Ace Combat side story of ZERO - Skies of seamless -   作:びわ之樹

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《諸君、緊急事態だ。本日1020時、所属不明の超大型爆撃機がオーシア連邦のルーメンを空爆した。当該機は多数の航空機を随伴しつつ、北西方向へ遁走したとの情報である。逃走の方向と時間経過からシミュレートすると、サピン国境侵犯も時間の問題と考えられる。邀撃要員は全て出撃し、当該爆撃機の迎撃を実施せよ。詳細は情報が入り次第、追って通知する。》


第26話 疾風

 国境の街が、焼かれた。

 

 クリスマス気分を打ち破る喧騒の中、スクランブル発進したカルロスが聞いた情報は、まさにそれ以上でもそれ以下でも無かった。

 敵の所属は、種類は、そしてその行方は。そんな基本としての情報すら何一つないままの慌ただしい出撃など、過去のスクランブルでもあった試しは無い。まして通達されたのが『ともかく北北西へ飛べ』という適当極まりない命令一つというのも、これまで例の無いものだった。

 ――戦争終結から半年、以来幾つかの戦闘を経たものの、表向きは平穏の中にあったサピン王国。隣国オーシアへの空爆という今回の事件は、その平穏を打ち砕き、混乱に陥れるには十分過ぎる程の衝撃だったということなのだろう。

 

 戦争が、傭兵が居るべき空が、再び訪れようとしている。

 雲量1、遥か先まで澄み渡ったサピンの空は、まるで嵐の前の水面のように穏やかだった。

 

《バリスタ1よりオステア管制室。我々はいつまで北北西に向かえばよいか?情報求む》

 

 編隊の先頭を飛ぶサピン正規軍『バリスタ隊』の隊長機から、苛立たしそうな声が後方へと飛ぶ。出撃前にその顔はちらりと見た程度だが、その時の印象、そして声音から考えると自分と同じ20代前半という所だろうか。戦争による損害、ならびに10月のエスパーダ隊脱走事件で戦力を消耗したオステア空軍基地に新たに配備された部隊の一つではあるが、バリスタ1に関してはサピンの作戦士官曰く士官学校を出て間もないのだという。声音に混じる苛立ちも、その緊張と焦りによるものなのだろう。

 

 迎撃に上がったオステア所属機は、合わせて8機。前方を飛ぶバリスタ隊は、サピンでも未だ配備数が少ない最新鋭機『ラファールC』を装備しており、こちらからも翼下に装備した多くのミサイルが見て取れる。その後方に控えるのは、カルロスが所属するニムロッド隊にサピン正規軍であるエスクード2が加わった混成部隊。先般のエスパーダ隊脱走事件での補充が終わっていないエスクード隊で唯一稼働できるエスクード2を、同じく欠員が生じているニムロッド隊に無理やり付随させた形であった。

 最新鋭機を駆る責任、そして後方に部下と傭兵を預かる重圧。バリスタ1の焦りも、さもありなんという所であった。

 その焦りの声が、漸く返事を得たのは数秒を経てのことだった。

 

《失礼した、バリスタ1。現在速度を維持しつつ方位325へ変針せよ。加えて、敵に関して追加情報あり》

《了解した、各機変針。情報を伝えられたし》

 

 先頭のラファールCが機体を左へ傾け、僅かに西へと進路を変える。方位325、このままの進路を取れば、ノースオーシア州およびウスティオとの国境へとほどなく到達する。翼の下を流れる景色は、麦の刈り取りが終わったアルロン地方の田園風景から、峻厳な姿を見せるイヴレア山系の岩肌へと変わっていった。

 時既に12月25日、雪を纏った山肌は、人を寄せ付けない程に冷たく(たか)い。

 

《空爆に先立つ本日0900時、ベルカ上級将校によるクーデターが発生。『国境なき世界』を名乗り、ベルカおよびノースオーシア州各地で武装蜂起を開始した。今回のルーメン空爆も、その一端と考えられる。》

「……!国境なき…世界……!?」

《チッ、またベルカ発祥の戦争かよ》

《ルーメンを空爆した機体は、ベルカが開発した試作超大型ガンシップXB-0『フレスヴェルク』と推定。ベルカ側の情報によると、機体上下に多数の火器を備える他、若干の航空機搭載能力も備えているという。現在グラティサント要塞跡地を通過し、ウスティオ方面へ東進中。》

《ガンシップ、か…。にしても、今更何の積りだ?逆恨みにしちゃオイタが過ぎるな》

《以降の目標については依然不明である。先ほど、空中管制機『デル・タウロ』を発進させた。以降は『デル・タウロ』を経由し逐次情報を伝える》

 

 超大型ガンシップ、航空機搭載、ウスティオ方面へ進行中。それらの情報が上の空に感じる程、カルロスはその組織の名を聞いた瞬間に衝撃を受けた。

 国境の無い、世界。それはかつてウィザード1――ジョシュア大尉が口にし、やがてはエスパーダ1――アルベルト大尉やカークス軍曹がサピンを離れる要因にもなった理念である。既に記憶の中に留まるだけの言葉だったそれが、今こうして唐突に形として現れるなど、想像の外にあったと言っていい。しかも、終戦条約締結の場となった、無抵抗の都市への爆撃という最悪の形を以て。

 

 思わず、額に冷や汗が滲む。

 ジョシュア大尉はバルトライヒ攻防戦の中で消息を絶った。エスパーダ隊も、カークス軍曹やフィオンも、どこへ落ち延びたのか庸として知れない。

だが、それなら。この妙な不安は、胸騒ぎは一体何だ。

 

《デル・タウロより各機へ。XB-0は現在位置より方位345、約140㎞を飛行中。また同方向より、迎撃と思しき敵性航空機6が接近中である。現在、他の友軍機およびオーシア機も追撃を開始している。各隊、敵の迎撃を突破せよ》

《バリスタ1了解した。全機、安全装置解除。サピンの空を汚す敵を叩き落とす》

《ニムロッド1、了解した。ニムロッド各機、敵は大物だ。無駄弾を撃つな》

《応。まー若いのはああ言っとるが、ウチには結構なことじゃな。契約が終わるまでにまた一稼ぎできる》

 

 不安に沈みかけた意識を、現実を告げる隊長の声が引き戻す。そう、敵の正体が何であろうと、それを考えるのは二の次。まずは現実にある目の前の敵を叩き、傭兵の本分を果たすこと…それが、隊長を見て学んだ事の一つでは無かったか。

 握り拳でヘルメットの横をこつんと叩き、カルロスは気を引き締めた。想像も不安も、今は頭の隅に押し込めておけばいい。

 

 安全装置解除、火器管制オールグリーン。2連装レールに懸架したAAM(空対空ミサイル)も主翼内側のハードポイントに装備したSAAM(セミアクティブ空対空ミサイル)も、いずれも不調は見られない。本来の乗機はエンジン修理の為、今回はカークス軍曹が使っていた予備機での出撃となったが、機体そのものにも問題はなさそうだった。向かって右側に位置するヴィクトール曹長のMiG-23MLD『フロッガーK』も同様の装備をしており、左側のエスクード2――ニコラスが駆るF/A-18C『ホーネット』も今回は空対空装備で固めている。唯一アンドリュー隊長のMiG-27M『フロッガーJ』だけは、対爆撃機装備としてRCL(無誘導ロケットランチャー)と23㎜2連装ガンポッドを装備しての出撃となっていた。

 

《バリスタ1、敵機捕捉。バリスタ2より4、一斉射撃を開始する》

 

 流石に最新鋭機だけあり、ラファールCのレーダー性能はサピンに配備されている機体の中でも群を抜いて高い。いち早く敵機を捕捉したバリスタ隊はほぼ横一文字に散開し、翼下に懸架した長距離空対空ミサイルを各機2発ずつ発射。機体から落下したそれらは一拍後に炎を爆ぜさせ、遥か遠くの目標へと飛び去っていった。

 

 1秒、2秒。煙の尾が彼方へと消えゆく中で、時間だけが静かに刻々と過ぎてゆく。

 焔。

 数秒とは思えないほど長い時間の後、彼方に二つの輝きが閃く。それは、撃墜というにはあまりにも実感の湧かない、現代の視界外空対空戦闘を象徴するかのような光景だった。

 

《2機撃墜を確認。敵残存機、散開》

《バリスタ1より全機、自由戦闘へ移行。速やかに排除しXB-0を追撃する》

《……おい、自由戦闘に入るの早過ぎないか?》

「俺に聞くなってば。それより敵が来るぞ」

 

 おそらくこちらだけに送られたのであろうエスクード2からの通信を、いなすように受け流すカルロス。確かにその言わんとすることは分かるが、機数はこちらが上回っている分有利であるし、アンドリュー隊長も今の所何も指摘していない。戦術としてはやや不安が残る所ではあるが、いよいよとなるまではバリスタ1に指揮を任せる積りなのだろう。

 

 乗機『フロッガーK』が、敵機捕捉を示す電子音を上げる。

 方位、ほぼ真正面。機数4、機種は不明。カルロスの眼にも、青空を背に黒い染みのように浮かぶ4つの機影が捉えられた。超音速機同士の戦闘ともなれば、その相対速度はマッハ2を優に超える。その黒い染みは徐々に大きくなり、瞬く間に主翼の形状さえもはっきりと見える距離にまで近づいた。

 

《正面から突っ切り敵を散らす。目標、敵右翼の2機。射程に入り次第各個撃て》

 

 先行するバリスタ隊の4機は、左右斜め上へと散開。目指す敵はさらにその先、距離2500から進路を変えず直進してくる。

 まだ、遠い。SAAMは射程範囲であるものの、方位を固定せざるを得ないヘッドオンの位置取りでは、発射後の回避が覚束ないため使用はできない。すなわち、使えるのは射程800程度の短射程AAMのみ。これまで幾度となく経験してきた、わずか数百mの短刀を突き付け合う、一瞬の勝負――。

 

 小さい。

 速い。

 だが、よく見える。垂直に立つ2枚の尾翼も、キャノピーから伸びる流麗なシルエットも、手に取るように分かる。冷や汗が滲み、鼓動が早まる最中でも、目だけは冷徹に敵の姿を捉えられている。

 距離、1000。900。瞬く間に数値が桁を割る。

 800。

 『フロッガー』が、敵を捉えたと、敵に捕まったと声を上げる。

 捕捉アラーム。ロックオンアラート。同時に耳に満ちる、数多の電子音。

 それにミサイルアラートが混じったのと同時に、カルロスは左へ機体をロールさせながら引き金を引いた。

 

「…どうだ!?」

 

 暴風のような轟音が吹き抜け、衝撃波を纏った4つの機影が擦れ違う。同時に耳の底から遠ざかった電子音は、それらがあっという間に駆け去ったことを暗示しているようにも思えた。

 操縦桿を引き、傾けていた機体を左へと旋回させる。見上げたその先には、抜けていった敵機のうちの1機が翼を引き千切られ、煙を吐いて落ちていく様が見て取れた。残る3機は分散し、その背を反転したバリスタ隊が追ってゆく。

 

《急いで仕留めるぞ。各機、バリスタ隊を支援する》

《支援な…獲物は頂いても構わんよな?久々の上物じゃ》

 

 可変翼機の強みもあり、こと旋回速度に関しては、MiG-23は先代MiG-21に勝る。手動で主翼を展開させたカルロスは、他の僚機に倣って素早く機首を翻し、バリスタ隊の背を追っていった。前方では機数で勝るラファールCが、巧みに戦闘機動を駆使する敵機に翻弄されているようにも見える。

 長く伸びた機首と、そこから滑らかな曲線を曳いて主翼へ連なるシルエット。垂直の2枚羽根と、切り欠いた後退翼。MiG-29にも似るが、より細身の印象を与える女性的な姿は見間違える筈も無い。ひらりひらりと空を舞うその敵機は、Su-27『フランカー』の系列機と見てよかった。F-15『イーグル』シリーズをも上回る比類ない格闘戦能力を持つ機体だけに、格闘戦に引きずり込まれればラファールCといえども苦戦は必至であろう。まして、バリスタ隊は迎撃用の長射程ミサイルを満載した重武装であり、機動は常より劣っている。

 すなわち。速やかに排除するには、格闘戦以外の戦法を採るか、数の利を活かす必要がある。

 

《ニムロッド2、バリスタ3の支援に回れ。ニムロッド3とエスクード2はバリスタ1だ》

「ニムロッド3了解!」

《エスクード2、こちらも了解!カルロス、一撃離脱だぞ。分かってるよな?》

「分かってる!そっちこそ加速遅れてしくじるなよ?」

《上等!んじゃ、かわいい後輩を助けに行きますか!》

 

 横に並んだニコラスと眼を合わせ、カルロスは拳を突き出して応じた。目指す目標は、こちらから見てわずかに低空。距離1800ほどの左下方を、小刻みに旋回を繰り返している。加減速を巧みに織り交ぜた『フランカー』の機動に気を取られ、周辺の様子が目に入っていない状況に見えた。飛び方を見る限り、他のバリスタ隊も似た状況らしい。

 

 主翼収納、後退角72゜。フットペダル踏下、フルスロットル。

 空気抵抗を減らし、デルタ翼に近づいた機体が見る間に速度を上げて、目前を舞う2機へと迫っていく。狙いは『フランカー』が旋回し、投影面積が大きくなったその瞬間。撃墜まで至らずとも、機動を制限するには十分となる、その一瞬のタイミング。

 

《くそっ、もう少しなのに…!》

《バリスタ1、進路を維持しろ!》

《なっ…!?》

 

 『フランカー』の右旋回に釣られて機体を翻しかけたバリスタ1を、ニコラスの声が押し留める。距離700、600。その言葉に一瞬揺れたラファールCを視界の端に捉えながら、カルロスの眼はガンレティクルの中で次第に大きくなる『フランカー』をまっすぐに見据えていた。

 ――好機。

 

「バリスタ1、撃て!」

 

 すんでの所で気づいたのだろう、こちらの銃撃を咄嗟に左旋回で回避する『フランカー』。その鼻先を、遅れて飛んでいたエスクード2が狙い撃ち、灰色の翼に幾つもの弾痕を刻み込む。

 迫る弾丸を、そして高速で擦過するMiG-23とF/A-18Cを回避するため、『フランカー』は堪らず上げかけた機首を下方へと戻す。右旋回から左上方への回避、そしてそこからの降下。すなわち、それは背を追っていたラファールCの目前。

 

 後方警戒ミラーに映る、『フランカー』の断末魔。バリスタ1が放ったAAMは、過たずその胴体へと命中し、黒く焦げた破片を眼下の山脈へと放り捨てた。

 

《あ…》

《よし、いっちょ上がりだ。ナイスキル》

「上も終わったみたいだな。早く上がろう」

《な…!……おい、何で俺に獲物を譲る真似をしたんだ!?傭兵の癖に…!》

 

 頭上を仰げば、新たに生じた黒煙が二つ。アンドリュー隊長もヴィクトール曹長も、同様にして敵の『フランカー』を屠ったらしい。尤も、上空から落ちてくる通信から察する限り、ヴィクトール曹長に関しては自分で止めを刺したようだが。

 空域へと舞い戻るべく機首を上げかけた刹那、背中から追ってきたバリスタ1の声。なぜだ、納得できない。自分を憐れんだとでもいうのか。その声音は、言外にそう滲ませている。

 

「譲った訳じゃない。あの位置取りなら牽制役と攻撃役を分けた方が効率がいいと思っただけだ」

《…あー、あと俺は傭兵じゃないけどな?まあなんだ、あとはこれからのサピンを背負う可愛い後輩にいい所を見せたかったりな。…それにしてもいいよなー、同じ少尉でもう小隊長なんて。俺なんて未だに2番機なのによー…》

《…………。》

 

 冗談めかして言葉を締めるニコラスに、カルロスは人差し指を立ててジェスチャーを送る。意図する所は、『直に1番機になるさ』。多くのパイロットを失ったサピンでは、戦争を生き残り経験を積んだ尉官は貴重な人材である。経験の浅いバリスタ1を始め多くのパイロットを実戦部隊に回しているのも、一つには急いで戦力を回復しなければならない焦りもあるのだろう。それを踏まえれば、尉官にして前線で生き残ったニコラスを、どこかの部隊の小隊長として引き上げる可能性も大いにあると言っていい。

 ニコラスの方はといえば、そちらも同様にジェスチャーで返してくる。親指を立てて後ろを指し、次いで親指と小指を立てた拳を横にして揺らした後、それをまっすぐ前へ。曰く、『あいつ(バリスタ1)を』『しっかり』『支えてやらないとな』と言う所だろうか。…微妙にこちらの意図と齟齬があったような気がしないでもないが、ひとまず置いておこう。何より、追撃戦はまだ始まったばかりである。

 

 ――そしてそれは、唐突に終わりを告げた。

 

《ニムロッド1より『デル・タウロ』。敵性戦闘機の掃討完了。XB-0の現在位置を知らされたし》

《こちら『デル・タウロ』。少し待て。……現在当機に接近中のサピン軍機に告ぐ。至急、所属部隊と姓名を明らかにせよ。繰り返す…》

「…?何だ…?」

《聞こえるか、こちらサピン王国オステア空軍基地所属、『デル・タウロ』!接近中のサピン軍機、速やかに応答ッ…!?……バリスタ隊、ニムロッド隊、ただちに引き返せ!!現在当機は所属不明機に攻げ》

 

 今まで聞いたことのない、焦燥に満ちた管制官の声。その声の中に、不意に金属が弾けるような音と警報音が混じった一瞬後、耳をつんざく激しい衝撃音とともに通信が途切れた。その意味する所は、たった一つしかない。

 後方にいる筈の空中管制機が、落とされた――。だが、そんな馬鹿なことがある筈がない。敵地侵攻中ならばともかく、ここはサピン領空なのである。敵味方の識別はIFF(敵味方識別装置)で容易に区別できる上、広大な索敵範囲を持つE-3『セントリー』ならばなおさらの事だ。しかし、それならばこの事態は一体何なのか。

 思わず見やった、南方の空。その遥か先には無情にも、黒煙が地上へ向けて落ちていく様が見えた。

 

《…!?バカな!!バリスタ2よりオステア管制室!『デル・タウロ』との通信途絶!一体どうなっている!?》

《………なハズはない、呼び続けろ!……バリスタ隊、ニムロッド隊、聞こえるか!こちらオステア基地!》

《聞こえている。こちらニムロッド1。何があった》

《分からん…!東から接近した所属不明機が『デル・タウロ』を撃墜した!敵機は複数、いずれもIFF反応はサピン軍機!現在そちらに向かっている!》

《…了解した。ニムロッド1よりバリスタ1、XB-0追撃を中止し、敵機迎撃を進言する。このままでは挟撃に遭う》

《りょ、了解…!バリスタ1より各機、編隊を組み直す時間は無い!近くの機と編隊を組んで迎撃せよ!》

 

 おそらく『デル・タウロ』撃墜は同時にオステア基地でも掴んだのだろう、通信口からは混乱した管制室の状況が漏れ聞こえてくる。突然の隣国への爆撃に加え、国籍不明機の領空侵犯、そして今度はサピン軍機による空中管制機の撃墜である。予想だにしなかった出来事が次々に起こったこの状況では、現場の混乱は推して知るべしだった。

 もはやこうなっては、XB-0追撃はもちろんのこと管制を受けることも難しい。隊長の進言を受けたバリスタ1の命令に従い、カルロスは機首を南へと向け、同高度に位置するニコラスやバリスタ1とともに編隊を組んだ。こちらから見て右上空にはヴィクトール曹長とバリスタ3、左やや上空にはアンドリュー隊長とバリスタ2、バリスタ4が陣取る形である。

 

 ――来た。方位175、機数3。小さなその機影は、アンドリュー隊長が率いる左上の集団へと鼻先を向けている。三角隊形を取る3機のうち、先頭と左側の機体は上方へと迂回し、1機だけが正面から相対する接敵法を取った。

 3機対1機、しかも長射程を誇るラファールCを2機擁する小隊の前では、おそらくあの1機は成す術もないだろう。ならば、狙うべきはばらけた方の2機。ニコラスもそう判断したのだろう、前を飛ぶ『ホーネット』が機首を上げ、上空へと逃れたうちの1機を狙って上昇する。

 それに倣い、カルロスも機首を上げた瞬間、カルロスは改めて思い知らされた。この空には、『エース』という存在がいるのだということを。

 

《…バリスタ2!?》

《こちらバリスタ4、エンジン付近に被弾!…くそっ、出力が上がらない!》

《………!今のは………!!》

 

 上空の戦域を見上げた先、カルロスは見てしまった。

 アンドリュー隊長の小隊に正面から突っ込んだ敵機が、一航過の間にバリスタ2を撃墜し、バリスタ4にも致命傷を追わせた事を。その後に鋭い機動で旋回した機体が、切り欠き三角翼を備えたポピュラーな機体、MiG-21bis『フィッシュベッド』である事を。

 そして――その主翼に、見覚えのある黒い切り欠きが描かれている事を。

 

《あーあ、折角の最新鋭機がもったいない。ケチらず僕にくれてれば、もっとうまく使ってあげたのに》

「……フィオン…!?…馬鹿な、お前、なんで…!」

 

 フィオン・オブライエン。かつて共にニムロッド隊にありながら、より強いエースと戦いたいがために、エスパーダ隊とともに脱走した男。未だに少年らしい雰囲気を漂わせる、早熟の天才――。2か月以上もの間消息を絶っていたフィオンが、今、何故。思わずカルロスが歯を食いしばったのは、おそらく旋回によるGだけが原因では無かっただろう。

 

《やー隊長、カルロス…あ、ヴィクトールのオジサンも戻って来たんだ。》

《フィオン!お前、裏切ったとは聞いとったが…何の積りじゃい!!》

《あーもー、いつも通りうるさいなぁ曹長。…まーともかく、ここで追手を殲滅できたら『フランカー』貰えるって約束してるんでー。そんな訳で悪いんだけど…皆、叩き落とすね?》

「……くそっ!フィオン、カークス軍曹は!?アルベルト大尉やマルセラ中尉は!!」

《知らないよ。自分で探せばー?》

 

 先の突撃の時点でIFFを切り変えていたのだろう、レーダーに映る敵性反応は3。そのうちの一つであるフィオンのMiG-21が、今度はこちらを指して突っ込んで来る。

 発砲、擦過、衝撃音。

 びりびりと揺れるキャノピーの外で、フィオンの『フィッシュベッド』がアフターバーナーの火を灯して遠ざかってゆく。時間にして、わずか数秒。まして射撃可能な時間はコンマ数秒しか無かった筈である。それにも関わらず、自らの機体に幾つもの弾痕が刻まれているのに気付いた時、カルロスは冷や汗すら引く程の戦慄を覚えた。

 

 フィオンが脱走以来どこに属しているのか、そして何のために戦っているのか。断片的な情報しかない今の状況では、即断はできない。しかし今、彼の言を引けば分かっていることはただ一つ。

 あいつはより強いエースと戦うことを欲し、自らの力を最大限に活かす為『フランカー』のような強力な機体を欲していた。そして、その条件たる戦果を得るために、確実にこちらを殺そうとしている。ただただ無垢に、無邪気に、そして残酷な程の意志を以て――。

 

 だが、そうだとしても。自分だってこんな所で、こんな有様で、死ぬ訳にはいかない。死なない、死なせない、そんな自らの信念の為にも。

 

《くっそ、無茶苦茶だなお前の元同僚!アレ本当に『フィッシュベッド』かよ!?》

「…その筈だけどな…!俺がSAAMで追い込む。その隙を突いてくれ!」

《任せろ!バリスタ1、支援頼むぜ》

《…!分かった!》

 

 左右に迂回しつつ加速してゆく2機の後方で、カルロスは距離を離してゆく『フィッシュベッド』へと機首を向ける。距離は概ね2100、AAMの手は届かないものの、『フロッガーK』の眼が敵を捉えられるぎりぎりの間合い。

 兵装切り替え、1番ハードポイント、SAAM用意。方位微調整、距離やや離れ2150。

 ――FOX1(発射)

 

 SAAM――すなわち機体から放たれたミサイルが、母機の誘導を頼りに目標へと向かってゆくタイプの兵装。『フロッガー』における切り札とも言うべき装備だが、同様の『フロッガーK』に搭乗したことのあるフィオンならばこの兵装の存在も、そしてその弱点――高機動を以てレーダー照射範囲から離れる――も承知しているに違いない。カルロス本人にしても、これでフィオンを仕留められるとは到底思っていなかった。

 すなわち、その狙いはフィオンを回避に専念させ、その間に肉薄した2機による同時攻撃で仕留めることにあった。いくら加速性能に優れるMiG-21とはいえ、回避には旋回を多用せざるを得ず、必然的に切り返しの瞬間には隙も生じやすくなる。上空の隊長達が残る2機を相手にしている以上、この3機で対応する手段としては、この他に無かったと言っていいだろう。

 

 だが。2機を背に受けるフィオンは、予想外の回避行動を見せた。

 フィオンの駆る『フィッシュベッド』は、ほぼ垂直に急上昇。ニコラスとバリスタ1が慌ててその背を追い、いち早く追いついたSAAMが着弾するまさに一瞬前に、フィオンはその速度を一気に緩め、意図的に失速状態を引き起こしたのだ。

 くるりと鼻先が地を向き、垂直に落下してゆく『フィッシュベッド』。急激に進行方向を変えたその瞬間に、SAAMは尾翼を掠めたまま、その慣性に引きずられて飛び去ってゆく。そして、垂直落下に移ったフィオン機の前には、まさに急上昇に入らんとしていた『ホーネット』とラファールCが、その無防備な機体上面を晒していた。

 

《嘘だろ…っ!?うおああぁっ!!》

「な…!ニコラスッ!!」

《エスクード2!》

 

 上面から銃撃を受け、機体後部から煙を噴く『ホーネット』。フィオンの『フィッシュベッド』はそれと入れ違いながら、降下で得た速度を以て機体を引き上げ、まるで先程の激しい機動が嘘のように悠々と機体を立て直した。遠く離れたカルロスの眼の前で、その翼は右へと傾き、バリスタ1の背中を取るべく速度を速めてゆく。狙いは、おそらく横の巴戦。旋回性能ではラファールに分があると判断したのか、バリスタ1はそれに応じるように、フィオンと対極の位置で右旋回へと移っていった。

 

《あーあー。ラファール使ってその程度?もったいなーい》

《なんだ、離れない…!!本当にMiG-21か…!?》

「ダメか…!ニムロッド3よりバリスタ1、すぐ行く!巴戦を止めてダイブで逃げろ!!」

《…っく…!ダメ、だ…!!旋回を止めたら、喰われるっ…!!》

 

 嘲笑にも似たフィオンの声が、無線越しにカルロスの耳にも届く。もはやそれを腹立たしくも感じさえないほど、その技量は圧倒的だった。

 旋回性能で勝る筈のラファールCを、フィオンの駆る『フィッシュベッド』は確実に捉えつつあったのだ。おそらくは、早く後方を取るべく加速をかけているバリスタ1に対し、フィオンは巧みに加減速を織り交ぜて、旋回半径を最小限に収めているのに違いない。元よりMiG-21は軽量なうえ武装も少なく、旋回時にかかる遠心力は小さい。これにパイロットの技量が加われば、あながち不可能な芸当と言えなくもないだろう。

 

 このままでは、バリスタ1もおそらく持たない。カルロスは『フロッガーK』の主翼を再び畳み、一気に加速をかけてその2機へと距離を詰めた。ちらりと見上げた上空は、依然敵味方が入り乱れ、こちらへ降りる余裕はないように見える。やはり、今は自分がやる他無い。

 ――だが、間に合うか。間に合え。間に合え――。

 

 バリスタ1とフィオンの距離が狭まる。

 目算の距離は概ね850、もうAAM射程内まで幾ばくも無い。そして、こちらがフィオンの後方を取る余裕も無い。

 どうする。距離830。810。眼前で2機が回り、まさにこちらに腹を見せて入れ違う。

 ――今。

 

《捕まーえた》

「…させるかあぁっ!!」

 

 瞬間、カルロスは機体を左へ傾け、2機とは逆方向へ旋回。フィオンがバリスタ1へとAAMを放つと同時に腹を擦らせるように入れ違い、2機の間へとフレアを撒いて擦過した。

 パイロットの方がGの限界に達したのだろう、バリスタ1のラファールCが旋回を緩め、よろよろとその円を外れてゆく。AAMはその背に刺さることなく、フレアに誘われ飛び去っていった。

 

《……らしくなーい。いつも通り、自分の身だけ守って逃げ回ってればいいのに》

「…もちろん守るさ。自分も、他の奴も」

《はー…どーでもいいよ。『フランカー』が待ってるんだ。…とりあえずさ、早く落ちてよ、カルロス》

 

 こちらへと向いた、無邪気な殺意。それを体現するかのように、フィオンは機体を引き起こし、宙返りからこちら目がけ機首を向けた。

 対して、こちらの機動は左旋回から機体を水平に直し、右上方へと旋回する『シャンデル』。理論的には背面上方の敵に素早く相対できるため、被弾面積を減らすには最善の機動である。だが、機体を水平に直すという予備動作と、主翼を最大まで展開するという手間を挟んだだけ、カルロスの機動にはタイムロスが生じた。

 

《ぐ…!》

《おっそーい。『フロッガーK』が泣くよー?》

 

 完全に相対する前に射程に捉えられた『フロッガーK』へ、斜め上方から23㎜弾が襲い掛かる。胴体へ、主翼へと衝撃が刻まれ、その内の1発はキャノピーを掠め、破片がガラスへと食い込んだ。

 思わず怯んだカルロスは、シャンデル機動の頂点で機体を立て直し、今度は逆方向の左へと機体を転じさせる。

 

 焦りは稚拙な機動となり、隙を生む。再び水平に戻るというタイムロスを生じてしまったカルロスの横合いから、急反転した『フィッシュベッド』が追撃。さらに新たな弾痕を、『フロッガーK』の機体へと刻んでいった。

 だが、まだ生きている。まだ飛べる。再び背を捉えたフィオンの前で、カルロスは恰好悪く、泥を這うように無様に、それでも懸命に『フロッガーK』を右へ左へと旋回させた。

 被弾、衝撃。旋回の度に聞こえる、金属が削れる音。補助翼に被弾したのかヨーの効きも悪化し、アフターバーナーに至っては作動すらしない。カルロスの『フロッガーK』は、もはや満身創痍の様相と化していた。その背を、フィオンの『フィッシュベッド』が嬲るように捉えている。

 

「く、そ…!」

 

 敵わない。やはり、自分はエースには程遠い。――それならそれでいい。フィオンは引き付けた。銃弾も消費させた。あとはここで脱出すれば、他の機体を追撃する余力は無くなる筈だ。

 ごく自然に、カルロスは敗北を認め、脱出レバーへと手を伸ばした。今乗機を失うのは惜しいが、自ら定めた信念のために、ここで死ぬわけにはいかない。

 ――そしてカルロスは、知り得なかった。勝負は時として、予想だにしない決着を付けるということを。

 

《守る?そんな腕で?弱いのはさ、そんな余計なことは考えずにさ…》

《FOX3》

《大人しく、落ちて――ッ!?》

「………っ!?」

 

 まさに、それは予想外の光景だった。

 彼方から飛来したミサイル。尾部を噛み砕かれ、焔に包まれる『フィッシュベッド』。そして、その遥か後方に見える、見慣れぬ4機の機影。

 咄嗟に回避し致命傷を免れたものの、ミサイルは『フィッシュベッド』のエンジンカウルを吹き飛ばしたらしい。後部から煙を噴きながら、『フィッシュベッド』はよろめくように北へと鼻先を向け、俄かに立ち込めた雲の中へとその姿を晦ましていった。

 

《こちらオーシア空軍第1002飛行隊。そこのサピン機、生きてるか》

「…オーシア軍機…?」

 

 徐々にこちらへと近づいてくる、4機のF-14D。その先頭の機体なのだろう、良く響く男の声が、通信越しにカルロスの耳を打った。比類ない索敵範囲と長距離攻撃能力を持つ、『スーパートムキャット』の愛称を持つあの機体ならば、遠距離から敵機だけを狙うことも容易だったのだろう。ふと上空を見やれば、残りの2機も炎に包まれて落ちていく様が見えた。

 

《遅れてデカブツを追ってたら迷子になっちまってな。悪いが奴さんの位置を教えてくれ》

《救援感謝する。こちらサピン王国オステア空軍基地。…すまない、敵迎撃機に攪乱され、XB-0の位置を見失ってしまった。先ほどまでの進路から類推するに、既にウスティオ国境付近まで到達していると考えられる。》

《あー…そうかい、デカい図体の癖して逃げ足だけは速い奴め。了解した、邪魔したな》

 

 4機の『ドラ猫』が、大きな翼を翻して西へと進路を取ってゆく。あまりにも急激な事態の変化に頭がついて行かず、カルロスは礼を言うのも忘れたまま、その行く先をぼんやりと見つめていた。

 

 負けはしたが、生き延びた。しかし、そこに達成感も解放感も感じえないのは、追撃という任務そのものを全うできなかったことだけが要因ではないだろう。

 自分など足元にも及ばない天才。おそらくベルカのエースにも匹敵する、強く、そしてそれゆえに脆く儚い、一人の男。カルロスの脳裏に満ちていたのは、ただ一人の男の姿だった。

 生きているだろうか。そして戦いに魅入られたあいつは、果たして人生を全うできるのだろうか。

 

「…フィオン……」

 

 北へと続く薄い煙の跡を眺め、カルロスはぽつりと呟く。

 空を吹き抜ける冷たい疾風は、その声すらをも意に介さず、彼方の空へと流れていった。

 




《続報。XB-0はウスティオ国境を越えたのちヴァレー空軍基地を空爆。その後に追撃に上がったウスティオ軍機によって撃墜された。なお未確認情報だが、この際の戦闘でエスパーダ隊を始めとした連合国の機体が複数確認されたという。現在、情報を収集中である。諸君は引き続き厳戒態勢を維持しつつ待機せよ。以上だ》
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