ソードアート・オンラインIF ver.アインクラッド 作:モコモコ毛玉
まるで世界が停止したかのような感覚は何も今が始めてというワケではない。しかしあの瞬間、ヒースクリフの体力が零になり俺の視界が白い光で塗りされるまでの刹那の間は特にソレが顕著だったようにも思える。
背後から刺されたヒースクリフは自ら体力を確認するよりも早く手を動かしており、その動きが止まった途端、俺の身体は光に包まれ始めた。見知らぬ空間にいるという事は、つまりそういう事なのだろう。
『 "すまない" ――。』
転送が完了する間際、此方を向いたヒースクリフが何故そんな言葉を零したのかは分からない。
ただ、光が晴れた時にはもう俺は此処に居て、真っ先にフレンドリストを確認して死なせてしまったと思っていたアスナを含めた全員の名が消えていない事に安堵の息を吐き、この白い空間の探索と仲間の捜索を並行して行い始めた――俺がフィリアと出会ったのはちょうどその頃だ。
一度ぶつかりはしたもののオレンジプレイヤーにしては悪意がみられない事に疑問を抱き、冷静さを取り戻した彼女へ事情を尋ねてみれば彼女は素直に打ち明けてくれた。当然、それを鵜呑みにするつもりはない。だが有り得ない話しではないと腑に落ちたソレを俺は納得する事にした。
そんな折に彼女から安全圏内までの道案内をして貰える事となり、その道すがら、話題は此処に居るというもう一人のプレイヤーについてで持ちきりだった。
「――という事はそのもう一人が来るまでフィリアはずっと一人で此処に居たのか?」
「そうよ。まぁ、あの子が来てくれたおかげで多少なり人恋しさを紛らわせるようにはなったし感謝はしてるんだけど……」
何か言いにくい事でもあるのだろうか。突然声を詰まらせ苦笑いを浮かべた彼女にどうしたのかと問えば、逡巡の後に再び言葉が紡がれる。
「変にマセてるっていうか、捻くれてるというか、とにかく斜に構えた感じが強い子なの。オマケに何かと毒づいたりもするし、しかもそれがワザとなんだから質が悪いったらないでしょ? 正直相手にしてて疲れる時も多くて素直に喜べないのよね……」
そう言ってうなだれたフィリアは不意に顔を上げると、よほど溜まっていたのか堰(せき)を切ったように溢れ出す愚痴や苦労話しは止まる事を知らず、俺は聞き役に徹していた―― "徹する事しか、出来なかった" 。
(なんか、その相手に酷く既視感を覚えるのは俺の気のせいか?)
『黙ってさえいれば可愛い』・『容姿は女の子みたいな男の子』・『本人曰わく攻略にも参加した事がある』と、聞けば聞くほど絞られていく人物像はやはり見覚えのある姿で。
「でも、あんまり攻略組で親しい相手は居なかったからな……知り合いだと、良いんだけ、ど」
「そうだと良いわね。ただあんなに小さい子どもが攻略に参加してたっていうのは流石にちょっと無理があるし、嘘の可能性も――って、急に立ち止まってどうしたの?」
言葉を失い呆然とする此方に気づいたフィリアからの問いは右から左へ流れていく。
静止した状態からゆっくりと歩き始め、やがては駆け足へ。遠目に映る存在を確かめる為に疑問顔の彼女を置き去りにしたまま俺の足は前へ前へと進んでいき、手の届く範囲まで近づいたところで再び歩みを止めて伸ばした手は拒まれる事なく彼の肩へと落ち着いた。
『もしかして、 "シャルテ" なのか?』
投げかけた疑問に俺の目の前にいる少年は小さく息を吐いて、どこか気まずそうに「そうだよ」と馴染みのある声で言葉を紡いだのでした。
――あの後、動かないという転移門の有効化に成功して話し合いもそぞろに俺だけで街の探索へ赴く事となったワケだが、どうやらシャルテが生きていたという事実は自分が想像するよりもずっと大きく、精神的にもプラスの方向へ作用していた。それは彼女にとっても同じようで、閑素な宿の中、彼の無事を知ったウルズは安堵の息と共に胸をなで下ろすと仕切り直すように咳払いを一つ。真剣な表情を取り戻して言葉を続ける。
「キリトの予想も、その目で捉えたモノも間違いではない……体力が尽きる間際、此処へ私たちを転送したのは茅場晶彦(私の父)だ。貴様一人だけを外部の空間へ送ったのも恐らくはシャルテを見つけさせるつもりだったのだろう。シャルテは態度こそアレだが実力だけみればアインクラッドの中でも上位に食い込む。至極身勝手な話しではあるが、活路を開く為の剣は一本でも多い方が良いと考えていたのかも知れない」
"あくまでも予想でしかないがな。" と、そう付け足された言葉が終えると共に彼女は嘆息を吐き、自らのウィンドウを可視化させると俺はそれを見るように促された。
『 "すまない。これは私の失態だ。アインクラッドは乗っ取られた。" 』
「これって――」
「ああ。差出人は不明とあるが、恐らくは茅場晶彦からのメッセージと見て間違いはないだろう。此処へ来てまもなく、私へ届いた物だ」
ウィンドウに映る差出人不明のメッセージに記されていた三十にも満たない文字から得られる情報などそう多くはない。が、現状を把握するには必要最低限の物は揃っていた。
「もっとも、メッセージその物が罠だという可能性すらあるのだ。唯一信頼に足る情報と言えばアインクラッドが乗っ取られたという事か……現に私がNPCを演じていた時の暇つぶしとして使用を許されていた幾つかのシステムコマンドも使えなくなっているからな」
言いながら彼女はウィンドウを操作していき、やがて見慣れぬ項目へ辿り着くと徐に画面を叩いたが返ってきたのは『権限がありません』という分かりやすい一文だけ。
それを俺が確認するとウィンドウの可視化は解かれ、やがて何もない宙をなぞる彼女の指は動く事を止めてテーブルの上へと戻される。
「あの場へ乱入してきた男の目的が分からない以上、迂闊に動くべきではないがジッとしているワケにも行かないだろう。だからこそ動くのであればそこから探るべきだと思うのだが……どうだろうか?」
「少なくとも俺は賛成だ。だけど探るのなら外の担当は主に俺がやろうと思う。敵の強さだって誰彼構わず入っていけるレベルじゃなかった……万が一、何かしら不測の事態が起きてからじゃ手遅れになるからな」
探るとなれば当然目立たないよう慎重に行動しなければならない。相手の目的が分からない段階から下手に悪目立ちすればそれだけで狙われるリスクは格段に高くなってしまう。故に不必要な敵との戦闘は極力避け、戦う場合は迅速に処理をしなければならないのだ。
「了解だ。ではそれを暫定的な方針として動くとしよう。何かあれば直ぐにメッセージを飛ばしてくれ、力不足かもしれないが協力を惜しむつもりはないのでな」
「助かる。じゃあ俺は少し街の探索をして皆を見つけ――ぇたいのは山々なんだが、そうだな。それよりも前にやるべき事があったな」
たった二人の間で取り決めた方針でしかないが、いざ行動へ移そうというタイミングでメッセージの着信を告げる音が鳴った。そうして送り主の名前と本文を目にした途端、瞬く間に背筋が冷えていく。
もしやと思い視界外に居たウルズを捉え直すと彼女も同じように此方を向いており、コンマ数秒の沈黙の後、互いに手を取り合い一緒にメッセージの差出人たるリズベットの下へ向かう事となったのだが――。
「ふぅん……そう。シャルテ、ちゃんと生きてたのね。しかものんびり、女の子と一緒に」
彼女が借りた宿のリビングにある円卓を囲い各々が向かい合うよう席に着く中、右の対面に座るリズベットは俺の言葉にそう答えるとゆったりとした動作で立ち上がり、傍へ寄ると満面の笑みを浮かべたまま両肩へ手を置いてきた。
「ねぇキリト……今すぐ道案内をお願いできるかしら?」
「はい。分かりました」
逆らう事など出来る筈もなくシャルテはこの宿に住まう事に決まったのだが、もしかするとこの時点で俺は間違っていたのかもしれない。
如何なる理由があれ、自由奔放を好み束縛を嫌う彼に首輪をつければどうなるかなど少し考えれば分かった筈なのに。
―― "もうあの子は限界だよ。"
シャルテが居なくなる数日前に告げられた言葉を蔑(ないがし)ろにしたのは他でもない自分自身で。目の前の障害を跳ね退けようと必死になる余り自分の足下さえ見えていなかったと気づいた時にはもう手遅れだった。
フレンドリストから消えた彼の名を見つめ、深呼吸を一つ。
「俺は絶対に生きて帰る」
他の誰に聞かせるワケでもなく、聞かせるとするなら唯一人。俺自身へと言い聞かせた。
"謝るな――!"
自棄になっていた俺に叫んだアイツは、いったいどんな気持ちだったのだろうか。考えたところで答えなど見つかる筈もないのかもしれない。
それでもあの時見たシャルテの泣き出してしまいそうな顔が頭から離れなくて。
後悔せずには、いられないのです。
* * *
リズベットとシャルテを引き合わせてから数日が経過した現在に至るまで件の男は微塵も動く気配を見せず、また、その正体や目的も分からないまま。ただ刻々と時間だけが過ぎていく感覚は安心感よりも先の読めない不安を煽り少しずつ精神を蝕んでいくらしい。
時刻にして朝の十時。リズベットが借りた宿の一室ではシャルテで心地良さそうに寝息を立てていて、俺はその姿を確認すると彼を起こしてしまわぬよう、静かに扉を閉め皆の待つリビングへ戻ると適当な椅子へ腰を下ろした。
「ふぅ……すっかり熟睡してたよ。あの様子だとしばらくは起きないと思う」
シャルテが寝ていたという言葉にウルズやリズベット・クラインを始めとする四人全員が胸をなで下ろしていたが、一人だけ――薄紫の髪を持つ少女だけは柔和な笑顔を浮かべながら嬉々として俺の来た道を辿ろうとする。
それを慌てて引き止めれば拗ねたように頬を膨らませて「じゃあ代わりに」と、俺を捕まえて後ろから抱きしめる形で椅子に着く。
「いや、待ってくれストレア。何でそうなる」
「キリトが私を止めたからだよ? 今日はシャルテな気分だったんだけどなぁ……寝顔、見てみたかったのに」
「ストレア……アンタねぇ、アイツは熟睡してるように見えて気配だけで起きるヤツよ? さっきまで暴れてたのがようやく寝ついたのにまた起こしたらダメでしょう」
呆れたような態度で注意をするリズベットに当のストレアは納得がいかないのか見たい・撫でたい・つつきたいと駄々をこねる。だがそんな事を今のシャルテにしようものなら間違いなく暴れるだろう。
(むしろ暴れるだけで済めば良い方だな……最悪、俺たちに剣を向けるかもしれない。)
(※シルバーフラグスの依頼の時、キリトへ刃を向けたシャルテの言葉。)
脳裏に過ぎるシャルテの姿は過去の物だ。あの時の彼はどう考えても普通とは言い難い状態で、放つ殺気も、醸し出していた狂気も、紛れもない『本物』であるように思えた。
あれがラフィンコフィン掃討戦で彼と相対したPohが口にしていた『獣』であるならば、そしてシャルテ自身、それを自覚していたのなら――?
(いや……少なくともこれは今考えるべき事じゃないな。)
仮定を辿り、思考が実を結ぶ前に俺は意識を切り替える。
「まあオネーサンもストレアの気持ちは分からなくもないし、これがキー坊相手ならまた事情が変わってきたんだけどな。今の警戒心剥き出しなシーちゃんに無許可でそんな事したら二度と近寄らせてすらもらえないかもしれないぞ?」
「それはいゃむっ! むー!」
「バカ、大声は止めなさい! シャルテが目を覚ましたらどうするのよ!」
本来、扉一枚を隔てている以上どれだけ騒いだところで此方の声が聞こえる筈はない。しかし『万が一』や『もしかして』を考えると大声を出す事は避けるべきであり、それはリズベットも同じ考えだったらしく、慌ててストレアの口を手で塞いでいた。
が、その手を避けようとストレアがもがき、やいのやいのと賑やかになり始めた空気は "コンッ――という小さな音で静まり返る。"
「二人とも静かにしろ。とにかく……今のシャルテを不必要に刺激する事は極力避けるべきだ。下手に干渉しては手痛いしっぺ返しをされるのが関の山、厄介事を自ら招く必要もないだろう」
眉間へ皺を寄せたウルズの言葉に不満を零す者は居ても誰一人として拒否する者は居なかった。
やがて三人が街へ向かい、リビングに残ったのは俺とストレアの二人だけ。彼女は相変わらず俺を膝に乗せたまま後ろから首へ手を回して逃げ出す事を許してはくれない。当然密着してしまっている以上出ている物は当たってしまうワケで、これで恥ずかしがるなと言う方が無理である。
「ふふっ、キリトどうしたの? 顔が赤いよ?」
「恥ずかしいんだよ。まさかこの歳になって誰かの膝に乗せられるとは思わなかったからな……ストレア、分かってて聞いてるだろ」
此方が下手に抵抗すれば彼女はかえって逆効果だという事は目に見えている。だからこそ嘘は吐かず、雰囲気だけは平静を装って問い返すとストレアは楽しげに肯定して抱きしめる力を強くした。
「分かってるならそろそろ離してくれ。心臓に悪いし、一応俺も男の子なんだぞ?」
「嫌、もう少しだけ……もしかすると最後になるかも知れないから。充電しておきたいの」
いったい何を充電するのかと問えばいたって真面目な調子で『癒やし』と返されてしまい、面を食らう俺の頬にストレアの指が触れる。
「――ねぇ。キリトは、シャルテの事をどう思ってるの?」
「どうって、まぁ、シャルテが俺をどう思ってるかは分からないけど……少なくとも俺はシャルテの事を大事な友達だと思ってる」
はっきり言うとシャルテの思考は理解し難い――といっても嫌悪や忌避の意味ではなく、純粋に読みにくいという事だ。ニコニコと笑顔を絶やさないアルゴが話しを聞く傍らで情報を引き出していくように、彼は平然と素知らぬ顔で事を行う。要は線引きがされているのだ。
ある一定のラインより内側であれば素直に応じるが、僅かにでも先へ踏み込もうモノなら途端に壁を築く。それが無意識の産物なら自然と話しを変え、意識的なモノであれば親しい相手だろうと容赦なく力を持ってでも阻止しようとする。
たしかに友達だからといって全てを明け透けに出来るかと聞かれてしまうと、答えは『ノー』だ。どれだけ親しい間柄であろうと踏み込まれたくない、知られたくない秘密はあって然るべきとも思っている。だがシャルテのソレはあまりにも明確で、此方が近づこうとすればするほど嫌でも壁の存在を意識させられてしまう。
「そっか。友達なら……ちゃんと傍に居てあげないとダメだよ? たとえ嫌われてでも、今のあの子を独りにしたらダメ」
「ダメって言われてもだな……傍に居たら余計にストレスを与えるかもしれないだろ」
実際にシャルテから『今は出来るだけ一人で居たい』と言われてしまっている以上はどうしようもない。それは彼女だって既知の筈だ。
なのに何故。投げかけた疑問に、ストレアは迷う事なく答えを紡ぐ。
"もうあの子は限界だよ。"
告げられた言葉に思考が停止した。
「あの子が本当に大切なら傍に居てあげて。そして万が一、彼が自ら命を絶とうにしたらその時は――」
ポツリ。
零した言葉に振り返ると、居た筈の彼女は消えていた。不思議そうに名を呼べど声に答える者も誰もいない。
その直後だ。街が揺れて、男は現れたのは。
* * *
"私の目的は茅場晶彦を殺す事ではない" と、王を自称する男は笑みを深くしてそう言った。
ならば何が望みなのか――尋ねた疑問に、彼は淡々と告げる。
「私の本当の狙いはキミの命だよ、キリト君。さぁ、剣を抜きたまえ。英雄の力がどれほどの物か……王であるこの私が直々に確かめてやろう!」
高らかな笑い声を上げた王は牙を剥く。
何故彼が俺の命を狙うのかは分からない、それでも黙っていては死んでしまう。だから俺も剣を抜いた。
装飾過多な長剣を左のダークリパルサーで弾き、右手に握りしめたエリュシデータで胴を薙ぐ。突然の事で混乱する頭を余所に身体は一切の迷いなく剣を振るい――刃は男の胴を目の前に火花を散らした。
(なっ……!?)
予想外の硬い手応えに眉をしかめた俺の目へ飛び込んできたのは『不死性』を示す文字であり、男の身体には傷一つけられていなかった。
「ふん、驚いているようだね。だが無理もない……何せ力を示す機会は此が初めてだ。言っただろう? 私は『王』だと。王とはヒエラルキーの頂点に君臨する者、つまりは全てを支配する立場にあるという事さ」
したり顔でそう語る男に言葉を失ったのは恐らく俺だけではない。張り詰めた空気は悲壮感を帯び、この場へ居合わせたプレイヤーたちも小さな声で『絶望』を口にする。
何せ彼の味方は、一般プレイヤーがどう足掻いても敵わない事を約束された存在なのだから――。
「そう、今やアインクラッドは私の支配下にあると言っても過言じゃない……自身にシステム的不死性を与える程度、雑作もない事なんだよ!」
周囲の反応がよほど気に召したのか、男は悦に入ったように笑いながら俺が持つ "左手の剣" を見るように促してくる。当然、断った。ワザワザ見え透いた罠に引っかかる必要もないだろう。
無言のまま、俺は相手の腕を斬り落とすべく剣を振る。それは当然システムの壁によって防がれたがそんな事は関係ない。
「血迷ったか? 君は確かに強い、このアインクラッドでもトップクラスの実力者だろう。だが幾ら剣を振ったところで所詮、君は只のプレイヤーだ。その刃が私に届く事は万に一つも有り得ない」
言われずとも解っている。
仮に彼が本当にシステムを掌握して自身へ耐性を付与したのなら、偶発的にダメージを与えられたところで即座に回復されてしまう可能性もあるのだ。勝敗など誰が見ても明らかだろう。
しかし、たとえ憐憫の視線に嘲われようと剣を振る事を、抗う事を止めるつもりは毛頭ない。
「お前がシステムによって守られてるのは解った……でも、それが足掻く事を止める理由にはならない!」
足掻いたところで現状が絶望的な事に変わりはないが、諦めない限り希望は在り続けるのだ。しかし今、此処で男に屈してはその可能性さえも潰えてしまう。
「ちっ、これだからガキは嫌いなんだ。まあいい……口で言って分からないなら力で示すまでさ」
そう言った男の目はまるで羽虫を見るように冷たく、気怠げに振り下ろされた長剣を俺はダークリパルサーで受け止め――ぶつかり合う力と力の拮抗は、一瞬で終わりを迎えた。
「ふん、だから言ってやっただろう。 "左手の剣を見てみろ" と」
目の前を漂うポリゴン片にほんの僅かの間、何が起きたのか理解できず無防備を晒した事で生じた隙を彼は逃さず、俺が右手に握っていたエリュシデータを自らの剣で "貫く" 。すると途端にエリュシデータへ罅が走り始め、ほどなくポリゴン片へと姿を変えた。
「あっははは! 良いねぇ、その表情。僕はそういうのが見たかったんだ……驚いただろう? システムを掌握してしまえばこんな事もできてしまうんだ」
とはいえ、こればかりは一筋縄に行かなかったと付け足す彼の言葉など右から左へ抜けていく。
(どういう事だ……。)
鍔ぜり合いを征したのは男で――彼の長剣とダークリパルサーがぶつかり合った途端、溶断するかのように長剣の刃はダークリパルサーの刀身を通過し、俺の左腕を根元から攫っていった。
この世界でも非金属製の物体なら両断は可能だが金属相手では幾ら剣と言えど現実と同じでそう易々と切断する事は出来ない。つまり本来ならば有り得ない光景なのだが、芽生えたのは違和感ではなく既視感。
『 "クルーエル" 』――第七十五層で戦った蠍型のイベントボスも同じようにタンク役のプレイヤーが構える盾を両断していたのだ。
「――もしかして、データを破壊したのか?」
辿り着いた可能性に場がどよめき、男は憎々しげに表情を歪めながらも「その通りだよ」と肯定を示した。
「これはカーディナルに備わっていたバグ消去のプログラムを応用して僕が一から創りあげた一品だ。と言っても、開発にかかった苦労と成果が釣り合わない上に狙ったモノに触れていなければ壊せない・全てを破壊する場合には少し時間がかかる粗悪品さ。僕とした事がプログラムの解析途中でうっかりデバックシステムを目覚めさせてしまってね……流石にあの時は冷や汗をかいたよ。不測の事態とはいえフィアンセを危険に晒してしまったんだ。おかげで僕が考えていた予定も、この剣も、理想とはかなりズレてしまったがそれでも此処と外に在る君という一人の存在を消すには十分過ぎる代物さ」
長い独り語りは一度途切れ、男は辟易した態度で尚も続ける。
「さて、これだけ説明すれば如何に物分かりが悪い頭でも理解出来るだろ。君は私に敵わない、此処で死ぬ運命(さだめ)なんだよ」
一体何が其処まで面白いのか、恐らくは此方が絶望したとでも勘違いしているのだろう。ならば好都合だ。
まだ生きている右手で空を握りしめると違和感を与えないようゆっくり肘を折り曲げて後ろへ引き、俺は《エンブレイサー》の構えをとる。ダメージを与えられなくとも虚をつければ良い。
頭の中で淡々と行動を繰り返しながら『今』というタイミングを伺っていた俺の右手をなぞるような感覚に条件反射で振り返った先、視界いっぱいに映る見慣れた笑顔に俺が何かを言うよりも早く、彼女は男の方を向いて口を開く。
『 "オベイロン" 。あなた、自分の目的を忘れたの――?』
呟いた言葉は温かみが無く、冷たささえ感じるソレを向けられた男は僅かに首を傾げた後で「あぁ」と、掲げていた剣を収めた。
「私とした事が獲物を目の前に事を急いてしまったようだね。注意を感謝するよ、 "ストレア" 。君が止めなければ危うく彼を斬り捨ててしまうところだった」
ストレアがオベイロンと呼んだ男に悪びれた様子など一切なく、むしろ邪魔しなければ殺せていたのにと言わんばかりの態度にストレアは閉口したまま彼の下へと歩を進める。
何故この二人が互いの名前を知っているのか、漠然とした全体像を知るだけなら考えるまでもない。
「さて、今私の眼前に居る分からず屋は置いといてだ。此処に集まっている者たちは如何に私が強大で、強力で、太刀打ちできない相手だという事を理解できたと思う。本来なら目的を果たしてしまえば君たちにも等しく死んでもらうつもりだったのだがね……ただ、私は暴虐の限りを尽くす無能な『王』ではない。故に諸君らにはチャンスを与えよう。なに、単純な二択問題さ」
一つ―― "英雄" を犠牲にして "自分たち" は助かるか。
二つ―― "英雄" と共に散るか。
「もし、此処にいる英雄が前者を選ぶのであれば私はその時点で君たちをこの忌まわしき鉄の城から現実へ解放しよう。勿論 "死" という意味ではなく、正式にゲームからログアウトさせる形でね。期限はそうだな……今から一日、ちょうど二十四時間としようか。英雄様の賢明な判断を期待しているよ」
淡々と、一方的に話しを進めた男は踵を返すなり白光を纏い姿を眩ませた。
静まりかえる広場に残されたストレアは此方を振り向かず、静かに、大きな息を吐いた。
「明日。今と同じ時間に此処へ迎えに来る……まだ時間はあるから、それまでゆっくりと考えて――あなたが諦めない限り、道は消えないよ」
消え入るような最後の言葉に目を見開いて咄嗟に彼女の背中へ手を伸ばすも間に合わず、俺の手は虚しく空を掴むだけ。
取り残された俺はクラインとリズベットによって支えられながらこの場を後にした。突き刺さる視線が言いたい事は分かっている。
(期限は一日いっぱい、か……。)
どちらを取るべきかなど明白で、既に心の中では進むべき道を決めている。が、それを実行する為には大きな問題が残っていた。
――途中でクラインとは別れ、俺はリズベットと共に彼女の借りる宿へ向かう。目的は単純に彼と話しをする為である。
歩き始めて五分も経たない内についた目的地の玄関をくぐった先ではウルズが待ち構えており、チラと俺を一瞥した彼女は無言のまま頷くと彼の居る部屋へ入っていく。俺とリズベットも彼女の背を追い部屋に入るとクローゼットや椅子・置き時計の散乱した室内の隅、ベッド縁に腰をかけたシャルテと目があった。
「随分と外が騒がしかったね……おかげで目が覚めちゃったよ」
言って、まだ眠気が完全に取れていないのか瞼を擦りながら小さく欠伸をした彼は此方を向いたまま首を傾げる。そうして "何か話したい事があるんでしょ。" と、問われた事に俺は深呼吸をして彼に自らの考えを打ち明けた。
しかしそれを伝えた途端シャルテの表情に影が差していき、最後には頬を張られてしまった。もっとも、そうされても仕方がない事をした俺が悪いのだ。むしろ物理的に噛みつかれなかっただけマシな方だろう。
(はぁ……なんでこう、もっと良い言い回しが出来なかったかな。)
あの後、布団へ潜り込んでしまったシャルテに何と声をかけて良いか分からなくなり再び謝罪の言葉を零しかけたところで俺はリズベットからリビングへ連れ出され、そこで彼女から言われた言葉の意味を俺は今になって理解していた。
手鏡に映る俺の表情は暗く重たいモノで、これでは本当に犠牲となると誤解されても仕方がない。或いは自分が気づいていないだけで本当は諦めているのか。
「――それはお前さんにしか分からない事だな」
戻ってきた自分の宿。そのリビングで椅子に腰をかけテーブルに上体を投げ出す形で一人悶々と考えこんでいたところ、飛んできた聞き慣れた声に顔を上げると持ち主は直ぐ目の前に居た。
「クライン……いつの間に」
「なに、ちょっとばかし前にな。しっかし名前を呼んでも云とも寸とも言わないわ、寝てるのかと思って近づいてみたらずっと独り言を言ってるしよ。内容がシャルテ関係だったから気が触れたワケじゃないのは直ぐ分かったが……まあ、なんだ。その様子だと失敗したんだろう?」
言い淀む彼に俺は嘘をつかず結果と起きた事だけを告げる。
全てを打ち明けた後のクラインの反応はリズベットや俺の後悔と同じモノで、しかし苦笑いを零した彼は「あくまでも俺の考えでしかないんだが」と前置きをしてから言葉を続けた。
「シャルテも自分が怒鳴った事に驚いてたんだろ? なら、アイツも怒鳴ったりするつもりは無かったんじゃないかね。もしくは怒鳴るにしても声量を抑えていたか、何にしろ本人でさえ予想外だったんだろうよ。キリトの話しを聞く限りアイツもキリトの考えを理解してるようにも取れるし、布団に潜ったのも別にキリトとの会話を拒絶したワケじゃなくて単純に自己嫌悪から来た行動だと思うぞ」
あっけらかんと答えた彼に何故其処まで分かるのかを問えば、『なんとなく』という一言が返ってくる。
「アイツは確かに変わってるけどよ、お前さんと似て友達が死ぬかも知れないって聞いたら黙ってられるようなタイプじゃないだろ。今回だって身体が十全に動くならぶん殴ってでもお前を止めた筈だ。それが出来ないから、大事な時に何も出来ない自分が腹立たしくて、内心じゃ悔しくて仕方ないんだろうな」
今回はそれが『頬を張る』という行動に出た、という事なのか。どこか寂しそうな顔をしたクラインは深く息を吐き、少し前までの俺と同じくテーブルへだらしなく上体を投げ出す――。
「俺は、お前が立ち向かうってなら隣に居てえよ。そんで一緒に戦って、勝って、生き延びて。亡くしたモノはバカみたいに多いけどよ。それでも現実で、またこうして面と向かいながら話せたらって、思ってんだ」
ポツリ。ポツンと。紡がれた独白に、俺は口を噤んで耳を貸す。
「だけどよぉ……あの男がキリトを犠牲にすれば皆がログアウト出来るって言った時に、 "ようやく解放される" って、思っちゃったんだよな。それがもう腹立たしくて、ムカついて……お前は優しすぎるからきっとその道を選ぶって分かってるのに、「一緒に戦おうぜ」の一言を直ぐに言えなかった自分は何なんだってよ。だから、もう遅いかもしれねぇけど言わせてくれ。キリト、俺も一緒に――」
「クライン。俺はその気持ちだけで充分だよ」
"一緒に戦わせてほしい" と、恐らくはそう続く筈だったであろう言葉を遮って俺は自分の言葉を縫い合わせた。
「いっとくけどクラインが一瞬でもそういう気持ちを持ったからとかじゃないぞ? たとえ真っ先に言ってくれたとしても俺は一人で行くつもりだったんだ」
これは話しを持ちかけられた時から決めていた事だ。誰に何と言われようとこればかりは変えるつもりはない。
「絶対、絶対に生きて帰ってこいよ――!」
そして、翌日。
俺は指定された時刻よりも早く来ていたストレアに自らの意思を告げた事で他のプレイヤーたちのログアウトが始まった。既にシリカとアルゴは解放されており、たった今、クラインもログアウトされた。
これで街に残ったのは俺とリズベットの二人だけ。直に彼女も強制的にログアウトされるのだろう。
「――アンタが死んだら一番悲しむのはアスナよ……それでも行くの?」
「ああ……でも、死にに行くワケじゃない。皆が無事にログアウトした後なら俺は存分に "抗える" 」
もし俺がオベイロンの申し出を断れば残されたプレイヤーたちにまで危害が及んでしまう可能性があった。しかし他のプレイヤーがログアウトした後であればそのリスクは当然無くなり、俺は戦闘に集中できる。勿論、オベイロンが本当にログアウトをさせる保証などない。それこそ逆に人質として利用される可能性もあるが、だとしても確実に狙われるよりも遥かには希望がある。
だから心配しないで欲しいという意味も込めた言葉に彼女は突然俺の手を取って、互いの小指を絡ませた。
『 "約束よ――。"』
告げられた言葉に目を丸くした俺に彼女は笑顔を向けてくる。しかし彼女の手は震えていて、無理をしている事は想像するまでも無く明らかだ。
だからこそ気づかぬフリをして、俺も笑顔で言葉を返す。
「何となく恐ろしい事をされるのは解ったよ。でも大丈夫だ、約束は守る」
"いってくる――。"
手を振って。
"いってらっしゃい――。"
振り返された手も、彼女自身も、白い光に包まれて、後には何も残らない。街に残されたのは俺一人。
そして、そのタイミングを見計らっていたかのようにストレアが現れる。
「さて、と。街の人へのお別れは済んだみたいだね……じゃあ、最後の挨拶に行こっか」
そう言って寂しそうな笑みを浮かべる彼女に手を引かれ、転移門を越えて訪れた場所にはフィリアの姿があった。
「結局、こうなるのね……」
ストレアは彼女へ道案内を頼むと自らは英雄の登場をオベイロンへ報告すると告げて姿を消した。残されたフィリアは諦めた風に呟いて、無言で前方にある扉を目指し歩き出す。その背を追うようにして後をついていくが不意に彼女は歩みを止め、此方へ振り返ると短剣を抜いて飛びかかってきた。
あの日、俺とフィリアが初めて出会った時と同じ鋭い薙ぎを見て俺は右手で自分の背中に差してある片手剣を抜き、放つ。
――片手用直剣基本単発ソードスキル《スラント》。
初期から習得できる基本ソードスキルであり、二刀流を得る前の俺にとっては慣れ親しんだ技でもある。僅かなタメも感じさせず青い燐光の尾を引かせた袈裟斬りは的確にフィリアの短剣を捉えて打ち砕く。
「武器だけを壊したのは、情けのつもり……?」
目の前で立ち尽くす少女に対し、俺は首を横へ振り否定を示す。情けなどではない。ただ彼女へ剣を向ける理由もなければ感情に呑まれたまま見境無く剣を振る真似はもうしたくないだけだと。今、俺が剣を向けるべき相手は彼女ではないのだから。
俺の返事をフィリアがどう受け取ったのかは分からない。が、それを確かめている暇もない。俺は剣を収めると彼女の横を抜けて視界前方に鎮座する扉へと歩を進める。
「死んじゃうかも知れないのに、なんで―― "なんで平気な顔をしていられるのよ!?" 逃げれば良いじゃない! 無理に死に急ぐ必要はない、アイツを打ち倒すチャンスだって機会を窺えばまだあるかもしれないでしょ!? なのに、なんで!」
背後から聞こえてきた声は悲痛なモノで、俺は足を止めると振り返らずに口を開く。
「この世界には、不思議な力がある。その正体が何なのか、どういう理由で起きるのか断言は出来ないけど、でも、そんな力が確かに存在している事だけはよく知ってるんだ。それに……俺にはまだ動く手足が残ってる―― "それだけあれば足掻くには十分だ" 」
返事の代わりに聞こえてきた転送音に俺は止めていた歩を進ませ、門をくぐる。そうして抜け出た先は聖堂のような空間の奥には三人の人影があった。
その中にオベイロンの存在を確認した俺は納めていた剣を抜いて一本道を駆け抜ける。
タン、タンタン、タタタタ……ダッ――!
強く床を蹴り、勢いを殺さず重ねた技は片手用直剣上級重単発突進ソードスキル《ヴォーパル・ストライク》。
視界を景色が高速で流れ、刹那の後に訪れた破裂音は俺の握っていた武器がオベイロンが張る壁との衝突に耐えきれず砕けた事を示していた。しかし、そんな事は関係ない。砕けたのなら、新たな剣を握るのみ。
「早く剣を抜け……この首が欲しいんだろ」
「はっ――良いね、威勢の良いガキは嫌いじゃない。精々足掻いてみる事だ……そして絶望の底で死ねば良い」
男の剣に当たる事が許されないのなら避ければ良い。当たらなければ死にもしないのだから。
* * *
声にもならない叫びを上げて俺はただひたすらに剣を振る。衝撃に耐えられず剣が砕ければ新たな剣を取り出して斬りかかり、また壊れ、新たな剣を取り出す。片腕が無い故の集中か、戦闘が開始してから五十近くの剣を破壊した今まで幸いにもオベイロンの攻撃が直撃する事はなかった。
とはいえ、何事にも限界は存在する。俺がリズベットに頼んで急拵えてもらった片手用直剣は既に底をつきかけており、掠り傷を重ねた身体は体力を黄色く染めていた。そんなジリ貧の状態に無意識とはいえ焦っていたのだろう。男の攻撃を避けようとして耐性を崩し、集中が途切れる。
(マズい――!?)
「あっははは、隙ありってね!」
高らかな笑い声と共に、逃げ遅れた俺の左脚の膝から先が寸断された。そのまま崩れたバランスを立て直せず無様に床へ身体を打ちつけた俺を、オベイロンは心底愉快そうに見下ろしてくる。
「いやはや、恐れ入ったよ……まさか此処まで抵抗してくれとは。英雄の銘は伊達じゃなかったようだね」
でも――と、オベイロンは片手間に俺の右手を斬り落とした。
「これでもう剣は握れない。正真正銘、僕の勝ちだ!」
振り上げられた刃が降りるまでに何秒かかる。五秒か、一秒か、それ以下か――残る左脚を使えば一撃は避けられるだろう。たった一度避けただけではどうにもならないかもしれない。だがしかし、身体はまだ動く。
迫る剣の腹を《水月》で蹴り上げる事で軌道を逸らし、代償として左脚も失った。
「ちっ、しつこいクソガキが。でも、これで終わりだ!」
迫る剣に、不思議と恐れは抱かなかった。
まだ終わってなどいない。四肢が欠けようと、まだ――。
『――あなたは死なせないよ。』
(えっ……?)
眼前に飛び込んできた薄紫は見慣れた笑みを浮かべていた。コンマ数秒の後にオベイロンの剣がストレアの背を斬りつけて、僅かなポリゴン片を散らしながら彼女は力なく倒れこんだ。
その身体を男は容赦なく踏みつける。
「プログラム風情が、なに僕の邪魔をしてるんだよ。所詮は造られた紛い物風情が人間様に楯突く? 許されるとでも思ってるのかよ!」
男が蹴り、踏みにじる度にストレアの口からは悲鳴が零れていく。俺が止めろと叫ぼうと、彼女が痛みに呻こうと、『王』は暴虐を止めようとしない。
目を背けたくなる光景に武器を取れない身体が恨めしく、なんとかしようと床を這いずる俺は何も出来ずに蹴り飛ばされた。
「はぁ……裏切り者には罰を与えないといけないね。予定が狂ったけどまず君から始末しようか、ストレア」
そう言って、男は足下に転がるストレアを軽く蹴りつけ仰向けにして、その瞬間にガキン――と、硬い衝撃が響く。
「これは……どういう意味かな?」
「なに、深い意味は無い。ただお前が気持ち悪くて仕方ないだけだ」
オベイロンの首筋には大型の出刃包丁が当てられており、その持ち主たる黒いポンチョのような外套を纏った男の姿は見覚えのある者だった。
「そうかい――なら君も同罪だ」
一閃。突きだされた剣を外套を纏った男は避ける事もせず、その胸を剣が貫いた。
「愚かだね……黙って僕の言う事を聞いていれば、まだ少しは長らえたというのに」
「はっ。所詮俺は『俺』のバックアップ用データに過ぎない……なら、俺は『俺』ではなく、自分の好きにやらせてもらうだけだ」
外套の男――ラフィンコフィンのギルドマスターである『Poh』は抵抗もせず、歪な笑みを浮かべたまま尚も続ける。
「お前の様に覚悟もなく快楽を求める奴は嫌いじゃない。が、覚えておけ――」
『 "獣" を抱えた連中は下手に焚きつけない方がいい。身を滅ぼされる覚悟が無いならな』
そして外套の男がポリゴン片へと還った直後、オベイロンの背後を白が飛び――男の身の丈ほどはある黒い大鎌が振り下ろされる。しかし不死性により防がれた鎌はダメージを与えられず、その事に気がついたのか白は素早く男から飛び退いた。
此処には四人しか居らず、在る筈の五人目の攻撃に慌てたように振り返ったオベイロンは身体を強ばらせる。
「どうして、しっかりと拘束した筈なのに……何故アナタが此処に、どうやって、そこの二人はいったい」
「 "その問いに答える義理は無いよ――しかし、私が閉じ込められている間に随分と好き勝手をしてくれたようだね" 」
聞き馴染みのある低い声。視界に映る見慣れた赤と白を基調とした鎧を身に着けた人物とその両脇にならぶ二人の存在に俺は言葉を失った。
「 "ウルズ" はストレアを、 "シャルテ" くんはキリトくんを安全な場所へ。彼は私が引き受ける」
その声に従って動き出した二人の内、俺の下へ来た白髪の彼は眉尻を下げると息を吐いて。
「策も無しに飛びかかるとかバッカじゃないの、というか馬鹿でしょ。この馬鹿キリト」
そう、いつもの調子で言葉を紡いだシャルテは、大鎌を持っていない左手で乱暴に俺の襟を掴むと何の躊躇いもなく引きずり始めるのでした。
「――って、待て。オベイロンの不死耐性を消すには」
「案ずるなキリト。システムは既に茅場晶彦の手の内にある……シャルテの一撃は、奴に対する最後の警告だった。それが無為に終わった今、加減などする必要もない」
あまりにも普段通りのシャルテに呆然としていられたのも束の間。慌ててオベイロンの不死耐性について知らせようとした俺の言葉をウルズが遮り、二の句を封じられた俺は黙ってヒースクリフとオベイロンの戦いへと目を向ける。
「くそ、くそくそくそ! なんで、私の剣はシステムと繋がってなどいないのに、どうして破壊できない! 何をした、茅場晶彦ォ!」
「さあ、私にはさっぱり分からないな――そしてさようならだ」
不死性を奪われ、データ破壊を可能とする剣さえも奪われた彼は呆気なくその首を落とし、ポリゴン片へと姿を変えた。
決着が終えた事でか小さく息を吐いたヒースクリフは俺の傍まで来ると「ジッとしているように」と、宙で指を踊らせる。それから数分と立たず失われた筈の手足が生えた事で目を瞬かせる俺に茅場は真剣な表情で二振りの剣を差し出す。
「立ち上がりたまえ、キリトくん。もう私と君の決闘を邪魔する者は誰もいない――さあ、最後の戦いをしよう」
その言葉に俺は目を見開き、茅場からダークリパルサーとエリュシデータを受け取ると身体の動作に問題が無い事を確認して剣を構えた。
「ルールは初撃決着モード、体力は互いにレッドゾーンから始めよう。異論は?」
「ない。ルールも体力もそれで良い」
互いの了承があってから体力はレッドゾーンまで下がり、目の前にはデュエルを申し込まれた旨を示すウィンドウが現れる。俺は迷う事なく承諾し、カウントダウンが始まった。
三十から始まったカウントはやがて五となり――。
"四" ――。
"三" ――。
"二" ――。
"一" ――。
カウントが "零" を示すと共に開戦を示す音が鳴り響き、俺は床を強く蹴りつけて前へ飛ぶ。そうして一気に懐へ飛び込んで《スターバースト・ストリーム》放つ――。
「ふっ、甘い!」
そんな致命的なミスをヒースクリフが見逃す筈もなく、剣は俺の方へと振り下ろされた。
(残念だったな――ヒースクリフ。)
スキル後硬直で動けない筈の身体で体勢を整えると共にソードスキル発動に必要な構えを取って――放つは体術上級重単発ソードスキル《エンブレイサー》。
黄色に輝いた右腕は燐光を散らしながら、ただ真っ直ぐに突き出される。
『見事だ――。』
鳴り響くファンファーレは、 "デスゲーム" の終幕を意味していた。