ソードアート・オンラインIF ver.アインクラッド   作:モコモコ毛玉

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あの日の『影』を探して。

 二〇二五年四月――茅場晶彦というたった一人の人間が引き起こした前代未聞のサイバーテロ。その悲劇の舞台となったゲームの名前を借り、後に『SAO事件』と名づけられた一連の騒動から既に五ヶ月が過ぎようとしていた。

 当時こそ頻繁に取り沙汰されていたそれらが今となっては見る影もなく、あの鉄の城で過ごした約二年に渡る日々の事などまるでなかったかのように世界は今日も変わらず回り続けている。とはいえ、何もかもがそうというワケではなく当然だが元通りとはいかない事もあり、身近な問題で言えば学校関連などが最たる物か。

 件のデスゲームから脱出した生還者(サバイバー)は年齢も様々で中には受験を控えていた者や脱出した今がちょうど受験シーズン・卒業の時期という者も少なくはなく、そうでなくとも二年という歳月は生徒を授業から置き去りにするには充分過ぎたのだ。その対応として国は急遽、生還者専用の教育施設を設置し――現実、俺も、アスナたちも皆がそこへ通っている。

 通学路に並ぶ桜の樹々は自身を桃色に彩り季節はすっかり春へ移ったというのに、俺たちの心は依然、冬のまま。その理由は分かりきっていた。

 

 

 俺があの二年間で失ってしまった彼らは、もうこの世界には居ない――。

 

 揺らぐことのない現実は消え去る事なく、今尚、俺たちの心に影を落としていた。

 遺族からの復讐犯罪を防ぐ為かSAO事件の死者に関する情報はおおよそ全てが秘匿とされており、一般人に過ぎない自分たちが詮索するにも当然、限界という物がある。幾ら必死になって足掻いたところで塞がれた現実は変わらず、鬱屈とした気持ちが日常にまで影響を及ぼし始めた頃の事だ――彼女と再会し(であっ)たのは。

 

「――本当に、久しいな。貴様らと顔を合わせるのも半年ぶりか」

 

 ポツリ。肩まで届くブロンドの髪を寂しそうに揺らした彼女を含め俺とアスナ、リズベットの計四人でエギルの営む喫茶店の円卓を囲っていた。

 目の前に在る有り得ない筈の光景に目を白黒させたい気持ちを飲み込んで、俺は静かに彼女の言葉を待つ。

 

 

 今は無き、彼についてを知るために。

 

 

 * * *

 

 

 本来なら此処には居ない筈の、しかしどういうワケかこうして俺たちの前に現れた彼女――ウルズは語る。

 シャルテの死は、恐らく奴自身にとっても予想外だったのだろう。

 

 

 開口一番、飛び出してきた言葉に目を見開いて固まる事になったのは俺だけではない。アスナやリズベットも同じような反応を示し、場の空気は一瞬の内に凍りついた。

 

「面倒くさい奴の事だ。仮に当人の意思に背いて蘇生したところで憎まれ口や皮肉がうるさくなるだけ、機嫌は悪くなろうと怨みまではしないだろうさ。アレは確かに刹那主義の側面を持ち合わせていたが、 "死にたがり" というワケではなかったからな――無論、キリトが奴に蘇生アイテムを使ったのは事実だ。そして、それがシステムによって弾かれたのも本当だ。嘘はない」

 

 淡々と続ける彼女は俺の直面した事態を肯定するが、だとすれば、彼女が指した『彼にとっての予想外』は自ずと絞られてしまう。だがそれは、それが真実なのであれば、あまりにも馬鹿げてやいないか。

 

「あの世界にはプレイヤーの意思を汲み取り、システムの枠を越えて顕現させるプログラムが組み込まれていた事は貴様らなら知っているだろう。それが働いていたのだ……シャルテが消える間際に、本人が意図せぬ形でな」

 

「……ちょっと待って。それじゃあ、なに、アイツはシステムの不具合に殺されたっていうの?」

 

 沈黙の中、真っ先に声をあげたのはリズベットで、明らかな動揺を孕んだそれにウルズは首を横へ振り否定を示す。そうではないのだと続く言葉は不意に途切れ、彼女の表情には影が落ちた。言い淀み、口を噤む姿に急かす声は無く、程なくして紡がれた『シャルテが精神的に不安定な状態にあった事を知っていたか』という問に見知らぬ男を除いた全員が頷き肯定の意を見せる。それを一瞥した彼女は短く息を吐き、「原因はそこだ」と言い捨てた。

 

「例のプログラムの作動する条件は恐らく『人の強い願い』だ。そして、自ら死に瀕したあの瞬間、シャルテは足掻く事を止めようとした――」

 

 

 止めたいと思ってしまった。

 

 誰にだって挫折はある。心が揺らいでしまう事はある。それは当たり前の話しであって何も特別な事ではない。だからこそ、俺にはソレが理不尽に思えてならなかった。

 答えを手にした途端、湧き上がってきた黒い感情にまかせて円卓へ拳を叩きつけたところで現実は何も変わらない。理解していても、堪えきれる限度を越えていた。

 

「アインクラッドは、茅場晶彦にとっての理想郷じゃなかったのか……アイツが願った世界は、弱音一つ許さない世界なのか?」

 

 世界初のVRMMORPGとして世間から衆目を集め、各々が何かしらの期待を抱えて始めた筈の物が何の前触れもなく生死をかけた現実へ変貌した事を皮切りに精神的な過負荷から自死を願った者は大勢居たとしても何らおかしい話しではない。だが実際に死んだ者たちはどうだろうか。

 俺の聴き及ばない範囲でそういった事例があった可能性も零ではないが、少なくともあの二年間で『外的要因もなくプレイヤーが突然ポリゴン片へ還った』なんて話しは一度たりとも聞いた試しがない。だから、自分の言葉が的を得ていないであろう事も分かっていた。

 それが伝わってしまったのか、口をついて溢れた声にウルズからは唇を噛み締めながらゆっくりと首を横へ振り「それも違う」と明確な否定が返る。

 

「父は……茅場晶彦は、人間の『負の感情』は極めてデリケートなモノだと言っていた。当然、件のプログラムもそれを十分に考慮した形で仕上げたと聞いた……シャルテの蘇生が妨害された事は、本当に、開発者ですら予期せぬ事態だったのだ」

 

 思いを力に変える事のできる茅場晶彦が描いた夢の世界。

 それは本来であれば『力』の乏しい人間が現実へ立ち向かう為に用意された最後の希望となる筈だったのだろう。しかし、その特異性が故にシャルテは命を落とす事となった。なってしまった。他の誰に殺されたのではなく、システムの不具合によって殺されたワケでもない。シャルテの死は、彼自身が招いたモノだった。

 パンドラの箱底で眠る希望が『死による絶望からの解放』など、誰が想像できただろうか――?

 

 

 探し続けていた真実は残酷そのもので、言葉を失った俺たちを前にウルズは長く息を吐き、目を閉じる。その姿がまるで刑の執行を待つ罪人の様に思えて、俺は彼女の名前を呼ぶ。

 気を張りすぎているせいか周りの音などまるで耳に入ってこない中、ウルズが瞼を開き此方を見つめてきた事で自分の声が届いたのだと確信し、何よりも先に彼女へ伝えるべきだった言葉を紡ぎ出す。

 

 

 ――×××××。

 

 

 目を瞬かせた彼女は不意に口元を緩め、自らの手で目元を覆う。その姿を見たリズベットが、アスナが、同じように声を震わせる。

 ありもしない『もしも』を祈ったところで現実は何も変わらない。デスゲームなどが無くとも、今、この瞬間にさえ世界の何処かで誰かが命を落としている。遺された者の気持ちなど置き去りのままに、世界は淡々と回り続けるのだ。

 

 

 もしこれがゲームであったなら俺は躊躇うことなく《コンティニュー》を選択していただろう。しかし此処は現実で――これこそが俺たちの生きている "現実" で。

 自身の頬を伝う冷ややかな感触に天を仰ぎ、声にならない叫びが漏れた。

 

 

 * * *

 

 

 《Uさん が 入室しました。》

 

 U:本当に、これで良かったのか? 

 

 A:いいんだよ。人の一生は有限で、存外短いんだ。それをこんな事で無駄にして欲しくないし、遅かれ早かれ決着はつけないといけなかった事だからね……これで良かったんだよ。

 

 U:そうか……なら、私もこの件についてこれ以上の問いかけはしない。とりあえず、私はもうしばらく此方に居るつもりだ。せっかく遠出したのだからな、市街を散策して回る予定でいる。お土産のリクエストがあれば聞くが――。

 

 

 十畳一間の雑多な機材達が綺麗に整頓された室内に唯一ある作業用デスクへ向かい、その上に置かれた一般的なノートパソコンの液晶を踊る文字を眺めながら私は大きく伸びをした。

 長らく同じ姿勢で居た為か小気味良い音を立てる身体に時計を確認すると時刻は既に深夜直前まで差し迫っており、襲い来る睡魔に苦笑いを零しながらデスクに置いてあるカップを掴みコーヒーを煽る事で目を覚ます。数年前であれば数日の徹夜など何の問題もなかったというのに。これも命がけの世界を駆け抜けた代償か、はたまた単純に歳を取っただけなのか。

 ほどなくしてパソコンへ映し出された『Uさん が 退室し』という文字を見届けた私は画面を切り替え、ネットの海へと潜り始める。

 

「はぁ……オネーサンも良い歳だし、夜更かしはしたくないんだけど」

 

 嘆息混じりに文句を一つ。

 二年前に起きたSAO事件は表向きこそ解決された事になっているが、あれだけ人間の生き死にが起き、世界でも類を見ない稀有な形の犯罪として騒がれたモノがそう簡単に鎮火する筈もない。匿名性や確認の仕様がない事を良いことに有ることないこと面白半分に纏めたモノから生還者の誰かが書いたと思われる他の生還者の身体的特徴・悪評の流布など、小さいながらも当時の出来事は未だくすぶり続けており、それを強引にでも消火するのが "現在私が請け負っている仕事" なのだ。

 

 

「まったく、好き勝手言ってくれてるな」

 

 

 地獄のような二年間、あの世界で何があったかも知らない癖に――。

 勿論、私がその全てを知っているとは言えないし、当時の事を引きずり復讐を企てようとする気持ちも理解はできる。だがそれは決して踏み越えてはいけない線であり、そんな彼彼女等を煽るようなデタラメな記事を挙げるなどもってのほか。

 少し考えればわかる事だろうに、悲しいかな、それに気づけない・気づこうとすらしないのもまた人間という生き物の常であって今に始まった話ではないのだから。

 

「――アルゴさん、仕事熱心なのは結構ですけどいい加減に切り上げないと身体がもちませんよ」

 

「にゃははは。大丈夫大丈夫、ちゃんと加減はしてるよ……ホント、どっかの誰かさんと似てリーさんも心配性だな」

 

 コトリ。デスクの上で空となっているカップの横へ新しく置かれたソレからは仄かに湯気が立ち上る、漂い始めた甘さから想像するに中身は恐らくホットココアなのだろう。彼は―― "鳥井" は、あの子と同じくらい『気にしい』だ。出会った当初から気になってはいたが、もしかしたらあの子のそういった部分は彼譲りなのかもしれない。

 (そんな彼だからシーちゃんも気を許した、か……。)

 

 たかが二年。されど二年。情報を売買するという特殊な立ち位置にいた都合上、様々な人物と関わってきた。それでもあの子ほど気難しい――言い方を変えれば "繊細" な――人物は十指で足りる程度しか見れていない。あくまでも私の主観でしかないが、彼は言うなれば『水晶で出来た剣』のような人物だった。

 斬れ味は良く、見目も上等で相応の『強さ』を持つ一方、衝撃には極めて脆く、横から金鎚で叩きでもすれば直ぐに砕けてしまうような危うさを孕んだ代物。当然その扱いは難しく、満足に振るえる者など限られてくる。そんな『限られた者』の一人が鳥井だったのだろう。

 

 

 ――考え事に更けながらも手は動かし続けて、漸く仕事に区切りをつけられたのはそれから一時間が経った頃。想像よりも早く終わった事に息を吐き、ノートパソコンの電源を切ると私はデスク脇にある棚から見慣れたVR機器を引っ張り出し、内一つを鳥井へ差し出すと返ってきたのは呆れたかのような嘆息で。それでもしっかり受け取るあたり、なんというべきか。

 

「さてさて、それじゃあオネーサンも久しぶりに行こうかな――」

 

 

 ――リンクスタート。

 

 

 起動承認の掛け声を受け、 "三台" のアミュスフィアが光を放った。

 

 

 

 




 令和元年6月26日、another End及び後書きの部分を本文へ移行。

 SAOIF ver.アインクラッドはこれで完結となります。シャルテの生き様を見て、何かを感じていただけたのなら幸いです。
最後にアインクラッドにおけるシャルテの最終的なステータスに関してまとめておきます。
 一部用語はcode404の最後の後書きにまとまってますのでそちらを参照ください。


lv95(振り分けpt 285)
HP14350(14100+250)
筋力値(STR) 100
敏捷値(AGI) 185

[武器]
スティールシャッテン(短剣)
<プレイヤーメイド:リズベット>

[防具1]
ディバインクローサー
<店売り>

[防具2]
レイヴェンズコート
<レアドロップ>

[靴]
クロウグリーヴ
<店売り>

[装飾品]
スカーフ・オブ・ノーザンゴッデス
<プレイヤーメイド:ウルズ>

[スキルスロット15]
短剣
アンブッシュ
体術
パーフェクトパリング
幻影疾駆
疾風の加護
索敵
料理
隠蔽
他×5
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