時は夜、辺りは一面闇に覆われたごくありふれた一夜。しかしそれは世界にとってだけである。平和な夜を過ごす人々もいれば、今まさに死地で戦っている者もいる。
そんな暗闇の空を彷徨う者達がいた。
それは唯人には見る事ができない霊体。
それは知性を持つ何か。
それは魔の力を持つ生命。
人は彼女らをこう呼ぶ。精霊と……
ーーーー当代の奏者が死んでもう五十年……か
夜空を舞う彼女は思う。先の奏でる者がこの世を去ってからずっと次代の奏でる者を探しているがこれと思える人間には出会えていない。前回の奏者を見つけてから、そろそろ百年の時が流れる。
ーーーーまぁ、別にイイけどね〜
悠久の時を生きてきた彼女にとって時の流れなど瑣末な事。いつかは巡り会う。それだけが分かっていればいい。
ーーーーん?
宙を舞いながら自分の進行方向を見る。なにやら巨大な塔がある。まだまだ製作途中な為か、とても建物とは呼べない不恰好なモノだ。それでもその建築にかけられた人数は彼女の興味を惹かれるモノだった。
ーーーー人間とは意味のないことをするのが本当に好きね
あんな塔、何の役にも立たないだろうに。それもあれほどの人数をかけて……まったく理解不能だ。
ーーーーん?
目が惹かれた。特に理由はない。強いて言うなら、何となくだ。それでも何故か視線が吸い寄せられた。
ーーーーコレは……
まだ暗がりなので視線の先には何も見えない。それでも音は聞こえてくる。
ーーーー歌?………いえ、それだけじゃない。コレは……エチュード
エチュード、簡単に言えば即興劇。演者が練習などで行う演劇。しかし聞こえてくるオペレッタはフィオーレ王国で古くから伝わる人気のある演目だ。
聞こえてくる声は幼い。おそらく演者は少年。二桁に届くかどうかというところだろう。それにもかかわらず……
ーーーーなんて力のある声と歌!!
言葉には力が宿る。一般例としては言霊と呼ばれる物が挙げられる。少年の声にもちろん霊など篭っていない。そこに込められているのは
ーーーーこんな力の持ち主はこの七百年間で一度も出会えなかった!しかも複数?一体誰が!?
声に向かって真っしぐらに飛ぶ。悠長にしていたとはいえ、逸材に巡り会えたのなら気がはやるのは必然だ。自分達の主となれる人間は文字通り百年に一人の天才なのだから。
ようやく視認できる位置へと近づいた。予想通りやはり少年だ。歳の頃は10を超えた程度だろう。みずぼらしい格好に傷だらけ泥だらけの姿。恐らくはこの塔で無理やり働かされている奴隷。そして少年の前には同年代の子供達がいる。少年と同じくナリはボロボロだ。
複数子供がいる事に彼女は驚きはしなかった。当然だ。演劇は客の前で行って初めて意味を得る。
年齢と人数、二つの事は予想通りだったにもかかわらず、それでも彼女は驚かされた。このオペレッタには男女多くの演者がいる。聞こえてくる声音も異なっていた。
それなのに、演者は少年一人だったのだ!
「ああ、オシリスよ。貴方に感謝します。イジスよ、貴方に感謝します。愛する方と死を共にできる事を。おお、死よ!汝は甘美なるかな……」
最後のセリフを終え、パタリとその場に倒れ込む。これでオペレッタは終了だ。
『ブラボー!!』
子供達の拍手の音で彼女も我に帰る。永き時を生きる彼女は多くの演劇を宿主と見てきた。それなのに彼の演技に魅入ってしまったのだ。それほど彼の演技力と魅力は古今の名手に劣らぬモノだったのだ。しかもあの齢で。
「ご清聴、ありがとうございました」
立ち上がり、ペコリと頭を下げる。その所作は幼いながらも品に溢れている。もしかしたら彼は名家の出身なのかもしれない。子供達の拍手に包まれながら彼は笑いかけ、今日はもう休むように告げる。
ぐずりながらも子供達は石の上にボロ布を引き、横になる。一人だけ起きているオスカーの少年が優しくまた歌を唄う。夢誘う旋律に労働で疲れ切った子供達はあっという間に夢の世界へと誘われた。
全員が眠った事を確認すると少年は一人、外に出た。彼はまだ眠るつもりはないらしい。
一人になると少年は再び旋律を紡ぎ始める。先ほどは未来の希望に満ちたオペラ。そして今度は旅人の歌。小さな檻に閉じ込められていた王子様が仲間と共に世界へと飛び出す英雄歌。
ーーーーこの歌こそが……この少年の本心
子供達の前でこの歌を奏でなかった理由がわかった。こんな曲を聴かせてしまっては外に希望を持ってしまう。建造物の巨大さから言って、下手をすれば一生奴隷のままかもしれない事に聡明な少年は気づいていたのだ。ならば余計な希望を持たせてしまっては残酷な結末になりかねない。高い所から落とされる方が痛みは大きく、絶望もまた大きい。
ーーーー…………………………それでも彼はこんなにも外に焦がれている。一人になってくれたのはこちらに取っても好都合。彼ならば私の事はわかるはず。
フワリと宙を舞い、彼の前に上空からゆっくりと姿を見せる。常人には見る事ができない彼女の姿だが、歌唄いの少年の琥珀色をした瞳にはしっかりと彼女の姿が写っていた。
「………………貴方は誰?妖精?」
『少年よ、私は君が欲しい』
呆気に取られた少年を前に、紅髪の美女はまず己の想いを打ち明ける。それがなによりも必要な事だと思ったから。
『君の心のままに我らを奏でて欲しい。君の美しい魂のままに、その力を振るって欲しい』
その言葉に首をかしげる。彼の心は多くの何故で埋め尽くされていた。現状の理解が追いついていないのだろう。
ーーーーそれでいい。理解などいらない。私の偽らざる本音を彼に告げよう。貴方が欲しい。理解してもらう事はそれだけでいい。
『少年、君には魔導の才能がある。君はいずれこの大陸に名を轟かせる魔導士となれるだろう。多くの人が君の力に憧れ、多くの人が君の歌に聞き惚れ、多くの人が君を讃える。そんな本物の英雄に』
「俺が………英雄?」
『ああ、本物の英雄とは一人だけの物してはいけない。君はいずら人々を照らす太陽となる。その恩恵は世界に平等に与えられなくてはならない。だが……』
紅髪の姫が少年の手を取る。跪き、懇願する。
『我らは貴方が欲しい。その美しい魂を我らだけのものに……』
「俺の魂?」
『そうだ。浅ましい願いとわかっている。身勝手な事も承知している。私たちと契約する事はきっと君の人生を大きく変える』
彼女らの宿主は例外なく闘いの岐に身を置き続けた。奏でる者には使命がある。一つは己以外の精霊王を従えるため、彼女らと戦う事。そしてもう一つが世界に調和をもたらす事。この二つが成し遂げられない限り、精霊王は現世から消える事はない。
『君の人生は戦いの中に置かれる事となる。いずれ世界を愛するがゆえに世界に絶望した黒き魔導士と君は戦うだろう。それでも………私は君に我らを奏でて欲しい。だから……』
手を離し、何もないところから燃え盛る真っ赤な剣を作り出し、両手で持って少年に捧げる。まるで王に仕える騎士のように。
『代わりに百万の観客より強く貴方を讃えよう。百万の剣より強き刃となり貴方を支えよう。百万の敵を屠る力となって貴方を守ろう。君の代わりに我らが世界に恵みを与えよう。我らの全てで貴方に尽くす。貴方が心を込めて歌ってくれる限り、ずっと……』
跪き、剣を捧げる姿は変わらない。顔だけを上げて真っ直ぐ少年を見つめる。
『我らを………奏でては貰えないだろうか?』
「………………うん。いいよ、妖精さん。俺が君を弾いてあげる」
紅髪の美女の剣を受け取る。二人の周囲に炎が舞い上がり、祝福するように光が包んだ。
『私の名はイフリート。我は炎の精霊王。我が奏者に生涯の忠義を尽くす事をここに誓おう』
「俺の名はカイルディア・ハーデス。友達はカイルと呼んでいる。君は俺の敵を屠る力となると共に俺の大切な人を守る力になって欲しい」
『聞き届けよう、我が奏者』
「それともう一つ。俺の友になれ。背中を預けあえる戦友となれ」
『仰せのままに、我が奏者。我が炎と精霊王の誇りにかけて約束しよう。精霊に二言はない』
その時から少年の人生は大きく変わった。炎の精霊王と契約を果たした後、彼女の言う通り、少年は戦士として歩み始める事となった。
奴隷達を解放するために緋色の少女と共に立ち上がり、自由を手にした代償に世界で最も愛した蒼い髪の弟を失った。
戦うきっかけをくれた老人の言葉に従って緋色の少女と旅をし、彼女の傷ついた片目を治すため、老婆と共に力を尽くし、彼女に光を取り戻すと、少年は散らばった精霊王を集める旅に出た。
その旅の中で剣に人生をかけた剣士に弟子入りし、ありとあらゆる武具の使い方を習得し、その総帥を名乗る事を許され、そして少年もまた弟子を取り、彼はまた一つ成長する。
そうして8年の時が流れ、少年は青年となる。その力はかつて精霊王が予想した通り……いや、それ以上の速さで成長した。食事、嘲り、挫折、敗北、勝利、栄光、異性、それら全てを喰らい、強くなり、そして多くの精霊王が彼に従い、彼の名は大陸中に轟いた。
時代の最強剣士の称号、絶剣
聖十大魔導士序列7位、黒の騎士王
そしてもう一つ……
精霊王。それは唯人には見る事ができない霊体。
それは知性を持つ何か。
それは魔の力を持つ生命。呼び方は様々だ。
しかしその正体はたった一つ。魔導の始まりの時代。失われた魔法が存在していた世界。その中でも才ある魔導士の魂は死してなおその莫大な魔力と未練はこの世から消える事なく世界を彷徨っていた。そんな彼女らの事を人は精霊と呼ぶ。そしてその中でも王の名を冠する存在、精霊王。彼女らは何人にも支配されず、また、何人にも縛られない。しかし百年に一人、彼女達を支配する魔導士が現れる。彼女らに魅入られ、そして自在に奏でる才ある魔導士を人はこう呼ぶ
………………ローレライと
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……しゃ………そ…しゃ
【奏者!!】
ボーッと外を眺めていた男が我に返る。というか彼のみの頬を撫でる風によって目が覚めさせられた。
【どうした奏者。上の空とは其方にしては珍しいな】
「ああ、悪い。少し夢を見ていた。もう着いたのか?シルフ」
小舟に乗り、海の上で波に揺られながら座っていた男はその場で大きく伸びをする。体格は長身痩躯。キモノと呼ばれる東方の黒衣に焦げ茶色のローブを纏った白銀の髪の美青年。寝そべる彼の隣にはには身の丈ほどの大剣が置かれている。
【うむ、そろそろ目的の街に着く。降りる用意をせよ、奏者】
風の精霊王、シルフに従って身体を起こし、身なりを軽く整え、剣を背中にかける。整った顔に締まりが戻り、厳粛な雰囲気が青年を包んだ。
「予感がするな」
街の中を流れる川に船を進め、穏やかな風に白銀の髪を靡かせながら、青年は呟いた。
【何の予感だ?奏者】
「事件の予感」
青年に向けられる町娘達の黄色い声に微笑を返しながら不穏な言葉をつぶやく。周りに聞こえない程度の大きさで呟かれた声を聞いたシルフは声の中にある期待の色を的確に読み取る。
【で?奏者はどうするのだ?】
「飛び込むさ、お前達にも付き合ってもらうぞ」
【御意のままに。我が奏者】
784年、世界が激動する時代、7代目ローレライ、カイルディア・ハーデスは世界を見据え、その予感に胸を踊らせる。
世界に調和をもたらすために………
後書きです。私の処女作であるローレライの支配者、リメイク版。いかがだったでしょうか?連載を続けるかどうかはまだ少し迷っております。今回の反響次第で決めようと思いますので感想、評価よろしくお願いします。