そんな思いで書きました。
ネフィリムの暴走。
目の前で無茶をしようとしている妹。
誰かを助ける為に、自分達を実験動物としか見ない研究者達を愚直に助けようとする妹。
彼女は歌う、戦の姫が口ずさむ、絶唱を。
そんな妹を助けてほしい、そんな叫びは誰にも届かない。
――――筈だったのだが。
「トオッ!!」
勇壮な声と共にテンガロンハットを被り、ギターを持った男性が飛び込んできた。
妹を助けたいと願う姉、マリア・カデンツァヴナ・イヴは目を白黒させて男性を見る。
「あ、貴方は?」
「俺かい?俺は……」
男性が答えるよりも前に、安全な場所で見ていた研究者達が騒めき出していた。
何事かと振り向くマリア、セレナ、ナスターシャ。
「お、おいあれって……」
「ああ、多分そうだ……」
「間違いないぞ、あの風貌は……!」
男性は「俺も名が売れ出したか」と、ニヒルに笑う。
そして、その男性の名を研究者達は一斉に声として放った。
「V3の風見士郎!」
「アオレンジャーの新命明!」
「ビッグワンの番場壮吉!」
「特別救急警察隊の正木俊介!」
「うあおーの三浦尚之!」
「どれも違うッ!特に最後ッ!!」
どうやら違うらしい。
と、そこでナスターシャがスッと立ち上がって男性に手を差し出した。
その顔は久しぶりに友人に会ったかのように穏やかであった。
「お久しぶりです、宇宙刑事アラン」
「知っているの、マム!?」
「ええ、この人は宇宙刑事アラン。かつて地球に来たこともある宇宙刑事の1人よ」
マリアは宇宙刑事とは何ぞや、という顔でアラン(仮名)を見た。
しかしアラン(仮名)は微妙な表情をしている。
「確かに烈とは知り合いだけど、違うぜ」
ヒュウ、と口笛を吹いた後、テンガロンハットを少しだけ持ち上げて自分を親指で指差す。
何をするにもキザな男、その名は。
「俺の名は早川健。日本一の男さ」
早川健と名乗った男を見て、研究員達は再びどよめきだした。
「早川?……誰だ」
「いや、俺も知らない」
「俺も」
「私もだ」
「やっぱあの人、うあおーの人だって」
「……知名度の低さも日本一か……」
ガックリと肩を落とす健。
ネガティヴな日本一よりかはポジティヴな日本一が欲しかったところだが。
とりあえず、うあおーとか言ってる研究員は超力の名のもとに断罪されるだろうと思った。
キングピラミッダーまで出てきたら合掌である。
気を取り直して、健は暴れ続ける白い怪物――――ネフィリムに目を向けた。
白い鎧を身に纏う少女の横に並び立ち、少女、セレナの肩に手を乗せた。
「さ、此処は俺に任せろ」
「え、いや、でも……」
「まあまあ。俺なら大丈……」
次の瞬間にはネフィリムの一撃が健のいた場所に振り下ろされていた。
最期まで言い切る前に、健はネフィリムの一撃で姿を消してしまった。
「あっ……!!」
思わぬ事態に悲しむでも怒るでもなく、セレナも呆気に取られてしまう。
早川健は一撃で消失した。
その光景を見てマリアが、セレナが、ナスターシャが目を見開く。
突然の乱入者が突然の死を迎えてしまった、と。
余りにも唐突なショッキング映像に誰も気づかない。
その場に、血の一滴たりとも落ちていない事を。
そしてそれに気づいたのは、どこからか飛び込んできた声を聞いてからだ。
「フライトスイッチ、オン!!」
壁をぶち破って赤い車が突入してきた。
しかも何故か飛んでいる。
航空力学とか難しい事はマリア達にも分からないが、車が飛ぶって大分凄い事だと思うのだが。
「あれは、トライドロンか!」
「いや、ライドロンだ!」
「馬鹿、よく見ろッ!あれはデロリアンだッ!!」
「バック・トゥ・ザ・フューチャー30周年おめでとうッ!!」
「……そうですか、バック・トゥ・ザ・フューチャーからもう、30年なのですね……」
ナスターシャが遠い目をしている。
マリア的には何のこっちゃいだが、それどころではない異常事態だ。
「ハッハッハッ……」
赤い姿の人影が、飛んでいた車から降りてきた。
その笑い声は早川健とそっくりなのは気のせいか。
「ズバッと参上、ズバッと解決。人呼んでさすらいのヒーロー!快傑ズバァットッ!!」
独特なポーズを決めて、名乗り。
そしてズバットは白いネフィリムに啖呵を切った。
「無垢な少女の命を容赦なく奪おうとする怪物……許せんッ!」
そう言ってズバットはネフィリムに躍りかかった。
ともすれば無謀な光景。
だが、どういうわけかズバットは負けない。
ネフィリムの大振りの攻撃を全て避けて、徒手空拳が炸裂する。
ムチのような剣を振るい、ネフィリムの動きを制限する。
その赤い戦士、ズバットは強かった。
(今なら……ッ!)
ズバットが足止めをしてくれている今の内に、セレナは絶唱を歌った。
光が部屋全体を包み込む。
白銀のギアから発せられた絶唱はネフィリムを鎮静化させ、小型の、手の平大の形状にまで抑えて見せた。
しかし、その代償は大きい。
少女の命を蝕む絶唱は、彼女の目と口から血が流れる程の負荷をかけていたのだ。
更に絶唱の衝撃とネフィリムの暴走により部屋全体が崩れていく中、動く事もままならないセレナはその場に立ち尽くし、マリアに精一杯の笑顔を向けるしかなかった。
「お姉ちゃんが無事で、良かった……」
研究員達はいの一番に逃げ出していた。
マリアは、ナスターシャに無理矢理腕を引かれて脱出していた。
ナスターシャも逃げようとしつつも、セレナを想っての顔は苦悶に満ちている。
もしかしたら、セレナにとってのベストだったのかもしれない。
でもそれは、マリアにとっての最悪の結末。
セレナにとってのトゥルーエンド。
マリアにとってのバットエンド。
そう、彼女達がどれだけ頑張っても、きっとそうなっていただろう。
だが、もしも奇跡が一生懸命の報酬なのだとすれば。
(させん。目の前で大切な人を亡くすなど、あってはいけないッ!!)
「セレナッ……セレナぁ……!!」
研究所から大分離れた丘の上で、研究員達とマリア、ナスターシャは無事だった。
瓦礫と果てた研究所。
研究員達は自分達の無事を喜ぶばかり。
マリアとナスターシャは心を痛めているというのに。
マリアは無性に憎しみが沸いた。
自分達が蒔いた火種なのに、何故妹が死なねばならなかったのか。
残酷で、美しくもない世界だと心底思った。
あんな奴らが生き残り、心の優しい妹が死ぬなんて、何の不条理、後味の悪い結末過ぎる。
そんな中でエンジン音が鳴る。
空から響くエンジン音、鳥でも飛行機でもない。
それは、車だった。
「ほっ」
早川健が、ズバッカーを停めて到着した。
その助手席には、包帯が目や体のあちこちに巻かれた、最愛の妹がいる。
「セレナッ!!」
「随分と傷が酷い。応急手当はしたが、病院に連れて行こう。大丈夫、命に別状はないだろう」
健の言葉にうんうんと頷きつつ、マリアはセレナの頬に優しく触れた。
暖かい、まだセレナは生きている。
「お……ねえ…………ちゃん」
「うん、セレナ。私は、此処にいるよ……ッ!」
セレナの声に、今生の別れになるかもしれなかった妹の声に、思わず泣き崩れる。
ナスターシャも口を抑えて顔を背けていた。
血の繋がりが無いとはいえ、娘達に涙を見せたくはないのだろう。
気丈な人だ、と、フッと笑った健。
しかしその表情はたちまち怒りの顔に変わった。
「ッ!!」
大きな怒りを拳に込め、研究員を1人残らずぶん殴って見せた。
そして研究員の1人の襟首をつかみ、無理矢理に立ち上がらせる。
「2月2日!飛鳥五郎という……じゃない。つい癖が」
咳払いをして、気を取り直す。
「貴様等!何故、あの子達を見捨てたッ!!」
「や、奴らは所詮実験体!モルモットを可愛がる人間が、ど、何処にいる!」
「うら若き少女達を……許せんッ!!」
健は殴られた研究員達全員に、追い打ちをかけ、気絶をするほどの一撃を見舞った。
研究員達は全員、丘の上に乱雑に横たわった。
「目の前で大切な人が死ぬ苦しみを、こんな少女達に味合わせて、なるものか……ッ!」
怒りの表情と、憂いの表情。
先程のキザな男とは思えないほどの沈痛な顔を、マリアは確かに見た。
何か過去があるのだろう、辛く苦しい過去が。
マリアは涙を拭い、健の近くに駆け寄った。
「あの、ありがとう」
「ん?」
「その、セレナを、私の妹を助けてくれて……」
健は再び笑顔を見せ、マリアの頭にポン、と手を置いた。
しかしキザな笑顔ではない。
子供に向ける、優しい大人の微笑みだ。
「一生懸命に妹を助けようとして、偉かった。君は此処で延びてる連中より、ずっと強い」
「……ありがとう」
言葉の後、健はナスターシャにも言葉をかけた。
「貴女もだ。この子だけでも逃がそうとした決意。誰にでもできるものじゃない」
「……私はセレナを見捨て、マリアだけを逃がそうとした。それは、許されない事です……」
「そんな事は無いですよ。貴女は自分のできる限りをしただけだ、誰が責められるものか」
そう言うと、健は再びズバッカーに乗り込んだ。
「さ、じゃあ病院に行こう」
意気揚々と言う健だが、マリアはズバッカーを見て、大事な事に気付いた。
「あの」
「何だい?」
「……この車、2人乗りよね?」
「…………日本一の失念だ」
笑う健と、笑っている場合じゃないと怒るマリア達の遠く。
陰に隠れて、その様子を見る男性の姿があった。
「僕よりも英雄っぽい……ッ!!」
ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス――――通称、ウェル博士が、ハンカチを噛みしめて健に嫉妬の念をぶつけているのであった。
色々あったが病院に付いた。
具体的に言うと、健が日本一のヒッチハイクで見知らぬ車を止めたのだが、その車の運転手が病院に勤めているという日本一の運の良さを見せ、事なきを得た、という感じだ。
とかく、早川健という人間は日本一だ。
此処はジャパンではないというツッコミをマリアは放棄している。
何か、本当に何でもできそうだからだ。
ズバットなる戦士の正体が早川健なのは明らかな事実だ。
しかし、そもそもネフィリムの一撃をどうやって避け、どうやって施設の外に出たのかが分からない。
聞いてみたのだが、「そこは、日本一の脱出能力って事さ」と言われてしまった。
この男は日本一と言えばどんな不条理でもやってのけるのではないだろうか。
それこそ、未来を変えてしまうような事も。
「さて、此処まで来れば俺はもう、お役御免だな」
病院の入り口前で立ち止まった健は、テンガロンハットをくいっと指で上げた。
セレナを抱えるナスターシャと共に、マリアは深く頭を下げる。
「本当に、ありがとう。貴方にはなんてお礼を言ったらいいのか……」
頭を上げてから口にされたマリアの言葉に微笑んだ後、健は何も言わずに背を向けた。
その背を、マリアとナスターシャはただただ見つめていた。
男は何も語らずに去っていく。
経歴も年齢も何処から来たのかも、一切不明な男性は、少女を助けて去っていく。
日本一の男は親友の仇を討った後、再び旅に出た。
そこで日本一の巻き込まれ体質が発動し、日本一の状況把握能力で何をすべきか察した彼はマリア達を助けたのだ。
そんな彼は何も語らない。
悲しき過去も、今までの戦いも。
ただ、思い出したように一言だけ。
振り向く事も無く発した言葉はマリア達の耳にしっかりと届いた。
「ヒーロー戦記も、よろしく」
付け加えられた言葉に、無性にツッコまなければならない気がしたのは、マリアの気のせいであろうか。
この後、彼女達は本来の運命とは違う歴史を辿る事になる。
例えば仮面の戦士や色とりどりの戦士が、とあるライブのとある命を救ったり。
宇宙から伝説の名を受け継ぐ、地球出身の刑事がやって来たり。
星座の力を司る炎、風、大地、水に分かれた12人の戦士が現れたり。
人々を救う事を第一とする、パワードスーツに身を包む4人のレスキュー隊がいたり。
ピラミッドから光の巨人が現れたり。
雷の名を持つ、笑顔の似合う黄金の騎士と偶然出会ったり。
別世界から19歳の魔法少女が一部隊を連れて地球にやって来たり。
そんな彼等彼女等と出会ったついでに、日本一の男と再会したりと。
まあ色々とあったのは、別のお話だ。
最近、快傑ズバットを全話レンタルして見た結果、「この人なら何でもブレイクしてくれるんじゃね?」と思ってこうなりました。
魔が差した、という感じです。
最初はギャグありきで行こうとしたのですが、何故か途中から普通な感じに。
序盤で出ていたネタの幾つかはその名残ですね。
ラストの数行に書かれているのは、19歳の魔法少女以外は全て特撮ネタです。
全て分かってくれると、ちょっと嬉しいです。