ソードアート・オンラインIF ver.アインクラッド 作:モコモコ毛玉
NPCから素材集めを頼まれる――それは何ら違和感のない事だ。
「それにしても久しぶりだな、小娘。元気にしてたか?」
「うん。それなりには……」
だが、クエストが発生したという表示が出てから既に十分は経っている。それでも彼女の口は休む事を知らず、話しは未だに続いていた。
(NPCって何だっけ……)
第一層以降、そこそこ沢山のクエストをこなしてきたがウルズみたいに感情が豊かで、僕を小娘と呼ぶNPCを見た事はない。ましてやクエストが出現しても日常的会話をふられるなど、自発的に話しかけられる経験も初めてである。
「そうか、元気ならば何よりだ! 私の所にもお前が来て以降久しく斧の所在を聞いてくれる者がいなくてな……。それから数ヶ月が立った時にいきなり人が集まる様になって私と戦う者も居るには居たのだが、勝敗に関わらず小娘との戦い程胸が躍ったモノはなかった」
(まあ、アルゴが一定レベル以上のプレイヤー限定で教える様にした情報だしね……)
「中には突然逃げ出す者や命乞いしてくる者も居てな。あまりにも必死に頭を下げてくるものだから私も対応に困って考えたのだが、その内に何も言わず逃げ出されたのだ。オマケにどいつもこいつも複数で固まっていた。私と一対一で勝った者は小娘を含めて五人もいたかどうかだぞ」
そこでウルズは一度言葉を切り、切り株のテーブルに置かれた湯呑みを取ってゆっくりと口をつける。
どうして上層にも第一層と同じ様な湖があるのか、何で切り株の上に電気ポットがあるのか、首を傾げたくなる事は沢山あった。
「んっ……そんなに見つめられると飲みにくいのだが。どうしたのだ、気になる事があるなら遠慮せず言ってみろ。失礼な事を聴かれたとしても斬りかかる真似はしない」
「えっ……あっ、ごめん」
あまりの自然さに見すぎていたようで、湯呑みを置いたウルズに謝ると彼女は怒る事はせず、「何かあるのか?」と居住まいを正す。その姿はやはり、NPCには見えない。
今思えば彼女がプレイヤーだった場合はそれだけ。NPCならNPCで此処まで創り込まれているは凄いと思うだけだ。何も聞く事を躊躇う必要はないだろうと考えて、せっかく質問を受け付けると言ってくれているのだからと僕はその事を彼女に尋ねてみた。
"――ウルズは、NPCって言葉の意味がわかる?"
僕の質問に「ふむ」と少し考え込んだ彼女は、少しの間を置いてから口を開く。
「NPCか、ノンプレイヤーキャラクターの事ならば私も知ってはいるぞ。小娘が第一層で話しを聞いた木こりの様にこの世界に元からいる住人の事だろう?」
「そうなんだけど……ウルズは、違うの?」
彼女は『NPC』という言葉の意味を多少間違ってはいるモノのしっかりと認識していた。ただ、そこには明確な否定も肯定もない。それでも見方によってはNPCの括りに自分を入れていない様にも聞こえる。
そこで疑問を直球でぶつけてみる事にしたのだが――彼女は言葉を詰まらせて、目に見えて動揺を見せた。ウルズが直前に口へ含んでいた麦茶を吹き出した事で真正面に居た僕はソレを受け止めるしかない。
「……汚(きたな)い」
ポツリ。それだけ呟くとウルズは慌てながら "また" 宙を手でなぞって何もない空間から自分の手にタオルを出現させて僕に渡してきた。
「こっ、小娘は変な事を聞くのだなぁ! 私はNPCに決まっているではないか!」
「ふぅん……嘘くさっ」
「なっ――嘘くさいだと!? 何処がだ、クエストの案内はしっかりしたではないか!」
本当に隠すつもりがあるのだろうか。その発言も、そうして向かってくる所も怪しいのだが、これが事前に仕込まれた物という可能性もゼロではない。
それこそ一通りの質問に対して気の遠くなる様なパターンをプログラムで設定してしまえば理論上は可能の筈だ。
「僕が知るNPCってこんなに会話が成立しないし取り乱したりもしなかったから。あくまでも機械的・決められた所作しかできない、自分が住む世界に危機が訪れても初期と変わらず村の案内しかしないのが良い例かな……。でもまぁ、単純に気になっただけだから」
あまり下手に踏み込んでまた戦闘になるのは御免(ごめん)だと思い、僕は追及の手を止めり。すると、彼女は考え込む仕草を見せた後に何かを呟きながら頭を抱えて、湯呑みに湯気の上がる麦茶を自分でいれて一気に呷(あお)る。
(あっ、これ吹き出すヤツなんじゃ――)
咄嗟に横にズレてみると本当に彼女が麦茶を吹き出してきた。当の彼女は熱い熱いと涙目になって今度はちゃんと冷えた麦茶を口に入れている。
(同じ電気ポットなのに冷・温のボタンがついているからそんな事になるんじゃないのかなぁ……言わないけど)
恨めし気に此方を見るウルズだったが、次第にその表情は変わっていき、困った様に眉を下げた彼女はたどたどしくも僕の質問にちゃんとした答えを返してくれた。
「私は……私は、確かに小娘の言う通り少し変わっている。ただ、今はそれ以上言えない。そういう言いつけなのだ」
"言いつけ" という事は彼女の発言が真実だった場合は上に立つ何かがいる――そういう事だろう。
「そっか。答えてくれてありがとう……。じゃあ、僕はそろそろクエストを消化しにいくよ」
「むっ、もう行くのか? 私は話し足りないのだが……」
「クエストをクリアしたら戻ってくるから、続きはその時に。ね?」
少し身勝手だが聞きたかった事も聞けたのでサッサとクエストに向かおうとすると彼女は『話し足りない』と、外見不相応に子供らしく拗ね始めてしまった。
駄々をこねる姿にため息を吐いてから僕がそう言うと渋々納得してくれたようで、「楽しみにしてるから早く素材を集めてこい」と催促された上に「約束だからな」なんて釘を刺される。
「わかったよ。……そうだ、ちゃんとNPCを名乗るなら僕の性別を間違えたら駄目だよ。こんな形だけど、性別は小僧(こぞう)なんだから」
その言葉に驚いて口を開けたまま固まるウルズを余所に、僕は湖を後にした。
(レベル上げは……睡眠時間を削ればいいか。ボス攻略までは日もあるし)
二〇二三年の六月半ば。第二十五攻略からは既に1ヶ月近くが経過した現在、最前線は第二十八層。第二十五層での一戦後、攻略に参加するメンバーにも少なからず変化があった。
特に深刻な被害を受けたアインクラッド解放軍はシンカーの率いていたギルドと合併して、現在は戦力の立て直しを図る為に一線を退いており、リンドがリーダーを努めていたギルドもいつの間にか吸収されて、今では『聖竜連合(せいりゅうれんごう)』という攻略に参加する二大ギルドの一つと言っても過言ではない大規模なモノに変わってしまった。
そして、聖竜連合に並ぶ大ギルド――二十六層から攻略に参加し始めた "ヒースクリフ" という男が率いるギルド、『血盟騎士団(けつめいきしだん)』の存在は、何より最前線における僕の立場にも強い影響を与えている。
(あのヒースクリフって人、僕の噂を知った上で攻略に参加する様に頼んでくるとか……)
当初こそ一部プレイヤーから反対はあったが、彼はそれを言葉と実戦での戦果で黙らせた。
そのおかげもあって最前線では街中で因縁をつけられたりするという事は少なくなったのだが、代わりに下層では街中・フィールドだろうと関係なく隠蔽を使わなければならない程度に僕の悪評は蔓延しており、それがプレイヤーたちにも馴染んでしまっている。
今回ウルズから指定された素材は四つ。それら全てが問題の下層で取れるアイテムという事実にはため息を吐くしかない。
(厄介な事にならなきゃ良いんだけどな……)
僅かに気が重くなるが、だからといってクエストを破棄するのも僕としては噂に怯えている様で癪(しゃく)にさわる。
仕方ない。そう結論づけて僕はウルズのいた湖から最前線の主街区に戻ると、そのまま目的地である第十八層へ向かう為、隠蔽を使用してから転移門を起動させた――。
* * *
幸いにも僕の隠蔽と同等程度の索敵持ちはいなかった様で、第十八層は比較的安全に歩き回る事が出来たが、噂は嫌でも目に入ってくるという物。
『フード付きコート・赤いマフラー・白い長髪の小柄な女性には気をつけましょう。それはきっと味方殺しです。』
そんな貼紙を第十八層の広場にある掲示板で見つけた時は苦笑いを零してしまった。
随分と有名になってしまったが、書かれているのはどれも変えようと思えば変えられてしまうモノ。未だに名前が割れていない辺り不思議だったが、よくよく考えればそれも無理はない。《はじまりの街》にある石碑に刻まれた一万人の名から『シャルテ』と読める名前を探し出した所で、それが僕とイコールになるとは限らないのだから。
パーティでも組まない限り名前なんてどうとにもできる。
漢字で例えるなら石碑に刻まれている名前は漢字表記であり、呼ばれる名前は送り仮名。必ずしも一致するワケではない。
(アルゴは一部でフード狩りみたいなのが横行してるって言ってたけど、こんな情報だったら確かにそんな事があってもおかしくない、か)
――大義名分を得たヒーローごっこは、とかく伝染するのだ。
そんなありふれた現実を片隅に追いやって、僕は素材のある山脈系フィールドへ向かった。そこで四つ目の素材を入手した帰り道の事。少し遠目にだが最近疎遠となりつつある一人の少年らしき姿を見かけて、気軽に「久しぶり」と話しかけてみようと彼に近づいた僕は中途で足を止める。
彼と居たのは四人の見慣れぬ少年と一人の少女。計六人は楽しげな空気を醸しながらモンスターを倒していくが、その戦い方は妙だった。
(あれ……キリトがブロックに回ってるけど、戦いの指導をしてる雰囲気じゃないよね)
ワイワイ仲良く。それがぴったりだ。
楽しそうに笑顔を浮かべる彼らの様子を見て湧いてきた感情は優しい表現ができなくて、そんな感覚に呆れ、眺めていた所で仕方ない。そう結論づけて視線を外そうとしたが、少しだけ遅かった。此方に視線を飛ばす彼は固まったまま、無防備な姿を晒している。
(なんて表情してるのさ……キリト)
隠し事がバレた子どもと似たソレに混ざる僅かながら怯えの混ざる理由はなんとなく察しがつく。別に僕が此処で姿を晒す必要もないし、このまま黙って帰ってしまえれば良いのだが、キリトだけじゃない。僕の身体も動く事を良しとしなかった。
「んっ、どうかしたのかキリト?」
「えっ、あっ、いや……ちょっとな。索敵にプレイヤーの反応が引っかかった気がしたんだ」
誤魔化す事に集中してるキリトの傍に敢えて近寄り、僕は彼の耳元へ口を寄せる。
「――ファイト」
伝えたかったのは、きっとそれだけだ。もっとも言いたい事なら他にもあるが、今はその時ではない。
嫌みも何もない、純粋に背中をおしたかっただけなのに――。
(――どうしてこのタイミングで、君は僕の腕を掴んじゃうのかなぁ)
突然キリトが何もない筈の宙に手を伸ばした事で驚き、場に緊張感が立ち込めた。
「キリト……そこに誰かいるのか?」
「あぁ、いる。多分さっき索敵に引っかかった気がしたのもコイツだと思う」
隠蔽を解く様にアイコンタクトが飛んできて、キリトはつま先で僕の足をつつく。
言う通りにしてくれという意味と判断した僕はため息を吐きながら特徴となるマフラーだけを外し、隠蔽を解除する。
「うわぁっ! 本当に居るのかよ!?」
「びっくりした……全然気づかなかったぞ、俺」
声を大にしてオーバーなリアクションをする少年が二人。一方は棍(こん)を持ち、もう一方が握っているのは遠い過去の西洋で使われていたメイスと似た得物。彼らの他にも短剣を使う少年が一人、残った槍を手にしていた男女(だんじょ)は声を出してはいないモノの目を瞬かせて驚いている。
こうした以上、次に必要なのは自己紹介だ。あまり好き好んではやりたくないが仕方ない。
「あははは、バレちゃったね…… "キリトくん" はやっぱり鋭いなー」
「……はっ? えっ?」
「はじめまして、私はキリトくんの知り合いで自称 "くの一" の『ロッティ』です。驚かせちゃってごめんね……?」
突然変わった僕の態度と声に目を白黒させるキリトの足先を周りからは見えない様に踏みつけ、「合わせて」と言外に伝えながら別段悪いとも思っていない五人相手に頭を下げる。
一連の間で彼に与えられたのは僅かな時間だが、それでも何とか言葉を捻りだしてくれた。
「――ロッ、ロッティ……いい加減俺をつけるのは止めたらどうなんだ」
(ちょっと待って。それだとくの一とか関係なしに只のストーカーだから)
「むっ、そんな言い方だと私がストーカーって誤解されちゃうでしょ!」
変な誤解を植え付けさせない為にもそれらしく怒ったフリをして見たが、それでキリトも気づいてくれたらしく「後をつけて俺をびっくりさせようとしても、もう通じない」とストーカーではなくあくまでも "遊び" の範疇に話しを留めた。
そうして互いに乾いた笑い声を上げていれば、相手の方から質問してくれる。その際どうしてかたどたどしい口調で偽名を敬称(けいしょう)付きで呼ばれた事に呼び捨てで構わない旨を伝えると、尚緊張が増したのか、少年の態度は更にぎこちなくなっていく。
「んふふー……まっ、キリトくんにバレちゃったし、狩りの邪魔をするのも悪いから私は早々に退散させてもらおうかな? まったねー!」
無駄に付き合う必要もない。こんなテンションで振る舞うのも僕としては精神的にかなり疲れるのだ。適当に、強引に話しを打ち切り、僕は再び隠蔽を使ってからマフラーを巻き直し、ウルズの待つ湖を目指して走り出す。
しかし、辿り着いた湖に彼女の姿がなく、切り株の上には放置されたカップと共に書き置きが一枚。
「んっ……「すまない、第一層のイベントに顔を出してくる。可能な限り早く済ませるから可能なら待っていてくれないか」、か」
ウルズの言う『第一層のイベント』とは『湖に住みし古精霊』を指しているのだろう。という事は、第一層の湖と今目の前にある湖は繋がってるのかもしれない。
(だからどうしたって話しだけど、とりあえず今の内にアスナたちにはキリトが一応元気だった事を伝えておこうかな……心配してたし)
あのアルゴでさえもキリトがここ最近何をしていたのか情報を掴めていなかったのだ。
恐らく彼は細心の注意を払根本から情報を絶っていたのだろう。それが事実なら、あのグループが今のキリトにとってよっぽど大事だという事の証明にほかならない。
ならば、伝えるべき事は最低限で充分。第三層辺りの頃から変わり映(ば)えしない自分のフレンドリストを眺めて、僕はそっとウィンドウを閉じる。
(はやく帰ってきてくれると良いんだけどな、ウルズ)
ため息を吐いて、僕は誰もいない湖を眺めた。
別に一人は嫌いじゃない。独りだって嫌いなワケではない。自分以外誰もいない静かな空間は何より落ち着ける――でも、ヒトリは否が応でも余計な事まで考えてしまう。
ありふれた羨望(せんぼう)を叶わないとわかっていながら願い続ける事は、想像よりもずっと辛いのだ。
「なんて……なーに感傷に浸ってるんだろ、馬鹿らしい」
幾ら何でも弱りすぎている、今更一人が何だと言うのか。「らしくない」、そう呟いてフードの隙間から手を差し入れて自分の髪を掻き乱す。それからゆっくり立ち上がって使い捨ての短剣を抜き、誰もいない虚空にソードスキルを放った。
ジッとしている暇があるなら、その時間をスキルの練習に充てた方がずっと有意義である。
(ラピッド・バイトで回り込みから水月で胴か顎を狙って、最後にアーマー・ピアース――)
すれ違い様の横薙ぎから水平蹴り、締めの突きを放ち硬直が解けると共に僕は後ろへ飛び退く。
《水月》は同じ体術ソードスキルだが、閃打と違い足を使った水平蹴り。スキル後硬直も短く、発動姿勢も慣れれば難しいワケではない。
ラピッド・バイトで後ろに回ってからでも十分発動は可能。タイムラグの無い完璧な連続技とは言えないが、擬似的な物としてはある程度実用性があるだろう。
もっとも、対モンスターの場合に限っての話しである。姿勢の維持・制御は当然自力でやらなければならない。これがまた忙しないのだ。
(ファフニールみたいなふざけた速さの相手には使えないけど、鈍重な敵ならそこそこ……。でも硬直後リスクも考えたら多用は出来ないか)
酷く単純な話し、此方が左に水平蹴りをした場合、右はがら空きである。幾らシステムアシストがかかっていようと動作はブレないワケではないのだ。突進系ソードスキルは顕著(けんちょ)にそれが現れており、当たり判定が全身にあるとしても接触によりダメージが発生するのは攻撃判定を持つモノだけ。勢いに引っ張られるリスクもあるが、やろうと思えば足を引っ掛けて転ばせる事もできる。
つまり、無防備を晒す右に強烈な一撃がきた場合に僕は容易く吹き飛ばされてしまう。
ウルズが帰ってきたのは僕がそんな練習をひとしきり終えた後で、空はすっかり橙(だいたい)に染められた頃だった。
「すまない、だいぶ待たせてしまったな……」
「いいよ別に、待つのは慣れてるし。それより依頼された素材を渡したいんだけど、良い?」
目に見えて肩を落とすウルズに僕はそう返すと、彼女は気まずさを残しながらも素材を受け取ってくれた事で無事依頼を達成した旨を知らせる文字が浮かぶ。
報酬はまたしてもコルだったがそれはどうでもいい。「話し足りないんでしょ?」と僕は依頼を受けた後、彼女の話し相手になっていた時と同じ場所に腰をおろす。
すると、彼女はゆっくりとテーブルを挟んで僕の対面に座って言葉を紡いだ。
――小僧の名前は、もしかして『シャルテ』というのか?
「……名前の読み方は確かにそうだけど、それがどうかしたの?」
いったいどこで僕の名前なんか聞いたのかという疑問はあるが、第一層の彼女と戦った相手が僕についてを何かしら零していたのだろう。
だからと言って何がどうなる類の話しでもない。つとめて普段通りを装い返事をした僕に、彼女は第一層のクエストをクリアした "とある二人" が話していた人物の特徴が僕と多く一致しているらしい。
「それなりに前の事だからうろ覚えなのだが……「シャルテがやったクエストってこれか」・「ある斧を全部確かめたら戦いになったって言ってたよね」などと言っていた。一人は全身黒い防具で固めた少年と、茶色のロングヘアの少女だったな」
(その二人って……キリトとアスナなんじゃ)
まさか此処で二人の名前が上がるとは思ってもみなかった。少しだけ驚いたが「ふぅん」なんて知らないフリして僕はウルズに言葉を返す。
「まさかとは思うけど、それを聞いた時にNPCらしくない反応とか返してないよね」
「ふん、当たり前だ。危うく声を出しそうにはなったがちゃんと呑み込んだからな。それで、どうなのだ?」
首を傾げ、疑問を投げかけてきた彼女に僕は普段と変わらぬ声色で答えを返した。
「数少ない友達――だと良いんだけどね。むこうがどう思ってるかなんて断言できないし」
他人が何を思い、どう思っているかなんて "確実" にはわからない。もしかしたらキリトは僕を友達や親友とも思っていない可能性もあれば、アスナが僕を毛嫌いしている可能性だって "ゼロではない" のだ。
「ふむ……確かに、それはそうだが、私が聞いているのはそこではない。小僧自身はどう思ってるのかを聞いたのだ……まあ、先程の言葉を聞く限りおおかたの予想はできるが確認だ」
「うわっ、ウルズ性格悪い。なんてね……正直に言うからそんなに睨まないでよ」
ケタケタと壊れた人形の様な空笑いした後、大きめに息をつき、一言。
――友達だって、思いたいよ。
僕の言葉に目を細めたウルズは何を思ってか大きくため息を吐き、「そうか」と呟いて、尚も続けた。
「小僧、今日はもう帰って寝ろ。私が関わるクエストはまだ残っている、話しはその時にでもしよう」
「そうなんだ……そう、だね。うん、そうしよっか」
彼女の言葉に頷いて立ち上がり、つくはずもない土を払うとゆったりと森の出口へ歩を進めた。
「またね、ウルズ――」
「ああ。また会おう、シャルテ」
失礼だとは思ったが視線も体勢も変えず、後ろ手で怠そうに手を振って僕はそのまま森を抜けて主街区まで一直線に向かうと自分の宿屋に入り、ベッドの上に倒れ込む。
徹夜が続く事、今日で四日目。それが原因なのだろう。
(でも、今日は少しだけなら眠れそう……)
疲れたからか、その日は二時間だけ寝る事ができた。
たかが二時間、されど二時間。身体の調子は悪くない、思考も正常に機能している。絶好調とはいかないまでも良好と呼べる段階。
ベッドの縁に腰をおろし、大きく欠伸しながら視界にチラつく誰かからメッセージが届いたというサインを見て、僕はウィンドウを開く。
「ん……んっ?」
キリトは元気にやっているという事を知らせたメッセージに対しての返事と混ざって、アスナから此方を呼び出す内容のモノが来ていた――それも一時間前に。
そこに書かれている事を二度見し、把握するなりため息を吐きながらも僕は急いで身支度を整えてアスナの泊まる宿へ向かう。
"少し、お話したい事があります。可能なら一時間後に私の宿で、難しい様であればご一報をお願いします。"
酷く形式ばったそれはアスナが心の底から怒ったり苛立っている時か、血盟騎士団の一員として用事がある時の特徴である。後者はともかく、前者の場合は色々と怖い。
どちらにせよ完全に無視した場合は長い説教が待っているのだがあえて気まずさを残す必要性もないだろう。
僕は宿の窓から外へ抜けて屋根づたいに目的地まで行き、一度深呼吸してから玄関のドアをノックした。
程なくしてドアは開(ひら)かれ、その奥から現れた真剣な表情をするアスナが僕を宿の中に招き入れると先客が待つテーブルを指され、そこに座っていた男から椅子に座る様にと声が飛び僕は彼の対面、アスナは彼と同じく僕の対面に落ち着く。
「突然呼び立ててすまない。キミとは一度ゆっくり話しをしてみたくてね……ちょうど空き時間を作れたのは良かったが、キミとはフレンド登録をしていなかった事を失念してしまったんだ」
「いえ、僕の方こそ遅れてしまいすいません。それで……アナタの様な一大ギルドのリーダーがこうして限られたメンバーしか知り得ない状況でしたい話しというのはどの様な内容でしょうか、ヒースクリフさん――?」
先客として席についていた赤と白を基調にした鎧を身につけた男、血盟騎士団の団長 "ヒースクリフ" は僕の言葉に苦笑いを浮かべた。
「そう警戒される様では、私がキリト君やアスナ君の様にキミから心を開いてもらうのは当分先になりそうだな……ただ、無理かもしれないが肩の力を抜いて聞いてほしい。今回私はシャルテ君、キミを勧誘しに来ただけなのだから」
(えっ……何言ってるの、この人。勧誘、僕を?)
「そんなに不思議そうな顔をする事でもないと思うが、キミの実力を私はこの目でしっかりと見てきた。人となりについても多少はアスナ君から聞いている……当然、噂についても」
"だが、そんな物は関係ない" ――そう、一度言葉を切った後に断言したヒースクリフの表情から嘘は見えない。
それが己の実力からくる言葉かはわからないが、少なくとも不遜からきている物ではない事は一緒にボス攻略をこなしたからこそ理解してしまう。
『どう足掻いても、今の僕ではこの男には勝てない』、それが揺るぎない事実だという事を。
「……仮に僕が頷いたとしても、そちらの中に反発する人はいないんですか?」
「いない――という事は無いだろうな。しかし、説得の手段など幾らでもある」
含み笑いを浮かべるヒースクリフの姿に僕が僅かながら表情を険しくすると、直ぐアスナがフォローに回る。
『決して武力に頼った解決を優先しない』・『まずは話し合いで説得を試みる』・『無理強いしたいワケではない』という三点を強調されたが、僕の警戒心は変わらない。何をどう言われようと答えなんて始めから決まっているのだ。
「すいませんがお断りさせていただきます。規律とか、そういうの、苦手なので……僕にギルドみたいな集団は似合いませんから」
「そうか……残念だよ。とはいえ、シャルテ君の気が変われば何時でも私か、アスナ君に伝えてほしい。私見だが、私は黒の剣士とキミは攻略組の中でも指折りの強さを誇っていると思っている。真偽も曖昧な噂で失うにはあまりにも惜しい」
「アナタにそれだけの評価を頂けている事は素直に喜ぶべき何でしょうけど、買いかぶりすぎですよ」
少しだけ、意図的に表情を柔らかくしてそれらしい困った様な笑みを浮かべながらそう言った僕に刺さるヒースクリフの視線は強くなるが、探る様なソレから目を逸らしては疑われる事は必至。だから視線は外せない、外さない。
しかし無言と無言の根比べは存外(ぞんがい)あっけなく終わり先に引いてくれたのはヒースクリフの方で、ひとまず話しあいはまた今度の機会にしようと彼は会話を切り上げ、去り際にフレンド登録を求められたがそれを断ると「嫌われてしまったかな」などと言って謝罪の言葉を残してアスナの宿から去っていった。
そうして彼の大きな背中が完全に見えなくなった事を確認してから、僕はテーブルにだらしなく身体を伏せる。
(気を抜いたら見透かされる感覚……あの人、やっぱり苦手だ)
ヒースクリフからはアルゴと会話している時に感じるプレッシャーとは異なるモノの、それに酷似したモノがあった。終始突き刺さっていた此方を探る様な視線も、彼が知りたかったのは噂についてなんかではなく、僕の人となりや性格。そういった本質的な部分だろう。
げんなりした様子の僕を気にしてか、対面にいたアスナはいつの間にか隣の席に座っていて、少しばかり不安が残った様な表情で声をかけられた。
「シャルテくん。どうして断ったのか、理由を聞いても良い?」
彼女の声色に形式ばったモノがないのは、恐らく血盟騎士団の一員という立場から来る疑問ではなく、単純にして純粋な疑問なのだろう。
「ヒースクリフさんに言った通りだよ……集団で何かをするっていうのが合わないから。それに血盟騎士団って大ギルドでしょ? 人数が増えれば、だいたい比例してしがらみとかも多くなる。そういうの、面倒くさいし」
投げやり・他人事とも取られかねない僕の言葉を聞いたアスナの眉尻が上がるが、彼女は怒る様子を見せず、続けて『現状の危険性と比べても』かを聞かれた僕は首を縦に振る事で肯定を示す。
たとえ此処で僕が血盟騎士団に入ったとしても事態が好転するとは考えにくい。それこそ雑草と同じだ。表に出てくる所を刈り尽くした所で意味なんかない、目が届かない地の下では少しずつ蔓延(まんえん)していく。やがてそれが芽吹き、同じ事を繰り返すのだ。
「シャルテくんがそこまで言うなら、私には無理強いできない――でも本当に危なくなってきたり困ったら頼ってほしいの」
「もし本当に危険を感じ始めてどうしようもなくなったら、ちゃんと相談はする……つもり。大丈夫だよ、僕は。噂を立てられているモノ同士としてはキリトの方がよっぽど心配なんだけどなぁ」
「そうやって話しを逸らそうとしない。たしかにキリトくんも心配だけど、今はシャルテくんについて話しをしてるの……視線も逸らさないでちゃんと私を見る」
上手く流せるかとも思ったがそう簡単にいけば苦労しない。しかし「大丈夫だよ」という言葉に根拠は無くとも嘘はないのも事実だ。内心で一つ息を吐き、僕は我慢してアスナの目を見つめる。
「心配してくれるのは嬉しいけど、困ったらちゃんと相談するし、僕は本当に大丈夫だから……この話しはお終い」
そう言うと彼女は短く息をついて僕から視線を外してくれたが、真剣だった目つきはジトっとしたモノに変わってしまう。
「キリトくんに無茶しないでってメッセージを飛ばしたら、シャルテくんと同じ事言ってたんだよ? 「それよりシャルテを気にしてやらないと」って……私から見たら二人とも同じ穴の狢(むじな)なんだよ? わかってる?」
「あっ、それは、はい……なんとなく――」
アスナの言っている事は間違えていない、漠然とわかってはいるのだ。似ている部分もあるにはあるが、彼と自分は決定的に違うという事も含めて、予想は出来ている。
「嘘、全然わかってない。シャルテくんの場合はリズにだって心配かけちゃうんだよ?」
「そこは、うん。『僕だから仕方ない』・『僕なら大丈夫』って思ってもらうほかにないかな……これでもアスナたちに極力心配や面倒はかけたくはないからそれなりに大人しい方なんだけど」
幾らこの手の問題やしがらみが面倒くさいとはいえ、僕にだって心配をかけさせたくない気持ちはあるのだから多少なりの自粛はする。ただ、それをあまりキツく縛られては堪ったモノではない。それでレベル上げが間に合わず、後々控えるボス攻略に支障をきたすのは論外だ。
(心配してくれる事は、本当にありがたいんだけどね……)
それはそれ、これはこれ。
結局の所は僕のワガママでしかないのだが、アスナは渋々条件つきで引き下がってくれた。
一つ――本当に危ないと思ったらしっかり相談する事。
二つ――あまり無茶はしない事。
「それ位なら大丈夫かな。……心配してくれて、ありがとう。アスナ」
「本当だよ。キリトくんもシャルテくんも二人でフラフラしてるから気を抜いたら見失っちゃうし、頑張らないと直ぐ置いていかれちゃう」
何処かで聞き覚えのある事を言った彼女は不貞腐れ半分・寂しさ半分といった表情を浮かべて、それでも笑おうとしていた。
(そんな表情しないでよ……って、言える立場でもないんだよな)
言いようのない居心地の悪さを感じて僕がかける言葉を選んでいると、不意に扉の開く音がして、騒がしい足音が鳴る。
「ア・ン・タ、はぁぁあああっ――!」
その叫び声で正体に気がついて僕が逃げ出そうと彼女に背を向けて数秒、背後から迫る感覚に横へ飛び退けば、直前まで居た場所を貫いて壁に直撃したのは見知ったメイス。
「逃げるんじゃないわよ! どうせ当たっても毛ほどの衝撃もないんだから!」
「いや、その理論はおかしいからね? 大丈夫なのはわかってても恐いモノは恐いし精神的にくるし」
「アスナにこんな顔させた重さに比べれば万倍軽いわ!」
「ちょっと落ち着いてリズ! 流石にそれはダメ!」
瞬時に装備解除と再装備をして投げたはずのメイスを取り出し、此方を威嚇するリズベットをアスナは慌てて後ろから羽交い締めにして席に座らせるとそのまま宿から去ろうとしていた僕もアスナから呼び止められて、再び席につく羽目になった。
しかし、誰一人口を開かずリズベットは僕に棘のある視線を向け、アスナは困った表情で僕と彼女を見比べており僕は視線を明後日の方向に逸らす事で突き刺さる様な視線から逃げていれば痺れを切らしたのか最初に口を開いたのはリズベットで、メイスを取り出すワケではなくジトっとした目を僕に向けながら彼女はゆっくりと、それでいてはっきりした声で話し始める。
「シャルテ。アンタが無茶してないって思ってても周りから見たら無茶通り越して無謀の域に達してるの。それを証明する様な二つ名みたいなのが増えてるの、知らないワケ?」
「証明って、多分それ知らないんだけど……何、また何か増えたの?」
リズベットから投げかけられた事実に、僕は少しばかり辟易(へきえき)しながら疑問を口にした。 "味方殺し" に始まり、第二十五層で暴れてからは "戦闘狂" ・ "廃人プレイヤー" など、碌でもないベッショウがつけられているのは噂としてアルゴから聞き及んでいる。
それでも、無茶を無謀を自ら進んで実行する者を言い表す時に使われる定番の "死にたがり" ・ "生き急ぎ" といった類は聞いた試しがない。
そんな僕の返事にリズベットは黙ったまま指で宙をなぞり、叩く事で生み出された一枚の紙をテーブルに置く。
「そこに書いてるのがそうよ……」
どうして口答(こうとう)で説明しないのか――そんな疑問は紙を見れば直ぐにわかった。
"最終防衛線(インプレグナブル・レッドライン)。"
(何これ。悪い意味で素敵な方向に振り切れてるというか……フリガナが、ちょっと)
「ちょっと、幾ら何でもあんまりだよね。遠回しだけど精神的に僕を辱(はずかし)めたいのかなこの名前を考えた人は」
「なまじ直球より質悪い仕上がりよね……聞いた話しだと攻略組の誰かが最初に言った事で広まったらしいわよ。体力がレッドゾーンに入ってからの防御が神がかってるとか何とか、本来なら大勢でやるべき所なのにたった一人でも敵の攻撃を捌ききる。プレイヤーたちにとって敵の前に立ちふさがるシャルテの存在が最終防衛線そのものだって意味と、体力がレッドゾーンの中途から減らないって意味をかけた……だったかしら」
センスが良いなんて皮肉を漏らすリズベットだが、彼女とは対称的にアスナは乾いた尻すぼみする笑い声を上げながら気まずそうに僕とリズベットに向けていた視線をゆっくりと逸らしていく。
「あのさ……もしかして、アスナが考えた名前だったりする?」
「えっ!? ち、違うよ!」
ならどうしてそんなに驚くのか。僕がした質問に対して過剰とも言える反応を示したアスナは慌てて自分が名前をつくったワケではないと繰り返すも、あまりの慌てっぷりに説得力など欠片もない。
「アスナ。もし本当にアスナが命名してたとしても引かないから、安心して?」
「リズまでそんな事……本当に私が名づけたワケじゃないのに」
そんなフォローになっていないリズベットの追撃にアスナはなおのことムキになって否定してくる。
しばらくの後、ならば噂の作り手を知っているのかを僕が聞いてみると、あんなに動揺していたアスナの動きがピタリと止まって錆びついたブリキの玩具みたいにぎこちなく首を動かして此方を向く。
此処までわかりやすいといっそ自らバラしにきているのではないだろうか。そう思いたくなる程に彼女の動きは不自然だ。
「アスナってさ、隠し事下手だよね……。でも、そんなに言いたくないなら僕はもう無理して聞かない。別にちょっとだけ気になったから聞いてみただけだったし、ごめんね」
「ううん、私の方こそ……」
「――僕はアスナの事を友達だって思ってたけど、僕の独りよがりだったんだね」
アスナの口から「ごめんね」が続く前に一つ爆弾を置くと、彼女は驚いた様な小さい声を出し、目を瞬かせる。
「もしさっきの一癖ある名前がアスナ以外のプレイヤーが作ったモノで、たまたまアスナはそれを耳にしてしまって何かトラブルに巻き込まれたんじゃないかって心配だったから……でも、そうだよね。アスナ、さっき自分で友達なら頼ってみたいな事言ってたのに僕には嘘をつくって事は、そういう意味なんだよね……押しつけて、ごめん」
それとない雰囲気にお誂え向きの表情を持って振る舞うとアスナは更に取り乱したが――当然嘘だ。とはいえ全部が全部というワケではなく、八割程度だが。
暴論も暴論、穴だらけな言い分でもそれらしい雰囲気をもてば慌てた状態では存外気づけないモノである。特にアスナみたいに良くも悪くも純粋な人は殊更にそう。
「ううん……友達じゃないって思ったワケじゃない。本当に、私が巻き込まれたとかじゃないの。ただ少しだけ事情を知ってるだけで――」
否定されようと肯定されようと関係なんてない、その一言を引き出す事が目的なのだ。
「もし、本当にアスナがそう思ってるなら、その事情っていうのを教えてくれる……よね?」
本来ならボイスレコーダーなどを用いてしっかりと言質をとってやるべきなのだが、ここにそんな便利な物はなければ、別段そこまで意地悪にやる事でもない。使い古された浅はかな、それでいて見え透いた方法だが効果はそれなりにあったようで、しばらくの間アスナの目を見つめ続けると彼女は観念したのか漸く閉ざしていた口をゆっくりと開いた。
「噂の出所 "は" キリトくんなの……」
「はぁ……何となくだけど、わかったかも」
その真意は薄らに、噂に関しては恐らくだがキリト単独でやったという事はないだろう。言い方こそ悪いが広めた当人も曰く付きなのだ、そんな状態ではいらぬ誤解を生んでしまうだけである。
リズベットもアスナや僕から聞いた範囲でキリトがどういう人かはだいたい知ってる筈。それなら『攻略組の誰か』なんて曖昧にボカす必要性はかなり薄いし限られているだろう。
(キリト発案、アルゴがそういう噂を最前線に流した……こんな所だと良いけど)
これでまた血盟騎士団やその他が絡んでくるとなれば面倒な事この上ない。
それだけは避けたいと願って確認の意味を込めて他に噂に関与した人間がいないかも聞いてみた所、概ね間違えていなかったが、アルゴだけではなく彼女もこの噂に間接的ながら関わっていた。
「キリトくんから「少しでもシャルテの印象を良くしたいから協力して欲しい」って相談を受けたの。その時には漢字の方はもう決まってて私が英語読みの方を考える事になったんだけど……せっかく広めるなら少しでもインパクトがあった方が良いと思ってたらこうなっちゃって……」
「なるほどね……インプレグナブルって訳すると『難攻不落』だったかな。そうならフリガナとしてのニュアンスは間違ってはないし、何よりその気持ちが嬉しいけど、あんまり大げさな表現を使っては言いふらさないで欲しい」
「はい……ごめんなさい」
一応誤解されないように言ったつもりだったがアスナは僕の声を自分を責めたモノとして受け取ってか、すっかり小さくなってしまう。
別に彼女たちがした事を責める気はないし、僕の噂による悪評を少しでも抑えたいと思ってやってくれたであろう事だ。それ自体は感謝しかできない。問題なのはそこではなく『大げさな表現』の方である。
( "絶対防衛線" とか "難攻不落" ってハードルを高くしちゃうと守れなかった時のバッシングが、ね……。ないと思いたいけど攻略中の油断に繋がる可能性もあるし、それで悪評が加速する事だって否定しきれないんだよ)
性善説(せいぜんせつ)が前提の夢物語が眩しくて僕は彼女から視線を外し、怪しまれない様にリズベットへと視線でアスナへのフォローを頼むと、短く息を吐きながらもリズベットはいとも簡単に落ち込む彼女を立ち直らせてくれた。
"――シャルテって演技上手いわね……アスナ、コイツがさっきから涙目になってたりしたの全部嘘よ。"
もっとも、後々バラすつもりだったので何ら問題はない。騙してごめんねで終わる話しの筈だったのだが――どうやら彼女は相当本気で信じていたらしい。
リズベットの一声でゆっくりと顔を上げたアスナは生気のない目で此方を見つめ、感情のこもっていない声で真偽を聞かれて、僕は「ごめんね」とだけ答えると彼女は満面の笑みを浮かべた。
「シャルテくん……お説教だよ?」
「あはははは、そうですよねー」
諦めた様な自分の声に視界は一瞬で潰され、身体に走った鈍い衝撃は何が起こったかを僕へ教えてくれる。
「シャルテの馬鹿! もう知らない!」
憤慨したアスナの声はよく耳に残り、彼女の足音が宿の奥に消えてからしばらくしてリズベットから「もう大丈夫」だなんて合図が飛んでくる。
それを聞いて床から立ち上がった僕は何事もなかったかの様に椅子に戻った。
「あれで良かったの? 多分二、三日は尾を引くわよ」
「良かったんだよ、全部が全部ってワケじゃないけど騙したのは本当なんだし。むしろ《リニアー》一発で気が済むなら安い方だよ」
人の恋路を邪魔した場合は馬に蹴り殺されても仕方ない時代なんだからと笑ってみれば、リズベットからは冷たい視線が飛んでくる。
「そういう事ばっかりしてたら友達なくすわよ?」
「そうなったら、そうなったらだよ。それくらいはわかってるさ」
いっそのこと無くなってしまった方が良いのかもしれない。そうすれば自分がどれだけ動こうと心配をかけずに済むのだから。
そんな本音を隠していれば徐に彼女はテーブルから身を乗り出して僕の頭に手の平を縦に、所謂チョップの形で落としてきたが、殺気もやる気もないそれは僕の頭を軽く叩いた。
「どっちにせよ無茶は厳禁。アスナもだけど、キリトとかアルゴ、後はエギルって人だったかしら……アンタがあの名前みたいな戦い方を本当にしてるならその度にヒヤヒヤさせられるって、わかってるんでしょ?」
「わかってはいるよ。でも、止めるつもりはないからね」
「それこそわかってるわよ。そういう人もいる事を忘れない様にしなさいっていう私のお節介(せっかい)だから」
ああ言えばこう言うとは少し違うが、今まで何度か彼女からはアルゴと似た雰囲気を感じる時がある。理由はわからないモノの普段はそんな様子など微塵もないと言うのにも関わらず、だ。
「まあ、なんだかんだ言ってる僕も最近気が緩みがちだからガッチリ引き締めないといけないんだけどさ。一人突っ走って、気を抜いて体力ゼロとか洒落にならないし」
「そういう縁起悪い事言わないの……まったく」
これでようやくいつもの調子といったところか。
息を吐いたリズベットはアスナを宥める為に雑談はそのままお開きとなり、僕はアスナの宿を後にして自分の宿に行くまでの帰り道で足りないアイテムの買い出しと減ったアイテムの補充をしようとNPCの店に寄ったのだが、そこで聞き覚えのある声を耳にした。
ロッティさん、ですか――?
まさかと思って振り返れば、その『まさか』は現実に。
視線の先に居たのは、つい最近見た槍使いと棍使いの男女が僕の方を見て形容し難い複雑な表情を浮かべる姿だった。
* * *
ため息が一つ。普段なら掻き消される様な微かな音も静かな室内では自己主張(じこしゅちょう)が激しくなる。
主が席を外した宿で一人、僕は椅子を十個合わせて長方形の形に並べて作り上げたベッドもどきの上で横になり、丸くなって自分のギルドストレージを眺めていた。
そうしていれば不意に部屋の一角にある扉が開く音が聞こえて、そっとウィンドウを閉じ、身体を起こす。
「オネーサンちょっと長風呂しすぎちゃったかな。シーちゃん、眠いなら別に寝たままでも良いんだゾ?」
「大丈夫。眠いワケじゃないから……それで、大事な話しって何?」
風呂上がりのアルゴから飛んできた言葉にそう返すと、彼女は表情を真剣なモノへ変えた。
「あまり表立ってはいないが……シャルを狙った動きが最近になってからまた増えてきた。俺っちの所にわざわざシャルの情報を買い求めにきたりとか、な」
「ふぅん……どおりで。最近やたらと変な視線があると思ったら、そういう事だったんだ」
最前線では僕が隠蔽を解除していた所で何かを言われる事もなければ、噂のおかげであまり視線を飛ばされる事もない。しかし、近頃は誰かを探すような視線が多く、そんな視線は僕を見つけると決まって固定され、後をついけられる。幸いな事に隠蔽を使えば相手は姿を見失うようで拠点とする宿がバレるという事はなかったが居心地の悪さは拭えない。
「特に酷くなったのは第四十層を過ぎた辺りからだな。恐らくだが、シャルの実力を見て古参の攻略組は評価が変わりつつある事を危惧してだ。シャルを貶めたいプレイヤーにとっては都合が悪い、それなら弱味を握るなり早めに潰そうって魂胆だろう」
アルゴは言い切るなり眉間に皺を寄せて再び大きなため息を吐いた。憎々しげともとれる表情を浮かべる彼女の姿は珍しく、彼女自身も慌てて表情を繕ったが、それでも滲み出るモノはある。
「今のところは僕だけがターゲットにされてるから良いけど、流れ弾を考えたら何ともね……。本当、やりにくいよ」
実際、何回かPKを仕掛けられた事はある――もっとも全員返り討ちにして何名かは《はじまりの街》にある黒鉄宮(こくてつきゅう)の牢に入れたワケだが、誰も彼もが威勢良(いせいよ)く向かってきては負ける寸前に命乞い、面倒なので放って行こうと背を向ければ此方に攻撃を仕掛けてきた。
黒鉄宮に送るにも回廊結晶(かいろうけっしょう)という非売品のレアアイテムがあれば手っ取り早いのだが入手できる確率は低く、プレイヤー間で取引をした場合はかなり値が張るのだ。
なので大半は分かりやすい不意打ちを避けた後に武器を使わず首を部位欠損させてフィールドにある安全圏内まで運んで捨て置いたりと、正直に言えば手間がかかって仕方がない。
「別にPKしにくるのは良いけど、勝手に向かってきて一々(いちいち)後始末とカルマクエストを消化させられる僕の身も考えて欲しいんだけどね……回廊結晶(かいろうけっしょう)の代金だって馬鹿にならないし」
そもそも命乞いをする位なら最初から向かってこなければ良いのだ。此方を殺しに来ている以上殺されたって文句は言えないだろう。
「――シャル」
「んっ……あっ、ごめん」
名前を呼ばれた事で考え事に集中していた頭を切り替えると、少し脅えた様なアルゴの姿が目に入り、今度は僕が表情を繕う事となる。
「謝らなくても良い。オネーサンも言いふらすつもりはないからな……キー坊たちには、見せたくないんだろう?」
此方を宥める様なアルゴの視線から、僕は何も言わず目を背けた。彼女の事だ、その問いに対する答えなんてとうに想像がついている筈なのにどうして確認してくるのか。
「……アルゴなら、気づいてるんじゃないの? さっきのは忘れて」
自分で言っておきながら鼻で笑いたくなるワガママな言い分に心の中で悪態をついても、彼女は静かにそれを受け入れてくれる。
その優しさが痛くて、余計に刺さるのだ。
「シャルが好きでイライラしてるワケじゃないのは、オネーサンわかってるつもりだぞ。今回は色々な事が一気に起きたからな……仕方ないと言えば仕方ないさ」
そう言って彼女はテーブルに置いてあったカップを手に取り、一口だけ中身を飲み下すと大きなため息を吐いてから再び口を開く。
「キー坊のヤツ、かなり無茶なレベリングをしてたんだろう?」
「見た感じ、寝泊まりはフィールドでしてる感じではあったよ。街に来るのはボス攻略を除いて週二回あるかどうか、オマケにメッセージは全部読んではいるみたいだけど返事は一切してない」
原因についてはアルゴの協力もあって目星がついていた。予想通り・当然の帰結、言い方なんて幾らでもある。はっきり言って自己責任でしかないと思うのだが、彼は割り切れなかったのだろう。
(このまま時間が解決してくれる――なんて、淡い幻想は持てないよね)
そう思っても僕は一度拒絶されてしまった身、迂闊に接触をはかるワケにもいかないのだ。
"ごめん、シャルテ。身勝手な言い分だっていうのはわかってる。でも、今は一人になりたいんだ。頼むから、つきまとわないでくれ。"
――なんて、実際に半月程キリトの宿近くで待ち伏せたりしていたのは事実だ。それでは言われても仕方のない事だとは思う。
だが、面と向かって本人の口から直接そんな言葉をぶつけられるのは、少なからず堪えるモノがあった。
「今はとりあえず大丈夫そうかな。あれの矛先が変わる前に何とかなればいいんだけど」
苛立ちを全て飲み下した僕の言葉にアルゴも頷きはしたモノの、飲み干せない部分でもあるのか此方にほんの僅かだか何度か視線を飛ばしては逸らしている。
それでも意を決したのか、彼女は僕の名前を愛称や略称を使わずに口にした。
「シャルテにこんな事を頼むのはいけない事だってわかってる……でも、もしキー坊が本当に危なくなったらその時は助けてやって欲しいんだ」
彼が自滅するならそれはそれで良いのではないか――そう思ってしまう自分に吐き気がして、僕は彼女の願いを承諾する道を選んだ。
失敗した時は憎まれ口を叩かれ、アルゴも噂を蔓延させる側につくかも知れないが、友達を見捨てるよりはずっとマシである。
「……本当に危なくなったら、その時は引き受けるよ。ただ、精神状態とかは保証しないからね? 僕はカウンセリングの資格を持ってるワケじゃないんだ。勝手に動かれて困る様なら手足も落とすし、止めた後は一応キリトを心配する人たちに突き出すから僕が関知するのはそこまで。そういう条件もつける」
「それでも良い。だから、頼む……」
テーブルに額が当たる様に頭を下げたアルゴの姿を見ても僕は調子を変えず、静かに彼女の頼みを承諾する旨を伝えると彼女は「ありがとう」だなんて言ってきた。
「別に、まだ万事解決したワケでもないのに「ありがとう」とか言わないでよ……話しがもう終わりなら、僕は戻るけど」
「あぁ。今このタイミングで何を言ってもダメだろうしな……シャルに言いたい事はまた日を改めるつもりだから、大丈夫だ。急に呼び出したりしてごめんな」
「いいよ、別に。アルゴには色々お世話になってるから」
後ろ手に手を振って僕が宿から出る間際、彼女が小さな声で呟いた言葉が耳に入ってくるも気にした素振りを見せる事なく、受けていた先約を破って一人フィールドでレベル上げをしようか迷った結果、僕は先約を取りつけた主でもあり "目下に転がるもう一つの悩みの種がいる" 自分の宿に戻る事を選んだワケだが――。
「随分と遅かったではないか……疲れた顔をしているが、何かあったのか?」
(いや何かあったのか聞きたいのは僕の方何だけど……)
テーブルの上に並ぶ黒炭の数々に慌てて冷蔵庫の中身を確かめて見れば、食材は綺麗さっぱり全部なくなっている。
「実は少し前までアスナとリズベットも此処にいて、私はアスナから料理の練習に付き合ってもらっていたのだ。このまま居候するのでは流石に申し訳ない、せめて料理くらい出来ればと思ってな」
(料理って、なら、これ全部失敗策だよね……何でそれを捨てずにテーブルに並べてるのさ)
料理スキルなんて取ろうとした事もなかったのでわからないが、少なくともこんな黒い塊の料理を僕は知らない。
しかし、もしかしたら知らないだけで存在はする可能性を否定できないのもまた事実だ。もっとも、それならそれで何故そんな料理を作れる様にしたのか疑問は残るが、とりあえずは確認しなければ先に進めない。
そう思い、料理名を聞いて、僅かな希望は潰(つい)えた。
「ウルズ、ある程度料理スキルの習熟度が上がるまでは誰かに料理を作ったらダメ。そして勝手に冷蔵庫の食材を使い切るのも禁止」
「何故だ!? アスナだって「美味しい」と涙を流しながら食べていたのだぞ!」
「それ、多分頑張って料理したウルズを傷つけない様に言ったお世辞だから」
テーブルの上、皿にのった直方体の黒炭は玉子焼(たまごやき)・お椀(わん)に入った半固形(はんこけい)の黒炭は味噌汁と言われた。玉子焼はイカスミでもいれたと言われれば納得出来なくもないが、味噌汁は絶対に失敗策である。
お椀の中には具なんてない。あるのは固体と液体の中間、さながら玩具として売られているスライムの様相をなした真っ黒な物体。
お世辞を見抜けなかった事に対してか、それとも僕の歯に衣(きぬ)着せない物言いのせいでかはわからないがうなだれる彼女を余所に、僕は本日何度目になるかもわからない大きなため息を心の中で吐いた。
――今から数ヶ月前。
第三十九層の攻略が終わり四十層に上がってから直ぐ、何故か僕の視界にクエストが発生した事を知らせる文字が浮かぶと同時に一通のメッセージが届いたのだ。更に差出人は "ウルズ" で、内容には『今回で最後のクエスト』という事やそのクエストを受けれる場所までが記載されているという怪しさしかないモノ。
行くかどうかを躊躇わなかったワケではない。それでも差出人は本物である可能性を信じてその日の内に指定された場所に向かうと辿り着いた先は見覚えのある開けた場所と湖で、ウルズは切り株に座っており、足音に気づいてかゆっくりと顔を上げた彼女の表情には笑顔とは程遠い悲壮感が色濃く滲んでいたのだ。
「シャルテ、貴様は以前私に問うたな……『私はNPCなのか?』と。最初のクエストで戦った時にも、貴様は考え事ばかりして戸惑っていた。他にも『命乞いをしてきたプレイヤーもいた』と言ったが、その理由を今し方(がた)理解できたのだ。この世界は箱庭で、貴様等にとっては単にゲームの中でしかない。しかしそれが今はゲームの範疇(はんちゅう)を超えて現実のソレに等しくなっている――」
『 "此処で死ねば、肉体のない私とは違って貴様等プレイヤーが現実に置いてきた肉体は死んでしまうのだろう――?" 』
泣き出してしまいそうな、否定して欲しくと縋る様な声で呟いたウルズの様子を見て、未だ消えずに僕の中で残っていた彼女への疑問が綺麗に収まる。
確率で考えればかなり低い、夢物語の産物だ。だがそれを夢から現実に変える事の出来る人物がいるとすれば、今の時代そうはいないだろう。
そして僕の予想が当たってしまった場合、彼の持つ『天才』の号(ごう)は伊達ではなかったという事になる。
――ねえ、ウルズ。僕も君が言ってた『言いつけ』をした人も、その時言い淀んでた意味もわかった気がするよ。
静かな僕の言葉を聞いたウルズは脅えた様に少しだけ肩を跳ねさせて、聞きたくないという意思表示のつもりか両手で耳を塞ぎ此方を見つめてくる彼女の視線に込められているであろう気持ちもわかった上で、僕は言葉を続ける事を選んだ。
「君に言いつけたのはこの世界を創りあげた張本人の『茅場晶彦』で、君は彼が創りあげた『完璧なAI(えーあい)』なんじゃないの……?」
AI――和訳では人工知能と称されるソレは知能と言うにはあまりにも稚拙で、良くも悪くも "決められた事しかできない" 。しかし僕が言った『AI』はあたかも自分で考えて動いてると謳う、それら人類の大多数と同じ様な紛い物とは全く違う。
自分で考え、学習し、貪欲なまでに知識を求めて理解した上で尚、満足できず考える事を止めない。そういった人間のあるべき姿と同じ、敢えて分類として分けるなら『ジリツ学習型AI』とでも言うべきか。
感情のまま向かってきたり、間違った事をしたと気づけば落ち込み、彼女が『言いつけられている』云々と言った時なんて託(たく)された秘(ひ)め事を言い当てられた時の反応に近い。そういう視点で見ればウルズは汚れを知らぬ純粋な子どもとも言える。
そうして肩を落とし自分の身体を自分で抱きしめて小さくなる彼女から返ってきた答えは、『肯定』だった。
「小僧、貴様の言う通りだ。私を創りあげた……私に生(せい)を与えたのは、アインクラッドの創造主たる『茅場晶彦』に他ならない。この世界が出来上がると同時に彼は私に役目を言い渡したのだ。『 "そこでNPCという世界の原住民のフリをしながら訪れた人々を良く観(み)て、どう言った者かを報告する様に" 』……それと同時に、何か気になる事があれば自分で調べて学ぶ様にとも、な。そうして私がNPCではないと確信を持った人間が現れたら、この最後のクエストを一度だけ発行する権利を与えられていたのだ」
言い切ったウルズの表情からいつの間にか落胆の色は失せており、何か覚悟を決めた様に顔つきを鋭くしながら、立ち上がった彼女は指で宙をなぞって剣と盾を身につけるなり、鞘から剣を抜いて僕の眼前に突きつけてくる。
「シャルテ……私と初撃決着モードでデュエルをしろ。それが今回のクエスト内容だ」
最近のフワフワした調子は何処へやら、出会った頃と同じ様に凜とした強い口調でそんな事を言ってくるウルズを見て、僕は短剣を抜くよりも先に疑問を口にしていた。
「秘密を知ったからには始末しないとみたいな王道展開じゃないワケ?」
「貴様には関係あるまい……いいから剣を抜け。さもなくば、問答無用で此方からいかせてもらうぞ」
威圧する様な視線に、ため息を吐いて僕はフル装備の彼女から約一メートル距離をとり、ハードナイフを素にしてリズベット新しく作った耐久性に優れる山刀に似た短剣である "ソリッドナイフ" を鞘から抜いて、正眼(せいがん)に構える。
(何か釈然としないけど、やるしかないか……)
タダでさえキリトの事で考える事が山ほどあるというのに、今度は彼女がこの有り様だ。落ち着いて話そうにもクエストを終わらせない限り聞く耳すら持ってくれないだろう。
ウルズの強さを僕は第一層でいやになるくらい味わっている。気を抜けば負けは必至。オマケに相手の鎧は以前と変わらないフルプレートタイプ。堅実かつ迅速に、鎧を破壊するつもりで攻めなければジリ貧になって此方が不利になるのは容易く予想ができた。
そうして僕が短剣を手にした事を確認したウルズは再び指を動かし、飛ばされてきたデュエル申請を僕は承諾すると、直ぐ様カウントダウンが始まる。
「言っておくが、手加減など無用だぞ。これは真剣勝負だ……私を殺す気でかかってこい」
「それはどうも、穏やかじゃないね……でも安心していいよ。ウルズを相手に手加減して渡り合えるなんて思えないし、嫌でも殺す気でやらざるをえないから」
本来であればソリッドナイフを使わず計量のもう一本を使った方が初撃を決める分には此方が優位に立てるだろう。が、しかしウルズの十分な速度と筋力を持って放たれる一撃を防ぐ事を考えた場合、多少重量はあれど遥かに頑丈なソリッドナイフを用いるべきだと判断した。
僕の加減をできない旨を告げた言葉をどう受け取ったのかはわからないが、ウルズは一瞬表情を緩め、再び引き締める。
カウントは残り三十。
「加減はできない、か。ならば良いのだ」
――残り、二十五秒。
「先に言っておくが一時とて油断をするな、そして私の放つソードスキルは必ず防げ」
「何それ、助言?」
――残り十五秒。
「そうだな……これは助言だ。最初から全力でぶつかってきてくれ」
「ふぅん……わかったよ」
――五秒。
「では、行くぞ――」
「どうぞお手柔らかに――」
そうして、カウントが零になったと同時に火花が散り、僕の身体は後ろに吹き飛んで樹の幹に直撃した。
幸いダメージはなかったモノの、ソードスキル対ソードスキルによる鍔競(つばぜ)り合いを征したのはウルズの方。僕は押し切られて後ろに飛ばされたが彼女は微動だにしていない。
「鍔競りから僕を吹っ飛ばすとか、どんだけ筋力値上げてるの……さっ!」
互いに初撃を当てられなかった以上、ここからは先に体力を半分にした方の勝ちになる。僕は姿勢を低くして駆け出し、ウルズに急接近。彼女が剣を振り上げると同時に進路を直線から剣を持つ腕方向を通る曲線変えて、ソリッドナイフは鎧に食らいつくはずだった。
「上手く剣を避けた気でいるようだが、考えが甘いぞ」
「が――ぁっ!?」
動作自体は単純なバッシュ。しかしウルズの盾を払う速度と力が段違いに強く、息が詰まり身動きがとれなくなってしまう。
そんな致命的な隙を、今の彼女が見逃してくれる筈もない。
"片手用直剣基本三連撃ソードスキル――《レイジスパイク》。"
此方に向かってくるウルズが構えを取った時点で僕はソードスキルの種類がわかっていた。実際にキリトが使っていたのを間近で何度も見てきたのだ、踏み込みの強さや攻撃の方向だってわかる。
それでも、避けきる事が出来なかった。
それでも、最後の一振りがほんの僅かに身体を掠めただけである。
(――なのに、幾らなんでもこの体力の減りは異常だよね)
僕の体力はそれだけで二割が削られていた。たった一撃が掠った程度でこれなら、全てが直撃した場合は最悪、体力が全損する可能性まで出てくる。
そうでなくとも此方の負けは色濃く、より確実な物になるのは明らかだ。
「だから言ったではないか――「当たるなよ」と。今の私はステータスに大きな補正がかかっているのだ」
ウルズはそんな事を言いながら、律儀に僕が立ち上がり回復アイテムを飲み終わるまで待ってくれた。
「いや……補正にしては度が過ぎるんじゃないかなぁ、と思うんだけど」
「すまない……だが、それは私の管轄外だ」
「まあ、確かにね」
補正を与えたのは元来仕組まれていたシステムだろう。いったい何の為にプレイヤーが命をかける様なクエストを仕込んだのか、茅場が彼女を生み出して此処で人々の観察を命じたのは何故か。
考えながらも彼女の攻撃圏内へ飛び込み、武器防御を絡めて攻勢に出てみるが、幾ら力を込めて剣戟を結んだ所で彼女は微動だにしない。
「考えに現を抜かしては私に攻撃は届かないぞ? 余計な事は考えるな。もっと真剣に、殺す気でかかってこい」
「そんなのわかってるけど、こっちにだって考えるべき事があるんだよ。『茅場晶彦がどうして君にこんな補正をかけさせてイベントを担当させたのか』・『君へプレイヤーを観察する様に言いつけたのは何故か』……そこの所を考えれば、攻略の糸口が掴めるんじゃないかと思って」
無理難題なイベントボスは大雑把に分けると四種類で分別できる。
一つは "単純にプレイヤーのレベルが不足しているせいで無理難題に見えてしまっているだけのタイプ" だが、これはウルズの『補正』に関しての発言からしてまず無いと見て問題はないだろう。
二つ目は "何かしらのギミックがあり、それを利用して倒すタイプ" だ。しかし辺りを見渡した所で現状打破に使えるギミックらしいモノなど何一つない。
三つ目は "システム的に倒すのが不可能とされているタイプ" 。単純な負けイベントか本来ならエンカウントしない様に回避して進んでいったり時間経過でクリアできる類いの物。現実的に考えれば此方の可能性が高いが、ウルズの攻撃力が高すぎるせいで試すにもハイリスクだ。
最後の四つ目は個人的に一番考えたくないが、本当に鬼畜なだけ。所謂『死に覚え』が前提となっている場合。
(可能性で考えるなら三・二が有力、一と四は排除すべき何だろうけど……今までのボス戦も踏まえたら、四も切れないんだけど)
もっとも、そうなれば込められた意図は変わってくるのだろう。
故意に何の目的も無くプレイヤーを追い詰めているとは考え難い。単なる快楽を求めた行動か愉快犯にしろ、これではあまりに非効率だ。それならばいっそのことウルズの様な存在を量産してサイバーテロを引き起こした方が遥かに合理的である。
(茅場は彼女へプレイヤーを観察させる様に命じた。という事は彼の目的は人間に関する研究か――?)
考えに浸る間はどうしても攻撃よりも防御に重きを置いてしまう。彼女の言う通り考えてばかりでは僕がジリ貧になる一方なのもわかっているが、それでも打開策が見つからない事には話しにならないというのが現実だ。
しかし、ウルズにとってはそれが不満だったのか、表情を歪めると彼女が僕から大きく距離をとった。
「小僧、私は "余計な事を考えるな" と言ったのだ。それでも現を抜かすというならば致し方ない」
"――そんな事が出来ない様にしてやる。"
そうウルズが吐き捨てる様に言い切ると彼女の身を守っていた鎧の肩部(けんぶ)が肩口(かたぐち)から切り離されて落下した先の地面に深く突き刺さり、次いでガントレットは手と指先を守る手甲(てっこう)へ姿を変える。
鋭さの増した視線に僕が警戒を強める中、ゆっくりと剣を下段右横に構えたウルズは忽然と姿を消して――僕が目で捉えられたのは一瞬。気がついた時には僕の左腕が地面に落ちていた。
「さて、まずは片腕を落としてみたが……後は体力が真っ赤になればようやく本領を発揮できそうか?」
「……そんな事、してもらわなくてもいいよ」
僕は少しだけ表情を歪めながら明らかな挑発の素振りを見せたウルズを一瞥して、ゆっくりと上げ始めていた警戒の度合いを一気に最大まで引き上げる。
その感覚を感じ取れたのか、表情に真剣さが増した彼女と向き合い火花を散らした結果、僕の身体は地面を転がっていく。
「寝転がっている事を許されると思うな……あまり無様を晒す様なら、次は足を食いちぎってやろうか」
「はっ……やれるもんならやってみろ。それこそ宣言せずにさ」
盾に押し飛ばされる事で崩れた姿勢を直ぐに整え、今度はアジリティを生かした緩急のつけた移動でフェイントをしかけてみたが、それも無駄撃ちに終わってしまう。
ギャリィッ――。
聞き覚えのある金属音を確認するや否や、僕は後ろに飛び退く。彼女の盾が既に無い僕の短剣を払い、その動作が終わると同時に剣も振り下ろされていた。
構え直す暇を与えるつもりはない。このタイミングに置いて最も早く迎撃できる動作は切り上げか、手首を返して切っ先を上げる事。いずれも範囲が正面に集中している。
(がら空きなのは剣を持つ左――でも、そんな事は向こうにだってわかってる筈だ)
最大速度のまま僕はクイックチェンジでソリッドナイフを使い捨ての短剣に持ち替え、隙だらけとなった彼女の左側に回り込み短剣を投げた。
「ちっ……面倒な真似を!」
真っ直ぐ彼女の露出した肩口をめがけて飛んでいった僕の短剣は舌打ち混じりに右手の盾で防がれる。だが、それで良い。投げる事に意味があるのだから。
肩口という顔に近く、それなりに高い場所を狙った牽制をウルズは盾で防いだ。そうして今、 "彼女の視線は盾で遮られている" 。
(姿勢を低くして、右!)
盾が退けられないのは誘ってるからか、気づけていないからか、そんな事は関係ない。
使い捨ての短剣を外し、右手でソリッドナイフを逆手に握って一気に彼女の右側へ。
距離にして目測で一メートル程、肉薄するまでにそう時間はかからなかった。
「そう簡単に通してやると思うなよ――ッ!?」
そんなウルズの声がして、僕の身体は低空飛行をする。
後少しで肩に刃が届いたのに横から迫る彼女の盾がそれを許さなかった。
更には盾を戻すだけではなく、 "盾ごと身体を捻って回転斬り" を放っていたのだ。受け身も碌に取れず地面を転がった僕の右足はその際に太腿(ふともも)を半ばまで斬りつけられた事が原因で明後日の方向を向いている。
「まるで獣のようだな……」
僕は左腕と右足を失い、彼女の圧倒的優位は揺らいでいないのにも関わらず、ウルズは眉を潜めていた。
そうして "自分の右腕に刺さっていた" ソリッドナイフを抜き、自らの足下にそっと置く。
「私の盾を右腕で防いだ時に突き刺したのは見事としか良いようがないな。逆手に握ったのはそういう腹積もりがあっての事かは分からないが、おかげで体力が削られてしまった……右腕もこれでは碌に動くまい」
ポッカリと穴の開いた腕を愛おしいそうに撫でるウルズの姿を目にした途端、肌が粟立(あわだ)つ。単純に気持ち悪いとか、そういう事ではない。
「何をそんなに脅えるか。シャルテ、貴様だって同類だろう」
「変な事言わないでよ……僕は傷ついて喜ぶ変態なんかじゃない」
会話をしながら、相手が攻撃をしてこない間にモンスターを狩っていて偶然手に入れたハイポーションを取り出して口に加え、少しずつ中身を飲み下していく。
それと並行してソリッドナイフをしまい、ウィングエッジを素にして打ち直された黒いウィングエッジの柄を順手に握りしめ、近くの樹に突き刺す事で無理矢理立ち上がってウルズを睨みつけるが、彼女は眉を潜めて言葉を紡いだ。
「失礼なヤツめ、私は別に傷ついて喜んでいるワケではない。そんな事わかりきっていたのではないのか。……まあいい、その有り様ではマトモに戦えんだろう? 私は抵抗できない者をなぶる趣味は持ち合わせていなくてな、足が生えるまで待ってやる」
"だから答え合わせをしよう" ――なんて、御免こうむる。
左足で踏み込み、右手で土を掻い、前転。予想外だったのか反応が遅れているウルズの傍まで移動して身につけている金属製グリーヴの足首にある繋ぎ目を短剣で突き刺すと、耐久性を犠牲にした薄く鋭い刃は乱れる事なく彼女の足を地面へ縫い付ける。
「僕は、まだ動けるし戦えるんだ……勝手に決めつけるな」
そう言った僕の声は自分が想像するよりも低く、力の込もったモノだった。
「ふっ……はははは。そうか、まだ戦えるか!」
僕の言葉を聞いた彼女は何が愉快だったのか急に高笑いを始め、無傷な片足で僕の背中を思い切り踏みつける。
「無様に地を這う愚者(おろかもの)よ。抗うのならば向かってこい、そうして牙をつきたてろ! 私の体力はまだ九分九厘残っているぞ!」
「大声で騒がしいな……言われ無くとも、やるしかないんだ」
猪突猛進、僕が退くことなど有り得ない。有ってはならないのだ。
左足に力を込めて背中に乗るウルズの片足をはねのけながら右腕を軸に前へ飛ぶ。皮膚が擦りむけようと、泥まみれになろうと僕が知った事ではない。
(僕は―― "動けない肉の塊" なんかじゃないんだ。)
今の僕には自由が利く四肢がある。五体満足に過ごせる世界にいる。ならばどうして止まらなければならないのか。
バランスを崩すな・もっと早く動け・無駄に動かず一撃を確実な物にしろ。使える物は全て使え。
幾度と無く火花を散らし、欠けた部位が生えれば叩き斬られてを繰り返す中で徐々にウルズの動きが見えてくるようになり、相変わらず手足は欠けたままだが一撃一撃に身体の反応が追いつく様になる。そんな変化に自然と僕の口元が歪んでいくのは嫌でもわかってしまった。
"――まるで獣のようだな……。"
剣戟の果てに彼女の右腕を斬り落とせた時、ウルズの言っていたその言葉が頭を過ぎる。なんとまあ、的を得た比喩表現か。
「あの方……茅場晶彦が貴様に興味を示していた理由が、今なら何となくわかった気がする」
いったい何を言ってるのか。天才の茅場が、僕に興味を持つとは何かの間違いだろう――いや、或いは実験動物としてなら強(あなが)ち有り得なくもないのかも知れない。
「さあ来いシャルテ……貴様の全力を私に見せてくれ!」
言葉など不要、剣を重ねればそれが答えとなる。
生えたばかりの左腕が落とされた――足りない。
左足に剣が突き刺さる――まだ遅い。
右頬を剣が掠めた――後少し。
「この速さに順応(じゅんのう)して食らいついてくるか……!」
当たり前だ、食らいつけなければ死んでしまう。勝つ為には彼女の速度を越さなければならない。
そう思い続けてウルズの攻撃を避けられる様になった所まではしっかりと覚えていたのだが、それから先の記憶は朧気にしかなく途中から彼女に全く攻撃が通らなくなりながらも必死に短剣を振るっていれば段々と身体が重くなり、気がついた時には朝。僕はウルズと戦っていた筈の場所で何故か毛布にくるまって仰向けになっていた。
その近くでウルズは切り株に座り目を閉じていたのだが、僕が身じろぎした音で目を覚ましたのかゆったりと、そして眠たげに欠伸をしながら此方へ視線を飛ばしてくる。
「僕……負けたの?」
「いいや、シャルテの勝ちだ。貴様は最後まで足掻き続けて私の体力を半分にしたのだぞ」
「そっか……。なら、良かった」
"最後まで足掻き続けた" 。その言葉の真偽はわからないが、ウルズが此処まで上手に嘘をつくとも思えない。
念の為ウィンドウを開いてクエスト一覧を確認してみると、内容が『ウルズに勝利せよ』という見慣れないクエストがあり、それにはクリアした印があった。
「もしかして……戦った時の事を覚えていないのか?」
心配してか切り株から腰を上げて僕の傍まで来たウルズが此方を覗き込んできた表情には陰りが差している。
「うん……でも、こういう記憶が無いときはだいたい決まって大暴れした後なんだよね。だから、何か恐い思いをさせたのなら、謝りたい」
僕がそう言うとウルズは目を見開いたかと思えば少し僕から距離をとるなり地面に正座して、「すまなかった」と頭を下げた。
それから『あのクエストは勝敗ではなく別の目的があり、それさえ満たせていれば実は僕が負けても良かった』という事や『戦闘中に彼女が口にした言葉の大半が台本通りである』事を告げられたワケだが、何より僕がクエストをクリアしたおかげで彼女は自由の身になれたらしく、どうせなら僕と一緒に行動したいと言われてしまい対処に困ってアスナへ相談した結果、アスナもウルズの事情を知り預かる事になって喧嘩が勃発。
仲裁に入ったリズベットもウルズが茅場晶彦と繋がっていた事を知るなり感情をむき出しにした為、『これではどうにもならない』とやむなく僕の宿に泊める事を許可したのだ。
一応、喧嘩があった翌日には冷静さを取り戻した二人から謝罪があり、ウルズも頭を下げて仲直りして今では互いにフレンド登録も完了している。それどころかリズベットとはお茶飲み仲間にまでなったらしい。
この事をアルゴにも報告して更に説明したりと、第四十層はとにかく慌ただしかったと記憶している。
そして今でも相変わらずウルズと戦った時の記憶は曖昧なまま――恐らく、脳が意図的に思い出せない様に細工でもしたのだろう。
(それだけで何があったかだいたいわかっちゃうんだけどねぇ……)
ウルズも最後のクエストで僕が目を覚ました時以来、それについては何も言ってこない辺り気を使わせているのは間違いないだろう。
今日、アルゴに見せてしまった表情からしても僕の予想は当たってしまったと見るべきか。
「何だ、人の顔を見てそんなに辛気くさい顔をするとは……」
「別に。敵として戦った時はあんなに強かったウルズが仲間になってみたらまさか僕よりレベルが下だった事なんて、全然気にしてないから」
「あれは強制的に補正がかかるようにクエスト側で決まっていたのだ! 仕方ないだろう!」
「知ってて言ってるんだけどね……」
本音を隠してウルズをからかいながら、行儀が悪いとも思ったが僕はテーブルにある玉子焼だった物体を手掴みで口へ運んだ。本物とは程遠い舌ざわりと苦味が広がるが、食べれないワケではない。
そのまま全ての失敗策を食べ終えて「ごちそうさまでした」。そう手を合わせていると、驚いて固まったままのウルズが視界に入る。
「だ、大丈夫……なのか?」
(作った本人がそう思うなら何で食卓に並べたのさ……)
元々多少なり失敗策という自覚はあったのか、それとも僕がお世辞だなんだ言った事で気にしたのかはわからない。
ただ、作ってくれたのならそれを無碍(むげ)にあしらってはあんまりだ。
「まあ……確かに失敗策だし味は苦い、食感も砕き方の粗いかき氷みたいでとてもじゃないけどよく誰かに食べさせようと思ったなって出来映えだけど――」
「そこまで言うならむしろ何故食べた! 嫌がらせか貴様ァ!」
「嫌がらせなら全部ウルズの目の前でゴミ箱に捨てるか吐き出すんだけど……人の話しは最後まで聞こうよ」
毛を逆立たせて威嚇する猫みたいに向かってきたウルズをテキトーに宥めて、僕は言葉の続きを紡ぐ。
「確かによく誰かに食べさせようと思ったなって出来映えだけど、せっかく作ってくれたモノを捨てるのはもったいないし、そこにある気持ちまで台無しにしたらあんまりでしょ。わざわざ僕の為にありがとうね」
「なぁっ――!?」
ウルズがどうして料理を作ったのか、僕はリズベットから送られたメッセージで知っていた。
「貴様はそういう事を平然と言うとリズベットから聞き及んでいたが、そこまで自然にやってくるとはな……」
「それだいぶ前にアルゴにも似た事言われたんだけど……。感謝すべき事だから感謝して何が悪いのさ」
「悪い事ではない……はずだ。ただ上げ下げが上手いと言うべきか、それで言葉の棘が無ければ可愛げがあるというモノの」
此方を見つめて「惜しい」などと口にするウルズの視線から逃げる様に身を捩(よじ)り、ため息と共に彼女の言葉を一蹴する。
そもそも僕に可愛げを求める事が間違いなのだ。
「だが、どれだけ悪評が広まろうと慕い続ける者がいるのは、貴様のそういう所が起因してるのかも知れぬ……というのはあくまでも私の戯(ざ)れ言(ごと)だ。そう嫌な顔をしないでくれ」
「じゃあそういう事を言わないで。はぁ……僕は無くなった食材の買い出しとレベル上げに行くから」
料理はしないがアスナを始めとしてアルゴやリズベット、エギルなどよくよく人は集まる。そんな時、誰かが料理をする事になった場合に備えて一定量は常に確保する様にしていた。
中にはS級と呼ばれる最高級品もあったのだが、それも恐らく炭になっている。
(冷蔵庫に入りきらないからってギルドストレージに何個か確保してあるんだけどね……祝い事で使うってなった時専用だから絶対に言わないけど)
「ふむ……なら私もついて行こう。攻略戦に参加する以上、私もレベル上げをするに越した事はない。幸い、余分に回廊結晶を持っていてな。ついでにシャルテを討ち取ろうと近づく輩がいれば私も撃退に協力する」
悪い話しではないだろう――?
そう言って意地の悪い笑顔を浮かべた彼女をテキトーにあしらい、僕は一人準備を進める。
ウルズの言葉に嘘はないだろうが、最低でも半分程度は『強者と戦いたい』気持ちもあると見て間違いない筈。
(というか、前に「お前と歩いていれば戦う相手に事足りない」って笑顔で言われたし……悩んでないワケじゃないみたいだけど、どうなんだろう)
デスゲーム化している事実を知らなかったとは言え、クエストの仕様がなければプレイヤーの命を奪いかねない行為をしていた事を彼女は後悔していた。が、同時にそれでも本気で戦いたいという欲求があるらしく、それを抑えきれない現状を自嘲(じちょう)する姿を見てしまった事もある。
「いや、ついてこなくても良いんだけど。ウルズに火種が飛んだらどうするのさ」
「ふふん……その時は上手い具合にやり過ごす。私はシャルテが噂の人物だと知らない唯の善良なプレイヤーだ。だと言うのに、相手は勝手な誤解で私を巻き込んで襲いかかってくる。その場合どちらが悪役か、簡単だろう――?」
(これ、わからないって相手には実力行使(じつりょくこうし)するつもりだよ)
目を輝かせるウルズに僕は反論する事を止め、渋々二人でレベル上げに出かける事にしたのだが――今日は本当に運が良いらしい。
もっとも、それは "悪運" の方だが。
「――オマエ、味方殺しだな」
自らを指すカーソルをオレンジに染めた男が十人。草むらからゾロゾロと現れたかと思えば僕とウルズを囲み、リーダー格らしい男がそう言った。
「だったら何。首取りに来たとか言うの?」
辟易した様に呆れる素振りを見せながら吐かれた僕の言葉を聞き、リーダー格らしき男は静かに剣を抜く。
「オマエの様な輩が野放しにされているのも、全ては攻略組で活躍しているとされたからだ……。しかし攻略組というのは全プレイヤーにとって希望の光。そこに不純物がいてはならない」
「ふぅん……。でもさ、確かに格好こそ僕は味方殺しそっくりだけど真偽が君達にわかるワケ?」
考え方としては攻略組の狂信者(きょうしんじゃ)、大義名分が欲しいだけの有象無象、どちらにもとれてしまう。
いずれにせよ相手がオレンジなら攻撃しても面倒にはならない。洗いざらい吐いてもらってから全員まとめて牢に放り込む腹積もりで探りを入れると、男から返ってきた答えはその二つよりも質の悪い物だった。
――そんなモノは叩けばわかる。
そう、平然と言ってのけた男にウルズの表情が変わるも見えない様に手で制し、僕は会話を引き継ぐ。
「疑わしきは罰せずじゃないんだ……それで実際間違ってた場合はどうするのさ」
「正義に犠牲は付き物だ。噂がたっている中で疑わしい格好をする方が悪い」
「じゃあ、嫌疑(けんぎ)をかけられている僕と一緒にいる彼女については?」
「騙された無垢(むく)なプレイヤーという可能性も否定はできないが、同罪だ。曰く付きに似た格好のプレイヤーと一緒にいれば自分も疑われる事などわかりきっているだろう。質問はそれだけか?」
「うん……そうだね。親切に答えてくれてありがとう――だからさっさとくたばれ」
予定変更。洗いざらい吐いてもらう必要性が無くなった。
近づいてきたリーダー格の男の顔面に《閃打》を放ち風穴を開け、行動不能にさせた間に手早く張り倒して僕は彼の四肢を踏み砕く。
「お前たち全員、今までボコボコにしてきた相手と同じようにされる覚悟はできてるんだよね?」
首を傾げてそう尋ねて見れば相手は蜘蛛の子を散らす様に逃げ始めたが、逃がすつもりはない。ウルズには決して手を出させず、追いかけっこは十分弱で終わりを見せた。
「コリドー、オープン」
僕に引きずって来られた全員が胴体だけという変わり果てた姿へ変貌(へんぼう)を遂げていた事に彼女は不満気な表情をしていたが、声をかけると回廊結晶を手にして使用時に必要なかけ声を口にする。
青白い光に包まれたのも一秒足らず、たどり着いた先の黒鉄宮でNPCに男たちを引き渡して最前線へ戻り、狩りをしていたフィールドまで向かう。
「――シャルテ、今度は私にもやらせろ。ああいう輩は許せん」
「はいはい、今度があったらね……」
次は次はと言い始めるウルズを適当にあしらい狩りを続けたが、その日だけで五回、僕はPKの標的にされた。
それでも最初の十人に比べて吐き気がする理由で向かってきたプレイヤーはいなかっただけ幸いか、他にも大義名分をかかげて襲いかかってきたプレイヤーに情報を吐かせた結果、面白い事が判明したのだ。
その紋様を見た僕の第一印象は「棺桶のゆるキャラ」――だが、それはゆるキャラなんかではなくラフィンコフィンというPKギルドの印である。
(名を上げる為に僕を狙うとか……また面倒なのに目をつけられたのか)
幾らため息を吐けど現状は変わらず、しかし、これと言った大騒動もなく第四十五層のボスも攻略が完了してしまったのだった。