わない。

 

「そうねぇ。でも、星の恩恵を受ける程度の能力という割には……ブラックホールって、一応天体だけどそれを恩恵と言うのかしら」

 

 次に発言したのは、綿月依姫の姉にあたり、同じく非常に地位の高い女性。腰ほどもある長さの金髪に金色の瞳、その頭に乗せた白い帽子が特徴的な、綿月豊姫(わたつきのとよひめ)だった。その疑問は確かに尤もで、ブラックホールというものを星の恩恵というのは無理があるように感じられる。

 

「星の衝突と超新星爆発、二つの現象が起こることによって発生する太陽の10倍から、10の10乗倍程度の、極めて高密度かつ大質量の、無限にも等しい重力がブラックホールというものです。星が生み出した、という視点から見るのであれば、これを恩恵ということも可能でしょう」

 

 しかし、その疑問に対して八意××は分かり易くそう答えた。そういった視点から見るのであれば、確かに星の恩恵ということに無理はない、とその場の誰もが納得した。同時に、そんな馬鹿なことがあって堪るか、と何名かが頭を抱える。

 

「つまり、彼を殺すのであれば、私たちはブラックホールを破壊出来る程度の力を用意する必要があります」

 

 ――いや、無理だろ。会議室の中に居た全員が、八意××のその言葉に心の中でツッコミを入れる。

 

 そもそも、ブラックホールは滅ぼされる側ではなく、滅ぼす側の存在である。規格外というのも馬鹿らしい、天体の頂点に君臨する存在。星の子供にして、星の集合体でもある重力など、最初から相手にする方が間違っている。

 

「和平を結ぶ。それが妥当ね」

「それしかなさそうねぇ」

 

 綿月姉妹は映像によってその力を確認しているため、八意××のプレゼンテーションが無くとも、端から事を構える気は無かった。

 

 それでは、この会議室に集まっている他の者はどうかといわれると、綿月姉妹に賛同するものが快く首肯し、そうでない者は相手に対して手詰まりを感じているのか、渋々といった様子で首を縦に振る。

 

 この会議室の中に居る者は、全員が人星の戦闘の記録データを見ている。もし見ていなければ、会議室内の3分の1の人物が攻勢を構えただろうが……事前情報により、その選択肢は辛うじて回避される。そしてこの選択は、死にたがりでなければ誰もが正解といえるほどのものだった。

 

「それでは、今回の案件に関しましては、和平を結ぶという方向性でよろしいですか?」

 

 八意××の最終確認は、満場一致で可決となる。

 ――こうして、月への移住者たちはしばらくの安息を手に入れることになるのだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 人星は弄っていた玉兎の部屋を物色することもなく、ただ部屋の中央で片膝を伸ばした状態のまま片膝を立て、立てている膝の上に腕を乗せ、その腕の上に更に顎を乗せて

静かに思考の海へと潜っていた。

 

(我の力、あまりに強力に過ぎる。使用頻度を下げれば問題無いというわけでもなく、星が自発的に我に力を与えることもある。やはり――)

 

 ――この力、制限することが妥当だろう。

 人星は無意識に能力を使う自分の危うさに気づいていた。同時に、星の意思によって発動される過ぎた力にも、警戒の色を示していた。このままでは何時か、取り返しのつかない事態に陥ってしまうと、その不安がどうしても拭えなかったのだ。

 

 人星は決して、自分だけが誰にも届かぬ高みにいることに、固執したりはしない。むしろ、それに対してこれ以上なく危険だという意識を持つほど、用心深い。

 どれだけ最強といえども、誰かが必ず、打倒し得るだけの力を持たなければならない。道を踏み外してしまったとき、取り返しのつかない事態になる前に、それを正せるだけの力が他に無ければならない。

 

 それでは次に、一個人が持っても問題無い力の境界線(ボーダーライン)とは何か。人星はそれを、『単騎で星を滅ぼすほどの力を持ち得ない程度』と考えた。そして、それを忠実に守るとするならば、人星は自身の力を1000分の1未満に抑えなければならない。

 これは即ち、人星は『星の力のほとんどを行使することが許されない』という意味と同義である。そうした条件下の中、行使が許される範囲は『太陽の焔を行使する程度』と、『月の魔力を運用する程度』、『月の防衛能力を使用する程度』、『地球の天変地異を扱う程度』、と彼が思いつくあたりではこの四つだ。

 

 彼は間違っても、星の質量を自分に同化させることは許されない。もちろん、ブラックホールの行使など論外である。しかし、たとえ自制したとしても、気分が昂ることでそれを忘れ、行使してしまうことはあるだろう。

 

 だからこそ、人星はこう考えた。

 

(一定以上の力を行使出来ないように、力を分割、あるいは封印しなければならない。)

 

 ――そして、一定以上の力を手元に置くことは許されない。

 これほどの条件が付くのであれば、もはや人としての強さを極めればいいのではないかと思うかもしれないが、それでは星を護ることは到底かなわない。

 

 しかし、それは『今』の段階の理論である。星がそれぞれ、何者かの手によって防衛されるのであれば、話しは別だ。

 

 考え抜き、何時間もの間思考を活発化させた結果、人星が出した答えとは……。

 

(我の持つ星の力を分割して封印し、それらを星の守護者に相応しい人物に与える。これが、最善であろう。)

 

 即ち、他人に一任することである。しかし生憎、地球にはそれに適した人物が見つかっていない。だが、月には少なくとも、適合者は2人……いや、二種族はいると人星は考えている。

 

(八意××と、玉兎……この二者に我の力を分け与えれば、間違いはないだろう。)

 

 この二者は少なくとも、自身の欲望によって星に明確な不利益を与えないと人星は確信している。そして、月の兎と移住者、二者による協力体制が敷かれるのであれば、月には人星の力を4つは封印して置くことが可能になる。

 

 そして、最も大きな力は……自身の手元に厳重な封印のもと置いておく。

 

 これらを達成することが出来れば、人星の総合的な力は全力時と比べて15%ほどに抑制することが可能だろう。

 

(……力の封印は、また後日にでもするとしよう。)

 

 人星はここまで計画を練ってようやく、思考の海から浮上する。そしてタイミングを合わせるように、此処の家主が帰ってきた。

 

「はぁ……まさか、あれほどの失態を晒してしまうなんて――」

「帰ったか。待ちくたびれたぞ」

 

 えっ、と声が上がる。入り口には、自分の家にも関わらず佇む玉兎が居た。数秒間、彼女はポカーン、と間の抜けた表情で時が止まったかのように動かなくなる。その反応が面白かったのか、人星は苦笑を浮かべながら彼女に近づき、その手を取った。

 

「これ以上待たせるな。いろいろ、積もる話があるのでな」

「え、いやちょっと――」

 

 問答無用。そう言うかのように、人星は彼女の手を引っ張って中央の座布団の上に座らせた。人星はすぐに囲炉裏を挟んだ対面の座布団に座ると、「さて」と前置きをして本題に入る。

 

「貴様ら玉兎は今日より、晴れて我を王として月の国の国民、ないし従者となったわけだ。我は王として、今日より此処を拠点にすることを案内役の玉兎に薦められ、此処に住み込むのだが……それはもう知っているだろう?」

「えっ、いや、その……一体、何の話ですか?」

「ん? ……まぁ、明日にでもわかるだろう。それよりも、今日は貴様に質問があるのだ。内容は玉兎達の話と、我の今後の行動方針についての相談だがな」

 

 彼女は未だに混乱していた。一体、何がどうなって玉兎達が人星の国民、従者ということになったのか。そんなことを誰が決めたのか。今、彼女は混乱の極みに直面していた。

 

「先ずは、我の今後の行動方針についてだ。我は今後、この場所を拠点とし、形だけの役職として統治者を気取り、内政は全て玉兎と移住者に任せるつもりだ。その際、管理者を決めた上で、我の持っている星の力の一部を封印した器を与えようと考えている。防衛部隊作成の前投資とでも考えよ。玉兎にも力を与えると言った手前、まずはその象徴が必要であろう。そしてその器の割り振りについてだが――」

「ちょ、ちょっと待ってください! 何故、私たちにそこまでするんですか!?」

 

 ようやく混乱から脱却した彼女は、話しがあらぬ方向に進んでいることに気づき、思わず大声でその真意を聞いた。最初は目を白黒とさせていたが、今はそういった様子もなく、訳が分からない、と悲鳴を上げるように表情が歪んでいる。

 

「……? おかしなことを聞くものだ。国民や従者が王を支えている以上、王はそれに応えるべきだろう? これはその前投資だと――」

「違います! もしかして、知らないんですか? 私たち玉兎の、存在意義を!」

「存在意義? それは月の王として君臨する我に付き従うことであろう? 国民と、従者として、な」

「っ、違います! 何を勘違いしてしまったのかはわかりませんが、その解釈は間違っています!」

 

 彼女は勢いよく立ち上がって断言した。人星の玉兎の存在意義の捉え方は間違いだと。自分が不利になるにも関わらず、迷うことなく言い切った。手を振って、ジェスチャーしながら。その形相は妙に必死で、鬼気迫るものがあった。紅い瞳には力強い意志が込められており、その様子から心の悲鳴が聞こえてくるようだった。

 ――これだけは譲れない! と。

 

「私たち玉兎は、貴方の……人星様の”奴隷”として生み出されたんです! 間違っても、国民でもなければ、従者でもありませんッ!」

 

 人星が悟っていた事実を、それ故に意図的に解釈を捻じ曲げた事実を、彼女は言い切った。その様子は非常に切実で、誠実で、必死で、真っ直ぐで、愛おしくて……散ってしまう花たちのように可憐なのに、星の生命力よりも力強い。

 ――人星はこの時、自我を持って初めて生物というものに圧された。力に魅せられた。戦う力ではなく、その意志を貫き通す力に。

 

 ――人星は知っている。ブラックホールですら、これほどの力強さは感じさせない。

 ――人星は目にした。太陽を凌駕する、美しき生命と魂の輝きの源泉を。

 ――人星は心から震えた。嗚呼、これほど非力にも関わらず、これほどの力を魅せられるのか、と。

 

 その輝きは、見惚れて数秒経った今でも衰えていない。刹那の輝きではない。決意と意志を貫き通そうとする者の、至高の煌めきがそこにはある。

 

 その輝き、煌めき、人星は自身の網膜に焼き付けた。二度と離れないように、星を凌ぐほどの存在を忘れまいと、何度もリフレインして記憶と魂に刻み込む。

 

 人星はもう一度、彼女の紅い瞳を見つめた。しかし、その強さがぶれることは無かった。まるで、認めるまでその輝きで訴える、とでも言っているようだ。いつまでも見つめていたい、そんな欲望が一瞬だけ沸き起こるが、そんな欲望如きを理由にして彼女の最大の煌めきを見るなど選択として有り得なかった。それは彼女への侮辱に繋がると考えたから。

 

「……偽ることなく、全てをさらけ出して猶、それほどの力強さと輝きに魅せられることになるとは、な。我も、その覚悟に倣って偽ることなく、隠すことなく、話をしよう」

 

 人星は彼女の瞳を見つめて、ゆっくりと、言葉を慎重に選ぶようにしながら口を開こうとして、一度やめる。安易に言葉を選んで飾るよりも、自らの直感と正直な気持ちのもと、話したいと思ったからだ。

 

「我は玉兎の生き様、煌めきと美しさに惚れた。生物の種としての美と究極を感じ取ったのだ。それほどの生物を、たかが月の一存によって奴隷にするなど、我には出来なかった。勿体ないと感じた。故に、我は解釈を変更した。奴隷ではなく、国民であり従者である……同じ仕える者である、と。……我は自分の気持ちに、限りなく愚直なだけなのだ」

 

 人星の言葉、双眸、態度、雰囲気、すべてに偽りは無かった。言葉を濁すようなことはしなかった。自分もまた、全てをさらけ出した上で相手を説得しようとしたのだ。その様子は非常に真摯で、本人の言葉通り、彼女の目にはその姿が非常に愚直に映った。

 

「そして我は今、決めた。玉兎に1つ、八意××に1つ、その二種族に共同で1つ……そして、貴様に1つ……星の力を封印した器を進呈しよう。力の源は月と、太陽と、地球のものでいいだろう」

「っ、話を聞いていましたか!? そのような過ぎた対応は――」

「ならば、こうしよう。我の我儘だ。受け入れよ」

 

 ぽかん、と彼女は呆気にとられたように間の抜けた面を晒す。これほど堂々と返されるとは、思ってもみなかったのだ。そこに損得勘定は無く、あるのはただひたすら横暴な決定権であった。清々しいほど堂々とした職権乱用である。

 

 しかし、その傲慢な振る舞いは決して醜いものではなかった。それはこれ以上なく、眩しい対応だと彼女は思った。目を瞑り、その光を甘んじて受けたいとすら思わせる。

これが人徳のなせる業なのか、それとも王者の風格を持っているからこそのものか。それは彼女が知る由もない。

 

 1つだけ確かなことは、彼女が既に反論の言葉を持ち得ないことだった。

 

「貴様、名前はあるのか?」

「えっ? い、いえ……月からは、玉兎という種族名以外に、名前を与えられませんでした」

 

 そうか、とそれに対して返答すると、人星は自らの能力を両手に圧縮していく。込めた力は、月の幻想的なまでに美しい、そこから由来した幻視の力。圧縮されていく力は、新たな器をもって今、現実に産声を上げようと唸りを上げる。

 

「名を与えよう。貴様は今この時より、鈴仙と名乗れ。そして鈴仙よ、貴様はあまりに美しい。その美、我以外の者が見ることは、非常に不快に感じる。よって、この月の幻視の力を与えよう。――さぁ、受け取れ」

 

 そして、いつの間にか彼の両手に現れる、怪しい黒い光沢を放つ物質。それは拳銃と呼ばれる兵器を模したものであり、中身は純粋な星の力に溢れた、星を宿した器だ。その力はどのような兵器よりも強力であり、見た目からは想像出来ないような超越した力を保持している。

 

 その事実を瞬時に理解した彼女は、恐れ多い、と一歩後ずさる。しかし、人星はその双眸にこう浮かべていた。逃がさないぞ、と。そして彼女はその前に言われた言葉を改めて理解してからというもの、顔が紅潮していることが自分でもよくわかった。

 

「まさか、受け取らないなどとは言わないよな? 我にここまで言わせて引き下がるのは、卑怯というものだろう?」

「うっ」

 

 そう言われては、逃げることすら出来ない。先に釘を刺された形となり、また受け取らない、という選択肢を封じられたように感じた。実際、人星は彼女に拒否権などというものを認めていなかったし、逃がす気も毛頭なかった。

 

「うぅぅ~、わ、わかりましたよぉ~……」

 

 恥ずかしさのあまり半泣きになって、自慢のウサミミをへにょりと情けなく垂れさせながら、彼女は鈴仙という名と、星の力を宿した黒い二丁拳銃を受け取った。

 

「そうだ。それで良い。やはり、鈴仙は玉兎の中でも一際強く輝く、星のようだ。……今日のこと、けして忘れるなよ」

「は、はぃ……」

 

 自分の思いをお互いに暴露した人星と鈴仙は、その後とても疲れたと言わんばかりに、すぐに床へと伏して眠ってしまった。

 

 これは後に、『狂気の月の兎』、『視界を揺さぶる妖怪兎』、『狂気の赤眼』、『狂気の赤い瞳』、『晴嵐の赤眼』、『地上のムーンラビット』、『地上の月兎』、『狂妻賢母』、『弄られ兎』、『五大(苦)労』、などと、様々な二つ名をつけられることとなる、鈴仙――鈴仙・優曇華院・イナバ――と、人星の、けして掠れることのない、大切な思い出のワンシーンなのであった――。

 




 なんだか変な二つ名がある? もちろんわざとです。鈴仙ファンの皆様、もしも不快に思われましたら申し訳ありませんでした。

 果たして、鈴仙の描き方はこれでいいのか。不安が残りつつ、今回は締めとなります。

 独自解釈、設定が多分に含まれたとんでもない回となっていますが、今後も原作キャラの出自に関しては、こうしたこじつけが豊富に盛られていきます。もしも、そうしたことにアレルギー反応を起こされる方は、出来るだけブラウザバックを推奨いたします(もちろん、二次創作者本人は読んでいただきたく思います)。

 次回は10月28日、21:00に更新いたします! それでは、お疲れさまでした!
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