ローレライの支配者   作:フクブチョー

12 / 17
第十一公演 器

 

 

 

 

 

 

 

 

闇の中から現れたその姿は2年前と変わらない。闇の中でもなお輝く白銀の髪。アメジストを思わせる深い輝きを宿した紫紺の瞳。紫がかった黒の東洋の衣服。身の丈ほどの長さの武器。形状は槍に似ている。その武器は槍でもあり、楽器でもある。名を龍吼魔笛。音楽が重要な要素を持つ精霊王に相応しい武器だ。

 

「ようやく来たな、シャイガール」

 

不敵な笑みを浮かべながら言い放つ。その声音には皮肉がたっぷりと込められていた。

奏でる者の挑発に対してバハムートも笑みで答える。待ち望んだプレゼントを開ける前の子供の様な表情だ。

 

「見せてもらった。多少は力をつけた様だな、少年。随分と待たされたものだが」

「そうか?結構急いで来たつもりなんだがな」

「待ったさ…700年以上待った。妾を使役できる可能性を僅かでも持ったローレライを」

「なるほどそういう意味ね」

 

歴代最強と呼ばれた初代でさえバハムートの使役は叶わなかった。尤も、それは強さが足りなかったからではなく、器が足りなかったからだった。

 

「だが正直たった二年で呼び出す事ができるとは思わなかったがな。貴様の成長速度には感心するばかりだ」

「俺だって努力するさ。天才だという自覚はあるが、それでとどまるつもりはない」

 

己の才覚だけでは限界がある。天が与えた才を超えなければ、この怪物にはかなわない。

 

「…………さて、お喋りはこの辺でよいじゃろ。そろそろ始めるぞ」

「ああ、だがちょっと待て。この辺まだ生き物の避難がすんでねえ。後!」

 

カイルの言葉はそこで遮られた。バハムートが右腕を刃に変えて襲いかかってきたからだ。すんでのところでエクスカリバーで受け止める。

 

「始末してからにしろ、それぐらい言わせろよ」

「もう700年以上待った……もう待てん」

 

蹴りを放ち距離を取る。【千の戦乙女の忠誠】で青みがかった銀の刀身をもつ聖剣、龍殺しの聖剣(アスカロン)と光沢のある漆黒の刃、絶世の名剣(デュランダル)を創造する。

 

「ほう、エクスカリバーではないのか」

「同じ轍を踏む気はねえさ。お前に光系魔法が効かない事は知ってる」

 

バハムートはありとあらゆる滅竜魔法を扱うことができる。今の右腕を刃に変えた力は鉄竜のものだ。

 

「それで妾の天敵であるアスカロンと段違いの斬れ味を持つデュランダルか。それ程の武具を創造できるようになっているとは…まぁそれくらいでなければノクターンは御せんか」

 

鉄のぶつかり合う硬質な金属音が鳴り響く。鍔迫り合いの力比べは互角。二人の間に距離が開いた。

 

ーーーーまずは真っ向勝負だ!!

 

剣を十字に構え、突進する。元々カイルディアは双剣使い。邪剣に属するゆえ、剣技を修めた時に矯正されたが、やはりこの方がしっくりくる。

 

バハムートが槍から放った炎のブレスをアスカロンで斬り裂き、デュランダルで斬りかかった。が鉄竜の力で防がれる。

 

「いくらアスカロンとはいえわがブレスをこうもたやすく斬りさくとは!!」

「今の俺に滅竜魔法は通じないぜ!!」

「そうかな?」

 

地面に手を着いたと思ったら一気に凍りついていく。飛び下がってかわすと空中にいる俺に向かって滅竜奥義を放った。

 

「紅蓮爆炎刃!!!」

 

斬撃を纏った炎がカイルディアを襲う。

 

ーーーー知ってるよ、その技は!

 

バハムートは驚愕する。迫り来る燃える槍の斬撃をカイルは一部の無駄もなく見事にいなしてみせた。

 

ーーーー!!

 

気が付いた時、カイルはすでにバハムートの手首を握っていた。デュランダルは解除しており、片手にはアスカロンが握られている。

 

「なるほど、この技を受けたこと、初めてではないな?」

 

まさか滅竜魔導士が彼の戦歴の中にいるとは思わなかったがそうでもなければ説明しようのない対処だった。なるほど、2年前とは違う。それ程の激戦をくぐり抜けてここまで来たのだ。

 

「「掴まえた」」

 

二人が思った事は同じだった。カイルが剣を振り下ろすその刹那、バハムートの腕から竜巻が巻き起こった。その猛威は直接カイルに襲いかかり、空高く吹き飛ばした。手を離さなければ腕がちぎれていただろう。それ程の豪風だった。

 

ーーーーくそッ!?他の竜の力か!

 

空中で一回転し、態勢を立て直す。目の端に銀が翳ったのが見えた。

 

バハムートの手に硬質な手応えが残る。殺気を感じた場所に翳したカイルの剣が彼女の槍を何とか阻んだのだ。

 

「防いだか!!」

 

重力に従い、二人とも落下しながら至近距離で剣と槍を撃ち合った。火花が散る。

 

地面に落ちる。土煙が晴れた時、二人とも動きはなかった。剣と槍が重なり、二人とも地に踏ん張り、競り合う。力比べだ。

 

「やるな!」

「驚くのはこれからだぜ!」

 

上背に勝るカイルが圧殺しようとしたその時、槍が爆発する。いや、正確な表現ではないのだろうが、カイルにはそうとしか見えなかった。再び身体が吹き飛ぶ。

 

ーーーーチッ、わかってたが厄介だな!

 

まるで様々な滅竜魔導士をいっぺんに相手にしているようだ。以前、ゴッドセレナとやり合った時を思い出す。複数の滅竜魔導士のラクリマを宿した彼との戦いは熾烈を極めた。

 

ーーーー確実にヤツより滅竜魔法の使い方は上!しかも此方は今精霊王の力を使えない!分はあの時より遥かに悪い!

 

こうして本物の竜と戦っているから分かるが、ゴッドセレナの滅竜魔法はおママゴトだ。複数の竜の力を宿しているから厄介だが一つ一つの魔法の精度はそれ程高くない。その上、魔力とラクリマに頼りすぎているため、反応速度や伎倆といった本人の基礎戦闘能力が欠けていた。

 

しかし悠久の時を生きるバハムートにそんな欠点はまるでない。しかもあの時対抗魔術として使えていたローレライの力も今は使えない。

 

ーーーーだが俺もあの時とは違うぜ!

 

パチンと指を鳴らす。カイルの背中から片翼が生える。

 

【イカロスの翼】。太古の昔に存在した伝説のアーティファクト。今のカイルの【千の戦乙女の忠誠】は武器以外の創造をも可能にする。

片翼が燦然と開かれる。空中へと飛び立つ事で爆風の勢いから逃れた。

 

制空権を取られたことにバハムートが驚愕する。精霊王の力無しに空を飛ぶ事が出来るとは思っていなかったのだ。

 

彼方にこそ栄あれ(ト・フィロティモ)!!」

 

上空にカイルが手をかざす。次の瞬間、幾百、幾千もの剣や槍が空を埋めつくさんばかりに創造される。しかもそれぞれの武器にアスカロンの滅竜エネルギーをエンチャントさせていた。

 

ーーーーさあ、どうする!?

 

腕を振り下ろす。同時にバハムートへと殺到する刀剣達。避ける場所などないし、防げる物量でもない。防御、回避ともに不可能。倒しきれはしなくとも確実に手傷は与えられる……

 

筈だった。

 

バハムートからバチリと放電したかと思うとその姿が搔き消える。背筋がぞくりとした時には雷を纏ったバハムートのケリがカイルの背中を捉えていた。

 

ーーーーいつの間に!?雷竜の力か!?

 

似たような事をラクサスにやられた事がある。回避不可能と思われた状況を正面から突破されていた。

 

地面に叩きつけられる直前でイカロスの翼がはためく。何とか空中で停止出来ていた。

 

ーーーー!?

 

気が付いた時、カイルの周囲が竜巻で覆われている。囲まれていた。上空では光り輝く槍を投擲の構えで振り被るバハムートの姿があった。

 

ーーーーしまっ…

ーーーーさあ、どうする!

 

「天空穿!!」

 

天竜の滅竜奥義。滅びの閃光が槍から放たれた。

 

「ぉおおおおおお!!!」

 

極大の光がカイルからも放たれる。今の刹那で創造した約束された勝利の剣(エクスカリバー)。その聖なる光の斬撃を上空に向けて放った。

つまり力の勝負。どちらの聖なる光が押し切るか。

 

「力で来たか、面白い!!」

 

食らう事もバハムートなら出来たが敢えて受けて立つ。元々殺し合いが目的ではない。力を測る為の試し合い。この状況で安全策などありえない。

 

天竜の力をさらに強める。互角に競り合っていた光は徐々にカイルの方へと押しやられていく。

 

「はぁああああ!!」

 

一見上空から降り注ぐ光が押しつぶしたかのように見えた。しかしバハムートにだけはわかっていた。

 

手ごたえがない。逃げられた、と。

 

天空穿の光に力を注ぎすぎて檻の役割を果たしていた風障壁を解除してしまっていたのだ。カイルはソレを見逃さなかった。押し切れるのならそれでよし、出来ないのなら脱出するという状況を見事に作り出した。

 

ーーーー何処へ……っ?!

 

何十倍の重力がバハムートに一気に襲いかかる。カイルが今顕現している武器は重力を操る漆黒の魔剣、キファ・アーテル。空に浮かぶバハムートを引きずり降ろそうという魂胆だ。

 

耐えきれず、落ちた。そこに向かってカイルは翔んだ。

 

脱力。剣技に限らずあらゆる武術で実践されるこの難行。緩めた筋肉からの力の解放は爆発的な威力をもたらす。

 

時代の最強の魔法剣士の称号、第14代絶剣、カイルディア・ハーデスならその威力は計り知れない。

 

筋肉の脱力に加え、重力落下のエネルギー、そして足に溜めた魔力をブーストさせることで、瞬間移動の如き突進を可能にする絶剣技の足運びの基礎が詰められた絶技。

 

ーーーー絶剣技……初の型……

 

紫電閃!!

 

神速の斬りあげがバハムートを襲う。振るわれた剣はアスカロン。大きな一閃の跡がバハムートに刻まれた。地に倒れる。

 

すぐに振り返り、剣を構えて腰を落とす。今のでケリがつくとは思っていない。

 

「忘れていたよ……その時代の最強の魔法剣士のみが扱う事を許される秘奥の絶剣。そなたはその後継者であったな」

 

カイルの予想通り何事もなかったかのように立ち上がる。いや、ダメージは食らっているようだが、それを表に出してない。それだけでも驚異的なことだった。

 

「瞬時に体を鉄に変えたか…だが流石にアスカロンの斬撃は効いたようだな」

「いやはや、大した成長曲線だ。妾にダメージを与えた者などいつぶりか…偏屈の精霊王共が魅入られるワケじゃ」

「アンタに褒められると皮肉にしか聞こえねえのは何でだろうな」

 

懐に忍ばせた回復ラクリマを砕く。ト・フィロティモに加えて今の約束された勝利の剣の一撃。かなり魔力を持って行かれた。

 

「回復は済んだか?」

「なんだ、待っててくれたのか」

「ガス欠などという興ざめな決着はゴメンだ」

 

赤い槍がカイルの手に顕現される。刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)。心臓を貫いたという結果を作りあげた上で放たれる因果の逆転を引き起こす槍。

 

「さあ、どうする?バハムート!」

 

投擲する。赫の閃光を纏いながらバハムートの心臓めがけて飛翔した。

 

「鉄竜剣!!」

 

腕を鋼鉄の剣に変え、槍を迎え撃つ。しばらくせめぎ合ったのち、槍は爆発四散した。バハムートの魔力がゲイボルクを上回った。

 

「なかなかの威力だが、妾を貫くには足り……っ!?」

 

槍が爆散した事で一瞬視界が潰された事の重大さに気がついた時にはもう遅かった。黒衣を纏ったカイルが超高速で背後に回り込んでいた。

 

「月牙天衝!!」

 

三日月型の漆黒の斬撃がゼロ距離でバハムートの背を襲う。瞬時に鉄に変えた背中が間に合った。

 

ーーーー危なかった!!

「だが動きは止まったなぁ!!」

 

吹き飛ぶバハムートにカイルの跳躍が追いつく。手に握られているのはアスカロン。バハムートの顔にハッキリと脅威と焦りの色が浮かんだ。

 

全身を鉄に変えるがもう遅い。竜の力である以上、この竜殺しの聖剣の斬撃には耐えられない。

 

ーーーー絶剣技、斬の型……

 

「鎌鼬・旋風!!」

 

アスカロンが竜の鉄を斬り裂く。元々対竜に絶大な威力を誇る聖剣。それに加えた斬撃特化の絶剣技。この斬撃に斬れない物など存在しない。

 

「ぉおおおおおおっ!!!」

 

目にも留まらぬ速さで幾度も鎌鼬を繰り出す。剣圧が繰り出す無数の風はまさに旋風。斬撃を伴った竜巻がバハムートを斬り刻んだ。

 

ーーーーっ!?

 

信じられない光景が映った。バハムートが自身の鉄化を解いたのだ。次の瞬間、剣が止まる。

斬撃とは摩擦が何よりも重要になる。斬撃の最中に唐突に摩擦係数が柔らかなモノから硬質なモノに変化する事など通常ではまずありえない。

しかしバハムートはやってのけた。身体を一瞬通常に戻し、刃が食い込んだ瞬間に咄嗟に鉄に変える事により、アスカロンを食い止めたのだ。

 

ニヤリと笑うバハムート。捉えられたのは此方だった。

 

「零距離滅竜奥義 不知火型 紅蓮鳳凰剣!!」

 

炎の大剣がカイルを貫く。瞬時に金剛の鎧を創造する事で受けたが、受けきれるものではない。一瞬で鎧は破壊され、身体が吹き飛ぶ。

 

ーーーー今度は此方の……っ?!

 

追撃を加えんと飛翔するバハムートの目が砕けるラクリマとカイルの鋭い眼光を捉えた。

 

ーーーーまずい!?

 

体勢を崩しながらも腕の筋力のみでゲイボルクが放たれる。向き合う二つの物体の飛翔速度は並ではない。あっという間に彼我の距離をゼロにした。

 

肩に赫い槍が突き刺さる。首を狙って放った槍を急所から外したのは見事だが悪あがき。因果の逆転により、傷は心臓へと奔った。バハムートの口から血が吹き出る。

 

「ガハッ!?」

 

したたかにカイルの背中が打ち付けられる。骨が軋み、一瞬肺が呼吸の仕方を忘れた。

 

ーーーーってぇ……

 

懐から緑色の液体が詰まった瓶を取り出し、口に含む。体の内部に負った傷は此方の方が無理やりラクリマで治すより負担が少ない。腹に開いた大穴が表面的には塞がる。

 

ーーーー流石はポーさんの回復薬。効き目は抜群だな。

 

「てめえ…今の殺す気で撃ちやがったな」

「……お互い……様であろう?」

 

口の端から血を滲ませながら二人とも膝をつく。ダメージの深さは明らかにバハムートの方が深いが耐久力に圧倒的な差がある。身体機能の損傷は互角に近い。

 

「しかし流石は竜の精霊王。タフネスは圧倒的だな」

 

普通人なら間違いなく死んでいる。

 

「それもお互い様だ。いい薬師にも恵まれたようだが」

 

事前に調達した薬が無ければココまで矍鑠としてはいられなかっただろう。挑戦的な笑みで答える。どんな状況でも表情から余裕を失うわけにはいかない。弱みを見せれば相手を調子づかせ、つけ込まれる。

 

「…………さて、お互いもう細かいことぁ出来ねえだろ?」

 

アスカロンを握りしめ、血を拭う。

 

「そうだな…」

 

身構える二人。次の一撃に全てを注ぎ込むつもりだ。

 

「絶剣技 初の型 紫電閃!!」

「滅竜奥義!業魔鉄神剣!!」

 

遠距離型の滅竜奥義がカイルに襲いかかる。なす術もなくもろに受けた。

カイルの姿はなく、跡形もなく消え去った。

 

「飛び道具を使わんとは言ってないのに……まぁかなり楽しめたがな」「そうだな…俺もそれなりに楽しめたよ」

 

バハムートの後ろで奥義の構えを取るカイル。

 

絶剣技、虚の型 朧三日月。特殊な足運びと残像により幻影を生み出す歩法の絶技。

何度も通じる技ではないが、一発で充分。

 

「絶剣技 終の型 三十連・烈華螺旋剣舞!!」

 

全方位から注がれる一撃必殺の斬撃。その三十連撃。完全に油断していたバハムートは一太刀も防げず喰らいきった。

今度こそ倒れこむバハムート。カイルは剣を支えにしてだが何とか自分の足で立っている。

 

「バカな……手ごたえはあった…幻覚の類ではないはずだ。一体どうやって…」

 

「【千の戦乙女の忠誠】。朧三日月に加え、それで俺のデコイを作った。幻覚じゃなく実体があるんだから手ごたえがあって当たり前だ」

「武器だけを創造できる魔法ではなかったか……」

「2年前はな。今は違うさ」

 

倒れるバハムートに近づく。戦いは終わったと誰もが思うこの状況。カイルの行動は油断と呼べるほど隙のあるものではなかった。

 

しかし緩んでいたのは否定出来ない。

 

バハムートの手が剣に変わり、腹を貫く。閉じかけた傷は再び開き、腹と口から盛大に血が噴き出た。

 

「だが、勝ったと思ってから緩むのは変わっとらんな」

 

膝をつき、体が折れる。見下すようにバハムートは立ち上がった。

 

「マジ……かよ……タフネスも大概にしろよ……」

「竜とはそういう生き物だ。知っていただろう」

 

腕を振り上げる。手に宿るのは極死の一撃。降り下ろされれば避けられない死が待ち構えている。

 

カイルは敗北を認めた。目を瞑り、来るべき死に備えた。その姿を見て、銀の魔神は笑う。自分の死神は途轍もなく美しかった。

 

「名前を、もう一度そなたの口から聞かせてくれ、当代のローレライ」

「…………カイルディア・ハーデス」

「その名ではない。そなたが本来持つはずであった母親より授かりし、真の名だ」

 

ーーーー知ってたのか……

 

とある事情によりカイルは偽名を名乗っている。いや、偽名というのは正しい表現ではない。カイルにとってはこの名こそが本当の名前のつもりでいる。しかし、まだ物心がつくかどうかの頃、親に呼ばれていた名と違う事は確かだった。

 

「…………レグナスだ」

「レグナス……太古の昔に存在した琥珀の宝石の名か。確か石が持つ意味は不屈の王……良い名だ。そなたに合っている」

「瞳の色だろ?」

「それもある。そなたらしい艶やかな名だ」

 

噛みしめるように一度、当代の奏でる者の名を呟いた。

 

「素晴らしい戦いだったぞ、レグナス。これ程血湧き肉躍る高ぶりは久しかった。その名、永遠に忘れぬ事を誓おう。誇れ、当代の奏でる者よ」

 

ーーーー死ぬのか、俺は……

 

恐怖はなかった。心が落ち着いているのが自分でわかる。最強などと呼ばれていてもカイルの隣にはいつでも死があった。死はカイルにとって親しい友だ。

そういう道で生きてきた。

 

ーーーー俺の番が来ただけのことだ。

 

カイルは自身の死を受け入れた………ハズだった。

 

「換装!飛翔の鎧!」

 

慣れ親しんだ声が疾風と共に凄まじい速度で飛翔してきた。緋色の閃光がバハムートを捕らえる。

 

「カイル!!」

「エル……ザ?なん……で?」

「助けに来たに決まっているだろうが!!」

 

カイルにラクリマを握らせ、砕く。致命傷が無理やり塞がる。

 

「場所、よくわかったな」

「ポーリュシカさんが教えてくれた」

「あのバーさん……」

 

ーーーーほんとツンデレだな。

 

心中でカイルは笑った。誰得とかは考えてはいけない。彼女の優しさには変わりないのだから。

 

「やれやれ。奏でる者の試練に恋人が横槍を入れるなど、ローレライの歴史で初の事だぞ」

 

苦笑しながらバハムートが戻ってくる。カイルを背中に庇いながらエルザは剣を構え直した。

その姿を見て慌てる。力など残っていないハズなのに、身体が跳ねた

 

「よ、よせ、エルザ。お前の敵う相手じゃ……」

「私は勝てる勝てないの理由で戦ったことなど一度もない。私が戦う理由はいつでもお前と仲間を守る為だけだ」

「…………はは、男前だなぁエルザ。俺が女なら恋してたぜ」

「頼むから男のままで恋してくれ」

「してるけど?」

「…………(ボンッ)」

 

湯気が上がる。同時にバハムートが盛大に溜息をついた。

 

「やれやれ。全く数秒前の死闘はどこに行ってしまったのか。妾はすっかりやる気が失せてしまった」

 

本当に戦う気が無くなったのだろう。槍が手から消える。魔力の昂りもなくなる。というよりもう身体が耐えきれなかったという方が正しい。先ほど擬態を演じたとはいえ、満身創痍なのは真実だった。

 

「安心しろ、騎士の魔導士よ。レグナスを殺すつもりはもうない」

 

笑って手を振る。二人とも呆気に取られたように手の剣を取り落とした。

 

「え?だって……」

「力において、レグナスは十二分に及第点だ。妾も半ば騙し討ちをしたようなものだしな。先ほど見たかったのはこの男の器だった」

「器…?」

「妾を受け止め、使いこなせる器か、だ」

「どういう……意味だ?」

「何かを愛せる者かどうか、という意味だよ」

 

かつてカイルもそうであり、初代ローレライには生涯それがなかった。人間を、この世界を愛せるか。それはローレライには不可欠な物だった。

 

「だからいま暫くこの男に寄り添い、その器を見極めるつもりであったのだが……もうその必要もなくなった」

 

慈愛に満ちた目で二人を見やる。支え合い、かばい合う二人の姿はまるで赤と白銀の剣が重なり合うようだった。

 

「レグナス、そなたには、そなたをこんなに愛してくれる人がいるのだなぁ」

 

初代ローレライはついぞ伴侶を得られなかった。偉大な才と血は受け継がれることなく途絶えてしまった。

初代には徳がなかったのだ。その事の重大さをカイルにはマカロフが気付かせてくれた。しかし初代には師と呼べる人も信頼できる仲間もいなかった。たった一人、愛したライバルだけはいたが、その者もその手で殺してしまった。

 

「レグナス。人を愛し、世界に愛されるそなたの器、しかと確かめた。そなたを妾の奏者と認めよう」

 

淡い光がバハムートから溢れ、カイルを包む。

 

「騎士の魔導士よ、レグナスを頼むぞ。此奴は強い。強いがそれゆえに一人で何でも解決しようという節がある。そなたの様な素晴らしい伴侶の助けが必要になる時がきっと来る。その時、此奴を支えられる女であれ」

「は、はい!!」

「はは、良き返事だ。さて、それでは」

 

視線をカイルに向ける。一度頷くと、腰の剣の鋒で僅かに指を切り、血を捧げる。カイルとバハムートの間に魔法陣が浮き上がった。

 

「汝、魔を滅する龍 竜の精霊王よ。我が血を受け取れ。我契約文を捧げ、ローレライの名の下に汝と永久の契約を結ばん。バハムート!!」

 

契約文と血が捧げられ、完全に契約は完了した。バハムートがカイルの体に取り込まれていく。

 

【700年以上待ったかいはあった。ありがとう。感謝するぞ。当代のローレライ。我が奏者よ…】

 

完全に契約が完了する。

 

「ーーーーふぅっ!!」

 

カイルは倒れこんだ。もう立っていられなかった。表面的に傷はふさがりはしたが身体の内部はボロボロだ。

 

「カイル!」

 

エルザが慌てて体を支える。地面に打ち付けられるのだけは何とか避けられた。

 

「はは……ざまあねえな」

「いいから休め!お前は良くやったよ」

「…………殴って、いいんだぜ?」

 

ゆっくりと身体を横たえながら自嘲するように言う。全員がミストガンの魔法で眠ったのをいい事にそのまま出て行ったのだ。裏切られたと思っても無理ないことだろう。

 

「お前には俺を殴る権利がある」

「ああ、絶対追いついて殴ってやろうと思っていたんだが……許してやるさ。流石にその気は失せたよ。今のお前は殴れん」

「はは……そりゃ助かる。今の状態でおまえになぐられたら、流石に死にそうだ」

「…………許してやる。だが条件がある」

 

カイルの頭が緋色の髪の少女の膝に乗せられる。そのせいか、彼女の両目から落ちる雫がカイルの頬を打った。

 

「カイル……愛してる。だからもう決して一人でいかないでくれ。戦う時は一緒にいさせてくれ。お願いだ」

「…………そうか。そんな事なら……難しくない……」

 

セリフが途切れ途切れになる。もう意識を保つのも限界に近い。

 

「俺は今から気を失う。あとの事は…頼む」

 

そこまで言い終わるとカイルは意識を手放した。

エルザがいるなら何の心配もいらない。心からそう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【本当にバハムートを取り込んじゃうなんてね。流石私達が見込んだ男】

【今はゆっくり休ませてあげましょう。7年後、奏者はとんでもない試練を受ける事になる。バハムートを取り込んだんだから確実にね】

【そうね。だから今は私達はただ力を尽くしましょう】

 

 

 

いつか来る、別れの時まで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後までお読みいただき、ありがとうございました。励みになりますので感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければ幸いです
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。