東方創星神録 ~始まりと終わりの物語~〖凍結〗 作:星の屑鉄
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そして今回は記念すべき40話目ということで、本編とは関係性はありますが、実際のストーリーには何ら関係の無い話を投稿します。所謂、サブタイトルの通りの話です。
それでは、本編をどうぞ!
If話 弾幕祭異変
地底世界の旧都。
そこには忌み嫌われた能力を持つ妖怪を受け入れる巨大な地底都市であり、鬼という最強の種族の一角、その者たちの楽園でもある。
そんな旧都の、入り組んだ裏路地を抜けた先に、こぢんまりとした酒場がある。酒場といっても、外から見ればほとんどそこらにある一軒家と変わらない。精々、申し訳程度に飾られた暖簾がそれを表わす程度で、光を放っていないことから、誰かが訪れて店だと気づいても、既に閉店していると勘違いしてしまうだろう。
しかし、実態は違う。単にその酒場に照明器具を置いていないだけで、実際には昼から明け方までの間、ずっと店は開いている。
そして、今は夜。当然、酒場は開いているのだが、やはりと言うべきか照明が何一つない。故に、店内も店前も真っ暗で、とても店を開いている様子には見えない。
そんな酒場の前に、ひとりの幼女とも呼べる女の子が訪れる。彼女は遠慮無用とばかりに引き戸を開け放つ。
「来てやったよー」
「お、何だ。『真煉獄』でも飲みに来たのか?」
「そんなわけあるか!」
――あんな不味い酒、二度と御免だよ。
店の奥に立つ男……おおよそ二十歳程度の美青年は、いつもこうして冗談と共に出迎える。接客業としての基本が何もなっていない彼だが、鬼の彼女からしてみれば親しみやすい方が好みだ。加えて、この旧都に敬語を使う脳のある奴なんて殆ど居ない。精々、地霊殿の者たちや、上下関係がある者たち程度だろう。
「何だ、せっかく天国に行けるほど不味い酒を造ったんだけどな。今度、宴会の席にでもこっそり持ち込んでやるか」
「テロ! それテロだから!」
冗談じゃない、とばかりに彼女は叫ぶ。その様子を見て、彼は「くくっ」と喉を鳴らして、「冗談だ」と付け加える。
「なら、新作の美味い酒を試すか? 大蛇(おろち)という銘だ」
「それを貰うよ。あと、摘みもね」
「わかった。少し待ってろ」
そう言って、彼は店の奥の、おそらく食品倉庫の方に消え入った。彼女はその間に適当なカウンター席に「よいしょ」と座る。
ツン、と鼻の先に刺激の強い甘い匂いが触れる。
それから程なくして、彼が出てきた。その手には『大蛇』と旧字で書かれた札の貼られた瓢箪と、飲み口に杯が被せられ、肉の刺身が盛られた大皿がある。それを右手だけで持っているのだから、本当に器用なものだ、と彼女は思う。
「ほら、新鮮だぞ」
「ん、ありがとう」
受け取るや否や、彼女は血の滴る肉の刺身を一口摘み、その後に杯を机に置いて、瓢箪から酒を注ぎ、それを一気に呷る。
「……へぇ。ちょっと度数は物足りないけど、やっぱり美味しいね」
「自信作だからな」
鬼はちびちびと酒を飲まない。そんな黄昏れた日もあるかもしれないが、大抵は豪快に飲み、豪快に食べる。
しかし、此処に来た時の彼女は少し特別だ。酒は豪快に飲むが、摘みはちびちびと摘まむ。それが、此処での彼女の晩酌の進め方であり、この店のマナーでもある。
「角の調子はどうだ?」
「良好かな。多分、全力の紫と戦っても、今なら勝てると思うよ」
「調子が良すぎる。まぁ、八雲紫相手なら、負けはしないだろうな」
「あんたには……どうだろうね。正直、弾幕ごっこだと勝てる気がしないよ」
「幻想郷の創造主をナめるな」
「いや、舐めたことはあるけどね」
「事実だな」
「懐かしいねぇ」
ぐび、ぐび、と彼女は酒を呷る。彼はその対面にカウンターを挟んで椅子に座って聞き手となっている。
「最近は、随分と平和になったものだね」
「この前はどこぞの烏が物騒だったと聞いたな」
「霊夢も災難だよ。どこぞのご先祖様が昔に木っ端烏に肉を食べさせたんだから」
「意図したわけではないが」
「覚妖怪の弾幕なんてトラウマものさ」
「鍛錬が足りない」
「ご先祖様は頑固だし」
「閻魔から説教されても、そればっかりは直せないな」
「地底で隠居しているし」
「この世界の俺の役割だな」
「こいしちゃんが何だか張り切っているし」
「そーなのかー」
「……自分の子どもの口調の真似を恥ずかしげもなくしているし」
「親愛は深い」
「親バカだし」
「美徳だ」
「女たらしだし」
「アツイ風評被害に直訴も辞さない」
「あんたの負けだね。ほら、今日の注文は慰謝料だよ」
「俺の血税が貪られる」
「姉妹と蝙蝠には気をつけなよ。きっと喜ぶから」
「あれは小食だ。貴様は無駄遣いを抑えろ」
「閻魔が頑張ってる」
そんな他愛の無い話でも、彼女の酒は進む。摘まむペースは相変わらずゆっくりだが、酒を飲む量だけは時間を経るごとに多くなっている。
「それで、いつ四天王に戻ってくれるの?」
「俺が隠居をやめると思うのか?」
「仲間だよ。鬼もあんたも」
「四天王とはこれ一体何ぞや」
「象徴」
「それ、自分で言って虚しくないのか?」
「頭が痛くて涙が出そうだよ」
「それは二日酔いだ」
「二日で収まればいいけどね」
「こんな統領の姿に涙が出そうだ」
「それはただ傷が痛むだけだよ」
「心は微塵も痛まない」
「まずは価値観直せ」
「馬鹿は死んでも直らない」
「ピッタリ過ぎて私の心が痛んだ」
「慰謝料として次の酒でも持ってくるとしよう」
彼は席から立ち上がり、さっさと食品倉庫の方に消え入った。さて、次はどんな酒が来るか、と心待ちにしていると、彼は数十秒のうちに出てきて、彼女の席に1つの瓢箪を置いた。
「自信作だ」
「ちょっと不安になってきたよ」
そう言いながらも、彼女は杯に酒を注ぎ、それをいつも通りに景気よく呷っていく。
「んっ!?」
途端、目を白黒させる。杯の中には既に酒は一滴も残っていないが、逆に言えばそれらは全て口の中に含まれたということでもある。酔いで赤かった顔は徐々に青くなっていき、ついには真っ青になったところで、ようやく彼女はその酒をごくり、と飲み下す。
「……銘柄は?」
絞り出すように、まるで幽鬼が呪怨を呟くように放たれる言葉は、とても見た目幼い少女が出しているとは思えないほどに低い。
「あぁ、それは『地獄』というものだ。煉獄ならば酔いが醒めるが、地獄は醒めない上に、意識が朦朧となる。不味さと飲みにくさの極致を拓いた、間違いなく最悪の酒だ」
「この……人でなし」
「よく言われる」
その遣り取りを最後、彼女は意識を失った。彼はそれを確認すると、懐から一枚の御札を取り出した。
「――種族符『恨み祟る鬼変化』――」
力の行使をした後、彼は彼女を猫掴みして歩き出した。店の外に出て、店を閉め、裏通りを通り、橋を渡らず飛び越えて、そうして地底の出口にたどり着き、今度は壁を並走して地底より出てきた。
「さて、異変を起こすとしよう」
そんな不吉な言葉と共に、彼は手始めとばかりに妖怪の山を支配した。神々が少々煩わしかったが、彼にとっては問題にすら成り得ない。文屋の射命丸にわざと号外を配らせ、外に異変を伝えさせる。
彼の居座る場所、現在は守矢神社だが、そこの住人には衣服を用意させる。それを提示した時は酷く驚かれたが、彼は本気だ。ついでに、これからの予定も守矢神社の者達に伝え、彼は彼女をそこに置いてその場を後にするのだった。
◆
「号外! 号外! だ、大ニュースですよ!」
射命丸文。『文々。新聞』を作り、取材と配達に勤しむ清く正しい鴉天狗。昨日から急な号外を強制的に書かされ徹夜明けでありながら、それを配るという重労働を課せられた彼女は、しかし嬉々としてその新聞を配達する。
そんな鴉天狗は今、最初の配達場所である博麗神社に不法侵入して、寝ていたそこの巫女を叩き起こしたところだった。雇い主からは新聞配達の順番も指示されたため、どうしても避けては通れない鬼門。当然ながら、遠慮無用に爽快な朝を最悪な寝覚めに変えてくれた鴉天狗に、巫女は容赦なくスペルカードを叩き込んで仕置したあと、そこでようやく話を聞いて呆れたように鴉天狗を見る。
「はぁ。朝一番に叩き起こされた理由がそれ? 退治するわよ」
「ちょ、私は悪くないんです! 霊夢さんのご先祖様から頼まれたことなんです!」
「……ご先祖様が?」
先祖の名前を出されたところで、博麗の巫女こと博麗霊夢はようやく射命丸文から新聞を受け取り、その内容に目を通そうとしたところ、見出しを認識した瞬間に「はっ?」と声を上げる。そして内容を読むにつれて、額に青筋が浮かんだり、口元がひくひくと痙攣したりと怒りをあらわにしていく。
「嘘だったら殺すわよ」
「そんな笑えない冗談書いたら私が鬼の皆様に殺されますよ!」
それもそうか、と博麗霊夢は納得したように一度頷いて、支度を始める。
「ちょっと名無しのご先祖様を退治してくるわ。あんたは早くどっかに行きなさい」
「あ、はい」
有無を言わせない迫力に気圧され、射命丸文、幻想郷最速の実力を以て次の配達場所に赴く……もとい、逃げる。
そうして到着した先は、魔法の森だ。今回の届け先も、下手をすればスペルカードが飛んでくる。どうか、起きていますように、と射命丸文は幻想郷の神に祈る……ことをやめて、代わりにどこかに居るのであろう運命の女神に祈りをささげる。
「魔理沙さん! 号外! 号外ですよー! 大ニュースです!」
ノックをした後、すぐに大声を張り上げてそこの住人に呼びかける。しかし、返事はない。留守にしているのか、あるいは寝ているのか、それとも居留守か。
「地底に隠居していたあの方の大ニュース――」
「それを先に言ってほしいぜ!」
呼びかけの途中で、家の主こと霧雨魔理沙が入り口を思いっきり開けて出てきた。寝間着姿ではないところを見ると、どうやら居留守を使っていたようだ。
「で、師匠はどうしてるんだ!?」
「ちょ、魔理沙さん落ち着いてください! これ、これが号外です!」
哀れ射命丸文。霧雨魔理沙に両肩を掴まれガクガクと思いっきり揺らされた挙句、号外を引っ手繰るや否や、邪魔だと言わんばかりに突き飛ばされる。
「……はぁ!?」
見出しの部分を見て、霧雨魔理沙は驚きに声を上げる。更に、その内容を読み進めていくうちに、新聞を持つ手がプルプルと震えだし、最後にはグシャ、と新聞に皺をつける。
「おい、文屋。この情報がもし嘘だったら……」
「ちょ、嘘なんて書きませんよ! 第一、この方の嘘情報書いたらそれだけで私、各方面から闇討ちされますよ!?」
「それもそうか。……とりあえず、名無しの師匠にガツンと当たってくるぜ」
その前に準備準備っと、などと言いながら、霧雨魔理沙は再び家の中に入って行った。
「……次に行きますか」
次の場所では、きっと無下に扱われることもないだろう。そんな淡い期待を胸に、射命丸文、紅い館へと赴き、門番に話しかける。
「どうも、清く正しい射命丸です! 朝から門番のお仕事、ご苦労様です。それとこれは号外、号外です! 創造主様の命令により号外を配りに参りました!」
「え、あの方からですか?」
わざわざ射命丸が紅魔館の門番、紅美鈴に号外を渡したのは、別に不法侵入を気にしたわけではない。ここの元当主、並びに現当主の吸血鬼とその妹に見つかれば、弾幕処刑待ったなしだからだ。流石の射命丸文でも、それは勘弁願いたいところである。
「それでは、私はこれにて! 当主様方に、しっかりと渡しておいてくださいね!」
そうして、射命丸文は門番以外の誰に接触することもなく、紅魔館を後にする。次は湖のあたりを活動拠点としている妖精たちのところに赴く。
「チルノさん。お父様から頼まれた号外を持って参りました!」
「え、お父様から!?」
新聞を手渡しして、しばし溜息を吐く。この妖精の住処であれば、少なくとも無法に襲われることは無いだろう、そんな安心感から出た溜息だ。
「号外は他の妖精の方々とも共有してくださいね。私はまだ配達があるので、それでは!」
射命丸文。安息の地を離れて、今度は冥界の白玉楼に向かう。幻想郷最速は伊達ではなく、ものの数分で目的地に到着する。
「号外! 号外ですよ~! あなたの主の男友達の方から命令されて、号外を届けに参りました!」
朝早くから庭の手入れをしている庭師の前に着地して言いながら、射命丸文は号外の新聞を渡す。
「あ、これはどうも。幽々子様にお渡ししておきますね」
「はい! それでは、私はまだ配達しなければいけないので、これにて!」
忙しいことこの上ない。射命丸文、今度は迷いの竹林の中にある永遠亭に向けて飛ぶ。
「号外、号外ですよ~! 元月の王樣から頼まれて号外を持ってきました!」
そしてたどり着き、とりあえず屋敷の前に居た玉兎、鈴仙・優曇華院・イナバにそれを渡した。突然のことに「えっ、え?」と少しだけ混乱していたが、射命丸文に「とりあえず読んでみてください」と言われるままに黙読すると、次第にその眉と口元が痙攣を始める。
「あ、な、何これ!?」
「おや、知っていますよね? あの方の記憶のこと。つまり、そういうことですよ。出来るだけ過剰戦力を伴ってくださいね。それでは、私はまだ配達があるので、失礼します!」
「ちょ、待ちなさ――」
鈴仙は射命丸文を捕まえようと手を伸ばすが、流石は最速というべきか見事に避けられる。そして数秒後、どこかの悪戯兎が仕掛けた落とし穴に引っかかって奇声を上げるのだが、それは射命丸文のあずかり知るところではない。
「さて、白玉楼経由で閻魔様の方にも伝わるでしょうし……永遠亭経由で人里と竹林のお二人にも伝わりますね。旧地獄の方は既に伝えたと言ってましたから……」
射命丸文は方向転換する。目指すは天界。龍神の間だ。もしくは、龍神と直接コンタクトのとれる者でもいい。
射命丸文は速い。それはもう、あの創造主の恩恵を受け取ってからは、更にその速さに磨きがかかった。それには感謝しているが、しかしその速さをまさか新聞配達に利用されるとは自分でも思っていなかった。速度が過剰なのだ。本人からの頼みでなければ、自主的にこんなバカらしい速度を出そうとは思わない。
「さて、魔理沙さん経由か、それとも白玉楼経由か……。太陽の畑の主人は、どちらにつくんでしょうね」
「……不躾に私の間に入って、いきなり問い掛けですか?」
「あ、いえいえ。本命はこちらの号外です! 龍神様のお父様から直々に依頼されて参りました。だからその指に挟んだ超絶危険なスペルカード仕舞ってくれませんか!?」
「はぁ……。それで、号外を持ってきた、と。何となく察しました。夫婦喧嘩は犬も食わないって伝えておいてください。暇つぶしにはなるでしょうし、号外は貰っておきますね」
そう言って、射命丸文から号外を受け取る、件の彼と瓜二つの姿をした男……龍神。この龍神相手には、創造主である件の彼を除いて、誰であっても選択を間違えれば即死する未来が待ち受けている。先ほどから言葉だけは温和そうに見えるが、その実は根っからの(娯楽に餓えた)暇人であり、龍神の間に入ったものは誰であれ、弾幕ごっこ(という名の処刑)か(半)殺し合いをさせられる。射命丸文、危うく龍神の生贄になるところだった。
その事実を知っているために、彼女は冷や汗を滝の様に流しながら、「そ、それでは失礼します~」と消え入るような声で言って、そこから出て行った。
「あ、あぁ……本当に、死ぬかと思いましたよ……」
何せ、彼女が龍神の間に入った瞬間から、その指にスペルカードを挟んでいたのだから。龍神の機嫌が悪い時であれば、問答無用で弾幕処刑をされただろう。そう考えると、やはり今日は素晴らしく運が良かったと言える。
「さてさて、私は家に帰って仮眠を――」
「その前に天狗、その号外こっちに渡して今どういう状況か説明してもらおうか」
「えっ――」
家の玄関に到着して早々、射命丸文に声を掛ける者が居た。その声音は女性のものだが非常に力強く自身に溢れており、それだけで相手が誰なのかを悟ってしまった。
「いやぁ、うちの統領……まぁ、萃香のことだけど。あの酒場に行ってから、音信不通なわけよこれが。そこであいつが現れて、意味深に『統領を貰っていく』なんて言ったあと、招待状を貰ったわけだけど……。そういう情報は、文屋が詳しいからね」
振り向けば、そこには四天王の一人、星熊勇儀が居た。バキ、バキと関節を鳴らしている様は、とても温和には見えない。むしろ、選択肢を間違えるだけでボコボコにされることが目に見えている。
「萃香が消えた理由、当然話してくれるよな?」
「あ、あはは~……と、当然じゃないですか~! あ、これが今日の号外です!」
「へぇ、どれどれ……」
新聞を受け取ると、勇儀はその内容をさらっと流し読みしていく。もともと、文字を読むなどということは性に合わないため、じっくり読むなどという選択肢は初めから無いのだ。
「っ、え、これって……うわぁ」
それを手早く読んで意味を理解すると、勇儀は何とも言えない表情となった。
「あ~……異変、異変ねぇ。いや、確かに妖怪の山の支配者が変わる大事だけど……そもそも、幻想郷の創造主が何言ってるんだか……」
「で、ですよね~……」
射命丸文も、それには甚だ同意だ。そもそも創造主である彼は、この幻想郷の全てを牛耳っているといっても過言ではなく、事実本人の鶴の一声ですべてが動く。それもその筈で、彼は八雲紫と交友関係を持っており、永遠亭の主とは兄弟の間柄であり、博麗の巫女とは先祖と子孫の関係。鬼共とは盟友であり、白狼天狗の始祖であるハクロウとは親友だ。加えて、守矢の二柱の神と交友関係がある。更には、幻想郷の最高神と謳われる龍神とは親子の関係でもある。
今の幻想郷内部において、彼の存在はもはや絶対であり不変。敵対すれば幻想郷の全てが敵に回る。それほどにコネクションが広く、また同時にそれだけのことをやってのける力を併せ持つのだから、萃香ではないがインチキも大概にしろと言いたくなる。そして、だからこそ彼は基本的に異変に中立的であり、また物理的な介入は一切しない。何故なら、介入しただけで結果が決まるから。全てを自陣に引き込んでしまうから。
だからこそ、こうして彼が自ら異変を起こすのは、あまりに驚きのことであり、しかしそれを異変と呼んでいいかは疑問となるところだ。それが幻想郷の住民に実害が無いレベルであれば猶更だ。妖怪の山の住人にとっては、むしろ彼が長となることで権威が高まるというメリットの方が美味しいため、結局のところ損する者は居ないに等しい。
「今回の異変の概要は、主に四つです。1つ、幻想郷の創造主が妖怪の山を統治する。1つ、何処の誰からでも(一度の人数は関係なく)喧嘩(弾幕ごっこ)を買う。その喧嘩にて、勝った者の言うことを何でも1つ聞く。1つ、伊吹萃香さんの誘拐。1つ、もしも誰もあの方を打倒することができなかった場合、あの方は結婚する。その際にあの方はあるべき姿に戻る……と。誰も喧嘩を売らなければ、実質事は妖怪の山の中だけで済んでしまうのが、またあの方らしいと言えばらしいのですが……」
妖怪の山の者たち(でさえ実害が無い上に話がとんとん拍子に進んだのだが、それ)以外、自由参加型の異変。何だそれはふざけるな、と言いたくなる。異変である以上、謎の紅い霧が幻想郷を覆ったり、5月になっても春が来なかったり、夜が明けなかった一夜があったり、見頃の過ぎた花が枯れなかったり……他にも、様々なレベルで身近に影響があったのだが、今回彼が起こした異変はそれらのどの規模よりも小さい。言ってしまえば、身内の中だけでの異変騒ぎだ。
人里にも、外に住まう弱小妖怪たちにも、何の影響も及ぼさない。ただ、知り合いがちょっと慌しくなるだけで、そもそも人々に言われなければそれを異変とすら関知しないほどのものだ。これが異変ならば、幻想郷では一週間に一回ほどは必ず異変が起こっていることになる。
もちろん、これは外側に知らせなければの話であり、幻想郷の創造主が結婚するという話が周知の事実になれば、幻想郷内部は人里、弱小妖怪を問わずお祭り騒ぎを始めることは目に見えている。その証拠に、既に妖怪の山の住人は日中にも関わらず酒盛りをして騒いでいる。その中、ただ一人射命丸文だけが仕事に駆り出されたのだから、本当に哀れとしか言いようがない。
「周知の事実になってしまえば、きっと過去にないほど苛烈な異変になりますよね……」
「……まぁ、山が消し飛ばないことを祈っておくよ」
「それ洒落になりませんから!? あの方がちょっと力出しただけで禿山になっちゃいますよ!」
「あははは! 違いないね。ま、いざとなったら龍神様に止めてもらうよ。父親の暴走止めるのは子どもの役目ってね」
「それ言ったら、霊夢さんがまず止めに来ることになりますよ?」
「それも面白い! さて、私は萃香をちょっとからかってくるよ。それじゃ、邪魔して悪かったね」
「いえいえ! 邪魔だなんてそんなことありませんよ!」
「そうかい。じゃ、またね」
そう言って、勇儀は本当に萃香をからかいに行くのか、件の彼が居る場所へと向かっていった。
射命丸文、その様子を見て「はぁ」と溜息を吐く。
「……私は仮眠を取りましょう」
ようやく眠ることが出来る。そんなことを思いながら、彼女は家の中に入り、寝床に丸まってしまう。布団を被り、「あ、その前に」と気づいたように声を上げて近くにある機械を手元に引き寄せる。
「目覚まし時計は夕方の四時にセットして……っと」
――その頃になれば、きっと騒ぎになっているでしょうね。
そんなことを考えながら、彼女はようやく安眠につくことになる。
その僅か3時間後、妖怪の山がかつてない大地震に見舞われることになり、射命丸文はそれによって叩き起こされることになる。
かつてない大スクープの気配。文屋として名が通っている天狗が、この日一様に件の彼の居る場所へ集結したそうだが、無事に記事を書き上げた者は数少ない。その中に射命丸文、彼女の名前が挙がることになるのだが、それだけで彼女の実力がどれほど優れているのかがわかる。
その異変の名前は、そう。
――“弾幕祭異変”――
歴史に残る文屋の新聞には、そう記載されていたそうだ。
◆
「――鬼神『砕月』――」
たった1つ。その御札一枚と右腕の一撃だけで、蓬莱山輝夜の持つ最高難度のスペルカード、「永夜返し」がその効力を失う。彼の右腕が、夜を打ち砕いた。
慢心して良い相手ではけしてないため、彼女も初手から全力のスペルカードを使用したのだが、結果はこの有様。もはや、彼女に彼を打倒する術は残されていない。
「――選定『超新星爆発』――」
そして反撃とばかりに、彼のスペルカードが発動する。最初に出現するのは流星群を模した小玉が無作為に落ちてきて、その後方からはゆっくり、ゆっくりと妖怪の山と同じかそれ以上の大きさを持った星そのものが近づいてくる。
各々、その小玉を避けながらも、後方に控える特大の星の攻撃範囲から逃れるように、各自が動く。未だ、小玉に被弾した者は居ない。これならば耐えられるか、そう思った矢先、星が白く輝き始める。
「っ!? 全員、あの星に注意しなさい!」
師匠、八意永琳からの指示に、誰もがそちらに注意を向けて気構えをする。その直後、星が大爆発を起こし、それが弾幕となって全方位にはじけ飛ぶ。密度、速度、共に驚異的なまでに凄まじいもので、また大きさがバラバラなところが厄介だ。スペルカードの名の通り、超新星爆発を模したものだということがわかる。
「被弾ゼロ……か」
彼が呟く。その表情はどこか嬉しそうで、事実頬が緩んでいる。
「しかし、次の客もそろそろ到着しそうだな。すぐに終わらせよう」
――成立「鶏が先か卵が先か」――
それが発動した刹那、気づけば目の前に弾幕が現れていた。
「因果逆転。スペルカード(鶏)が先ではない。弾幕(卵)が先なのだ」
実のところ、彼が発動したスペルカードは発動条件が非常に厳しい。また、発動されても弾幕を避けること自体は出来る。
事実、全員が目の前に現れた弾幕を辛うじて避けた。
「――遊戯『後ろの正面は誰?』――」
そのスペルカードだけでは、避けることが容易い。しかし、そこに新たにスペルカードが加わると、その実力も相まって対処が出来ないほど凶悪なものになる。
避けた直後に現れる、彼。それによって、因幡てゐが落とされた。
「――童歌『とおりゃんせ』――」
スペルカードの連続使用。因幡てゐの方に注意がいっていたせいか、気づけば周りが結界に囲まれていた。辛うじて、八意永琳と藤原妹紅、そして鈴仙・優曇華院・イナバはその予備動作……僅かな発光に気づいて避けることに成功したが、あとの二人、上白沢 慧音と蓬莱山輝夜は結界に包まれてしまう。
その結界は、まるで神が通るための細道の如くか細く、狭い。
そして、かつ、かつと聞こえてくる死神の足音。手持ちのスペルカードを何個も発動するが、そんなものは『神聖結界』の前では無意味に終わる。
「ちっととおしてくだしゃんせ」
刹那、何かが過ぎ去ったかと思えば、結界に囚われた二人は落ちていた。その後、すぐに激痛が走り、最後は大地に墜落する。
「――遊戯『鬼ごっこ』――」
そんな二人に目もくれず、彼は続けざまにスペルカードを発動。それと同時に立方体の形をした結界が限定した範囲で、かつ残った三人全員を包んで展開される。広さはおおよそ、一辺50メートルといったところか。
「――っ!」
詰みに掛かってきた、とその場の誰もが理解して息を呑む。この中に、『神聖結界』を破れる者は居ない。勝利条件は、目の前の彼を打倒することのみ――!
「――『幻朧月睨(ルナティックレッドアイズ)』――!」
「――『天網蜘網捕蝶の法』――!」
「――『インペリシャブルシューティング』――!」
三者がスペルカードを同時発動する。最初のスペルカードによって近距離、遠距離に濃密な弾幕を展開して、二番目のスペルカードによって動きを極端に制限して包囲し、三番目のスペルカードによって近距離以外の全距離に濃密かつ大きくまた早い広がりを見せる弾幕を敷くことにより、三者はこの閉鎖空間を逆に利用して彼の被弾を狙う。
これらが発動すれば最後、このような閉鎖空間であれば例え八雲紫であっても、博麗の巫女であろうと、そして件の彼であろうと、避け切ることは不可能だ。それほどに、三人同時の高難度スペルカード発動というのは恐ろしい。
「はい、たっち」
とん、と肩を叩かれる八意永琳と藤原妹紅。それを認識した時には、既に空が見えていた。スペルカード発動という刹那の隙を狙われて、彼に触れられた。鬼ごっこというだけあって、彼が発動したスペルカードは他者に触れることによって、触れた相手を強制的に戦闘不能にするものだ。
これでもう終わりか……と、二人はそう思いながら、残った鈴仙を見る。彼女は、彼に唯一勝てる可能性を秘めている。本気の殺し合いであれ、弾幕ごっこであれ、ごくわずかでも勝率がある。先ほど二人が触れられた時も、鈴仙は瞬時に察知して、迷うことなくその場から離脱していた。その戦闘センスは流石の一言に尽きる。
当然、彼は鈴仙には手を(腕が二本しかないという理由から)出していないため、そのスペルカードはしっかりと発動した。出現する中玉、銃弾を模した隙間なく迫り、消え、また現れる弾幕。本来ならばその弾幕に翻弄され、手をこまねくのが常だが、しかし彼は臆することなく前へ、ただ前へと進んでいく。立体的な軌道を描いて、隙間の無い弾幕は拳を振り抜き風圧で弾き飛ばしてから道を作る。傍若無人な行い。まさに鬼の如き猛攻。
鈴仙は何度も、何度も波長の渦を発生させて、更にはそこに幻術を織り交ぜながら逃げる。お互い、一向に被弾する様子はなく、ただただ時間が過ぎていく。
「……時間切れか」
そうして待っていたのは、スペルカードの効果の時間切れだ。まさか、触れることすら出来ないとは思わなかった彼は、本来使う予定ではなかったスペルカードを取り出す。
「喜べ、鈴仙。貴様は俺の予想を超えた。よって、これをラストスペルとする」
彼のラストスペル宣言に、鈴仙は気を引き締める。次には一体、どのようなスペルカードが来るのか。前情報など無い。何故なら、彼の保持しているスペルカードが優に100を超えるからだ。つまり、未だ誰に対しても使っていないスペルカードが大量にある。
一体、何に因んだスペルカードか。鈴仙は冷静に、彼を見つめる。
「――人星ノ終『泡沫に謳う桃源郷』――」
「っ!」
それは鈴仙にも、過去に一度見たことがある光景だ。遠い昔、月の都の外れにある桃の木。その花吹雪が舞ったときの、思い出の光景。
淡く懐かしき色の弾幕は花びらを模り、中心にはウサミミを生やした女性と男が接吻をしている。その背景には桃の木がある。それらすべてが弾幕となって表現された、藝術。花吹雪は舞い散り、それは確実に鈴仙に迫りくる。
「人星はもう居ない。しかし、俺は此処に居る。現実は此処にある。夢見心地も良いだろう。しかし、現実に勝る美しさなど、存在する筈もない」
それは一体、どういう意味なのか。鈴仙にはそれが分かり、どうしようもなくその言葉が心に突き刺さる。しかし、突き刺さったのは刃にあらず、その心は温まっていく。
「故に、今はただ、眠れ。俺の愛する月の兎よ」
「……うん」
本当に、本当に小さな呟き。鈴仙はその目に、その弾幕を焼き付けた。たった二人の思い出の弾幕を。それから、そっと目を閉じて、瞼の裏にその弾幕を映写する。
「本当に、悪戯好きで、我儘なんだから」
「それが俺だ。諦めろ」
そんな会話を最後に、鈴仙の意識は途絶える。
その後、魔法使い組、吸血鬼組、旧地獄組、妖精組、巫女&白玉楼組と過剰戦力が投入されたが、全員が返り討ちに遭い、ボロボロになったという。結局、その異変は彼のひとり勝ちとなる。
後日、宴会が開かれた際に伊吹萃香が顔を真っ赤にして花嫁衣裳を着ていたようだが、その顔はなんでも怒りによって染まった顔なのだとか……。彼女は親しい友人たちに多方面から弄られ、久々に精神的な困憊を見せることになる。
さて、それでは件の異変の首謀者は何をしているかと言えば……別段、何もしていなかった。宴会の会場から少し離れて、彼は月見酒と洒落込んでいる。
ざっ、ざっ、と土を踏み鳴らす音が彼に近づく。
彼はゆっくりと振り向き、その姿を確認すると……昔ありし、本当の笑みを浮かべた。
――ただいま――
これは、正史とは別の世界の物語。
しかし、彼には分かっている。終着点は変わらないと。
彼は一枚のスペルカードを懐に仕舞う。きっと、正史では使うことになるだろう、と思いながら、隣来たその者に酒を振る舞う。
それから数年後、弾幕祭異変と称された異変の解決者が現れる。それによって妖怪の山の統治体制はもとに戻り、また彼も解決者の頼みを聞き届け、ある場所に移り住むことになる。それを機に、人里にもかなりの頻度で姿を現すようになるらしいが、それはまだ先の話。そして、これは別の物語。
しかし、これだけは断言できるのだ。
終着点は絶対に、変わらない。
彼は良くも悪くも、一途で初心であるということだ。
――嗚呼、今宵も月が美しい――
誰かがそう、呟いたそうだ。
今回は(萃香をからかうことに)本気の彼でした。意地が悪いですね。そんな話を書いた私は根性がひん曲がっております。
さてさて、それでは早速第六章についての話ですが……先に謝ります。ごめんなさい。まだ6000文字しか書き上げておらず、まともに投稿できる代物ではありません。この話に時間を割き過ぎました。
また、リアルの都合で単位認定試験やら何やらあるので……申し訳ありませんが、一ヶ月ほどのクールタイムを置かせていただきたく思います。即ち、更新は2月3日あたりにさせてください。流石に、せっかく取った授業の単位を落とすわけにはいかないので。そんなことになったら無遅刻無欠席を貫いた意味が無いです(´;ω;`)。
ちなみに、私は別に射命丸文について悪い感情などは抱いておりません。ただ、ギャグ要員ではあるなぁ、という印象なので、今回は積極的に活動させた次第です。けして、嫌っているから損な役回りを押し付けたわけではありません!
それではそんな言い訳をしたところで、今日はこれにて。
次回の投稿は2月3日(予定)です。また、日にちが変更となった場合は活動報告にてご報告させていただきます。
それでは皆様の今年一年が幸運でありますように、お祈り申し上げます。