ソードアート・オンラインIF ver.アインクラッド   作:モコモコ毛玉

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ソードアート・オンラインIF ver.アインクラッド〈下〉
第一話


 

 二〇二四年の四月――第四十八層にある都市《リンダース》。その一角に、今日、新たな武具店が生まれた。

 

「えっと、んんっ。では、リズベット・ハイネマン武具店開業を祝して……かんぱーい!」

 

「イェーイ!」

 

 リズベットから頼まれ音頭(おんど)をとる事になったアスナがマグカップ片手に声を上げ、この場に招待された殆どがノリ良くカップやジョッキを掲げる中、僕は集団から外れて死角となるカウンターの裏で身を隠す。

 アスナやアルゴたちに半分無理矢理誘われて来たは良いが、こういうパーティーの様な催し物は個人的にあまり好きではないのだ。故に落ち着かず、表面上だけでも繕おうと首に巻いたマフラーを摘まんで口元に寄せていれば足音がして、顔を上げた先には両手に皿を持ったキリトの姿。

 

「シャルテ、隣良いか?」

 

「ん……別に良いけど」

 

 カウンター裏にはもう一人程度なら辛うじておさまるスペースがある。そこにキリトが座って一つ息を吐いた後、彼は僕に骨がついた何かの肉が入った皿を手渡してくれたモノの――僕はどうすれば良いのかわからなかった。

 

 (手掴みでいくんだろうけど骨も食べるのかな……いや、流石にそれはないか)

 

 見た目は四角い骨付き肉。見慣れない料理でも雰囲気から何処を掴んでいいのか何となく想像はつけられる。上げたばかりのマフラーを下ろし、とりあえずそのままかじりついてみたが食べにくい事この上ない。

 それでも少しずつ食べ進めていたところにキリトから「ジッとしていろ」と声が飛んできて、苦笑いを浮かべる彼は手に持った布で僕の頬を拭う。

 

「そんなにがっつかなくても食べ物は逃げないぞ。鼻先にまでソースつけて……」

 

「それ位はわかってるよ。こういうの食べた事ないから、食べ方知らないだけ。ちょっと……何、その「仕方ないなぁ」みたいな視線」

 

 園児(えんじ)を見守る保母(ほぼ)の様なソレを彼から向けられた事に眉間へ皺を寄せて不機嫌を露わにすると直ぐに謝ってくれたが、彼は一言断りを入れてから僕の食べかけの肉を手に取り、重なっていた骨を折る事で食べやすくして笑顔を向けてくる。

 そんな顔をされては文句も言えなかった。

 

 (一応、僕今年で十八になるんだけど――言っても絶対信じてくれないよなぁ)

 

 自由の利かない状態ならまだ我慢もできる。しかし全く問題がない今、それは僕にとってある種の辱(はずかし)めと言って差し支えないだけの破壊力を持っているのだ。

 内心でボヤキながらも食べやすくなった肉を口に運んでいれば、やけにカウンターの向こうが騒がしくなる。

 

「――おいおいどいつだぁ? ウルズさんとアスナさんに酒を飲ませたのは。大丈夫ですか、お二方」

 

「この二人は飲み物に一切手をつけてない筈だぞ……? 恐らく料理の効果だろうな」

 

「んふふー……私、わたしはぁ、大丈夫ですよ? 酔っ払ってなんかいません!」

 

「そうだぞークライン。わたしたちは酔ってなどいない! ふふっ、ふはははは!」

 

 (うわぁ……絶対めんどくさいやつだ)

 

 状況を見ずとも声だけで『面倒が起きている』とわかってしまう、そもそも酔っ払いの相手をするのは基本的に面倒というのが常なのだ。

 何食わぬ顔で隠蔽を使って気配を消し、その場を立ち去ろうとした僕の腕をキリトが掴んでくる。 "離せ" ――視線で無言の圧力をかけてみるも、彼は彼で "道連れだ" と言いたげに騒ぎを聞いてか引きつった顔を此方へ向けた。

 

 (ちょっと放してよ、僕は巻き込まれたくないの)

 

 (俺だって巻き込まれたくないし逃げたいんだ。でも、今出て行ってもバレるだけなんだよ! こうして息を潜めていた方が安全だ!)

 

 考えている事を完璧に察する事は難しいが、視線に混ざった "何かへの脅え" と必死な様子からは『危ない』と訴えている様にも取れる。いずれにせよ嘘をついている様には思えない。だとしてもこの場でキリトより索敵の習熟度が高い人間もいないだろう。

 長い間日常生活でも隠蔽を使い続けてきたからか、僕の習熟度は既にカンストしており気がつけば上位互換にも思えるエクストラスキルまで出ていた。だからこそ『違和感に気づかれても場所までは割れない・いざとなれば全力で逃げる』算段で僕は彼の手をそっとどけて、この混沌とした空間にある唯一の出口を目指して歩を進める。

 

 慎重に、人や物とぶつからない事を優先して壁に沿って移動を続け、ゴールまで後数歩。目前まで迫っていた希望は、高速で目の前を横切ったフォークによって断たれた。

 

「シャールテくん」

 

 (ヒッ――)

 

 はっきりとは見えてないしバレてもない筈。それなのにアスナは落ちたフォークを広い、此方へフォークの切っ先と赤ら顔を向けてきた。

 調子良く弾んだ声とは裏腹に背筋が凍ってしまう様な "何をするかわからない" 目をした彼女は一歩ずつ間を詰めてくる事に飛び出しそうになる悲鳴を呑み込み、心で吐き出す。

 

「どこ行くの……? 怒らないから言ってみて?」

 

 (絶対怒るでしょ。いや……これは偶然だ。酔っ払ってるだけで本当に見えてるワケじゃない筈。左は壁、前はアスナ。ならこのまま右を迂回して行けば――!)

 

 詰め寄るアスナから僕は少し後ろへ退いて、彼女の右側を抜け様と一気に駆け出した。が、彼女の横を通り過ぎる瞬間。後ろから伸びてきた手が僕の首を絡めとる。

 

「ふふふっ……お姉さんには隠蔽なんて通用しないよ? つーかまーえた」

 

 (ヒゥッ――!? 近い、恐い、ちょっと待って無理だから!)

 

 咄嗟に出した裏拳は笑顔で防がれ逃げ出そうと抵抗して藻掻(もが)くほどアスナの拘束する力は強まっていき、とうとう僕の身体は過度の強張りで身動きが一切取れなくなった。

 そうして言われた通り隠蔽を解いて、後はもうされるがまま。この場で彼女に注意できる者は誰一人としていない。決して話しが通じない相手ではないが今の目が据わった彼女を見たら躊躇うのも頷ける。

 

「おー、まるで姉弟(してい)みたいだな!」

 

「そうかな……ねぇ、シャルテくんはどう思う?」

 

「そうですね、そう思います」

 

 ウルズまで絡んできたら本格的にどうしようもなくなってしまう。彼女だって仮にも攻略組で指折りの実力を持っている。可能ならばその前に隙を見つけたいが、前はテーブル。わざわざ椅子を二つ用意されてアスナに後ろから拘束されている以上身動きも取れない。

 こうなればご機嫌から――。

 

「ねぇ、 "アスナお姉ちゃん" って呼んでみて?」

 

「絶対に嫌です。それは勘弁してください……言わせるならキリトかリズベット辺りにお願いします。僕は無理ですから」

 

 前言撤回(ぜんげんてっかい)。そんなご機嫌などとっていられるか。

 同時にキリト辺りになすりつけられないかと誘導してみたがそれも無駄に終わり、僕が全力で拒否をしたせいか背後から抱きしめてくるアスナの力が強くなった。クラインから羨ましげな視線を感じたが此方にとっては地獄でしかない、変われるのなら変わって欲しい位だ。

 そんな中、現状を踏まえて打開策を探し為に頭を悩ませた果てで僕は活を見いだす。

 

 (この際多少の恥は甘んじて受け入れてるしかない……!)

 

  "アッ……アスナ、お姉ちゃん。僕が過度に触られるのを嫌いだって知ってるのに、どうしてこんな嫌がらせするの――?"

 アスナには聞かせたこともない弱々しい声でワザと良心を抉(えぐ)る言い回しをする。それが僕の見つけ出した現状に対しての突破口。狼狽(うろた)える彼女に手応えを感じ、僕は二・三と言葉を重ねて何とか「ごめんね、お姉ちゃんが悪かった」という方向に持っていこうとした。

 だと言うのに、どうしてこうも突飛な方向へ行ってしまうのだろう。突然彼女が僕を解放した時は成功を感じたモノの、ゆらりと立ち上がったアスナは壊れたレコードの如く「嫌われた」と小声で繰り返し、今までの雰囲気から一転。ネガティブな方向へ転がり落ちていく。これだから酔っ払いは面倒なのだ。

 結局、周りから頼まれて再起不能となったアスナを復活させる為に彼女が寝るまでの間だけ僕は地獄を体感する事になった――それから数時間後。帰るべき人は帰り、酔いつぶれたアスナはキリトによって運搬され、同じく酔いつぶれたウルズはリズベットが武具店の空き部屋に押し込めた。

 これで残されたのは力なく床へ横たわる僕とリズベット。

 

「シャルテ、ちょっと……大丈夫なの? 目が死んでるわよ」

 

「大丈夫大丈夫。もう少しすれば立って歩けるまで回復するから」

 

「全然大丈夫な様に見えないんだけど……別に体調悪いなら無理しなくていいのよ。 私も話したい事があったし、今日はウチに泊まってきなさい」

 

「それなら話しだけしてから宿に帰るよ。泊まるとか、売り上げに影響でたらどうするのさ」

 

 仮に僕が泊まったとして、 "リズベット武具店は指名手配と同棲(どうせい)している" ――そんな噂でも立てられてしまえば店の売り上げにダメージは避けられない。言い方を変えれば『犯罪者に武器を流している』と認識されたって不思議はないのだ。そうなってしまえば彼女まで標的にされる危険性が高まる。

 ただでさえ今回の相手は良くも悪くも "違う" のだ。これまでとは違い、無闇にある事ない事をでっち上げているワケでもない。やり口としては単純かつ効果的、古くから使われ誰にでも出来るが成し遂げるには難しい計略の一種。

 

 所謂――『煽動(せんどう)。』

 

 アルゴから聞く限り一部には随分と熱心なファンもいるらしい。巻き込んでからでは遅いのだ。

 

「そんなの今更でしょ……今までだって出入りしてたんだから。良いから泊まってきなさい。今アンタをほっぽりだして死なれたら私の夢見が悪くなるの」

 

 呆れた様に息を吐いたリズベットから縄で縛られ、逃亡防止の為か持て余した分は彼女が手に握りしめる。それに抵抗しようにも力が入らず床を這う事さえできない状態は酷く惨めに思えてならなかった。

 正直な所どれだけ休めば治るか全く見込みがつかないのも事実であり、なんとか動けたとしても戦闘行為は愚か、歩く事すらままならないだろう――そんなどうしようもない自信が確信に近い形で存在している。

 

「だから、お願い。今日は大人しく泊まってって」

 

 尚も渋る僕にリズベットは「さもなくば」と此方に向かって手を伸ばす。それだけで身体は萎縮し、反射的に目をつむって "肯定" の返事を返してしまった。それが端からすればどう映るかなんて分かりきった事。

 彼女は直ぐ手を戻してくれたが、その顔には驚きがありありと浮き上がっていた。しかしその反応を見たからといって深く追求しようとはせず、彼女の口からは一言謝罪の言葉を零れるだけ。

 

「うん……でも、体調が治ってたら明日の朝早くに窓から出て自分の宿に戻るから」

 

「あー……ごめんなさい。窓から出てく分には構わないけど、宿云々はちょっと待って。先に私の話しを聞いてもらいたいの」

 

「それは良いけど……もしかして此処に住めとかじゃないよね。ん……リズベット?」

 

 テキトーもテキトー、何となく雰囲気的にそんな気がしたので言ってみたワケだがリズベットから返事がない事に視線を上へあげると、僕から露骨に目を逸らす彼女がいた。

 

「それは絶対駄目だからね」

 

「な、何でよ……別に良いじゃない。駄目駄目・無理無理じゃなく理由を教えなさいよ」

 

 

「理由なら簡単だよ、一人の空間が好きだから。変な気を使わなくて良いし自由に振る舞える。ウルズだって血盟騎士団にギルドホームが出来れば宿から追い出すつもりだし……。それに知ってるでしょ、僕が結構ワガママなの」

 

  "そう、結局は僕のワガママでしかない――。"

 

 変装すれば良いだろうに『負けた気がする・気に入ってるから』と髪型や髪色さえ変えていない事も、血盟騎士団に入ってしまえば安全だと分かっていても『それを断った』のだって、全部が全部身勝手なワガママ。

 今と前では状況が変わってしまったのだ。なにより、今のリズベットは一人じゃない。アスナやキリト、ウルズたちだっている。ならば僕が一緒に居なくても何ら問題ないだろう。

 

 (その筈、なんだけど――何でそんな顔しちゃうかなぁ)

 

 此方へ飛んでくる視線には様々な感情が重なり過ぎていた。表情を曇らせるリズベットから僕は目を逸らせず、対応に困って苦笑いを浮かべてみたが反応は芳しくない。

 僅かな間を置いて彼女は僕の目の前まで来て膝をつくと、弱々しい拳を頭に落とした。

 

「言いたい事ありすぎて、まとまんない」

 

 捻りだす様に彼女が呟いた言葉は、事実でもあり嘘と見て間違いない。もしこの場に居たのが彼女ではなくキリトやアスナならば疑問を直球でぶつけてきたのだろう、しかし、リズベットの場合は僕にぶつけて良い言葉かをしっかり選んでいる節があった。その過程で言いたい事でも『ぶつけては駄目』と判断したら口にせず呑み込む、だからこそ "まとめられない" 。

 

「キリトたちが言ってた。よくわからないけど、アンタが傍に居てくれるとすごく落ち着けるって……私も、そうなの。だから武具店として軌道に乗るまでの間で良い、此処で寝泊まりして。レベル上げの邪魔も可能な限り束縛だってしないから……お願い」

 

 リズベットの吐き出した声に僕はため息すら零せなかった。傍に居るだけで安心感を与えるなんてアロマや香(こう)じゃあるまいし――そう思いはしたモノの呆れたワケではなく、現状が断るに断れない状況になりつつあったから。

 突き放すのは簡単な事、泣きつかれようが縋られようと無視すれば良い。そうして自ら手を差し伸べた挙げ句払いのけた相手の事など忘れてしまえば完了だ。

 

 (……なら最初から手を差し出すなって話しなんだよね)

 

 本当に、どうしようもない。

 

「……軌道にのるまでか、借金返済が終わってリズベットの生活に余裕が出るまでなら。束縛とかレベル上げの邪魔とかは今までも不快に感じた事はないし、気にしないで。一応出かける時は基本窓を使うつもりだから、そこの所はよろしく」

 

 幸い、この家屋の窓は表からは影になっている。部屋を出る時には窓から出て、結晶か隠蔽系スキルで身を隠した状態で移動すれば存在がバレるリスクは最小限に抑えられる。隠蔽に関しても今回のアスナが特例だっただけであんな体験そうは無い筈だ。

 いつも通りをより慎重に行うだけではなく万が一を避ける為にも出来る工夫はしていかなければ僕が落ち着けない。

 僕の答えにリズベットが明るくなるも、直ぐに申し訳なさからか落ち込む姿を敢えて無視して僕は話しを進めていく。今こそ酔いつぶれて先に寝ているウルズだが、彼女は血盟騎士団から僕を護衛する任(にん)を預かっているのだ、僕が此処に泊まるとなれば必然的に彼女の宿も決定されてしまう。更に揃いもそろって料理できる人間が誰一人としていない等、泊まるとなればなったで話し合いが必要な物事が沢山あるのだからそれを詰めるのが今やるべき最優先。

 

「これ、ウルズの分まで勝手に決めちゃって良いの? 多分あの娘すごい不満零すわよ」

 

「文句なら後でも聞けるし問題ないでしょ。決めないと睡眠時間と開店時間があるし、これ位に狭めないとうっかりで口を滑らされたら堪ったもんじゃない……営業時間から逆算(ぎゃくさん)してウルズにリビングをうろつかせない方が良い間も把握しないと」

 

 この手のルールは後から緩める分には問題ないが、逆は難しく「前は云々・ちゃんとやるから」と渋る意見の出る確立は高くなってしまうモノ。どっちにしろ後々になって削るのだから仮段階ではガチガチ位がちょうど良い。

 

「――で、一番決めるまでに時間をかけたのは入浴時間。二人揃ってオールと……今回はオネーサンもリズリズの言う通りでシャルが気にしすぎなだけだと思うぞ」

 

「えー……。僕が二人より先に風呂を入るのは悪いし、一番最後に入るのも何か引っかかるでしょ。だからってお湯を張り替えるとか言ったらそれはそれで厄介な誤解される可能性もあるじゃん」

 

「その考えが自然とでる辺り紳士なんだか神経質なんだか……まぁ、気にしすぎなだけで間違ってるとは思わないが、先に入っても良いって言われたなら変に考えず入れば良い。リズリズやウルズだって湯が気になれば何も言わず張り替えるだろ」

 

 苦笑いを浮かべるアルゴの言葉に納得出来ないワケではないが、そういう物なのだろうか。女性は人一倍その類を気にする者という認識を持っていた僕からすれば "意外" でしかない。むしろ答えを見つけられずにいたのは "まだ考えが足りないから" とさえ思っていた。

 

「あれだ……シーちゃんって基本的に常識人だけど時々ヌケてるナ、うん。というかウーちゃんはどうしたんだ、護られてるんだろ?」

 

「寝てたから置いてきた。此処に来る直前に来たメッセージの返事として居場所も書いたからもう直ぐ到着する頃合いかな」

 

 リズベットの宿を出たのが早朝五時、アルゴに呼び出されたのはそれから約三時間後。指定された宿に到着してから少し時間も経ち、現在午前の十一時。そしてウルズからメッセージが来たのは数十分前。リズベット関連で何かやる事があったとすれば何かしら連絡があるだろう。しかしそれが無いという事は、つまりそういう事だ。

 

 (今頃慌てて走ってたり……で、到着するなり「貴様ァ!」とか言いそうだよねぇ)

 

「シャル、あんまり意地悪な真似はしてやるな……ウーちゃんだって心配してるんだ」

 

「心配してくれるのは有り難いけど、嫌なら護衛を外れればいい。僕は別に自ら頭を下げて頼んだワケでもないんだ。今は甘んじて受け入れてるけど、置き去りにされた好意なんだから返すのも可能だよね」

 

 話し合いの末に決定した事実は変わらないが、その過程はまるで違う。この事実は "提案" と "拒否" が続いた結果生まれた『仕方ない』。

 それに本当の意味で危険なのは僕ではなく、僕の周りにいるプレイヤーだ。目的が対象の殺害である以上、そこに如何なる手段を用いた所で卑怯も何もない。親しき者を "人質に取る" ・ "脅して誘い出す罠とする" ・ "殺(あや)める" 、それら全てが『対象を確実に仕留める』為の布石と化す。

 

 僕の言葉にアルゴは息を吐きながらも責める様な言葉を口にはしなかった。

 

「相変わらずというか……口ではそう言いながらオネーサンに "こんな情報" を集めて欲しいなんてこっそり頼んできたり、シャルの安心感云々はそんな態度からきてるんだろう」

 

「うぇっ……何ソレ。分かりたくないんだけど」

 

 彼女から差し出された紙束を受け取りながら僕が心底嫌そうな顔で答えを返してみれば、アルゴはケタケタと笑い声を上げて「前にも言ったかも知れないが」と切った言葉の先を紡いで続ける。

 

「今の攻略組で太陽はヒースクリフやキー坊。声を上げて民を導き勝利を呼び込む、物語で言えば『英雄』的存在――それがあの二人だ。対してシャルは月、太陽が居る間は眩しくて見えにくいがそれでも必ず傍らにいる。有り体な表現を用いるなら『ダークヒーロー』・『義賊』・『反英雄』とかも近い。もっと端的に言うと『英雄』には無い安心感があるって事だ、不本意かも知れないけどな」

 

 全部言わなくともわかるんじゃないか、そう言いたげなアルゴの視線に僕は目を逸らす。聞き手に向いてる・安心するといった類の事は現実でも言われた試しがあったのだ。

 彼女の視線にある通り "全部を言わずとも途中でわかってしまう" 事は確かにあるが、当然完璧にではない。しかし『言わずとも理解してくれる』というのは相当大きいらしく、そこを黙ってフォローする辺りがどうのこうのという話しを過去に鳥井からされた事もあった。

 

「重要なのは "気づいてくれる可能性だからな" 。まぁ、それがオネーサンとしては逆に心配になるんだが……許容可能な重さには限度がある、でも先読み先読みする様子を見た周りは限界に気づけない。ソイツが潰れた時、相手はようやく気づく権利が転がっていた事実に気づけるなんて話しはザラだ」

 

「それを口に出す辺り、アルゴも意地悪だね……いやらしい」

 

 少し前に僕が言われた事を返せばアルゴは苦笑いを浮かべながら「ブーメランだったナ」とおどけた調子で言う。

 

  "ちょうどその時、扉の開く音が終わるや否や鋭く尖った視線に僕の身体が貫かれた――。"

 

「貴様ァ……護衛を置いていくとは何事だ! しかも早朝から一人で出かけたらしいではないか!」

 

「はっ……『料理に含まれた酒で酔いつぶれた挙げ句、対象より遅く起きる護衛』とか聞いた事ないんだけど」

 

 入ってきたかと思えば声を荒げて僕に迫ってくるウルズに予(あらかじ)め用意しておいた皮肉を返すと、それだけでウルズは言葉を詰まらせる。一つは文句無しに当たったが、静かにしてもらうにはこれが一番効果的という僕の予想は当たっていたと見るべきか。

 イタズラも程々に、僕はウルズを放ってアルゴから渡された紙束に目を通す。

 

 (最近目立った動きをするオレンジは……やっぱりラフィンコフィンメンバーがダントツで多いか。大ギルドになるだけ末端まで管理が届かないってのは良く聞くけど、尋問した時はそういう感じではなかったしなぁ。ん……見た事ないギルドが混ざってる?)

 

 リストアップされているのは直近一週間に黒鉄宮へ送られたプレイヤー名と所属ギルド。やはり一番数を占めるのはラフィンコフィンへ所属する者で、全体の約七割がそう。残り三割には見知ったギルド名が混ざっていたり、少なくとも僕に護衛がついてからは毎回リスト作成を頼んでいたのだから知らないギルドでも自然と名前は頭に入る。

 それ故に『タイタンズハンド』なんて今まで見た事もなかったギルド名は、存外早く僕の目にとまった。

 

「アルゴ。ここに書かれてるタイタンズハンドってギルドの情報、持ってる……?」

 

「あぁ、そこか。ラフィンコフィンより規模こそ小さいがやり口が汚い事で前々から噂はあったギルドだな。自分では直接手を下さない誘導役が仲間のいる場所に対象を誘い込んだりとかな。だから誘導役はグリーンのまま、見分けもつけにくい。ギルドメンバーが捕まったのもオネーサンが知る限り今回で初だな……後は今のシャルにあまり流したくない情報が一つってとこか」

 

「それ、普通本人の目の前で言うかな……気になるんだけど」

 

「普通はオネーサンだって言わないさ。でも今回ばかりは別だ――シャルが聞いたら間違いなく "手を汚したくなる" 話しだからな」

 

 真面目な顔つきのアルゴから飛んできた言葉に僕は目を細める。『手を汚したくなる』とは単純な言葉の省略、大衆的に知られる隠語(いんご)で間違いないだろう。つまり、 "それを聞いたら僕が相手を殺しかねない" という事。しかし僕だって理由なしに手を下(くだ)せる程狂ってるワケでもなければ噂を流されだけで相手を殺すなんて事も流石にしない。

 釈然とせず眉をしかめていれば、いつの間にか立ち直ったウルズが僕の両肩を掴んできた。

 

「私の目が届く範囲ではそんな事をさせるつもりはない。何かあればコイツをボコボコにして止める事はできる。だから安心しろ、アルゴ」

 

「いやぁ、ウーちゃんもさり気なくコッチに片足突っ込んでる人間だからオネーサンとしては微塵も安心できないんだけどな……それに、シャルの隠蔽系スキルは習熟度が高い。昨日のアーちゃんみたいな事が無い限りその気になればいつだって逃げだせるだろう」

 

  "コッチに片足突っ込んでる人間――。"

 

 アルゴが敢えてそう言い表したのは分かる、しかしこのタイミングでそこまで直接的表現をする必要は漠然としか解らない。ウルズは気にした様子もなく「コイツと一緒にされるのは心外だ」なんて大声を出している。

 恐らく『タイタンズハンドに関して』調べるにしても妙な気を起こすな・ウルズが暴走しかけたら止めろという警告なのだろう。が、そんなモノ保証できない。

 

「とにかく、気をつけるよ。情報をありがとうね。ほら……ウルズも行くよ」

 

 本当なら開店初日くらいリズベットの傍に居た方が良いのかも知れない。でもそれは此方の事情を知るキリトが引き受けてくれた、僕は僕でいつもと変わらずテキトーなクエストと並行して裏では『収穫祭』をやっていれば良いのだ。

 邪魔な芽は小さい内に間引いて、大きくなった芽は全て根絶やしにしてしまえ。

 

「全く……貴様が勝手にふらついては私の付き添う意味がなくなるではないか。寝坊した私にも非はある、だがそれでも少しくらいジッとしていられないのか」

 

「ジッとして時間が立てば人通りも多くなって万が一のリスクが増えるでしょ? それなら隠蔽なり隠密(アンブッシュ)で早い内からフィールドに出てた方が安全だから」

 

 隠蔽を長時間使いすぎたせいかいつの間にか現れていた隠密というスキルは『常時使用可能で感知タイプに関わらず発見されにくくなるが使用前からプレイヤー・敵対する相手に認識されている場合、その対象限定で効果がなくなる』という物だった。そして完全にバレないワケでもなく、自分の声は遮断されるが足音などは小さいながらもしっかりと漏れるし攻撃を喰らえば強制的に解除されてしまう。隠蔽の汎用性を犠牲にして隠れる事へ特化した、ある種の上位互換でありピーキーなスキル。

 誰にも見られていない宿内で使い、窓から外に出ればまずバレる事なく安全に出歩けるのだ。

 

「あぁ……そうだ、アルゴの宿から出る前に隠密を使ってるからあんまり聞こえる様な声で話すと『血盟騎士団員が独り言を話してる』って言われから気をつけてね」

 

 ポツリ、僕が零した言葉に表現を固まらせるウルズを見ぬフリしてフィールドへ出るも対した収穫は無く、あるとすればアルゴの隠していた情報が分かった位。

 結局只クエストをこなし、夕方までレベル上げをして帰る際、手に入れた情報の真偽を確かめるべく現在最前線である六十三層の広場に足を運ぶ。

 

 ――お願いします! 誰か、私に力を貸してください!

 

 目的地を目前にして飛びこんできたのは嗚咽が混ざる嘆願(たんがん)の声と、夕日に焼かれる男の姿だった。

 

 * * *

 

 事の発端は今から一週間程前――中層にいた『シルバーフラグス』という小規模ギルドが "あるギルド" によって壊滅寸前に追いやられた。

 その犯人が所属していたギルドこそ "タイタンズハンド" であり、仲間の助けでリーダーは奇跡的に生き延びたモノの彼以外全員が死亡したという。そうして彼が黒鉄宮前にある生命の碑で仲間の死を悼んでいたところに自分たちを騙した相手の主犯格が現れ、亡くなった仲間を嘲笑い去っていったらしい。

 

「それで、最前線のプレイヤーに仇討ちを頼んでいたと。自分でちょっと手の込んだ呼び出しをしておきながら言うのもあれですけど……僕の噂、知った上での依頼なんですよね?」

 

「はい。アナタに悪い噂が立っている事は知っています、でもそれがデマという話しも聞いた事があるんです。それに、一緒にいるのは血盟騎士団のウルズさんですよね? たとえアナタが噂通りの悪人だろうと、私の依頼を聞いてくださるならそんなの関係ありません……お願いします、アイツらを! アイツらを黒鉄宮に!」

 

 時刻は深夜。最前線にある僕の借り宿、明かりもつけられた室内でリビングに設置されている四角のテーブルを三人で囲んでいたのだが、シルバーフラグスの彼は言い切るなり、僕に向かって頭を下げた。

 

「止めてください、アナタが頭を下げる必要なんかないですよ。気持ちは十分に伝わりましたから……僕で良ければ引き受けさせて頂きます。報酬に関しても成功時で構いません。ところで、一つだけ質問をしてもいいでしょうか?」

 

 僕の隣にいたウルズが目を細めたという事は、質問内容に検討でもついたのだろうか。対するシルバーフラグスの彼は頭を上げ、発言の意味を図りかねているのか不思議そうに目を瞬かせている。

 きっと今からする質問を聞けば彼は目を見開くなりして驚く。聞いてしまえば印象面が悪くなりかねない、それを予想できていても僕が疑問を口にしたのはある種の意思確認。

 

 『 "本当に、黒鉄宮へ送るだけで良いんですか――?" 』

 

 そして、僕の意思を示す為でもある。

 

「アナタが相手を消してしまいたい・仲間と同じ目に合わせたいと望むなら……僕が手筈を整えても良いですよ? その代わりトドメを刺すならアナタに刺して頂きますし、もっとも相応の覚悟――誰かを手にかけるなら "自分も殺される可能性・二度と『真人間』には戻れない" 、そんな現実から目を逸らさず手にかけた事実を背負って一生向き合い続ける事ができるならですけどね」

 

 予想した通り目を見開いた彼から飛んでくる視線には戸惑いと、僅かな揺らぎがあった。

 ここで彼はどちらを選ぶのか。

 

「私は……」

 

 (仲間を失った大義名分を手に弔い合戦を語る? 踏みとどまって赦す? それとも――)

 

 僕は黙って彼の目を見つめ、静かに答えを待った。そうして返ってきた言葉を聞き、それとない笑顔をつくる。

 

「わかりました。では最後にもう一つだけ……僕と彼女へ依頼を頼んだ事を決して他言しないでください。そしてアナタは今までと変わらず、最前線で助けを求め続ける事」

 

 最後に連絡用のフレンド登録を済ませて会話もお開きとなり、僕とウルズは何食わぬ顔でリズベットの宿へ戻った。彼女はこの一件に関係ないのだから話す必要もまた同じ。

 明日からは少し忙しくなる。今日収穫できた成果と受けた依頼についてアルゴへメッセージを送ってから僕はリズベットの造ってくれた二振りの短剣を机にならべ、表面を優しく撫でた。

 

「僕は、君たちを持つに相応しいのかなぁ……?」

 

 物言わぬ二つに語りかけたところで返事などある筈もない。握ってみればしっかりと手に馴染む、振れば思った様に刃が軌跡を描く、それでも残る僅かな違和感は僕の気持ちから来ているのだろうか。

 考えたところでわかるものじゃないとしても、僕はそれを止めるつもりもない。『蛙の子は蛙』というが汚(けが)れた手で振るった刃も、何もかもそうなってしまうのであれば、もうどうしようもない事だから。

 

 考え事に頭を回していればウルズからきたメッセージを見て、僕は急いで武器をしまい、表情も変える。しばらくして聞こえた扉をノックする音にリズベットへと「入って良い」事を知らせるメッセージを送り、うなだれる彼女から泣きつかれた。 曰わく、武器の良し悪しを性能面でしかわかってくれない客が多すぎる。

 

「いや……武具には自分の命を預けるワケだし、性能は判断基準として重要だから仕方ない部分はあるでしょ。生みの親として引っかかる気持ちは解らないでもないけど、だからって招待性の武具店にするワケにもいかないし、我慢すべきところは我慢するしかない。理解する気の無い相手には何言っても無駄だし、愚痴なら聞くから」

 

 宥めている間にレストランは閉まり出来合いを持ち寄る事も叶わず隙を突かれてウルズがつくったのは謎の料理、空腹に堪えきれず食べた二人は倒れ込み、他の部屋には入室許可が無い以上僕の部屋に押し込める他なく、その日は床に座り部屋の角で一夜を明かした。

 

 翌日から依頼を片付ける為にタイタンズハンド関係の情報を集めてまわったが逃げ足や隠れ方は本当に上手いようでアジトの場所だけは簡単に特定できず、事態が動いたのは僕が依頼を受けてから六十数時間が経過した頃。アルゴからタイタンズハンドが最近になって第三十五層で目撃されたという情報と、僕の知り合いが同じ依頼を受けたとの報告があったのだ。

 

「こうしてシャルテと二人きりでフィールドを歩くのって、いつ振りなんだろうな……」

 

「二人だけってなると第一層以来だから、一年と半分位じゃない? 歩く場所が此処だと何か素直に喜べないけど」

 

 依頼を受けた知り合いはどういう縁かキリトであり、どうやら互いにアルゴから知り合いが依頼を受けていると話しをされたらしく、その結果「どうせなら一緒にやらないか」とキリトに誘われて目撃情報のあった第三十五層にある《迷いの森》まで来たワケだがこの場所、去年クリスマスイベントがあった場所である。即ち、キリトにとっては黒猫団に関しての記憶が残る場所。僕にとっては彼と殺し合いをした物理的に痛かった記憶のあるフィールド。

 今の季節は春。あの時とは違い雪は無くなっているが忘れがたい場所である事に変わりはなく、此方の声に当時を思い出してか苦い顔をする彼の背を僕は軽く叩いた。

 

「ごめん、変な事言っちゃったね。忘れて」

 

「ああ、いや……素直に喜べないのは間違ってないからな。なんて言うか、こんなに色々あった一年は初めてだ。シャルテも……ありがとうな」

 

 突然、予想もしていなかったタイミングで投げつけた言葉に僕はフードの先端を摘まんで目深に被る。今、僕がどんな顔をしてるかなんて嫌でもわかってしまう。こんな姿は見られたくない。

 だから、口を開いて吐き出した僕の言葉には棘がビッシリとならんでしまう。

 

「ちょっと、いきなりどうしたのさ気持ち悪い。死亡フラグみたいな事サラッと言うの止めてよ、縁起でもないなぁ」

 

「なっ――気持ち悪いって、もう少しオブラートに包んでくれても良いだろ!? たしかにこんな時に言うのは不謹慎だけど、二人きりの時じゃないとお礼も言いにくかったんだよ」

 

「ふぅん……まぁ、ありがたく受け取っておくよ。僕も、色々とありがとうねキリト」

 

 今更不謹慎と言っても後の祭り、会話の空気からして僕たちが仇討ちを頼まれているなんて想像できる方が稀ではないだろうか。

 僕も彼には面倒をかけた事が多い。小さな声、いつもと変わらぬ調子でお礼を返せば笑顔を向けられてしまった。

 

 (何か、すごい反応に困るんだけど)

 

 気まずさから顔を背けて森を進んでいれば不意にキリトが歩を速め、急ぐ様に促された僕は彼と併走(へいそう)しながら「何か見つかったのか」尋ねてみたところ、どうやら彼の索敵にプレイヤーが引っかかったらしい。

 しかもそのプレイヤーは一カ所に止まって周りを三体の敵に囲まれていると付け足され、急ぐ理由に納得はできた。それだけで確定するには早計だが、この森には集団でプレイヤーを襲う質の悪い猿型エネミーがいる。本来ならソロで入るのが躊躇われる場所だ。

 

「シャルテ、俺が一手に敵を引き受ける。だから囲まれてる人を頼んでもいいか」

 

「了解……でも、万が一に備えて早めに討伐してね。方向はこっちなんでしょ」

 

 隣に並ぶキリトへと投げかけた疑問に返ってきたのは肯定。それだけ分かれば問題ない、僕は彼を追い越し前へ出て一気にプレイヤーがいるとされる方向へ駆ける。

 その途中で聞こえた悲鳴に視線を向けると開けた森の先で件の猿型エネミーに囲まれ、地面に座り込む少女が一人。

 

 ――ごめん。

 

「えぅっ――ひゃぁ!?」

 

 直前に隠蔽を使用して気配を薄くした状態で敵の間をくぐり、すれ違い様、少女の腹部に手を伸ばして多少強引ながらも引き寄せ脇に抱えると僕はそのまま《ウォールラン》で前方に鎮座する樹を駆け上がり枝の上へ腰を下ろした。敵が猿型で身軽・更にスイッチを駆使するとしても体躯は小型の軽自動車位ある、足場代わりにはちょうど良い。

 一番注意すべきはそこではなく、 "僕が彼女に触れている事実" と "彼女がジッとしてくれるかどうか" 。

 高みの見物を始めて直ぐ、爆音と共に少女を目印として集まる猿が一つ、紫の閃光に貫かれてポリゴン片に還った。

 

 (いやぁ、エグい威力してるよねホント。キリトー、そのまま早く片付けてね……できればこの娘が放心してる内に)

 

 あまり悠長にしているとハラスメントコードが発生して最悪の場合、僕は黒鉄宮へ送られてしまう。更に言うなら彼女が暴れた時に支えきれるだけの筋力値もないだけに止まらず、抱えるにも安全面を考えて仕方なく彼女の身体をそれなりに力を込めて引き寄せている。

 それが僕にとってどれだけ苦痛な事か。バランスを保つ為に樹の幹(みき)へ触れている左手にも自然と力がこもり、貧乏揺すりの様な震えを晒す始末。早く終われと願い、下にいるキリトが片付け終えるまで三十秒足らず。彼がくれた合図で樹から駆け下りる為に足を樹の幹につける――後は駆け下りるだけなのに、甲高い警告音が鳴り響く。

 

「警告……だ、誰ですか! 離して――えっ?」

 

 今離せば目測五メートル弱の高さから落下してしまう。それでも言いならなんて言わなくとも、バランスを崩された僕は彼女を抱えたまま既に落ちているワケで。

 

「暴れるタイミング位考えて欲しかったかなぁ……キリトくーん、彼女を優先して」

 

 やむなしと割り切って抱えていた少女を手放し、僕は僕で自然落下を続ける事にした。五メートルから落ちても死ぬだけの落下ダメージがない事は確認済みである。彼女に関してはキリトが受け止めれば何の問題もない。

 

 (まあ、僕の場合は激痛に襲われるけどさ。タイミングを合わせて、三……二……今)

 

 地面に接触する少し前、《水月》を使って僕は天地を入れ替える。本来なら身体がおかしい方向へ捻れかねない行為もシステムアシストの前では問題ないようで、先に接地した片足を犠牲に何とか無事に降りる事ができた。

 痛みを表情に出すことなくキリトがいた場所に視線を向けると、自分の身体をクッションにして少女を受け止めている彼の姿があって、僕は安堵の息を零す。見る限り二人とも怪我は無いらしい。

 

「わっ、わぁっ!? ごめんなさい、大丈夫ですか!」

 

「あぁ……うん。だけど、その、重いとかじゃなくて降りて欲しい……かな」

 

 そんなキリトの一言で少女も自分が彼を尻に敷いている事に気づいたのだろう、彼女は顔を赤くしながら慌てた様子で飛び退いた。

 彼も彼で気まずいのか彼女から視線を逸らしながら乾いた笑い声を上げて立ち上がる。

 

「あの、怪我とかは……無いですか?」

 

「えっ? あっ、俺は大丈夫だ。キミの方こそ何処か痛んだりは?」

 

「わ、私は大丈夫です! 受け止めてくれて、ありがとうございました……」

 

 (うわぁ……見てるこっちが恥ずかしくなる位ギクシャクしてるよ)

 

 おかげでこの場にはアスナが見ていたなら笑顔で細剣を構えそうな光景と形容し難い空気が流れつつある。たとえるなら初めてデートをするカップルが醸すもどかしい雰囲気に近いのかも知れない。

 いつの間にか二人だけの空間で僕を置きざりにしたまま話しは進み、仕事を一つ勝手に増やされた。

 

「あの……キリトさんは、どうして見ず知らずの私なんかにそこまで親切にしてくれるんですか……?」

 

「それは、その……似てたんだ。俺の一個下に義妹(いもうと)が居るんだけど、ちょうどキミと背格好が同じ位で……だから、なんか放っておくて」

 

 (――キリト。本当か嘘かはおいておくとして、その理由はどうかと思うよ)

 

「そう、だったんですか。助けてもらったのに、変に疑っちゃってすいませんでした……」

 

 (――いや、視線から安堵が漏れ出してるけどキミもそれで納得したら駄目でしょ)

 

 こっちは痛みを堪える為に歯を食いしばって物も言えないというのに、目の前では異常な状況下だからこその平和ぼけした有り様が繰り広げられている。

 別に、僕が話しから取り残されて寂しくなったとか、心配してくれない事にヤキモチを焼いたとかでは断じてない。ただ依頼そっちのけで面倒事を勝手に追加した様な態度が気にくわなかっただけ。

 

「レベルに関しても三人がかりでやれば間に合う筈だっ!?」

 

「キリトさん!?」

 

 キリトの額に勢い良くぶつかった白いナニカは彼をノックバックさせる役目を果たすとそのまま地面に転がり落ちた。少女が驚いて彼に駆け寄るもそれを制した彼自身の手で白いナニカは回収される。

 

「それ、モンスターのヘイトを稼ぐ為に使うゴムボールですよね。いったい誰がそんな物……キリトさん?」

 

 キリトが手にとった白いゴムボールは少女の言う通り、本来なら気づかれていない状態で特定のモンスターからヘイトを稼ぐ為に使うアイテムだ。当然投げた物が直撃したからといって相応の衝撃が加えられるだけでありダメージも無い。

 そうして、少女の浮かべた疑問にキリトは答える事なくただボールが飛んできた一点を見つめて固まっていた。 "どうして僕の顔を見て怒り心頭状態のアスナを前にした時みたいな顔をするのだろうか――?"

 

「キーリトくーん……何僕を置いて僕も協力する前提で勝手に話し進めてるのかなぁ」

 

 目立つマフラーを外しフードを脱いでから僕は隠蔽を解除すて姿を晒した。突然現れた存在に少女は驚きの余り小さく上擦った悲鳴を上げる。

 

「いや、待て、落ち着け。口調が変わってるぞシャルゥ!? 危なっ、何でゴムボール投げるんだよ!」

 

「シャルって、誰かなー。僕はロッティさんだってば……失礼しちゃうなぁ。――僕の名前言うとかバレたらどうするのさ。ちょっとは考えて」

 

 笑顔でキリトに近づき、最後の部分は少女から見えない様に死角となる側の耳元で囁く。手配書には既に僕の名前まで上がっているのだ、迂闊に名前を出されては一発で感づかれてしまう可能性は否定できない。

 変装してない時点で何を今更と笑われそうだが、それはそれ・これはこれ、誤魔化しやすさに雲泥の差が出るのだ。「とりあえずは黙って話しを合わせろ」とキリトに無言の圧をかけて、僕は少女の方を向く。

 

「さっきはいきなり樹の上まで引っ張り上げたりしてごめんね……怒ってる?」

 

 そう声をかけただけで彼女はキリトの後ろに隠れてしまい、彼からはため息を吐かれた。

 僕はまだ何もしていない筈なのにと少し考えてみれば、腑に落ちる。

 

 『突然現れた片足しかないプレイヤーがいきなり立ち上がって、満面も過ぎる恐怖さえ覚えかねない笑顔を浮かべながら自分の恩人に詰め寄ったかと思えば今度は自分の方へ振り返ってくる』――もう色々とアウトではないか。

 とりあえず、折れた足を生やす為にアイテムを使いその場へ腰を降ろして両手を上げ無抵抗を示してみる。

 

「何でだろうな……ロッティがそうしても胡散臭(うさんくさ)さしか感じられないのは」

 

「それは、きっと日頃の行いが悪いからじゃないかな……キリトの」

 

「そうか、わかった。今のオマエに聞いた俺が馬鹿だった……シリカもそこまで恐がらなくても大丈夫だからな、安心していい。さっきキミを樹の上まで運んだのがコイツ――さっき俺の話しにも出てた仲間でロッティって言うんだ」

 

 見る限りキリトに対しては警戒心が薄れている。だからだろう、彼の言葉にはしっかりと耳を貸しゆっくりと僕に視線を合わせてくれた。

 ただ、そんな事実でも信じ難いのか酷く此方を凝視する彼女に、僕は内心で苦笑いを零しながらも彼女が抱いた疑問の答えを投じる。

 

「ハラスメントコードの警告は間違ってないよ。こんな形(なり)でも、一応性別は男だから……後、いきなり持ち上げたり抱えたりしてごめんね」

 

「そんな、謝らないでください! 私の方こそ、助けて頂いたのに暴れちゃって……すいませんでした。足、大丈夫ですか……?」

 

「うん。別に痛くはないし、時間が立てば生えるから大丈夫だよ」

 

 ケタケタと笑いながら答えているが、当然嘘である。

 本当は悶えたくなる程痛いし、今だって何かが面白いから笑ってるワケではない。痛みを我慢しながら『ロッティ』という明るい姿を演じる事を両立した結果だ。

 本来ならキリトに少女を任せて僕一人ででも依頼を優先したかったが、有無を言う間もなくキリトに背負われてしまってはそれも叶わず、さも当然と言った感じに僕も彼女の一件に巻き込まれていく。

 

「あのー、そろそろ降ろしてくれますかね。羞恥心で炭になりそう何だけど」

 

「そうだな、炭になれば少しは大人しくなってちょうど良いだろ。こうした方がロッティを引っ張ってくより楽なんだ、我慢してくれ」

 

 第三十五層の主街区《ミーシェ》は日が暮れかけた現在でも中層プレイヤーたちで賑わっており、そんな中に人を背負って少女も連れながら歩く者がいれば嫌でも目を引いてしまう。

 それに、助けた少女――シリカと名乗った小柄な彼女は中層においてはアイドル的存在なようで、集められる視線の中にはキリトに対する嫉妬や羨望と言った喜ばしくない感情だって含まれていた。

 

「でも、シリカ。本当に良いのか……? 流石に俺たちをキミの宿に招くのは、マズいと思うんだが」

 

「私は、大丈夫ですから……。キリトさんは、良い人だって信じてます。それにピナを一刻も早く助けたいんです」

 

 それだとまるで僕は悪い人みたいに聞こえてしまうが、一々指摘するのも今は億劫でしかない。

 この前はアスナ・今日はキリト、最近は散々な事が続く。そう思っていたが、どうやらそればかりではない様だ。

 

 ――あれ、シリカじゃない。ちゃんと脱出できたのね、心配してたのよ?

 

 シリカ目当てに集まる人だかりをキリトが斬り開き、彼女の案内に従って街を歩いていれば、親しげな雰囲気を被っただけの声が僕の耳にも届く。

 

「 "ロザリア" さん……いったい、何の様ですか」

 

「そんなに怒らなくてもいいじゃない。良かったわね、親切なプレイヤーさんに助けてもらえて。それとも、誘惑したのかしら――なんて、冗談よ。いつも隣にいた小さな竜がいない見たいだけど……どうしたの?」

 

 シリカの言葉に、僕は伏せていた顔を少しだけ持ち上げ彼女と対峙している相手を確認するなりバレない様キリトへメッセージを飛ばす。

 恐らく彼も気づいた筈。赤い髪・珍しい女性プレイヤー・『ロザリア』という名前――シルバーフラグスを壊滅させたギルドのリーダーに関する数少ない情報全てに合致した人間が、目の前に居るのだ。

 

「ピナは……死にました。でも、絶対に助けてみせます!」

 

「ふぅん。そんな事が出来るとは思えないけど」

 

「――いや、方法ならあるさ。『プネウマの花』っていうレアアイテムがあればな……今は時間が惜しい。行こう、シリカ」

 

 やや強引だが会話に割って入ったキリトはシリカの手を引いてその場から離れていく。

 去り際に餌もまいた。主街区の圏内ではどうする事も出来ない上に、対峙する『ロザリア』がタイタンズハンドのリーダーかもわからない現状で取れる手段としては上出来の部類だろう。

 御陰様で非常に気まずい空気に侵されつつあるがしばらくの後にたどり着いたシリカの借り宿へ通される頃には僕の足もすっかり元通りとなっており、少し手狭なリビングに置かれたテーブルを挟んでキリトと彼女が向かい合って椅子に座り、僕も彼の隣にあった椅子へ腰を据える。

 

「あの、プネウマの花があるのは四十七層なんですよね? 後三日……私のレベルで、本当にレベル上げを急いでも間に合うんでしょうか」

 

 ポツリ、シリカの口から弱音が零れてしまうのも無理はない。話しを盗み聞いた時、彼女は自分のレベルを『四十四』と言っていた、階層に基づく安全マージンを考えれば最低でも『五十七』は無ければ厳しい。この微妙な差が "無謀" を "自殺行為" に変えてしまうのだ。レベル上げだって一朝一夕に済むものじゃない。

 しかし、この場にはキリトがいる。彼一人でもシリカが大人しくしていれば守りながら目的地へ行くのは現実的に可能だ。恐らくは彼もそのつもりで話しをしたのだろう。

 

「三人でやればとは言ったけど……それでも悠長にレベル上げをしていたら、多分間に合わない。だから俺たちでキミを守りながら行こうと思ってるんだ。ある程度の装備はこっちで用意するから、『一定の安全』は確保できる。でも危険がなくなるワケじゃ――」

 

「それでも構いません。ピナを、助けられるなら……危なくても、無謀でも、 "諦めたくないんです!" 」

 

 『諦めたくない。』

 キリトの声へ食い気味に反応を返したシリカの叫び声はとても一途な物で、吐き捨てそうになった言葉を僕はゆっくり飲み下した。このタイミングで言いだしては彼が擁護に回るのはわかりきった事、僕が知りたいのは "彼の言葉で包まれた本音" なんかじゃない。さっきの一途な思いと同じ、 "感情が剥き出しにされたモノ" 。

 

  "――危なくても、無謀でも助けられるなら助けたい・諦めたくないという気持ちを踏みにじるつもりはない。だからといって命を投げ捨てる様な真似をされては困るのだ。"

 

 (居心地悪い……別に僕が居なくてもいいよね)

 

 ピナを復活させる事を直接承諾したのはキリトだけ。それで僕が言葉を挟む余地無く二人で会話を進めるなら別に構わない。が、話しは僕も参加する前提で進んでいる。

 そうしてミラージュスフィアというアイテムでプネウマの花がある場所について話しをしている時、玄関の外から僅かな気配があった。恐らくは獲物が餌に食いついたのだろう。キリトも数秒遅れてそれに気づいた様で僅かに視線を玄関方向へ逸らし、ワザと説明を続けていれば話しの終わりと共に気配は去った事で『推測』が『確定』に近づく一方。今度は泊まる部屋についての話しになり、僕が帰ろうとすれば何故かシリカにまで待ったをかけられた。

 

 (二人して『二人だけは気まずい』とか……三人でも変わらないでしょうが)

 

 ため息を吐いた所で視線は変わらない。渋々泊まる事を了承するとキリトとシリカは揃って安堵の息を零す始末。

 二人が部屋に入って寝静まった後も僕は寝る事なくリビングの隅で壁に背を預けたまま夜は過ぎて深夜の三時、近づいてくる気配に目を開けてみれば、直ぐ傍まで来ていたキリトと目が合う。

 

「ロッティ……その、巻き込んじゃってごめん」

 

「うっさい。謝罪するくらいなら最初から巻き込むな、バカ」

 

 不機嫌を前面に押し出した僕の言葉を受けてキリトは声を詰まらせる。今更謝罪を口にした所でもう遅いのだ。

 

「口を挟まなかった僕にも非はあるけどさ……個人的にあの子と話しがあったのにキリトは「明日に備えて寝よう」とか言うし、僕が参加する前提で勝手に話しを進めたり、しっかりしてよ。確かに彼女の置かれた状況には同情すべき点が沢山ある。でも、反省すべき箇所だって同じくらいあるんだよ? それを指摘せずに「助けてあげる」とか何考えてるのさ」

 

 実力を読み違えた挙げ句死んでしまったら、意味がない。体力の全損が本当に "外" へ置いてきた肉体の死を示すなら、リセットボタンやコンティニューはこの世界には存在し得ない代物だ。

 

「 "諦めたくないとしても諦めなければならない事は事実として存在する。" キリトがあの子を助けたいってなら背負うべき負担を肩代わりさせてる事は自覚させるべきだよ。今のキリトは中途半端に手を差し出してるだけ……『助ける』っていうのはそんなに楽な事じゃない。まあ、引き受けたのはキミなんだから最後まで責任を持って成し遂げる事」

 

「それはわかってる。でも――いや……やっぱり何でもない。心配してくれてありがとうな」

 

 そう言ってキリトは部屋に戻ったが、言いかけた言葉は、多分『シャルテみたいに強いワケじゃない』。それを途中で呑み込んだ理由はわからなかった。

 やがて早朝になれば部屋から出てきたシリカに声をかけられ、手伝ってくれる事など諸々に感謝をされたが「感謝するなら無事にピナを復活させた後で」と釘を刺す。

 

 

 そうして時刻は午前十時、僕たち三人は第四十七層にいた。

 

「――とりあえず新品なのはこれとこれかな。後はあるとすれば良いスカーフみたいなのだけど、一度直接僕の身体と触れた装飾品を洗いもしないで渡すのは気が引けるし……って、どうしたのさ二人してジロジロと」

 

「その、ロッティさんってすごいしっかりしてますよね……細かい所に気が回ったり」

 

「相変わらずマメっていうか、そういう所に神経質だよな」

 

 二人揃って驚きの表情を浮かべた事に、僕は首を傾げて答えを紡ぐ。

 

「まあ、これが武器とかなら気にしないけど……やっぱり衣服とか身につける物だと気になるモノでしょ。それにしっかりしてるって言われても……一応そこそこの年だからね。それよりシリカ、渡した装備はつけれそう?」

 

「えっ? あっ、大丈夫みたいです……けど、これ。キリトさんのもロッティさんのもすごい貴重な装備品なんじゃ……」

 

「安全マージンを考えたら防御力は過剰なくらいがちょうど良いんだよ。僕のは女性専用品だから扱いに困ってたし」

 

 ここに来る前、宿でキリトが渡したのは防具一式に装飾品の剣帯(けんたい)。そして僕が今渡した装備は武器と装飾品が一つずつで武器の短剣は五十層・装飾品の腕輪は六十層近くで拾って物であり、性能に関しては問題ないだろう。むしろ気がかりなのは装備の強さを自分の強さと過信してしまう事だ。

 あまり気が進まないが、暴走する様なら容赦なく折らなければならない。

 

「今はあくまでもプネウマの花を採取するのが優先だからな。レベルはいつでも上げられる、どうしても気になるならピナを蘇生させた後に返してくれれば良いさ」

 

「そうそう、今はとりあえずキミの生存が第一だから。敵を見つけてもあんまり突撃したら駄目だよ」

 

 そうして一通り装備を渡し終えてからは必要となりそうなアイテムを充分に買い足し、最短の道で必要最低限の敵を避けながらプネウマの花が生えている《思い出の丘》を目指す。通過点だった《フラワーガーデン》はカップルの溜まり場で有名な事もあり、殺伐とした雰囲気を醸す僕たちには自然と奇異の目が寄せられたが、それらと此方では根本的に目的が違うのだから仕方ない。

 

 走りつづければ一時間もかからないで目的の場所につき、少しばかり小高くなった場所に一輪だけ咲いていた白百合(しろゆり)の花弁を細くした様なそれをシリカは短剣を使って丁寧に根本から切断して、此方へ振り返ると綺麗な笑顔を見せてくれた。

 

「いやぁ、良い笑顔だね。それをぶっ壊す人間がいなければ感動モノなのに」

 

「全くだな――さっきからつけきてるみたいだが、いい加減出てきたらどうなんだ」

 

 突然後ろを向いて僕とキリトが呟いた言葉に笑顔を浮かべていたシリカの表情も一瞬で凍りつく。

 

  "なんだ、私の隠蔽に気づいてたのかい――。"

 

 何もない空間に少しずつ色が宿っていき、それはやがて一人の女性を形どった。

 

「ロザリアさん……どうしてここに」

 

「どうしても何も、簡単な事さ。シリカ、アンタが手に持ってるそのレアアイテムを譲って貰いに来たんだ」

 

「譲って貰う? 後ろに九人引き連れておきながら良くもまあそんな嘘を言えるね。素直に "奪いに来た" って言えばいいのに」

 

「あら、せっかちな娘は男から嫌われちゃうわよ? ……もう少し余裕を持たないと」

 

 話しの腰を折った僕にロザリアから冷たい視線を向けられるが、くだらない茶番劇に付き合わされる謂われはない。サッサと本性をあらわせと言わんばかりの態度にため息を吐いたロザリアが手をあげて合図すると、ご丁寧にも九人全員が姿を現してくれる。

 九人を指すカーソルは全てオレンジ、つまりは何らかの違反行為を働いた者を意味していた。が、この場に置いてカーソルが教えてくれた事はそれだけではない。

 

「レッドギルド『タイタンズハンド』のリーダー、『ロザリア』はアンタだな」

 

「ええ、確かに私は "その" ロザリアよ? でも、それがどうかしたのかしら小さな剣士さん」

 

「なら、アンタたちが壊滅させた『シルバーフラグス』っていうギルドも当然覚えてるよな」

 

「……シルバーフラグス? あぁ、たしかそんなギルドも襲った事があったわね。ギルドのメンバーが必死にリーダーの男だけでも逃がそうとしてる様が漫画みたいで滑稽だったから良く覚えてるわ。で? もしかして正義の味方でも気取るつもりなの、この人数を相手に」

 

 愉快そうに笑ったロザリアの後ろで控えている男たちが威嚇する様に一歩前に踏み出すと、後ろにいるシリカの脅える様な声が聞こえてくる。しかし、僕とキリトには何の効果もない。

 隣に並ぶキリトからのアイコンタクトで僕はシリカの傍へより、インベントリにしまっていた万が一に備えて転移結晶を彼女へ託す。

 

「シルバーフラグスのリーダーは、アンタたちを殺すんじゃなくて牢獄へ入れてくれって言ったんだ……それがどれだけの事か、わかるか?」

 

「わからないね。もしかしてアンタも『このゲームで死んだら現実でも死ぬ』なんて話しを信じてる口かい……だとしたら相当な馬鹿だよ。そんなの、やってみなきゃわからないじゃない」

 

 在り来たりな返答に「そうか」と落胆の声を零したキリトは剣を抜き、一歩ずつ前へ進んでいく。

 

「キリトさん! ロッティさん、キリトさんを止めないと!」

 

「んー、大丈夫だよ。危なかったら僕もかけつけるし……キミは今自分の身の安全を第一に考えてて?」

 

 可能な限りいつもの調子で飛び出そうとするシリカを宥めながら、僕は前を行くキリトの背を見つめる。向こう側の男勢も『キリト』という名前と風貌(ふうぼう)を見て一つの可能性に行きついたらしい。

 しかし、目の前にいる小柄な少年が『攻略組のキリト』とは完全に信じきれないようでロザリアの一言を皮きりに男たちが一斉に斬りかかるも、キリトは "部位破壊されない絶妙な加減で全ての攻撃を受け止めていた" 。

 

 (うわっ、相手の威力しょっぱいな……いや単純にキリトが硬いだけか。しかも何か体力自動で回復してるし)

 

 赤い斬線が幾つキリトの身体に入ろうと、彼が倒れる気配は愚か体力が一定を下回る気配もない。

 

「 "十秒毎に五〇〇" ――それがあんたら九人が今俺に与えているダメージの総量だ。俺のレベルは七十八、体力は一四五〇〇……そして、戦闘時回復(バトルヒーリング)スキルによる自動回復が十秒毎で六〇〇。たとえ何時間攻撃しようとアンタたちに俺は倒せない」

 

 いつかと同じような悪役の笑顔を張り付けたキリトは回廊結晶を手にロザリアたちへ二択を迫った。『捕まるか・斬られるか』、『生か死か』――。

 

 『 "――あっ、ちょっとキリトくん。そいつら牢獄送りにするのちょっと待ってくれない? 個人的に聞きたい事があるんだ。" 』

 

 そんな中に三択目が混じった。

 訝しみながらも僕の声に耳を傾けてくれたキリトの下までシリカと一緒に行き、彼女を託して僕は彼女の目と耳を塞ぐ様に頼む。それだけで薄らと察せたのだろう。彼はシリカの手を取って後ろに下がってくれる。

 

「皆さんどうも始めまして! 皆大嫌い、憎き悪役様のご登場ですよー!」

 

「はぁっ……? あ、アンタ、ふざけてるのかい!」

 

「はい。まあ、三割程ふざけてみました」

 

 ケタケタと壊れた様な笑い声を上げる僕にロザリアたちは少しだけ後退ったが、それだけ。むしろキリトが後ろへ下がった事を良いことに強気な態度を見せてきた。特にロザリアのそれは顕著だったが、無理もない。彼女が見た時の僕はキリトに背負われていたのだから。

 

「ふふっ……すごい手の平返しを見せてくれたお礼にチャンスを上げよう。全員一回だけ "僕に攻撃する権利" をあげるから、もし一発でも当てられたら君たちの牢獄送りは無しだ。ロザリアさんも当然参加権はあるからね? さあ、かかってきなよ! 僕は戦闘時回復なんてスキル持ってない。もしかしたら勝てるかも――」

 

 声高らかに宣言した段階でキリトの時と同じく九人が襲いかかってくる。

 

 (左右水平への挟撃から正面唐竹、次にまた左右から袈裟と逆袈裟が入って真ん中は刺突。他三人は臨機応変でロザリアはあくまで様子見と――)

 

 後ろからシリカの悲鳴が聞こえてくるが、何ら問題はない。

 最初二撃が来るまで約五秒――クイックチェンジを使って事前にセットした『ダメージが必ず一になる』ふざけた短剣を抜き、屈んで四つの肉を水平に斬る。

 

 三撃目の唐竹が来るまで四秒――屈んだまま前進し、地面を蹴って左へ移動する際に男の片足を脛(すね)部分から斬り払う。

 

 続く四・五が終わるまで三秒――移動した先にいた男よりも左側に寄って袈裟斬りが当たらない安全圏内で立ち上がり様に男の右足を大腿部から斬り落とし、流れと勢いにのせて右腕も奪う。

 

 六撃までは後二秒――男の首を落として蹴り飛ばし、後ろにいた五番目の男がバランスを崩した間に近づいて両腕を頂く。

 七から始まる三連撃まで一秒――動かない木偶の坊など問題ではない。全員首を斬って終わりだ。

 

 五秒後、その場に立っているのは尻餅をつくロザリアを見下ろす僕だけ。

 

「んっふふふ……倒せると思った? 勝てるかもと思った? 残念だったね!」

 

「嘘でしょ……幾ら何でも速すぎる。ロッティなんてプレイヤー噂でも聞いた試しがないわ。アンタ、何者よ」

 

「何者か、ね……偽名とちょっと特徴抜いただけで意外とバレないんだ。まあ――こんな姿なら見たことあるんじゃない?」

 

 声の調子を元に戻し、インベントリからマフラーを装備してフードを被る。たったそれだけの変化で、ロザリアたちの表情は引きつった。

 

「黒いフーデッドコートに、赤いマフラー、白髪の短剣使い……まさか、アンタ、手配書の!?」

 

「うん、ご名答。攻略組の面汚し・最終防衛線・血濡れの少女とか色々言われてるみたいだけど……一番聞き馴染みがあるとしたら『仲間殺し』じゃないかな」

 

 僕が浮かべていた笑顔も無表情に近くなり、近くにあったロザリアの槍を刃先に触れず蹴飛ばす。そうしてロザリアの手を取ると、指の一本一本を明後日を向かせる。

 普通なら痛みはない筈だ。それなのに悲鳴をあげてしまうのは恐怖心がなせる賜物(たまもの)か。

 

「そんなに叫ばなくたって大丈夫だよ。ペインアブソーブのレベルだって初期から変更した事なさそうだし……それなら多少の不快感で済む。衝撃が無いだけ、圏内でソードスキルを叩き込まれるよりよっぽどマシだ。後、指の復活は他に比べて早いから第二関節位だと――ほら、もう治ってるでしょ」

 

 持ち主の意思に反してそっぽを向いていた指たちは僅か二十秒足らずで従順なパーツに戻る。先程の五秒で斬った相手も斬り方甘い何人かは後一分もすれば欠損が回復してしまうだろう。

 

 (まぁ、たとえそうなったとしても壊せば良いだけか)

 

 頭で考えていた事を打ち切り次へ進もうとする僕に、まるで『待った』をかける様なロザリアの声がぶつかってくる。

 

「アンタ、私を攻撃した筈なのに……どうしてカーソルかオレンジにならないの」

 

「あれ、知らないんだ。無手だと基本的に何やっても攻撃扱いにはならないんだよ。でも接触の判定はあるから部位破壊とかはできる。ただキミの場合ハラスメントコードに引っかかる可能性があるから僕もあんまり長時間触っていられないんだけどね」

 

 言いながら逃げられない様にロザリアの膝を踏むつぶし、念の為、僕は倒れてる男衆の腕も根元から切り離して全員をロザリアの近くにまとめる。

 そうして彼彼女らへ「素直に答えてくれれば」と不確かなモノをチラつかせ、楽しくもない質問タイムを開始した。

 

「シルバーフラグスのメンバーを殺した人間。またはそれに関わった人間は素直に手を上げて……って、上げる手もないか。じゃあ可能な人は自己申告」

 

 『――だから止めようって言ったんだ……それなのに、お前たちが無理矢理』

 

 『――ふざけんな、テメェが一番喜々として襲ってたじゃねぇか』

 

 『――待ってくれ、俺が悪かった。許してくれ』

 

 希望を垂らせば直ぐこれだ。責任のなすりつけ・自己弁護(じこべんご)・平謝り。その全ては『保身』から来る無価値な行為。上っ面だけの仲間を切り捨て自分だけは助かりたいと足掻く姿は無様でしかない。

 それでいて僕が短剣を抜けば、目の前の人間は黙りこくってしまう――その『滑稽』さよ。

 

「随分回りくどい真似をするじゃない……こんな事をしてアンタは何をしようって言うのさ」

 

「僕はただ気になった事を聞いてるだけだよ。きっと、シルバーフラグスの皆もリーダーを逃がした後でキミたちに追い詰められた時はこんな感じだったんじゃない?」

 

「はっ……その通りだよ。中には「自分の命をくれてやるからリーダーだけは」なんて言ってた奴もいたけどね。どいつもこいつも馬鹿まるだし。ゲームは所詮ゲーム、こんなお遊びで人が死ぬワケないだろう? それなのに勝手に熱くなって、ヒーロー気取って、気持ち悪いんだよ」

 

「ふぅん。でも、さっき指を折っただけで悲鳴を上げた人に言われても説得力なんかないよ。僕からしたらアンタたちの方がずっと気持ち悪い」

 

 それで嫌味のつもりなのだろうか。毛ほども心に響かないロザリアの声を一蹴して言葉を返せば、彼女は僕を睨みつけてくるモノの手は出してこない。

 これ以上時間をかけても彼女たちは何も変わらないと見切りをつけ、フレンドリストから約束していた人物にメッセージを送ると僅かな間を置いて僕の後ろへ転送音と共に現れたのはシルバーフラグスのリーダーだった。

 

「リーダーさん。キミたちのギルドを襲った人間で此処に居ないプレイヤーはいる?」

 

「いえ……これで全員です」

 

 ならば良いのだ。ここに来て人数が足りないのであれば迂闊に動けたモノじゃない。口頭でお礼を口にする彼の声を遮って紡いだ僕の言葉に、彼は目を見開いていた。

 ふざけた武器などではなく、最前線で売られている店売りの短剣を二つ握り締めた僕は男衆に向かって刃を振り下ろす。

 

 ――キミたちにはソードスキルをつかう価値もない。ただ無意味に、無価値に、恐怖の中で死んでいけ。

 

 赤い斬線が幾つも走り、手数の増した状態で一分半――九人全員がポリゴン片になって消える。残る一人へ手をかける前に僕は自分で蹴飛ばした槍の下まで向かい、その刃先に触れた。耐えきれる程度の僅かな熱と痛みの報酬としてロザリアのカーソルがオレンジに変わり、準備は完了。

 彼女の頭部を右に握る短剣で貫けばいつかのボスと同じく行動不能に陥り、顔を恐怖に彩らせた彼女はその場で仰向けに倒れる。そして頭の短剣をそのままに僕は彼女の胸部へ左手の短剣を突き立て、足で押さえつけた。

 

「アンタも知ってるかも知れないけど、この世界では脳を傷つけるとしばらく行動不能になるんだ。そして心臓はプレイヤーにとって弱点扱いなのかダメージにボーナスがかかる……それが貫通ダメージでもね。これはゲームで、お遊びで、死ぬ事なんて有り得ないんでしょう――?」

 

  "そう思うなら、自分の身で確かめてみろ――。"

 

 ギルドストレージには使い捨ての短剣がまだ数十はあるのだ、体力の減りから見て三十分もせず死ぬだろう。

 一思いに殺してやるつもりなど端からない。抗う事も出来ず、体力が全損した場合どうなるかもわからない中で着実に『終わり』が近づいてくる恐怖はどんなモノなのだろうか。

 

「何も痛みが終わらないワケじゃない。アンタが死ねば痛みも消える」

 

 『 "――自分が手を下さずとも直(じき)に死ねるだけ幸せなのだ。" 』

 

 後は時間が流れるだけなのに。

 

「キリト、この剣はなぁに……?」

 

 左後ろから僕の首筋に添えられる冷たい感触に、僕は振り向く事をせず問いかけた。

 

「やりすぎだ……シャルテ、ロザリアに刺した短剣を抜け」

 

「ヤダよ? 僕は絶対に抜かない、邪魔しないで」

 

「いいから早く抜け――じゃないと、お前の首を斬り落とす」

 

 (キヒッ――僕の首を? キリトが?)

 

 気分が高まり、踏み込んでいた足を外すと僕は笑顔を浮かべて後ろに振り返る。シルバーフラグスのリーダーとキリトの後ろにいるシリカは信じられないモノを見たかの様な表情を浮かべ、眼前で剣を握っている彼の顔つきは酷く険しいモノ。

 僕は横目に剣を見て、右手で優しく刃をなぞった。それだけで今度はキリトのカーソルがオレンジに染まる。

 

「はァア……っん、ねぇキリト、僕の邪魔するの?」

 

 彼との距離は三歩もあれば事足りてしまう。踏み出した一歩で、まだ剣は動かない。

 

「今のお前は『普通』じゃない……しっかりしろ、シャルテ」

 

「普通……? 普通ってなぁに?  "これが僕だよ?" 」

 

 踏み込んで二歩。僕は指で刃の平を掴み、自分の首筋から少しだけ遠ざけた。

 

「止まれ……頼むから、止まってくれシャルテ!」

 

 残念、これで三歩目だ。

 目と鼻の先数センチにいるキリトの表情は戸惑いや脅えで一杯になっている。

 

「優しいね……キリトは――」

 

 笑みを浮かべた僕は自らの手で首筋に刃を押しつける。

 走る激痛さえ、今の僕にとっては愛おしくて堪らない。そのまま一気にキリトの耳元まで顔を寄せて舌を這わせた。

 

「可愛い……キヒヒッ、僕はキリトを刺せるけど、キリトに僕は斬れないよ」

 

 抱きつく様な体勢のまま背中に回した右手で呼び出した短剣を握り、彼を突き刺そうとした僕の身体から突然力が抜けて視界が暗くなり始める。

 

「あれ……ど、して?」

 

 視線を動かして自分の体力を確認してもイエローゾーンにすら達していない。ただ、 "睡眠" を示すバッドステータスが寂しく表示されていた。

 

 ――ごめん、シャルテ。

 

 完全に意識が落ちる寸前に聞こえたキリトの声はどこか悔しそうで、それが何を意味するのかを理解する間もなく、僕は暗闇に沈んでいった。

 

 * * *

 

 そうして、目が覚ました僕は何故かリズベット武具店の間借りしている自室にあるベッドで横になっていた。

 

 (んぇ……僕、プネウマの花を採りに行ってたんじゃなかったっけ。それで、餌に食いついたタイタンズハンドを……僕は――キリトに刃を向けた?)

 

 寝ぼけているのか覚束ない記憶を引きずり出して思い出した途端、頭の中が真っ白になる。

 そんな状態に追い討ちをかけるかの様に部屋の扉が開いて、中に入ってきたのはリズベット。

 

「起きてたのね……ビックリしたわよ。いきなりキリトに呼び出されて何事かと思ったらアンタが寝ちゃったって――ねぇ、私の話し聞いてる?」

 

「――ごめんリズベット。僕やっぱり自分の宿に帰るよ。後、武器も返す」

 

「はぁっ!? ちょっ、待ちなさいシャルテ!」

 

 クイックチェンジでリズベットが作ってくれた短剣を呼び出し、装備欄から弄って足下へ放棄するなり僕は窓から逃げ出した。

 

  "今は誰の声も聞きたくない――。"

 

 何でどうしてが重なってエラーしか生み出さない思考を抱え、自分以外誰もいない最前線にある借り宿の中で一人膝を抱えてうずくまる。

 

  "あのまま放置されていたら、僕は間違いなくキリトを殺していた。"

 

 そんな事実に無言で短剣を抜いて自分の目玉を突き刺す。痛みに身体が悶えようと構わない。

 今はただ、こうする他に方法を知らなかった。

 

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