ソードアート・オンラインIF ver.アインクラッド   作:モコモコ毛玉

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第三・五話

 

  "人間とは、いったい何なのだろうな――。"

 

「何って、たしかヒト科ヒト属の動物じゃなかったっけ」

 

 攻略のペースも落ち着いてきたある日の事。少年の宿で身体を休めていた私の独り言に彼は真顔でそう答えた――これでもかと生暖かい眼差しをもって、である。

 だが誤解しないで欲しい。私は別に人間という生物がどういう分類にあたるかなどを疑問に思っていたワケではなく、ましてや "痛い子" と揶揄されるような心境から来る言葉でもないのだ。

 

「あはははは……解ってると思うけど冗談だからね? そんな恐い顔しないでよ」

 

「誰が恐い顔にさせたと思っているのだ、誰が。貴様という奴は私が真剣に悩んでいる事を察しておきながら……意地悪だぞシャルテ」

 

 腹立たしさから伏し目がちに彼を睨みつければ反省した色も見せず、かといって空っぽな謝罪も口にしないまま。大きなソファ、そこへ座っている私の隣へ腰を下ろす。

 

 『 "シャルテ" 』――私の正体を知った上で尚も変わらず一人の人間として接してくれた。私にとって、この世界で最初に出来た友の名。

 

 華奢な身体は少しでも力加減を間違えたら壊れてしまいそうな儚さを醸し出しており、病的なまでに白い肌と肩まで伸びた綺麗な長い白髪がそれに拍車をかけている。

 が、儚げな外見とは裏腹に中身は控えめに言ってもねじ曲がっており、とてもではないが褒められたものではない。先ほどのように察していながらワザと冗談を言ったりする事は日常茶飯事、此方の気持ちを知りながら平然と危険な橋へ脚を伸ばそうとするのだから一発くらい殴られても文句は言えないだろう。

 

「あの、そんなにマジマジと見つめられると恥ずかしいんだけど……。今日は一日中身体を休めるつもりだし、僕はもうしばらく此処にいるけど、気にしないで良いから」

 

 ポツリ。どこか気まずそうな声に私は意識を現実に引き戻す。ぶっきらぼうに紡がれた言葉は意訳すると『相談にのるよ』と言ったところか。

 彼と対面した時はそのインパクトの強さから "我が儘" や "生意気" といった印象が残りがちだが、その実、彼は優しい人間だ。

 

 (とはいえ、優しいという言葉を貴様は否定するのだろうな。)

 

 思い描いたどことなく不器用なシャルテの姿に苦笑いを浮かべながら、私は彼へ "独り言" を語り始めた――。

 

 * * *

 

 この世界へ赴く際、父は私に殆ど情報を与えなかった。それこそ特別に知っていた事と言えば『プレイヤーたちを観察する』・『観察した感想を一日毎に報告する』など自らに架せられた仕事の内容くらいな物で、此処がデスゲームへ変貌を遂げる事すら知らされていなかったのだ。

 だからこそ、事実を知った時は驚いた。なにせ自覚が無かったとはいえ自分は何の縁もない無関係な人間を殺そうとしていたのだから。その時、私は生まれて初めて父に反発をした。

 

 どうして教えてくれなかったのか、声を荒げる私に父は言ったのだ――その感情こそが『恐怖』と呼ばれるモノだ、と。

 

 恐怖は生物を臆病にする。

 しかしそれは生きていく上で必要不可欠な要素であり、この手のモノは身をもって体感しなければ解りにくい。だからこそ少々危険な手段をとった、そのクエストでは相手が死なないようシステム的保険をかけていた――。

 そんな父の言葉を、私は信じる事が出来なかった。しかしだからといって任された仕事まで投げ出す真似も出来ず、結局父とは連絡を取り続けて仕事も最後までこなす事を選んだワケだが。

 

 そんな折、第一層で私はシャルテというプレイヤーと出会いを果たした。それから今に至るまで、私は彼という人間の存在を忘れられた試しは只の一度も有りはしない。それだけ、彼の存在が強く印象に残ったという事もある。現にアレほど不安定な人間は恐らくアインクラッドにおいて唯一だろう、少なくとも私はこの二年、それなりに多くのプレイヤーを観察してきたがアレは明らかに異質。端的に言って『気持ちが悪い』のだ。

 

 彼は非常に察しが良い――だから周囲は多くを語らずとも済む。

 彼は極めて優しい――彼の友が彼と一緒に居たいが為にワガママを聞くよう、彼もまた離れたくないと願っている。

 彼は大変不器用だ――願ってはいても口には出来ず、抱え込む。

 

 故に気持ち悪い。彼の醸し出す雰囲気は、それこそ周囲の人を駄目にしかねないほど居心地の良いモノだから。

 

「貴様の優しさは毒のような物だ、無意識でも一度触れてしまえば記憶に残る。そうして回を重ねる度にジワジワと精神を蝕んでいく――」

 

 我ながら酷い言い分だとは思うが事実なのだから仕方がない。もっとも、これが外の世界であれば事実はまた変わったのかも知れないし、只の我が儘な奴と揶揄されていた可能性は大いにあっただろう。

 しかし、この非日常かつ危機的状況が彼の持つ僅かな光を目立たせた。

 

「貴様が自身を "優しくない" と訂正するのもそういう事なのだと考えている。少なくとも貴様の優しさは他者を励まし、奮い立たせ、再起させる類のモノではない……他者の傍(かたわら)に佇む事で寄りかかって良いのだと思わせるモノだ」

 

 道を指し示す "御旗" は確かに心強くもあり、頼もしい存在だろう。しかし彼らが照らすのは全体だ、個人ではない。

 故に人は惹かれてしまう。

 それも類は友を呼ぶと言わんばかりに、内へ影を抱えた者は殊更。

 

「随分、酷い言いようだね……まぁ否定はできないけどさ」

 

 そんな私の言葉(ひとりごと)に眉尻を下げた彼は誰に対してでもなく、ただ前を向いて声を飛ばす。

 やはり自覚はあるのだろう。でなければ彼の性格から省みても『否定はできない』などと口にはしない筈である。

 

 ――否定 "しない" ではなく "できない" か。

 

 だから、声に出してみた。

 すると、彼はジト目で此方を睨みつけてきたが何かを言うワケでもなく、静かに一つ息を吐くなり視線を前へ向けて聞く姿勢に戻る。

 

 今更言ったところで何をと笑われるかも知れないが、実のところ私も彼の優しさに救われた部分が少なからずある。その最たるは、やはり私の存在を『人間』として接してくれた事だ。

 あの時の嬉しさと言うべきか、むずがゆさといったら、もう。

 一般的な『人間』とは違い、実体として肉体という器が存在しない私は所詮人間の紛い物でしかないと思っていたし、私自身、自らが『人間』とは決定的に異なる存在だと認知していた。それなのに。だというのに――。

 

 『 "人間扱い" って、ウルズは人間なんだから当然だよ……。少なくとも、僕はそう思ってるから』

 

 普段と変わらぬ無愛想な態度で、彼はそう言ってくれた。

 実際に口に出されるよりも前からずっと、彼は私が人間ではない事に感づいていながらも一人の人間として相手をしてくれていたのだ。

 だからなのだろうか――私が任されていた最後のクエストは相手と一騎打ちをし、勝ち負けは関係なくどちらかの体力が一定ラインを下回れば完了するという物で、何度吹き飛ばされようとも向かってくるシャルテに心が折れそうになった。当たり前だ、誰が好き好んで自ら気に留める相手へ刃を向けようか。

 あのクエストは、言ってしまえば『負けが決められたイベント』であった。それでもクリアする事自体は可能でありそちらが正規のやり方として考えられていたのだが、完全決着とは言えないものの彼は私に勝ってしまったのだ。そうして互いに剣を向けあった後だというのにも関わらず、彼は私を受け入れてくれた。

 

  "ウルズ――。"

 

 そして、それは今も変わらない。

 

「君は人間だよ。そこに肉体の有無なんて関係ない、だいたい『人間の定義』ってなにさ。人語を話す事? 人型をとっている事? それとも単に二足歩行であれば人間だと?」

 

 突然割って入り、捲くしたてるようにして言葉を並べ立てる彼はそこで一度言葉を切ると、呆れたように "そのどれもが違う" と全て否定する。

 

「人間なんて考え方一つで他者を化け物扱いするような生物だ、そこに厳格な区別なんてあってないような物さ。自分と同じであれば人間、違う場合は異端の存在なんてシンプルでしょ? だから、所詮は個々人の捉え方次第なんだよ」

 

 吐き出された皮肉混じりの言葉に励ましの意味が込められているという事に気がつくまで数秒。流石に言い過ぎではなかろうかと呟いた私を、彼は鼻で笑った。

  "人間なんて生き物は碌なものじゃない、ウルズ(わたし)は人間に夢を見過ぎている" と彼は言う。確かに、その節は大いにあるだろう。だが全てがそうではない筈だ。少なくとも、私はそう信じている。

 

「現にシャルテ良い人間だ。皮肉を良いながらもこうして励ましてくれるのだからな! まあ、些か棘が多過ぎるが仕方あるまい……不器用で無愛想な貴様なりの照れ隠しと思えば可愛いものよ」

 

「あっそ……ウルズがそう思ってるならあまり口出ししたくはないけどさ、僕で良い人間なら世の中はもっと良い人間で溢れてるよ。それこそ、反吐がでるほどね」

 

 居心地が悪そうに視線を逸らした彼の頬は僅かに朱がさしていて、その後は互いに喋る事なく独り言は終わりをむかえ、結局私は彼に全てを吐き出す事が出来なかった。

 それが何故なのか、理由は分かっている。

 

 要は恐いのだろう。

 初めてできた友達を失ってしまう事が――。

 彼に嫌われてしまうかもしれない可能性が――。

 

 『 "私は、臆病者だから。" 』

 

 彼に拒絶されてしまうかもしれないと考えただけで胸が張り裂けそうになり、喉を掻ききってしまいたくなるのは何故だろう。

 この気持ちは、なんなのか。

 ――分からない。

 ――解らない。

 ――ワカラナイ。

 

「私は……わたし、は……」

 

 暗くなった部屋で今日も独り、答えの見えない自問自答を繰り返す。

 

「機械でも、人間でもないというのなら……この私はなんなのだ?」

 

 『辛い』と手を伸ばせばきっと彼は掴んでくれるだろう。しかしそれでは駄目なのだ、毒に浸り過ぎては戻れなくなってしまうから。

 

 (だというのに、私は――。)

 

 目の前に浮かんだメッセージ送信の可否を決めるたった二つの選択肢。そこへ伸ばされた腕を引っ込めて、私は自らの身を抱くように縮こまる。

 

「助けて……」

 

 零れ落ちた言葉を拾う者など誰もいない。だがそれで良いのだ。

 私は "一" と "零" の集合体であって、人間ではない――そんな『物』の涙など、気持ち悪いだけだろう?

 

 * * *

 

 人とは『死』を恐れる者だ。多少なりの例外はあれどほぼ間違いなく、命を宿した生命体と呼べる生物にはもれなく『生存本能』という名の死に対する防衛機能が備わっている。しかし機械や建築物といった所謂、無機物にはそれらの概念や感情は備えられていない。もしかすると彼・彼女らもまた生存本能を持ち得ているのかも知れないが、少なくともそれを確認する手だてなど存在しない。

 『確認できなければ、知らなければ、それは "無い" と同意である。』とは誰の弁であったか、とにかく、無意識にでも死という概念を恐れるのが人間だ。だからこそ、私は死を恐れない――何故なら、私は人間ではないからだ。

 

 私は機械である。

 故に『死』など恐くない――。

 だから、 "これ" は人間ではない、機械である私が為さなければならない事。

 

 ――クルーエルと名のついた "システム側のAI" が暴走を起こし、その討伐と共にシャルテが行方を眩ませてから一週間と経った頃だろうか?

 シャルテ不在のまま始まった第七十五層の攻略はやはりと言うべきか難航した。が、当たり前だ。性格や人間性が如何に捻れていようと個の戦力として見れば彼は間違いなく一級品。オマケに此方はクルーエルとの戦いで彼以外にも有力なプレイヤーを多数奪われている。人員を補給できただけマシであり、相手から押され気味とはいえ何名かが潰(つい)えても未だ戦況を維持できているのだから文句などつけようがない。

 

 しかし防戦一方、時間だけが過ぎて周囲からジリジリと削られていく様に私は焦れていた。近くには父――茅場晶彦ことヒースクリフがいる。それも相も変わらずバレないよう、ひっそりと権限を公使してダメージセーブ機能を発動させて、だ。

 あくまで私個人の主観的意見でしかないが、父は決して "人殺し" をしたいワケではないと思っている。ただ目的の過程の中で人が亡くなってしまうのならそれも止むなしとしているだけ――。

 

 ( "だけ" 、という時点でだいぶんおかしいのかもしれないがな……。)

 

 父の目的を私は知っている。その目的を叶えた人物も、また認知している。

 今まで亡くなったであろう四桁のプレイヤーに対し、私がこの眼で確認できた父の目的を叶えられた存在は両手で足りるほどでしかない。確率にしておおよそ百分の一、あまりにも低過ぎた。

 

 (チィッ……サッサと、この戦いを終わらせなけば! このままでは保たないぞ!)

 

 文句のつけようはない。が、悪態のつきようなら腐るほどある。今でこそ辛うじて押されながらも現状を保てているがこのままでは敗戦が近づき、勝機は遠のくだけだ。

 

「――団長。いい加減本気をだしてくれないか、このままでは全滅しかねない。私は全力で行かせてもらう」

 

「構わないさ。確かに、君の言う通り現状は芳しくない……私も時期を見て動く。目的の為とはいえ無駄に命を散らす事は私の望む所ではないからね」

 

 近くに居るヒースクリフにしか聞こえないよう小声で話しかければ、返ってきた言葉に私は眉間へ皺を寄せながら彼を一瞥する。しかし直ぐに思考を切り替え、視線を巨大なムカデ型のボスエネミー『スカル・リーパー』へと移した。

 右手に中型の盾を持ち、左で握りしめた剣を掲げて私は声を張り上げる。

 

 片手用逆三角盾特殊補助ソードスキル《ブル・ハウル》――空気を震わせるほどの雄叫びをあげて自らを鼓舞し、自身の防御力を高めると共に聴覚で敵を感知するタイプのターゲットを惹きつける事ができる補助系ソードスキルの一種。

 

「ふん……骸骨相手に効く保障はなかったが、どうやら骨だけになっても耳は聞こえるようだな」

 

 キチキチと音を出しながら此方へ視線を向けたスカル・リーパーに嘲笑じみた笑みを送り、私は悠然とその懐に向かい歩を進める。それをどう勘違いしたのか、耳へ届いた周囲の声など歯牙にもかけずただ前へ前へと歩いていく此方に、スカル・リーパーが自身の前脚とも呼べる巨大な大鎌を振り上げた。

 既に何名ものプレイヤーが命を散らした、その巨躯からは想像がつかない速さで繰り出される一撃――恐らく、直撃を喰らってしまえば私とてひとたまりもないだろう。

 

 (だが、それがどうしたというのか?)

 

 耳障りな金属音に眉間へ皺を寄せ、僅かにだが痺れの残滓が漂う左手に内心で舌打ちをする。

 

「――遅いな」

 

 数にすればおおよそ一秒にも満たないコンマ下、私は剣を振り遅れた。その結果、相手の攻撃を完全には流しきれなかったのだろう。痺れを拭う為に手を払いながら、私は自慢の鎌を弾かれて大きく体勢を崩したスカル・リーパーを見つめ嘆息を零す。

 

(ちっ……やはりぶっつけ本番の見よう見真似でやるには些か無理があったか。)

 

 しかし、悲しきかな。その事を悲観している暇など無い。

 

「ボスの攻撃は全て私が引き受ける……だから、その代わりアタッカーを頼めるか?」

 

 故に私の後方で立ち尽くす "黒の剣士" と "閃光" へ声をかけたワケだが、戸惑ったような声色は何とも頼りなく、同時に心強いモノだった。

 

「ふふっ……そうか。さぁ、かかってこいスカル・リーパーよ! 流石に私も我慢の限界だ。此処から先、只の一人とて貴様に殺させはしない」

 

 茶番と言われてしまえばそれまでだが、身ぶり手ぶりで指揮が上がるのなら安いものだろう。それに殺させるつもりがないのも偽りない私の本心であると、そう考え、思わず苦笑いが零れた。

 

  "機械である私が心を語る" ――その何とまあ、滑稽な事か。

 

 機械は機械らしく、姿を眩ませた『影』のように太陽の傍で剣を掲げていれば良い。そうする事で影は伸び、不安定だった足下を揺らぐ事ない仮初の大地に紐づける。

 

(第七十五層……二つあるクォーターポイントの最後の一角か。此処で躓いているようでは百層攻略など夢のまた夢だ)

 

 スカル・リーパーが体勢を立て直すまでの間にキリトとヒースクリフが先陣を切り、彼らを追う形でクラインや彼が率いる風林火山の面々、そして私も知る血盟騎士団のメンバーらが隊列を組みながら攻撃を仕掛けていく姿は眩しくて。

 

 ―― "だからこそ、守りたいと思えたのだ。"

 

 やがて有言実行の下、新たな犠牲者を生む事なく完遂され、しかし予想外とも言うべき事が二つ起きた。

 

 一つは、キリトがヒースクリフの正体を見破った事である。

 そして、もう一つ。正体をバラした茅場晶彦とキリトの決闘へ割り込んできた男の存在――。

 

 光に包まれる間際、私が眼にしたのは背後から剣で身体を貫かれ体力など尽きているのにも関わらず、申し訳なさそうな笑みを浮かべながら虚空へ指を走らせる父の姿だった。

 

 * * *

 

 茅場晶彦へ手をかけた男の存在は私にとっても完全な予想外、イレギュラーとされる事案であった。

 そもそも正体が割れたからと父がキリトへ一騎打ちを持ちかけた事からしてそうであり、本来なら状態異常《麻痺》のせいで動けない筈のアスナがあのタイミングで行動できた事もそう。幸い、フレンドリストに存在する者たちはアスナを含めプレイヤーネームが消えておらず、その事実に私は少なからず安堵していた。が、しかし同時に私を不安にさせるような出来事もあったのだ。

 

  "シャルテが生きていた" ――茅場晶彦の手で飛ばされた見知らぬ街、そこで合流を果たせたキリトの口から紡がれた言葉である。本音を言うのであれば『ホッとした』。しかし以前ならともかく、今、彼の存在は私にとっては大きな不安要素の一つだ。

 他人の機微に対するシャルテの勘の良さは異常であり、隠し事をしようとして僅かにでも対応に違和感を与えた時点で嗅ぎ回られる事は避けられない。それが分かっていようと、この数年間私の身体は『毒』によって随分とほだされている。その緩みが、私を弱くしてしまう。

 

 (こんな調子では、大切な者は愚か自分一人すら満足に守れない。弱い私など殺してしまえ、今、私が欲しているのは『強い私』だ。)

 

 しかし、表面だけを取り繕った虚栄などいつか必ず崩れ落ちる。それがお約束というモノだ。その時期は三者三様・十人十色で統一性など有りはしない。私の場合それが偶々予想よりも早く来ただけの事なのだろう。

 

 キリトと私の話し合いも暫定的な結論をだして切り上げようとした最中の事だ。リズベットから届いた一通のメールによってシャルテは彼女が借りた宿の一室へ身を寄せる事となり、同時に彼のお目付役として私にも宿の一室が貸し与えられたワケだが、彼から問い詰められるという事は無かった。無論、気づかれていなかったのかと問われてしまえば答えは恐らく "否" 。単純に他者にまで気を回す余裕がなく、その結果として見逃す形となっていただけに過ぎないのだろう。

 宿へ連れ帰ってきたは良いものの、日を追う毎に衰弱していくシャルテを見かねたキリトが彼を街の散策へ連れ出した際に何故か私も同行する事となったのだが、この時に私が同行を拒んでいたら何か結末は変わっていたのだろうか――?

 

 (いや、きっと何も変わらないな。)

 

 一目につかない "外" 。

 大木にもたれかかる私の視界には柔和な笑みを湛えて此方を覗き込む薄紫の髪の少女の顔が目一杯に映し出されている。

 

「ウルズちゃん、眉間に皺がすごいよ?」

 

「そんな事は分かっている……ええい、さっきから眉間を指でグリグリと! 気が散って考えが纏まらないではないか!」

 

 そう怒ったところで薄紫の君(きみ)はワザとらしく黄色い声を上げるだけ。そこに反省の色など皆無であり、声色からはむしろこの状況を楽しんでいるような気色さえ感じられた。

 

「はぁ――しかし、随分と口が達者になったな。私の記憶にあるアナタはそこまで奔放な性格ではなかった筈だが」

 

「ふふん。『男子三日会わねば刮目して見よ。』って諺もあるくらいだよ? 私は一応女の子なワケだけど、数年もあれば機械も人も変わって当然だと思うな」

 

 可愛らしく首を傾げてそう答えた彼女だが、普通は『プログラム』である私たちが人間と同じように年数と比例して外見が変わる時点で有り得ない事だ。全ては "天才" たる茅場晶彦だからこそ成し得た、有り体に言えば『奇跡』なのかもしれない。今回の彼女の変化も納得しようと思えば納得できる事柄なのだろうが、直感的にキナ臭さを感じていたのもまた事実。

 目の前の薄紫の君―― "ストレア" は、私と同様に正規のプレイヤーではない存在だ。与えられた任が『幽閉された全プレイヤーの監視・及び精神状態が危険域へ達した存在の報告』である以上、幾ら不測の事態が起こっているとはいえ未だプレイヤーたちがログアウトできてない現段階でこのように干渉を図るなど本来であればシステム的に不可能な筈なのだ。それこそ茅場晶彦やカーディナルなど彼に準ずる権限を持ったモノが外出を許可でもしたのなら話しは別だが、仮にそうなのだとすると疑問点が残る。

  "だから" と言うべきか、或いは彼女の言うように私も『変化』したからなのか。

 

「それで、いったい何が目的だ。わざわざ昔話をする為だけに私を誘ったワケではないだろう……最初に言っておくが、私はキリトたちを裏切るつもりなどないからな」

 

 そんな言葉にストレアは目を背け、此方が言い終わると共に俯いた。昔の私なら警戒こそすれど疑いはしなかっただろう、だが今は違う。

 システムの鳥籠を壊せる者は開発者たる茅場晶彦に準ずる権限を持ったモノのみが行える行動であった。現状だと真っ先に思い浮かぶのは茅場晶彦本人とカーディナルの二人だが、少なくとも彼らの差し金である可能性は限りなく薄い。仮に彼らが自らを助けさせる為にストレアを解き放ったのであれば彼女はもっと早く私たちに接触してきた筈だ。それを『出来なかった』のか、はたまた『しなかった』のか、いずれにせよ芽生えた疑念を完全に消す事は不可能である。

 

 沈黙が続き、俯いたままのストレアが何を考えているのかは分からない。もしかすると言い訳を考えているのかもしれないし、この間に裏で何かしら事に当たっているのかもしれないが、彼女を急かす気にはどうしてもなれなかった。

 

 ――それから数日後。私はシャルテたちの下から姿を消す事を選んだ。

 我ながら馬鹿な事をした自覚くらいはあるが、致し方ない。もう少し時間に余裕があれば別の策も考えついたのかもしれないと思いを馳せたところで所詮は "無い物ねだり" 、虚しくなるだけである。

 

「まったく……勝手に背負って飛び込んで、これでは奴に向ける顔がないな」

 

 そう、自虐的な笑みを浮かべて気を紛らわす。

 ストレアと会話した際に判明した『茅場晶彦』の居場所、そこは一般的なプレイヤーであればまず立ち入る事は許されないプログラムで阻まれた壁の向こうにあった。白い壁で上下左右を囲まれた一本道のそこにはご丁寧にガードとして強力なエネミーが複数体設置されており、先へ急ぐ侵入者の行く手を阻む。

 

「これで乗り切った先に何も無いとなれば完全な無駄死か……まったくもって笑えないが、それでも証明にはなるか?」

 

 いかにも在り来たりな『死神』を象ったエネミーが振るう鎌を盾で受け流し、がら空きとなった懐へ潜り込み至近距離から一撃を当てても敵の体力は一ミリとて減りはしない。恐らくはそのように設定されているのだろう。

 次の瞬間には真横から飛んでくる迷いのない一突きを盾で受け、反動で先へ進む。その一度で進めるのは体感一メートル弱という僅かな距離に対し移動に失敗した場合は倍以上を後退させられる――もう何度となく繰り返してきた事だ。

 少なくともこのエネミーたちを倒しきるのは攻略組が束になっても無理だろう。手持ちの回復ポーションは尽き、結晶無効化空間でもある此処では保険として所持していた結晶系アイテムもガラクタ同然となった今、与えられた選択肢は単純に "私が先に目的地へと辿り着くか" ・ "死ぬか" の二択である。

 

 (死ぬのがなんだ……それがどうした。私は機械だ、恐れるな!)

 

 幾ら盾で、剣で、直撃を免れたても体力は徐々に削れていき、やがて体力は赤く染まる。この体力が尽きるまでに道の向こうへ辿り着くのは最早絶望的、それこそ『奇跡』が起きでもしない限り無茶な話しだと認識してしまったが最後、身体の反応が明らかに鈍くなった。

 死に怯えるなど馬鹿らしい。そう呟いて何度斬り捨てようとも弱い自分は都度這い上がり、「助けて」と手を伸ばす。黙って来た以上、その先には誰もいないというのに。

 

 張り詰めていた糸は限界を主張して拮抗を保っていた戦況も此方の不利へと一転する。次第に攻撃は捌ききれなくなり、最初に失ったのは盾だった。次いで剣を砕かれ、最後に私の命を奪おうと振り上げられた刃を前に私は反射的に目を閉じる。

 

 『――。』

 

 何故その言葉を口にしたのかは分からない、或いはこうすれば彼が助けにきてくれるとありもしない期待していたのか。何とも馬鹿らしいと自嘲気味に心の内で苦笑零れた。勝手に背負い、気負い、独断で動いた挙げ句がこれだ。楽になれるのは『私』だけ――結局、私は自分が助かりたかっただけなのだろう。

 最初は知らず知らずに茅場晶彦という一人の犯した罪の片棒を担(かつ)いでいたとはいえ、計画を理解した後も彼を止めようとはしなかった時点で私も同罪だ。許される道理はない。

 

  "だから――それでも?"

 

 刹那の合間に今まであった出来事や思い出が頭を駆け抜けていく事に「機械でも走馬灯という物があるのか」と驚きの感情が湧きあがる。同時に強くなっていく『死にたくない』という感情に、自分の犯した罪に対する罪悪感は良く生えて感じられた。だが、それも直に終わる。最低な方法で終わりを迎えてしまう。

 

  "罪の意識から――。"

 

  "現実から――。"

 

  "許せないといきり立つ自分から――。"

 

 私は、『逃げる』のだ。

 

 静かに息を吐く私の身体にやがて違和感が駆ける。硬質な鎧の上からでも分かるほど腹部に圧迫感が走り、次いで身体が宙に浮いているような感覚に襲われて――全身が地面に叩きつけられたような痛みで思わず目を開けてしまった先には、見慣れた "白" がいた。

 

「――あのさ、死に際で僕(ひと)の名前を呟くとか止めてよね……枕元に立たれたら夢見も気分も悪くなる」

 

 小柄な体躯を屈めて更に低くして身の丈以上もある大鎌を背に担ぐようにして死神の刃から私を庇う彼の姿に私の頭が白で塗り潰されていく。

 

「な、んで……?」

 

「それに答える暇はないよ。僕だってそう長くは捌ききれないし、なにより時間がない……さっさと助け出すよ」

 

 敵へ向き直るなり口を動かしながらも迫る攻撃を全て受け流す様は控えめに言っても『異常』な光景で、そもそも何故彼が此処にいるのかも分からず突然の出来事に機能不全を起こした頭は身体に指示も出せずにいた。

 そうしていれば大声で名前を呼ばれ、ようやく意識を現実に引き戻した私は一本道の先へと駆け抜ける。迫る刃は全て彼の振るう大鎌に弾き落とされ、無傷で切り抜けた壁を超えて尚足を止めず、振り返る事もなく、後ろからついて来る足音を聞き逃さないようにしながら真っ直ぐに。

 一本道の果てに見えた扉に鍵はかかっておらず、私と彼は駆け込むように向こう側へと飛び込んだ私たちの耳に聞き馴染みのある男性の声が届く。そうして声の主相手の顔を確認した途端に私の身体からは力が抜けていき、崩れ落ちそうになった身体は父の手で支えられた。

 

「すまない、随分と無茶をさせてしまったようだね。それにシャルテ君も……君の言わんとしている事は理解できているよ、だからそう睨まないでくれないかな。外の状況も全てストレアから聞いているんだ」

 

 矛先とされていない私でさえも肌で感じ取れる『早くしろ』という無言の威圧感に父は苦笑いをしながらも私を気遣うような素振りを見せ、「もう少しだけ頑張って欲しい」と告げる。

 

「ふん……言われなくとも、そのつもりだ」

 

 慣れない父の態度にぶっきらぼうな対応を返して私は弾け千切れた緊張の糸を紡ぎ直す。まだ戦いは終わってなどいないのに腑抜けていては全てが無駄になってしまう、欠けていた必要なピースを揃えたのであれば助けに行かずしてどうするというのか。ゆっくりとだがしっかりと自らの両足で立ち上がる私の姿を確認したヒースクリフも遂に動き始め――その後の顛末のなんとまあ、呆気ない事よ。

 

 突如として現れた『王』は夢を願った一人の男を前に敗れ、その男も『英雄』には敵わず、ついには膝をつく様にまるで "出来レース" だ。と、そう内心で呟く私を置いて、二年にも渡るデスゲームは何とも身勝手に終焉を迎えたのであった。

 

 * * *

 

 また一つ、そうしてまたもう一つ。遥か彼方に臨む鉄の城が少しずつ形を崩し自らの身体を零へと還していく。が、しかしそれは至極当たり前の事だ――。

 

 『 "夢とは、必ず覚める物なのだから" 。』

 

 その終焉を嘆く声もなければ、多数に看取られる事もない。だがそれで良いのである。それもまた、 "夢" のあるべき形という物だろう。

 

「――これも全て貴方の描いたシナリオ通り……そういう事なのだろう?」

 

「まさか。彼の乱入とそれに関わって起きた諸々は私にだって予想できなかった、全く想定外の出来事だったよ」

 

 人間は決して全知全能などではない。周囲から『天才』と謳われた私も所詮は一人の人間であり、その枠内に収まる程度の存在だ。

 クルーエルを例にとるのであれば、アレは本来カーディナルの指示に従いバグを消去する実体を持ったデバッグシステムである。当然それを暴走させるにはカーディナルが敷く厳重な監視網をくぐり抜ける必要があるワケだが、私は彼が外部から干渉している事にも気づけず、クルーエルが沈黙した後でさえ彼の仕業だとは思いもしていなかった。

 

「最も、信じてもらえるとは思ってもいないがね」

 

「ふん……当たり前だ、そう簡単に信じられるものか。そもそもアナタは以前、此処が自らにとっての『理想郷』だと語っていた筈だ。何故それをワザと終わらせるような真似をした? 先ほどのキリトとの決闘、アナタは敢えて攻撃を避けようとしなかった……違うか?」

 

 眉根を潜める彼女からの質問に私は思わず眼を瞬かせる、まさか気づかれていたとは。その『成長』に自然と笑みが零れ、鋭くなる視線に咳払いを一つ。

 

「すまない。まさか気づかれているとは思ってもいなくてね……たしかにウルズの言うとおり、私はあの時ワザと剣を受けた。それこそが "夢" の正しい在り方だと認識していたからね。此処は私にとって理想郷であり、謂わば『夢を具現化した世界』でもある。だからこそ――と言うべきかな」

 

 人の夢と書いて『儚い』とは誰が言ったのか。何も人に限った話しではなく、夢という物は総じて脆く儚いモノである。

 『目が覚めたら』・『叶ったら』・『諦めたら』――どんな形であれ終わりがあるからこそ夢は尊く、人は暗闇の中でも終わりを信じて前に進めるのだ。なれば終わらない夢など悪夢でしかないではないか。

 

「それに、今や私は一万人もの善良な市民を巻き込んでテロを起こした大罪人だからね。『悪役は英雄によって討たれる』のは一種の様式美であり、定石だ」

 

 そんな答えに何と答えて良いか分からなくなったのだろう、視線を彷徨わせながら黙る彼女の姿に私は彼方のアインクラッドを捉えながら独り言を呟く事にした。

 

 ―― "人間が生み出したモノは、見方を変えれば全て人間の子だ。"

 

 鳥が猫を生まないように、猫は鳥を生まないように、人間から鬼や犬が生まれるなんて事はそうない事だ。仮に後天的にそうなったのだとしても元を糺(ただ)せばそれらも皆人間である。

 そも人間の定義自体が曖昧で、解釈の仕方などはそれこそ生物の数だけ存在すると言っても過言ではない代物だ。たかが個人が悩んだところで解決できる筈もない。

 

「ウルズ。私はね、君をシャルテ君に預けたいと思っているんだよ」

 

「えっ――」

 

 予想していた通りしっかりと私の耳へ届いた驚きにも似た声にウルズの居る方を見やれば此方を向いて眼を瞬かせる彼女と目が合った。そこに在るのは僅かな期待や喜びと、それらを食い潰してしまうほど大きく膨れ上がった不安や恐怖――不意の言葉に無防備を晒した『素』の彼女が此方の視線に気づき取り繕われるまでの刹那で読み取れたのはその程度。

 

「もっとも、シャルテ君に預けたいというのは私個人の意見でしかない。今尊重すべきは君がどうしたいかだからね」

 

 我ながらなんとまあ意地の悪い質問の仕方だろう。

 こういう時に "立派" な父親であればなんと声をかけるのか、答えを出せない私はお世辞でも立派な父親ではない事は確かで。それでも、本音を必死に押し殺すウルズの眼を見てその背中を自ら進んで押す事だけはしてはならないのだと漠然としたモノを感じていた。

 

 ――そうして十数分の沈黙の末、彼女は漸く閉ざしていた口で言葉を紡ぐ。

 

  "私は人間ではない" と。

 

  "私は彼らと一緒に居る事が許されない存在だ" と。

 

  "それでも……機械にも、人間にも、どちらにも成りきれない紛い者の自分でも夢を見る事が許されるなら。希望を持っても良いのなら――。"

 

 『―― "一緒に居たい" 。』

 

 零れ落ちる言葉に、私は無言のまま頷いた。

 今の今までマトモに父親らしい事などしてこなかった私からの、最初で最後の遅過ぎるクリスマスプレゼント。

 

 流れる筈のない涙を零して泣きじゃくる彼女の頭へ手を伸ばしあやすように撫でながら、私はマスター権限を使い彼女の存在を一つのファイルとして圧縮する。

 

「……さて、私も、いつまでも感傷に浸っていてはいけないな」

 

 誰にでもなく呟いて、思考の流れを切り替える。

 まずはキリトと話しをしよう。そうしてアスナの無事とストレアを頼めるように説得したなら、次はシャルテと話しをしたう。

 シャルテと話しをしてウルズを頼めるよう説得したならば、次は彼ら二人を引き合わせる。

 

 絶望が蔓延した鉄の牢獄の中で『真意』を発動させる可能性を持ち実際にその力を発露した太陽の如き黒の剣士と、二年という歳月の中で最も『真意』の力を発露させてきた白の幻影。

 彼らの道が交わるのか、それは凡人の私が知りあずかるところではない。だがしかし、もし交わる事があるのならその時は――。

 

 * * *

 

 カチカチッ――と、暗闇の中で誰かノックをする音が耳に届く。せっかく寝入っていたのに邪魔をするのは誰なのか、不機嫌を隠そうともせず閉ざしていた瞼を開けて私はうんと伸びをした。

 あれからどれだけの時間が経過したのか定かではないが、恐らく相応の期間眠っていたのだろう。伸ばした身体から鳴る音がそれが事実だと実感させてくれる。そして私が目覚めたという事は誰かが私の住まう圧縮ファイルを解答したという事だろう。

 

 恐らくファイルが完全に展開されるまでは一分とかからない。勿論期待が無いかと問われれば嘘になる、しかしそれを上回るだけの不満もあるのだ。それでも何とかして気持ちを落ち着かせようと深呼吸を一つ、まるでタイミングを図られていたかのように暗闇に光がさす。

 

 ――うぁ。えっと、こういう場合ってどうするのが普通なんだろう。

 

 耳に良く馴染む声はとても聞き覚えのある物で、視界に写る "少年" は大分痩せているものの私が知る彼の面影を感じさせる姿をしていた。

 

「とりあえず "はじめまして" 、でいいのかな……?」

 

 掠れた声で戸惑い気味に話す少年が誰なのか、見間違う筈もない。目の前にある光景が夢ならどうか早く覚めて欲しいと願いながら張り詰めた糸は切れ、頬を冷たい何かが伝う。

 そんな此方を見つめて「泣かないでよ」と困った笑みを浮かべる彼が更に言葉を続けた。

 

「――久しぶり、ウルズ」

 

「あぁ、久しぶりだな……会いたかったぞ、 "シャルテ" !」

 

 そんな彼に、私は今できる精一杯の笑顔をもって言葉を返した。喜びに手を伸ばしたところで液晶越しにある彼の手には届かない。

 

 ――それでも、彼の声だけはしっかりと胸に届いていた。

 

 





 あとがき。

 まず初めに、此処までお付き合いいただけた読者の皆様と細かな点で協力していただいた方々、本当にありがとうございます。途中全く書けなくなり頓挫しかけるなど様々な事がございましたがこうして無事に一つのゴールに辿り着けたのも偏に皆様の存在があったからです。
 『シャルテ』は万人受けはしない、一般的な英雄・主人公像とは全く異なるタイプだと思いますが彼が駆け抜けた二年という期間がどんな物だったか、また彼がどのような思いを抱えていたのか、意図的に描いてない部分・作者の技量が足りず表現しきれなかったモノが多々あります。それでも皆様の中に、皆様の思う彼が現れてくれたのなら幸いです。

 アインクラッドを必死に歩んできた彼の物語はここで一つの終幕を迎えました。これから先シャルテはどうなるのか・キリトたちはシャルテと再会を果たす事が出来たのか、それはまた別のお話となります。

 では、最後に改めて皆様へ感謝の意を。

 ここまでお付き合いいただき本当に、本当にありがとうございました。

 * * *

 《―NOTE―》

 【ムーディーイルネス】
 病名『The Moody Illness』のカタカナ読み。大雑把な意訳は『気分屋の病気』でシャルテが抱えている病を指す。

 【味方殺し】
 始まりは第一層のボス攻略時につけられた言いがかりであり、以後シャルテの参加したボス攻略で毎回死者がでていた事などからその名が定着していった。

 【姿無き暗殺者】
 幻影疾駆を使い最速と化したシャルテがレッドプレイヤーを始末していた姿を目撃した第三者がつけた二つ名。

 【シャル】
 アルゴがつけたシャルテの愛称。単純に『テ』を取っただけだが謎の安定感がある。

 【シャルロッテ】
 シャルテがとある一件で女装するハメになった時に名乗った名前。シャルと言う呼称や容姿もあいまって全く疑わる事がなかった。

 【クロイッテ】
 最早名前でも何でもない。作中外でシャルロッテの姿をいじっていたキリトに珍しく感情的な態度をとったシャルテを指したキリトの発言「黒いって!」が由来。

 【独りぼっち】
 リズベットがシャルテに対して抱いた印象。

 【僕は男だよ】
 シャルテが周りの誤解を払拭するために用いる言葉。

 【えっ……?】
 シャルテの性別に対する事実を知った時によくある周りの反応。

 【フェザーナイフ】
 ホルンカの村~第一層攻略までシャルテが愛用していた主力の短剣。軽量で攻撃力もそこそこあったが耐久性の低さから第一層ボス戦にて敵の攻撃を正面からパリィした際、耐久値が残り一桁と化すも通り名のせいで修理もできずにいたが第二十三層にて知り合ったリズベットにより新たな短剣の材料として使われた。

 【アロイダガー】
 ホルンカの村~?の間使われていた重短剣。耐久値・攻撃力が高いかわりに必須筋力値が『一〇』と高く、当時のシャルテには扱えなかった。しかし筋力値を満たした後は使い勝手の良いフェザーナイフでは有効打が望めない場合に使っておりフェザーナイフ破損後は彼の主力武器だった。リズベットとの紆余曲折があった際に手持ちストックの短剣がこれしかなく、その時に残り僅かだった耐久値が零となりロストしてしまった。

 【雷牙】
 リズベットとの紆余曲折の際、ロストしてしまったアロイダガーの代わりに一時的に使うことになった短剣。デフォルメされた雷の様にギザギザとした鍔のない刀身が特徴。後にフェザーナイフとこの短剣を素に新たな短剣が作られた。
 【ウィングエッジ】
 リズベットがフェザーナイフと雷牙を素に新たに作った短剣で第二十三層~?の間使われてきた。フェザーナイフの上位互換にあたる短剣で耐久力の低さが相変わらずネックになっていたため定期的にメンテナンスにくるようリズベットにキツく言われていた。

 【シュヴァルツフリューゲ】
 リズベットがウィングエッジを素に作り出した黒い短剣。相変わらずの耐久値だが高い攻撃力と敏捷値ボーナスを持っている。

 【スティールシャッテン】
 シュヴァルツフリューゲ・ソリッドナイフ・ルナライトインゴットを素にリズベットが鍛え上げた黒い短剣。彼女曰わく最高傑作とは遠い作品だが当のシャルテはこの短剣を気に入っており、最後まで愛用の短剣として振るい続けた。

 【シュトラーフェ】
 見た目より遥かに軽く、耐久性がやや低い大鎌でリズベットが偶然作成していた代物で要求筋力値が文字化けしていた事からお蔵入りとなった武器にしてシャルテが振り回していた鎌である。軽いとはいえ相応の重さと攻撃力を持つ。

 【スカーフ・オブ・ノーザンゴッデス】
 《北欧に住むとされる女神がこしらえたマフラー。手触りの良さも抜群である。》
 スカーフと名にあるがウルズ手製の歴としたマフラーである。断じて彼女が長さを間違えた訳ではない。また、一時的にシリカやリズベットに貸し出された事がある。

 【ノーブルメイデンバングル】
 《高貴なる乙女のみがつける事を許される腕輪。身につけた者の防御力を高め、装着者へふりかかる災厄をはねのける力があると言われている。》
 シャルテがシリカにあげた腕輪で女性専用の装備。
 [防御力+40・状態異常耐性+20%]をもつ。

 【ガーディアンローゼズ】
 《正面に小さな薔薇があしらわれた銀製のチョーカー。アナタを守り抜くと決めた忠義の証。》
 装備枠に空きがなく使わない装備だったが捨てるにも勿体なく、リズベットにあげようとしたところ武具説明を見て全力で拒否されたアクセサリー。扱いに困った結果アスナに処遇を任せた品でもある。男女共通装備。
 [防御力+60・HP+20%]をもつ。

 【レッドクイーン】
 《かつて、ある国の女王が愛用していたとされる盾。目が眩む様な赤色はいつかの惨劇を思い出させる。》
 シャルテがウルズへあげようとした結果殴られた為、リズベット武具店においてもらう事になった中型の逆三角盾。
 [防御力+100・STR+20・ガード時防御力ブースト]をもつ。

 【獣之慟哭】
 《かつて、ある国に存在していたとされる正体不明の怪物が生やしていた牙を材料に鍛えられたとされる片手剣。その一振りは立ちはだかる全てを喰らい尽くし、後には何も残らない。》
 レッドクイーンと同じくシャルテがウルズへ渡そうとして断られた片手剣。
 [攻撃力+600・STR+50・攻撃時攻撃力ブースト・連続ヒット威力ボーナス]をもつ。

 【ナイトメアコート】
 《遥か昔、流浪の果てに生涯を終えた騎士が身につけていたとされる外套(がいとう)。全てを呑みこまんばかりの漆黒が騎士の壮絶な一生を体現している》
  "黒が好き" と言ったキリトへシャルテが渡そうとした防具。しかし拒否されてしまい最終的に売り払った代物。英字訳すると《coat of knightmare》。
 [STR+50%・攻撃力+20・騎士の執念《防御力マイナスブースト》]をもつ。

 【ノーブルフェイスダガー】
 《ある騎士の気高く、揺るぎない信念が形になったとされる短剣。》
 シャルテがシリカに上げた短剣で透明に近い透き通った白色の刀身が特徴。
 [攻撃力+350・防御力+5%]をもつ。


 【ウィッグ:ブラックショートヘア】
 名前にある通り《ウィッグ》系統のアクセサリー。ゲーム内では髪型を変える事ができる貴重な品である。

 【BG(ブラックゴシック)ノーブルドレス】
 三つある《BGシリーズ》の一つであり、対応する箇所は上下衣。艶やかな黒を主体としたゴシック調のドレス。

 【BGラシャスコート】
 三つある《BGシリーズ》の一つであり、対応する箇所は外套。さらけ出された肩口などを守る役割をもつ薄手のクロス。

 【BGナイトブーツ】
 三つある《BGシリーズ》の一つであり、対応する箇所は靴。動き易さと外見の美しさを両立されたブーツ。当然の事ながらその鋭利な先端で蹴飛ばされるとかなり痛い。

 【ビッグアース・ターミナル】
 《ビッグアース・ターミナル》・《ビッグアース・トランク》・《ビッグアース・マザー》と全三形態から成る第三層のフロアボス。また、ビッグアース・マザーの身体は溶岩で構成されている。

 【ロアー・オブ・ティアマト】
 意訳は『慟哭するティアマト』であり、当作内では第五十層ボスでもある。

 【ティアマト・ザ・オリジン】
 《ロアー・オブ・ティアマト》が変化した際の呼称、作中では名称が文字化けしていた。意訳は『原初の女神ティアマト』であり、本来であれば最初からオリジンとして出現する予定だった。
 何らかの要因の下、自我に近いモノを発現した事が切欠となりカーディナルがバグと見なし削除されそうになっていた(※だから文字化けしていた)。
 ロアー・オブはティアマトが自身を削除しようとするカーディナルに抵抗を示していた状態。

 【クルーエル】
 蠍をモチーフにした大型のエネミーであり、本来はカーディナルが対応しきれないバグを削除するデバッグシステムである。
 尻尾を使った三次元戦闘を得意しており元来一対多が得意。また最初こそ鈍重だが体力が一定量減る度に脱皮をする事で体力を回復し、装甲と引き換えに素早さが増す。同時に腕の鎌や尾の槍も最初は赤く錆び付いているが次第に本来の輝きを取り戻していくという仕様。最後の体力がレッドになると甲殻の一部が展開。全体的に赤熱し、敵の体力が自動で減る様になる変わりにステータスが全体的に上がる。

 【スキル:大鎌】
 シャルテがクルーエルを倒した際に入手したスキルであり、元々はクルーエルが削除したデータ群に紛れていたエクストラスキルである。

 【憤怒の代償(レイジオブサクリファイス)】
 《スキル:大鎌》の習熟度を上げる事で習得可能な特殊ソードスキル。
 一定時間攻撃値に対して『×200%』の上乗せ・防御力に対して『×150%』のデバフという効果を持っている。重ねがけも可能であり、その場合は『上乗せ倍率×重ねた回数』の値で計算される。尚、このスキルの計算は他パッシブ・アクティブスキルを除いて合算された後の最終値を基準にする。

 【スキル:幻影疾駆】
 他のソードスキルとは違い派生するソードスキルが全て補助効果という変わり種。開発段階の時点で消去されたユニークスキルの一つであり、ブラックボックス内部に沈んでいた物をカーディナルが勝手にサルベージしたものとされている。

 【幻影疾駆[代償]】
 大元はユニークスキルである《スキル:幻影疾駆》であり、これはその派生スキルである。
 敏捷値に対して『×150%』の上乗せ・防御力に対して『×80%』のデバフ・五秒毎に現在のHPの5%減少・ソードスキル後の硬直を大幅短縮するという効果をもつ。尚、このスキルの計算はこれ以外のパッシブ・アクティブスキルを含む全てが合算された後の最終値を基準とする。

 【シュトルム】
 暴風の名を冠した《スキル:幻影疾駆》派生の《短剣特殊二十連撃ソードスキル》。
 二十連撃とあるがこれは二十回攻撃するまでスキルが継続するという意味であり、その実態は使用者を強制的に移動させる(車で例えるならアクセルペダルに足を固定される)という物。装備による敏捷値ボーナスに合わせ《幻影疾駆[代償]も使った状態での当スキルは使用者ですら制御が難しい速度に達する。

 ※これらユニーク・エクストラスキルは一見チート級の強さをもつようにも見えるが、自分からでも敵対状態にある相手の武器に掠ればダメージは受けてしまう。尋常ではない防御力デバフとHP減少効果がつく状態ではその掠り傷さえも危険な為、シャルテ本人もあまり積極的には使いたがらない。実際に余りにも速くなるせいで慣れるまでは障害物に衝突したりと散々な目にあっていた。

 【疾風の加護】
 《スキル:幻影疾駆》から派生するパッシブスキルで他のパッシブ・アクティブスキルを除いて合算された最終値を基準に[敏捷値+20%]のボーナスがはいる。

 【完全武器防御(パーフェクト・パリング)】
 武器防御の上位互換でありエクストラスキルに位置し、伏せられた規定の回数以上の武器防御を達成が解放条件となっている。
 『通常武器防御時に多少のタイミングの遅れも許容し、成功時には耐久度減少が緩和される』という効果の他、タイミングが非常にシビアだが素手でのパリングを可能とする。

 《―NOTE End―》

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