ソードアート・オンラインIF ver.アインクラッド   作:モコモコ毛玉

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第四話

 

 二〇二三年の十一月末日。

 僕達が此処に閉じ込められてから一年ちょっとが過ぎようとしていた。

 そんな折、プレイヤー達の間で妙な噂が出回り始める。何でも 『"クリスマスの日に慈悲深(じひぶか)き聖職者が現れ、素敵なプレゼントを贈ってくれる" 』らしい――。

 

「――それ、 "素敵な死" をプレゼントっていうオチだったら最悪だよね」

 

「またアンタは縁起でもない事を真顔で言って……止めなさいよ。私が聞きたいのはその噂がイベントの宣伝だとしたら、『そんな季節にあったイベントが今までにあった?』って事」

 

 少し肌寒いと感じる冬の昼下がり。僕の借りる宿を尋ねてきたリズベットから僕は『妙な噂』についてを聞かれていた。

 彼女に言われる前から僕も噂自体を耳にした事はある。が、甘い蜜の様な内容を鵜呑(うの)みにできる様な精神を持ち合わせているワケでもない。

 ただ、それを端的に示した此方の言葉へ返ってきたのは彼女のジト目で、聞きたい事はそれじゃないと改めて質問を口にした。

 

「少なくとも、僕が知る限りはないかな……ハロウィンだからってランタンの敵が出たり、バレンタインだからってチョコレート関連の敵が出たみたいな話しは聞いた事がないし。まあ、単に僕が知らないだけで「実はありましたー」って場合も充分有り得るけど」

 

 そんな事を聞くからにはリズベットもイベントが発生したとなれば参加するつもりなのか。もしくは、そうではないにしても何かしら理由があっての事だろう。

 試しに聞いてみれば予想通りというべきか、噂が事実であれば一緒に参加して欲しいと口にする彼女の願いを僕は正面から斬り捨てる。

 

「無理。そもそも噂が事実だったとしても僕は参加するつもりないから。リズベットも今回のイベントは関わらない方が良いと思うけどね……きな臭いし。素敵なプレゼントの内容を明記してない時点でもアレなのに」

 

「むぅ……確かに、きな臭いけど……」

 

「『慈悲深い』って言うのはあくまでも第三者の評価でしかない。誰かが "無慈悲" と思っても、それを別の者が見れば "慈悲深い" に変わるし、その逆もある。極端な話しだけど、単純に『瀕死の重傷を負ったA』と『それを助けようとするB』がいたと仮定しようか。Bが頑張ってもAが助かるかは分かりません。Bが頑張ってる間、Aは死ぬか助かるまで苦しみ続ける事になります。Bを『苦しむAを助けたい一心で頑張る慈悲深い存在』と見るか、『助かるかも分からないのにAに対して希望を見せたままイタズラに苦しみを味あわせる無慈悲な存在』と見るか――」

 

「わかった、もうわかったからストップ!」

 

 これ以上聞きたくないと言わんばかりにリズベットは大きな声で僕の言葉を遮って、片手で額をおさえた。

 

「私も危険な可能性が高いのは重々承知してる。だからこそシャルテを誘ったのであって……」

 

「それは万が一を考えた時の身代わりとして――ってワケではないよね、うん。冗談だから、そんなに睨まないでよ」

 

  "身代わり" という単語を出した途端に今までの『またそういう事を』という彼女の雰囲気が一転して憤怒(ふんぬ)に染まり、強い目つきで一瞥されたが掴みかかられるという事はなく、視線の毛色も徐々に変わっていく。

 そうして、此方を睨む様なキツい視線が最終的に捨てられた犬猫を見るソレと酷似したモノに落ち着いた事に、僕はリズベットから目を背ける。

 

 (そんな目で見ないでよね……やりにくい)

 

「わかってるならワザと言わないで……それと、さっきから随分と縁起でもない事言ってるけど誰もがシャルテみたいに強いワケじゃないのよ? それが危険だってわかってても縋らなきゃやってられない、そういう人間だっているの。身代わり云々はまた別だけど、それより前にアンタが言ってた "プレゼントの内容" とか、 "慈悲深いに関する捉え方" の話しは、そういう人間から希望を奪う事って、わかってる?」

 

「わかってるよ……? それに縋ったところでどうにもならない事も、それが中途半端な延命治療でしかない事も――そういう人間が "勝手に期待した挙げ句、期待を裏切られた" って騒ぐ事も、ね」

 

  "――そんな脆い希望に縋って何になるというのか。"

 

 言外にそう告げた僕の顔を見たリズベットは何を思ってか複雑そうな表情を浮かべ、口を噤んでしまった。

 それならこの話題も終わりにしようとも考えたが、どうしても訂正しなければならない事が一つだけ残っているのだ。

 

「リズベットも僕の事を "強い" っていうけど……それ、間違いだから」

 

 ポツリ。静かに言った言葉にリズベットの表情は暗くなる一方で、以降何処となくギクシャクした関係が続いていたのだが――それから約一ヶ月後。最前線が五十層になった頃の事、急に彼女から話したい事があるとメッセージが来た。

 念の為ウルズには席を外してもらった上で「鍵は開けておくから僕の借り宿でなら話しを聞いてもいい」と返事を送れば、五分足らずで此方に来る旨が記されたモノが飛んでくる。程なくして扉をノックする音がして、その後にゆっくりと開いた扉の向こうには、よほど気まずいのか、はたまた裏があるのか、どちらも断定はできないが緊張ですっかり身体を強張らせているリズベットの姿があった。

 その様子が少し面白くて笑いそうになるのを堪えながらも僕は彼女を中に招き入れ、いつもどおりテキトーにテーブルを挟んで向かい合わせに座ったまでは良かったのだが、リズベットは何かを言おうとしては口を噤んでを繰り返し全く会話が生まれない。

 

「あのさ、そんなに緊張されると僕まで緊張してくるんだけど……別に取って食おうとか思ってないから」

 

「とぉっ――!? き、緊張なんかしてないしそんな事も思ってないわよ! バッカじゃないの!?」

 

 そうムキになられても視線はあてどなく彷徨い、手もテーブルの上に出したかと思えば引っ込め何処か忙しない様子を見せられては流石に言い繕うにも無理がある。

 何より今は『用事』の都合上忙しく、あまり時間が他に割けない。リズベットがこのままでは一向に話しが進まないのだ。

 

「もうさ、まどろっこしいから何も考えずに言ってよ。リズベットがこの場で僕に幾ら暴言吐こう怒らないから。それが信用できないなら、こうやって手足を斬り落とせばわかってくれる?」

 

 ため息混じりに焦れったさと面倒くささから使い捨ての短剣を左手に握り、何の躊躇いもなく僕は自分の右手首に刃を落とす。

 呆然としているリズベットの姿からは緊張が吹き飛んでいたが、それでも依然として会話を切り出してくれない事に短剣の柄を咥(くわ)え、左手も同じ様に切断。

 尚も黙ったままの彼女に今度は左脚の太股を斬り落とそうとして、僕は思い切り頬を張られた。

 

 ――止めなさい!

 

 眉間に皺を寄せたリズベットに叱られ、僕は言葉を話す為に大人しく口に咥えていた短剣を床に放る。

 

「じゃあ早く用件話してよ……ほら、リズベットの言う通りに止めたから」

 

 そう言えば再び口ごもってしまう彼女に、行儀が悪いと思いながらも椅子に座ったまま左脚をテーブルに上げて右の踵(かかと)で左の膝を砕くつもりで振り上げると、慌てた様子の彼女に右脚を抑えられ、ようやく「話す」と言ってくれた。

 

「その、前に話した噂のイベントでプレゼントが蘇生アイテムって話し、聞いた?」

 

「あぁ、それね……。聞いた事ならあるけど、で?」

 

「本当はあんまり口外に出来ないんだけど、私の所に来たお客さんが「そのアイテムを "黒の剣士" が狙ってる」って……。たしかシャルテやアスナの話しに出てくる『キリト』って人も同じ二つ名だったから、知らせた方が良いかと思ったのよ」

 

「そう……貴重な情報をありがとう。多分リズベットの考えてる通り、黒の剣士はキリトで間違いない」

 

 実の所、僕はキリトから拒絶を示された後もバレない様に彼の動向を監視していた。無論、毎日というワケでもなく監視もフィールドに出かけている時だけだが、最近――特に胡散臭(うさんくさ)いクリスマスプレゼントの中身が蘇生アイテムであるという噂が聞こえてきた頃からレベル上げの仕方に無茶が目立ち始めていた。

 彼がレベル上げをしていた場所は第四十七層にある『アリ谷』と呼ばれる狩場で、プレイヤーの間ではハイリスク・ハイリターンな狩場として知られている。

 そこで文字通り、 "死に物狂い" のレベリングをする姿を僕は自分の目で見たこともあった。その結果僕は『用事』が出来てしまい、ここ数日は碌に寝れてもいない。

 

 (いい加減吹っ切れなんて、無理な話しか……僕の感覚がおかしいだけで)

 

 キリトが蘇生アイテムを求めているなら、目的に大方の目処が容易くついてしまう。

 数日後に迫ったクリスマスの日を思うとため息の一つでも吐きたくなったが今はそれを堪え、僕はリズベットに『もう一つ用件』について声をかけると彼女は明らかな動揺を見せた。

 

「さっきの用件なら別に口ごもる必要はないと思うんだよね。本題、あるんでしょ? 素直に白状してよ」

 

 厄介事が転がり込むにしても今は時期が悪いのだ、タイミングを重ねられては堪ったモノではない。それならそれで早い段階でケリをつけて用事に専念したかった。

 なので、敢えてそれ以上は何も言わず無言でリズベットの目を見続けていると、観念したのか少しの間を置いて彼女の口から小さな声が漏れ出す。

 

「……シャルテは知ってるかわからないけど、第四十八層の主街区に水車のついた一軒家があるの。何時までもアスナの宿を借りるのも悪いし、結構前から路上販売を続けるにも限界を感じてて……物件を買えるのは知ってたから "いつかは自分の店を開きたい" って思ってた。だから、新しい層が解放される度に良い建物を探してて……第四十八層でようやく見つけたと思ったけど、高くて手が出せなかったのよ。それからコルを貯めてはいるんだけど……」

 

「高すぎて貯まる頃には売れてる可能性がある。だからコルを貸して欲しい――そういう事かな」

 

 たどたどしく言葉をつまらせながらも話してくれたリズベットの声を遮り、僕がその先を予想して尋ねると、首を小さく縦に振って彼女は肯定を示した。

 確かに、これは言い出し難いのも無理はないだろう。僕たち――まあ今回はリズベットが一方的にとも言えるが、1ヶ月前のやり取りを切欠にギクシャクした関係が続いていたのだから殊更だ。そんな中で自分が困ったからといって僕を頼るのにはかなり勇気を振り絞ったと見るべきか。

 

 (別にコルなら余ってるし良いんだけどね……)

 

「ふぅん――僕ならコルを持っていると踏んで、見たくもない顔を拝みにきたと」

 

 ちょっとした出来心・魔(ま)が差した、言いようならいくらでもあるが今回はキリトに関する苛立ちからきた完全な八つ当たりでしかない。

 また、それがよっぽど刺さったのかリズベットは俯いたままゆっくりと席を立ち上がって此方に揺れそうな声を飛ばす。

 

「私は、私は! ……シャルテの事、そんな風に思った事ないから。コルは、自分でもう少し頑張ってみる……ごめんなさい」

 

 そうして弱々しい足取りで一歩ずつ宿の外へ繋がる扉に近づくリズベットの背を目で追う事はせず、内心で自分にため息を吐きながら僕は背中越しに冗談である事を伝えた。

 

「――冗談……ねぇ、ふぅん。私だって自覚があったから言い出せなかったのに、それでもシャルテが急かすから勇気を出して言ったら真顔で冗談って、ふざけるのも大概にしなさいよ! 殴るわよ!」

 

「いや、もう殴られてるけど暴力反対。穏便にいこうよ」

 

「うっさい! この口が減らず口を叩くのね、ん? そうなんでしょ……って、もう! 触ろうとする度に逃げるな!」

 

 殴ると宣言される前に飛んできた拳は甘んじて受け止めたが、僕の頬を摘まんだり、掴もうとしてくるリズベットの手は避ける。一瞬触れるのと持続的に触れられるのではまたワケが違う。

 結局、彼女の怒りを買ってしまった事は今度一緒にインゴットを取りに行くという事で手打ちとされた。それで元通り。御乱心だった彼女も落ち着き、再び席につく。

 

「で、リズベットが欲しい家って何コルするの。あんまりぶっ飛んだ金額じゃない限り多少の支援はできるけど」

 

 借り宿と違い、その類いはそれなりに値が張るという事を僕も手を出そうと考えていた時期があったので知っている。

 しかし僕の場合、宿から宿を点々とした方が安全性も確保でき、費用を踏まえると借りた方が総じて安く済んだ。が、彼女の場合はそんな事を考える必要性は一点を除き皆無に等しい。

 ひとまず値段を聞いて、それから貸す金額を判断しようと思い彼女に尋ねてみれば、蚊の鳴く様な声で答えが返ってくる。

 

「さ、三〇〇万コル……」

 

 (三〇〇万か。……標準価格で良かったぁ)

 

 一度だけ何の変哲もない隠れ家の様な一軒家で数十億という吹っ飛んだ値段を見てしまっただけに、彼女が口にした標準的な価格に僕は息を吐き、心の中で胸を撫で下ろす。

 流石に九桁・十桁台の物件ならどうしようもなかったのだが、それならまだ何とか出来る範疇だ。

 

「それで、リズベット側で集められた資金は?」

 

「全財産だと一〇〇万コルよ……でもインゴット集めとかでフィールドに出たりするから、実質的にはまだ九〇万後半しか貯められてない。固定客もアンタとアスナ位だし……路上販売で固定客を得るなら各階層を回った方が良いんだけど、ちょっと、ね」

 

 言葉尻を濁らせたリズベットの様子に、そうした理由は何となく察しがついた。僕としてもアレは思い出しもない出来事の一つとなって未だ完璧には断ち切れずにいる。

 路上販売という行為は、場所を選ばない代わりにそう言ったリスクとは縁を切りにくい。より多くの固定客を得るには相応の階層をハシゴしなければならず、かといってひっきりなしに場所を変えていては認知してもらえる可能性が下がってしまう。どれだけ良い武具を創ろうと、人に触れる機会がなければそれは使えない屑鉄(くずてつ)と同じなのだ。

 彼女が言った「路上販売を続けるにも限界を感じて」という事は、これら二点も踏まえた上と見るべきか。

 

「となると、だいたい残り二一〇万コル必要って事だよね……」

 

「ええ……とりあえず、背に腹は変えられないし、もう少し勇気を出して路上販売をする機会と階層を増やすつもり。今のレベルなら低層の冒険者相手限定だけど、戦えない事はない筈」

 

 だから、いざという時は撃退して見せる――リズベットの言葉に込められた自信なさげな意気込みは、僕の目にはあまりにも脆弱で、根拠なんてまるでない。 "持つだけ無駄なモノ" としか映ってくれなかった。

 そんなモノで出来るのは、自滅へのカウントダウンを刻む事だけだ。

 

 (何かに向けて "一生懸命になる" のは良い事なんだけどね――。)

 

 その『何か』の良し悪しには関わらず、足掻く姿はとても綺麗に見える。ただ、必死になった挙げ句疲れ果て、足掻く事をやめてしまったら最後――足元は崩れ、二度と這い上がる事はできない暗闇に落ちるしかない。

 それで這い上がれるとすればよほど稀有であると同時に平凡で底を見続ける存在か、自分で自分に『努力している』と評価を下した者くらいだろう。

 とかく、僕にとって彼女に無茶をされた挙げ句に死なれては夢見が悪い。

 

「その九十云万、とって置いた方が良いよ。家を買ったら買ったで内装工事に出費が嵩むんだし、三〇〇万なら出せるから」

 

「……良い、の?」

 

「リズベットには武具関連でもう長い間お世話になってるからね。宿代なら今月分はもう払ってるし、武具にかかる代金もリズベットのおかげでだいぶん浮いてるから大丈夫だよ。回復アイテムもストレージに予備があるから問題はない」

 

 実際に所持コルは残り三桁台の寂しい金額になってしまうが、クリスマスに控えた用事が済めば自由に動ける時間も増える。そうなればレベル上げの頻度も増やすつもりだった。敵を倒し続けていれば必然的にコルも稼げるし、来月までにはある程度纏まって額が戻るだろう。それまでの衣と住は最低限確保出来ているならば問題はない。

 極論を言ってしまえば僕だけの場合、野宿でも問題はないのだから。後は垂らした餌に彼女が食いつくかどうか。

 

 (でも、何か断られそうな気がするんだよね……一応押しつける方法もあるけど、成功するかは良くて半々。最悪怒られるリスクがあるだけに、難しいなぁ)

 

 だからといって僕の方で考えている方法が二つしかないというワケでもなく、これはあくまでも『急いで買いたい』という場合の手段だったりする。

 もしそうではなく、リズベットが『自らの手でやりきる充足感』を優先するなら、また別のやりかたがあるのだ。もっとも、手間や面倒に雲泥の差があるのは言わずもがな。

 そんな事を考えていると、リズベットから本当に断られてしまった。

 

「三〇〇万を一括とか、違う気がするのよ……多分、私の心の問題なんだと思う。『自分で買った』・『努力してやっと』みたいな達成感がないっていうか、とにかく何か嫌なの」

 

「『何か嫌』で路上販売する為にフラフラしたら、アスナとウルズ辺りがすごい心配すると思うんだけど、どうするの? そもそもどれ位のコルを借りたかったの?」

 

「借りれたら良いなって思ってたのは、五〇万コル……他の人にも借りれないか頼むつもりだったの。それと、アスナとウルズについては、私が何とかして説得するわ……」

 

 五〇万を足したとして後半分。どう考えても階層を回って幅広く路上販売しなければ間に合わないだろう。それだけではない。あの二人を説得するまでにかかる時間があればいったい何十・何百の武具を創れるのか。

 リズベットも無茶は承知しているつもりなのだろう。それでも、此処まで頑固(がんこ)にされては説得にかける時間が勿体ない。

 

 (まあ、僕もリズベットの立場だったら絶対断ってるし……充足感が欲しい気持ちも理解できないワケじゃない)

 

 そう思い、このタイミングで僕はリズベットに一つの提案を持ちかける。

 

「今のアスナにそんな心配かけたら危ないし、説得できるとも思えない。ウルズはウルズで頑固だから。僕としても、今リズベットに動かれたら困るんだよね――だから、提案。『水車付き物件に関しては知り合いに頼んで常に状態を把握してもらう。』万が一、他の人が買いそうになったら僕の三〇〇万で先に購入してもらってリズベットの貯金が完了し次第キミに明け渡す。路上販売に関しては危険を回避する為にも、誰かと二人一組で動く……それじゃダメかな」

 

 知り合いとはアルゴの事。今は彼女も精神的に気がかりが残って仕方ないだろうが、その気がかりを解消する為の手伝いとしてなら彼女だって受け入れてくれるだろう。もっとも、そうする事で此方にも相応のプレッシャーがかかる事は仕方がない。

 護衛については用事の方を終わらせてからアスナたちも交えて考えた方が最善だ。

 全てを順当にこなす為、僕は是が非でもこの提案をリズベットに呑んでもらう必要がある。

 

 そんな感情が漏れていたのか、少し迷う様な素振りを見せたモノの彼女は一応肯定を示してくれた。

 

「それなら、うん……でも、迷惑にならない?」

 

「誰にとっての『迷惑』かはわからないけど、少なくとも僕はクリスマスが終わるまでリズベットに路上販売とかをされたら困るんだよね……。その間に稼げる筈だった分は言ってくれれば支払うから」

 

 もう一押し。僕の方から頭を下げると、リズベットから慌てた調子で顔を上げる様に声が飛んでくる。

 そうして、顔を上げた此方の目を彼女はしっかりと見つめ、提案を承諾してくれた事に安堵(あんど)の息を漏らし、僕は「今から知り合いに物件の監視を頼む」と彼女に断りをいれてから元に戻った手でアルゴにメッセージを送る。

 返事は三分足らずで帰ってきた。結果は「任せろ」との事。

 

「今返事来たけど、監視してくれるって。費用に関しても融通してくれた」

 

「そう……あの、ありがとう……」

 

 身体を縮こまらせてお礼を言ったリズベットに適当な相槌を打って話しを切り上げようとしたがまだ話しがあるようで。

 

  "最近アスナの元気がないんだけど……シャルテが言ってた『用事』と黒い剣士の話しも、全部繋がってるの――?"

 

 そんな事を言われて、僕は言葉が詰まった。

 

 (確かに、感づかれる様な発言はしてたけど……納得してもらう為とはいえ軽率(けいそつ)が過ぎたか)

 

「――詳しく知りたいなら、アスナにでも聞いて。僕の口からは何も言えない」

 

 その話題に対する拒絶だけではなく、同時に遠回しな肯定とも取れる言い方をした僕の様子から察してくれたの様で。リズベットは一言だけ感謝の言葉を告げて宿から去っていった。

 背を見送り、完全に後ろ姿が見えなくなった事を確認してから僕は大きくため息を吐く。

 

 (しばらくはウルズに二人の見張りも頼んでおかないと……キリトに関しては、そろそろクラインから連絡がある筈だから用意しなきゃ)

 

 キリトがアリ谷で無謀なレベリングを行っている姿を最初に見かけたのはクラインで、僕は二人が話している現場に偶然出くわしただけ。

 街へ戻ろうとしていたクラインを追い、隠蔽を解いて話しかけて幾つかの言葉を交わした後にフレンド登録を済ませていたのだ。

 

 しなく指を動かしてウルズへとメッセージを飛ばしてから程なく、クラインから送られてきたメッセージに僕は重い腰を上げる。

 

「クリスマスまで後少し……気を引き締めていかないと」

 

 最悪、ウルズに頼んでペインアブソーバの段階をギリギリまで下げてもらう必要性も出てくる。しかしそうなれば現実へ置いてきた身体にまで被害が出るリスクがつきまとう。

 だが同時に現状の痛覚ではヌルすぎて話しにならないのも事実だった。

 

「また、我が儘言っちゃうけど……許してくれるかな」

 

 此処には居ない男の姿へと呟いた言葉は誰に届く事もなく、部屋の静寂に溶けて消えた。

 

 ――そうして準備を重ね、訪れたクリスマス当日。

 

 事前にクラインから連絡があった通り、僕は第三十五層にある《迷いの森》と名のついたフィールドにいた。

 時刻は昼過ぎ。近くで響いていた剣戟の音も少し前に止んだばかり。僕はゆっくりと目を閉じ、暗闇の中で一度だけ深呼吸する。

 

  "サク、サク……サッ。"

 

 静かな足音がして、目を開けた僕の視界には一面が銀世界となっているフィールドの中で一際異彩を放つ黒が映った。

 

  "サッ、サッ、サクッ……。"

 

 黒が手に握っているのは噂のボスが落としたアイテムなのか。そうならば、彼は求めた物を手に入れた事になる。しかし顔を俯かせている様子を見る限り、それすらも怪しい。

 

  "サクッ――。"

 

 不意に黒は足を止めて、緩慢な動きで顔を上げた。此方を向いた彼が少しだけ目を見開いたのは驚きからか、それとは別の何かが原因なのかはわからない。

 もっとも、今はどちらでも関係ないのだが。

 

「この世の終わりを見たような――とまではいかないけど、何て顔してるのさ。キリト」

 

 呆然とする見知った黒に、僕は変わらない調子で声をかけた。

 

「シャルテ……? お前、どうして……なんで此処にいるんだよ」

 

 まるで僕に脅えたかの様に一歩後退りするキリトの姿に、僕は笑顔を浮かべて「どうしても何もない。ただ結果が気になったから」と、そう答えたが大方の予想は彼の暗い表情だけでもつけられる。

 

「その顔を見る限り、噂の品は望んでいた様な代物じゃなかったか、はたまた奪われてしまったか……元々ガセだった可能性も含めれば幾らでも考えられるけど、何にせよ芳しい結果じゃなかったみたいだね」

 

 眉根は下がっているのに、まるで気にした様子の見えない軽薄(けいはく)な笑みを湛えたままキリトに近づいて彼の目の前に立ち、 "手を差し出す訳でもなく、ただ見下ろす" 。

 視線に脅えて縮こまる姿からは、この世界で最前線を駆け抜けてきた攻略組としての面影も、ビーターと揶揄された少年の面影さえない。

 

  "――そこにいるのは、理不尽に巻き込まれ、絶望し、《はじまりの街》から動く事さえも止めた人間と同じ眼をした、『ただの子ども』だ。"

 

「まぁ、そんな風になるのはわかりきってたけどね……普通に考えてもみなよ。脳をグチャグチャにされた人間が生き返る訳ないでしょ? 「 "――このゲームでライフをゼロにされたプレイヤーはナーヴギアによって脳を焼き切られる" 」。キリトも実際にナーヴギアの仕組みからそれが可能だって、一番最初に言ってたじゃん、何夢見ちゃってるの?」

 

 容赦なく、淡々と紡いだそれはあからさまな挑発であると同時に一つの事実でもあるが、それだけじゃない。何より、目の前にいる少年の傷口を抉り、踏みにじる行為に等しいのだ。

 そんな嘲笑じみた僕の言葉に、ほんの少し。本当に僅かだが、少年は肩を揺らす。

 

「何て言ったっけ、えーっと…… "月夜の黒猫団" であってたかな。 "自分の実力を過信して自滅した" 挙げ句、それをどっかの誰かさんのせいにして自分も後を追ったリーダーがいた。そんな "愚か者の集まり" は――っと、危ないなぁ……」

 

 僕が言葉を紡いでいる最中、寸前まで "魂(たましい)の抜けた死に体の獣" みたいな有り様だったキリトの目に生気が宿る。

 無言のまま抜き放たれた下段から上段への逆袈裟を僕は敏捷値に物を言わせて半歩下がる事で強引に避けた。

 

 本来なら此処で刃を返す行為が挟まり、瞬時に追撃など来る筈もない――しかし、 "彼の手にあるもう一刀" が先立った刃を追う様に疾(はし)り、それを避ける為に僕は大きく後ろに飛び退いてしまい、必要以上の距離が開く。

 

 (二刀流……僕に追撃をする為だけの物か?)

 

 ゆうに三十センチは積もっている雪の上で姿勢を低くしながら此方を睨みつけるキリトは確かに二刀を握っている。だがそれ自体は何もおかしくない。僕だって手数を優先する時に短剣を片手に一つずつ持って戦った経験があるだけじゃなく、システム上でも許可されている事だ。

 ただ、その場合は事前に決められたモーションが必要となるソードスキルは使えないというデメリットが存在していた。

 しかしそれも僕を相手にする時にキリトが手数を優先したとなれば真偽は関係なく説明ができてしまう。

 それらではなく、疑問の種は先程の二撃にある。

 

 (振り方に随分慣れてた――?)

 

 初撃が空を斬った後、僕が移動した位置へ狙い澄(す)ましたかの様に振るわれた追撃の刃(は)。直前まで一刀だった事を見るにクイックチェンジで取り出したのだろうが、 "あまりにも早すぎる" ――そして何より、追撃に至るまでの動作が綺麗すぎた。

 『一刀もままならないのに二刀を習うなど言語道断』なんて事はまず有り得ない、そもそもこの二つは全くの別物なのだ。一刀は一刀、二刀は二刀でしかない。

 違和感に警戒を維持したまま思考する為の気を割いていれば、彼は僕を睨みつけたままに言葉を吐き出す。

 

「黒猫団の皆は、『愚か者』なんかじゃない……。いつか攻略組に混ざりたいって、毎日一生懸命レベリングして! 少しでも早く近づける様に努力してたんだ! それを……どうしてお前は、そうやって平気な顔で貶(けな)せるんだよ!」

 

「貶してはいないよ……まぁ、ワラいはするけどね。一生懸命レベリングに努めていた? 攻略組に近づきたい? 僕は、真っ直ぐに努力する姿勢を間違ってるなんて言うつもりはないよ――でもさぁ、 "実力を読み違えた挙げ句死んじゃったら、意味がないでしょ。" 死んだらそこで終わり。次なんてない。リセットボタンも、コンティニューもだ! ……なのに、それを踏まえなかった彼らを『愚か者』って言わないで何て言うのさ?」

 

 死んだら――死んでしまったら、何もかも消えてなくなってしまうのだ。

 自分の存在も、有り得たかも知れない未来も、刻んできた過去も、分け隔てなく無に還(かえ)る。残されるのは他人から見た理想像だけ、そこには誰もいない。

 

「そうやって、高見の見物をして――何様のつもりだ!」

 

 そんな事を言う僕に、キリトが斬りかかってきた。深い雪の上という動き回るうえで劣悪(れつあく)も過ぎる環境が一撃一撃を避ける動作の足を引っ張るが、それは攻め手も同じである。

 明確な意思を持って振るわれる殺気の込められた刃を全て必要最低限の動作で避け続けていれば、彼の太刀筋も、言動も徐々に荒くなっていく。だからと言って油断すれば斬られる事は必至。

 

「お前に、アイツらの気持ちがわかるのかよ……!」

 

「さあね。予想は幾らでも立てられるけど……僕は黒猫団じゃないんだ。何が真実かなんて、本人以外知り得ないでしょ」

 

  "信じられないなら、何個か例をあげてみせようか――?"

 確信めいた何かをニオわせる風な言い方をする僕に、キリトの顔は強張り、「聞きたくない」。そんな無言の意思表示なのか、彼の攻撃は激しさを増した。端から見れば "それでも僕が彼より優位に立って攻撃を避け続けてる" とでも映るのだろうか。

 実際は良くて膠着、徐々に僕は不利になり武器防御を用いる回数も増えている。その原因も、直ぐに検討がついた。

 

 (この対応の早さは少なくとも単純なアジリティ差じゃない…… "目が良いのか" 。)

 

 無意識下の行動かどうかはわからない。

 ただ、僕がキリトの攻撃を防ごうと短剣を構え、互いの剣がぶつかり合う直前に彼は自らが振るう剣の軌道を僅かながらズラしているのだ。そんな芸当(げいとう)を普通に避けようとした時にまでやってくる。結果として避け難く、受けるには威力を殺しきれずに筋力差が生み出した少なくない負担が僕の手首を襲う悪循環(あくじゅんかん)。

 

「嫌になっちゃうね……その器用加減(きようかげん)とかさ」

 

 補正を盛り過ぎたウルズよりはマシだが、やりにくさで言えば変わらない。それを内心で舌打ちをしたところで現状は何も変わらないが、そうせずにはいられなかった。

 

 (まぁ、幾ら不利だからといって首が飛ばされたワケじゃあるまいし、喋るけどね――)

 

  "じゃあ――予想一つ目!"

 高らかに上がった僕の声を聞いて、キリトは一瞬だけ身体の動きを止めた。そこを狙って彼を蹴飛ばし、僕は適度に後ろへ退く。

 

「――黒猫団の皆はキミが自分たちを殺したと思っている!」

 

 その言葉だけで、彼は簡単に剣を止めてしまった。

 

 二つ目――彼は膝をついた。

 

「――黒猫団のリーダーは、 "キミを恨んでいる!" 」

 

 三つ目――目を閉じた。

 

「黒猫団にいた紅一点は、キミを信じたが為に命を落とした――!」

 

 四つ目――もう何も聞こえない。塞ぎ込む姿の何とまあ、矮小なモノか。

 

「そうやって塞ぎ込んで黙ったまま全てを抱え込んでれば、いつか誰かが助けに来てくれるとか思っちゃってるなら、お生憎様。何処の世界でも、現実はそんなに甘くない」

 

 そう――世界はいつ何処でだって不条理なのだ。

 

 うなだれて動かないキリトの姿に僕の警戒が一秒も無いほんの僅かな間、緩みを見せてしまった。

 次の刹那。飛ばされる殺気だった視線に自分が冒(おか)したミスを嫌でも痛感させられる。

 

 (ちぃ――ッ!)

 

 先に動き出したのはキリト。ゆらりと自然な動作で剣を振りかぶり向かってくる訳ではなく、二刀を左下段に構え――青い燐光の軌跡が生まれた。

 

「シャァルテェェエエエ――ッ!」

 

「そんなに叫ばないでよね……こんな近くにいるんだからさぁッ!」

 

 巻き上げた銀に混じる青は間違いなくソードスキルの証(あかし)。つまり、キリトの二刀流はシステムで正式に認められた物と見た方が良い。

 最初の二撃に抱えていた違和感と推測がようやく合致した事に息が零れ、知らない剣技(けんぎ)を目の前に身体が動く。

 二本の剣が届くまで、コンマ数秒。僕の左手は防御姿勢を取り、右手でクイックチェンジを使い左に握る武器をソリッドナイフに持ち変えた。 それでも、気を緩めてしまった分だけ防御に移る時間がかかり、後は単純な筋力差。

 

「ギッ――」

 

 キリトの剣を受け止めた此方の左手は手首から先が不自然な方向に折れ曲がり、僕の口からは痛みからか潰れた声が零れた。

 しかし、それでも体力の減りは無いに等しい。彼がスキル後硬直で動けない内に攻撃をするのではなく、距離を取ろうした僕の身体は深雪(しんせつ)に脚を絡め取られて後ろへつんのめる。

 

 (あぁ……ダメだ。こればっかりは立て直せない)

 

 抜けない脚にため息を吐いて僕はゆっくりと下へ流れていく風景を眺めた。

 今の現状は致命的である。自分を殺しに向かってくる獣に体勢を立て直させてくれるかと問えば、聞くまでもなく答えは否。流れる風景に突如として飛び込んできた黒は身体を支えようとしていた僕の右腕を刎(は)ねた。

 そうして支えを失った身体が雪に落ちるよりも早く、彼の剣は使えなくなった左腕も斬り落とし、僕は為す術もなく仰向けに倒れる。

 

 それでもまだ終わらせない――そう言わんばかりに、無防備を晒す僕の身体へ馬乗りになったキリトは恨みを込めるかの様に武器を見覚えのある一振りの片手剣へ変えて、ゆっくりと僕の心臓部分に突き立てた。

 

 (イァ……アァッ――ンンッ!)

 

 実際に身体を貫かれる様な激痛に飛び出しかけた悲鳴を意地で呑み込み、何でもないフリをして僕を殺そうとするキリトをジッ見つめる。唯の一撃で削られたライフはコンマ五割。剣は止まる事なく振られて『左腕・右腕』で各一回、『胴体』を十ニ回。特に胴体は十二の内心臓を五回、弱点と見なされているのか全てクリティカル判定を吐き出す。たった五回の攻撃はそれだけで僕の体力の半分を根こそぎ奪っていった。残ったのはゲージにしておおよそ一メモリ、全体の一割にさえ満たない微妙な量。

 

 それに「次がトドメか」なんて他人事の様に考えていれば、何故か最後の一撃は身体の何処にも当たらず顔の横にある雪に吸い込まれていた。

 

「俺が、全部をダメにしちゃったんだ――。もし黒猫団の皆と初めて会った時、俺が自分勝手な理由でレベルを偽ってなかったなら……もっと俺が強かったら、アソコで皆が死ぬことはなかった筈なのに……」

 

 頬を流れる生暖かい雫に、痛みから細めていた目をしっかりと開けてみれば、眼前には此方を睨みながらも目に涙を貯めたキリトの顔があって――。

 

「黒猫団の皆を守るって、約束したのに。サチを守るって、約束したのに……俺が、弱かったせいで……」

 

 (キミの事だから、そうやってずっと自分を責めてたんじゃないの……?)

 

 やがて彼の手が握る剣の柄から滑り落ち、キリトは死に体の僕に力なくもたれかかってきた事を僅かに自由が効く思考で理解する。弱音を零(こぼ)し、顔を涙で濡らして延々と後悔を吐き続けるソレを見て、僕は一度だけ大きく息を吐き――まだ動かせる脚で思い切り蹴飛ばした。

 そして近くに突き刺さっている剣の柄を口で咥え、重量オーバーによるペナルティを無視して一気に尻餅をつく彼に近づき、刃を首筋を掠めさせながら真っ白な雪へと剣の切っ先を突き立てると僕は彼の腹部に容赦なく腰をおろし、そのせいでキリトが息を詰まらせた事などお構いなしに言葉を紡いでいく。

 

「――あのさぁ、キミはいったい何を後悔してるの? レベルを偽って仲良くしてたから、それが原因で黒猫団は死んだだァ? バッカじゃないの! それは忠告を軽んじて宝箱を開けた彼等の責任だ! 情報なら幾らでもあった、知ろうと思えば手の届く距離にその機会もあった! でもさ……一番気になってるのは約束を守れなかったからじゃないの? 『自分を頼ってくれた一人との約束さえ、その居場所も守れなかった』事じゃないの? 言い方が厳しいかも知れないけど……弱かろが強かろうが、キミがあのギルドに入っていようといまいと関係なしに彼処はそう遠くない未来に必ず欠員を出したんだよ。黒猫団が、仲良しグループで集まって出来たギルドだったなら尚更……最初の欠員が出たら最後、メンバーの誰かが今の君みたいに「俺のせいだー」とか言いだして全員が後を追って結局誰もいなくなる。どうせ、今回のイベントボスにソロで挑んだのだって「死ぬならそれも仕方ない。当然の報いだ」とか思ってたんじゃないの?  本当にさ、いったい何処まで貶せば気が済むんだよ。その後悔は誰に向けての物だ。亡くなった黒猫団? それとも約束した彼女? ――履き違えるのも大概にしなよ。その後悔は、 "自分に向ける物" だ! 償う為に自分の命を使うとかふざけないでよ……? 死人に口なし。償いなんてモノは、所詮 "自己満足" でしかないんだよ! 気づいてないだけで、人間は端(はな)から屍(しかばね)の上に生きているんだ。その積み上げた山が今更少し増えたから何だって言うのさ、自分の知らない所で他の人間や蟻・動植物が死んでも気にしない癖に身近な人間の存在が亡くなった途端に騒ぎ出す。人間なんて大半がそういうロクデナシの集まりなんだよ……。キミが今すべきはこんな事じゃない……たとえ詭弁(きべん)と罵声を浴びせられようと、その責任を踏み台にしてでも『今生きてキリトの事を心配してくれてる人達の為に精一杯足掻いて生き抜く事じゃないの?』此処で死んだって、黒猫団のメンバーは "キリトを残して全員死んだ" 事実はキミが何をした所で変わらない……唯一変わる事があるとすれば、それはキミが自分の中にある罪悪感から解放されるだけ」

 

  "――今更どう足掻いても、もう手遅れなんだ。"

 

 まくし立てる様に言い切り、最後の言葉を紡ぎ終えた僕は途中から当時の事を思い出してか本格的に泣き出してしまったキリトの上からおりて僕はその横に座る。責任を背負ってでも生きる事を目的としなかったのは、誰かさんの二の前にしたくなかったからなのか――。

 

「ああ、そうだ……今のキリトに渡す物があるんだ。だからちょっとインベントリからアイテム取り出したいんだけど見ての通り無理だからさ、早く何とかしてよ」

 

「えっ……? あっ、ごめんなさい……」

 

「謝罪なんていらないから早く、はーやーくー!」

 

 暗く重い雰囲気をぶち壊す様な此方の調子に目を瞬かせたキリトだったが、直ぐに自身のインベントリから二つのアイテムを取り出し、僕に使ってくれた。

 一つは欠損回復促進剤(けっそんかいふくそくしんざい)という "欠損した部位が修復されるまでの時間を大幅に短縮する" というモノ。もう一つは馴染み深い回復結晶(かいふくけっしょう)。キリトが対象を僕に合わせ「ヒール」と呟きながら結晶を砕くと、瞬く間に僕の体力はデッドラインから全快に至り、それから一分程で先に斬られた右腕が生えてくる。

 

 そして僕はインベントリを開き、タブをギルドストレージへと移動させて中から一つアイテムを取り出して、キリトに申請した一方的なトレードを受理(じゅり)させた。

 

「メッセージ録音クリスタル……これを、俺に?」

 

「そうだよ。内容は知らないけど、僕がキリトと知り合いって感づいた人たちがいてね……渡してきたんだ。「二〇二三年の十二月二十四日、これをキリトさんに渡してもらえませんか?」って」

 

 オブジェクト化したクリスタルを眺めるキリトへ僕は自分の耳を両手で塞ぎ露骨な『聞こえませんアピール』をしながら早く聞くように促すと、苦笑いの後に意を決した様な表情で彼はクリスタルにある三角形のボタンを押す。

 

 ――あっ、あーっ……ケイタ、これでちゃんと録音されてるのかな?

 

 ――ちゃんと使ったし大丈夫だろ。それより早くしないと皆帰ってきちゃうぞ?

 

 聞こえたのは、自分にとっては聞き覚えのある程度……しかしキリトにとっては聞き馴染みのある二人の声。

 

「このクリスタルが使われたという事は、恐らく私はもう死んでしまった後だと思います。どうか、これを聞いているアナタがキリトさんである事を願ってメッセージを遺させていただきました――私は、月夜の黒猫団というギルドに所属しているサチという者です」

 

 彼が守れなかった少女の声にキリトは半ば放心した様子で声のするクリスタルを一心に見つめていた。

 

 『 "キリトのレベルが自分たちよりもずっと高いという事実を偶然知ってしまった事" 』・『 "自分はこの先長くは生き抜けないだろうという事" 』・『 "もし死んでしまったとしても、キリトに責任はないという事" 』。そこには "彼女がキリトに抱いていた感情" も含めた全てが克明に刻まれていた。

 そして、録音されていたのは彼女の告白だけではない。

 

「えっと、俺は月夜の黒猫団リーダーのケイタだ。万が一の時に備えて、ここにキリト宛ての伝言を残したいと思う。実際にその時が来たら酷い事しか言えないだろうから……多分、これを聞いてるって事は俺が散々言った後なんだよな。だからそれは忘れてくれ――俺は、 "キリトが黒猫団に来てくれた事が本当に嬉しかったんだ" 」

 

 続く少年の言葉を聞くに彼自身もまた、キリトのレベルが高いと勘づいていたらしい。「優しいキリトの事だから色々誤解されるのが恐くて言い出せなかったんだろう?」と、見透かした上で楽しげに笑う声からは怨(うら)みなんてモノは微塵も感じられない。

 そしてケイタの伝言が終わった後には、サチが歌ったと思われる歌が記録されていて――。

 

「キリトさん――ううん、キリト。今までありがとう……さようなら」

 

「俺達が死んで、キリトだけが生き残ったからって後追いなんかするなよ? ――じゃあな、キリト。楽しかったぜ!」

 

 そう締めくくられていた。

 隣で声を殺して泣いているキリトに声をかけず、僕は黙ったまま雪の上へ寝転がり、空を仰いだ。

 大切な人が居なくなったって、シンシンと雪は降り続ける。何も変わらない。いつもと同じで、淡々と世界は動いていく。

 

 ――シャルテにこんな事を頼むのはいけない事だってわかってる……でも、もしキー坊が本当に危なくなったらその時は助けてやって欲しい。

 

 ――シャルテ。万が一の時はキリトをぶん殴ってでも良い、止めてくれ。我が侭な言い分なのはわかってるんだけどよ……アイツには、死んでほしくないんだ。

 

 ――シャルテくんお願い、キリトくんを止めてあげて。私じゃ、どうしようもなかったの……あのままだと、キリトくんが壊れちゃうよぉ……。

 

 ――あの……今年のクリスマスにキリトさんに渡して欲しい物があって、でも、多分私たちじゃ渡せないんです。だから、お願いできますか……?

 

 ――俺からも頼むよ。ロッティって名前が偽名とか、噂で味方殺しって言われてるとか、そんなの知った事じゃない……頼れるのはシャルテさんしかいないんです。

 

 (例えどんな世界でも、こんなに愛されてるなんて君は幸せ者だね――キリト)

 

 伸ばした手の先には何もなく、僕の指は虚しく宙を切るだけ。そうこうしてる内に左腕は生えており、キリトのソードスキルを受け止めた時に曲がった

左手から零れ落ちて雪の中に埋まったソリッドナイフをインベントリを使って取り戻し、僕は痛みを我慢しながらゆっくりと立ち上がって泣きじゃくる彼に手を差し出す。

 

「キミの帰りを待ってる人が居るんだ……今更どんな顔(かお)して会えばいいとか思ってるなら一緒についていってあげるから。ほら、帰るよキリト」

 

「シャルテ……俺、お前の事を――」

 

「グダグダうるさい。あれはワザとそう動く可能性のある言い方をしたんだから、キリトがカッとなって何をしようと全部僕の自業自得。でもまあ……何かしら手を出した事に負い目を感じるなら、今、その手に残る感触や恐さに慣れない事」

 

 そう言っても未だ迷いがある様子に僕はシビレを切らしてキリトの腕を掴んで強引に立ち上がらせた。

 

 此方としては最大限警戒心を張っていた事で疲れがたまっているのだ。だからもう帰って寝たい気分なのに、どうもそうは行かせてくれないらしい。

 フラつくキリトに肩を貸してクラインが率いる『風林火山』の待つ場所へと引き返して、キリトとクラインの二人が仲直りする様子を一歩離れたところで眺めていた僕に聖竜連合として部隊を率い、クラインたちと対峙していたリンドから声をかけられたのだ。

 

「シャルテ。少し時間をいいか」

 

「少しなら良いですけど、何ですか……」

 

 リンドの言葉に静寂が訪れ、不機嫌を隠すでもなく返事をして渋々頼みを承諾すると、彼は自分が率いていた部隊に向かって手招きをした。そうして人混みから現れたのは、見覚えのある男。

 

「お前は、どうせ俺の事なんか覚えてないだろうけどなぁ……俺は第一層のあの日以来、お前の事を一度たりとも忘れた事がない。味方殺しのシャルテ……俺と勝負しろ」

 

 憎しみがたっぷり込められた言葉にキリトは男の正体に感づいたのだろう。

 僕も忘れた事はない。相手は第一層で僕に言いがかりをつけてきたプレイヤーだ。だとしても、勝負を受けてやる義理などない――。

 

「嫌だよ面倒くさい。疲れてる時に、何で買う必要のない喧嘩を買わなきゃならないのさ」

 

 そう言い返せば、男は額に青筋を出しながら「味方殺しの噂を流したのは自分だ」と言い出したが、それに関しても証拠がないのだから暴露(ばくろ)しただけ損(そん)である。そのままテキトーに流して帰ろうとも思ったが、一人寂しく大きな独り言を垂れ流していた男が「僕の知り合いに手を出す」なんて言ってきた。

 それに僕が少しだけ反応を見せると、相手は重点的にそこを狙う様な発言を繰り返す。

 

「はぁ、面倒くさいなぁ……いいよ。やればいいんでしょ、やれば」

 

「それでいい……試合方式はノーマルだ。異論はあるか?」

 

 男の提案に周囲がどよめき、それを僕が了承した事で場の空気が一転して重苦しいモノに変貌(へんぼう)する。

 方式のノーマル。別名『完全決着モード』と呼ばれるそれはどちらかの体力を削り切った方が試合に勝つシンプルな物だ。しかし、体力の全損が死に直結してしまう今となっては好き好んでこの方式を取るプレイヤーはまずいない。

 つまるところ、相手の男は "殺し合い" をする気なのだろう。

 

 (それにしては視線が動き過ぎてるし、腰が引けてるよね……)

 

 男から申請されたデュエルを内容を確認して、承諾。戦闘用に円形の範囲が広がり、外野はその外周(がいしゅう)へと追い出された。

 試合開始まで一分を示すカウントが徐々に減り始める中、背後から感じた視線に振り返ってみれば心配そうな表情を浮かべるキリトやクラインたち風林火山の面々と目が合い、「安心して欲しい」といった意味を込めて笑顔を浮かべる事にしたのだが、全員から顔を逸らされてしまう。

 やはり、慣れない事をするのは止めた方が良いようだ。

 

 そんな事をしている間に残りカウントは三十秒を過ぎた事を皮切りに僕は警戒心を一気に高め、男の目を見て勝手なルールを一つ追加する。

 

「一つ、キミが有利になるルールをつけてあげる。開始から三分の間、僕は一切攻撃をしない。その時間内にキミが一撃でも攻撃を当てて僕の体力を減らせたなら、僕を好きにする権利をあげるよ。奴隷にするも良し、殺すも良し、辱めるも良し……。あー恐い恐い」

 

 残り十秒。おちゃらけた様に言いながら、僕は何食わぬ顔で自分の両腕を半ばで斬り落とす。

 

「これ位なら腕が生えるまでは約三分……よろしくね、オニーサン?」

 

 ただでさえ疲れているのにこんな面倒な形式をとったのは、睡眠を邪魔してくれた事と疲れている中で厄介に巻き込んでくれた事への細(ささ)やかなお礼だ。

 自らに課した枷(かせ)に警戒心は尚高まっていき、男は僕の挑発に苛立ちを増していく。

 そうして刻むべきカウントがなくなり、迷う事なく長剣を構えて此方に突っ込んできた男の唐竹を僕は半身になって避ける。

 

 (あれだけ煽ったから流石に太刀筋が大振りだな……読みやすくて助かるよ、本当に)

 

 キリトやウルズたちと比べるのはあんまりかも知れないが、はっきり言って彼のレベルは低い。勿論、プレイヤーのレベルではなく戦闘面に関する上手さの話しだ。今のままでは彼が一撃を当てるのは不可能に近い。

 (だからといって油断する気も無いけどね……。)

 

 足下を掬(すく)われない様気を引き締めていると、想像よりも早くタイムリミットは訪れた。

 音を立てて切り口から伸び始めた腕が生え終わると僕は使い捨ての短剣も使わずガムシャラに向かってくる男の背後に回り、いつかのデュエルと同じ様に相手の手足を砕く。

 

「さぁ、形勢逆転(けいせいぎゃくてん)。チャンスを生かせなかったキミの負け――死ぬ覚悟はできた?」

 

 使い捨ての短剣を手に男の頭と胴を斬り離す事で生まれた生首(なまくび)にそう語りかけてみたところ、相手は目に涙が浮べた。

 それでも容赦なしに男の頭頂部を踏み潰す事で行動不能状態にしてから、僕はウィンドウを操作し、降参する事でこのデュエルを終わらせる。

 

「お望み通りデュエルはしたよって言っても聞こえてないよね……リンドさん、僕はこれで失礼します。キリト、クラインさんたちも行きましょう」

 

 そうして街まで戻り、目指す目的地はアスナの宿。辿り着いたら今度はドアを開けてキリトの背を押して有無を言わさず中に押し込むと後はクラインに任せて僕は一人、誰もいないであろう自分の宿に向かう。

 

「――遅かったではないかシャルテ……ところで、貴様は何故そんな驚いた顔をしているのだ?」

 

「いや、それはこっちの台詞(せりふ)なんだけど。何でウルズがアスナの宿じゃなく僕の方にいるのさ……後、さりげなく馴染んでるけどリズベットも何呑気にくつろいでるの」

 

「何でって、私とウルズはキリトって人と関わり薄いし……あの場に居ても空気を悪くするだけでしょ」

 

 それはそうかも知れないが、だからといって僕のところに集まる意味もないのでは――尋ねるよりも今は身体を休めたくて仕方がなかった。

 

「まあ、別に良いけどさ……僕、ちょっと疲れたから寝る。リズベットの話しは後日にでも……ウルズは、僕が寝てるからって勝手に料理しない事」

 

 そう言った僕は二人の返事を聞かず、自分の寝室に入るなりベッドへ向かう間もなく、そのまま床に倒れる。

 

 (疲れた……)

 

 久しぶりのマトモな痛みは感覚を良く冴えさせてくれたが、同時に疲労も相応に溜まってしまった。

 しかしこの痛みにも直ぐ慣れるだろう。

 

 連続で鳴るメッセージの通知を無視して、僕はゆっくりと忍び寄る睡魔に警戒心を解いて身を委(ゆだ)ねた――。

 

 * * *

 

 クリスマスの用事と想定外のデュエルをこなしてから約三日後の朝――それが、僕の目を覚ました時間だった。

 

「んぁ……もの凄いメッセージたまってる」

 

 起床後の癖で真っ先に確認したメッセージの件数は半分寝ぼていても驚けるだけの量で、僕はそっとウィンドウを閉じてベッドに潜り、もう少しだけ睡眠を貪(むさぼ)ろうとした矢先にメッセージの受信音が鳴り響く。

 それも一度や二度じゃなく、大量に来すぎて音が繋がっている状態。

 

「うるさいなぁ……誰だよもー」

 

 こんな事をされては眠れたモノではない。睡眠を妨げられた事に若干の苛立ちを覚えながら騒音の主をチェックすると、犯人が五人もいた――というより、恐らく全員グルだろう。

 

 (こんなんじゃメッセージを遡るにも難しいし……皆がいるとするならアスナの場所かな)

 

 流石に此処のリビングで全員が送信ボタンを連打しているとは思えないし、思いたくもなかった。

 まあ、何にせよひとまずは湯に浸かってシャワーも浴びて身体を綺麗にしてから行動しようと考え、僕は服も何も乱れたままで寝室を出る。

 

 そうして真っ直ぐ脱衣場に向かい、僕は脱ぐよりも先にギルドストレージから取り出したバスタオルで身体を包み、その中で上着から順に脱いで畳んだ衣類を備え付けの全自動洗浄機(ぜんじどうせんじょうき)へ放り込もうと蓋を開けたところで、僕は動けなくなった。

 

「あは、あはははは……おはようシャルテ」

 

「――すいません、間違えました」

 

 何故か洗濯槽(せんたくそう)に入っていたキリトっぽい人物を見ぬフリして、僕は勢い良く蓋を閉める。

 

「待ってくれシャルテ! 誤解だ!」

 

「あーあー、何も見てない聞こえない」

 

 おかげで眠気も何も吹き飛んだ。キリトがまさかこんな事をするとは予想外にも程がある。とはいえ、彼も外見だけ見れば年頃の男性。健全といえば健全なんだろうが――。

 

「僕ならともかく、ウルズとかリズベット、時々くるアスナやアルゴ辺りを狙ったなら……このまま綺麗になってもらうけど」

 

「いや、シャルテでもダメだろ! 頼む、話しだけでも聞いてくれ……!」

 

 (その言い方だと綺麗にした後に話しを聞いても同じなんだけど……まあ、いっか)

 

 刑を下すのは別に話しを聞いた後でも良い。ひとまず蓋を開けてみると光が差したと思ったのか表情を明るくするキリトの顔があって、此方が "左手" を差し伸べると何の疑いもなく彼は僕の手をとった。

 そうして、繋いだ腕を僕は縄で縛る。

 

「えっ……?」

 

「話しを聞いても良いけど、僕は先にお風呂入るから。逃げない様に手錠代わり」

 

 うろたえるキリトを無視して広さ六畳(ろくじょう)程度の浴場に引っ張って行き、ボタン一つで長方形の湯船(ゆぶね)に張られた水は四十度のお湯に変わる。そこに僕はゆっくりと身体を浸けて、心地良さから息を吐く。

 

「あぁ、そうだ……。キリト、縛ってる腕は仕方ないけどキミが故意に他の部位に触れたら、わかってるよね……?」

 

 そう視線で圧をかけると、キリトは身体を強ばらせながら無言で首を縦に振ってくれた。それなら問題はないだろう。

 以前と比べて彼に慣れているとはいえ、未だ故意の接触を仕方ないと割り切れる段階にはない。

 

「……そんなにチラチラこっち見て、視線がやらしいんだけど」

 

「なっ――!? 違う!」

 

「いや、わかってるけどね……ただ、仕方ないとはいえ地肌をそんな挙動不審に見られるのは僕も恥ずかしいんだから。見ないなら見ない、見るなら見るではっきりしてよ」

 

 一応、長めのバスタオルで脇の位置から足先までしっかりと覆っているがそれ以外は思い切り露出してしまっている。此方を向いた時、キリトの視線は決まってその付近を彷徨っている辺り、恐らく僕の髪を見ているのだろう。その推測は彼によって肯定される。それから一通り全身を洗い、脱衣場で着替えも終えてリビングに出たところで、人の気配がした。

 数は五つ。入浴する前には気づけなかったが目も完全に覚め、警戒心を張り直した今の状態では気づくなと言う方が無理である。

 

 (ウルズの部屋に『三』・台所に『二』……)

 

 朝から騒々しくメッセージを飛ばしていた人数より気配が多い事に内心で首を傾げたくなったが、無理な話しではない。フレンドに関しては宿の出入りを自由としている以上、それらとパーティーを組めば見知らぬ人間も中に入る事はできる。

 

(でも強盗目的だったらキリトがいる時点で大方解決するだろうし……そもそも嫌がらせみたいにメッセージを沢山送れる時点でそれはないか。怒られるのが嫌ならあんな事しなきゃいいのに)

 

 ため息を吐き、脱衣所からは互いに死角となる台所へ向かった僕たちの存在に真っ先に気づいて迎えたのは "三角巾(さんかくきん)に落ち着いた紺のエプロンを着けた男" 。

 

「おはよう、シャルテ君。少しばかり君に用事があってね。今目が覚めたのなら朝食がまだだろう、席について待っていてくれ。もう直ぐ完成する」

 

 ――血盟騎士団の団長、ヒースクリフだった。

 

 彼の後ろには同じくエプロン姿のアスナが居て、彼女は少し遅れて僕の存在に気づき、申し訳なさそうな表情を浮かべている。そんな光景から僕はゆっくりと目を背け、一番近くにあった脱衣所の扉を再びくぐった先で頭を抱えてうずくまる。

 

「きっと夢だ。ヒースクリフさんが料理してるのも、キリトが洗浄機に隠れてたのも、それなら辻褄(つじつま)があう」

 

「しっかりしろシャルテ、これは夢なんかじゃない……現実だ」

 

 ならばどうしてあんな場所に隠れていたのか。問いただすと、キリトは少し戸惑いを見せながらも重く閉ざされていた口を開いた。

 

「二日前にアスナから呼びだしがあって彼女の宿に行ったんだ。そこにウルズも居て『シャルテが朝になっても部屋から出てこないんだけど大丈夫なのか』って聞かれたんだが、シャルテが三~四日寝通すのは偶(たま)にある事だから今回もそうだろうとは思ったんだけどな……。あまりにもウルズが不安そうだったから、皆でメッセージを送る話しになったは良かったんだけどそれがエスカレートして――」

 

 要するに、あの嫌がらせの如きメッセージは僕が一度熟睡してしまうと自然に目覚めるまで滅多な事がない限り起きない事を知らなかったウルズの心配が切欠になったらしい。

 そして今日、キリトが洗濯槽に隠れていた理由も続けて説明された。

 

「――今日で三日目だろ? だから、そろそろシャルテが起きる頃だと思ってリビングで待ってたんだ。そしたらしばらくしてシャルテの部屋から服の乱れた人が出てきて、まさかそれがシャルテとは思わなくてだな……その人がこっちに降りて来たから慌てて隠れた先がアソコだったんだ」

 

 そんな事を言われて、目が覚めた時の自分がしていた格好を思い出してみる。

 

 (言われてみれば、なんかだらしなかった気がしないワケでもない様な……)

 

 ウルズとの話しをする雰囲気を聞くに、この短期間でそこそこ親交が出来たのだろう。僕の宿に入れたのも、彼女から僕がフレンドの出入りを自由にしてる話しを耳にしていれば違和感もない。

 もっとも、胡散臭さが全く無いワケではないが、彼の事だ。嘘をついていた場合、毎日顔を合わせていればその内我慢できずに白状するだろう。

 

「少なくとも俺が来た時は此処に誰も居なかったから、ヒースクリフやアスナは俺たちが浴室にいる時来たんだと思う」

 

「はぁ……どんだけタイミング良いのさ。せっかく疲れがとれた矢先にこれとか」

 

「すまん……その、大丈夫か?」

 

 謝罪の言葉を口にしたキリトへと、僕は気にしなくても良いという旨を伝えて立ち上がり、僕と彼とを結ぶ縄を解いた。話しが聞けた以上、縛りつけておく理由もない。

 不機嫌の度合いは増し、それを表情に出さない様に努めて再びリビングへの扉をくぐった先でヒースクリフとアスナは協力してテーブルに料理を並べていた。

 その傍まで進み、僕は二人を一瞥する。

 

「色々と聞きたい事があるんですけど、ありすぎてもう何から切り出せば良いのか分からないのでヒースクリフさんの要件から話していただけませんか」

 

「ふむ……ならば、行儀の悪さを指摘されてしまうかもしれないが食事をとりながらにしよう。安心していい、私の料理スキルはアスナ君から保証されている。キリト君も一緒にどうかね」

 

「えっと、じゃあ、俺も……食べようかな」

 

 キリトの乾いた笑いと、どこか僕の表情をうかがうアスナで視線で会話を交わす中、静かな「いただきます」の言葉を唱え終えると二人が真っ先に箸を伸ばし、次にヒースクリフ、そうして全員が口をつけてから少し間を置いて自分の分に手をつけると、ヒースクリフは苦笑いを浮かべて困った様な表情を浮かべた。

 

「君の警戒心は底が知れないな……キリト君とアスナ君は如何にしてシャルテ君と親しくなれたのか、是非とも御教授願いたいモノだ」

 

 ヒースクリフの言葉に名指しされた僕以外の二人から驚きを含めた視線を向けられた。

 

 (気づかれない様にしたつもり何だけどなぁ。ハッタリとも思えないし、相変わらずこの人はやりにくい)

 

 本当に考えを読ませないのが上手い人とは、視線に何も込めないモノだ。空っぽである以上読み取るべき物もないのだから真偽を探る事ができない。ヒースクリフは、それができる男だ。

 ギルドリーダーより、参謀(さんぼう)の方がよっぽど向いている。

 

「勘違いしている様ですけど、口に出さないだけで親しい・親しくないに関わらず警戒はしますよ。大なり小なり、個人差はありますが――アナタみたいなやり手の人を警戒するなという方が無理な話しです」

 

「ふふっ、君にそう言って貰えるとは思わなかったよ。しかし……そうか。やり手と褒めてもらえた事は素直に嬉しいモノだ。ありがとう」

 

  "ほら、そういうところだよ――。"

 

 棘のある言葉に対してそれを咎めようとはせず、称賛(しょうさん)された事を見抜いて逆に感謝の言葉を述べる。何も知らない周囲には『ヒースクリフは寛大』という印象が強く残り、僕の印象は良くて平行線、悪ければ地に落ちる二者択一。

 

「そもそも、僕みたいなプレイヤーがヒースクリフさんみたいな大ギルドのリーダーと親しくしようなんて恐れ多くて、話しかけようにも踏鞴(たたら)を踏んでしまいます」

 

「そういうモノか……私個人としては、気にせず話しかけてもらえた方が嬉しいのだがね。私とて一介のプレイヤーだ。それに特別扱いされるのも、存外心苦しいモノがある」

 

「なら、今後は可能な限りそうさせていただきます。……それで、僕に要件とは何でしょうか」

 

 このまま話していては埒があかない。僕はそう判断して極力自然な流れで話題を変える。

 彼もそこに込められた二重の意味を察したのだろう、敢えて「すまない」と前置きを置いてから本題を口にした。

 

「実はシャルテ君も知るウルズ君を血盟騎士団に勧誘してみたところ、彼女は条件付きで了承してくれてね。その条件というのがシャルテ君……君の了承なんだ。「私が宿を空ける機会を増やせば、唯でさえ友達の少ないシャルテが寂しくて泣いてしまうのではないか」と大層気にかけていたよ」

 

「そうですか。僕としてはウルズが自分でヒースクリフさんのギルドに入りたいと言ったなら一向に構いませんよ。彼女が宿を空ける機会が増えれば、僕の一人で落ち着ける時間が多くなりますから」

 

「わかった。では、彼女には私から多少オブラートに包んで話しておこう」

 

 そこで一度会話は完全に途切れて静寂が降り立つが、ヒースクリフは新たな話題を作り出して静寂を打ち破る。

 

「しかし、キリト君もいるのならちょうど良い……君たち二人には次のボス攻略戦に参加してもらいたいのだが、どうだろうか?」

 

 次とは、即ち第五十層に君臨するボスの攻略。それが意味する事をキリトもわかっているからだろう、僅かに身体を強ばらせていた。

 

 多数の犠牲者を生み、アインクラッド解放軍を半壊に至らしめた第二十五層をクォーターポイントと称するのであれば、第五十層はハーフポイント――つまり、強化されたボスが現れる危険性が濃厚。

 

「君たちも知っているだろうが、この第五十層はアインクラッド全階層の折り返し地点。ハーフポイントにあたる。クォーターポイントでボスの強化が見られた事を踏まえると今回も同様である可能性が高い……よって、今もてる最大戦力で挑みたいのだ」

 

「俺は……参加するつもりだ。もう誰かが死ぬのを指を咥えて見ている真似はしたくない」

 

「僕も、別に良いよ」

 

 キリトの覚悟を決める様な強い言葉に比べて僕の返事はとても軽い調子である。しかしヒースクリフは一言だけ礼を述べるに止まった。

 それでようやく話しも終わったと思いきや、僕はヒースクリフから『高レベルの短剣使いが必要』というクエストの手伝いを頼まれてしまい渋々了承する羽目になってしまい午後の予定が決定してしまう。

 

 その後、「ごちそうさま」のかけ声を終えてヒースクリフは宿から去った事で僕が息を吐くと、アスナとキリトの肩が震えた。

 

「二人とも、今回はメッセージの連投で僕の睡眠を邪魔した事は水に流してあげる……だから、ちょーっと頼み事を聞いてくれないかな。聞いてくれるよね?」

 

 拒否権を封じる言い方をしてみると二人は無言のまま首を縦に振ってくれたが、それに怯えたのかすっかり小さくなってしまったキリトとアスナに「そんなに無茶は言わないから」。そう言って僕は頼み事の内容を伝える。

 

「キリトの件は本人と話し合いをしてみないと難しいから、その時はアスナも立ち会ってくれると助かる」

 

「わかった、うん……やってみるよ」

 

「俺も、シャルテには色々世話になってるからな……とりあえずやるだけはやってみる」

 

「そう……キリト、アスナ、ありがとうね」

 

 これで事が上手く流れてくれるのならば問題はない。

 ヒースクリフとの約束まで空いていた時間でメッセージを全て確認し、ウルズの部屋に隠れていると思われる三名には自分が起きた事・後で説教する旨を記したメッセージを飛ばしておいた。

 

 やがてヒースクリフとの約束を果たす時刻まで十分前となり、ボロボロだったコートを色違いの物に変えて道中のNPCが経営する店で防具も買い換え、彼と待ち合わせを予定した転移門傍に向かうと彼は既にそこで待っていた。

 僕が送ったパーティー申請は受理され、片や大ギルドのリーダー・片や曰く付きのプレイヤーという異色のパーティーが生まれる。

 

「では、行こうか……クエストは既に受けておいたよ。目的地は "此処より少し下、第四十層にある" 」

 

「わかりました。公開処刑でない事を祈っておきます」

 

 僕の言葉を耳にした彼はその可能性を否定してから第四十層へと飛び、僕も直ぐに彼を追って四十層へ向かう。

 到着した際に隠蔽を使おうとするもヒースクリフ本人に止められ、結局姿を晒したまま目的のフィールドまで来てしまったのだ。

 

「――さて、此処がクエストの目的地だ」

 

 辿り着いたそこは、だだっ広い草原が広がるエリア。アイテムを採取できそうな場所も、イベント用のオブジェクトらしき物もない――あるのは、近くにたまる十はくだらない人の気配だけ。

 

「ヒースクリフさん……クエストなんて、本当は無いんでしょう?」

 

 そう言って僕は腰に差してある黒いウィングエッジを鞘から抜き、ヒースクリフもボス攻略戦の時に見慣れた大型の盾と長剣を呼び出した。

 

「いや、私が君に頼んだ手伝い……それこそが今回のクエストだ。そして、君が必要という事も間違ってはいない」

 

 一分もせず、現れた総勢二十幾ばくかのオレンジプレイヤーが僕たちを囲う。

 こうなってしまった以上、最早言葉は不要である。

 

「いくぞ、やっちまぇェエエエ――えっ?」

 最初に威勢良く叫びをあげながら此方へ向かってきた男は真っ先に僕の傍に到着できたモノの、武器を振り上げた時点で眉間を長剣に貫かれ、地面に伏せた。

 素人目から見てもわかる流れる様な動きに、相手の動きが一瞬だけ止まる。その隙をついて僕がヒースクリフに迫っていた相手の腕を斬り落とす。

 

「なるほど――そういう事ですか」

 

「理解が早くて助かるな。騙してしまったお詫びは、後日改めて行おう」

 

「そんなモノいりません。次からは反省して事前に言ってくだされば、それで十分です」

 

「ふっ……善処しよう」

 

 こういう事を口にする人間に限って治す気がないのだ。もっともヒースクリフの場合はそれが "有効" と判断した上での故意の為、端から理解する気もない空返事(からへんじ)に比べればよっぽどマシであるが、同時に質の悪さも一入(ひとしお)である。

 『こんな話し聞いてない!』と抗議しようにも彼は一切嘘をついていないのだから、尚更。

 

 (誰からのクエストとも言ってないし、この相手を誘(おび)き出すには確かに僕がいた方が探す手間も省けて都合が良い……攻略組として有名なヒースクリフが一緒の以上、攻略組を崇拝したり、くだらない正義心を振りかざしてくるプレイヤーが狙ってくる可能性は極端に低くなる。そんな中でこれだけの徒党を僕を狙うのは彼を知らないただのオレンジプレイヤーか、ラフィンコフィンの連中か――)

 

「しかし、君も随分と厄介な組織に目をつけられてしまった様だね」

 

「全くですよ…… "手加減するのも楽じゃない" 」

 

 僕の言葉に彼は笑みを浮かべると、此方と背中合わせに並んだ後で小さな声が飛んでくる。

 

  "なら、その苦労を少しばかり減らす手助けをしよう――。"

 

 手助けも何も自分で誘き出したのだから片付けをするのは当たり前だろう。なればこそ『彼なりのジョーク』と考えたのだが、そこに込められていた真意は全員を倒し終えて縄で縛った時にようやく明かされた。

 ヒースクリフは徒党の中でもリーダーらしかったプレイヤーに対して尋問をした後、その相手に一言添えてから縄を解き、敢えて逃がしたのだ。

 

 ――君の所属するギルドの幹部に伝えたまえ。『攻略の邪魔をするな』。

 

 そうして残ったプレイヤーを僕がヒースクリフから渡された転移結晶二つと回廊結晶を用いて全員牢に入れた後、何故か五十層にある酒場に向かう事になった。

 

「――良いんですか……啖呵切っちゃって」

 

「何、気にする必要はない。今シャルテ君を失ってしまえば攻略にも支障をきたしてしまうからね……それに、私は一言も嘘をついてはいない」

 

「確かにそうですけど……アナタに貸しを作るのだけは絶対に避けたいです」

 

「これは血盟騎士団という組織ではなく、私個人の独断だ。もし今回の事を貸しだというなら、私は君に少し意地悪な同行の頼み方をした。それで帳消しにしてくれると有り難いのだがね」

 

 余裕をもった笑みを絶やさずにいるヒースクリフの視線からは何も読み取れない。だが彼の「今のシャルテ君は」という発言を聞く限り、生かしたのは『攻略に必要だから』とも受け取れる。

 互いに貸し借りを零にしたところで、暗に "攻略へ参加しなければ切り捨てる" と言いたいのか。勘ぐりを悟られない様に注意をしていたつもりだったが、目の前の男が突然笑みを深めた事に背筋が総毛立つ。

 

「君の周囲に対する警戒心の強さには驚かされてばかりだな……冗談で僅かな殺気を向けた途端にそうも切り替わるとは、面白い」

 

「冗談でやらないで頂けますか……面白がってやられる僕としては心臓に悪いので」

 

 不機嫌を前面に押し出して誤魔化すが、恐らく無駄。真正面にいるヒースクリフからは、テーブルの影になっていても僕の左手が腰にある短剣へ伸びている右手を押さえている事は筒抜けだろう。

 

「そうだな……すまない。 "今見たことは誰にも言わずに伏せておこう" 」

 

「そうしていただけるのであれば、助かります」

 

 ――やはり、僕はこの男が苦手だ。

 

 楽しげな雰囲気が立ち込める酒場の中、僕とヒースクリフの座る一角だけ重苦しい空気が漂い、僕はそれに堪えきれず代金だけを彼に渡して酒場を飛び出した。

 気分が悪さを紛らわすべく、そのまま自分の宿に戻ってみれば、そこにアスナとキリトの姿は無く、在ったのは一人で茶を啜ってくつろぐアルゴだけ。

 

「お邪魔してるゾ、シーちゃん」

 

「そうだね……朝からお邪魔してたよね。それだけじゃなく僕の二度寝の邪魔もしてたよね……あれは僕の思い過ごしなのかなー」

 

 さも『少し前から待っていた』雰囲気を醸すアルゴに追及の矛先を向けると、すごい勢いで頭を下げられた。

 それを無視して僕は彼女の対面にある椅子に腰をおろし、他の二人は何処へ行ったのかを聞くと、彼女は元々隠す気もなかった様であっさりと居場所を口にする。

 

「リズベットとウルズならアーちゃんが『金策』についての話しがあるとかでキー坊も一緒に連れてったから、多分今はアーちゃんの宿だナ。オレっちはシーちゃんに言いたい事があって、こうしてくつろぎながら待ってたのサ」

 

 コツン――と、一瞬の静寂はテーブルに置かれたマグカップが鳴らす音に支配され、僅かな間を置いてアルゴはしっかりと僕の目を見つめて言葉を紡ぐ。

 

  "キリトを助けてくれてありがとう、シャルテ――。"

 

 アルゴがキリトを愛称も何もなく読んだ事に驚きながら、僕は「別に」とぶっきらぼうな返事しかできなかった。

 

「……オネーサン、こう見えてシャルテの事もちゃんと心配してるんだぞ」

 

「はぁっ? いきなりどうしたのさ……何か悪い物でも食べたの? 大丈夫?」

 

 ありがとうなんて礼を言われた後に突然そんな爆弾を投げつけられ、僕は跳ねた心臓を黙らせて言葉を返す。

 失礼にも程がある僕の言葉を、アルゴは笑いも、怒りもせずに受け止めた上で「今から話すのはオネーサンの独り言だ」なんて声を残し、話しの続きを口にする。

 

「キリトを助けるのに、今回はシャルテがいた。多分、二人は何処かしら似てるんだろうな。だからこそキリトにとってシャルテの声はどんな暗闇に居ても耳に届く光となる……でも、キリトの声はシャルテには届かない。キリトに限ったワケじゃなく、此処にいるプレイヤー全員合わせても結論は変わらないだろう。シャルテの見ている世界にはキリトたちが居る。でもキリトたちが見ている世界にシャルテは居ない……オネーサンみたいに半端決め込んでるワケでもないみたいだからな。難しいかも知れないが、少しは甘える事を――っ」

 

  "――それ以上言わないで……。"

 

 ヒトリゴトを語るアルゴの眼前に、僕は使い捨ての短剣の切っ先を向けた。

 

「お願いだから、僕に斬らせる様な事、させないでよ……」

 

 言葉を言い終えても未だに力強く短剣を握る右手を空いた手と膝を使ってへし折り、痛みに任せて黙らせた。念の為、未だ自由が利く左手の指も足で踏み潰しておき、下に転がった短剣はアルゴに拾ってもらう事で万が一を防ぐ。

 

「アルゴが心配してくれてるのはわかってるし、僕も感謝してるよ。ありがとうね……。でも、そこから先は立ち入り禁止。キミでも、誰でも、警戒心が死んでない平時(へいじ)の時に一歩でもそっちから踏み込もうモノなら、殺される覚悟をして」

 

 『 "だから、それに触れないで。" 』

 

 隠した意味に気づいたのか、彼女は静かに息を吐き、表情も何もかもを一変させて別の話題を切り出してくれた。

 その行動に内心で感謝を述べて、僕も話題に食いつく事にする。

 

「シーちゃんに頼まれてた物件だけどな、狙ってるプレイヤーは中層クラスの奴らが多いらしい。それでもって額が額だけに未だ買い取り手が現れる様子は無いゾ。まあ、万が一そんなプレイヤーが現れてもオネーサンが既に五百万コルを払って仮契約しておいたから、知らない内に買われるなんて事もなイ」

 

「そう……助かるよ。でも、五百万とか出して生活費は大丈夫なワケ?」

 

「問題ないゾ。ふっふっふ……オレっちの貯金額をなめてもらっては困るなァ」

 

 そう言って腹黒い笑顔をつくったアルゴに、僕も少しばかりつられて頬が緩んだ。

 

「ここにカメラみたいな映像保存機能があれば、さっきの表情を撮って売り物にできたのに……」

 

「ちょっと、いきなりそんな商売魂を混ぜないでよ」

 

 露骨にため息を吐いてみれば、アルゴは小さく笑っていた。

 もし、次に彼女と同じような事を聞いてくるとしたらキリトやアスナだろう。一番目聡いヒースクリフは総体的に考えた場合最も確率が低い。リズベットとウルズ、他にもエギルやクラインといった面々は察した上で踏み込もうとはしない筈。

 

 たとえ察しても納得できないなら声を大にして叫べる二人へ、僕が間違ってでも殺すつもりの刃を向けない様に――。

 

 そう、無言で祈る中でも変わらず時は流れていく。

 

 大晦日も過ぎ、また新たな一年が始まってから日は立たない一月の初旬。ついに第五十層のボス討伐が決行される事になった。

 

「諸君……気を引き締めて行こう」

 

 迷宮区。そのボス部屋前に集まったプレイヤーたちはヒースクリフの静かな合図に頷き、彼の後に続いて巨大な門をくぐると、先で広がっていたのは大自然の一角を切り出した様な空間。

 広さは今までのソレとはワケが違い、空までを遮るモノは何も無く、陸地となる草原はどこまでも続いていると錯覚してしまいそうな広大さを誇っている。

 

 その真ん中に、女性らしき者が一人――。

 

 プレイヤーたちとの距離は五メートル前後だろうか、ヒースクリフの指示で身長に近づき、より詳しく視認できる間合いまで近づいてわかった事と言えば身長はヒースクリフに並ぶ高さ、服・髪は全て黒く、身を包む服装はボタンの無いチャイナ服の様相をしていた。

 また、長い髪に隠れてしっかりとは見えないが儚げな表情と雰囲気を醸す女性の姿を目にして、何名かのプレイヤーが彼女に見惚れて現を抜かしたのは周囲を飛び交う視線から見てとれる。

 その感覚に同じ女性であるアスナも気づいたのか、眉をしかめていた。

 

「男ってああいう女性が好みなんだ……へぇ」

 

「アスナ、僕までその『男』の括りには一緒にされたくなくないんだけど……」

 

 近場に居たキリトやクラインまでもが女性の姿に見いってる様子を目にしたアスナの口から漏れ出した抑揚の薄い、見下す様な声に二人とも肩を跳ねさせる中、僕まで一緒にされたくはないと彼女に声をかける。

 

「うん、わかってるよ。シャルテくんのそういう面はリズとウルズちゃんからも太鼓判が押されてるから。ね?」

 

「ああ。以前冗談で「あの手の女性が好みなのだろう」と言ったら、酷い視線を向けられたからな……」

 

 アスナが隣にいたウルズに言葉を投げ、それを引き継いだウルズによって更なる肯定が成された事に息を吐きつつ、僕は表情をしかめながら微動だにしない女性に視線を飛ばす。

 

「まあ、ああいう格好を否定する気はないけど……日常的にあんなスリットの入った服で自分の足を見せたり、もし露出しながらはしゃぎたいだけなら場所をわきまえてよ "変態" とは――ぁっ!?」

 

 『変態』という単語を言い放つと同時に殺気が飛ばされ、咄嗟に使い捨ての短剣を抜いて構えると腕に衝撃があり、僕の身体は短剣ごと押し込まれて後ろへ追いやられてしまった。この間(かん)、体感にして数秒。

 周囲にどよめきが伝播(でんぱ)する中、急に動き出した "女性" は天を仰ぎ――吼(ほ)えた。

 

 その瞬間に綺麗だった空も、大地も砕け散って一面が無色透明(むしょくとうめい)に塗り替えられる。

 

「ブレイであるぞ……キサマのヨウなゼイジャクなソンザイがワレをグロウするなど、ハジをシれ」

 

 感情の死んだ声でそう言った女性の上に、四本の体力バーと名前が表示された事でヒースクリフは陣頭指揮(じんとうしき)を取り始める。

 

「タンクは各班毎に三人一組で縦隊。アタッカーは人数をそのままにタンク部隊の背後へ、サポーターはアイテムによる援護の準備を。総員、厳戒態勢だ……今回のボスは少し違和感がある」

 

 (だよねぇ……ピンポイントで僕を狙ってきたし。今も僕以外に視線を向けないとか)

 

 衝撃に痺れる腕を軽く振りながら、僕は此方を見下す "ロアー・オブ・ティアマト" という名の女性に視線を向けて、息を吐く。この違和感は、ウルズの時に感じたモノに酷似している。

 現にティアマトは攻略組の面々が彼女に敵意を向けると、それを感じとってか緩慢な動作で此方を一瞥し、不機嫌を顕わにして声を荒げた。

 

「ワレに、テキイを、ケンを……アア、ァァアアアッ! ワレがアたえしオンをアダでカエすとモウすか、チれモノフゼイが!」

 

 頭を抱えたかと思えば怒り狂った様に目を赤く光らせた彼女はタンクの一人に向かって握りしめていた群青色の棒を一突き。

 それを綺麗に弾き上げるも、上に逸れた軌跡は彼女が身を捻った事で一回転。二度目の強烈な突きに力自慢のタンクでさえ僅かに後ずさる。しかし、その結果を良しとしなかったのかティアマトは棒高跳びの要領で跳躍。隊列の真ん中へ躍り出ると見境無しに攻撃を繰り返す。

 

「あっぶない……なにあれ、いきなり暴走状態か何かなの?」

 

「シャルテが怒らせたから――とかではないだろうな。それに、何かちょっとおかしくないか? あの敵、自分にまで攻撃してるぞ……」

 

 無差別故に突然殺気が飛ばされ、一撃離脱で対象を変える。ただ、時折その矛先をティアマトは自分に向けていたのだ。

 移動と攻撃方法は明らかに突飛・しかし行動にはパターンがあるという今までのボスには無いアンバランス加減にチラとウルズの位置を確認して傍に行く。

 

「ちょっと、アレ、知り合い?」

 

「そんなワケなかろう――が、シャルテの目に "も" そう見えるか。……仮に想像が正しかった場合、ティアマトと言えば何かの神話に出る女神の名前だ。それが基礎となっているなら、変態と呼ばれるのは耐え難い屈辱だろうな。 "先程の様に向かってきても不思議ではない" 」

 

 思案気(しあんげ)な態度を取ったウルズに、僕は少しばかり思いついた事を試す許可を得る為、彼女に内容を伝えてヒースクリフへの伝言とする。

 タイミング良く此方に殺気を飛ばしてきたティアマトの棒をウルズが盾で防ぎ、僕が胴体に《閃打》を放つ事で体力を削ってみるも結果は芳しくない。目視する限り一ドットも削れた様に思えなかった。

 そうしてソードスキルを当てたにも関わらず、やはりティアマトは狙いを変えて他のプレイヤーのところへ向かう。武器防御で弾き上げても流れる様に続く攻撃・障壁は飛び越え内部から掻き回す。そんな自由な動きをする相手にヒースクリフも指揮の方式を『部隊毎』の一括した物から『各班』に変えている。

 そんな折、馴染みとなった僕・キリト・アスナの三人にウルズが混ざった四人の班にも指示が下った――内容は「 "許可する" 」。

 その許可の詳細を知るのは僕とウルズだけで、戻ってきたウルズによりキリトやアスナにも "実験内容" が伝えられた。

 

  "それじゃあ、三人共。準備は良い――?"

 

 僕の声に返ってきた三者三様の言葉に、僕は短剣を手に今の状態で向けられる最大限の敵意を込めた視線でティアマトを射抜く。その行為にティアマトが動きを止めた事を確認してからゆっくりと息を吸って『ある単語』を口にする。

 

 ―― "駄女神(だめがみ)" 。

 

 別に本心から思ってのモノではなければ何が駄目なのかも分からない。単にウルズの発言からテキトーでっち上げた言葉だが、それで十分。空っぽなら意味を持たせれば良いのだ。

 空の言葉を、僕は最初に『変態』と言い放った時と同じ感情を込めて吐き出していた。

 

「ぐぅっ……こんの馬鹿力め。だが、かかった!」

 

 明確な意思で僕の胴体にある急所を狙ってきた棒をウルズが盾で防ぎ、弾き上げたところに青い軌跡を描かせた片手剣が食らいつく。右からの斬り上げ・逆袈裟・返しの袈裟から再びの斬り上げ――正方形を刻む様に振るわれた四連撃は全てティアマトに当たり、よろめいたところへキリトから次の合図が飛ぶ。

 

「アスナ、スイッチ!」

 

 怯みが解けぬ内に相手の懐へ飛び込んだアスナの細剣による斬り払いからの三段突き。それに追随した燐光が消えたタイミングでウルズはシールドを使ってティアマトを殴りつけ、吹き飛ばした。

 

「ありがとう、ウルズちゃん」

 

「ふふん。まあ……体力の減りは芳しくないがシャルテの実験は無事に成功した様だな」

 

 実験内容は単純。『ティアマトが愚弄(ぐろう)されたと感じそうな単語をワザと口にし、此方へ向かってくるかどうか』というモノ。成功すれば今の様に此方の攻撃へ結びつける事が容易になる以外にも、違和感の解決にも一役買(ひとやくか)える筈。

 そう考えて取った方法は気持ち悪い程すんなりと成功をおさめたが、キリトが四連撃を放ち終わった時に少しばかり動揺が見えた事が引っかかり、彼に「何かあったのか」を直接尋ねると口ごもりながらもしっかりと教えてくれたのだが、それに僕は眉を潜める。

 

「えぇっ……「もっと痛みを寄越せ」って、何、そういうんぐっ!」

 

「シャルテ、とりあえず静かにしような。言いたい事は俺もわかるが、聞こえたら話しどころじゃなくなる」

 

 僕の口振りからしてまたティアマトが飛び込んでくる事を言うと思ったのだろう。実際そうだったので文句も言えないが、いきなり口を塞ぐのは止めて欲しかった。

 そして、キリトにそのまま「黙って聞いて欲しい」と耳打ちされた事で僕は抵抗を止めて聞く姿勢に入る。

 

「俺に「痛みを寄越せ」なんて事を言ってきた時、アイツの目が一瞬薄い青色になったんだ。ただ、それも直ぐにまた赤色に戻って……僅かな時間だったけど、青い目の時は全然雰囲気が違った」

 

 (という事は、なにかしらの原因から暴走が始まってる? そもそもウルズみたいな存在をボスとして配置する事に意味はあるのか……?)

 

 ウルズはティアマトの存在を知りはしないが自分と似た存在という感覚を覚えていた。もし茅場晶彦かウルズが嘘をついていたとしても疑問しか浮かばない。

 そうするメリットが少な過ぎる上に、今のティアマトはボスとして致命的な欠陥を抱えているのだ。放っておけば長い時間の果て、いつか自害してしまう可能性も否定できず、体力の割合でそれが失われるなら、端から体力を調整すれば良いだけに思える。そこで一度自分の口を塞いでいる手を掴んで、僅かに作った隙間から言葉を紡ぐ。

 

「寄越せって言うんだから、遠慮なしにやってみたら? どっちにしろボスなら倒さなきゃいけないんだし」

 

「ああ、そうだな……ちょっとアスナにも話しをしてくる」

 

 駆け出したキリトの背に迫ろうとした棒を僕が短剣で逸らすと、ティアマトは僕に目をくれる事なく目標を変えて走り出した。

 

「はぁ……いったい何がなんなんだか。今のところファフニールみたいなふざけた状態でも無ければ被害も少ないけど――」

 どんでん返しは毎度こういう所で訪れる。気を抜かずにいこうと使い捨ての短剣を握りしめた時、今までそこにあった筈の感触が突然消えた。

 違和感を覚えた自分の右手に目を向けると、短剣の姿は無く、代わりにポリゴン片が散っている。

 

 (壊れるにはまだ早い筈だけど……)

 

 ボス部屋前で確認した時、使い捨ての武器も耐久性に関しては新品同様で本来なら開始数分でなくなる様な事は無いと判断していた。しかし現に短剣はロストしている。

 ならば、試すしかあるまい。

 汚い言葉を吐く事十数回。ステータスを確認しながら撃ち合い始めて一合目、武器の名を記す白い文字が不自然に赤く染まるもステータス欄に異常を示す表示はない。

 

 そうして撃ち合いを繰り返す事三十幾ばく、新しい短剣が壊れた――。

 

 (やっぱり、耐久の減りが今までより早い……)

 

 噂をすれば影。確証は無いが十分どんでん返しと成りうる要素を見つけてしまった事に背筋が冷える。

 信じてもらえるかはわからない、それでも大事に至る前に伝えなければと出した大声はティアマトの叫び声によって掻き消されてしまう。

 そうして、次に聞こえたのはプレイヤーたちの戸惑う声。

 

「おい、どういう事だ……何でこんなに早く盾が壊れるんだよ!」

 

「そんな、替えの防具なんて持ってきてないぞ!?」

 

 全員ではないモノの、一部のプレイヤーが防具や盾を失った事に取り乱す。

 それをどう感じ取ったのかティアマトは攻撃の手を止め、端正な顔を苦悶(くもん)で歪ませながら声を発した。

 

「ワレは、ティアマトだ……シオミズを、ツカサドる。ヴゥッ――ア゛ァッ、ダマれ、ダマれェッ! キサマなんぞにィイイ!」

 

 ティアマトが『黙れ』と口にした時、周囲から視線が向けられた気もするが僕は何も言っていない。そもそも "誰も彼女に声をかけてなどいない" 様に思える。

 そして、それは彼女も同じなのだろう。

 

 棒を取り落とし、両手で頭を抱える彼女の姿に取り乱していたプレイヤーは自分より取り乱した度合いの酷い、錯乱状態とさえ思える様子を見て落ち着きを取り戻すも、これをイベントか何かと勘違いしているのか「凝った演出だ」などと気を抜く者が現れ始める。

 今回が初めてのボス攻略なのか、それとも純粋にイベントと勘違いして高を括ったのかはわからない。ヒースクリフの声で叱責がかけられても緩んだ気は収まらない者が少なからずいた。

 

「シャルテ……顔色が悪いが、何かわかったのか?」

 

 ウルズの心配そうな顔が視界に入っても反応できず、気持ち悪さから口元を抑えると僕の異変に気づいたキリトやアスナも駆け寄り、声をかけてくれるが、今は一言返すだけでも精一杯だった。

 

「アレ……気持ち悪い」

 

 小声で僕が指差す先には依然として頭を抱えたまま唸り声を上げるティアマトの姿がある。

 棒を取り落とした途端に彼女から滲み出る敵意や殺気が強くなったが、それは決して僕たちへ向けられたモノではなかった。ティアマトが害意を向けているのは彼女自身に対して。

 既に許容を越える害意を内に溜め込んでいたとは知らず僅かに彼女と目が合った時に、直接覗いてしまっただけでこの有様。大丈夫だと彼らの支えを振りほどいてみたが、実際は立ってるだけでも厳しい。

 

 (これ、視線合わせない様に戦わないといけないな……あんなの何回も見たくないんだけど)

 

  "粘つく喉" ・ "萎んだままの肺" ――あまりにも濃すぎる害意は、忘れていた嫌な記憶を掘り起こしてしまう。

 

「何であんな強い殺意や敵意を自分に向けてるから知らないけど……内に向けてるならともかくあれが外に向いたら、最悪だよ」

 

 たとえるなら土石流の様な物だ。どんな些細なモノでも溢れそうな状態に蓋を被せ、限界を越えて堰(せき)を切る瞬間の勢いは元の何倍にも増幅されてしまう。

 だからこそ油断なんて一切できない。しては死ぬ危険性が飛躍的(ひやくてき)に向上するだけ。

 僕の言葉に表情を変えないウルズと、緊張からか強張りを見せたキリトとアスナの肩を叩いて装備破壊に関する個人的見解を告げる。それはウルズとアスナによってヒースクリフに伝えられ、全体に広まった緩い空気も些か締まりを取り戻した。

 

 ひとしきり悶えたティアマトも再び見境のない無差別攻撃を開始した事で『装備の耐久について各自注意を光らせる』という事を念頭に置いたヒースクリフは防具を失った者は無理せず撤退を促す指示を出し、激励ではなく『警告』を口にする。

 

「今回の敵は体力の多さが今までの比ではない。更に長期戦へもつれ込めば我々の負けは濃厚になる……大胆かつ慎重に。しかし退(ひ)き際(ぎわ)を見誤(みあやま)れば自ら死に近づく事になる事・我々の目的は玉砕覚悟の突破ではなく全員での攻略達成である事を忘れるな」

 

 そう、目的はあくまでも『全員での攻略達成』。そのためには基盤(きばん)として自分が慢心・油断をしない事に加え裏づけされた実力が必要となる。そこに互いのミスをフォローしあえるだけの余裕に匹敵するナニカがあって、初めて達成が現実的モノとして現れるのだ。

 

 (退き際を誤るのは自己責任ってね……)

 

 相手の目をうっかりでも直視できないというプレッシャーを餌として勝手に僕の警戒心は育っていくが、それで良い。

 

 仕切り直しから始まった第二ラウンドは『やはり』と呆れるべきか、『どうして?』と悲しむべきか――。

 

「これはまいったねー。ははははっ……いや、本当に」

 

 透明だった筈の部屋には白い結晶が薄く積もり、残った攻略組は僅か十名。対してボスの体力は二つ半弱も残っている絶望的状況。

 第二ラウンドが始まってからおおよそ一時間、ティアマトが雄叫びと共に赤い燐光を纏わせた棒を振りまわすと彼女の周りに白い雪の様な結晶が積もった。

 その結晶はティアマトの雄叫びによる衝撃波で宙を舞い、それに接触した防具は棒の攻撃を受けた時と同様の反応を示し、消滅。ある者は死に、またある者は逃げて戦線は崩壊。

 結果として残ったのが今の十人であり他の八人が前衛に上がりヘイトを稼ぐ中、僕は使い捨ての武器とソリッドナイフだけではなく防具と左足も失って後衛に下がっていた。両手の平もただれた様に赤く染まって痛みが絶えないモノの、体力は回復アイテムのおかげで緑を維持している。残った唯一の短剣はこの戦闘では使えない。アレは元々耐久値が低いのだ、数回打ち合うだけで壊れてしまうだろう。

 

「お前、どうして……」

 

 僕の近くで何とも形容し難い表情を浮かべているのはクリスマスの日にデュエルを挑んできた男で、身体を張って彼を守ろうとした僕に「信じられない」と言いたげな視線を飛ばしていた。

 そんな彼を『戦いの邪魔』と一蹴して、僕は言葉を続ける。

 

「贖罪(しょくざい)したかったーとか言えば満足? いいからサッサと逃げてくれないかな」

 

 そう突き放す様に言うと、男は何も言わず転移結晶を使ってボス部屋から離脱した。

 これで残るは人数は九となり、勝利は益々絶望的になる。

 

 (まあ、そんなの関係ないけど――)

 

 想定よりも早く復活した足に僕は再び前線へ上がり、キリトを狙って振り下ろされた棒を "素手で逸らす" 。

 

「ただいま……ヒースクリフさん、あの男は戦えなさそうだから逃がしておいた」

 

「構わんさ……しかし、これで残るは九人。もし離脱したい者がいれば何時でも良い、私が殿(しんがり)を務めよう」

 

 そう言った所で誰かが頷くワケではない。

 この場にいるキリト・アスナ・ウルズ・クライン・エギル・リンド・名も知らぬ薄いベージュの髪を持つ女性プレイヤーの七名は本当にギリギリまで退くつもりなど無いのだろう。

 

「ふっ……では、私とシャルテ君で再び防御を担当する。残りの者は全て攻撃へ」

 

 無言で七名は距離を取り、最前列に僕とヒースクリフの二人だけが残る。人数が減ってきた後半からはこれが一番確実な戦い方だった。

 

「逸らした、叩き込んで――」

 

 向かってくる棒の一撃一撃を全て素手で捌き、大幅な隙を作り出したタイミングで合図を出して七人によるスイッチが始まり締めの硬直時間をヒースクリフが盾で守る。やっている事は最早機械みたいな繰り返し作業と化していた。

 七人でソードスキルを撃っても体力はコンマ五割削れるかどうか、それでも勝つ為にはそうするしかない。

 しかしティアマトの体力が二個半を切った時、不意に雄叫びを上げた彼女は自分の胸に棒を突き立てた。すると髪は黒から綺麗な空色に、赤かった目はキリトの言葉通り薄い青へと色を変えたかと思えば突如として戦闘が終了し、上空には勝利を讃える文字が浮かび上がる。

 

 あまりにも突飛な事に全員が現状を理解出来ずにいれば、ティアマトの口からは優しい声色が流れた。

 

  "アナタたちのおかげで、今際(いまわ)に我はカーディナルから "我" を取り戻せた……感謝する――。"

 

 足先から徐々にポリゴン片に還っていくティアマトが遺した言葉は消え、自由になった扉からは離脱していたプレイヤーが一斉に雪崩れ込む。

 

 こうして呆気なく、意味もわからぬ間に第五十層攻略戦は幕を下ろした。

 

 * * *

 

 釈然としない終わり方をした第五十層のボス戦から一日後、第五十一層で借りた僕の宿にはいつもの面子であるウルズの他キリトやアスナと一緒にクリスマスの時の男が来ていた。

 僕は男とテーブルを挟んで対面に座り、ジッと彼の言葉を待っていたが、ため息と共に言葉を吐き出す。

 

「あのさぁ……せっかく彼から話があるってこうしてるのに、キリトたちがそんなに威圧感だしてたらこの人が何も言えないでしょ」

 

 視線による無言の圧力をかけていた彼らに注意をして、僕が再び男の言葉を待つ様にすると、やがて彼はおもむろに椅子から降りて頭を下げてきた。

 男曰わく、僕の噂を流したのは衝動的だったらしい。

 更に噂は瞬く間に広がって嘘とは言い出せない規模まで膨れ上がってしまい、彼が己の行動を後悔した時には既に遅く、噂が自分の下から離れて一人歩きをしていたとの事。

 

 しかし、今更謝られても困る。そもそもの問題として僕はフード狩りみたいな関係ない第三者を巻き込んだ事には腹を立てていたが、噂自体は別にどうでも良かったのだ。

 和解の末に「自らバラまいた噂だから」と彼は味方殺しの噂を鎮火(ちんか)して回ると言っていたのだが――その男は数日後に死亡が確認したらしい。

 同時期に "男を騙る" 製作者不明の紙が各階層に貼られ、僕は晴れてお尋ね者として事情の知らない一般プレイヤーからも狙われる身となってしまった。

 これに関してヒースクリフから呼び出され、『男を殺した犯人』と『手配書をバラまいた犯人』はラフィンコフィンが絡んでいる可能性が高い事を説明された後にギルドへ勧誘されたが、僕は「大丈夫」とそれを断った。しかし、それでも攻略の主力を減らしてはいけないという名目で話し合いの結果『護衛』をつける事で妥結し、血盟騎士団からウルズが僕の護衛として派遣される事が決定したのだった。

 

 (結局、これか……)

 

 話し合いも終わり、すっかり夜も更けた頃。眠れずにベッドの上で横になり零した言葉は誰かに拾われる事もない。ただ消えていくだけ。

 

  "伸ばした手はいつだって届かずに、宙をきるんだ――。"

 

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