唐突に現れた男が一つ足を踏み出した瞬間、カゲはなけなしの魔力を使い、影魔法を発動する。幸い此処は洞窟の中。存在するものすべてに影が差している。影魔法の使い手にとっては世界全てが武器となっていると言って過言でない状況だ。
白銀の剣士に360度全方向から影で編まれた猛獣が襲いかかる。そしてその猛獣は目に映らない。世界が闇に包まれているこの状況は魔獣にとって格好の保護色だ。
常人であればどう足掻いても対処できない状況にも関わらず、剣士は退屈そうに溜息を一つ吐く。
剛風と共に影の魔獣が唐突に吹き飛ぶ。全方向全て同時に、だ。正確に言えば同時ではないのだがカゲの目には同時にしか映らなかった。
「イフリート」
【御意】
手の中から炎が灯る。洞窟の中を照らすには充分な明るさだ。
「なんだ、闇ギルドの連中なんてみんな悪人ヅラだと思ってたんだが、こりゃまた随分と普通な…」
【どうする奏者?殺す?焼き殺す?】
「なんて物騒な二択。色々聞きたい事あるんだから余計な事はするなよ」
笑い混じりの声が響く。洞窟の中だから尚更だ。
余裕どころか油断すら感じられる相手なのに、カゲは戦慄を隠しきれなかった。目の前の男が何者か、光に照らされた今なら自分はわかっている。この大陸の魔導士で彼の事を知らない人間などいないだろう。しかし闇ギルドの、名もない魔導士である自分の魔法は相手は知られていないはずだ。それなのに初見で完璧に対応された。
再び攻撃を仕掛けようと魔力を高める。その様子を見た銀の魔神は「あーあーやめろ」と手を振った。
「俺は負け戦は大好きだが勝つとわかり切った喧嘩は大嫌いなんだよ。俺は別に貴様のやってる事を止めに来た訳じゃない。黒魔法集団呪殺歌ララバイ。楽士として俺も実に興味がある。是非見てみたい」
剣の具現化を解く。その様子から彼から仕掛ける気は本当にないと判断する。無論この男の換装の速度なら常に剣の柄に手を掛けている状態と言って差し支えない。安心など微塵も出来なかった。薄い目に憎悪と殺意、そして畏怖を込めて睨みつけた。
「………俺に何をさせるつもりだ」
「そのまま封印を解いてくれればいい。ディスペルを直に見るのは初なんでな。勉強させてもらう」
ドカリと座り込み、胡座をかく。未だ警戒しているカゲに向けて殺気を突きつける。
彼の態度は正しいモノだがカイルにその気はないのだ。白銀の戦士がやる気になれるほど強いならともかく、コレを続けられてもはっきり言って迷惑。
「俺はこう見えて気が長い方だ。それが必要な待ち時間ならいくらでも待つ。だが蟻が龍に警戒している滑稽な様を眺めて待つほど暢気でもない。ほら、斬られたくなけりゃとっとと仕事しろ」
「わ、わかった」
背を向けて作業に戻る。そうする事が一番寿命が延びるとようやく理解したらしい。
ーーーーさて、しばらく暇か。エルザ達は今ごろオニバスか……此処を見つけるのは無理だろうな。
カイルは風の精霊王の力で黒魔法の気配を探り、此処にたどり着けたがエルザ達にそれは出来ないだろう。探知魔法が使えるのは連中にいない。
【イメージの中で模擬戦でもやるか?奏者】
「他にやる事もねえし、そうするか」
目を閉じ、瞑想する。そのまま精神世界の奥深くへと潜った。いつでも反応できるよう意識は浅く沈めておいて。
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「ん、ご苦労さん」
カゲの作業が終わり、封印が解けた事を確認すると剣の柄で殴り倒し、魔法で拘束。そして最寄りの軍に連絡を済ませた。時期に軒並み逮捕されるだろう。今、カイルは髑髏の形をした笛を手の中で弄びながらプラプラと歩いている。
ーーーーコレがあの黒魔法ララバイ。作ったのはゼレフ………もうちょっとデザインなんとかならんかったのか……
いかにもヤバイモノですと表しているかのような形の笛に眉をひそめる。カイルは魔導士であると同時に芸術家でもある。こういったモノのセンスは人一倍うるさい方だ。悪趣味ここに極まれりというデザインの楽器に楽士としても、芸術家としても不快感を覚えずにはいられなかった。
「さて、現物を手に入れたところでどうするかねぇ」
取り敢えず今はクヌギへと歩みを進めている。鉄の森の連中がそこでカゲを待っていると聞き出していた。ついでに連中もボコにして監獄行きにしてやるつもりだ。
【吹いてみれば?】
「恐ろしい事をサラッと言うなよウンディーネ。吹いた本人が死んじまう事もねえとは言い切れねえんだぞ」
【雑魚が吹けば、でしょ?】
「そうだとは俺も思うが希望的観測で軽率な行動はしない方がいい。情報を軽んじてはならんぞ?特に相手が未知であるならな」
なにせ黒魔法の知識などカイルには皆無なのだ。せめてコレが闇魔法に属する黒魔法ならノクターンがいるから何とかなるのだが。
ーーーーこういうのに詳しいのは俺の知る限りディマリアくらいか………
カイルは自分と同じ髪色をしたかつての悪友を思い出す。共に旅をし、夜を過ごし、言葉を重ね、剣を重ね、手を重ね、身体を重ねた。お互いが師であり、弟子であり、ライバルであり、それ以上のなにかでもあった。
性格的に相入れなかった部分も多くあった。だからこそ二人とも惹かれあった。
彼女と最後に会ったのは一緒に大陸から出ようと誘われ、それを断った時だ。派手に喧嘩別れしたきり、今まで会ったことはない。風の噂でイシュガルを出たとは聞いた。
ーーーー今頃何やってんのかな、あいつ。
優れた戦士ではあった。しかし危うい戦士でもあった。その危うさと妖しさが彼女の魅力と色だった。その色は黒にも白にも染まる可能性がある。
ーーーーカイル、私とお前は正反対に見えて実は似ている。人とはコインと同じだ。裏の裏は表になる。だから私達は気が合うのだろうな。
そう言ったのは彼女だった。そこでようやく俺も自覚した。俺は闇に堕ちる可能性もある魔導士だった事に。
それでも俺には仲間がいたから……エルザがいたから、俺は俺であれた。その事を彼女は俺より早く気がついていた。
ーーーーいつか私がお前の前に立つ事もあるかもしれん。だがそれは己の道を信じた上での迷いない闘いにしたいものだな。逆に隣に立つ可能性もあるだろう。
このままずっと二人で旅ができるとはお互い思っていなかった。俺には帰る場所があると言っていたし、彼女は大陸を出たいと言っていたからだ。
…………いずれ別れる。異なる道を歩き出す。だがその時まで……
ーーーーこれからもよろしく、私の
誰もが魅了される笑顔でこちらに手を差し出す。こちらも笑みを返して手を握った。
ーーーーこちらこそ、俺の
空いた片手でマリアと呼ばれた少女が少年の頬に手を添える。そのまま目を瞑り、背伸びをする。普段なかなか見られないその健気な姿に思わず口角が緩む。若き剣士はその艶やかな唇に自分のソレを合わせた。誓いのキス。
二人の道がいつか交わる事を願って……
ーーーー懐かしいな……未だ俺たちの道は交わらないままだが……
いつかその日が来る。あの約束に疑いはない。その時まで俺は仲間が誇れる俺であり続ける。そう決めている。
そこで過去を懐かしむのを止め、一度頭を振る。思い出を振り返るのは悪くないが、無い物ねだりをしても仕方ない。となると俺以上に魔法に詳しい人間に頼るしかない。
ーーーー取り敢えず鉄の森の連中を片付けたら定例会やってるクローバーにでも行ってみるか。それでダメなら残念ながら破壊だな。
「シルフ」
【御意のままに】
フワリと体が浮き上がり、そして疾風となる。その飛行方向はクヌギ駅へと向かっていた。
▼
「あ、また遠くなった」
クンクンと必死に鼻を動かしながら進行方向を決めていた桜頭の少年は索敵結果を告げる。彼の身体的特徴の一つに嗅覚が常人の何倍も優れているというモノがある。どこにいるか全くわからない探し人をその嗅覚で辿る方法をエルザは選んだ。
「くそっ!ついに移動しはじめたか!方向はどっちだ?ナツ」
「多分2時の方角。そっちに向かって匂いが遠くなった」
「あいつは回り道はしない男だ。恐らく止まった場所で何かを得てまっすぐ目的地へと向かったんだろう。よし、ナツ。索敵はここまでだ。魔導四輪に乗れ!」
「えぇえええ!!い、いやだ!乗りたくね、えぇえええ!?」
乗りたくね、ぐらいで緋髪の女騎士に首根っこを引っ掴まれ、無理やり乗車させられる。乗った事を確認すると床を踏み抜く勢いでアクセルを踏んだ。
「逃がしはせんぞ!カイル!絶対捕まえてやる!!」
「なんか目的変わってねえか?」
「カイルが動いたんだ。ヤツらの計画は頓挫したに決まっている。なら後はヤツの独断行動を断罪せねばならんだろう!!」
ーーーーお前はカイルを信じすぎなんだよ…
心中でグレイは呟く。カイルに任せておけば万事上手くやるだろう。その事には彼も疑いはない。
それでもカイルは一人の人間。どれほどの力を持とうと、どれほど聡明であろうと、まだ世間的には大人扱いされ難い若造と呼ばれる人間なのだ。間違える事だってあって当たり前だし、それはなんら恥ではない。
しかし彼の周りはそれを許さない。いや、正確な表現ではない。もし彼が何らかのミスを冒したとしても皆は許すだろう、最終的に。
その前に周囲はまず驚くに違いない。そんな事はありえない、という幻想を彼に押し付けているから。
なまじソレを証明してきてしまっているため、カイルに頼るのが当たり前といつのまにかなってしまった。期待や幻想は時に重圧になる。
ーーーー俺も人の事は言えねえか…
自覚しているからこそ口にはしない。いつかその日が来た時、驚かずフォローしてやるのが自分の役目だとグレイは服を脱ぎながら背中の座椅子に背を沈めた。
魔導四輪に魔力を注ぎながら猛スピードで駆ける。慣性の法則により、艶やかな緋色の髪を振り乱しながらエルザの胸中は怒りと愛と悔しさで埋め尽くされていた。
あの時自分に催眠をかけた事はクエスト帰りで疲弊した自分を気遣ってくれた事だとわかっている。それでも女の愛とは理屈ではないのだ。
ーーーーあいつが水くさいのはいつもの事だ。それは私たちがまだ頼りきれる存在ではないと思っている事の証。
自分達の事をどう思っているか、と聞いたら彼は間違いなく大切だと答える。頼りにしているとも言うだろう。しかしそれはあくまで家族としてであって戦友としてではない。
だからこそ自力でとっ捕まえると決めた。ついでにボコボコにしてやると心に誓って。
ーーーー私は唯一無二のお前の相棒だ!
▼
「カゲからの連絡ははまだ来ねえのか!!」
クヌギ駅のとある停留所、上半身に薄気味悪いタトゥーを入れた人相の悪い男が騒いでいる。男の名はエリゴール。死神と呼ばれる魔導士だ。大鎌を担いだその姿は確かに異名を連想させる。
そんな異名を持つ男が明らかに苛立ち、そして焦っていた。約束の3日目になってもカゲヤマからはなんの連絡も来ない。3日で間に合わないなら間に合わないで知らせるようにしておいた筈なのにあちらにおくった仲間からはプッツリと音信不通になってしまった。
彼らの目的は定例会をやっているギルドマスター達の暗殺だ。一箇所に集まってくれているうちにやらねば纏めて殺す事が出来ない。あまり時間は残されていなかった。
「エリゴールさん、落ち着いて。あいつなら時期に封印を解いて来ますよ」
「それで手遅れになったらどうする!俺達の立場は何も変わらねえで終わるだろうが!」
「そんな事しても変わんねえよ」
空から音が降ってくる。あまりに唐突であったため、一瞬幻聴かと思ったほどだ。しかし変わらず聞こえてきた音がその思い込みを否定した。
「何かを変えたいんならまず自分が変わらねえと何も変わらない」
彼らの目の前に上空からゆっくりと下降し、現れる。来訪者が何者か、エリゴールは……いや、この駅にいる全員が知っていた。
風にたなびく白銀の髪。強い意志を宿した琥珀色の瞳に、異国風の着物にシックなローブを纏った若き美男子。圧倒的な魔導士の人数を前にしてもその口角は不敵に歪み、立ち姿のみでも一流の使い手と判る佇まい。
「貴様は………」
「やあ、鉄の森の諸君。ご機嫌いかがかな?」
若者の名前はカイルディア・ハーデスといった。
後書きです。ディマリア登場しました。まだ公式て詳しくキャラ説明されてない為、あまり詳しくは書けませんでしたが戦妃なんて渾名がついてるんだからカイルと絡ませてもアリだと思ってます。因みにカイルを12に加えるかどうかは迷ってます。それでは感想、評価よろしくお願いします!