ソードアート・オンラインIF ver.アインクラッド   作:モコモコ毛玉

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第二話

 

 数多(あまた)の斧を差し出され、正直者にはご褒美を。嘘つきは制裁を。そんなありふれた話しは誰もが一度位聞いた事があるだろう。

 

「何、斧の形がわからないのか――?」

 

「そうだよ……何度聞いても、形を、教えてくれなかった」

 

 息も絶え絶え。眼前で目を真ん丸に見開いて瞬きする女性は白をベースとした金属製でフルプレートタイプの鎧を身につけ、左手には長剣に近いサイズの片手剣を握りしめて右手には一般的なゲームに良くあるシールドサイズの盾(たて)を持っている。彼女の体力はちょうど半分をきった辺りなのに対して僕の体力はレッド寸前。

 

「な、ななな……」

 

 口をパクパクとさせ、何故か顔を赤らめながら肩を震わせた彼女を見ながら "イベントクエストのNPCって、こんなに人間味があるのもいるんだ" と僕がポーションを飲み干して体力を回復させていると、いきなり肩を掴まれて、詰め寄られる。

 

「なぜ……何故それを早く言わなかったのだァァアアアッ!」

 

「ちょぉッ!?」

 

 大声で叫ばれ、身体を前後に勢い良く揺さぶられる。いったい何がどうなっているのか。

 

 ――事の始まりも含め少し余分に、話しは今から九日程遡る。

 

 * * *

 

 ボス攻略戦後、第二層の主街区《ウルバス》で見つけた宿屋で眠りにつき、次に僕が目を覚ましたのは翌日の晩になってからだった。

 半分近く寝ぼけたままの頭でメッセージが届いている事を確認し、中身を確認する。差出人は二人、届いたメッセージは三つ。

 

「俺は齧歯類(げっしるい)じゃないぞ? ……シャルテ、ボス攻略の時の事、あんまり気にするなよ。ラストアタックボーナスは防具だった。もし気になるなら今度そっちの都合がつくときにでも見せにいく」

 

 キリトからはそんな気遣いの雰囲気が混ざる返事が返ってきていた。齧歯類じゃないのなんて分かってる、わざわざフリガナをふってる辺りに妙な優しさを感じてしまう。そして二通目もキリトからだったが、アスナからの伝言だった。

 

「シャルテくん、たしかフードが壊れてたよね? 今出歩くのは危ないと思う。余計なお世話かも知れないけど私は一回フードを買いに戻るつもりだから、その時にシャルテくんの分も買って後日キリトくんを通じて直接届けにいきます。言いたい事は沢山あるけど、それも今度会った時にします。ボス攻略お疲れ様。アスナより」

 

 当たり障りがないと言えばそうとしか言えないが、アスナから来た返事はぎこちないながらも此方を気遣う様な内容だった。言いたい事というのも何となく幾つかなら察しがつく。

 

 最後はアルゴからで、あまり目立った動きは出来ないが情報屋として噂の拡散に際して対処を考える旨とそれを彼女なりの匙加減(さじかげん)で行うとの事。そして、分かりやすい文字での咳払いの後に「起きたら返事をくれ、面白い物を見せられるかモ」と締めくくられていた。

 

「今起きた。変な噂を流して満足するならそれでいいんじゃないかな。それを気にする位なら僕はレベル上げに勤しむよ、でも、ありがとう。居場所はわかるかな? とりあえず待ってる」

 

 そうアルゴに返事をして数分後、迎えに来たというアルゴの案内で僕は夜の《ウルバス》を隠蔽を使いながら進んでいく。街を離れ、敵を避けながら向かった先には小さな小屋があって、そこはセーフティーエリアになっていた。彼女からは小屋の傍、暗闇の中で月以外唯一の光源となっている焚き火の近くで待っている様に言われて僕は大人しく腰をおろす。

 そのまま暗闇に紛れた彼女は直ぐに戻ってきた。が、アルゴの後ろには全身黒ずくめの男がたっていて、僕は直ぐに短剣を抜く。

 

「わっ、ちょっと待てシャルテ! 俺だ! キリトだ!」

 

「……キリ、ト?」

 

 確かに慌てる相手の声には聞き覚えがあった。そのまま両手を上に上げてゆっくりと明かりの範囲内に入ってきた男は暗闇に良く溶け込む黒ずくめ、両頬に三本線を引かれている事を除けば、僕も見た事があるキリトの姿で間違いない筈。

 

「アルゴが見せたかった面白いのって、これ?」

 

「そうだゾ」

 

 ニヤニヤと笑うアルゴを一瞥した後、僕は短剣をしまってからゆっくりとキリトに近づいて彼の両肩に手をおき、顔を見られない様に下を向いたまま力の抜けた足の代わりに彼を支えにする。

 

「おい、シャルテ大丈夫か? 何かあったのか?」

 

 そうではない。心配してくるキリトの肩を叩いて、叩いて、その度に慌てる彼には少しだけ申し訳ないが、身体に異常がある訳ではないのだ。

 

「シーちゃんの笑いのツボって意外と浅いのかナ……? オネーサンびっくりだヨ」

 

「えっ……これ、笑ってるのか?」

 

「無表情に近いけど多分そうだゾ」

 

 メッセージでビーバーと書いていたせいか三本線が髭に見え、想像した彼の姿が妙におかしかっただけ。笑いを収めるまでにそう時間はかからなかった。

 

「シーちゃんの笑う姿って、そういえば初めて見た気がするゾ」

 

「たしかに……シャルテって笑えたんだな」

 

「それってどういう意味かな。僕だってたまには笑う時くらいはあるよ。――ちょっとキリトこっち見ないで、また息できなくなるから」

 

 地べたに腰を下ろして三人で焚き火をかこいながら他愛のない話しをする。アルゴの話しではキリトの三本線は今やっているクエストから来る物らしく、このクエストをクリアできれば『体術(たいじゅつ)』という一定条件を満たさなければ手に入らないエクストラスキルを入手できるとの話しだった。

 

「その情報って簡単に教えたらダメなんじゃないの?」

 

「あぁ、いや、本当なら俺からシャルテに「一緒にやらないか?」って声をかけるつもりだったから大丈夫だ」

 

 此方を横目で見ながら話すキリトに短く返事をして、それからアルゴが《鼠》と呼ばれる様になった由来がこのクエストという事やクリアするには素手で設置された岩を殴り続けて見えない耐久値をゼロにしなきゃいけない事などを聞きながら、僕は時々刺さる視線が気になって仕方がなかった。

 

「あのさ、キリト。さっきからチラチラこっち見てるけど……何。気になる事があるならはっきり言って」

 

「あっ……ごめん。その、他意は無いんだ。ただ、目のやり場に困るというかだな……」

 

 此方の問いかけを聞いて露骨に目を逸らしたキリトがそっぽを向いたまま僕の方を指さしてくる。いったい何なのかと自分の身なりを確かめると、なんとなく納得が言った。

 

「防具、変えないのか?」

 

「今は持ち合わせがないから。」

 

 上半身を守る革製のプレートアーマーは所々に斬り傷ができていた。

 

「いや、でもだな……シャルテが鎧の下に服を着てるからって、一応俺も男なんだぞ?」

 

「だから……? 別にキリトなら良いよ。恥ずかしくても減るモノじゃないし、地肌を見られる訳でも無いんだから」

 

 会話の流れで事情を把握したのかアルゴはキリトに対して何とも言えない視線を送っている。肌を見られるならお断りだが、多少僕が慣れているキリトやアルゴになら気にしない。そういう意味で言ったのだが、雰囲気からして十中八九(じゅっちゅうはっく)勘違いされている。

 

「 "女の子" としてその発言はどうかと思うぞ――?」

 

 諦めた様なため息が一つ、僕の口から零れた。『キリトのバカ』と内心で毒づきながら壊れかけの鎧を外し、彼の腕をとってアスナの時と同じ事をする。

 

「暴れないでよ、くすぐったい……。ハラスメントコードは僕の方にも出てない、キリトの方にだってそうでしょ?」

 

 突然の事でなのか慌てるキリトの指を僕の空いた手で固定して、ジト目で睨みながら確認すると目を瞬かせた彼は呆然としながらも肯定の答えを返してくれる。

 それから彼の手を離して僕が鎧をつけなおしていると、自分の手を見つめた彼が一言だけつぶやいた。

 

 ――柔らかかった。

 

 咄嗟にグーで殴ってしまった僕は悪くないと思う。

 

 その時の苛立ちもあってかクエストは開始四日でクリアする事ができてしまい、クリアの後でキリトには謝っておいた。彼からも一度言ってくれた事を忘れていた事などを謝罪され、元通り。

 

「別にキリトが僕をどうして女の子としてみたいって言うなら止めはしないけど……でも、何かにつけて "女の子なのに" みたいな言い方は止めて」

 

「大丈夫だ。流石にもう忘れない……と思いたい」

 

「間違って忘れたとしても何か言う前に思い出してくれれば、それでいいよ」

 

 二度ある事は三度あるとは良く聞くが、今みたいな状況では仕方ないと幾分か割り切れる。そうして二人で街までの帰り道を歩いていると、アスナから連絡があったとキリトから言われて僕は隠蔽を使って彼の宿まで案内された。

 待ち時間は次のボス攻略戦に関してやラストアタックボーナスだったという彼が身につけていたコート型の防具についての話しをして、アスナが来てからは彼女からフードをトレードしてもらい、レベル上げをする事になる。

 

「キリトくんは「参加するつもりだ」って言ってたけど、シャルテくんは次の攻略戦、どうするの?」

 

「あんまりレベルを上げれてないから、一応当日までのレベル次第かな……。でも、多分今回は参加しないと思う。攻略する人達が持ち上がりの可能性も考えたら、言い方が悪いけど難癖つけられたくないし」

 

 アスナに自分の性別についてようやくキリトがわかってくれた事を告げると、彼女もそれに合わせて呼び方を変えてくれた。数時間のレベリングをこなし、セイフティーエリアで次のボス攻略に参加するかを聞かれ、僕はキリトに聞かれた時と同じ言葉を返す。

 

「それに、第一層ボスとの戦いで良い短剣が壊れる寸前まで耐久が減ったから……今まともに使える強めの短剣がこの一本なんだよね」

 

 アロイダガーは大事な残り一本だ。だから、このレベル上げの時も僕は店売りの短剣を使っている。僕がボス攻略に参加しないと聞いて少しだけ俯いたアスナへ視線を向けると、彼女もそれに気づいたのかゆっくりと口を開いた。

 

「そっか……あのね、シャルテくんをアテにしてるって訳じゃないの。ただ、どうしてあんな風になっちゃったのかなって」

 困った様にぎこちない笑顔を浮かべながら「湿っぽくなっちゃった」と零したアスナに黙っていたキリトも心配そうに眉を下げて彼女を見ている。

 

「そこは今考えたって仕方ないよ。今回のボス攻略については、二人から「ぼっちは辛い」って言われたら参加しそうだけど」

「私はぼっちじゃないよ!?」

 

「俺だって違うからな!」

 

 二人揃って声を上げる姿を見ながら、僕はそれを適当に流して言葉を続ける。

 

「はいはい。ひとまず僕の事は置いといて、二人はどうするの? 第二層のボス戦は」

 

 その質問にアスナはまだ迷っているが攻略には積極的な態度を見せ、キリトは明確に参加の意思を示した。

 休憩も手短にレベル上げの狩りを再開し、日も暮れ始めた別れ際にアスナから持ちかけられたフレンド登録に応じて、夜になっても眠りにつけず深夜に宿を抜け出して狩りに出た。

 

 僕が目を覚ましてから六日目。僕・キリト・アスナの三人に第一層攻略の時に見かけたスキンヘッドで斧を振っていたエギルという男も合わせた四人でエギルのクエストの手伝いをする事になった。

 この時は面倒を避ける為に恒例となったメモ用紙へ自分は男であると書いて最初からエギルに突きつけた、すると、思っていたよりもすんなりと受け入れられて拍子抜けする僕に、彼は笑顔を浮かべた後、表情を一転させて頭を下げてきた。

 

「ボス戦ではすまなかった。本来ならああいう時こそ俺みたいな大人が先(せん)だって立ち上がるべきなのに……。俺は実際にタンクをしてて三人に助けられたんだ、だから、礼を言わせてくれ」

 

「いえ、そんな……エギルさん、頭をあげてください!」

 

「礼なんかいらない。俺は俺でやることをしただけだからな」

「こんな状況じゃ大人も子どもも関係ない。動けるから動いただけ」

 

 丁寧なアスナに比べてつっけんどんなキリトと僕にエギルは「それでもだ」なんて言ってくる。真っ直ぐな言葉にキリトは顔を背けてしまい、僕は僕で言葉を紡ぐ。

 

「一応、今は隠蔽を使ってないんだけど。味方殺しにお礼なんて言ってたらエギルさんまで同類に見られるよ」

 

「信じる信じないは自由だが、少なくとも俺はシャルテを味方殺しと思ってはいない。当然キリトの事だって故意的な見殺しをしたともな。感謝こさすれど恨み言を吐く謂(い)われが、俺にはない」

 

 そう返されてしまっては、僕も二の句は出せなかった。この日は半日手伝いをして、僕は徹夜明けの身体を労って早めに床につく事を選んだ。

 

 そして、きっかけとなる七日目の事。

 僕はアルゴから聞いた詳細不明なクエストの内容を調べてる為に《ウルバス》からフィールドに出てしばらく進んだ先にある森に来ていた。

 

「湖に落とした斧を拾ってくださいって言われたけど、泳いだ試しないんだよね……酸欠でそのまま溺死とか、洒落にもならない」

 

 詳細不明なクエストは『湖に住みし古精霊(こせいれい)』という名前で、アルゴから聞いた情報通り発生のきっかけは今いる森の入り口、そこの影にいる木こりのNPCと会話する事だった。

 木こりの彼曰わく、必要な樹を伐採・枝の剪定(せんてい)していた時に誤って大事な斧を湖に落としてしまったらしい。慌てて斧を拾おうとしたが、突然湖から人らしき姿が現れた事でパニックに陥り逃げ出してしまい戻ろうにもモンスターが活発化しているせいで戻れないとの事だった。念の為斧の形や特徴を聞いてみるも「お願いです。斧を取り戻してきてくれませんか」の一点張り、そういう仕様と勝手に割り切って先に進む。道中に現れる的はそれほど群れてはおらず、リトルネペントの様な種類も、あの時みたいな集団戦にもならずに僕は無事話しにあった湖の前まで来る事ができた。

 

 (湖には――やっぱり入れないか)

 

 端の方から見てみるも透明な壁に阻まれて湖その物に触れる事が不可能だった。しかし、そのまま縁を辿っていくと中央付近で湖をさすカーソルが浮かび、調べるかどうか確認を迫られて『調べる』を選ぶ。すると、湖の中央が淡く光り始めて一人の人影が先に浮かんだ。

 

 ――私を呼んだのは、お前だな。

 

 強く、澄んだ声の後にやがて輝きは薄れ、影が色を取り戻す。髪は卵色とでも言うべきか薄い黄で、顔立ちは整っていた。背も恐らく僕より高いだろう。身に纏った鎧は白い金属製のフルプレートタイプの物で腰の右横には長剣に近いサイズの片手剣をさし、右手には一般的なゲームに良くあるシールドサイズの盾(たて)を持っている。

 

「何か嫌な予感しかしないな……相手フル装備だよね、これ」

 

 イメージとしては妖精なのかもしれないが、これでは戦乙女(ヴァルキリー)にしか見えない。相手フルプレートはご丁寧に関節部はカバーされている様にも見える。つまるところ、 "ダメージが入るかわからないのだ" 。

 

「ん、嫌な予感? お前は何を言っているのだ。私に用があって呼び出したのであろう? サッサと要件を話さんか」

 

 (えっ……NPC、だよね)

 

 まさか独り言にツッコミを入れられるとは思ってもいなかった。僕が驚いた僅かな間に湖の中央にいた筈の仮称(かしょう)妖精は目の前の縁にまで近づいており、眉間に少しだけ皺を寄せている。

 

「森の入り口にいた木こりが此処に斧を落としたから拾ってくる様に言われた」

 

「ふむ……斧、か。それなら心当たりがある。少し待っていろ」

 

 そう言うと仮称妖精は湖の中に潜り、程なくして浮上。手には明らかに戦闘用の両刃斧が握られていた。

 

「その木こりが落としたというのは、この "ミノタウロスの斧" ――」

 

「それは絶対に違う」

 

 違うかはわからなかったが、食い入る様に答えてしまった。樹の伐採にあんな物騒な物を使っているとは到底思えなかったし、思いたくもなかったから。

 

「……そうか、違うか」

 

 心なしか仮称妖精の頬が痙攣している気もしたが言葉を言い終えた途端に直ぐ潜ってしまったせいで確認する事は出来ず、再浮上してきた頃には元通りに整っていた。

 

「なら、これならどうだ。名前は "カーボンアクス" という」

「それも違う」

 

 形としては片刃斧で確かに樹を伐(き)るのに使えるのかも知れないが、サイズが大き過ぎる。

 そもそも形を教えてくれなかったのだから答え様もないのだが、それでもこうして提示してくれているのだ。きっと此方で情報を集め損ねたのだろうと思い延々とそれらしい、如何にも木こりが持っていそうな斧が出るまで粘る事にしたはいいが――出ない。

 仮称妖精が持ってくる物は『形が歪な物』・『サイズが極端過ぎる物』・『どう見ても戦闘用の物』の三種類でだいたいの仕分けが出来てしまう。途中 "処刑人の断頭斧" という名前で全長一メートル半ばもある血濡れた斧まで持ってこられた時は目を背けてしまった。何でそんな物が湖にあるのか。朝から続いた繰り返しも正午にさしかかり、これが最後の斧だと持ってきた物も結局その例にもれる事はなかった。

 

「もう一度聞くが、本当に、今まで私が持ってきた斧の中に目当ての斧はなかったのか?」

 

「わからないし、知らないよ」

 

「何だと……? 冷やかしのつもりか知らないが、私をからかうのもいい加減にしろ、小娘」

 

 答え方がマズかったのか、元からこういう仕様だったのか、仮称妖精は眉をつり上げて不機嫌を露わにする。

 

「別に、からかってなんかないよ」

 

 決してからかっているワケではない。そんな弁明のつもりで放った言葉は開戦の火蓋(ひぶた)を切らせてしまった。

 

「いいだろう、お前の言い分は良くわかった――」

 

 静かに呟いた仮称妖精は湖から上がり、地に足をつけて湖前(こぜん)にあるやや広まったスペースまて歩くと剣を正眼(せいがん)に構える。

 

「嘘つきには、罰を与えねばならない。お前も剣があるのだろう、抜け」

 

「何で嫌な予感が当たっちゃうかな……」

 

 視界に映る仮称妖精の頭上にはモンスターを示すカーソルが浮かび、その色は見慣れた本来の物よりほんの僅かながらに濃い赤色。それが表す意味は――相手は自分よりもレベルが上という事だ。

 そして、カーソルの隣にある敵の名前は『ウルズ』。

 

 (格上か……体力ゲージは一つでも、ちょっと本格的に厳しいんじゃないかな。これは)

 

 北欧神話から引っ張っているなら、女神の一人である彼女は湖も妖精もあまり関係ない気もする事が今はどうでもいい。

 気を緩めてはいられない、アロイダガーを順手に握って此方から先手を仕掛けた。足に力を込めてアジリティを生かした全力疾走からの刺突は鎧の脇腹を掠め、大凡どれだけのダメージが通るかを僕に知らせる。

 

 ――ギャリィッ!

 

 そんな耳障りな金属音と共に、僕の速度はゼロへと落とされた。

 

「ふむ……なかなか良い突きではないか。面白い」

 

「はっ――洒落にならないなぁ」

 

 渾身の速度を乗せた突きはウルズの盾によって難なく防がれ、追撃をさせない為に直ぐ後ろに下がると彼女は一瞬緩ませた口元を直ぐに引き締め、醸し出していた筈の苛立ちさえも鳴りを潜める。

 

「次は、私の番だ」

 

 

 ゆっくりと盾を照明に構えたウルズがそのまま重心を前に傾いていき、ある一点を超えた瞬間に勢い良く地を蹴った。

 

 (速い!? 右手が奥まった、目的は――バッシュ!)

 

 鈍重に見える鎧を身につけて起きながらもウルズは速く、突進を引き寄せてから後ろに飛んで何とか初撃を回避する算段でいた。そして、実際に彼女の突進を後ろに避けた先で、僕の腕が盾で死角になっていた剣による一撃を防ぐ。ただ均衡を保てたのは一瞬で、僕は力で押し込まれる前に横へ身体をそらす事によって彼女の攻撃を凌いだ。

 

「ほう、避けたか。私としては一撃で決めるつもりだったのだが……目の良さに助けられたな」

 

 (たった一回の防御でニアピンって……目が良いのはどっちなんだか。)

 

 ウルズの言っている事は当たらずとも遠からずといった所だ。此方もさっきの一撃だけで目が冴えた。正真正銘、気を抜けば死にかねない。無理な動きで彼女の攻撃を防いだ僕の右手は痺れて当分使えそうにも無く、クイックチェンジで直ぐ左手にアロイダガーを持ちかえる。

 

「当たれ……!」

 

 狙いは構えの都合上防御までワンテンポ必要な胴体の左側。

 相手の真正面(ましょうめん)からジグザグに走り、攻撃の空振りと警戒を誘う。単純な敵の場合はこれで空振り・少し学習した敵は警戒から初動が遅れる。とりあえずは此方の与えられるダメージ量が分からなければ話しにならない。

 

「ふん……私にその程度が効くと思うなよ?」

 

 敵の距離まで入り、僕の一歩での攻撃が射程圏内に入ったタイミングでウルズは退くでも防ぐでもなく、向かってきた。肉薄した彼女は逆袈裟に剣を振り、僕はそれ防いだ短剣ごと押し込まれ、後ろに下がる。こんな事では今の僕にソードスキルなど撃てない。防がれてカウンターされるのが関の山だろう。

 一度静かに深呼吸して、突進。彼女相手に力では敵わない。現状、唯一自分が勝てるとしたら速さ位しかないのだ。わざと盾を構えさせ、攻撃もせずにウルズの左側を通り越す。彼女が水平に薙いだ剣を短剣の腹で上へ流し、無理矢理にでも攻撃の隙を作った。

 

 ようやく生まれた攻撃の機会に彼女の鎧をアロイダガーで斬り払う。当然足を止める事もなくそのまま距離を取った。

 

 直ぐに相手の体力ゲージを確認するが目に見えた減りがない事に内心で舌打ちする。アロイダガーがウルズの鎧に当たった瞬間、視界に表示されたダメージはたったの "一(いち)" 。 ゼロよりマシと捉えるべきか、最低ダメージ保証値だと捉えた方が良いのか。

 

(まあ、いずれにせよ――死にたくないなら勝つしかないんだけどさ)

 

 ゼロではないなら攻撃を続けていれば此方が倒れない限り、いつかは相手が倒れる筈だ。

 再び駆け出して途方もない道のりを目指し、時刻は夜になって月明かりが照らす戦場で僕の身体はいとも簡単に宙へと放り出されて地面を転がる。

 

「小娘、集中力が切れてきたか? 随分と動きにキレがなくなっているぞ」

 

「うっさい……。盾のバッシュで吹っ飛ばすとか、どんだけストレングスに振ってるんだよ」

 

 当初こそウルズは表情に出さないだけで苛立っていたのだろう、無理矢理にでも隙が作る事はできた。それが時間を立つにつれて難しくなる。此方のポーションは既に半分をきっているのに彼女の体力は六分の一を削れたかどうか。打ち合いに至っては三桁も越えているだろう。

 

「減らず口を叩く体力はまだあるみたいだな。だが……まあ少し待て。時間も時間だ、そろそろ明かりが無くては難しくなるだろう」

 

 おもむろに『プレイヤーと同じく宙を指でなぞった』ウルズの手には松明(たいまつ)が現れる。彼女はそれを僕と彼女自身を囲う様に四つ設置して、満足気な顔をした。

 

「さて、続きを始めようか。私も漸く身体が温まってきた所だ……貴様の様に人をからかう不届き者に負けてやる程、甘くないぞ」

 

 何故か楽しげに笑みを浮かべるウルズの姿に、違和感は拭(ぬぐ)い去(さ)れなかった。もしかしたらNPCは自分が知らないだけでそれ位できるのかも知れない、そうだとしても "彼女の所作は自然すぎる" 。

 

 (まさか、プレイヤーなんて、そんなワケないよね……)

 

 キリトの三本髭に然(しか)り、ウルズも何らかのクエストをクリアする為にこの役回りをしている可能性はゼロではないだろう。が、それだと彼女の笑みが納得いかない。

 プレイヤーならば最初の茅場からの話しを聞いているはずだ。それを信じていないにしろ、自分に向けられる剣にも驚いたり躊躇する様子は見られない。もっとも、それも隠していると言われればそこまでなのだが。

 

「戦いからうつつを抜かしている暇などあるのか――?」

 

 聞こえてきた声、左から迫る風切り音に短剣が間に合わないと判断して咄嗟に左へ屈む。眼前には盾があり攻撃には転じれず、右から迫る追撃の一振りを後ろに退く事で逃れるがタイミングが遅かったせいで切っ先が掠め、体力が減ると共に新調した防具には新たな線が刻まれた。

 考えるのは後回し。気を張るだけでも彼女相手には足りない。

 

 (まだ足りない……もっと、もっと速くならないと)

 

 いっそのこと自分の体力を故意的にレッドゲージまで落としてしまった方が良いのかも知れない。

 受けて、避けて、流して、流されて、防がれて。剣戟は鳴り止む事なく続いていく。

 

 ウルズの突きは僕の首を掠めてマフラーを貫き、僕の短剣も彼女の頬に傷をつけた。そのまま互いに退いて、また衝突を繰り返す。

 

 

 剣戟はそこから更に二十四時間程続いて、ウルズの体力が半分になった所で突然彼女からの猛攻(もうこう)がなくなり、彼女の頭上にあったはずのモンスターを示していたカーソルも消えた。

 

「むぅ……非常に腹立たしいが、今回は私の負けの様だな」

 

 ウルズが剣をおさめた事に、僕の身体からは一気に力が抜けてその場に尻餅をついてしまう。ポーションはギリギリ最後の一本だけ残っていたが、あのまま戦っていたら此方の勝ちは絶望的だった。

 

 

「何回聞いても……斧の形を教えてくれなかったのって、これのフラグだったのかな……」

 

 一気に気が揺るんだ事でこうなった原因とも呼べる木こりと迂闊に判断した自分に呆れて、僕は独り言を零す。

 

 それに彼女が反応を示して、話しはようやく現在に戻るワケだが――。

 

「あの……すいません。ちょっと止めてください。吐きそうだから」

 

 各所に疲労がたまって身体は重たくなる一方、そんな最中(さなか)に激しく身体を揺さぶられたら気持ち悪くなるのは当然だ。雰囲気からげんなりしだし始めた僕の様子にウルズも漸く気づいて揺する事を止めてくれたのは良かったが、今度は挙動不審。忙しなく視線を彷徨わせてはソワソワと落ち着きをなくしていた。

 

「あの、どうかしたの?」

 

「い、いや。何でもない! 何でもないぞ! 断じて小娘が私をからかったと勘違いしてたワケではないんだからな!」

 

 (……何かよくわからないけどとりあえず色々勘違いしてたんだ)

 

 慌てふためく様子からは先程までの凛々しさなど露(つゆ)へと消えていた。ついでに言えば僕は『小娘』でもないのだが、今は訂正するのも億劫だ。

 

「うん、自滅してるのはわかったけど……結局斧ってどうなの?」

 

「少し待っていてくれ、今正解の斧を持ってくる!」

 

 早く宿に帰りたい一心から、僕はウルズにクエストの仔細(しさい)を聞いていた。するとどういうワケがちゃんとした答えまで返ってくる。――よほど慌てていたのか、彼女は湖の縁で躓いて悲鳴を上げながら湖に落ちていったが、きっとこれは気のせいだ。

 そうして湖から這い上がってきたウルズが手にしていた斧も気のせいだと思いたかった。

 

「ま、待たせたな小娘よ。さあ受け取れ! 恐らくだが木こりが落としたのは、この "処刑人の断頭斧" ……の筈だ」

 

「ああ……うん」

 

 手を伸ばして彼女からそれを受け取ると目の前に浮かび上がるアイテム入手の表示。同時に重量過多(じゅうりょうかた)でただでさえ重く、辛い身体に鞭を打たれる。

 

「おい、大丈夫か……?」

 

「大丈夫じゃないですけど、大丈夫です。ありがとうございました」

 

「いや、ちょっと待ってくれ!」

 

 言い切ってサッサとその場を後にしたい僕をウルズは呼び止めて「何かお礼をしたい」、そう言ってきた。

 

「いや、いいよ別に……。斧の形を聞けなかったって言い出せなかった僕が悪いだし」

 

 だから早く帰らせてください――そう思っただけで伝わるはずもない。

 

「それでは私の気が済まない! えぇい、少し待っていろ!」

 

 (僕はいったい何回待たされるんだろうか?)

 

 もはや何処か他人事の様に思えてきて、僕は大人しくウルズが戻ってくるのを待った。そして彼女も彼女で急いだのか、数秒で湖から戻ってくる。

 

「今は冬だからな。これをくれてやるから持って帰れ」

 

 そんな尊大(そんだい)な態度でウルズが突き出してきたのは真っ赤なマフラーだった。

 

「ん、ありがとう……」

 

 これは素直に嬉しかった。何せ今まで通ってきた街や村にマフラー系のアクセサリーが一つもなかったのだ、それでいて初期のマフラーはウルズとの戦闘で壊れてしまっていた。彼女の手からマフラーを受け取ると、今度は "手編みのマフラー" を受け取った旨を示す表示がでる。

 僕がそれを受け取った事に確認すると、ウルズは満足そうに微笑むんで――。

 

「お前との勝負はなかなかに楽しかったぞ! 暇があれば、また手合わせをしよう!」

 

 そう言って、湖の中に戻っていった。

 

 残された僕は一人、重量過多で悲鳴をあげる身体を引きずって木こりの元へと歩いていく。 道中にいたモンスターは全て消えており、安全な帰路につけた。

 

「――おお! これぞまさしく私が落とした斧! 冒険者さん、ありがとうございます!」

 

「ああ、うん、そう。良かったね」

 

 クエストクリアの報酬は換金用の手斧だった。実際に売ってみなければ金額はわからないが、苦労に見合う額ではない気がしてならない。

 そうしてやっとこさ幾分か身軽になった身体になり、僕は首元が寂しくなってウルズに貰ったマフラーを巻いた。

 

「あっ、すごい肌触り良い……」

 

 顔を埋(うず)めたくなる柔らかさに少しだけ気が緩んだ。

 街までの帰り道は隠蔽を使い、時刻は昼下がりで街にはプレイヤーが多くなっていたので宿までの道のりも隠蔽を使って歩いていく。

 安全な宿の中に到着して一息ついた後、アルゴにメッセージを飛ばした。

 

「調査完了。至急報告したいから宿に来て、入れる様にしておくから」

 

 それから約一分でアルゴは僕の宿に到着した。満身創痍をテーブルに突っ伏せる事で体現しながら彼女に対して手招きで対面の席を指すと彼女もそれに従って大人しく椅子に座る。

 

「シーちゃんがそれだけ疲弊してるって事は、よっぽど大変な内容だったのかナ?」

 

「アルゴー、あのクエストダメだよ。失敗したら死ぬよあんなの」

 

 疲れからか僕のテンションも一周回って似つかわしい高さになっている。酔っ払いが他人に絡んでいる様な間延びした言葉と一緒に事実を告げると、彼女の目の色も変わった。

 

「とりあえず、わかった事は全部離すからメモの用意はいい?」

 

「ああ、大丈夫だぞ」

 

 片手ではなく両手をテーブルに構えたアルゴに、僕はクエストの流れと体感してわかった事を話す為に再び口を開く。

 

「まずクエストの発生条件はアルゴの情報で正しかった。クエスト名は『湖に住みし古精霊』。内容は "木こりが湖に落としたっていう斧の回収" 、でも、此処で何回聞いても木こりのNPCは "斧の形を教えてくれなかった" 。湖について接地する縁を辿っていたらだいたい一番張っている場所付近で湖を示すカーソルが出たから、僕はそこで湖を『調べる』というを選択をした」

 

 アルゴのキーボード捌きを見つつ、適度に言葉を切りながら話しを進めていく。

 

「そうしたら湖から多分、女性かな? 武器も防具もフル装備のNPCが出てきて何の用かを聞かれたから、 "木こりが此処に斧を落としたから拾ってきてと頼まれた" って答えた。そうしたら少し待っていろってNPCが斧を持ってくる。――本当なら、多分此処で『木こりが斧の形を教えてくれなかった』事を伝えれば無事に成功なんだと思うんだよね」

 

「んっ? 本当ならって事は、何か違うルートもあるのか?」

「ある……まぁ、あくまで予想だけど。僕はその時情報を集め忘れてたと思ったんだけど違うみたいだし。とりあえずそのままいけば最後の斧まで「これか?」って確認が進むんだけど、そこでもう一度聞かれた時に "斧の形を知らない事を告げなかった" 場合、そのNPCと戦闘になる」

 

 戦闘という言葉に雰囲気を更に堅くしたアルゴに僕は続きを促された。

 

「NPCの名前はウルズ。少なくともレベルは十八以上で相手はパワーもあるしアジリティも高かったから、相手のレベルが固定式だった場合は現状の安全マージンでは絶対的に足りない。オマケに鎧もかなり頑丈で僕がアロイダガーを当ててもダメージは『一』だった。戦闘終了条件は此方が死ぬか、ウルズの体力を半分以下にする事だと思う。一応、クエストクリア報酬は一万コルだった」

 

 でも――と、そこで僕が言葉を濁らせた事にアルゴから「どうかしたのか」と聞かれ、個人的に感じたウルズの違和感を話す事にした。

 

「何かNPCっていうよりプレイヤーみたいな動きだったんだよね……インベントリを開く動作を見せたり、所作に機械らしさが無いっていうかさ。勘違いの一言で済ませられちゃうのも事実だけど、そもそもカーディナルは僕を男として認識してる筈だからNPCが僕に対して『小娘』って言うのはおかしい気もするし」

 今思えばそうなのだ。僕はシステム上では男として扱われている。NPCならシステムの支配下にあるのは当然であり、プレイヤーの性別を間違えるなど普通は有り得ない筈。

 追加の話しとして当てになるかはわからなかったが、自分が今つけているマフラーはウルズから貰った物で戦った後に斧の形を教えてくれなかった事を独り言で零したら「何故早く言わなかった」と迫られ、勘違いしたお詫びとして貰った物だと付け足しておいた。

 

「成る程……しかしそのウルズってのがシャルよりレベルが高いとなるとオレっちの情報屋仲間にも声をかけて時期が来るまで立ち入り禁止の箝口令(かんこうれい)をひいた方が良いな」

「その方が良いと思う、無駄に死者を増やす必要はないんだしさ」

 

 陰湿なPKに使われても問題である。そもそもクエスト内容だって相当意地が悪い。深読みし、欲に目が眩んでも、テキトーに答えても恐らく死が待っている。

 

「一応箝口令を敷くにあたってシャルのマフラーもレアドロップ品って事にしておいた方が良いだろうな。まあ、キー坊とアーちゃん辺りになら素直に言っても問題はないと思うぞ」

 

「わかった。キリトとアスナには僕からも先に伝えると思う。死なれたら、寝覚め悪いし」

 

「んっふっふ……寝覚めが悪いと、まあそういう事にしておこうじゃないカ」

 

 ニヤニヤと人の悪いアルゴから顔を背けると、数拍(すうはく)の間があいた後に彼女から謝罪の言葉を投げられる。たしかにしんどくはあったが、こればっかりは仕方ない。

 

「いいよ、謝らなくても。結果として僕は無事に帰ってこれたワケだし」

 

 普段と変わらない調子でそう返すと、申し訳なさ気な表情は変わらなかったがアルゴは「ありがとう」と言ってきた。

 

「……あっ、そうだ。オネーサン、シーちゃんに言っておきたい事もあったんだヨ」

 

 明日はボスの攻略会議ある――。

 

 アルゴから真剣な顔つきで言われたそれは、忠告なのだろう。

 

「少なくとも明日は一日宿に居た方が安全だ。ボス討伐までは迷宮区にもいかない方がいい」

 

「わかったよ。多分、最低でも明後日までは寝るつもりだったし……第二層に来てから寝てる時間が多かっただけに迷宮区がどこにあるかも知らないんだよね」

 

「そっか……因みに迷宮区は此処にあったりすんだな、これガ」

 

 だからボス討伐がある当日は賑やかになる事も考えた方がいい。そういう事だろう。

 話しの締めとしてアルゴから依頼の報酬としてコルを貰い、その日はお開き。入浴してから寝室へ向かって僕はマフラーと武器以外の装備を解除し、鞘におさまったアロイダガーをベッドからでも手の届く小さな丸テーブルの上に置く。

 今日はメッセージを送る気力もない。ただ静かに眠りについて、目を覚ましたのは三日後。予想より一日多く寝てしまっていた。

 

「んぁ……メッセージ、いっぱい」

 

 それらの内容を総括すると『第三層への転移門が有効化された事』・『レベル上げや第三層に上がらないのかという誘い』・『起きたらメッセージを送りなさい』との事で、最後の起きたら云々に関しては送っている相手の表情が何となく想像できてしまう。

 

「今起きた。第二層攻略おめでとう、でいいのかな?」

 

 その返事はモノの数分で返ってきて、内容を確認した後僕はゆっくりと伸びをしてから身支度を済ませて借り宿を解約(かいやく)してから外にでる。当然、隠蔽を使いながら。

 

 そうして迷宮区ではなく《ウルバス》の入り口側にある転移門から第三層へと飛んで、着いた矢先に待っていたキリトから腕を引かれて第三層にある一軒家に連れてこられた。

「中に入ってくれ」

 

 手短にそれだけを言われ大人しく家の中へ歩(ほ)を進めると、カウンターの様な横長のデーブルに見覚えのある顔が三人。その近くにはアスナとエギルが立っている。

 

「何これ、僕をリンチする計画でも立ててるの?」

 

「違うんだシャルテ。ただ、この三人がお前と話しがしたいって言うから……その、ごめん」

 

 キリトから届いたメッセージには "僕に用事があって第三層の転移門で待ってるから来て欲しい。" そんなモノだったのだ。それが蓋を開けてみれば重苦しい空気しかない。

 

「まあ、別に良いよ……謝らなくてもさ。キリトなりに考えて仕方なくああしたって思っておくから」

 

 実際、素直に言って僕が来るかと言われてしまえば可能性の低さは否めないのだからキリトの判断は正しかったとも言える。僕としても別に責めるつもりもなかった。 静かに三人に相対する席へつき、メモで会話させようと手を動かして、途中で放棄した。

 

「この度は、皆さんお集まりな様で……。僕にお話しとは、第一層ボス攻略の時の事ですか」

 ほぼ初対面の相手に対して僕が自分の声で話した事でキリトやアスナの驚いた様な気配が伝わってくる。

 

「それについてもだけど、私は今回別件でキミに話しておきたい事があったんだ」

 

 三人並んでいる家の真ん中、オールバックの青年が柔らかな表情で話しを始めようとして、僕が意図的に話しの腰を折る。

 

「すいません、その前に……僕の名前はシャルテと言います。キバオウさんを除いて、僕はアナタ方の名前を知らないのですが」

 

「あ、あぁ。自己紹介が遅れてすまない、私はシンカー。君から見て左に座っている者がリンド、そして右に座っている者は君も知っている通りキバオウだ」

 

 リンドと呼ばれたプレイヤーの方へ視線を向ければディアベルに似た青髪を持つ青年と目が合う。顔を見るに一見して冷静その物、ただ視線に関しては鋭く、僕を貫いていた。

 

「はじめまして、ではないのだがな。俺はリンドだ。第一層攻略の時にはディアベルの班にいた」

 

 そう言って口を紡いだ事を確認して、今度はキバオウの方を見る。トゲ付き鉄球の様な髪型は相変わらずで彼からは特に敵意は感じられない、むしろ今の状況に戸惑っている風に思える。もっとも、僕が感じた感覚でしかないのだが。

 

「久しぶりやな、シャルテはん。あんさんの親友を使って騙してまで呼び出した事は、ほんにすまないと思ってる……ワイも少し聞きたい事があったんや」

 

 つまりキバオウとシンカーは個人的に話したい事もあったから、リンドはわからないが『ディアベル』の名を強調してきた所を見るに大方ボス攻略の時の話しと考えても問題はないだろう。エギル・アスナ・キリトの三人はどうやら見届け人らしく、あくまでも話しを穏便に進める為に待機しているらしい。

 互いに自己紹介を終えた事で僕は最初、シンカーに話しを促した。

 

「先に、これはさっき言った別件の話しになるんだが、第三層で特定のクエストをクリアすれば "ギルド" を作れる様になったんだ。そして既にそれなりの数のギルドが出来ていてね……とあるギルドが君についてある事ない事、噂を流布している」

 

 それだけで、何となくギルドメンバーがわかってしまった。本当に面倒くさいと無言でため息を吐いた僕の様子でシンカーも察した事に気づいたのだろう。「恐らくは君の予想通りだ」と、彼は言った。

 

「本当ならそんな話しも突飛な物なら周囲も聞き流したっておかしくない。ただこういう言い方は失礼だが、事実として君の参加しなかった第二層攻略では死者が出なかった。それに今のプレイヤーたちの雰囲気や負担がかかっている精神状況が合わさって、下層プレイヤーや当時のボス攻略に参加していない人は信じてしまっている者も多いんだ。そういった中で君に危害を加えようとする動きも、噂程度だが無いワケではない」

 

「ああ、そうですか……。第二層が無傷で攻略できたのは何よりじゃないですか、喜ばしい事です」

 

 投げやり・自棄に近しい抑揚で吐き出された答えにシンカーは眉をひそめる。

 

「――あっ。勘違いされても面倒なので信じる信じないは別として言わせていただきますが、自棄になってるワケでもプレイヤーの全員生存を不快に思ったじゃないですからね。ボス攻略で死者が出なかった事に関しては本心から喜んでいます」

 

「自棄にはなっていないと言うが、そのわりには随分と余裕があるようだな」

 

 此方を探る様な目をしたリンドに対して首を横に振り、否定を示すと、彼は訝(いぶか)しんでいるのか無言のまま目つきを鋭くさせる。

 

「僕だって機械じゃない、シンカーさんの話しを聞いてこれでも内心では焦ってます。でも、それを外に出したところでどうにかなる問題でもないでしょう――?」

 

 そもそもシンカーが嘘をついている可能性だってあるのだ。仮に彼の言った事が事実だったとしても、それで僕が目に見えて動揺すれば自ら相手につけ入る隙を与えると同意でありデメリットしかなく、無意味な事。『だからこそ平気な顔をする。』

 

「なんで……なんでや。わかってるんか? 命が狙われてるんやで?」

 

 信じられないと言った表情で僕を見てくるキバオウにどんな顔をしていいのかわからず、そのままの声色でわかっているという事を答える事しか出来なかった。

 僕にとっては、これが普通なのだ。

 

 そして少しばかり重苦しくなった空気を破り、声を上げたのはシンカーで、その内容に少しばかり僕の眉間に皺がよる。

 

  "第三層のボス攻略に参加してくれないか――?"

 

 聞き間違いでなければそう言われたはずだ。心の中で溜め息を吐きつつキリトたちの方に視線を向けてみたが、いずれも言葉ではなく同じ様に視線が返ってくるだけで直ぐにシンカーへ向き直って言葉を返す。

 

「仮に僕が参加したとして、死者が出たとしましょう。それこそ最悪です。満身創痍で第二戦・しかも相手はプレイヤー……笑いも、呆れも、全部通り越して無表情になりますよ」

 

 どうなるか何て簡単な事。

 最高でも味方殺しの異名が深まり、次点で一対多の第二戦。最悪なのはそんな空気に感化された自分以外の攻略に参加したプレイヤー全員と殺し合いになった場合だ。

 オマケに第一層であれだけ派手に動いてしまった手前レベルの高さについてもある程度算段がつけられてるとみた方が無難だろう。守らなければ責められ、守りきれなければ見殺しにしたと指をさされる。

 

「そこは、良識あるプレイヤーを信じて欲しいとしかいえない。俺は君が味方を見殺しにする様な人とは思えないんだ、効率的に始末するつもりなら自ら危険をおかしてボスの攻撃を防ぐ必要はなかった……それこそ、人知れずボス部屋から抜け出して逃げてきたプレイヤーを出待ちすればいい」

 

 そんな甘い言葉に、口からは自然と笑い声があがる。シンカーもそれをわかった上で言ったからこそ苦虫(にがむし)を噛み潰した様な表情をしているのだろう。それとも、一か八かの賭けに踏み切った事へ対する物なのか。

 

「あっはははっ――はぁ。シンカーさん、それこそ非効率的ですよ。間違って本当にボスが討伐出来なかったらどうするんですか? そんな事をしても唯一生き残った僕に対して疑いの目を向けるプレイヤーは必ずいると考えるべきでしょう。僕は、無条件に他人を信頼できる様な優しいプレイヤーなんかじゃありません……だから、もし事が起こってしまった場合は『正当な防衛手段』として剣を抜きます」

 

「そうならない様に尽力させてもらうよ」

 

 この瞬間から、いずれにせよシンカーにふりかかる精神的プレッシャーはよっぽどだろう。自分のミス一つで味方を死なせてしまうかも知れない恐怖・他のプレイヤーと組む場合はバレない様にしなければいけない緊張感が待っているのだから。

 

 それでシンカーの話しは終わりらしく、キバオウ・リンドも話しは無いようで、集まりは此処で解散となった。

 

「――ああ。一応言っておきますけど、僕はボスに挑むなら何としてでも今から後三レベルは上げるつもりです。それを下回る様であれば今回も見送らせていただきますね」

 

「前向きに検討してくれるだけ、話し合いの場を設けた価値はあったさ」

 

 部屋から出ようとしたシンカーの背に声を投げると、彼は此方を振り返らずそう言った。

 そして三人の居なくなった部屋には沈黙が降り、僕は上体(じょうたい)をカウンターに預ける。

 

「寝起きにこれは……流石に疲れるんだけど」

 

 何が好きで朝一番に腹の探り合いなどしなくてはいけないのか。本音混じりの言葉を零してうなだれていると、キリト、そしてアスナからも「ごめんなさい」と頭を下げられる。

 

「別にいいよ。たとえ実際二人が裏で何か企んでいたとしても、それに気づかないでノコノコと着いてきた僕にだって落ち度はある。それでおあいこ、湿っぽいのはもうお終い」

 

 手早く話しを切り上げてサッサと一人でレベルを上げに行こうとする僕を二人だけではなく何故かエギルも呼び止めて、四人でパーティを組む事になった。

 そして今いる場所はキリトの借りている宿であり、今から探すよりも此処の部屋を貸すと彼から言われて何度も断りはしたのだが、最後は気迫に負けて頷いてしまった。こうして一日遅れて最前線に到着したモノの寝床の確保は出来た事になる。

 

 それから第三層ボス攻略会議までは殆ど毎日一人でいる事はなかった――というよりも、一人にさせてくれなかった。宿を出るにもキリトが一緒、キリトが無理ならアスナが、アスナが無理ならエギルが傍についてくる。

 オマケに回避の練習に割(さ)く時間があまり取れず、深夜になって窓から宿を抜け出して噂のギルド設立クエストにも手をだした。しかしタイミング悪くフレンドリストを見られていたらしく、話し合いの結果三人が僕の時間に合わせてくれる様になったおかげで不自由はさほど感じなかった。

 結果としてレベル上げは間に合った、今回は間に合ってしまったという方が正しい気もするが、リンドに連れられて僕が攻略会議の場に現れた事に集まっていたプレイヤーたちは騒がしくなり始める。

 

「――皆、落ち着いてほしい。言いたい事はわかる、それでも彼の力を俺は借りようと思った。第一層で彼がボスと戦う姿を見た者はわかると思う……その強さが」

 

 演説をするシンカーの声に何名かのプレイヤーが騒ぐのを止めた。恐らくはそのプレイヤーは第一層からの持ち上がりなのだろう。それでも、第二層・もしくは今回が攻略初挑戦という者には伝わらない。そんなプレイヤーたちに説明をする三人によって僕に架せられるハードルがとんでもない勢いで上昇していく。『このままだと僕一人でタンクをやらされるのではないか?』そう思えて仕方がない。

 そして、最悪な事に考えは当たらずとも遠からず。危険分子は監視役とまとめてしまえという事か。僕だけではなくキリト、そこにアスナとエギルも混ざってタンクをやらされる事になってしまった。

 

(――馬鹿らしい)

 

  "短剣でタンクをやる事が" ではなく "がら空きの背中をプレイヤーに見せるという事が" 。説得の為仕方ないとはいえ勝手にハードルを上げられて僕はそれなりに苛立っていた。

 

「シャルテ……俺のせいで、ごめん」

 

「私も、ごめんなさい……」

 

「それだけ噂が蔓延してるって事でしょ? むしろ謝らないといけないのは僕の方。二人もエギルさんにも貧乏クジを引かせてごめんね」

 

「それこそ気にするな。タンクについては俺が教えても良い。三人の腕ならそうそう問題はないだろう……ただ、わかってはいると思うが盾を装備していないとなると必然的に一撃をもらった場合の被ダメージ量も増してくる。よほどの理由がない限り盾があった方が良いんだが……」

 

「俺は単純に重いのが嫌だからつけてなかったんだ。ずっとこれで、こっちの方が動きやすくてな」

 

「私は、特に考えた事がなかったかも……受けるよりも、避けて一撃っていう戦い方をしてたから」

 

「避ける方が向いてるし、防御なら短剣でこなせばいいし空いた手で他の事ができるからです」

 

 それこそ、リトルネペントの群れに囲まれたあの時キリトの襟を引っ張って無理矢理動かしたみたいに。両利きというワケではないが相手の不意を突くという意味でも左右に短剣を持ち替えたり、何かとやりやすいのだ。

 

「そうか……慣れているなら、此処で動きを悪くするのは得策ではないな」

 

 思案顔のエギルがしばらくの後に、僕たち三人にある提案――回避盾(かいひだて)を進めてくる。

 

「一応説明すると、俺たちみたいに盾か大型の武器を持って直接攻撃を受け止めて堅実に隙を作る――謂わば受け身の防御とは違って積極的な防御とも呼べるやり方だ。方法は単純に自ら敵のヘイトを集めて攻撃を引き寄せそれを避けるか、武器防御で防ぐ。第一層でシャルテたちが防戦の時にやっていた事と同じと思えば良い」

 

 それなら慣れるまでの時間があれば個人的にあまり問題はない――しかしまあ、あくまでも『あまり』であって持参した武器の在庫が無くなれば其処で為す術を失うワケだが。その日は結局、練習も何もせずに残り時間は肉体と精神を休める事に回す事にした。

 そんな折りにアルゴと会話する機会が出来て、第二層にてちょっとしたいざこざがあったと告げられた。何でもキリトと僕の噂を聞いてある事ない事噂しているプレイヤーにバンダナをした野武士面(のぶしづら)のプレイヤーが掴みかかったらしく、殴り合いの乱闘が起きたらしい。幸いにも死者が出るようなモノにまでは発展せず、後腐れもなく事は終結したと言う。

 その話しを聞いて思う事があったのだろう、キリトは唇を噛んで何かを堪えていた。

 

「アルゴ、そのバンダナのプレイヤーの名前って『クライン』じゃない?」

 

「ん、そうだゾ。もしかして知り合いだったか?」

 

「うん。まあ、そんな感じかな」

 

 クライン。チュートリアルの時に出会い、《ホルンカの村》へ向かう際に別れたプレイヤーと同じ名前。格好の情報からして同名の別人という事は多分ないだろう。

 話している途中でアルゴもキリトの様子に気づいたのか、そこで話しを切り上げ "明日の健闘" を祈って宿から出て行った。本当に彼女は情報を集めるのが早い。

 

「僕は先に部屋に戻ってる。だから、何かあったらメッセージを頂戴?」

 

 無言で頷いたキリトを確認して部屋に戻り、ベッドに寝転がって彼を覗くフレンド全員にメッセージを飛ばして返事も待たず僕は目を閉じて仮眠をとる事を選んだ。そして、キリトからのメッセージに目を覚ましたのはちょうど深夜頃。

 

「起きてるよ。どうしたの?」

 

「ちょっと眠れなくてな。今そっちに行ってもいいか?」

 

 別に断る理由もない。メッセージを返して先に部屋の扉を開けて待っていると、直ぐに隣部屋から装備を完全に解除したキリトが出てきた。彼を部屋へ招き入れてから僕はベッドに潜り、彼にはベッドの縁を使ってもらう。

 

「シャルテ、俺――」

 

 コペルの時と同じ様な暗い表情をしたキリトが何かを喋ろうとするも、僕は彼の口元に人差し指を寄せて彼に待ったをかけた。

 

「考えているのはクラインの事……あってる?」

 

 真っ直ぐとキリトの目を見て尋ねると、彼は小声だったが肯定を示した。やはりというべきか彼もアルゴの話しにクラインとの事を思い出したのだろう。

 

「話しを聞くのは構わないけど、今日はボス攻略だ。だから……キリトが寝ている僕に、絶対ふざけた真似をしないって約束してくれるなら、ベッド入ってもいいよ。そのまま寝てもいいし――今のキミが一人で色々抱えるには辛いでしょ」

 

 キリトの見た目と雰囲気に残る幼さから弾き出した当てにならない判断だが、大凡高校初めか中学校生といった感じか。コペルの時にも感じたが、彼は何か問題が起きた場合一人で背負おうと無理をする癖があるようにも思える。あの時は彼が一人で乗り越えなければならない問題だった為に距離を取っていたが、今回はまた別だ。

 

「考える事を止めろとは言わない。でもね……そのままだといつかパンクしちゃうよ?」

 

「い、いや……でも、シャルテだって色々抱えてるのは一緒だろ?」

 

「色々抱えてたとして? 今はキリトの事を話してるんだから余計な気を回さない! 良いからさっさと入る!」

 

 単純に嫌で断っているのかも知れないが、それならそれでしばらくしたらベッドから抜けるだろう。そう考えて、迷うキリトの腕を掴んで引っ張ると彼は特に抵抗せずにベッドの空いたスペースにおさまった。後は上に布団をかけてお終い。

 しかしいざキリトが話そうとすると、言葉がつかえたりどもったり、上手く言い表せない事で慌て始めた彼を宥める。

 

「まとまらないなら無理に言おうとしないでも大丈夫。今度、またクラインさんに会えたらさ……ちゃんとお礼、言わないとね」

 

「そうだな。そう、なんだけどな……会えたとしても、今更どんな顔をして会えばいいのか、わからないんだ」

 

 尻すぼみから平坦に変わったキリトの言葉。彼の目も、顔も伏せられていたが言葉は終わらない。

 

 シャルテなら、 "どうするんだ――?"

 

 今度はしっかりと此方を見て、そんな事を聞かれる。

 

「僕の場合は "久しぶりです" ……かな。あの時、彼の手を取らないで僕はキリトの手を取った。それを後悔はしてないし、結果として勝手に騒ぐプレイヤーがいる現状に苛立ちとか不安は覚えるけど、それだけ」

 

 『これは自分が自分の為に選んだ選択肢なのだから。その結果が今ならば、それは自分の責任だ。』他の誰かでも、友と呼べる誰かの為でも、誰かのせいでもない――そこまでは言わず、わざと言葉を途中で切ってからもう一度、今度は僕からキリトに質問を投げつけた。

 

「簡単にで良い。キリトは、あの時自分がクラインと一緒に残らなかった事をどう思ってるの?」

 

 答えにくい質問なのは恐らく間違いないだろう。だから「簡単にで良い」と前置きも置いた、自分が『悪い事をした』と思うのかそうではないのか、今はそれが大事なのだ。

 

「何であそこで待てなかったんだって……あまりのんびりしてたら《はじまりの街》で生きていくのは難しくなるのを俺は予想できていた。それでもクラインと一緒に街に残ってクラインの仲間にも可能な限り情報を渡すべきだったんじゃないか……もっと出来る事があったんじゃないか――」

 

 堰(せき)を切ってキリトからゆるやかに溢れ出したそれは『後悔』と『罪悪感』。彼は自分を第一に考えて街を抜け出した、それなのにクラインは自分の悪い噂に、言い方は変かもしれないが『怒ってくれた』。その事で元々彼に抱いていた感情が余計に煮つめられてしまったと考えるべきだろう。

 

「それなら、言うのは簡単だよ。悪いと思ってるなら素直に謝ればいい。ただ、クラインさんはそのままでもキリトを責める真似はしないと思うけど……むしろ今のキリトを知ったら心配して仲間も引っ張って三層まで上がってくるんじゃないかな」

 

 あくまでも僕の主観でしかないが、何となく、あの人柄なら本当に来(き)そうな気がしてならない。どんな顔をして会えばいいのかも、 "それだけの場合" 行うのは難しいかもしれないが、悪いと思っているなら『今のキリトの本心を伝えて謝ればいい』だけの事。そこから先は本人の取捨選択に委ねられるのだから。

 僕の答えにしばらくの間キリトは「素直に」と同じ言葉を繰り返していたが、やがてそれも止まり、何故かちょっとだけ此方に近づいてきた。

 

「ありがとう……。それで、その、年下かもしれないシャルテにこんな事頼むのもどうかと思うんだが、今日はくっついて寝ても良いか?」

 

「まぁ……いいよ。でもわかってると思うけど何か変な動きしたら先に手が飛んでくから気をつけてね」

 

 言いたい事は色々とあるが仕方ない。それだけ負担がかかったと思う事を決めて僕はキリトのお願いを聞く事にした。

 しかし正面はキリトも余計に恥ずかしいという事で僕よりも背の大きい彼に背中を貸して、抱き枕にされた。彼の静かな寝息が聞こえてきた頃、僕は震える手でもしかしてと思いアスナにもメッセージを飛ばした。そして予想は的中、彼女も未だ眠れずにいた。

 

 どうせ今日は寝れないと割り切って、アスナとのメッセージを彼女が落ち着いて寝落ちするまで続け、気づけば朝の三時。時々寝ぼけたキリトが僕を本当の枕だと思って動く度に冷や汗が流れて肩が跳ね、挙げ句は吐き気まで催してきた。

 

「いけるかなって思ったけど、やっぱり慣れないか……」

 

 別に今の状況がちょっと変で気持ち悪いとかそういう話しではなくもっと単純な事で、僕は所謂『ボディタッチ』に対する耐性がない。少しだけ「慣れたかな?」と思えたキリトにでさえこの有様、アルゴやアスナ、エギル、クラインなら突き飛ばしていた上にそんな機能ないまでかも知れないが本当に吐いていたかも知れない――まあ、それでも短剣を抜いて斬りかからないだけマシと言えばマシなのだ。

 ため息を吐きながら、僕は震えて仕方がない両手から左手を選んで、手の平を短剣で貫いた。持続する鋭い痛みに顔をしかめるが我慢できない事もない、出血もないのだから死ぬ事もなければ自らこうする事で攻撃判定は出るが、オレンジ扱いにもならなければ体力も減らない。持続する痛みにようやく震えも止まり、僕は短剣を手から抜いて鞘へおさめてから枕元に置いた。

 

 残りの時間、睡眠は取れないが目を閉じるだけの気休めは取れる。昼前には寝ぼけていたキリトが僕の肘うちで目を覚まして、アスナ・エギルとも正午にはキリトの宿で合流してから程なく「迎えに来た」とシンカーが現れた。

 その彼の口から今回は現地集合という形を取る事を告げられて、僕たちは彼を含めた五人で迷宮区のボス部屋前に向かったが到着した頃には未だプレイヤーも居らず、全員が集まったのはそれから約二時間が経過した頃だった。ピリピリとした空気の中、アルゴの冊子を各自で確認してから一斉にボス部屋へ足を踏み入れる。

 第一層の部屋を『幻想的』とするならば、三層はさしずめ『殺風景』とでも言うべきか。まるで四方を断崖絶壁に囲まれた谷底の様な場所。真上からは太陽が煌々(こうこう)と照らしており、本来であれば暗闇に覆われるであろう此処も照明には事欠かない。但し一つだけ、欠けているモノがある。

 

「――ボスが、いない?」

 

 最初に声を上げたのは誰だったのか。谷底には、居るべきはずのボスの姿が見当たらなかった。アルゴの冊子によれば、此処のボスは "ビッグアース" という猪型エネミーの筈なのだが、あるのは小さな岩と砂と壁位で生き物らしいモノが何もいない。

 

「キリトくん。これって、もしかして……」

 

「アスナの考えてる事は、多分正しい。此処のはベータ版とはモンスターからして違うかも知れないな……エギル、シャルテも気をつけろよ」

 

 表情を曇らせたアスナにキリトも眉をしかめて、だだっ広い空間に最大限の注意を向けている。彼の忠告に僕は無言で頷き、エギルは小声で肯定を示した。

 

「皆、気を抜くなよ。敵によっては冊子にあった情報が全て当てにならない」

 

「全員気を張りぃや……どこから来るかわかったもんやない」

「各部隊、その場に待機。臨戦態勢を取るんだ」

 

 他のプレイヤーたちもリンドを筆頭にシンカーやキバオウと言った『冊子の情報通りになるとは限らない』事を体験している者が中心となって全体の気を引き締めにかかる。ざわめきは直ぐに静まり、部屋全体を緊張感が支配した――そんな時の事だ。

 

 最初に小さな音が鳴った。

 発信源はわからない。それでも、足音でも人の声でもない "何かを削る様な音" が断続的に続いている。

 

 (何処だ? ボスか?)

 

 短剣を抜いたまま僕は静かに身構え、警戒心を引き上げて自分の感覚も尖らせる。

 

「シャルテ、どうかしたのか?」

 

「――今話しかけないで」

 

 エギルが僕の様子に気づいて声をかけてくるも此方はそれどころではない。自然と突き放す様な強い言い方になってしまったが、それだけで彼は察してくれたらしく僕と同じく周囲への警戒を強めた。

 

 (ずっと遠く……土か壁の中? 仮に土竜みたいなタイプだとしたら、反応するのは―― "音" )

 

 断続的に鳴り響く小さな音は間違いなく此方に近づいてきている。もし本当に音を頼りに動いているなら今の状況はよろしくない。気を張っていないプレイヤーが若干名、ずっと此方に視線を向けているのだ。あれに今ちょっかいをかけられては気が散って仕様がない。それだけではなく辺りを警戒するあまりに動作が忙しなくなり、身につけた装備が音をたてるプレイヤー・少しずつ緊張感がなくなり声が目立ってくるプレイヤーまでいる。つまり、仮定が正しい場合の良い的が沢山生まれつつある事に他ならない。

 

 やがて音は一度止み、代わりに地鳴りと明確な敵意が発せられた。

 突然動き出した僕に気づいたプレイヤーも別の意味で動き出すが、気にしている余裕なんかない。急いでタンク部隊の一人に駆け寄って、名前も知らない彼がつけている鎧の襟を引いて後ろに引っ張ってから数秒――彼が直前まで居た場所に岩の槍が生えた。

 

「間に合った……」

 

 槍の高さは僕より頭二つ程高い。槍先が丸い以上、串刺しにする類いの物ではないと思いたいが確証もなかった。いきなり地面から現れたソレに驚き放心している鎧の男を急かして、僕は槍から距離を取ってキリトたちの下に戻る。

 

「シャルテくん、あんまり無茶したらダメだよ」

 

「ん、大丈夫」

 

 アスナの声に答えとも呼べないモノを返して、短い会話を切り上げる。敵意は消えていない、依然として岩の槍から滲んでいるのだ。

 しかしモンスターであるなら赤いカーソルが出る筈なのに、槍をターゲットにとる事は出来なかった。沈黙が降りる中、キリトが僕たちに一言をかけてからこっそりとシンカーの下へ行き、何を話したのかシンカーの指示によって『槍を囲い込む』形で配置がなされる。

 その隊列の最前列にはキリトが、彼の直ぐ後ろにエギルが待機し、両脇に控えるのは僕とアスナ。

 

「俺の考えが正しいなら、俺が一撃を与える直前か直後にあの槍は何かしらのモーションをとるはずだ――エギルは俺だけじゃガードしきれない攻撃がきたら一緒に防ぐのを手伝ってほしい。アスナとシャルテはいつでもスイッチで相手の妨害を出来るよう準備していてくれ」

 

 そう言ったキリトに従って各々が構えをとり、彼は可能な限り足音を立てず、ゆっくりと目標へと近づいてからアニールブレードで右に切り上げる。

 振るわれた彼の剣は岩に弾かれる事も受け止められる事もなく最後まで振りきられ、刃先はしっかりと岩を捉えて痕を刻みつけて、 "岩の上半分はポリゴン片に姿を変えた" ――その直後。

 

「ぐぅっ!」

 

「うぉっ!?」

 

 くぐもった声を上げてキリトとエギルは勢い良く後退(あとずさ)っていき、アスナと僕は岩から伸びる赤い槍にソードスキルをぶつける。

 

 アスナが放った高速の二連突き――細剣基本二連撃ソードスキル《パラレル・スティング》で槍は甲高い奇声を上げながら逃げる様にうねりを見せた。そこにスイッチで僕が短剣基本二連撃ソードスキル《クロス・エッジ》を当てると漸く槍は逃げる様に縮んでいく。

 そして僕のスキル後硬直が解けるとアスナと共にキリト、エギルのいるラインまで後退(こうたい)した。

 

「何か、面倒くさそうな予感しかしないんだけど……キリトもエギルも体力は大丈夫?」

 

「あぁ、一応ガード出来たからな……ガードしてこれなら、元のダメージもそんなに大きくはないと思う。ただ、一撃がやたら重い」

 

「俺も止めきれないとは思わなかった。威力はともかくあの速さに重さ、射程距離は洒落にならないぞ」

 

 二人の言葉通り、ダメージは微々たる物で目視する方が厳しい程度の減りでしかない。問題にすべきはエギルの言った三点か。

 視線を上げると、半分になった岩の上には真っ赤な球体が鎮座していた。そんな物体をカーソルはモンスターだとプレイヤーたちに示す。

 ――球体の名前は "ビッグアース・ターミナル" 。

 

 体力バーは四つだが、僕とアスナが放ったソードスキルで既に一本目の三割方が削られていた。

 

「タンクは隊列を変更! ビッグアース・ターミナルに対してパーティ単位で二列縦隊(じゅうたい)、前のタンクを支える様にするんだ! アタッカーはタンクが一撃を受け止めている間に攻撃を開始、サポートはアタッカーに続け!」

 

 シンカーが上げた声に自然と隊列が組まれていき、当然の如くボス攻略経験者がいるパーティが前列に上げさせられるが、全部が全部そうというワケでもない。一部のボス攻略経験者は意図的に後列に並び、また一部のボス攻略初心者と見られるプレイヤーは前列に並んでいる。

 そして、経験者しかいない僕たち四人は当然前列で、曰く付きがいる以上敵の対面を陣取る事しか許されない。

 

 (まあ、邪魔さえされなければあんまり関係ないと思うけど……あの攻撃、なんか引っかかるんだよねぇ)

 

 キリトが受け止めた赤い槍はビッグアース・ターミナルが伸びた物だ。確かにそれなりの速度はあったし、彼とエギルでも抑えきれない一撃を押し込む力には驚いたが、威力はどうしようもなく低い。

 それこそ、フィールドに出現するモンスターの方がまだ威力があるのではないだろうか――?

 

 そんな事を考えながらも臨戦態勢を維持するが、敵は愚か、味方も誰一人動こうとしない。

 

「はぁ……どうやらプレイヤーの皆々様は曰く付きが背後にいては気が気でないみたいだから、僕が先陣をきる。三人とも後ろよろしくね」

 

 前半をわざと他のプレイヤーにも聞こえる声量で宣言して、最後はキリトたちにだけ聞こえるように小声で喋り、僕はビッグアース・ターミナルに向かって走りだす。すると、接近する足音に反応したのだろう。球体は形を変え、此方に向かって伸びてくる赤い槍の軌道を僕は弾くのではなくわざと上に逸らす。個人的に、どうしても先に確かめておきたい事があったからだ。

 短剣の腹で槍の右側面を撫でながら前に進み――伸びた結果、形を歪ませたビッグアース・ターミナルの手前で僕は左に跳び "右から伸びてきた槍" を今度は出の早いソードスキルで相殺する。

 

 (受けるか相殺でもしない限り追尾してくる、か――また、やりにくい)

 

 声にださず悪態をついて、一足先に硬直から抜け出した僕はアタッカーに攻撃圏を譲る為に少しだけ後ろにさがる。それなのに、前線に上がってきたプレイヤーは片手で数える程だった。

 

「アタッカーは何をしているんだ……サポートは全員上がって今のうちにボスへ攻撃! 欲張らずに敵の硬直が解け次第退避!」

 

 そんな現状に声を上げたリンドがサポート役のパーティ全員に指示をだして前線に上がってくるが、タイミング悪くビッグアース・ターミナルの硬直は治り彼らはタタラを踏んでしまう。これでは連携も何もあったものではない。

 再起動を始めた槍に他のプレイヤーを狙わせない為、硬直が解けた事を確認するなり僕は駆け出してアロイダガーで槍を斬りつける。そうして僕がヘイトを稼ぎ、突進を止めない敵を次にのた打ち回らせたのはキリトだった。その次に再起動を止めたのはアスナで、彼女の次はエギルが的確にソードスキルで槍の一撃を相殺していく。

 

 その間、まともに動いていたのは全体の半分以下。ようやっと全員が動いだしたのは敵の体力が残り一本になってからの事だった――。

 

「ボスは体力のラスト一本が赤くなったら攻撃パターンを変える。それなら、そんな暇も与えずに倒せばいい! いくぞ!」

 

「なっ――!? 待て、止まるんだ!」

 

 威勢の良い声と共に動きを見せなかった一部のアタッカー部隊はシンカーの制止を振り切り、これ見よがしに攻めに転じる。

 その有様にため息を吐いて、僕もキリトも意図的な流れ弾を避ける為に直ぐボス前から距離をとった。アスナやエギルも同じように後ろへ下がり、部屋の中にはリンドとキバオウの怒号が響く。しかし、そんな物は眼中に無いと言わんばかりに突撃したアタッカー部隊はよってたかってビッグアース・ターミナルを袋叩きにした。

 瞬く間に削れていく球体の体力を尻目に、僕がさほど減っていない体力をポーションで回復させてその光景を眺めていると、後ろから抑揚の薄れたキリトの声がとんでくる。

 

「三人とも気を抜くなよ……多分、これで終わりなんかじゃない――」

 

「うん……いくらなんでも "柔らかすぎる" もの」

 

「そうだな。ただ、もしそうなった場合はもっと戦いにくくなるぞ」

 

 アスナの声には不安の色が混ざっており、エギルも眉間に皺を寄せながら、あるであろう『次』に難色を示す。

 だが、たとえそうだとしてもやりきるしかないのだ。

 

「周りが取り乱そうと、僕たちは僕たちのやるべき事をやるだけだよ」

 

 そう。今ならば、ボスを倒す事がそれにあたる。それが嫌なら逃げ出せばいい。

 

 流石に二十数人からスイッチで交互にソードスキルを使われ続けては、あの程度の防御力しかない球体に残された最後の体力がレッドゾーンにさしかかるまで時間はかからなかった。

 ビッグアース・ターミナルが残り体力を赤く染めた途端、台座の様になっていた岩がポリゴン片へと変わり、袋叩きをしていたアタッカーたちが歓喜の声を上げるも勝者を讃える言葉は現れない。まるで彼らを嘲笑うかの如(ごと)く、地面を食い破って谷底の先に新しく巨大な球体が姿を見せた。

  "ビッグアース・トランク" と表示された横にある体力バーの数は四本で、その全てが緑色――要するに全快を意味している。

 ぬか喜びさせられて放心していたプレイヤーたちはシンカーの檄にようやく意識が戻ったのか慌ただしく動き始めて後方へと戻ってきた。

 

 ――こうして始まったビッグアース・トランクとの戦いはビッグアース・ターミナル戦とは違い、開戦から約二時間たっても体力を一つしか削れないまでに難航していた。

 球体が大きくなったせいか一度に伸ばせる槍の数は遥かに増え、その全てが追尾してくるという厄介な状況にタンクは総出動。しかし中にはこんな時に僕へちょっかいをかけてくるプレイヤーも居り、連続して槍を避ける事に集中しながら内一本をソードスキルで相殺しようとモーションを取った時、後ろから来たアタッカーの一人が肩をぶつけてきた。

 当然ソードスキルは不発に終わり、体勢が崩れたまま回避しようとしたが間に合わず左腕を失ってしまったモノの、新しい発見ができたのは良い事だろう。

 

「槍は刺さったら炸裂、部位修復速度を遅延させる状態異常を付与か……ダメージも考えるとだいたい五、六本刺さられたらお終いと」

 

 自分の防御力が低い事も起因しているのだろう、ビッグアース・トランクは一撃で僕の体力を二割近く削っていった。

 

 (少し槍に集中しすぎたかな――?)

 

 一端後退して念の為にポーションを飲み体力を回復させてからタンクという役割に戻る。キリトたちに心配されたが僕は「大丈夫」と返しながら迫る槍を相殺、他を逸らしてちょっかいをかけてくるプレイヤーも一緒に避けながら、また相殺の繰り返す。

 油断が死を招く笑えない状況に、僕の頭は良く冴えて、心は僅かに弾んでいた。

 しかし最初以降僕に掠りすらしない事がよほど悔しかったのか、次第に僕を狙っているプレイヤーたちの行動はエスカレートしていき、関係ない周りのプレイヤーにまで被害が及んだ結果、最初の死者が出た。

 

 僕を狙ってやや遠くから強引にプレイヤーが走ってきてタンクのプレイヤーと衝突、バランスを崩したそのタンクを務めていた人は為す術もなく無数の槍に貫かれ、槍が一斉に炸裂した事で内部から破裂したみたいに部位欠損を次々と引き起こしながらタンクの彼は一瞬で体力を全て失い、この世界から姿を消す。

 そして、最初の死者が出た事にざわめく初心者たちを叱責したのはキバオウだった。

 

「怯んでる暇があるならボスに立ち向かわんかい! 仲間の犠牲を無駄にせんと、シャキッとせぇ!」

 

 彼の声にざわめきも静まったが、ちょっかいは未だに無くならず流れ弾で危ない綱を渡らされるプレイヤーもいる。

 ただ、不運は続く物だ。ビッグアース・トランクは体力が赤くなると地面の中に潜り、再び現れた時は名前も容姿も別の物に変わっていて体力まで僅かに回復していたのだから。

 

「いくらなんでもしつこすぎだろ……」

 

「まあ、これまでに比べたら体力も少ないしきっと最後だ」

 

 ボヤくキリトに僕が返した通り、最後に現れた溶岩で出来た亀型のモンスターは最後の体力がレッドゾーンにさしかかっても姿を変える事はなく、軍配は無事プレイヤーたちに上がった。

 しかし、浮かぶ賞賛の言葉は誰の目にも止まらない――止められるワケがない。

 

「ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ……どいつもこいつも正義面ですか、さぞかし気分が良いでしょうねぇっ!」

 

 一触即発(いっしょくそくはつ)の空気が生まれた切欠は、戦いの後、今回味方が死んだのは "あれだけ動けるにも関わらず仲間を守ろうとしなかったアイツに責任がある" とプレイヤーの一人が僕を指差した事だった。

 それを皮きりに非難・中傷の雨霰が降り注いだが、僕が声を上げて短剣を抜くと皆揃って口を紡ぐ。なんとまあ、滑稽(こっけい)な事か。

 

 一度だけ露骨にため息を吐いて、僕は短剣を手にしたまま第四層への転移門に向かう際、ワザとシンカーの横を通って耳元で囁いた。

 

  "シンカーさんは悪くない。ただ、次は無いと思って――。"

 

 二重の意味を込めた言葉に顔を青くした彼の姿は周りにどう移ったのかなんて知る由もない。

 僕が足早に階段を上っていると、追いかけてきたらしいキリト・アスナに呼び止められて、そのまま一緒に転移門を有効化する。

 

「エギルさんはどうしたの」

 

 第四層に向かう前に姿の見えない彼について二人に尋ねると、彼はあの場の収拾をする為に残るようで「先に行っててくれ」なんて伝言を頼まれらしい。

 返ってきた答えに「そう」と短く返事をして、互いにお疲れ様を言い合った後、無言で第四層へと向かった。

 

 * * *

 

 二〇二三年三月某日――第十一層。

 

 第三層ボス攻略から約四、五ヶ月が経過した現在の最前線は二十四層で、僕がいるのはそこから十三層下。変装らしい変装はせず装備品で目立つ部分を隠しながら露店を巡っていた。

 というのも、貴重な戦力だったアロイダガーまで耐久が無くなりかけた事が理由であり、今、僕の使っている短剣は全て店買いの物だったりする。それでも戦闘で問題は無いと言われれば無い。ただ、店買いの武器では此方の戦い方に向かず毎度出費が手痛く嵩(かさ)んでいるのだ。

 そんな際にキリトやアスナから一般プレイヤーが経営する鍛冶屋の存在を教えてもらい、利用しようとしたのだが僕の噂を理由に全て門前払いされてしまった。それはプレイヤーが経営するアイテム屋でも同じで、こういう露店も例外ではない。

 幸いにも二十一層の治安は落ち着いており、こうして特徴を隠した上でウィンドウショッピングをする程度なら問題はなかった。

 

 (情報屋側にまで話しを蹴られるとは思わなかったな……アルゴも短剣に関わるクエストの情報が軒並み上がらなくなったって言ってたし。あー、短剣修理するか存分に振れる短剣が欲しい……)

 

 幾らそんな風に心の中で願っても、ないものねだりにしかならないのはわかっている。

 ふらついている露店近くは主街区のメインストリートに並んでいて、時刻ちょうど正午過ぎという事もあってかプレイヤーたちで賑わいを見せていた。その時、偶々通りかかった露店にある武器が何となく気になって足を止め、僕は買い物客の邪魔にならない隅で屈んで顔を見られないに被っているフードの先端を引いて目元まで隠す。

 

 (何か、良いなあ……)

 

 ここ数ヶ月でそれなりの数の露店に並ぶ武具を見てきてが、目の前に広がるそれらには今まで感じた事のない魅力を感じたのだ。

 それらしい言葉を当てはめるのであれば、『武器から品定めをされている』感じとでも言えば良いのだろうか――?。

 

「まあ……僕に君たちを手にする資格はないかもね」

 

「あら、それってどういう事?」

 

 つい独り言をもらしてしまい、それを聞かれていたのか伏せていた視界前方から声が聞こえて、僕は相手を確認する為フードの位置を僅かに指でずらす。

 

「別に、深い意味はありません。ただここにある武具たちはプレイヤーを品定めしている様にも感じたので……率直な独り言を零してしまっただけです」

 

「ふぅん……アナタ、面白い事言うのね」

 

 その『面白い』が声の主である茶髪の女性が感じた好奇心か、此方の言葉に奇人と思っての物なのかはわからない。どちらにせよ、感想はしっかりと良い意味で受け止めてもらえたようで、彼女は「お世辞を言っても安くはしないわよ」と笑顔を浮かべた。

 

 (一応本心なんだけど……どっちにしろ僕の正体を知ったらお世辞じゃなくてもご機嫌取りに受け取られて門前払いされるんだから、関係ないか)

 

 興味の持てる武器が見られたという事だけでも良しとしよう。本当ならもう眺めていたかったが、そればかりの見物人があまり長く居座っていては店主に迷惑がかかる。それで正体がバレてしまっては時々この店を覗く事もできなくなってしまう。

 

「――おぉっ、この大剣なかなかの性能じゃねぇか。嬢ちゃん、幾ら何だ?」

 

「ふふん、それは私の自信作の一つなの。ただ、性能が良いからそれなりに値段は張るわよ? 定価で三万コルって所かしら」

 

 

 この場を離れる為に立ち上がっていると、隣からそんな話声が聞こえてくる。

 

 (三万……良いなぁ)

 

 僕が今所持しているコルだけでも二本買える、ギルドストレージに避難させているモノも合わせればその三倍は買えてしまう。タダでさえ興味をひかれているのにその上、自信作がお買い得な価格――後ろ髪をひかれる思いで消費してしまった分のアイテムを補充する為に広場中央にあるNPCショップの方に身体を向けて一歩進めた足を、大剣の値段を聞いていた男の二の句に止める。

 

「えっ……?」

 

「だーかーら、嬢ちゃんが俺と一緒に昼飯でも食べてくれるってならその金額を出しても良いって言ったんだ」

 

 周囲の目なんて気にする様子もなく大剣を見ていた客は店の正面に陣取り、大きな声を上げる。店主である彼女も聞き返した彼の言葉を理解したのか一気に表情が曇っていき、それと同時にどう対応していいかわからないのだろう。視線を忙しなく動かし始めた。

 

「お客様、冷やかしなら帰ってください」

 

「冷やかし? もしご飯に付き合ってくれたなら買うってのは本当だぜ? 三万コルが大金ってのは嬢ちゃんでも分かるだろ……それ位サービスしてくれたって罰は当たらないと思うんだが」

 

「大金なのはわかってるけど、それは価格に見合った性能だと思ってるから……は、払えないなら帰ってちょうだい!」

 

「そう固(かた)いこと言わなくても良いだろ。何なら更に四万コル、追加してもいいんだぞ?」

 

 しつこく誘う男から提示された金額に彼女は言葉を詰まらせた。たかが四万コル――とは思わない。戦ったりしない者の場合それだけあれば散財(さんざい)しない限り当分は生活に困らない額だ、最前線のプレイヤーでも戦闘だけで稼ぐとなれば殆ど休みなしで狩りを続ける様な真似をしても一日でそれだけのコルを稼ぐのは難しい。彼の言う通り『一回だけ一緒に食事をするだけ』でそれなら、コルを稼ぐ効率で言えば破格の部類に入る。

 しかし彼の雰囲気からして、それだけになる可能性はまずないだろう。

 この世界で女性の存在は稀有(けう)であり、存在するプレイヤーの大半は男だ。吐き気しかしないが、そんな男が女性を脅して事を迫ったりする事例が実際に起きてるとの話しも聞く。逆に追い詰められた女性が泣く泣く日々の糧(かて)を得る為にそういった事をしているという噂も耳にした事があった。

 

「そこのお兄さん。店主さんが困ってるし、いい加減止めたら――?」

 

「あぁ? 何だ、お前さんには関係ない話しだろう。俺は嬢ちゃんと話しをしてるんだ」

 

 苛立ちを抑えて僕が男に声をかけると、彼は不機嫌そうに此方を向いた。

 

「話しじゃなくてナンパでしょ、しかも金で釣ろうとしてる。それって大人としてどうかと思うんだけど……」

 

 人間としては言わずもがな。遠回しにロクデナシと揶揄した事に男は気づいてくれたようで、場の空気が一瞬で険悪なモノに変わる。

 

「子どもがどうこう口を出す問題でもなければお前さんは部外者だろう。それともあれか? お前もこの嬢ちゃんを狙ってたってワケか? それで横取りされそうだから俺につっかかってきてるのか」

 

「馬鹿言わないでよ……ああ、いや、馬鹿が馬鹿な事言うのは当然だから何の問題もないけどさ。お兄さんが大声だすから周りからは目立ってるし、店の真ん中に陣取ってるから他の買い物客には邪魔だと思うんだけど……『大人』なのにそんな事もわからないんだ」

 

 苛立ちは抑えられているとしても敵意が剥き出しにしたなった僕の言葉に相手の男はムキになって噛みついてくる。

 

「随分と好き放題言ってくれるじゃねぇか……そんなに言うなら、ここは紳士的に、デュエルで勝負をつけよう。俺が勝てばお前は俺と嬢ちゃんの話しに口をつっこまない、逆に俺が負けた場合は大人しくこの話しをもう止める。どうだ?」

 

「別に、それでも良いよ。言い出しっぺの僕が言えた事じゃないけど、少なくとも店前でこうしているよりはマシだ」

 

 人は噂が大好きだ。たてるも、流行らせるも関わらず。僕と男のやり取りを聞いて周りはやいのやいのと囃(はや)し立てる。何が『女の取り合い』だ――馬鹿らしい。

 

「そうかい。なら場所は中央広場でどうだ? 彼処(あそこ)なら広さもそれなりにある、デュエルには持ってこいだろ。ルールは初撃決着モードだ」

 

「わかったよ。そこでやろう」

 

 デュエルを受ける事自体に躊躇いはなかったが、短剣を抜いてしまえば勘の良いプレイヤーには最悪それだけで正体がバレる可能性も出てきてしまうという懸念(けねん)はある。それでも、フードは使わない片手で脱げない様に維持すればいいし、武器に関しては体術のソードスキルで何とかすればいい。

 店主は成り行きを見るまま口を噤んで、発展した事態に身体を強ばらせている様にも見えた。

 

 (流石に本人を置いて話しを進めた挙げ句デュエルの賞品みたいにするのはアレだったかな……終わったら謝っておこう)

 

 そんな事を考えながら男の後ろをついて広場に向かうと、いつの間にか湧いていた野次馬たちの歓声が僕たちを出迎えた。僕にとっては耳障りでしかないそれも、男からすれば違う様で大衆に手を振り、更に煽る。

 彼のパフォーマンスは互いに向き合ってからも続けられて、何をするでもない僕は試合開始を待っていると不意に歓声が強くなり、後ろへ振り向くと何故か店主がいた。

 

「ちょっと、あの男の防具は十五層クラスよ。無理しないで、今からでも遅くない……降参した方が良いわ」

 

 小さな声でそんな事を言った彼女に目を瞬かせ、自分の身なりを確認して納得が言った。

 僕が防具として身につけているくすんだ色のフーデッドコートは二十三層の不人気クエストで手に入る物だ。一応この下には胸部を守る革製の胸当てもあるがそれも同様。同じ胸当てと言えど男がつけている金属製の物と比べれば心配するのも無理はない。

 

「――大丈夫だよ、こう見えて結構強いんだから」

 

 冗談めかした僕の言葉に彼女は何か言おうとしていたが、それは周りからの『早く戦え』という無責任な声で吐き出される事はなかった。野次馬の中に戻る店主を見送って、僕は男へ向き直る。

 

「何か話してたみたいだな」

 

「うん。「危ないから降参しなさい」って注意されたよ、するつもりなんかないけど」

 

 会話はそこで終わり、男から届いたデュエルの申請を承諾すると機械的な音声がカウントダウンを読み上げる。

 

  "三" ――まだ互いに動かない。

 

  "二" ――男が左足を後ろに引く。

 

  "一" ――男はゆっくりと大剣を掲げた。

 

 そしてカウントは消えたとほぼ同時、男の手にある大剣が青く輝き、それなりの速度を持って此方に突進してくる。

 

 ――遅い。

 

 僕はギリギリまで攻撃を引きつけてから身体を横に逸らして男のソードスキルを避けた。

 相手は避けられると思ってなかったのだろう、僕の居た場所に渾身の素振りをした彼は目を見開き、野次馬たちも静まり返る。

  初撃決着モードは文字通り『どちらが自分の最初の一撃を敵に当てるか』で勝敗を決める方式だが、初撃を外した者は勝敗の決め方が『相手の体力を半分にする』へ変わる。そしてたった今、彼は僕の目の前で攻撃を外した。しかし僕はまだ最初の攻撃を出していない。それでも、僕は男から距離をとった。

 

 体術スキルをつけているからと言ってただの素手が武器扱いになるワケではない以上、がら空きの横っ腹を単純に殴った所で意味なんてない。

 

 (ソードスキルを使うにはもう少し確実な隙が欲しいな)

 

 相手は大剣だ。レベルの都合で幾ら僕の体力が多いと言っても防御力についてはあまり褒められたモノではない。万が一通常の攻撃でも当たった場合どこまで削られるのかもわからない状態で『隙だから』と飛び込むのは危険過ぎる。狙うなら、確実に。

 スキル硬直が解けた男は僕が距離をとった事に表情を歪め、此方に向かって駆け出して僕を大剣の射程圏内におさめると横薙ぎにそれを振るったが、その場に屈む事で避けた。流れとして放たれた袈裟斬りも大剣から逃げるのではなく向かっていく方向に移動する事で空振りさせて再び僕は彼から離れる。

 男の攻撃を避ける事しかしない僕に野次馬たちはブーイングを向け、男には無数のエールが飛ぶ。この観客たちにとって勝負の結果はどうでもいいのだろう、ただ楽しめればいい。そして何かが起きれば有利な方へ手の平を返す――。

 

「こんの、ちょこまかと逃げ回りやがって! 当たれよ!」

 

「言われて当たるワケもないでしょ。これ以上やってもアナタの攻撃が僕の体力を削る事は有り得ません、手早く降参してくれませんか?」

 

「くそっ、なめやがって……!」

 

 自分の攻撃が後少しで当てられるという寸前で避けられ続けている事に対して苛立ちを募らせていく男の攻撃パターンは彼の言動と同様に少しずつだが荒くなりつつなった。こうしていれば相手が勝手に隙を作ってくれる。

 

「そこだ、オラァ――ッ!?」

 

 此方が意図的に攻撃圏内に残った事を好奇と捉えて大振りをして見せた男に急接近して顎を右拳で殴る。当然ダメージは入らないが、予想外な行動として面を食らわせれたら十分だ。

 殴られたせいで左を向く彼の顎に僕は自分の左肘を当て、手は大剣を支える左腕に巻きつける様にして絡めた。そのまま右手で男の手首を掴み右膝を固定している相手の左腕、その肘に押しつけ――僕は何の躊躇(ちゅうちょ)もなく右手を手前に引いた。

 

 『ゴキュ』なんて変わった音をだして、男の左腕は肘から先が有らぬ方を向く。斬り落とされて身体から離れたワケでは無いためポリゴン片になって消える事はない。

 基本的に感じるのは不快感だけであり、痛みらしい痛みも生じないのだから精神的にくるか、驚く程度が関の山。ただ、それはソードスキルを当てるには十分過ぎる隙である。

 

 拘束を解くと尻餅をついて明後日を向く自分自身の左腕に慌てふためく彼へ、僕は体術基本単発ソードスキル《閃打》を使った。何という事もない、システムアシストの乗った正拳突(せいけんづ)きは綺麗に男の腹部に当たり、僕の上には勝者を示す文字が浮かんでデュエルは終了。その事実に野次馬たちは少しずつ声を上げ、それは喝采(かっさい)へ変わった。

 

「ウォォオオッ! すげえぞあの小さいの、一瞬で決めやがった!」

 

「逃げ回ってたのはパフォーマンスだったのか!?」

 

 (あー、うるさい……)

 

 そもそも腕を折った時は静まり返ってドン引きしていた癖に勝った途端にこれである。

 心の中で辟易(へきえき)しながら店主が居たであろう方向に視線を向けると、彼女は直ぐに見つかった。

 

 (ちょっとやり過ぎたのかな……隙を作るにはまたとない良い方法なんだけど)

 

 顔を青くして口を手で抑える彼女の方に歩を進めれば、彼女は明らかな怯えを見せる。こうなっては正体がバレないにせよあの武具たちを見る事はもう無理だろう。それでも、後悔はない。

 早く野次馬を抜けてアイテムと装備を補充し次第、しばらくは上層のフィールドに籠もっていようと目的を決めていた時、低い、低い、男の声がした。

 

 『クソガキが』の五音が聞こえた直後に腕に衝撃が走り、視界は薄い閃光で包まれて、広場を静寂が支配する。

 男が放ったソードスキルを僕が短剣で防いでしまった際に起きた剣圧によって、 "僕のフードは脱がされてしまい隠していた髪が視線に晒された" 。

 

 (気の抜きすぎ、か……自業自得だ)

 

「お、お前……白髪に短剣、それにさっきの身のこなし……もっ、もしかして味方ごっ――!」

 

 正体に気づくなり大剣を取りこぼして震え始めた男の顔面に《アーマー・ピアース》をぶつけると、一度大きく身体を跳ねさせたかと思えば気を失ったのか白目を向いて地面に倒れた。

 

「大声出さなくても聞こえてるから、うるさい――ボス攻略戦を利用して味方を殺すって噂されてる短剣使いなら、僕で間違いないと思うけど。正体を知った途端の君たちがする反応、それ、いい加減飽きてきたんだよね」

 

 驚き・怯え・侮蔑・敵意、総じて好意的な感情なんか無い視線に身体を貫かれるが、もう慣れた事だ。

 

「さあさあ散った散った。僕は見せ物じゃないんだ……誰か心優しいプレイヤーさんはこの男を安全な場所に待避させてあげると良い」

 

 おどける様に言って僕は短剣を腰の鞘に戻し、両手を上に上げて倒れている男から離れると野次馬の中から数人の男性が慌ただしく倒れている彼に駆け寄ってくる。彼らは男を背負うと僕を一睨みしてから足早にその場を去っていった、恐らくは仲間だったのだろう。

 そうして広場から倒れていた男が姿を消し、集まっていた野次馬も皆一様に逃げていく中、店主の彼女だけはそこに留まっていた。

 

「あぁ……店主さん、営業妨害してごめんね。これ、妨害しちゃった分のお詫び。いらなかったら棄てていいから」

 

 言いながらウィンドウを呼び出してギルドストレージから四万コルを引き出し、手持ちと合わせて十万コルをオブジェクト化して店主の近くに置くと彼女は小さく「いらない」と呟いた。

 

「……汚いお金なんていらない」

 

「じゃあ、それでも良いよ。また稼げばいいだけだし」

 

 大方味方を騙し、殺して集めた金とでも思われてるのだろうがどうでも良かった。いらないならそれでも良い、拾うならそれもまた良い、それ以上でも以下でもない。

 

 ただ、彼女から視線を外して中央広場付近にあったNPCショップへ向かった時すれ違い様に彼女の口から零れた『嘘つき』という言葉は、手の平を返されるよりも心に刺さった。

 

「――それで、シーちゃんはこうしてサバイバル生活をしているのカ」

 

「そうだね。一応あそこにある宿を生活の拠点にしてるから、一時のほとぼりが冷めるまではフィールドで野宿しながらアイテムが足りなくなった時は隠蔽を使って最前線で買い足すつもり」

 

「なら、そのコートの色も変えないとだな……いっそ髪色も変えてみたらどうダ?」

 

 僕の白髪を指して首を傾げるアルゴにそんなアイテムの存在は知らなかった事を告げると、彼女曰わく情報屋御用達のレアアイテムだから情報の流通量も少なく仕方がないらしい。

 すっかり日も暮れていつかと同じく焚き火と月明かりが周囲を照らす中、僕とアルゴは最前線のフィールドにあるセーフティーエリアで雑談を興じていた。

 

「変えれるなら変えた方が良いんだろうけど、今の色が気に入ってるんだよね。個人的に」

 

 完璧な白髪というワケではなく、総じて白が多いだけであってちゃんと見れば灰色っぽい髪だってまだあるのだ。そんな白も灰も、僕は色が綺麗だからと気に入っている。目立ってしまう以上変えた方が良いのはわかっているが、『周りの目』を理由に変えたくはない。

 

「オネーサンに髪染(かみそ)めを無理強いする権利はないからな、強制はしなイ。ただ、個人的にシーちゃんの黒髪とかは見てみたいゾ」

 

「もしアイテムが手に入って、気が向いたらね。……で、アルゴは何時まで此処にいるの? もう真っ暗なんだけど一人で帰れる?」

 

 興味津々な様子のアルゴを見て苦笑いをしながら答えは曖昧に濁し、別の話題をふった。これ以上髪について話すのは好ましくなかったから。それを知ってか知らずか、突飛な話題転換にも彼女は深追いする事なく対応してみせる。

 

「うん? オレっち今日はシーちゃんと一緒に野宿するつもりで来たんダ。どうせ寝ないんだろう。なら、今夜は朝までトークタイムと洒落こむってのいうも偶には良いんじゃないカ?」

 

「あぁ、そうなんだ……でも別に、話しのネタになる様な事なんて何もないよ」

 

「いやいや。シーちゃんがさっき言ってた露店の娘(こ)とか、シーちゃんに関しての話しだけでネタにはつきないサ。これだけ騒がれていても一部プレイヤーには冷血・冷酷な美少女って大人気なんだぞ、シーちゃんハ」

 

 ニヤニヤと人の悪い笑顔を浮かべたアルゴの言葉に頭が痛くなる。そんなマニアックな人気がある現実は知りたくなかった。

 

「今のシーちゃんはさしずめ "薔薇(ばら)" みたいなモノだ。綺麗な花には棘(とげ)があるって言うだろう? シーちゃんの場合はそれが『味方殺し』の噂であって、恐いモノ見たさや好奇心からプレイヤーたちは興味を抱きやすいのさ。良い意味にも、悪い意味にもな。……経験、あるんじゃないか?」

 

「……まあ、ね。迷惑な話しだけど」

 

 アルゴは本当に答えにくい所をついてくる。が、だからといって彼女を相手に真正面から突っぱねるワケにもいかない。

 経験した事があると言いにくそうに返せば彼女は何も言わず、一人納得する様に息を吐いた。

 

「オネーサンに、甘えてみるか――?」

 

 

「無理。却下。後で何こそぼったくられるかわかったもんじゃない……でもまあ、ありがとう」

 

 心配してか、かけてくれた優しい声を僕が全て打ち返すとアルゴは形容し難い表情を浮かべた。ただ、それは最後の言葉で驚きに変わって笑顔が生まれる。

 

「にゃははは、シーちゃんみたいな人がいればキー坊もしばらくは安泰だナ」

 

 皮肉ともとれるアルゴの言葉に苦笑いしか零れなかったが、恐らくは二重の意味を込めてのモノだろう。彼女なら皮肉を言うにしても、もっと陰湿(いんしつ)に、凄惨(せいさん)に、嫌みったらしく心を抉る方を取る。何となくだがそんな確信があった。

 そんな事を考えているのを察してか「失礼な事を考えただろ」と少しだけ不機嫌に言ってくる彼女がおかしくて、僕の口からは自然と笑い声があがってしまう。

 

「まっ、僕の噂に隠れてキリトへのバッシングが若干薄れる分には、僕個人としては多いに結構なんだけどね。それこそ "綺麗な薔薇には棘がある" だ。悪のベータテスターと噂されてビーターを名乗る人物の正体が、実は口下手で不器用なだけのカワイイ少年だなんて、まず予想できないんじゃない? で、アルゴは自覚あるんでしょ」

 

「むっ……ま、まあナ。これでも "色々な意味" で自覚はあるんだゾ?」

 

「抉らないだけ優しいと思ってほしいな、ここは」

 

 やられた事をそのままに――僕もアルゴへと二重の意味を含めて言葉を返す。ジト目の彼女が表情の変わらない僕を見て、今度は彼女から話しを打ち切った。

 

「シーちゃんが情報屋じゃなくて良かったヨ……商売敵(しょうばいがたき)になられたらと考えただけで頭が痛くなル」

 

 ワザとらしく、それでいて本心とも取れる様に片手で頭を抱える素振りをして見せるアルゴを見て、何を思ったのかポツリ。らしくもなく、僕の口から本心の様なモノが吐き出される。

 

 ――臆病だから。

 

 その一言で、アルゴから表情が消えた。

 

  "シーちゃん――。"

 

「なんてね。意味深な雰囲気(ふんいき)で言ってみたんだけど、どうだった?」

 

  "シャル――。"

 

「嫌だな、やめてよそんな怖い顔して……。流石に空気を読まなすぎたよ、ごめん」

 

「 "シャルテ" 。オネーサンの目をちゃんと見て言ってみろ、話しを逸らすな」

 

 普段のアルゴとは似ても似つかない目つきで僕の襟首を掴んできた彼女を、僕は両手で突き飛ばす。

 それに尻餅をついてしまった彼女は何か声を上げようとして此方を向いた彼女の口は開いたまま、勢いのまま吐き出してしまいそうな言葉を飲み込むように、しばらくの後に口は閉じられた。

 

「オネーサン、ちょっと街まで行ってアイテムを買い足してくる」

 

 抑揚の抑えられた声でそう言ってセーフティーエリアから駆けていくアルゴの背を見送る事もせず、次第に遠退いて行く足音を聴いて何をするでもなく、それだけ。

 

 (大丈夫……落ち着いて)

 

 乱れた息が刻む音は速く、有りもしない仮初(かりそめ)の心臓が早鐘を打つ。目を閉じる事十秒、ゆっくり目を開けて腰に差してある短剣を抜いて、何も無い視界前方に刃を突きつける。そして今度は自分へ刃を向け、自分自身の目に対して同じ様にして深呼吸してから短剣を鞘にしまった。

 短剣から手を離し、一つ長い息をついてアルゴに対してメッセージを飛ばして僕もセーフティーエリアから離れる事にした。目的は敵モンスターとの戦い。

 月夜の晩にまた一つモンスターの首が飛んで、ポリゴン片は飛沫(しぶき)みたいに流れていく。

 アルゴが戻ってきたのは翌日の夜で、互いに前の日の事を気にした様子もなく話しをした。

 そんな日々が続いたある日、アルゴから「十一層の入口で前に言ってた店主の娘が待ってるから行ってこい」と言われて隠蔽を使いながら向かってみれば、確かに、そこには僕に『嘘つき』と言った露店の店主がいた。

 

「……あの」

 

「ひぃっ!? えっ……あぁっ!」 

 

 前のコートとは色違いで今は黒に限りなく近い深緑(しんりょく)の物を着ているとはいえ、周りの目も気にしつつ隠蔽を解いて店主の彼女に声をかけると物凄い驚かれてしまった。しかしフードを少し上げて顔を見せると話しかけてきたのが僕という事に気づいた様で、今度は "ようやく見つけた" と言わんばかりに声を上げられる。

 周囲から視線が集まった事で腰の短剣に手を添えたが、彼女が突然親しげに、まるで長年一緒にいた様な砕けた喋り方で僕に声をかけてきてソレも霧散した。

 

「ふぅ……。言いたい事は色々あるけど、これ。前にアナタが私に押しつけた十万コル……受け取って。私には受け取れないわ」

 

「僕もいらない。だから申し訳ないけど捨てておいて。用はそれだけ?」

 

「ちょぉっ!? 待ちなさい、私の用はまだ終わって――待て、コラァァァァアアア!」

 

 むしろ律儀に返そうとしていた事に驚いたが、露骨にフードの上から耳を塞いで僕は転移門がある場所まで走って逃げる。どうせ追いつかれやしない、無事に最前線に戻って一分弱――僕は再び隠蔽を使って十一層へ降り立っていた。というのも、店主の彼女と話している時に変な視線を感じたから。

 その視線は僕ではなく、彼女に向けられていた物で六割方は邪(よこしま)、残り四割は何故か恨みに似た感覚があった。あの場での視線がなければこんな直ぐに戻ったりなんてしない。結果として用心をしても損はないだろうと踏んだ僕の勘は中途半端なモノを示す。

 主街区の入口に店主の姿はなく、その姿を探してフィールドへの出口を中心にまわると、見たことのある三人組に囲まれてフィールドに出ようとする彼女の後ろ姿が見えた。

 

 (一般的に有り得る可能性で絞ったら二択、三択……)

 

 一つ、彼女と件のナンパ男が結託(けったく)している。

 二つ、あの後何かがあって一緒に行動する様になった。

 三つ、脅されて無理矢理連れて行かれている。

 

 あの時感じた視線が彼らの物かどうかによらず絞りにくいが、その代わり此方がどう行動するかは一択だろう。

 

 (隠蔽で追えばいいか……万が一何かあっても気分悪いし)

 

 何もないなら無いで良い、結託しているならいざという時に切れる手札にできる。それでも三択目は話しが別だ、追わないで何かあっては堪ったモノではない。隠蔽でつけていたという噂程度、幾らでも勝手にたてさせれば良いのだ。単純な消去法。残った選択肢から最悪な場合を想定して動くだけ。

 戦った時の感覚からしてあのナンパプレイヤーはそこまで強いというワケでもない、生憎使い捨ての短剣は腰にある一本とインベントリにある四本だけでそれを除けばボロボロのアロイダガーとフェザーナイフしかないが、他の二人のレベルが高くても防御に回れば店主一人逃がす時間は楽に作れる。

 慢心とも取れる心持ちで尾行を続けていくと、四人は木々が生い茂った森に入っていった。そうして森の中でも人が歩いてる立派な道ではなく、見分けがつきにくい獣道を辿って淡々と会話なく進み、森を抜けた先にあったのは人目にはつかない木々で囲まれた天然の隠れ家みたいな空間。

 そこの中央で四人は歩を止めると、店主の彼女は不機嫌そうに三人から距離をとった。

 

「いきなり三人で押しかけてきてアイツについて頼みがあるって、何なのよ……」

 

 警戒して男たちを睨みつける彼女の反応が余程面白いのか、ナンパ男は人の悪い下卑(げひ)た笑みを浮かべる。

 

「なに、簡単な事さ……嬢ちゃんにはあの味方殺しをおびき寄せる餌になってほしいんだよ。アイツ、噂のせいでマトモな武器も買えないらしいからな。そこを嬢ちゃんが『オーダーメイドで作ってあげる』みたいな甘言を投げればきっと食いつく筈だ。そうしたら必要な素材があると此処に誘い出してくれれば良い。当然報酬だってある、アイツを殺して証拠を見せれば懸賞金を出してくれるギルドまであるんだ。嬢ちゃんにも悪い話しじゃないと思うんだが」

 

 どうやら絞った三つはどれも近しいモノだったらしい。

これで選択肢の一つが消え、残るは二つ。

 

「嬢ちゃんの店、品は良いと評判だが値段が高いって言う事であんまり繁盛してないんだろ? こんな美味い話しは早々ないと思うんだが、そうだな――呼び出してくれるなら前金(まえきん)として三万コル。俺たちがアイツを殺して懸賞金を貰えた場合は成功報酬として更に三万コルを渡そう」

 

「ふざけないで……そんなの、アンタたちの私怨(しえん)じゃない。分かってるの? このゲームで死ぬって事は――」

 

「分かってるさ。胡散臭い茅場って奴が言っていた話しだろ? でも、そんな話し本当に有り得ると思ってんのか。たかがゲームで、たかが遊びで、体力がゼロになっただけでナーヴギアが脳を破壊する? じゃあ何でそんな危険物が出荷を許可されたんだよ……常識的に考えたらわかるだろ、あんなのはデマだって」

 

 確かにナンパ男の言う事にも納得できる要素はある。『常識(じょうしき)』で考えれば製造の段階で何らかのチェックが入ってしかるべきだろう――なんとまあ、おめでたい考えだ。

 

 彼の言葉を聞いて言葉を詰まらせ、表情を歪ませて拳を握りしめる店主の様子を好機と捉えてのダメ押し目的か、彼女の肩に伸びる男の手は払われた。他ならぬ彼女自身の手で。

 

「馬鹿にしないで……私はアンタたちの私怨に手を貸したりなんかしない。やるなら勝手にやればいいじゃない! こんな事に私を巻き込まないでよ!」

 

 大きな声で三人を睨みつけた彼女に男たちは面を食らっていたが、それも一瞬だけ。先頭にいたナンパ男が舌打ちをして、彼女を突き飛ばす。

 

「嬢ちゃん、アンタがグダグダ言わずに俺の言う事に従ってたらこんな事にはならなかったんだ……それを「巻き込まないで」だァ? ふざけんなよ」

 

地面に仰向けにされたまま怯える彼女の腕を二人が抑え、ナンパ男が彼女の顔の横へ大剣を突き立てた。

 

「状況、わかってんのか。初めから嬢ちゃんに断る選択肢なんざないんだ。此処を訪れるプレイヤーは、そういない。このまま三人でお前を好きにしてもいいんだぞ? 最後にもう一度だけ聞いてやる、俺たちに協力するか、このまま俺たちの玩具(おもちゃ)になるか……好きな方を選べ」

 

「私は……私、は……アンタたちに、協力する。だから……」

 

「そうかいそうかい。そんじゃ、先に嬢ちゃんで遊ばせてもらおうか。お前たち、ちゃんと抑えとけよ?」

 

「待って、話しが違うじゃない!」

 

「あぁ? 俺は単に手伝うかどうかを聞いただけで、手伝ったからって玩具にしないなんて約束はしてないぞ。まあ、大人しくしてれば悪い様にはしないさ」

 

 もがく彼女の肢体(したい)にナンパ男の指先が触れるかどうか。僕は隠蔽を解いて、彼らに声をかける。

 

「――おいおい、マジかよ。まさかご本人様自ら来てくれるとはな」

 

 フードを脱いで隠していた顔も髪も外気に晒した僕の姿にナンパ男も直ぐ気づいたようで、彼女に伸ばしていた腕を引っ込めるとそのまま二人の仲間には彼女の腕を押さえさせ、ナンパ男がその場で「何の用」かと口を開いた。

 

「さっきから聞いてれば、随分とまあ……止めてあげなよ、嫌がってるじゃん彼女」

 

「なんだ、味方殺しが偉そうに。お前に指図(さしず)される謂われはないだろ」

 

 強気な態度で話してくる男は嫌な笑みを絶やす事なく顔に貼り付けながら僕の全身を視線で舐めまわしてくる。そこに込められた感情には寒気しかしない。

 

「謂われならあるよ、キミたちが気にくわない。それだけ」

 

「ああそうかい……でもなぁ、今からお楽しみなんだ。それともあれか? お前が俺たちを楽しませてくれるとでも?」

 

 ニヤニヤと、アルゴが浮かべていたそれとはまるで違う粘着質なそれに込み上げてくる吐き気をこらえて僕はゆっくりと言葉を捻り出す。

 

「――それで気が済むなら」

 

 相手もまさかそんな答えが返ってくるとは思わなかったのだろう。しばしの間を置いて大笑いをするナンパ男を目の前にして、僕はそれらしく俯いて表情を歪めながら右手を丸めてコートの袖にしまい、限られた空間でウィンドウを操作する。

 

 (ちょっと、失敗したな……)

 

 インベントリに入っていた壊れかけの短剣二本と新品の短剣一本を急いでギルドストレージに隠し、そのまま何事もなかったかの様に手を戻した。これで装備や服を剥(む)かれたとしても問題はない。

 どちらにしろ "相手には一度攻撃してもらわなければならない" のだ。なるべく警戒心を解かせて煽り、誘導させないといけないがそれも彼女の傍から敵を引きなさないと逆効果に終わってしまう。

 

「へへっ……やけに素直じゃねえか。じゃあ、手始(てはじ)めにまずはそのコートを脱いでフィールドに投げてもらおうか。ちゃんと装備から解除してだぞ。言っておくが、変な動きを見せればこの嬢ちゃんにも相応の事をさせてもらうからな」

 

「わかったよ……でも、そっちが変な動きをしても――わかってくれるよね?」 

 

 (調子づかせ過ぎない様にしないと、穴だらけの提示を飲ませようとしているのが見え透いている)

 

 此方には『ナンパ男に戦った経験』という手札があるのだ。あまり従順でいては貴重なソレも使えずに腐り果てるだけ、逆に今使えば抑揚の抑えられた普通の声でさえ相手にとっては充分なプレッシャーを与えられる。

 

「けっ……わかってるさ。ほら、早く脱いで捨てろ」

 

 僅かに男の声が揺れた辺り、効果はテキメンだったらしい。僕はその流れのままウィンドウを開こうとした手を一度止めて、可視化させるかの確認を取ると肯定の返事が返ってきた事で承諾。これで相手からはウィンドウが見える様になってしまうが、その代わりに正しい操作をした場合にも難癖をつけられるリスクは減った。

 左腕から丁寧にコートを脱いで、それを足元から少し離れた所に放ってからウィンドウを操作してコートを装備欄から除外する。男とデュエルした時と変わらない装備だが、彼からすればあの時には見えていなかったのだろう。革で出来た防具の存在に舌打ちを貰いながらも僕は次の指示に従って腰に差していた短剣を完全に放棄してフィールドに置く。

 

「よし……そのまま両手を上に上げろ。おい、嬢ちゃんを押さえるのは一人で良いからお前はこっちに来い。俺があの短剣を拾うからお前はアイツが変な動きをしないか監視してろ」

 

「わかった……気をつけろよ」

 

 これで彼女の近くにいる人物は一人になった。

 言われるままに両手を上げて事の流れをジッと眺めていると、短剣を拾い上げたナンパ男がそれをしまって僕の目の前まで近寄り今度はその状態のままウィンドウを操作してインベントリの中身を見せる様にと声が飛ぶ。ここも抵抗はせず、黙ってストレージを開く。

 

「さっきの短剣と同じ名前のが "三本だけ" か……よし、そのままインベントリ内にある武器を全て破棄するんだ」

 

 僕は指を滑らせて指定された武器にカーソルを合わせて破棄を選び、最終確認を求める警告も通過させた。

 そうしてインベントリから短剣の名前が消えて『破棄しました』というシステムメッセージが表示された事にナンパ男は深く息をつき、何も言わず、大剣で僕の片腕を斬り落とす。

「安心しろ。別に殺したりなんかしねぇよ……それも直ぐにはの話しだけどな。じっくりいたぶってやる」

 

 僕のマフラーを掴んでそう言った男が放った一撃で減った体力は一割りにも満たない微妙な値。恐らく手加減という事はない、単純に僕の体力とつけている防具のおかげなのだろう。

 彼はそのまま僕を地面に組み敷いて、腕を押さえつけると二人いた仲間へと声をかけて呼び寄せた。

 

「お前たち、絶対にコイツの腕を自由にさせるなよ。とりあえず死なない様に気をつけながらサンドバックにして、玩具にすんのはそれからだ」

 

 ナンパ男の言葉に彼の仲間も頷いて、今度は別の人間が僕の腕を押さえる。そして、何を思ってか仲間の一人が上着の下から手を入れてきた。

 

 (やっ――!)

 

 組み敷かれている事で叫び出しそうな感情を押し殺して平然とした態度でいようとしたのに、僅かに抵抗を示した事で男の口角は一気につり上がる。

 

「おい、そのまま服を捲り上げろ。玩具にするにゃまだ早いが腹の辺りを触ったりする分には問題ない」

 

 (まだ、同じ手札を使うタイミングじゃない。それまでは、それまでは……っ!)

 

 鎧越しに胸部を殴られた事で衝撃に息が詰まるも、それより腹部や脇腹に走る不快感の方が辛かった。それでも絶対に声は上げない。幸いな事に彼女は自由になっても逃げ出さずに呆然としている。このナンパ男が殴る事を止めた時こそ、僕にとっての好機。

 

 しかし、それから二十分程が経過した頃――。

 

「あ、アンタたち! たった一人に三人がかりで寄ってたかって、恥ずかしくないワケ!?」

 

 突然彼女は僕に群がる三人組に対して怒鳴り声を上げてしまい、せっかく僕にだけ向けられていた矛先は二つに別れて彼女にまで向けられる。

 

 (ちょっ、タイミング……今矛先をズラされたら全部台無しになる――!)

 

「恥ずかしくないからこうして実際に行動に起こしてるんだが、見てわからないのかい嬢ちゃん?」

 

「……最っ低ね」

 

「ははははは……はぁっ。おいおい嬢ちゃん、そんな口の聞き方していいのか? 何の気まぐれか知らんが身体を張ってまでコイツが庇ってるってのに」

 

 ゆっくりと立ち上がったナンパ男は彼女の方を向いて、酷く気怠げに大袈裟(おおげさ)なリアクションをしながらそんな事を口にした。幾ら心の中で彼女が大人しくしている様に祈った所で届くはずもなく、彼女は男の態度に真っ正面から睨みつけてしまう。

 

「仕方ない……お前たち、ソイツを好きにしていいぞ。俺はちょっとこの嬢ちゃんを相手する」

 

 その声を皮きりに伸ばされた手は先程とは比べ物にならないまでに酷く、気持ちの悪い物で――。

 

「嬢ちゃんが馬鹿な真似しないで大人しくしてれば味方殺しって噂のあの娘だって弄ばれずにされずに済んだのになぁ……」

 

 首に、腹に、腕に、脚に、思い出したくもない感触が蘇る。

 

 (あっ――もう、ダメだ)

 

 僕を押さえつける二人から良く分からない液体を胸当てにかけられた途端、防具の耐久値は勢い良く削られていきゼロになった。

 

「さて、嬢ちゃんも大人しく観念したらどうだ。あんな風にはされたくないだろう?もう逃げられないんだ……おっ、う゛っ!?」

 

 短剣を握る手と足の裏にそれぞれ伝わった感触は妙に現実味があって、気持ちが悪い。

 骨の軋む様な音・圧力に耐えかねて砕けた音・砕けた骨に潰される肉の音が順番に聞こえて、足元にあったはずのナンパ男の頭部はポリゴン片になる。

 

「うるさい……口、塞いでよ。耳障りなんだよ、すごい」

 

 緩慢な動作で振り返り、此方に飛び込んできてきた男の仲間二人による剣の刺突を僕は甘んじて受け止めた。体力はそれなりに削られてしまったが、これで無事に二人のカーソルも犯罪者を示すオレンジ色に変わる。

 予定はグズグズになったけど、これで準備完了――。

 

 そのまま自ら前進する事で故意に剣へ刺さりに行き、剣を抜こうと後ろに下がる二人に肉薄して一閃。初撃で四つの腕が半ばから落ちた。

 

「腕四つ……もーらった」

 

「ひぃっ!?」

 

「おい、逃げるぞ! 俺たちが敵(かな)いっこないんだ!」

 二人の内、一人は腕を失った事で戦意まで無くしたのか顔を青くさせて腰を抜かせている。そんな片割れをどうにかしようともう一人が必死になって声をかけていた。

 そんな二人を侮蔑する事も、嘲(あざわら)う事もせず僕は未だに貫通ダメージを与え続けている剣を抜いて、足元で這いつくばるナンパ男と地面を縫い合わせた。

 

「んっふふふー。サボテンみたい……なんちゃって」

 

 物理的に声も上げれないナンパ男男は僕や周りの声に身体を暴れさせて無意味な運動を繰り返していた、それすらも目障りで彼の両腕を肩から斬り離す。

 これで残るは首二つ。欠損した頭部が再生にかかる時間は分からないが、最初に無くなった僕の腕が回復するまでには終わるだろう。

 

「逃げられると思ったら大間違いだよ? 奇跡的にキミたちがこの場から脱出できたとしてもカーソルがオレンジになってしまった以上、どうせしばらくは街にも入れない」

 

  "ここで僕に殺されるか、逃げた先で殺されるか。選ばせてあげる必要もないよね、どっちにしろキミたちは死ぬしかないんだ――"

 

 精一杯の笑顔を振りまきながら逃げようと走り出した男の背後に高速で近づき、すれ違い様に首を斬り裂いて正面に回り込み、慣性に従って視界が曖昧になっても進み続ける彼の身体を横に薙いだ。

 リトルネペントとの戦いでは自力でやっていたモノと酷似した動きをする二つ目の短剣基本突進ソードスキル、《ラピッド・バイト》。このソードスキルは習熟度を上げていく過程で『回り込む』という性質を持たせられる為かスキル後硬直が他の基本系スキルに比べて異様に短い。移動している間に攻撃判定は無い・一定距離の強制移動というデメリットはあるが、それでも使い込めば今みたいに殆ど硬直がなく次の一撃に繋げられるのだ。

 

「嫌だ、止めろ……待ってくれ!」

 

「だーめ! 待ちません!」

 

 地面に転がった男の頭部がポリゴン片になる前に発した命乞(いのちご)いを両断して、棒立ちの身体に残された僅かな体力を全て通常攻撃で削りきる。

 パリン――。

 

 男の最期は、たったそれだけ。抗う事も逃げ出す事も叶わず、彼自身の頭部がポリゴン片に還るよりも早い。呆気ないモノだった。

 

「嫌だ……待て、俺はそこの男に雇われてただけで、頼むから見逃してくれ!」

 

 腰を抜かしていた男はとうとうナンパ男を身代わりにした。ナンパ男も真っ暗闇の中でも音は聞こえているのか、彼が口にした『自分を身代わりにする』旨の発言に脚をバタつかせて激しい抵抗を見せている。

 

「んー……たとえキミが雇われて今回の事に手を貸したとして、で? だからキミは悪くないって言いたいのかな?」

 

  "雇われた" という事は何の言い訳にもならない。事実上一択しかない強制でもなく、純然(じゅんぜん)たる任意なのだから。

 僕は言い訳をする男に近づいて、その首を跳ねる。訪れる結末に対しての恐怖からか消えかけの頭は大声を上げ、身体は陸に打ち上げられた魚みたいに意味もなく悶えていた。

 しかし、それも彼の体力がゼロになる事で静かになる。

 

「サヨウナラ……バイバイ」

 

 残されたナンパ男の体力は貫通ダメージでそれなりに減っていて、最後は刺さっていた剣を抜いた上で抵抗もさせずにトドメをさした。

 そうしてこの場に残されたのは僕と彼女だけ。僕は持っていた短剣を躊躇う事なく破棄するとインベントリにしまってあった深緑のコートを装備して、フードを被って顔を隠す。

 

「……店主さん、大丈夫?」

 

 落ち着き払った此方の声と差し出された手に明確な脅えを見せる彼女の様子に、今まで自分がやっていた事を振り返って納得しか出来なかった。

 

「一人で戻れるなら、良い。……でも、レベルとかの問題で戻るのに不安なら、街に送る位はできる」

 

 だから、彼女から少し距離をとってからどうするか質問をしてみた。あんなモノを見せられた後ではそう簡単に頷けるとも思えない、ましてや僕は曰く付きのプレイヤーなのだから。

 しかし彼女にこのまま野垂れ死にをされては敵わない。それなら後ろから刺されない様に常に気を張りながら街まで送り届ける方がずっと気楽である。

 

「無理にとは言わないし、僕が先に言った後をついてきてもいい。武器らしい武器もないから、敵は全部避けて進むけど」

 

 そこまで言って、彼女は動かない。俯いたまま顔を上げてくれない。これではどうしようもない、背中を向けて歩きだせば何かしらモーションを起こしてくれるのではないかと淡い期待を込めて、警戒心を少しだけ強くしてから僕は彼女に背を見せるとゆっくりと前に進んでいく。

 

 ――あっ……。

 

 本当に小さな声が聞こえて、それに足音がついてくる。

 距離にして二メートルもない、突進ソードスキルなら一瞬の内に間合いを詰められてしまう様な間を僕が一歩を踏み出すよりも早く彼女の足音が鳴って少しずつ距離は狭まっていく。

 武器を抜いたり、ソードスキルの発動を示す音は無い。此方に向けられる視線も明確な敵意は感じられない。内心で冷や汗を流しながら彼女の気配を背中越しに感じて、また一歩踏み出した時に僅かだが抵抗があった。

 

「んっ……」

 

 踏み出した足だけは立派に前へ進んだが、予想外に "自分の力で" 抵抗が生まれた事に身体はそのまま、首を視点に振り返ると、僕が着ているコートの端っこを彼女が摘まんでいた。

 

「アンタに、ついてく……から、送ってって」

 

 俯かれているのは相変わらずで表情は分からないし、声も本当に小さかったが、それでも彼女は確かにそう言ってくれた事に僕も「わかった」とだけ返して、止まっていた足を一歩前に進める。

 此処に至るまでの獣道は一応記憶しているから問題はない。不安定な足元や背を摘まむ彼女が慌てない様に注意して、歩く速度を調整しながら来た道と同じ道を逆から辿る事で森を抜けると、それからは多少遠回りになってもモンスターを確実避けながら元いた第十一層の主街区へと無事に戻ってこれたのだが――。

 

 (えっ……と。これ、どうしたら良いの?)

 

 街についても彼女がコートを離してくれない。周りから見た場合『フードで目元を隠しているコートを着た怪しいプレイヤーの後ろに元気のない女性プレイヤーが、そのコートの一部を摘まんでくっついてる』と、見たままが既に充分怪しいのだ。周囲の視線も必要以上に集まって、ひそひそ話しも聞こえてくる。これでは隠蔽を使う暇もないし、使ったとしてもこの調子の彼女をどうにもできない。

 

「えっと……とりあえず着いたけど、さ。お金ないなら宿代位ならだそうか……?」

 

「……る」

 

「んっ、 "借りる" って言ったの?」

 

 ようやく言葉を話してくれた彼女だったが、今度の声は幾ら何でも声が小さすぎて聞こえなかった。僕の質問が宿代云々についてだった事もあり、聞き取れなかったのは『借りる』という言葉と予想をつけて言ってみるも、彼女は首を横に振って、コートを下に引いてくる。これは『しゃがめ』の意味だろう。

 耳元で叫ばれる類いの嫌がらせではない事を祈りつつ、大人しく床に膝をつくと彼女は僕の耳元で囁いた。

 その内容に態度には出さないが、頭を抱えたくなる。

 

「いや、その……本当にそれでいいの?」

 

「いいから……お願い」

 

  "アンタの宿に泊まらせて" ――それが彼女の囁いた内容で、あれだけの事をされたら仕方ないという気持ちもあるが、それ以上にどう反応したらいいのか分からなかった。

 

「……じゃあ、案内するからついてきて」

 

 仕方ない事だと割り切って、頷いた彼女を確認してから立ち上がる。

 周囲から集まる視線も気にせず、可能な限り堂々と遠回りして人目が薄くなってから僕は借りている宿の入り口に向かった。ソコで彼女には少し待ってもらい、僕が中で入室許可を編集してから宿へ招き入れた。

 それから再び設定をいじって入室許可を僕と彼女だけに絞り、寝室についても彼女が使う部屋はしっかりと僕を含めて使用者以外が出入り出来ない様に設定を変えておく。自分の部屋に関しては敢えて彼女の出入りも自由にした。

 

「それなりに部屋数があるけど、僕の部屋は一番左端。店主さんの部屋はそこから二個隣に設定しておいたから。信用の有無は別として……一応、キミの部屋だけはキミ以外出入りできない様にしてるから、安心して。後、カウンターの近くにある扉は浴室の入り口になってるから自由に使っていいよ」

 

 僕の声に小さく頷いた彼女へ、先にお風呂に入って良いかを聞くと彼女からは「大丈夫」と返事をされる。

 

「くつろげそうなら、くつろいでていいよ。僕はお風呂が終わり次第そのまま寝るつもりだから、何か用があるならお風呂上がりにお願い」

 

「……わかったわ」

 

 彼女の声を背に受け、僕は浴室への扉を開けて脱衣場に向かう。小さいながらもしっかり棚がついており、 足場は簀(す)の子で組まれていてベタベタもしない。簡易式ながらも立派なソコで防具一式を解除し、代わりにギルドストレージからバスタオルを取り出して装備する。それから一番下に着ている非装備の衣服を脱いで棚にしまい、扉を一枚くぐった先に置いてある長方形の浴槽に身体を浸して、僕はバスタオルの中に潜らせた手でゆっくりと自分の腹部に爪をたてた。

 傷なんてつかない、血なんてでない、どれだけ力を込めた所で一定の深さ以上は指が食い込まない様になっている。

 

「気持ち悪い……気持ち悪いよ……」

 

 何度やっても痕さえつかないのはわかっていた。それでも僕はずっと身体を擦(こす)り続けて、脱衣場から出てきた頃には一時間が経過しようとしていた。そうして椅子に座っていた彼女からは『今はまだ頭が混乱しているから自分も今日はお風呂に浸かって寝る』旨を伝えられ、僕はそのまま自室に戻るなりマフラーとフーデッドコート以外の防具を外してベッドに潜り込む。

 

 (どうせ寝れないけど……寝たフリはしないと。もしかしたらも有り得るし)

 

 今の彼女は精神的に不安定になっていると考えるべきだ。不安感や身の安全を確保するためとはいえ、ある程度落ち着こうとすれば次は僕の様な曰わくつきと一つ屋根の下に居る事に対して恐怖を覚えたとしてもおかしくない。

 そんな "もしかしたら" を現行犯で注意するには眠れないからといって起きているワケにもいかず、寝たフリをするしかなかった。

 そうして、顔と腕だけを被っている布団から外に出して狸寝入りをしていれば、不意に寝室の扉が開く音が聞こえてくる。左を向いて横になり、扉から入ってきた人からには見えにくいはずの左目を少しだけ開けて時刻を確認すると、ちょうど深夜を回った辺りだった。

 

「寝てる……のよね。大丈夫、私でも出来る。今やれなきゃ、私がやられるかもしれない……」

 

 背中越しに聞こえた彼女の声と近づいてくる気配を感じて警戒心が強まり、限られた視界にはノーマルデュエルを受けるか否を尋ねる文言が浮かんだ。それから少しの間を置いて後ろから伸びてきた彼女の手が僕の右手を掴んで『受けます』という部分に指を合わせるが、震える指はいつまでもそこから先に進まない。

 

  "押さないの――?"

 

「嘘っ……!?」

 

 じれったさに痺れを切らして声を出すと上からは彼女の慌てた声が返ってくる。ただ、余程ビックリしたのか彼女は体勢崩してそのまま僕の上に落ちてしまった事を勘違いしたシステムが彼女に警告を出す。

 その意味を理解した彼女は錆びたブリキの玩具みたいな動きで首を動かして横を向いたままの僕と視線を合わせると次第に顔を赤くなっていき、今度は無言で飛び退かれた。

 とりあえず彼女の方を向く為に寝返りを打つと、尻餅をついた彼女が視界に入る。

 

「アンタ……男、だったの?」

 

「まあ、ね。一応言っておくけど……生物の『男』としては死んでるからそんなに脅えなくてもいいよ。信じれないかも知れないけど」

 

 これは警戒を解くための詭弁(きべん)ではなく事実なのだが、どうやら僕の言葉は正しく伝わってくれなかったらしい。首を傾げた彼女は戸惑いながらとんでもない事を口にしてきた。

 

「――男として死んでるって、それは、その……もしかして "男色" って事?」

 

「いや、違うからね!? 単純に性欲が無いって事だよ」

 

 僕の言葉に彼女は何故か顔を真っ赤にしながらも驚いて、疑わしい物を見る様な目を僕に向けてくる。

 

「そんな目で見られてもね……信じる信じないは自由だよ。たとえ、今、この場でキミが裸になったりしても僕が欲情する事は有り得ない。そんな状態で近寄られたら逃げだすよ」

 

 真顔で話す僕に刺さる視線は変わらないが表現は複雑な物に変わり、彼女の方から「信じたいから証拠が欲しい」と言われた。

 

 (証拠なら出せるけど……今はちょっと、辛い)

 

 これが今日で無ければ良かったなんて、そんな我(わ)が儘(まま)を言っても変わらない。このタイミングで例の証拠を見せれば恐らく彼女は納得してくれるだろう。

 気は進まないが再び寝返りをうって彼女に背を向け、ギルドストレージにしまっておいた縄をインベントリに移してから使って自分の手首をベッドの四隅にある太い柱へ縛り付けて僕は自分の倫理コードを解除する。

 

「ちょっと、アンタいきなり何してるの……?」

 

「何って、さっきの発言は証拠を出すのが難しいから代わりに僕にはキミを襲う真似が出来ない事を遠回しに証明する為の前準備だよ。今はやりたくはないんだけど仕方ないし……ちょっと、僕の上着を捲って背中でもどこでも良いから触ってみて」

 

 結局、諸々を証明するにはこれが一番手っ取り早いのだ。

 

「触るだけでいいなら、いいけど」

 

「ひっ……!」

 

 背筋をなぞられた感触に身体は強張り声が出てしまい、縛り付けた手が暴れる。自分で予想した通り今の僕は反応が過敏になっていた。それから三、四度触られたが、その度に逃げ出そうと身体が暴れて僕の口から悲鳴が上がる様子を見て彼女も気づいてくれたらしい。

 

「アナタ――もしかして触られるのがダメなの?」

 

「そうだよ。ある程度慣れた相手ならまだマシになるけど……たとえ触られるのが服の上からでも変わらないし、自分から触るのもダメ。慣れてきたとしても身体同士の接触は基本的に無理」

 

 証明も終わったからと彼女に離れてもらってから僕は自分で縄をほどいて、それをギルドストレージにしまい三度(みたび)寝返りをうつ事で彼女を視界におさめる。

 

「確かに、これなら無理ね……でも待って。アナタ、あの時男たちに――」

 

「――言わないで! 思い出したくない!」

 

 彼女の疑問を僕は大声で掻(か)き消した。一時間洗い流した所であの感触が全て消えたワケではないのだ、未だに気持ち悪さは残っている。

 

「そう、よね。ごめんなさい……ちゃんとアナタを信じるわ」

 

「わかってくれたなら、何よりだよ……」

 

 未だに視界をうろちょろするデュエル申請を拒否して、これで無駄な気を張らなくて済むと一息つけたのも束の間。部屋から出て行かず椅子に腰をおろした彼女に僕は一度大きく息を吐いた。

 

「一人で眠れないなら僕は床で腕を縛って寝るから、キミはベッドで寝てね……」

 

 キリトの時とはワケが違う。むしろ今はキリトであっても隣に寝られたら殴る自信がある、そんな状態で誰かと同じ部屋にいる事態、精神的に堪えるのだ。

 戸惑う彼女を急かして僕はベッドから降りて直ぐ下に寝転がり、色違いのフーデッドコートをオブジェクト化させて布団の代わりとして自分の身体にかける。それから腕を真っ直ぐ伸ばしてベッドの脚に両手を縛りつけていると、ベッド上から降りてきた手が何かを探す様に僕の目の前でパタパタと振られた。

「……体勢、辛いなら上で縛るけど」

 

「大丈夫……そのままで良い」

 

 上を仰いで見ればうつ伏せになってベッド縁から顔を覗かせる彼女と目があって、彷徨っていた彼女の手は僕のコート袖を捉えるとそれで満足したのか、覗いていた顔も見えなくなる。

 それから彼女の寝息が聞こえてきた頃を見計らい、朝に備えて僕は動き始めた。僅かに動かせる指でフレンドリストから "ある一人" を選んでメッセージを飛ばす。ただ第三層以来僕の方から少しずつ距離をおき始めた事もあって、返事がくると断言できない。

 

 (あんまり期待しないでおこう――って、えっ、早すぎない?)

 

 送って一分もせずに返事がきた事を知らせる音が鳴り、恐る恐る開くと何の事はない。以前と変わらない雰囲気の文章に胸を撫で下ろして僕は宿の場所を示した上で本題を切り出した。 今度は三十秒もせずに返ってきたメッセージ。その最後に添えられていた一文に背筋が冷える。

 

「 "言いたい事が色々あるから、逃げないでね" って、これ色々言われるよね……嫌だなぁ」

 

 言わんとしてる事はわかるのだが言われる身としては気は重くなる一方で、自分が腕を縛っている事を思い出して慌てて追加のメッセージを出した。

 彼女を安心させる意味でも手を縛っているのに今外しては意味がない。そもそも僕が時間がかかっても自力で外せる時点で意味はないが、形だけでも気持ち的にかなり変わるだろう。

 

 彼女は別段寝相の悪さから落ちてくる事も、寝ぼけて僕を踏む事もなく朝の八時になって普通に目を覚ました。

 それから縄を解く許可も貰って自力で抜け出し、どういうワケか緊張した面もちでベッドに座る彼女へと声をかける。

 

「あのさ、ちょっとキミに会ってほしいプレイヤーがいるんだけど大丈夫?」

 

「どんな人なのか……教えて」

 

「最前線にいる女性プレイヤーだよ、僕みたいに曰く付きじゃないから安心して。本当に女性か姿を確認するまで扉の影に隠れててもいいよ」

 

 僕の知り合いという事は伏せてあまり多くを言わず、必要最低限な事以外に相手が同性という事も伝えると少しだけ彼女から肩の力が抜けた気がした。

 

 ――そして、彼女は扉に隠れるという選択をせず僕と一緒にリビングで相手が来るのを待つ事を選び、入居者設定に『アスナ』という名前を追加させてから僕はアスナへとメッセージを送る。

 数分後、ひとりでに開いた玄関扉の向こう。満面の笑みを浮かべるアスナに冷や汗を流しながら宿に招き入れて店主の彼女の隣に座ってもらった。

 

「はじめまして、私はアスナっていいます」

 

「あっ、わ、私はリズベットって言います……」

 

 手慣れた動きで礼をするアスナはぎこちなく礼を返す店主の彼女――リズベットへ優しい笑みを向けた。

 

「リズベットの事情はもうシャルテくんから聞いてるの。それで……アナタさえ良ければ精神的に落ち着くまで私の借りている宿に来てみない?」

 

 アスナからの提案にリズベットは目を瞬(またた)かせ、僕の顔に視線を飛ばしてくる。別に変な意図はないが、やはり警戒しているのかと思って僕が口を開こうとするよりも前にアスナが更に言葉を続けた。

 

「今、味方殺しなんて言われてるプレイヤーなのにどうして……って思った?」

 

 柔らかなアスナの声にリズベットは頷いた事で、今度は僕が驚かされる。「えっ」と漏れ出た僕の声に二人分の視線が身体を貫く。

 

「懐疑が混じった視線だったからてっきり『変な事を考えてるんじゃないか』みたいに警戒されてると思ったんだけど……違うの?」

 

「違うわよ……露店で助けてくれたでしょ。あの少し前、私が出してた商品を見てアンタ言ったじゃない「僕に君たちを手にする資格はないかもね」って。噂通りのプレイヤーならそんな事言わないと思ったから……それに、その、森では身体はって守ってくれたでしょ――って、ちょっと! 何でそんなに落ち込んでるのよ!?」

 

「いや……そんな真っ直ぐ見られてるとは思わなくて。キミ、リズベットって言ってたっけ……純粋すぎて眩しいんだけど」

 

 何故こんな所で精神的に追い討ちをかけられなければならないのだ、不意打ちにも程がある。キリトといいクラインといい、アスナたちも含めてどうしてこうも純粋な人が僕の知り合いに多くいるのか。

 勝手に自分と他人を比べて落ち込む僕の声に、首を傾げるリズベットの疑問とアスナの浮かべる苦笑いの声が耳に入った。

 

「せめて、一緒にいる間は疑おうよ……こうさ、今までのだって僕の演技って可能性もあるでしょ? アスナだって実は僕が脅して協力させてる可能性もさ、あるワケなんだから」

 

「それは、そうかも知れないけど……」

 

「もう、シャルテくんは拗ねないの。それにシャルテくんだって純粋だと思うよ?」

 

 アスナなりのフォローによって、僕は完全にテーブルへ上体を伏せる。「もう嫌だ」と棒読みで零すが心にはしっかりダメージが刻まれていく。

 

 

「「精神的な傷は一朝一夕じゃ治らない。男ってだけじゃなくて曰く付きでもある自分の宿に泊まらせるより同じ女性であるアスナの方が彼女も一緒に居て落ち着くだろうし、その方が安全だから」って、純粋じゃないと出来ないと思うよ?」

 

「う゛っ……。それは、武器を修理して欲しいが為の打算かもしれないでしょ……」

 

「私やキリトくんが「代わりに持って行って修理を依頼しようか?」って言ってもずっと突っぱねてたのに?」

 

「そっ、それは修理してもらった武器を貰う姿が万が一見られた時に二人が僕とそんなに仲が良いって思われたら二人にまで流れ弾が当たるかもしれないからだし……!」

 

「ほら、優しいじゃない。「それも打算だ」なんて言ったとしても――」

 

「アスナ……その、アイツ――シャルテ、ものすごいヘコんでるけど」

 

 テーブルに顔をめり込ません勢いで額を押しつける僕にリズベットから助け舟が出されるが、アスナは気にした素振りも見せずに「仕返し」とだけ返していた。

 

「シャルテくんに一泡ふかせたいって友達に相談したら、とにかく真っ直ぐな本音をぶつければ良いって教えてくれたから試してみたんだけど……ちょっと効きすぎちゃったかな」

 

 (効きすぎ所の話しじゃないんだけど……アルゴなりに気を使った上でボカシて伝えてくれたんだろうけど、今度アルゴに会ったら何を言ってあげようかな)

 

 タダでさえ昨日の事が響いてると言うのに、それを知らないアルゴやアスナに文句を言った所で仕方ないのがわかっているから実際には言えないが、重なる追い討ちで不貞腐れそうになる。

 そんな状態でも正面から伸びてくる腕を僕の頭に辿り着く前に掴める位に警戒心だけは立派に機能しているらしい。

 

「あっ……ごめん」

 

 いったい誰の腕かと顔を上げてみれば、それはリズベットのモノで、固まる彼女に謝罪して僕は握っていた手を離した。

 

「あー……ほら、拘束しとかないとこういう事があるからさ。そういう意味も含めてキミはアスナと一緒の方が安全だと思うよ……」

 

 そんな言葉で気まずくなってしまった空気を仕切り直そうとすると、リズベットは少し眉間に皺を寄せてそっぽを向いてしまう。

 悪い事を言ってしまったのかと考えてみたが思い当たる節もなくアスナの方を見てみると、彼女は困った様に眉を下げて、手を動かし始めた。それが止まると僕にアスナからメッセージが届く。

 

「彼女は怒ったりしてるワケじゃないと思う。だから、後は私に任せて?」

 

 メッセージにはそう書かれていた。一読した後、僕はアスナに視線を戻して「お願い」という意味を込めて小さく頭を下げると彼女からは笑顔が返ってきて、彼女がリズベットへと向き直り、その手をとって声をかける。

 

「リズベットはどうしたい? 私の宿にくるか、このままシャルテくんと一緒にいるか」

 

「私は……アスナの宿に行きたい」

 

「そっか……うん、私は大歓迎だよ? でも、その前に言いたい事とやりたい事があるんじゃないかな」

 

 優しいアスナの言葉に身体を跳ねさせたリズベットが再び固まって視線を右往左往させると、「大丈夫だから」。そう言ってアスナは挙動不審な彼女の背を押した。

 ぎこちなく椅子から立ち上がった彼女が僕の前に来て、おもむろに手を出してくる。

 

「えっと……「許可なく腕握ったからセクハラとして慰謝料(いしゃりょう)を求めます」?」

 

「違うわよ! 武器、壊れかけの短剣があるって言ってたでしょ! それを治してあげるから渡してって事!」

 

 本気に本気で返されてたじろぐ僕にリズベットは顔をしかめて噛みつくようにして身を乗り出した。

 しかしそんな事をしてもらう謂われもない、断ろうと口を開くと彼女に一睨みされて、僕は渋々とギルドストレージからフェザーナイフとアロイダガーを取り出し、彼女へトレード申請を送る。ただ、トレードが成立すると彼女は渋い顔を浮かべて、言いにくそうにしながらゆっくりと言葉を捻り出す。

 

「はっきり言って、この武器たちを修理した所でメインとしては使うには弱すぎるわ……それでも良いの?」

 

「あー……うん。使えないとしても、ボロボロのままにしておくよりはずっと良いし……お願いしても、いいかな」

 

 フェザーナイフは第一層でアルゴから譲って貰い、イルファング・ザ・コボルトロード戦で限界寸前に至るまで愛用していた短剣。アロイダガーも同じく第一層で入手して第四層に至るまで使い続けていた。

 それ以外にメインとして使える短剣が入手出来なかったという事もある。しかし何となく、理由はわからないが愛着というモノが湧いていた。たとえ使えなくともボロボロのまましまっておくよりはずっとマシだろう。

 その時に自分がどんな表情をしてるのかはわからなかったが、リズベットは壊れかけの短剣を見つめながら考える様な素振りを見せて、僕は彼女から新しい提案を持ちかけられた。

 

「そんなに思い入れがあるなら、この短剣を素材に変えて新しい短剣に生まれ変わらせる事も出来るけどぉっ――!?」

 

「それって本当なの、そんな事出来るの!?」

 

 思わず身を乗り出してしまう程、僕にとってリズベットからの提案は予想の遥(はる)か彼方(かなた)から降ってきた物で、突然そんな行動を起こした事にビックリした彼女から突き飛ばされた事でようやく落ち着きを取り戻した僕はそのままアスナによって椅子に腕と足を縛られる事となる。

 

「シャルテくん捕獲用にキリトくんと相談して縄を用意しておいて良かったよ。リズベットも安心して、これで大丈夫」

 

「そ、そうね……ありがとうアスナ」

 

 (気づいてアスナ、リズベットが若干引いてるから。というかキリトと二人揃って何やってるの……)

 

 笑顔のアスナに少しだけ頬をひきつらせたリズベットは直ぐに此方へ向き直ると、小さく咳払(せきばら)いをしてから先程の続きを話し始めた。

 

「さっき私が言ってた事についてだけど、金属製の武器や防具を作る時には『 "インゴット" 』ってアイテムがだいたい一つは必要になってくるの。だから、フェザーナイフならフェザーナイフをインゴットに変えて、それに他のインゴットやモンスターの素材を合わせて新しい短剣を作る――って言うのは、理論上可能よ。問題があるとすればドロップ品やレアアイテムを素材に変える場合、変えた後に出来た素材が自分のスキルレベルでは加工できないって場合がある位で……フェザーナイフもアロイダガーもステータスを見る限りだと出来た素材の加工に其処までふっ飛んだレベルが必要になるとは思えないのよね……。ただ、それはあくまでも私の予見でしかないから、どうするかはアンタが決めて」

 

「それでも、お願いしようかな……いや、でも――キミが造ってくれた武器を装備する資格、ないや」

 

 それはリズベットの露店に並ぶ武具達を見て抱いた気持ちだ。何となく見定められている気がして、こんな自分には彼女が造った武具を身につける資格はあるのかを考えた時、『ない』と思った。

 だから、今、目の前で不機嫌を溢れさせる彼女にどんな反応をしたら良いかがわからない。

「あのね、アンタが幾ら自分で私の造った武具を持つ資格がないって考えても関係ないの。私の造った武具が使い手を品定めするって言うなら、まずその子たちにとって生みの親である私はもうアンタを認めてる――だからアンタには『資格がない』なんて言わせない。後は実際に使っていく中で、その子たちの判断に任せればいいのよ」

 

 有無を言わせない気迫に尚も抵抗の意思を見せた僕を、リズベットは「触るわよ」の一言で黙らせた。

 

 その後の話しから主導権は彼女が握り、フェザーナイフは彼女の露店に並んでいた "雷牙(らいが)" という鍔(つば)のないデフォルメされた雷の様な刀身を持った短剣と持ち合わせていたモンスター素材によって新しく "ウィングエッジ" という短剣へ、アロイダガーは幸いにも材料が持ち合わせだけで足りて、 "ハードナイフ" という相変わらず分厚いながらも丈夫な短剣として生まれ変わる。

 

「――新しい武具の鍛造(たんぞう)や修理についても、代金は当然もらうけど私が受け持ってあげる。ウィングエッジなんて特に耐久が無いんだから……こまめに私の所に持ってくる事、もしメンテナンスをサボってぶっ壊したりでもしてみなさい。その時は壊した武具の鍛造にハンマーを振った数だけアンタの頭をメイスで殴るから」

 

 新生(しんせい)した二本の短剣に目を輝かせながらもリズベットの言葉にはしっかりと返事をした。そこで一度短剣たちをテーブルに置き、彼女の目を見て僕は言葉を紡ぐ。

 

「……ありがとう」

 

「うっ……べっ、別に、そんなお礼とかいらないし……」

 

 そうして生まれたドギマギした雰囲気をアスナは笑顔のまま見守っていて、僕とリズベットの会話は終わり、次はリズベットが最前線にあるアスナの宿まで向かう為に僕が借りている宿を出て行く――その予定だったのだが。

 

「キミじゃなくて、リズベット……私もシャルテって呼ぶ様にするから」

 

「えっ? あっ……うん」

 

「後、フレンド登録受けてちょうだい」

 

「わかったよ――っと。完了したよ」

 

 いざその時になった途端にリズベットからそんな事を言われて、僕は彼女から届いたフレンド依頼を二つ返事で承諾した。

 それでとうとうお別れと思っていた矢先にアスナから笑顔で肩を掴もうされる事を防いだ腕を掴まれて、縄でグルグル巻きにされた僕は身動きを封じられる。

 

「シャルテくんにも来て貰いたいの。そろそろ二十四層はボス攻略があるから私は何かと外に出る機会が多くなると思う、だからリズベットが落ち着くまでは何か困った時に備えて近くにいて欲しい……それにね、私キリトくんからも頼まれてるんだ。『もしシャルテを見つけたら逃がさず生け捕りにして連れてきてくれ』って――だから、ね?」

 

 もはや単なる脅しと化したアスナの言葉に僕は頷く事しかできず、言われるがままに宿を解約して隠蔽を使ったまま引きずられて最前線である二十四層へと連れていかれる羽目になった。

 

 そうして連れてきかれたアスナの宿で彼女がリズベットを部屋に案内した後、隠蔽を解く様に指示されて再び椅子に縛られた僕を待っていたのは、キリトの説教。

 

 それが終わると僕はそのままキリトの宿を間借りさせてもらう事に決まり、素直に応じる僕の様子を見て調子にのったのか彼が『僕を一週間抱き枕にする』なんて言い出したので半分程本気の涙目で「止めて欲しい」と懇願(こんがん)してみた所、あっさりと止めてくれた。

 

 それからしばらくはドタバタとした日が続き、僕がアスナに連れられて最前線に戻ってから数日で第二十四層は攻略されて彼らと一緒に二十五層へ上がってからしばらくは外出を控えさせられていた事もあって、トラブルも何もない、精々宿の中でソードスキルの練習をするだけという退屈で平穏な日々が続いていた――しかしまあ、そんな物が些細な事で壊れるなんてのは良くある話し。

 

  "キバオウ率いるギルド『アインクラッド解放軍』が単独で第二十五層ボスに挑んだ結果、攻略に参加していた部隊は半壊した――。"

 

 そんな一報に平穏だった日々は再び動き出す兆しを見せる。しかも、悪い方向に。

 僕やキリトたちがその事実を知ってから数日後、『アインクラッド解放軍半壊の真相に迫る!』なんてふざけた見出しの記事が二十五層でバラまかれていた。その内容は生き延びたアインクラッド解放軍のメンバーが受けたインタビューという体(てい)のモノで、簡潔に要約すると『茶色のフード付きコートを被ったプレイヤーがアインクラッド解放軍に持ち込んできた "ある情報" が原因』との事。

 フード付きコートのプレイヤーというだけで『味方殺しが関与している』などという噂も流れたが、インタビューを受けたとされるアインクラッド解放軍は記事について、『インタビューを受けた事実は無い』と否定した上で情報を持ち込んできたプレイヤーは『味方殺しより背の高いプレイヤーだった』と明言した為、ひとまずとんでもない流れ弾に関しては回避できた。ただ、それでも僕が関わったという噂は消えずにくすぶっているのも事実で、風当たりは緩やかにだが確実に強くなっている。

 

「いや……僕がやるならそんなしちめんどくさい事しないで隠蔽使ったまま戦うんだけど」

 

「シャルテ、そういう誤解を招きかねない余計な事は口に出すな……深夜にはレベル上げに行っていいからそれまで、な?」

 

 キリトの借りている宿、そのリビングにあるテーブルでだらしなく身体を投げ出した僕に対して彼は心配そうな表情を浮かべるが、こんな噂一つで外出が制限されては愚痴の一つや二つ零したくもなる。 キリトやアスナが心配してくれているのはわかるし、気持ちは突き刺さる程嬉しいモノだ。しかし、それはそれでこれはこれ。一日か二日に一度キリトがいない隙を見計らってアスナが僕を自分の宿に連れて行き、彼女が帰ってくるまでリズベットと話しをしたり深夜の人が少なくなる時間になればキリトの同伴(どうはん)を条件にレベル上げも許可されたりと気分転換になる事がないワケではなかったのがせめてもの救いか。

 

「キリトもアスナも僕に対してちょっと過保護過ぎだよね……僕を捕まえるのに縄を用意するとかさ」

 

「うっ……それは、流石にやりすぎたとは思ってる。我が儘なのはわかってても、あっちにフラフラこっちにフラフラ掴めないっていうか、目を離したらいつの間にかシャルテが何処かに行ってそうで……恐いんだ」

 

 俯くキリトやしんみりとする空気に、口には出さずため息を吐きたくなった。

 

 (そう思ってくれてる気持ちは嫌じゃないんだけど……ここまで懐かれる事をした記憶、ないんだけどなぁ)

 

 コペルの一件を始めとして他にも『目の前で味方だったプレイヤーが死ぬ』という事を多く体験したからこそ敏感になっているとも言えるかもしれない。

 少なくともそんな事を言ってくる辺り、現時点においてキリトの中で僕も含めて『味方』という存在が安心感を保つ為に必要な要因になっている可能性は高いと見るべきだろう。

 人は、辛い状況に陥った場合に他者を蹴落としてでも生き抜こうという性質の他に、身を寄せ合って生きていく性質もある。それは一見すると安全でしかないが、その実、酷く脆弱で脆いのだ。

 

「ねぇ――キリト。安心して?」

 

 『 "逃げたり、隠れたりはしたとしても僕は何も言わずに消えるなんて真似、しないから" 。』

 

 この場を凌ぐ為、僕は彼に嘘をついた。消えない保証なんてない。確約(かくやく)された明日なんてモノがないのは此処も、向こうも変わらない。

 それでも、たとえそうだとしても、今のキリトを突き放した先を考えるとそんな真似はできなかった。

 

「だからさ……キリトも自棄になって唐突に死ぬなんて真似は止めてよ?」

 

 その何とまあ、狡賢(ずるがしこ)く汚い事か――。

 

「あぁ。俺も、何も言わず先に死ぬなんて事はしない……約束だぞ?」

 

「そうだね、約束だ」

 

  "名ばかり約束" 。

 そんなモノは互いを縛りつける呪いでしかないというのに、それを知りながら純粋な彼に作り笑いを浮かべる僕は、やっぱり何をどう足掻いた所で『純粋』でも『優しく』もない。

 

 (――眩しいなぁ。)

 

 僕は、どうしようもなく、汚れているのだ。

 

 そんな内心を晒す事なく僅かに元気を取り戻した彼と向き合って他愛のない話しを言葉数が少ないなりに続けていると、次第に話題はアインクラッド解放軍が半壊するまでに追い込まれたという第二十五層フロアボスの話しに移っていく。

 

「――えっ、今回のボス攻略メンバーって指名制なの?」

 

 その途中、キリトから飛んできた言葉に僕が驚いた事で会話は途切れてしまい、「そうだ」と彼は肯定の前置きをしてから続きを話し始めた。

 

「一概には言えないが、この手の各階層にボスがいて、そいつを倒す事で攻略していくゲームでは用意されている階層を十分割した場合に出る値の倍数か、クォーター、もしくはハーフポイント毎に通常より強いボスが配置されているって言うのが鉄板なんだ。ただ、第十・二十層で戦ったボスはそこまで暴力的に強いワケじゃなかった――」

 

「ふぅん……だから今度可能性があるとしたら第二十五層。即ち、この階層って事ね」

 

「生き延びたアインクラッド解放軍の話しからするに、その可能性が高い。それで今回独断で突然したアインクラッド解放軍に対してどうするかって話しも持ち上がったんだが、話し合いの結果として今回のボス攻略は今までみたいな "やりたい人が集まる" 感じじゃなくてこれまで全体を仕切っていたキバオウ・シンカー・リンドがあくまでも公平な目線でメンバーを推薦する事になったんだ。その候補に俺とアスナ、シャルテの名前も上がってる」

 

「そうなんだ……でも、推薦だからって僕の名前が出たら反発あったんじゃないの?」

 

「ああ、それは出たんだけど……そのだな」

 

 ここまできて突然言葉を詰まらせたキリトの様子が気になって、僕は黙ってまま彼の目を真正面から見つめた。そうして無言のプレッシャーをかけ続けていると今度はどもり、視線を彷徨わせ始める。

 

「何をしたの」

 

 抑揚が極端に減った僕の声にキリトの肩が思い切り跳ね、それで観念したのか、彼はようやく口を開いてくれた。

 

「その……俺とアスナで「シャルテは自分たちより強いから、不満があるならデュエルで勝ってから言え」って、デュエルした」

 

 (いや、本当に何て事しちゃってるのさ……)

 

 呆れ半分にため息しかつけず、そんな僕を見たキリトが慌てていた。結果を聞くのも躊躇われたが、知った以上聞くしかないと思い彼にどれくらいのプレイヤーと戦って勝敗はどうなったのかを聞いて、返ってきた答えに片手で頭を抱える。

 彼曰わく、自分が戦った人数は "八" でアスナは "十" 、アスナの方がキリトより多く戦ったのは彼女を見くびった男たちが集まったからであり、二人揃って全勝した結果誰も口出しをしなくなったらしい。

 

「次からは我慢して。二人が自分から立場を悪くする必要はないんだしさ……もし辛かったらその時は言うし、ちゃんと相談するから、ね?」

 

 そう言うと、納得いかない表情ではあったが渋々納得をしてくれたキリトに僕は苦笑いしかできなかった。

 

「それで、話しがずれちゃったけど……候補に名前があるならとりあえず第二十五層のボスには参加しても良いよ。今回の方式でリーダーにシンカーがいるならきっと前みたいな事にはならないだろうし。キリトはどうするの?」

 

「俺も参加するつもりだ。予定では二日後にボスの攻略会議をして、アインクラッド解放軍の話しを参考に作戦を決める。その後日に現地集合らしいから、何か足りないアイテムがあるなら今晩にでも買い足しに行った方が良いと思うぞ」

 

「わかった……一応、ギルドストレージにポーションは目一杯詰まってるし、使い捨ての短剣も何本かあるからそこは問題ないよ」

 

 ギルドストレージは個人の筋力量によって容量が変わる事もなく、たとえウィンドウを可視化させたとしても基本は相手から見えない。更にインベントリと相互に直通(ちょくつう)状態の為、今までみたいに回復アイテムや使い捨ての短剣でインベントリの容量が圧迫される事は少なくなっている。

 

 そして、特に変わった事もなく無事に二日後は訪れた。

 第二十五層主街区の広場には早朝にも関わらず沢山のプレイヤーが集まっているものの、全体的にどこかピリピリとした空気を醸し出しており、視線が集中する先には頭を地面にこすりつけるキバオウの姿がある。

 

「抜け駆けした事を許してもらおうとは考えてへん……ほんにこんな事言える義理がないっちゅう事はワイもわかっとる。でも、今から話すボスの情報は信じてほしいんや……!」

 

 泣き落とし――ではないのだろう。雰囲気に邪な物は一切感じられない。それを感じる事ができたからか、リンドとシンカーが苛立つプレイヤーたちを宥めて彼に頭を上げさせた。

 そして、二人は彼の近くにいたアインクラッド解放軍のメンバーにも声をかける事でようやく話しを聞く体勢が整う。

 

「敵の名前は "ファフニール" ……頭が二つに腕が四つある巨人やった。最初は壁面に足と二本の腕が鎖で固定されとって、残り二本の腕も手枷(てかせ)みたいなんがハメられてたんや。ワイらが知ってる攻撃手段はその手枷に鎖で繋がれてる鉄球と、一本目の体力を半分くらい削った辺りから使ってくる様になったアイツが口から吐くブレス。このブレスのせいで、一気に味方は倒されてった」

 

 重い口を開いたキバオウが紡ぐ言葉に、何名かのプレイヤーたちは彼の言葉が意味している事を理解してか息を飲んでいた。

 相手の攻撃手段でわかっているのは二つ、そしてその内の一つで部隊は壊滅間で追い込まれた。

 

 ( "アインクラッド解放軍は体力を一本も削れなかった" ――そういう事かな)

 

 当時の事を思い出してか苦虫を『噛み潰す』のではなく、『擦り潰す』勢いで表情を歪ませたキバオウは一度深呼吸をしてから震える声を捻り出す。

 

「アイツのブレスに、ダメージはなかった。その代わり当たったら身体が動かんくなって……元々浮かんどるステータスを見たら、麻痺になっとったんや。それで動けんワイらを、アイツは、鉄球で何回も……!」

 

 悲痛ともとれるキバオウの叫びに周囲を悲壮感が包む中、僕は特に悲しむ素振りも見せずキバオウの話しを聞いて別の事を考えていた。

 

 (麻痺、ねぇ……この階層に状態異常回復のアイテムなんて売られてなかった気がするんだけど。プレイヤーたちの店にもあったかな)

 

 もし売られてもおらずスキルでの対策もできないのなら、戦いは無駄に慎重を強いられるだろう。そうなった場合、必然的に持久戦になると考えた方が良い。

 しかし、プレイヤーの集中力にも限界がある。その境界線を見誤れば自らの死に直結する要因と成り得てしまうのだ。全体のそれを見極めるのは本来リーダーの役目だが、今のキバオウにそれが可能かどうか。才能云々ではなく、精神状態の話しとしてリスクが高すぎる。だからといって即席のリーダー代理を立てるワケにもいかないのだろう。

 そう結論づけて、僕は隣にいるキリトとアスナに小声で話しかけた。

 

「キリトもアスナも、戦う前からこんな事言いたくないけど今回のボス攻略は分が悪いしリスクも高いと踏んで間違いないと思う……だから、危ないと判断したら素直に撤退した方が良い」

 

 折れない限り、生きていれば攻略の機会は幾らでも作れる。無駄に無茶と無謀(むぼう)を重ねて死ぬ必要など、何処にもない。ましてや自ら引き際を考えての行動を避難する権利なんて有りはしないのだ。

 そう思っての言葉だったのだが、二人からは鋭い視線が飛んでくる。

 

「言いたい事はわかるぞ。でも、シャルテにだけは言われたくない」

 

「第一層でも真っ先に無茶して飛び込んでたのはシャルテくんだよね」

 

 そこを突かれては上手い返しが難しい。

 

 (この二人に本音を言ったら、絶対怒るだろうしな……)

 

 これがアルゴ辺りに聞かれてしまえばどんな返事を返そうとバレてしまうだろう。しかし、彼・彼女にならバレる心配は余程の事がない限りは有り得ない。それこそ僕が挫けそうにでもならないと、絶対に。

 だから、それらしい笑みを浮かべて、僕はいつもと変わらない調子で言葉を紡ぐ。

 

「驕(おご)ってるワケじゃないけど――僕、強いから」

 

 尊大(そんだい)・高慢(こうまん)・不遜(不遜)とも取れる発言に、近くにいる声の聞こえてしまったらしいプレイヤーからは鋭い視線を向けられたが、それだけで何もない。

 キリトとアスナも僕の言葉にしばらく呆けていたが直ぐに『油断は禁物』と戒められてしまう。別にそれでも構わなかった、いずれにせよ二人から追及される "物" の矛先を逸らせるのだから。

 

 (僕が強くないのはわかってるし……本当に強いのなら、状況を選ばず常に先頭を行き、道を切り拓(ひら)き続けなければならない。暗闇でも迷わない様に全てを照らせる太陽みたいな役割、僕には絶対無理だ)

 

 そんな英雄願望もなければ、それを実行できる力も僕にはない。

 口を動かしながらもキバオウの話しから耳を離す事はなく、限りある情報を聞き漏らさない様に努(つと)めて、やがて重苦しいまま話しは終わり僅かな沈黙の後でシンカーが口を開く。

 

「キバオウさんたちアインクラッド解放軍の参加に異議を唱えたい者もいるかも知れない……それでも、彼は自らの意思で情報を提供してくれた。どうか、彼らに失った仲間を弔う機会を与えてくれないだろうか? 勿論、人数が減ったからといってメンバーの選抜を甘くする事はしない」

 

 上手い言い方をするモノだ。

 ここで異議を申せば極端な話しだが『お前たちはそのまま自責の念に苦しめられていればいい』などといった突き放し、悪く言うならば "切り捨て" の責任が個人にのしかかってくる。 ひいてはその結果としてアインクラッド解放軍に起こりうるあらゆる可能性が『あの時異議を申し立てたから』なんていう突飛な一言で個人の責任になり、人によってはそれが自責の種となってしまうのだ。少なくともシンカーが「メンバー選定を甘くするつもりはない」、そう杭を打った以上はこの場でそんな行動を起こすプレイヤーは居ないだろう。

 

 (まあ、その杭は諸刃(もろは)の剣だと思うけど……彼なら本当に責任取りそうだし、僕が口を出す必要もないか)

 

 これだけ危機感を煽られて準備に手を抜くのはよっぽどの馬鹿か、身の程知らずな自信家か――どちらにしても選抜されるメンバーにそんなプレイヤーはいないと思いたい。楽観視した結果の自業自得でしかなくても『味方殺しのせい』と噂が広まるのは、もう慣れてしまった。

 僕がやるべき事は今まで参加してきたボス攻略の時となんら変わりはない。勝って前に進む、それだけ。

 

「今から候補メンバーから俺たちが一切の私情(しじょう)を省いて選抜したプレイヤーたちを発表する。最初に担当する部隊名、次いで班名、最後に名前の順番で呼んでいくから名前を呼んだリーダーの場所に集まってくれ――まずはタンク部隊・A班、エギル!」

 

 こうして始まったボス攻略に参加するメンバーの選定で、僕とキリト・アスナは全員がアタッカーに配置されただけではなく三人揃ってG班に任命され、班員は他にいないという少数精鋭におさまった。

 そして考えていた通りと言うべきか、誰も対状態異常アイテムが店売りされているのを見た事がなく、キリトの口からその手に関するスキルは見た事がないと告げた事で、まず二通りの作戦がたてられる。違いは単純で、状態異常対策が『できた』場合と『できなかった』場合。

 キバオウの話しから問題となるブレスの予備動作・おおよその射程範囲(しゃていはんい)を仮定し、 "状態異常対策ができた場合" はタンクを横に二列横隊させてアタッカーはその後ろに、サポートは左右に分かれタンクとアタッカーを横に挟む形で配置する事が決まる。対して "状態異常対策ができなかった場合" はタンクはツーマンセルを組み、八名がブレスの射程範囲内で役割に当たって残りは前衛のタンク八人が麻痺になった場合直ぐカバーに回れる様、射程圏外にツーマンセルで構えさせてアタッカーも全員で突撃するのではなく一撃離脱を軸にサポートは二部隊から距離を起いて脆くなった箇所が出来次第、迅速に援護する事となった。

 

 そうして数時間に及ぶ話し合いの中、僕が口を開く事は一度もなく会議は終了。現地解散後は各自状態異常対策を探る事になり、キリトとアスナは「アルゴに話しを聞きに行く」と言って、彼女から自分の宿で待避している様に言われる。

 

  "リズベットの傍にいて" ――十中八九そういう事だろう。大人しく言われた事に従ってアスナの宿に入ると、暇を持て余していたのかリズベットはテーブルの上に広がる武器を眺めて笑っていた。それもニヤニヤと。

 

「そんな顔も出来る様にはなったんだ……」

 

「――うぇっ!?」

 

 僕の呟きに思い切り身体を跳ねさせた彼女は此方を向くなり慌てて武器をしまったが、もう遅い。しっかりと見てしまった後なのだから。

 顔を真っ赤にした彼女から一睨みされるが気にせず、僕は対面の椅子に腰をおろした。

 

「そんなに恥ずかしがらなくてもいいよ。言いふらすつもりもないし」

 

「そういう問題じゃ無いのよ……はぁ、シャルテが帰ってきたって事は攻略会議っていうやつは終わったの?」

 

「一応はね。今回のボスはプレイヤーを麻痺状態にしてくるみたいなんだけど対状態異常アイテムなんて見た事がないっていう話しになって、アスナはアスナの友達と一緒になって状態異常に効果的なアイテムの情報を集めに行ってる。僕についてはいつもどおり」

 

 ため息まじりにリズベットから投げかけられた質問に僕は濁さず率直に答える。すると彼女は急に目を真ん丸くしたかと思えば、無言のまま腕輪(うでわ)らしき物をテーブルの上に置く。

 

「これ……カットできる確率は低いけど、対毒・麻痺のアクセサリよ」

 

「えっ――?」

 

「金属製なら防具やアクセサリも鍛冶スキルで少しは造れるの。十一層で露店を開いてた頃にたまたま造ってみたんだけど……私の腕が未熟なせいで未完成にも程がある出来にしかならなくて店にも出してなかった子よ」

 

 完全な不意打ちで驚く僕に向かってリズベットは恥ずかしそうに小声でそう言った。店だしされていなかったのであれば知りようがないと一人納得して、テーブルの上に置かれている腕輪を見つめる。

 いくら未完成で状態異常を防げる確率が低いとしても、無いよりは確実に良い。

 

「因みに、この腕輪って状態異常をどれ位の確率で防げるの?」

 

「一~二パーセントしか防げないから使い物にならないわよ。完成品なら九~十パーセント位が基準みたいなんだけど、そこまでのモノを造れる鍛冶スキルの持ち主は私も聞いた事ない」

 

 言って、リズベットが腕輪をしまおうとするも僕はそれに待ったをかけた。

 

「仮にその腕輪を五十近く量産するとしたら、どれ位の時間と素材が必要?」

 

「一個につき一分かかるかどうかだから……そうね、だいたい一時間もあれば出来るとは思う。でも、素材が特定のモンスターから低確率でドロップするインゴットなのよ。この腕輪を造る分があったのもたまたまで、今は手持ちにないから……ボス攻略って三日後なんでしょ? 間に合わないわ」

 

 申し訳なさそうに視線を落とすリズベットの言う通り、 "低確率" と言うのは確かにネックになる、ましてや攻略の為だからとフィールドで占拠するのは論外だ。

 しかし、それは "今から集めた場合" の話しでしかない――。

 

「そのインゴットの名前、教えてくれないかな。もしかしたらギルドストレージに埋まってるかも知れないし」

 

 僕が持っていなくとも名前がわかればフレンドリストに載っているプレイヤーに聞いてみる事はできる。そう思って聞いてみたのだが、リズベットの口から紡がれた聞き覚えのある名前に僕の考えは杞憂に終わった。

 

 『 "ディムインゴット" :九十九』

 

 ギルドストレージに列挙される上限一杯まで貯まった素材の中に、彼女が必要だと言ったソレは息を潜めて紛れ込んでいた。腕輪一つにつきディムインゴットが三つ必要だとしてもタンク役の四班分は賄える。その事で息を吐くと、それを『僕がインゴットを持ってなかった』、そう捉えたのか先程にも増して落ち込みを見せる彼女へトレード申請を出す。

 

「これだけあったんだけど、何個造れる?」

 

 提示された個数に目を見開いた彼女だったが、次第に目を細め、口に弧を描かせると自信たっぷりに宣言した。

 

「――九十九個」

 

 つまり、一個につき腕輪一つという計算になる。今回の攻略メンバー全員に配布しても余りある程、それは充分な数だ。

 

「じゃあ、四十近く余るかも知れないけどお金もしっかり出すから九十九個造ってくれる……?」

 

 単価一〇〇〇コルという事はまずないだろう。しかしそれ以上となれば流石に一括では払えない、だからといってローンを組む事をリズベットが許してくれる保証もない。

 その時はどうにか譲歩(じょうほ)してくれないかを頼み込むつもりだったが、彼女から返ってきた言葉は「お金はいらない」というモノで、それについて僕が二の句を口にするよりも早く彼女は声を出す。

 

「渡すからには未熟じゃなくて満足のいくモノにしたいの。だから他にもインゴットがあったら私に譲ってくれる?」

 

「あるにはあるし譲る分には全然構わないけど――」

 

  "――リズベットのインベントリって余裕ある?"

 

 種類はバラバラだがザッと目を通しただけでカンスト済みが縦に三十、半端を足せば五十といったところか。単純にレベル上げと日課としてこなす様にしてる訓練の中でインベントリを圧迫する素材を唯々(ただただ)ギルドストレージに溜め込んでいった結果であり、他の一般的なモンスター素材も含めると生半可な量ではない。

 僕は自分のウィンドウを可視化させる事でインベントリをリズベットにも見える様にして、ギルドストレージに眠っていた素材たちを少しずつインベントリへ移し、彼女に見せていく。

 驚愕・呆れとインベントリを見つめる彼女はだんだん無表情に近くなっていき、全てを見せ終わった頃には何とも形容し難い眼差しを此方に向けていた。

 

「それだけ素材があれば多分大丈夫。鍛冶職人としての意地をもって、明日の昼過ぎまでには完成品を見せてみせるわ……でも、間に合わなかった場合も考えてそっちはそっちで動いて」

 

「それは後でアスナに伝えておくよ。とりあえず大量にある素材をそっちに渡さない事にはリズベットも始められないでしょ」

 

 トレードで一度に渡せるアイテムには制限がある。武器や防具によっては当然インゴット以外の素材も必要となってくる以上、諸々を全て受け渡すとなれば相応の時間がかかるワケで。

 インゴットを全て渡すまでに約二十五分、それらを素(もと)として新たな武具を造る際、必要な素材を渡し終えた頃にはアスナが宿に戻ってきていた。

 疲れた顔をする僕とリズベットに向かって心配そうな声をかけてくれたアスナに僕が事情を説明すると、状況を把握した彼女は申し訳なさそうに一言「ごめんなさい」と頭を下げて、効果的な回復アイテムがあるにはあったが素材が足りないせいで全員に分配しては一人一つしかあたらない旨を教えてくれたのだが、 "素材が足りない" という彼女の言葉を聞いたリズベットが僕の方をジッと見つめてくる。

 

 (アンタ、素材持ってるんじゃないの?)

 

 そう視線で言われた気がして、アスナから素材の名前を聞いた僕がギルドストレージを漁ると必要素材が全て収まっていた。数は全員に配分するとなると心許ないが、無いよりはマシだろう。

 話し合いの末、ギルドストレージが使えずインベントリの重量制限も緩くはない彼女だけではなく比較的制限に余裕のあるキリトにも素材を流す事に落ち着き、彼の宿に帰り次第、僕は事情を説明して残っている必要素材を全て押しつけた。

 

 ――結局、僕がボス攻略の前準備として手伝えたのはそれだけで、素材が大量に消えてギルドストレージは寂しくなったモノの完成した腕輪と一人数個の状態異常を回復できるアイテムは攻略に挑む全プレイヤーの手に渡り、万全とは言い切れないがそれなりの準備は出来た方なのだろう。

 攻略当日、ボス部屋前では緊張感が漂っていた。そんな中でシンカーはプレイヤーたちの先頭に立って静かに口を開く。

 

「今回のボス攻略は、今まで以上に気を引き締めていかなければならない。たった一瞬の油断が自分や味方のピンチを招く……だが、それは今に始まった話しじゃないんだ。これまで戦ってきたボスの時と変わらない。そんな中で俺たちがやるべき事・成すべき事は唯一(ただひと)つ――全員で上に上がろう」

 

 ディアベルの時とは違い、プレイヤーたちが各々にシンカーの声で静かな闘志を燃やしていく。それに比例して漂っていただけの緊張感が一転、引き締まる。

 

 (ふぅん……こんなにまとめられるなんて、すごいな。信頼が成せる技なのかもしれないけど)

 

 これがシンカーの持ち得た才能からくる物か、信頼が起因となっているのかは関係ない。

 素直に心の中で感嘆を零してしまうまでに、第三層での彼と比べると今の彼は見違えていた。

 

「アスナ、シャルテ……無茶だけはするな。生きて一緒に二十六層まで行くぞ」

 

「うん。ここで立ち止まったり、倒れるワケにはいかない……皆で上に行きましょう」

 

「わかってるよ、負けるつもりは毛頭ない。久しぶりのボス戦だけどいつも通り、僕にやれる事をやるだけだ」

 

 キリトの声にアスナと僕が続き、アイコンタクトをして前を向く。

 視線の先ではシンカーが扉に手をかけてゆっくりと押し開き、その先へ全員が躊躇う事なく足を踏み入れいく様は悪く言うなら "デスマーチ" 。しかし、それは英雄の凱旋と紙一重である。無謀を勇気と取るか否か、それと同じ。『命を賭して攻略に挑み散った愚か者』・『命を賭(と)して攻略に挑み散った英雄』・『命を賭して攻略に挑み生き残った英雄』、三つの違いは単純に "人の主観" でしかない。

 そうして歩を進めた先は古城(こじょう)の地下牢(ちかろう)とでも言うべきか、壁上部に取り付けられた無数の燭台(しょくだい)が薄暗い室内を照らしていた。部屋の奥には鎖で縛られた巨人がポツリ、息を潜めて佇んでいる。

 

「A・B・C・D班はツーマンセルを組んで十二人の二列縦隊を取って作戦通り待機。E・F・Gは射程圏外に構えるタンクの後ろへ、H・Iは左右に分かれてアタッカーの少し前に着いてくれ!」

 

 大声で指揮をとるシンカーに皆が配置につき、一列目のタンクが先陣をきって一歩ずつ慎重に敵との距離を詰めていく。他は万が一に備えてブレスの射程圏外で待避し、先陣を行くタンクだけがゆっくりとブレス射程圏内に入ると巨人は目を覚ました。

 ファフニールはくぐもった低い呻きを上げて此方に歩いてこようと脚を動かすが、巨人の足首につけられた大きな黒い枷は鎖で壁と繋がっているせいで足踏みをするだけに終わってしまう。自らを拘束する鎖に苛立ち、八つ当たりするかの如く自由の利く腕を振り回す。それをタンクが上に跳ね上げ、スイッチの掛け声が上がると共に七名のアタッカーが前に出てソードスキルを放つと相手の体力は漸く一本目の一割が削れる程度。

 

 (体力が高いだけか、防御力が高いのか……どっちにしろ持久戦は必至と見た方が利口かな)

 

 そうして考え事をしている内に二度目のスイッチが入り、今度は僕も前線に上がる。

 

「大きすぎでしょ、流石に」

 

 見上げようものなら首を痛くする事うけあいだ。駆けながら助走をつけ、僕は勢いを乗せて牽制として無防備な脚に《アーマー・ピアース》を放つ。が、感触は固く、ウィングエッジの刀身が半ばまでめり込んだ時点で止まっいた。

 自分がどれだけダメージを与えたかの確認もせず、直ぐ短剣を引き抜いて後ろに下がる。

 

 (よくわからないけど、筋肉の壁ってヤツなのかな……舌打ちしたくなるよ)

 

 確かに巨躯(きょく)を支えている脚の筋肉が発達しているのは当然とも言えるのかもしれないが、それでも刃が途中で止まるとは思わなかった。

 

「アイツの動きは枷が封じ込めている、だからこそ序盤は少しずつでも確実に体力を削れる――だけど枷のせいで攻撃が通りやすそうな関節には攻撃出来ないなんて、随分な皮肉だね」

 

「最初こそ安全に敵の体力を削れるが大ダメージは与え難いから必然的に時間がかかる。そして油断させた所にブレス、か……」

 

 嫌そうに表情を歪めたキリトが巨人を睨みつけ、アスナは彼の声に続く。

 

「今は動きが封じられているけど、きっと甘くない。体力を減らせばギミックとして相手が自由になる可能性もある、そうなっても枷は残ったままになると体力を削れば削るだけプレイヤーは攻めにくくなって、不利になっていく」

 

 そう呟いたアスナの表情も険しくなる。二人と比べてあまりボス攻略に参加してこなかった僕でも、彼女の考えには賛成できた。その予想が正しかった場合、プレイヤーは勝利に近づくと同時に遠のき、その実、自らの手で自分の首を絞めているに等(ひと)しい。

 

 (茅場っていう人は余程の人間嫌いか、それとも純粋に人が好きなのか――)

 

 どれだけ苦々しい表情を浮かべても、心の隅にはこんな現状を酷く面白がる僕がいた。

 そんな自分を振り切る様に四回目のスイッチで再び前線に上がって、五回目の攻撃が終了した時点で巨人の体力はキバオウからの情報にあったブレスを使いだす所まで削れる。

 

 『 "タンク部隊は総員、警戒を強めてくれ! 二列目はカバーに入る用意を!" 』

 

 リンドの声に二列目のタンクを務めるプレイヤーは防御よりも移動を重視した構えをとり、他の部隊も動けなくなったタンクの回収に備えて警戒心を高めていく。

 巨人は自らを見上げるプレイヤーに目を合わせると口を大きく開き、息を吐いた。流れでてきたのは黄色(きいろ)い霧(きり)にも靄(もや)とも取れる何か――それを浴びたタンクの半数以上がその場で力なく膝をつき、うつ伏せに倒れる。

 敵を目の前に身体の動かせない恐怖で縮みあがるプレイヤーを嘲笑うかの様に、巨人は鉄球を振るった。

 

「――二列目、いまだ! 動ける者は麻痺した者を後方へ!」

 

「――E・F・H・Iも援護に向かってくれ、G班は二列目と協力して時間を稼ぐんだ!」

 

 シンカーから飛んできた声に駆け出し、鉄球を弾き返された事でのけぞるファフニールの足下に飛び込んだ僕は《ラピッド・バイト》で足の裏側に回り込んで僅かに更に斬りつけるが、肉とは違う硬い感触に阻まれてマトモなダメージにもならない。

 

 (裏は裏で頑丈な踵(かかと)の骨がある、と……僕の筋力値じゃ斬れないか)

 

 或(あ)るいは斧や大剣であれば可能性はあったのかもしれないが無い物ねだりをした所で意味は無く、もう少し細かく肉質を探りたかったが作戦を乱すワケにもいかず大人しく足元から離れようとした僕を黒い影が覆った。

 顔を上げて、鉄球を捉え、 "武器を持ち替えた" 僕は正面からソードスキルを当てる。

 

「流石に、きっついなぁ――ッ!」

 

腕に走った衝撃の重さで顔をしかめるが、それでも僕を叩き潰そうとした鉄塊(てっかい)は勢いを失って地に落ちた。

 そうして無防備になった巨人の腕先が突然横へ揺れる。

 

「アスナ、スイッチ――!」

 

 ファフニールの拳に横から突き刺さった剣を抜いて地上に落ちてくるキリトの掛け声にアスナが青く光る細剣を手に地面を強く蹴り、上に飛ぶと握る得物で何もない宙を薙いだ。瞬間、空中に刻まれた不可視の痕をなぞって三日月形の物体が生まれる。それは巨人の拳を目掛けて進み小指を斬り落とす。

 痛みで喚く巨人を余所(よそ)にアスナとキリトが無事に着地した後、リンドから待避完了を知らされて僕たちは再び元の配置に戻った。

 

「よし……皆、当面の攻め方は今の調子で行こう! でも回復アイテムには限りがある、ブレスの兆候が確認できたら出来る限り全員で射程圏外まで待避を心がけてほしい」

 

 メンバー全員によるヒットアンドアウェイ――それがブレスを見たシンカーが最善と判断戦い方の様で、誰一人異論なく速やかに作戦は実行に移される。

 元々必ず麻痺するというワケではなかったのだろう。リズベットが造った腕輪のおかげでその確率は更に減り、逃げ遅れた結果ブレスが直撃しても行動不能になるプレイヤーは疎らで済んだ。

 その頃からだ。少しずつ体力を減らしていくファフニールに張り詰めていた緊張が緩み始めたのは。

 

 一本目――半分になるとブレスを使ってきた。

 

 二本目――序盤から巨人は自力で両腕の拘束を解き放ち、半分になると鎖を引き千切って壁に繋がれていた二本の腕が自由を手に入れる。

 

 三本目――二本目がなくなったタイミングでとうとう脚が解放された。更に体力が削れて半分になると、巨人の胴体を束縛する最後の鎖が無惨にも壊されてしまう。

 

 こうして、順当にファフニールは自由を取り戻した―― "取り戻させてしまった。"

 

「追いかけっことか、好きじゃないんだけど……いい加減しつこい!」

 

 逃げろ逃げろと頬に汗を垂らしながら走り続ける後ろから近づいてくる音に、嫌がる気持ちを隠しもせず僕は "壁から飛び降りて" 尚走る。左右に分かれて固まるプレイヤーたちの間を抜けても止まる事は許されない。

 

「今だ、皆!」

 

 後ろからシンカーの声が聞こえた直後、断続的に響くソードスキルの音とファフニールが上げた断末魔が部屋を揺らした。

 体術特殊ソードスキル《壁走り(ウォールラン)》。それが少し前まで僕と巨人が使っていたモノ。

 足を休ませる事なく僅かに後ろを振り返れば、憤怒に染まった表情で削れていく体力などお構いなしにファフニールは僕を追いかけようと、まるで道端に転がる小石を蹴飛ばす如くプレイヤーたちの猛攻を力業で切り抜けてくる。

 こうなった要因は他にあれど原因は僕の行った行為であり、自業自得に他ならない。

 

 (結局、僕も油断していたって事か)

 

 身体の自由を取り戻したファフニールは、圧倒的な強さを暴力という分かりやすい形で見せつけてきた。その最たるモノが体術スキルであり、それを用いた三次元戦闘――イルファング・ザ・コボルトロードよりも明らかに大きい巨躯で地を駆け、壁を足場に飛び回る。

 シンカー・リンドだけではなくキバオウまでもが必死に状況を立て直そうと大声を上げる中、初戦がトラウマとなっているアインクラッド解放軍のメンバーは敵前逃亡をはかった。別に僕個人としては逃げる者がいようと問題でない。問題なのは腰を抜かして動けないプレイヤーだ。

 一人、また一人とそんなプレイヤーから潰されていく中で僕は《壁走り》を使い、巨人が持つ "眠ったままに見えるもう一つの頭" の目を狙って瞼の上からウィングエッジを突き立てたが、それが間違いだった。

 ウィングエッジは深々(ふかぶか)と刺さりファフニールの行動を止められたのは良かったが、その一撃で眠っていた頭は目覚めてしまい今に至る。

 とんだブーメランに苦笑いする余裕すらなく、僕は背中を貫く殺気と音に右へ飛ぶ。真っ赤な光を纏った腕が直前まで僕の居た場所を打ち抜き、避ける事三回。生まれた隙を逃す事なく距離を離した。先程振り返った時に見えた体力は三本目がレッドゾーンに達していたので後一度、先程の事を繰り返せばファフニールの体力は最後の一本になる筈。

 

 (これで最後の体力がレッドゾーンに入ったら更に一段階強化されるとか、幾ら何でも難易度が高すぎるでしょ……)

 

 僕だって何も無傷で戦えたワケじゃない。元々防御力が低い事もあり、安全マージンより遥かに高いレベルであっても通常の攻撃が掠っただけで一割近くも削られた。そんな攻撃力を今より上げられたのでは堪ったモノではない。

 再び始まった壁走りによるマラソンも、十分足らずで終わりを迎えた。無数のソードスキルを受け止めたファフニールが持つ三本目の体力が全て失われて四本目に入ると同時に異変が起きる。巨人はあれだけ執拗に僕を追いかけていた足を止め、その巨躯を『くの字』に折り曲げた。部屋を異様な雰囲気が漂いはじめ、中央に集まっていたプレイヤーは皆巨人から距離を取る。

 それが終わると直ぐ駆け寄っきてくれた二人に心配そうな声色で話しかけられて、僕は視線も合わさず「大丈夫」答えた後に低い呻きを上げ続けているファフニールを指差した。

 

「追いかけられたのは自業自得だから……それより、アレって何してるの?」

 

 誰がどうみても怪しい挙動にキリトもアスナも「わからない」と首を傾げて、二人が何かを言おうとして紡がれた言葉は咆哮(ほうこう)によって掻き消される。

 耳を塞ごうと問答無用で頭の中に響いてくる叫びに驚き、僕は身体を萎縮させながらもファフニールの方へ視線を向けた。二足から四足へ、四つん這いに体勢を変えた巨人の姿が瞬く間に変わっていく。

 

 変態・変形・変化(へんげ)。どれに当てはめるのが適切なのか、四つん這いになり余った二本の腕を四対の翼に変えた二面四臂(にめんよんぴ)の巨人は酷く不格好な爬虫類を彷彿させた。

 

 ファフニール――北欧神話における "龍に化ける巨人" 。

 

 プレイヤーの中で誰かがそんな事をポツリと呟く。何もそんな伝説まで再現する必要はないだろうに、体力が回復してないのはせめてもの救いか。

 各々が出方を伺い、リーダーは恐らく作戦を練っているのだろう。姿を変えたファフニールは警戒する此方の様子など眼中にないのか、何かを探す様に忙しなく目を動かしていた。

 今、僕の前にはキリトとアスナがいる。そんな状況に寒気して二人に小声で言葉を投げつける。

 

「キリト、アスナ……左に走って。早く!」

 

 彷徨い続ける視線に込められた感情に腰が退け、誰を狙っているのか気づいた心が警鐘(けいしょう)を鳴らす。それでも『退くワケにはいかない』と僕は二人の返事も待たず、誰もいない "右側" に向かって走り出した。

 周りからすれば突飛な行動でしかない僕の動きに気づいたプレイヤーたちが声を上げるが、そんな雑音は全て拒絶する。他にかまける余裕など残されていない。

 ファフニールは僕の動きに気づいて視線に捉えると、右腕を赤く輝かせ――突貫(とっかん)。

 

 (あー、 "間に合わない" ――)

 

「う゛ぁ……っ」

 

 僕の口から、無様な潰れた声が漏れた。

 《閃打》の構えから拳が眼前に来るまではコンマ五秒あったかどうか。斬り払ったウィングエッジが何かに食い込む感触を頼りに地を蹴り後ろに飛ぶも、システムによるアシストは止まる事を知らない。自らの拳に刃が突き刺さろうとファフニールは怯む事なく腕を伸ばしきる。

 瞬く間も無く衝撃は僕の身体を打ち抜き、握っていた短剣の柄から手が離れて床をバウンドする事なくそのまま部屋の壁に叩きつけられて、無いはずの肺から空気が漏れた。当然、漫画の世界みたいに勢い良く壁に当たったからといってめり込むワケでもなくそのまま石造りの冷たい床に落ちるだけ。

 ダメージ量、約四〇〇〇――たった一撃で僕の体力は赤く染まった。

 

 (気持ち悪い……身体、動かない)

 

 次第に視界が霞始めた事に意識が朦朧(もうろう)としている事を使えない頭で理解する。

 

 

「くっ――タンク部隊は全員でファフニールを抑えろ! アタッカー・サポートはソードスキルで足止め! G班はシャルテくんの救助だ、急げ!」

 

 必死に叫ぶシンカーの声が遥か遠くから聞こえてきて、巨人だったモノに何かが群がる。

 

 (そんなんじゃあ、ダメだよ。リーダーなら多を救わないと……)

 

 口を開いても言葉が上手く話せない。大きな影が鬱陶し気に暴れまわり、小さな影は宙を舞う光景が過去のボス戦を彷彿させた。

 しかし、そんな現実を拒むかの様に視界は薄暗くなり始める。

 

 (待ってよ。まだ体力、あるのに……)

 

 手を伸ばそうとしても言う事を利かない身体は、思い出したくもない現実を連想させて吐き気がした。ここで気を失ってしまったら最後、ようやく手に入れた自由は終わる。終わってしまう。

 

 ( "ようやく、終われるの――?" )

 

 誰に尋ねるでもなく、心の中に浮かんできた『うわ言』はとても魅力的で、同時に反吐が出た。漏れた弱音を八つ裂きにして、自分で踏みにじる。

 

 (「終われる」とか、馬鹿じゃないの……)

 

  痛みを忘れた僕の身体は自分で考えるよりもずっと弱くなっていたらしい。

 駆けつけたキリトたちの手を借りて立ち上がり、自力でポーションを四つ飲んで体力の回復を待つ間、クイックチェンジでファフニールに刺さったウィングエッジを回収してハードナイフを手に握る。

 

「今回は退くぞシャルテ。シンカーから退却の指示があった、一度撤退して出直そう」

 

「無理しないで、シャルテくん……シャルテくん?」

 

 此方を心配するような声が聞こえてきたが、そんな雑音聞こえない。

 

「退きたくない……そんなの、知った事か」

 

 逃げたければ勝手に逃げれば良いのだ。僕は退くつもりなんてない、 "この程度の衝撃が、痛みがなんだというのか。"

 

「邪魔くさい……こんな物」

 

 言って、僕は右手に握りしめたハードナイフで自分の左腕を斬り落とした。これで少しは身軽になるだろう。ポーション四つ分の回復も済んで《閃打》によるダメージは帳消しになり、体力も緑色に戻っている。

 動き出そうとする僕を止めようとした二人を振り払って、一直線に駆け抜けた。

 

 狙いは――無防備な目。

 

 固まって必死にファフニールを抑えるプレイヤーの隙間を縫い、眼前に出ても勢いを殺す事なく形を変えた事で低くなった頭にある目標へソードスキルを放つ。

 

 ――短剣上位三連撃ソードスキル《トライ・ピアース》。

 

 システムアシストのおかげでぶれる事なく、分厚いハードナイフは傷の残るファフニールの目を三回貫く。一回目は半ばで止まり、二回目で根元まで埋まり、三回目は硬い何かにぶつかった。

 痛みからか、それともダメージ量からか、悲鳴を上げながら後ろへ飛び退くファフニールの姿に、僕は笑顔を向ける。

 

「さっきの仕返し……片手剣なら、そのまま脳まで串刺しにできて行動不能にできたのに」

 

 スキル後硬直は約二秒。未だに長いと思えるそれを嫌がって使わなかった上位のソードスキル。しかし威力は高く、もしかしたらとも思ったが行動不能に陥れるまでには至らなかった。

 

「シンカーさん……さっきまでやられていた僕が言えた義理じゃないけど、アナタたち全員が逃げる時間なら稼いでみせる。だから、撤退するならどうぞ」

「……いいのか?」

 

 呟かれたその言葉を自問自答ではなく僕に対してかけられた物と判断して、ファフニールから視線を合わせたまま言葉は悪いが「さっさといけ」と彼を突き放す。シンカーの返事を待つ余裕がない。

 これまで自分が防御しようと思って反応が遅れる事はあれど、今回の様に『間に合わない』と確信した事も、そのままソードスキルを攻撃で防ごうという暴挙に出る事もなかったのだ。

 結果として嫌な事を思い出させてもらった。こっちは出来る限り考えない様にしてたのに、今は口を開けば悪態しかつけそうになかった。そうして心の内で考え事をしながらも集中は絶える事なく、巨人だったモノから向けられる視線を受け止める。

 

「殺意・憤怒、大いに結構。そうでなければ面白くない」

 

 此方の小声が届いたのか突き刺さる視線に込められた感情は一層濃くなり、僕は重いハードナイフから軽いウィングエッジに持ち替える。

 目を潰された事が余程頭にきているのか、ファフニールは分かりやすく雄叫びをあげながら飛びかかってきた。

 

 (上から、左手を使った叩き潰し――)

 

 拳の大きさも考えて右へ跳んで避けると伸びきった左脚の靴裏に僅かな衝撃が走り、体力のコンマ五割が削られる。

 攻撃が掠った事でバランスを崩し、その隙を狙って吐かれたブレスを《アーマー・ピアース》でファフニールの顔の横に移動する事で避けた。

 

「ずっと追いかけられたんだ、こっちだってとことん狙わせてもらうよ」

 

 眼前にあるファフニールの右目は閉ざされており、瞼には穴が空いている。今度は普通の横薙ぎで顔を斬りつけてみたが柔らかい目以外は硬く、マトモに刃が通らない。

 正面から跳んできた左拳を半身になった後、拳の側面に短剣の腹を当てて流そうとしたが間に合わず、そのまま押し切られる様に身体を持っていかれる。

 体勢を立て直す暇さえ与えてくれず、狙い済ました場所に振り下ろされた右腕をソードスキルで迎え撃ち、巨躯を仰け反らせている内に大きく距離をとってファフニールの体力を確認した。

 

 (ゲージの減りは極僅か……攻守に敏捷まで全部あがってるみたいだけど、抜け道無しとは思いたくないな)

 

 現状は此方の圧倒的不利。普通の拳打でさえ素早くなって避けるで手一杯。このまま続けばどっちが先に限界を迎えるかなんて知れた事。

 

「まだ、もっと、もっと速く――」

 

 集中を切らすな、燃料をくべろ、殺意には殺意で返せ。

 避けては掠り、バランスを崩してはソードスキルを使ってでも強引に避け様と足掻いて隙あらば一撃を与えて離脱する。

 片腕をなくした以上、回復する際には武器を鞘におさめてからでなければいけない。その緊張感はこの場で集中を持続させる良い薬となっていた。

 常に《閃打》を耐えれるだけの体力を維持する事を意識していたが、次第にポーションを口にする回数が少なくなっていく。多少拳を避けやすくなったがポーションの在庫が無くなったというワケではない。

 

 (足りない。まだ感覚が冴えない。もっと削って、削れ)

 

 慣れか、集中力か、視界がより鮮明になって少しずつでは有るもの拳が掠める事もなくなっていき、何度か《閃打》を防ぐ内に僕の反応も間に合う様になりつつある。

 

 (一撃、たった一撃でもソードスキルを貰えば僕の体力はゼロになる……恐いね、恐いね)

 

 心は恐怖で震えても顔は笑顔のまま。体力が赤くなろうと回復しようせず、ひたすら回避と迎撃を繰り返す――間違いなく、僕はこの状況を楽しんでいた。

 

 そうして、ようやっと《閃打》を完全に避ける事に成功した僕はスキル後硬直で動けないファフニールに近づいて、傷一つない左目に敢えて使い捨ての短剣を突き刺したまま放置する。

 すると、痛みにもがいたファフニールは僕とほぼ同じサイズの手で刺さった短剣を抜こうとして、僕が何もせずとも勝手に短剣を目の奥へと押し込んでくれた。更に運悪く押し込み過ぎたのだろう。突然床に倒れ伏して動かなくなった相手に近づいて、僕は逆の目にも使い捨ての物を突き刺し、それを足で踏んで奥へ押し込んでからその場を離れた。

 

 それからの戦いはつまらなかった――ソードスキルが使えなくなる代わりに武器を二つ持ち、ファフニールの目に突き刺すだけの簡単なお仕事。行動不能時間は絶え間なく延長され続けて、その間に貫通ダメージが体力を削る。

 

 散々暴れ回った暴君は体力がレッドゾーンに入ると元の姿に戻り、入る貫通ダメージの量が増えた事で僕は装備している武器をインベントリにしまう事でファフニールの頭に埋まった短剣をしまい、再びウィングエッジに持ち替えた。

 

 ゆらり、振り返った先にいた此方を唖然として見つめるプレイヤーの中から髪型がトゲ付き鉄球の男を探しだすと、一言。

「――仇討ちをするならファフニールが動けない今の内にどうぞ」

 

 そんな僕の声に彼は一瞬戸惑った様子を見せたが、直ぐにボス攻略に参加していたアインクラッド解放軍のメンバーを連れて、動けないでいるファフニールに全員が何度も、何度もソードスキルを当てていく。

 

「お前が、お前が……アイツを殺したんだ!」

 

「さっさとくたばれ、デカ物!」

 

 各々が仲間を奪った相手に怨嗟(えんさ)の叫び声はボスの姿がポリゴン片に変わるまで続き、全てが片付いた後、その場に残ったのは虚しさだけ。

 そんな空気の中、最初にキバオウが立ち上がって僕に声をかけた彼は人の顔を見るなり悲鳴を上げた。何事かと慌てて駆け寄ってきたキリトとアスナも僕を見るなり一様に小さいながらも悲鳴を上げて「しっかりしろ」と肩を揺さぶられる。

 

 (ああ……うるさいな)

 

 うるさい、耳障りだ、邪魔くさい。

 

 (あれ、邪魔くさいヤツってどうすればいいんだっけ……?)

 

 浮かんだ疑問に考える事五秒。

 

 (ああ、そうだ。消しちゃえばいいのか)

 

 そうと決まれば話しは早い。手握ったウィングエッジを見て、僕は、僕は――?

 

「シャルテ! おい、しっかりしろ!」

 

「しっかりして! シャルテくん!」

 

「んぁ……キリト、アスナ。怖い顔して、どうした、の……」

 

 何故怖い顔をする二人に言葉を返すと同時に集中力が切れたのか、身体から力が抜けて倒れそうになる僕を二人が支えてくれた。

 

「ごめん、何か……気が抜けちゃったみたい。力入らないんだけど」

 

 集中も散漫になり、持ち前の警戒心もまるで機能していない。それに二人も気づいたのだろう。キリトは僕を背負うと、プレイヤーたちの方を無言で一瞥してから第二十六層の転移門に繋がる階段を上った。

 

 * * *

 

 第二十六層についた僕はそのままキリトと同じ宿を借りる事になった――とは言え、僕が身体を動かせる様になるまでの話し。長くても二日位だろう。現にあれから数時間経ち、個室にある置き時計の針は仲良く真上を指している現時点で寝返りは打てる様になっていた。頑張れば指先も微妙に動くが、それをすると疲れて仕方がない。

 久しぶりに『動けない』感覚を味わったが現実での『アレ』とは明らかに感覚が違う事に安堵する一方、僕の口からはため息が零れる。

 

 ――何してるんだろう?

 

 『 "消しちゃえばいいのか" 。』そう思った僕は、あの時自分が握る短剣でキリトとアスナを殺そうとしていた。その事実に頭を抱える代わりに寝返りを打ち続け、壁に何度も頭をぶつける。

 

「キリトも、アスナも敵じゃない……敵じゃないんだ」

 

 繰り返す事で自分に言い聞かせながら、精神的な疲れからか瞼は僕の意思とは関係なしにゆっくりと落ちていった。

 

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