ソードアート・オンラインIF ver.アインクラッド   作:モコモコ毛玉

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第二話

 

 狭い場所で男女と二人きり――場面だけ抜き取れば大半の人間が好きに想像し、『夢の様なシチュエーション』と表現しかねない状況でも僕にとっては苦痛以外の何物でも無い。

 僕とリズベットが身を寄せているおおよそ二メートル四方の小さなセーフティーエリアには重苦しい空気漂っていた。

 

「ねぇ、シャルテ。その、こんな時にって思われるかも知れないけど……少しだけゆっくり話しでもしない? 最近アンタとじっくり腰を据えて会話する事もなかったし……」

 

「……もし質問されても答えたくないモノは答えないから。リズベットがそれで良ければ」

 

 質問内容にはだいたいの目星がついている。恐らくは個人的にあまり触れられたくない疑問も混ざってると見た方が良い、だからこそ僕は先だって彼女に釘を刺した。が、リズベットは迷うことなく首を縦に振って "それでも構わない" という意思を示す。ならば、拒む必要はない。

 そうして彼女が紡ぐ第一声に内心で身構える僕の耳へ飛び込んできた言葉は此方を攻める様な類の物でも、ましてや僕が聞かれたくない疑問なんかではなかった。

 

 (何で、ここで謝るかなぁ……)

 

  "ごめんなさい" ――それが何に対しての謝罪なのかはわからない。もし今の状況に陥ってしまった事へ対する謝罪だとしても見当違いである。

 リズベットには一切の非がない、悪いのは全て僕の方なのだから――。

 

 * * *

 

「―― "貴重なインゴットを取りに行くから僕も一緒に" って、護衛ならキリトかアスナにでも頼めば良いでしょ。わざわざ僕に頼む必要性がないと思うんだけど……それに、いきなり武器を突き返されても困る」

 

「キリトたちにはもう聞いた後よ。二人とも今日は用事があるって断られたの。ウルズも血盟騎士団の仕事があるから難しいみたいで、他に安心して誘えるの、アンタ位しか居ないし……。そもそも、最初にいきなり武器を突き返してきたのはアンタなんだから文句言わないで受け取りなさい」

 

 二〇二四年の七月。

 シルバーフラグスの一件を終わらせてから約二ヶ月が経過した現在、僕はリズベット武具店で寝泊まりする前と同じ様に最前線にある宿を点々としていた。フレンドとの交流も回数こそ少なくなりはしたが、だからといって絶やしたワケではない。

 

 護衛としてほぼ毎日傍らにいたウルズも最近は血盟騎士団の仕事が忙しいらしく、ヒースクリフに言ってそちらを優先する様にしてもらったので結果として拘束されない時間は大幅に増え比較的自由な生活を送れている。

 もっともやる事と言えばレベル上げ以外になく、何故か自由時間に色々と相談される回数まで増加してくれたおかげで相対的に見ればあまり変わっていないのだが。

 

「ふぅん……僕は余り者と。リズベットも意地悪な事を言ってくれるね――なんて冗談はおいといて、残念だけどそういう手伝いは僕も出来ないよ。高確率で流れ弾が飛んでくるし、それが原因で文句言われるなんて御免だ。短剣に関しては持つ資格云々の話し、前にもしたでしょ?」

 

「はぁ……? その件については『シャルテが自分で持つ資格がないって考えても関係ない・生みの親である私が認めてるから』って言ったじゃない。何があったかは知らないし聞かないけど、誰がなんと言おうと "この短剣" の使い手はアンタ。どうしても納得がいかないなら無理して使えとは言わないわ……でも、自分の短剣は自分で持ってて」

 

 言って、飛ばされてきたトレード申請を迷うことなく拒否する為に動かした腕をリズベットが掴んで妨害してくる。

 離してほしくとも悲しい事に筋力値でそれなりに差をつけられている僕が幾ら真正面から抵抗した所で振りほどけないのは分かりきった事。腕を斬り落とせば拘束からは逃げられるが今度はウィンドウを操作できなくなってしまう。つまるところ八方塞がりなワケで、腕を握られ続けている事に僕の身体も少しずつ拒絶反応を示し始めている以上、残された選択肢は渋々でも承諾する他に見当たらなかった。

 

「これで良いんでしょ。だから早く離してくれないかな」

 

「まだ話しは終わってないわよ。流れ弾が飛んできたって私は文句を言うつもりないから。危ないと思ったらその場しのぎの嘘くらいつけるし、結晶を使って直ぐ逃げる……だから、一緒に来て」

 

 立場はリズベットの有利なのは明白だ。それでも先程と違う圧力のない頼み込む様な声に好きだけ言葉が詰まる。だが、ここで「はい良いですよ」と言える無責任さは生憎持ち合わせていない。

 これが数ヶ月前なら最新の注意を払った上で頷く事もできただろう。しかしその数ヶ月で飛んでくる流れ弾はより悪質に変貌し、生易しい物なんかではなくなっていた。此方を狙うプレイヤーの数は以前にもまして多くなり、嫌がらせ目的か街中でソードスキルを当ててくる者や僕を倒す為なら違反行為も正当化する者まで現れる始末だ。

 だからこそ彼女が条件として提示した今までなら及第点と言えるモノも、こんな状況下では全く宛てにならない。一緒に動くには幾ら何でも危険が過ぎる。

 

「それでもダメだよ。どうしてもやれっていうなら、一番目立つ髪色を染めないで変えれるアイテムとか、今の僕とかけ離れた格好になれる装備でも無い限りは無理」

 

 髪色を変えたくないという意地を通せるそんなアイテムが存在するとは到底思えない。見た目に関してはそれこそ女装でもすればマフラーをしていても誤魔化せるかもしれないモノの、僕が女性用装備を身につけるのはシステム的に不可能だ。

 もし本当にこの二つを何とか出来るなら考える余地が生まれるし話しもまた違ってくると思う反面、僕は "そんな事出来る筈がない" と心の中で高を括っていた。そんな根拠のない驕りはリズベットから飛んできたトレード申請で物の見事に打ち砕かれる。

 

 (はい……?)

 

 僕が呆然としている間にリズベットは掴んでいた僕の手で申請を強制的に受諾し、四つのアイテムがインベントリへ送られた。

 

「 "髪を染めずに色や髪型を変えれるアイテム" と "今のアンタとはかけ離れた姿になれる防具" があれば問題ないんでしょ……? とりあえず、私は目閉じてるから着てみなさい」

 

 此方へ少しずつにじりよってくる様なリズベットの声に嫌々ながらもインベントリを開いた僕を出迎えたのは信じたくもない現実で、そのまま眼前にあるテーブルへ額を押し付ける。

 それでも実際に身に着けてみなければわからないと素直にギルドストレージから取り出したバスタオルで身体を隠しながら着替えを終わらせて手鏡で自分の姿を確認すると、鏡の向こうには "味方殺し" と呼ばれるプレイヤーではなく、黒とゴシック調で統一された格好をする少女が映っていた。

 確かに、これだけ様変わりしていれば外見だけで見抜くには難しいだろう。

 

「はぁ……いいよ。これなら仕草とかを変えれば狙われる危険性抑えられそうだし、リズベットの頼みを聞いてもいい」

 

 此方が出した答えに掴んでいた腕を放してお礼を言ってくる彼女へ「気にしなくても良い」と返しはしたが、それとは別にどうしても一つだけ気になる事はあった。

 インゴットを掘るだけなら別に今日でなくとも問題はない筈。にも関わらず彼女の中からは『明日以降にする』という選択肢が自然と抜け落ちている様に思えてならない。

 

 『 "何をそんなに急いでるの――?" 』

 

 零した疑問にリズベットは動きを止めて僕から目を逸らした。

 

「僕を連れてこいって脅されてるとか首とってやるみたいな話しなら素直に言って欲しいんだけど……別にそうだったとしてもこの場でリズベットに短剣を向けたりしないから」

 

「そんなんじゃないわよ。何でアンタはそう……いや、今のは私の方にも問題があるのは分かってるけど、そんな物騒な理由じゃないのだけは本当。でも理由はまだ教えたくない」

 

 真っ直ぐ此方へ向けられる視線に嘘偽りのつけいる隙は見受けられない以上、少なくともリズベットの言葉は正しいと見るべきか。『教えられない』ではなく『教えたくない』としたのも彼女なりに考えた上で敢えてそうしたのだろう。

 何にせよ知られたくないと隠している事を根堀り葉掘り聞く趣味を僕は持ち合わせていない。待ち伏せされていたらその時はいつも通り全力で叩き潰すだけで済む。

 

 それから互いに準備を終えた事を確認して向かった第六十五層のフィールドは山岳地帯であり、凹凸の激しい足場を僕はリズベットの愚痴を聞きながら彼女の手を引いて歩いていた。

 

「――そこ足場悪いから気をつけてね……っと、まぁキリトは何かと突飛な行動するからね。流石に "売り物の剣の耐久力を確かめる為に自分の剣をぶつける" っていう発想は、うん。なにやってんのとは思うけど……ステータス見れば分かる話しなのに何でリズベットもゴーサイン出したの」

 

「それは、その……キリトが強いって事は知ってたのよ? ただ幾ら何でも自信作を一撃で壊されるとは思わなかったのもあるけど、その場の雰囲気とかに呑まれてステータスを見れば分かる事をすっかり忘れてたのよね……。そんでもって新しい剣をつくる為のインゴットを取りに雪山行ったら私がヘマした挙げ句二人揃って縦穴に落ちた時は本当に死んじゃうのかと思った」

 

 当時の事を思い出してか困った様な表情で「あんな経験は二度としたくない」と語るリズベットに僕は黙って相槌を打つ。具体的に何があったのかを聞いたのは初めてだが "何かあった" は知っている――当然、その結末も。

 

 そうして陰りを隠しきれていない彼女が吐き出す声を受け止めていれば、不意に妙な視線を感じて僕は足を止める。

 敵意というにはあまりにも朧気で、どちらかと言えば獲物を探す様な感覚に近いソレが複数個突き刺さり、その正体を突き止めた頃には転移結晶を使っている暇もなかった。

  "此方を狙って突き進むモンスターの群れ" はどう考えても自然に生じた規模ではない。少し手荒だがリズベットを抱えて逃げ切ろうとしたのも束の間、足元にあった筈の地面が突然なくなり身体は重力に従って下へ落ちていく。

 視界が面から点になる間際、離れた場所で怪しい動きをするプレイヤーの姿が目に入った辺り、そういう事なのだろう。

 

 使い捨ての短剣を壁に突き立て落下速度を抑えようとするも簡単に減速できる筈もなくリズベットを抱えた状態で背中から底に叩きつけられる間、計五本の短剣を失ったモノの五体を四散させる様な事態は回避できた事に安堵の息を零す。ひとまず結晶無効化空間かどうかをウィンドウを開いて確かめ、痛みを堪えながら気を失っているリズベットを背負って今いるこの小さなセーフティーエリアを見つけて逃げ込んだ。

 そこで硬い岩場に寝かせるのは申し訳ないとインベントリから寝袋を引き出し、その上へ彼女をおろしてから僕はウルズへとメッセージを飛ばす。

 

 ――そうしてウルズから返事が届いた数時間後、ようやく目覚めた彼女と数回言葉を交わして『今』に至る。

 

「リズベットが謝る事じゃないよ。今回のは僕を狙ってたみたいだから……落下によるダメージと着地時の部位欠損でこっちの身動きを封じて最後はモンスターにトドメを刺させる、大方そんな算段だったんだと思う。僕の方こそ巻き込んでごめんね」

 

 相手がどうやって僕と噂の僕が同一人物かを判断できたかは断定できず、厳密に言えば "本当に僕を狙ったのか" も定かではない。今までにも『短剣を使っていていたから』という理由だけで断定・襲撃された事はあるのだ。

 そのどれもが遊び感覚で、まるで現状を理解していない平和ボケしたプレイヤーばかり。

 

「巻き込んじゃった以上、少なくとも果たすべき責任は持つからなんて当たり前の事だから……そんな心配そうな顔しなくても大丈夫だよ」

 

  "――是が非でも生きて脱出させるから。"

 

 俯き、不安そうな顔をするリズベットに僕は少しだけ口元を緩めてそう答えた。

 しかし彼女の表情は変わる気配を見せず陰りは増していく一方で、拳を強く握りしめたまま黙る姿にどうすべきか考えを巡らせていれば振り絞った蚊の鳴く様な声が耳に入る。

 

「なんでアンタはいつもそうなのよ」

 

「いやなんでって、リズベットの頼みを断れないワケではなかったし。引き受けたのは僕の意思だから――」

 

「そうじゃない……何なのよ。どうせわかってて言ってるんでしょ? 私を助けてくれた時だってそう、アンタはそうやって!」

 

「あー……うん。とりあえず落ち着いて。大声禁止、言いたい事は何となくわかるから。そんな状態だと余計言葉がまとまらないだけだよ?」

 

 ――うるさい! 誰のせいだと思ってんのよ!

 

 ――僕のせいだよね。

 

 言葉のキャッチボールを続けてそう返せばと声を荒げたリズベットは睨む様な目つきを此方へ向けた。そこに含まれる気持ちが理解出来ないわけではない。思いを言葉にするのは考えるよりもずっと難しいモノだ。

  "好き" という一言だけで複数の受け取り方や訳が存在しているのが良い例か。本人がそこに込めた "思いの度合い" までは量れないのと同じ――言葉という物は思いを収める器としてはあまりにも矮小で脆い。

 故に肥大しすぎた感情は、行き場を無くした気持ちは、態度や行動でしか示せない。

 

  "黒猫団を失いクリスマスイベントへ単身で向かったキリト様に" 、 "彼女が僕を睨む様に" ――。

 

「言葉が見つからないなら、無理しなくて良いんだよ。揺れる乙女心も、友達関係に悩む女心も僕には解らないけど……叶うことがない・そうなる見込みが薄いと認めちゃった願いを抱き続ける辛さや一歩踏み出す事が怖いのは理解してるつもり」

 

 僕の言葉を聞いてかリズベットは目を逸らして取り乱した様子で赤くなる顔を隠そうと背を向けたが、残念ながら色々と遅い。一を誤魔化す為に十を晒しては本末転倒である。

 漫画雑誌にありふれた鈍感でもなし、そもそも隠したところで僕は粗方知っているのだから無駄な事。

「いや……今更そんな反応されても困るんだけど。リズベット自分で僕にキリトがすう゛っ!?」

 

  "好きだって言ってたよ" と続く筈の言葉はアスナのリニアーを彷彿させる速さで僕の口を押さえつけたリズベットの手に吸い込まれる。

 不満を込めた視線を送るもすっかり気が動転した彼女は気づいてくれるワケもない。が、直ぐ手は退けられ今度は肩を掴まれた。

 

「な、なな何を言ってるのかしら。私がキリトを……す、好きですって? シャルテにそんな事言うなんてない、絶対有り得ない」

 

「覚えてないの? 一週間前だったかな、リズベットと一緒に寝た日があったでしょ。その時に言われたんだけど」

 

 その問いに返事は無くとも、愕然とした表情で固まる彼女の存在が肯定を示している。

 

 『 "今アンタの宿に向かってる――。" 』

 

 突然のメッセージと共に夜遅く僕が借りている宿を尋ねてきたリズベットの様子は何処かおかしくて、中に招き入れてから何があったのか聞いてみても彼女は拳を握りしめ目には涙が溜まり、零れ落ちても口を開かない。

 その姿に勝手な既視感を覚えてしまい宿へ泊まっていくよう伝えると小さく頷いた彼女は僕が着る服の裾を掴み "僕の寝室" を指した。それが『一緒に寝たい』という意思表示である事は簡単に予想がつく。

 部屋へ入ると先に彼女がベッドへ上がり布団の中に消え、次いで僕が彼女へ背を向ける形で布団に潜った。しばしの間を置いて背後から近づく気配は直ぐ傍で止まって背を引かれる感覚と肩甲骨辺りが温かくなった事に内心で息を吐く。

 

「何があったのかを僕からは聞かないし、追求もしない。でも……泣きそうな時は我慢しない方が良いよ」

 

 言葉を紡ぎ終えた僕の背を引く力は次第に強まっていくが僕は何も言わず、口を噤んでリズベットの反応を待っていれば嗚咽と共に背中を叩かれた。

 

  "泣きたくなんかないのに。"

 

  "弱い姿なんて見せたくないのに。"

 

 「――なのに、どうしてアンタはそんな事を言うのよぉっ……!」

 

 必死に持ちこたえてきた足場を崩された事で彼女の声にも力がこもるが、弱々しく揺れるだけのソレに僕は静かに口を開いて変わらない調子で言葉を零す。

 

「リズベットはさ、 "泣きたい時に好きなだけ涙を流せる事がどれだけ幸せか" って考えた事ある?」

 

 そんな問いかけにリズベットから否定が返された事で僕は言葉を続ける。

 

「そっか……まあ『幸せ』なんて人の数だけ存在するし、泣きたい時に好きなだけ涙を流せる事が万人にとって幸せかを聞かれれば答えは賛否両論分かれて然るべきなんだけどね。だから厳密に言うと "実際に自分が涙を流せなくなった姿を想像した事がある?" の方が正しいかな。あぁ、別に想像してって話しじゃないから――」

 

「回りくどい……それっ、それが、何だって言いたいのよ……」

 

「回りくどくてごめんね。でもそこは許して欲しいかな……僕にだって言葉にし難いモノはあるんだ」

 

 深呼吸を一つ。頭の中で浮かぶ言葉を並べて一人称を三人称へ変換したモノを違和感が生まれないよう僕は慎重に話しを始めた――何故ならこれは本来なら語る価値もない、ある人間のどうしようもなくくだらない過去の断片にしてありふれた実話なのだから。

 

「僕の友人にね、ワケあって長年病院で暮らしてる子がいたんだ。まあ今は分かりやすい様に『A』とでもしようか。『A』はいつも我慢ばかりしてた……遊びたくても身体は言う事を聞いてくれない、外に出たくても危ないからと出る事も出来ない。そりゃあ最初の内は好き放題ワガママを言ったみたいだけど周りはそんな子どもを快く思っていなかった。そうして互いの都合を押しつけあった結果、負けたのは『A』、今までのワガママが嘘みたいに形を潜めて文句を言わない良い子になったんだ。あまりの変わりように散々責め立てた周囲の人間も驚きはしたみたいだけど、概ね満足感に浸っていた。『ようやく気持ちが伝わった』って――馬鹿だよね、『A』はソイツらの気持ちに最初から気づいてたっていうのに。好きでワガママを言ってたワケじゃない……只やり場を無くした感情の入れ物として『ワガママ』を選んだだけ。自分のしている事が迷惑だって事も気づいてた。でも『A』は他に訴える術を知り得なかった。だから、『A』はそこで諦める事を選んだ……怒られるのは嫌、迷惑もかけたくない。 "自分さえ黙っていれば誰も困らないから" なんて悟ったフリして弱い自分をズタズタに引き裂いて地面に埋めたんだよ。気がついた頃にはもう手遅れで、ワガママの言い方だけじゃなく感情を表にだす方法は愚か泣き方さえも忘れてた……。生物っていうのは時間をかければ将来的にある程度の物事に対して適応可能な順応性を持ってる。例としては、そうだなぁ……此処に閉じ込められたプレイヤーたちがちょうど良いか。巻き込まれた最初期と比べたら全体的に見れば落ち着いてるでしょ? それと同じで "泣く事" も我慢してたら慣れちゃうんだ…… "泣かない事" にね。『涙が枯れる』なんて比喩表現はそれに近い。まだ相応の事があればちゃんと泣く事ができるんだからそれは単なる "慣れ" の範疇でしかない。もっとずっと恐いのは『忘れてしまう事』だ。悲しい事がありました。心は悲しいと思っていますしかし涙は零れません。自分は本当に悲しいと思っているのでしょうか? きっとそう思っていますしかし涙は零れません――そんな些細な矛盾でさえ、自分を疑うには充分すぎる。そんな『A』を間近で見てきたから、リズベットにはそうなって欲しくないんだよ」

 

 (これを聞いたキミは、いったい何を思うのかな――?)

 

 話し方としては及第点以下で自分には関係ないと言われても頷けてしまう出来映えだが伝えたい部分はしっかり言葉にできたと信じたかった。

 心の内でこれを聞いたリズベットが紡ぐ言葉や反応に備えて身構える僕の耳に入ってきたのは『拒絶』や『攻撃』でもない――。

 

 『 "下手くそ。" 』

 

 それは話し方を指しているのか例えを指してか、はたまた全体の事を言っているのか。個人的に後者だと判断した僕は少しばかり言い訳を口にした。

 

「ごめんね。誰かの過去を語ったり、昔話をするのはどうも慣れなくて……」

 

 キリトの時もそうだったが元々僕は会話自体得意ではないだ。今回みたいに『先にある結果』を語るのも好きではなければそれらを補う様な卓越した話術を持ち合わせているワケでもなく、ある意味「下手くそ」という表現は最も正しい感想と言えるのかもしれない。

 落ち着いて考えてみれば『もう少しマシな伝え方があったのではないか』と煮詰まっていく僕の思考に凪を運んだのは「でも」と言葉を続けるリズベットの声。

 

「――何となくだけど、シャルテの言いたい事はわかった。ありがと……ごめんなさい、背中借りる」

 

 そう言ったリズベットは静かに息を吐き、まるで懺悔するかの様な声色でゆっくりと秘め事を告白してくれた。

 

「私ね……キリトの事が好きなの――でも私が気づけた頃にはもう遅くかった。アイツの隣には、アスナがいた……多分、キリトは気づいてないけどアスナもキリトが好きなんだと思う。最初は『私にもチャンスがある』って思ってた――現実から目を背けてそう思っていたかった。なんでかは私にもわからない。ただ恋心を自覚してからあの二人が一緒に居て笑ってる姿を見て、私なんかが立ち入る隙はないんだって……漠然と分かっちゃったのよ。だからね、私は諦めようと思ったの。『初恋が実る事はない』なんてジンクスもある位だし、それが原因でアスナとギスギスもしたくなかったから」

 

  "シャルテからしたら何悟ってるんだって言いたい事かも知れないけどね" ――そう彼女は自重気味に笑った。

 しかし誰かを恋い慕う気持ちは簡単に断ち切れるモノじゃない。

 

「諦めよう。また次がある。それで満足してたのに……ただ傍に居れるだけで充分幸せだった筈なのに――キリトとアスナが攻略関係で揉めたって聞いた時にね、喜んでる私がいたのよ。『あぁ、このまま二人が離れしまえばいいのに』って。アスナから真剣に相談を受けてる時だってそう……。それでね、キリトの新しい武器をつくる為に二人でインゴットを取りに行った時に、告白しちゃったの。いけない事をなのはわかってた、それが最低な行為だって言うのも知ってた……チャンスは今しか無いと思った。でも、キリトの返事は肯定や否定でもなかった」

 

 『 "何か言ったか――?" 』

 

「確かにあの時は風の音も強かったし聞こえない可能性もないワケじゃなかった。でもそんな風に返されるなんて予想してなくて、私は知らないフリを決め込んだ……それで精一杯だったの。結局感情はグチャグチャのまま状況は振り出しに戻って、もう一度告白する勇気なんて私にはなかった。無理矢理にでも踏ん切りをつけようと思ってひたすら仕事に打ち込んでみたりしたけど効果なんてない。アスナからキリトの話しをされる度に謝ろうと思ってもどんな目をされるのかが恐くなって踏み出す勇気が出ないまま会話は終わっての繰り返しで……今こうしてシャルテに縋って、ホント、何なのかしらねぇ……」

 

 『 "――もう、良くわからなくなっちゃった。" 』

 

 少女の独白はそこで途切れ、室内には静かな嗚咽が残る。

 芽生えた感情が何たるかを自覚した事で始まる筈の物語は既に最終回一歩手前まで進んでいた。そこに事実は関係ない。敵わないと認識した瞬間、幕は下りてしまうのだ。

 

「それは、わかるほうが珍しいんじゃないかな……少なくとも僕はそう思う。揺れる乙女心も、友達関係に悩む女心だって僕には解らない。でも叶うことがない・そうなる見込みが薄いと認めちゃった願いを追い続ける辛さや、一歩踏み出す事の怖さは理解してるつもりだ。そんな中で誰かに縋りたいって思うのは何らおかしい事じゃない」

 

 人間という生き物は決して頑丈な造りをしているワケではない。むしろ強度で言えば家電やゲーム機の様な消耗品に属するだろう。しかも修理には莫大な金額がかかり、替えなどもないのだ。長くを生きるにはあまりにも脆い――外界からの情報を受けきる入れ物としては欠陥品もいいところ。

 

「後、この類の問題はくよくよ悩んでいてもリズベット自身が引っかかりに納得出来るまで解決しないと考えた方がいい。もしかしたらアスナだって何かしら気づいてるかもしれないし、恐いと思うけど一回腹わって話した方が良いと思う」

 

「……シャルテが、私と同じ状況ならどうするの? 勇気、だせる?」

 

「二つ返事に「うん」とは言えないかな。僕だって恐いモノは恐いし、簡単に勇気を出せる自信はない。ただこのままモヤモヤを抱えておかしくなる位なら話すよ―― "自分が楽になりたいが為に" 。僕がアスナの立場だったらキリトがリズベットとくっついて幸せそうなら文句ないし、もしそうじゃなく、リズベット側に完全な非がある状態でキリトが悩んでいた時は平気で略奪くらいしそうだけど……当然それだけの事をしてるんだから自分の行動が何を招くか諸々のリスクを背負う覚悟の上でね。酷く独善的で個人的な意見を言うなら、それでバイバイしちゃう友達なんていらない」

 

 もっとも恋愛や恋心などした試しもなければ抱いた経験もない人間が何を言ったところで戯言と受け取られても仕方のない事だが、取り決めなんて裏切りを前提とした牽制を持ちかけられた時点で察するところだ。ましてや抜け駆けだなんだと言われても僕の知り預かる所ではない。

 そんなしがらみを抱えるくらいならキッパリと決別した方がよっぽど気が楽になる。

 

「随分、自分勝手なのね……」

 

「そんなの今に始まった話しじゃない。僕は前々から身勝手だ……それでも一緒に居てくれるキリトたちには感謝してる。『だから』って言うのはおかしいけど、疲れた時は愚痴を吐いたり、辛くなれば寄りかかったりする分なら僕は好きにしてもらって構わないよ。自動車でいうガソリンスタンド・船では波止場・飛行機なら空港みたいな――要するに気力を養うまでの止まり木みたいな感覚って言えばいいのかなぁ。 "いらなくなったら捨てればいい" 。僕としてはそういう立ち位置の方が落ち着けるんだ」

 

 変な気を使う必要がなく、しがらみを気にせずに済む自由な空間――そんな物は何処の世界だろうと存在している方が稀であり、たとえ在ったとしてもそこにしがみつける "なにか" を持っていない僕にとって所詮は『夢物語』でしかない。

 大多数の人間が生き続けていく限り必ずしがらみはつきまとう。

 

  "それが嫌なら『■■■■■■』――。"

 

 僕は依然としてそれ以外の選択肢を見つけられずにいる。

 

 生まれる沈黙に少しばかり話し過ぎたかと不安に思っていたがリズベットからは弱々しく「バカ」と言われただけ。

 

「――その後はリズベットが先に寝て、僕も朝方になってから少しだけ眠っちゃったんだけどキミの悲鳴に飛び起きたんだったかな。何事かと思えばキミが顔を赤くしてて」

 

「ストップ。もういい、私が忘れてたって事は充分わかったから。……ん? ちょっと待って。アンタ、もしかして最初から忘れてる事に気づいてたんじゃ……」

 

 あの時の朝と同じ様に顔を赤くしたリズベットは途中で引っかかる事があったのか恐る恐る、少し表情を固くしながらも僕に疑問を投げかける。

 

「最初からじゃなくて途中からかな。確信を持てたのはリズベットが僕の口を塞いで取り乱した時にボロをだしたからだよ」

 

 リズベットは "僕にキリトの事を言うなんて有り得ない" と主張した。そんな自白とも自爆とも言える発言が決め手になり、僕は確認の意味を込めて彼女に覚えていないのか訪ねたのだ。

 僕の返事を聞いてうなだれた彼女は此方へ僅かに物言いたげな視線を飛ばすもため息混じりに声を漏らす。

 

「何か、シャルテって見た目の割りに歳不相応な部分が多い気はするけど不思議と背伸びしてる感じがしないのよね……納得いかないわ」

 

「そう言われても……僕こんな形でも一応今年で成人二歩手前だからね。ただこの歳でワガママばっかり言ってる辺り『不相応』も間違いではないか――ってリズベット?」

 

 此方を年下とする発言に信じる・信じないかは度外視して遠回しながらも真実を伝えてみたが、眼前で僕を凝視するリズベットの様子からして余程驚いているらしい。

 

「嘘……えっ?」

 

「まあ信じるも信じないも別に気にしないから良いけど、リズベットは僕が思ってたの?」

 

 そんな事を興味本位で聞いた僕は気まずさを前面へ押し出しながら視線を泳がせたリズベットから返ってきた答えに明後日を見る。

 

  "十歳前後かと思ってた――。"

 

 年齢で言い表してくれたが、つまりは小学生。

 何も今に始まった話しではなく僕にとっては日常茶飯事で昔から良くある事だ。誤解されない方が珍しい。

 

 (――そうわかってても、毎回言い知れぬ敗北感を味わうのはなんでだろ……言われて自分で納得しちゃう辺り釈然としない)

 

「あー、うん。とりあえず年齢の話しはもう止めようか。とりあえずキリトと落ちた時はどうやって脱出したのか教えてもらえないかな。参考になるかもしれないし」

 

「ちょっと――はぁ。ううん……何でもないわ。脱出した時はまず落ちた場所にドラゴンの巣あったの。それで巣にドラゴンが戻ってきた時にキリトがアイテムでモンスターから気づかれにくい状態にして、私を抱えたまま壁を走ってドラゴンの背中に飛び乗ったのよ。その時に背中を剣で突き刺して、驚いて飛んだドラゴンと一緒に洞窟の外まで出た」

 

「ごめん、聞いた僕が悪かったよ」

 

 普通に道を見つけて脱出したのであれば何かしら参考になるかも知れないと思っていたが、二人は全く違う方法を選んでいた。それしか手段を見つけられなかったならまだ納得できない事もない、が、どう考えても危険であり博打の部分も多すぎる。

 しかしもしかしたら参考になりうるかも知れないと僕は彼女の話しを頭の片隅へ収め、足を伸ばし壁へ背を預けていた状態から立ち上がり彼女へ手を差し出す。

 

「何よその手……別に怪我したワケじゃないんだから一人で立ち上がれるし」

 

「いや、はぐれない様に手でも繋ごうか? ……なんてね」

 

 冗談めかしながら僕は伸ばした手をそのままリズベットの頭へのせてみると、彼女は僅かに身体を跳ねさせた事が伝わってきた。

 

「キリトやアスナの事でふんぎりつくまでの間、どうしても不安なら僕の借り宿に来ればいいよ。リズベットの宿へ来てって言うならそれでも構わない。時期が時期だけに絶対見つからない事が条件になるけど善処はするから……だから、抱え過ぎたらダメだよ?」

 

 そう言って頭を撫でるとリズベットの顔は真っ赤に染まり、僕は怒られる前に手を退け、口を開く。

 

「さて。じゃあリズベットも起きた事だし、そろそろ脱出の算段を立てる為にもここら一辺を探索しないと……。でも、あんまり離れないでね。あくまでも二人一組。単独行動は控えて」

 

「……わかってる」

 

 リズベットの声には緊張が混じっている様に感じたが現状を踏まえるとそれも至極当然の事だ。彼女のレベルは安全マージンよりも下であり防御力だけを見れば一撃で体力を全損する可能性は低いモノのゼロではない。僕一人がカバー仕切るにも必ず限度が存分する。

 そして彼女に目を閉じてもらい防具を整えると一度静かに息を吐き、僕は緩めていた心を縛り上げて警戒の度合いを強めた。

 

 幸運な事に洞窟はセーフティーエリアを含む一本道であり探索中は不気味なまでに敵と遭遇する事なく外へ通じると思しき唯一の扉を発見できた。それがもし本当に外と繋がっているのなら脱出は容易い筈。

 

 ――もっとも、扉の近くで身体を横たえる大型モンスターが居なければの話しだが。

 

 わかりやすく例えるなら "背に翼を生やしたトカゲと似た生物" 。

 ずんぐりとした身体つきだけを見るなら山椒魚に近い『それ』のサイズは桁違いに大きく中型トラックと同等かそれ以上はあるだろう。

 目視可能な範囲では腹部下を除いた殆どが黒光りする無骨なモノで覆われており背の翼も飾りとは思えなかった。

 

「ふぅん……クイーン・サラマンドラっていうんだ、アレ。体力が一本しかない辺り特別なボスではないのかも知れないけどさ……サイズ間違ってんじゃないの」

 

 目測で数百メートル程前方にいるクイーン・サラマンドラは眠ってなどおらず、先ほどから神経質なまでに周囲を確認している。が、此方に気づいたワケではない。

 今いる区画に入って時から既に部屋一帯へ殺気が撒き散らされていた事こそ何よりの証拠だ。

 

「なに呑気な事言ってるのよ……結局アレをどうにかしないと外へは出られないって事でしょ?」

 

「いや。一応もうひとつ "外に出られる" 場所はあるみたいだけどね……ほら、あそこの急勾配な壁の上。光が差してる」

 

 可能な限り小声で会話をしながら僕はクイーン・サラマンドラが居る場所とは反対側にある壁の上を指差しては見たモノのリズベットからは渋い表情を返されてしまう。本音を零すなら僕が彼女と同じ立場でも恐らく似た様な反応をする自信があった。

 少し離れても尚、下から覗けてしまう大口の先は青い空。元々落とし穴があったとされる場所と今いる場所の位置関係を持っていた地図で照らし合わせてみた結果、現在地はちょうど開けた場所にあるらしい。

 だが急勾配といえ傾斜はほぼ垂直に近くロッククライミングの経験でもない限り正攻法で行くにはかなりの課題が残る。

 

 (んー、ぶっつけ本番になるけどやるしかないよね……壁の判定が変わってない事を祈るしかないか)

 

 前提条件を全てクリアできれば一時間もせず外へ抜けられる筈だ。その補助としてギルドストレージにしまっていた回復結晶を幾つかリズベットに預かってもらい僕の体力がレッドゾーンへ入り次第、適宜消費してもらうよう頼む。すると多少訝しむ様子ではあったモノの彼女はそれを引き受けてくれた。

 

「アンタ、もしかしてあそこ走って上がるつもり?」

 

「その通りだよ。だから……ちょっとごめんね」

 

「えっ、ちょっ――ち、近い、近いってば!」

 

「嫌かもしれないけど暴れないでちゃんとしがみついてて。今回ばかりは僕も『近い』とか『くっつきすぎ』とか言ってられないんだ。あんまり生半可な力だと振り落とされかねないし」

 

 断りもいれずリズベットを抱き寄せ膝下に手を通して持ち上げる――所謂『お姫様抱っこ』の状態で僕は彼女を抱きしめる力を更に強くした。幾ら近いと言われようと僕だって好きでやってるワケじゃない、むしろ身体は元気に拒絶反応を示してさえいる。しかし筋力値に乏しい現状ではこれが最善なのだからどうしようもない。

 突然の事で戸惑っていた彼女も此方の態度に冗談が無い事を察してくれたのか正面から首を抱く様に手を回されて力強く抱きつかれる。

 これで、ようやく準備が完了した。

 

 (バレる可能性を考えればチャンスは一回……僕の身体がアスナの時みたく固まる前にサッサといこう)

 

 僕はゆっくり目を閉じ、呼吸を整え、一つのスキルを発動する。外見上の変化は全くないが問題はない。

 その証拠として僕の体力は "少しずつ削れていく" 。

 リズベットもそれに気づき彼女からは驚きの視線を向けられるが説明は後回しだ。

 

 『 "話しは後。リズベットは振り落とされない僕の言葉通り回復結晶を使うだけに専念して――。" 』

 

「な――んぅっ!?」

 

 地面を強く蹴り、僕は出口に続く壁へ向かい物陰から飛び出した。そうしてクイーン・サラマンドラ三体強の距離を一気に駆け抜け、目的の壁の前で《壁走り》を発動させる――この間僅か一秒足らず。

 出口まで三分の二を過ぎた頃になって相手はようやく此方の存在に気づけたのか空気を揺らす咆哮で耳を貫かれるが怯んでいる暇はない。ただ一心に走り続けて光へ手が届きそうになった矢先、向けられた明確な殺意に僕は横へ舵をきるも熱気に次いだ爆風が此方の足を掬いあげた事でバランスを崩した身体は後ろへ倒れていく。

 

 (ちっ――!)

 

 完全に体勢を崩される前に出口までの距離を確認し、急いで腰にある短剣を抜いて柄をリズベットに両手で握らせた上から僕は彼女の手ごと柄を掴んで所定の構えをとる。

 

「しっかり柄を掴んでて。ちゃんと外にでれたらメッセージちょうだい」

 

 言いきるや否やシステムアシストに従って僕が短剣を上へ投げ飛ばせば青い尾を引く短剣は柄を握るリズベットも一緒に連れていく。

 それを見送る事なく僕は発動していたスキルを解除してからインベントリにある回復結晶で半分を切っていた体力を全快させ、水月を連続で使う事で少しずつ勢いを殺しながら無事に着地を果たした。タイミング良くリズベットからメッセージが来た事に僕は短剣を再装備して殺気の根源へ視線を向ける。

 

「はぁ……殺る気満々とか、面倒くさいな。キミがもう少し黙っててくれたら僕たちは脱出できた。キミだってそれ以上何かに警戒する必要もなかったのに」

 

 飛んできた炎の塊を横へ避けてクイーン・サラマンドラの足下まで距離を詰め短剣を振るうも返ってきたのは強い衝撃と金属同士が擦れあった様な甲高い音。反撃される前に距離を取って与えたダメージを確認しようと視界へ収めたクイーン・サラマンドラの体力バーはまるで変化がない。

 短剣を握る手に残った感触はウルズとの戦いで嫌という程味あわされた物と酷似しており、それが指し示す意味も直ぐに理解できた。

 

 (腹下は狙えない……なら関節か? なんにせよ攻撃し続ければいずれ体力はゼロになる。)

 

「――武器は通らず体格差は倍以上もある。これだけのハンデを僕は背負うんだ……そう簡単に死なないでよね」

 

 呟いた言葉は、果たしてどちらに対する物なのだろうか。

 

 * * *

 

 眼前で地面にへばりつき轟々と火の手を上げる炎塊が生み出す赤いカーテンの幕外へと飛び出してから数秒、僕が居た場所を赤熱した鋭利な物体が通過する。

 炎に洗練され殺意に満ちた快刀へ姿を変えた物は、元々クイーン・サラマンドラの身を包んでいた無骨で頑強な鎧だ。

 

 飛び出した先でクイーン・サラマンドラへ急接近し、足の関節部を穿つ為に突き出した僕の短剣は僅かに切っ先がブレて硬い鎧とぶつかり合う事でまた一つポリゴン片に姿を変えてしまった。

 数にして『十』――それは開始からまだそれほど時間が立ってない筈の現状で僕が失った短剣の本数。

 

「マトモなダメージを期待出来るのは後五本か。ホント、感知の正確性がザルだからまだ良いけど……硬いし、デカいし、多少の知恵まであってやりにくいったらないな」

 

 だが、やりにくいだけであり "勝てないワケではない" 。此方も相応に消耗しているが事実としてクイーン・サラマンドラの体力は半分を切っているのだ。

 クイーン・サラマンドラの感知は言葉通り『ザル』であり、洞窟に適応してか視覚ではなく熱や音で感知するタイプのようだが肝心なそれらもあまりよろしくはないようで検討外れの場所へ攻撃する事も少なくはなかった。更にダメージがマトモに通らないのは体表面をおおってる黒い物体のみであり、その下で眠るは肌は柔らかく、攻撃に成功した場合ダメージが格段に増加する。

 

 (無駄撃ちはできないし、確実に一発ずつ決めていくか? それとも――いや、そんな博打はできない。)

 

 過ぎった考えを即座に否定し、堅実な方法を選ぶ。相手の一撃は現段階でも喰らえば痛手になるというのに防御へデバフがかかる行為は得策と呼べる筈もない。

 新しい店売りの短剣を右手に持ち鎧に隙間が目立つ尾を狙って走り、斬りつけた事で位置を悟ったのか周囲を巻き込む様にして薙ぎ払われた太い尾をソードスキルで相殺してクイーン・サラマンドラが怯んだ隙に攻撃圏内から抜け出して再び追撃可能な機会を窺う筈だった僕の身体は突然の強風に地面を滑った。

 

 吹き続ける向かい風に一切の自由を奪われたまま壁際へ追いやられて無防備を晒す身体の左脇を酸素を取り込み肥大化した熱気が通り過ぎ、僕の喉からは声ですらない悲鳴が上がる。

 

「ァアアあ――ギィッ!」

 

 燃え上がる左腕の吐き出す情報に一瞬で意識を塗り潰された僕の身体は強張り、とめどなく押し寄せる『痛み』でショート寸前の頭が機能不全へ陥る前に僕は邪魔な左腕を躊躇う事なく斬り落とした。

 

 (うぁっ……これ、は、ちょっとマズいかも――頭、クラクラする。)

 

 フラつく身体を壁に添えた手で支えながら片足の裏を壁へ押しつけ《壁走り》で半ば強引に向かい風の範囲外へ脱出して僕は音を立てない様に物陰に身を隠す。そこで自分の体力を確認してみればイエローゾーンまで削れている現実にため息すら零れない。

 たった一撃。僅かに掠って片腕を火ダルマにされただけでこの威力ならば直撃した場合レッドゾーンまで削られてしまう可能性は十分にある。むしろ濃厚と考えるべきだろう。

 

 (ん……これは、どうにかしないと本当に死ぬかもしれないなぁ。集中力も切れかけてるし、どうしよう? 流石に自分の腕を火炙りにする経験はなかったし、でもこんな感覚なんだ……キヒッ――じゃなくて。しっかりしろ)

 

 散乱した不安定な思考に収拾をつけようと頬をつねったところで効果があるワケもなく、かといって今の僕は過度の痛みを与えてしまうと耐えきれず気を失いかねない状態にある。

 仕方ないと割り切ってギルドストレージから取り出した聴覚感知型モンスターに対して囮効果を持つボール状のアイテムを自分が居る場所の反対側へ力いっぱい放り投げた。放物線を描き地面へ落ちたボールが炸裂して撒き散らした高音にクイーン・サラマンドラは幻の敵を標的とした事で僕は隠密を使う。

 

  "これでとりあえず居場所がバレるリスクは減らせたか" ――そう息吐いた途端、意識が遠のいた。

 

「危ない、な。……安堵する事もダメとか、冗談じゃないよ」

 

 どうやら僕の状態は自分で思うよりずっと深刻らしい。

 慌てて気を引き締め直した事でそのまま意識を手放してしまう事態だけは避けられたが、身体は気怠さを増して明らかに動作が鈍くなっている。

 

 (長期戦になれば先に力つきるのは僕だ。短剣も数が無い……あの邪魔な鎧さえどうにかできれば勝算はあるか? いや、そもそも鎧を取っ払えない限り勝ち目がないんだからまずそこを解決しないとダメだよね。)

 

 頭の中に散らかるモノを片隅へ寄せる事で作り出した僅かな隙間を使い僕はインベントリやギルドストレージに目を通しながら可能性を求めたが希望の光は灯る気配さえ見せない。

 ならばと鎧を壊さないで戦う道』も模索してみたがそれら全てにおいて良くて相討ち――どう足掻いても "僕は死ぬ" 。

 覚束ない思考はそんな現実を前に煮詰まり、寄せていた雑多なモノが崩れてせっかく用意した隙間まで奪っていった。

 

 せめて武器にありふれた火属性みたいな高温を発するギミックでもあれば博打でも試す価値はあっただろうに、麻痺や毒はともかく残念ながらこの世界に火や水・風や土など一般的なゲームでありふれている属性武器は存在しない、その筈なのに――。

 

 (あれ、何か火属性の武器って見覚えがあるような。誰だっけ……リズベットと喧嘩になったの)

 

 それなのに、崩れ落ちた残骸の中には自分の断定へ対する引っかかりが混じっていた。

 

  "――武器に良くないのはわかってるんだけどよ……これがまた便利でな。それに格好良いだろ? こう、『燃える剣』みたいな感じに見えないか?"

 

  "――『みたい』じゃなくてそのまんまじゃない! アンタ私の子に何て事してくれてんのよ!"

 

 気になってその部分を掘り返してみれば、思い出したのはリズベットが武具店を開くよりも前。今よりも僕が自由に動けた頃の出来事。

 

「……そういえば、そんな事もあったんだっけか」

 

 見え始めた灯りは本当に微かな物だが "賭ける価値はある" 。そう判断して再びギルドストレージへ目を通し、目的のアイテムがある事を確認した事で静まりかえった頭は点と点を結ぶ為に必要な条件を勝手に洗い出す。

 そうして紡ぎだした答えを握りしめ、僕は鈍い動きばかりする身体へ短剣を突きつける事で無理矢理命令に従わせる。

 

 (最低限、頼むからこれが終わるまでは倒れてくれるなよ……。)

 

  必要な物もインベントリへ移し終え、幻の僕を殺して扉の前へ戻ろうとするクイーン・サラマンドラを余所に淡々と罠を張って準備が漸く整った。

 ゆっくりと息を吐いた僕はワザワザ隠密を解除してからクイーン・サラマンドラへ近づき、手に持った一升瓶を相手の前脚目掛けて放り投げる。硬い鎧へぶつかった瓶は中身をぶちまけ無惨に砕けたが "それで良い" 。

 

 僕は音に気づいたクイーン・サラマンドラが動きを見せるよりも早く予め決めていた始点に向かうとインベントリから松明取り出し、足下の直ぐ傍に溜まる透明な液体と触れさせた状態で使用した。瞬間、生まれた炎は導かれるように地面を這い瞬く間にクイーン・サラマンドラの前脚を覆う。

 よほど堪えるのか悶えるような動きを見せながら喧しく喚き散らすクイーン・サラマンドラの姿に、僕の口元は自然と緩んだ。

 

「痛い? 苦しい? あっ……もしかしてキミも焼かれるのは初めてだったのかな? でもまぁ、文句言えないよね――僕はキミがした事をやり返しただけなんだからさ」

 

 そんな声が聞こえでもしたのかクイーン・サラマンドラは突然悶える事を止めてケタケタと笑い声を上げる此方を正確に狙い突進してきた。が、その速度はあまりにも遅い。

 当然相手が終点に着いた頃には僕がそこへ居るなんて事もなく、すれ違い様に今度は左足へ同じ瓶を投げて次の始点への移動も完了しており、再び松明で火を放つ。

 

 そんな事を三度ほど繰り返して計三つの脚を火だるまにし、残る最後一本を《壁走り》で駆け上がりクイーン・サラマンドラの背で最後の着火処理を終え、僕の放ったそれらが自然に鎮火した後で残ったのは鎧を失い素肌を晒すトカゲの女王。

 

「良かった良かった。邪魔な鎧をようやっと外してくれたね……キヒヒッ、そんなに恐がる必要はないさ。臆病者同士、せめてもの情けだ」

 

 スキルを発動。短剣を片手に全速力で走り出し、クイーン・サラマンドラの露出した肌へ連続でソードスキルをたたみかけると減少し始めた自らの体力が半分を切るよりも早くトカゲの女王はポリゴン片に姿を変え、呆気なくその生涯を終えた。

 

 戦いが終わった事で発動していたスキルを解除し、何やらクイーン・サラマンドラのドロップしたアイテムなどが表示されていくがそんな物へ目を通す気力は僕に残されていない。力なく膝から崩れた身体はその場にへたり込む。

 

「もう、限界……疲れた。でも、ここから脱出しないと……」

 

 何とか力を振り絞り立ち上がってみたがフラつく足では前へ進む事はおろか立つだけでも精一杯である。結局僕は再び地面へ座り込んでしまい、せめてもの抵抗として両手を地面について倒れ込まないようにするも集中力という糸で自分の手へ結びつけていた意識は離れていく。 そんな感覚に完全に呑み込まれてしまう寸前で何故か僕の右手が真横を薙いだ。おかげでバランスを崩して顔面を地面に強打するも右手に残る感触と、直後に聞こえた得体の知れない呻き声からして何かしらが飛びかかってきた事・それを斬りつけた事は明白。

 何とか両手で地面へ使い這いつくばる身体をお越し辺りを見渡してみればいつの間に湧いて出たのか、薄暗闇で大きな丸い目を光らせる小さなトカゲの群れが僕を取り囲んでいた。

 

「リトル・サラマンドラって、このタイミングから考えればそういう仕様なのかな……本当に勘弁してよ――」

 

 言って、気力を振り絞る事で何とか立ち上がり順手に握り締めた短剣を相手へ真っ直ぐ突きつけると、淡い青色の光が集中力だけで支えるには限界を超えた僕の身体を包む。

 立ち続けなければ死ぬ・動かなければ死ぬ、一難去ってまた一難などと軽口を叩く余裕もない。心の内で舌打ちをしながらシステムアシストに支えられた身体で僕は再び戦いへ身を投じた。

 

 * * *

 

  "××、大丈夫か――?"

 

 大嫌いな名前を呼んだのは聞きなじみのある懐かしい声。

 だがしかし、その名前で呼ばれる事を僕は良しとしていない。だからこそ注意すると、彼は「名字で呼んでも駄目なんだろ? じゃあ俺は何て呼べば良いんだ」なんて困った顔をする。

 

  "――呼ぶ必要ないから。どっか行って。"

 

 そう突っぱねた。

 でも、どれだけ傷つくような言葉を選んでぶつけても彼は決められた時間まで僕から離れてはくれない。

 

  "如何にも気にしてない風な態度が気に食わなくて" ――『××××××××のが××て』。

 

  "じゃあ、時間が空けばまた夜にでも顔を出しにくるからな。何かあったら直ぐにボタンを押すんだぞ?"

 

 そんな明るい彼が、僕は苦手でした。

 

  "――二度と来るな。顔も見たくない。"

 

 明るいのは眩しすぎるから、見ているだけで辛くなるのです。

 

「――シャルテ、大丈夫か?」

 

「ん、ぅん……っ」

 

 聞き馴染みのある少年の声と手を触れられる感触にゆっくり目を開けると、見慣れた天井とキリトの顔が視界に入った。

 

「キリ、ト……? あれ、僕、洞窟に居た筈なんだけど……」

 

「あぁ、確かに居たな。俺たちが駆けつけた時には洞窟内のセーフティーエリアで熟睡してたんだぞ」

 

 そう言って心配そうな表情を浮かべた彼が「皆に知らせてくる」と部屋から出て行き、言葉などから僕は何となく状況を理解する。

 記憶にある限りだとリトル・サラマンドラを全て倒した後で僕は安全面を考えて身体を引きずりながらセーフティーエリアまで戻り、そこで力尽きて意識を手放した。恐らくはリズベットかウルズ辺りから話が伝わったのだろう。それでキリトと一緒に何人かがあの洞窟に向かって眠っている僕を発見、今に至るという事か。

 

 寝起きだからか、はたまた疲れからくる物か、ぼんやりする頭に早々と結論を出して僕は意識を目の前の現実へ切り替える。

 

 (あれ……『皆』って、もしかして何か大事になってる?)

 

  "皆に知らせてくる――。"

 確かにキリトはそう言って部屋を出て行った。

 少なくとも此方の状況を察する事ができたのは僕が直接メッセージを交わしたウルズと当時一緒に居たリズベットくらいの筈なのだ。しかし、それならば『皆』ではなく『二人』と表現する方が自然である。

 ふと湧き上がった可能性に強張る身体を「大丈夫」と深呼吸をしながら落ち着かせようにも上手くいかず、そうこうしている内に扉は開かれてしまいあまり広くもない部屋には自分も含めて総勢六名が収まった。が、アスナ・リズベット・キリトの三人は完全に俯いており誰一人として口を開く様子もない。

 そんな重苦しい空気に耐えかねて言葉を紡ごうとした僕の下へアルゴからメッセージが届いた。

 

「シャル、今は何も言わずに三人から切り出すのを待ってやってくれ」

 

「なにそれ。いや、別に良いけどさ」

 

 布団の中に隠れている手で何食わぬ顔をしながらアルゴへ返事をして待つ事五分、依然としてして変化が見られない三人に対して最初に痺れを切らしたのはウルズだった。

 

「おい、いつまで黙っているつもりだ。言いたい事があるのだろう? ならばサッサと吐き出してしまえ……貴様らが話さないなら私が先にコイツと話しをするぞ」

 

 眉をひそめるウルズの声で三人は一斉に顔を上げ、彼女へ物言いたげな表情を向けたがその行動は意味を成さない。

 周りの視線を振り切って僕の前まで来た彼女は此方を見下ろし、突然頭を下げ、一言。

 

  "――すまなかった。"

 

 一発位頬を張られるかと身構えていた僕にとって彼女のそんな行動は予想外で、呆気に取られ瞬きを数度繰り返し、首を傾げる。

 

「あの、いきなり謝られても困るんだけど……別に今回のはウルズが責任を感じる事じゃないし、謝る必要もないよ」

 

 最近はヒースクリフの許可もあって別々に行動する機会が多かったがウルズは仕事として僕の護衛を任されている立場にある。その対象が自分の知らぬ場所で窮地に立たされたとなれば唯でさえ責任感が強い彼女の事だ、気にしたとしても違和感はない。

 僕が予想外だったのはいつもの彼女なら真っ先に手が飛んでくるであろうこのタイミングで真っ先に自らの非を認めるような行動を取ったから。

 

「シャルテが気にせずとも私が納得できないのだ。血盟騎士団としてやらなければならない事に集中する許可を得ていたとはいえ、やはり貴様の護衛を離れるべきではなかった……」

 

「そう言われても、ね。ウルズに "血盟騎士団の仕事を優先した方が良い" って提案したのは僕だし、今回は全面的に僕が悪いから。謝るべきはむしろ僕の方。だからウルズ納得して貰わないと困るっていうか……反応のしようがない」

 

 罰を欲された所で刑執行の権利など持ち合わせていなければそんな資格もないのだ。僕の言葉に何か考える素振りを見せたウルズは間を置いて声を上げる。

 

「そうか、貴様も自らの非を認めるか。ふむ……ならば選べ――」

 

 『 "私と戦うか、私の料理を食べるか。" 』

 

 真剣な顔つきで紡がれたウルズの言葉に張り詰めた緊張感は音を立てて崩れていく。そして問われた二択に後者を選べば驚いたのか彼女は信じられない物を見たかの様な眼差しを此方に向ける。

 だが自分で聞いておいてその反応はどうなのだろうか。

 

「もしかして、戦う方を選ぶかと思ったの?」

 

  "うむ" ――そう言ってうなだれるウルズの様子を目にした事で気づいてしまった。

 

「あのさ、ウルズ……僕との試合を合法的に取りつけようとしてない?」

 

 僕の口から零れた素朴な疑問にウルズはゆっくりと視線を逸らして否定の答えを返してきたが、これで「そうなんだ」と信じてしまう純真無垢な心は遠いの昔に忘れた代物だ。

 今の僕に出来るのは言えば同じ言葉でも全く違う。

 

「ふぅん……そうなんだ。嘘くさっ」

 

「うっ、嘘ではない! 何なのだその嫌味ったらしい言い方は!」

 

「ごめんね、僕は正直者だから……つい本音が零れちゃったんだ。本当に悪気はないんだよ――あるのは嫌味と皮肉だから」

 

「ふっ、ふはははは……そうか、貴様の言いたい事はよくわかった。表に出ろ、その捻くれた根性を叩き直してやる」

 

「きゃー、こわーい」

 

 頬を引きつらせて歪な笑みを浮かべるウルズに煽りと取られても仕方ない棒読みで返し、ひとしきり二人で中身のない乾いた笑い声を上げた後に大きく息を吐く。

 

「あのさ、三人ともいつまでこんな茶番続けさせるの。キミたちが何かしら言ってくれるのをずっと待ってるんだけど……」

 

「全くだ。少しは話しやすくなるかと思って緊張感を砕いたというのに、いつまで黙っている」

 

 待てども待てども彼彼女たちに動く様子が見えず、もう良いだろうという雰囲気を前面に押し出して真顔で言った僕とウルズに戸惑いを見せた三人はそれでも尚無言を貫く。

 

「はぁ……言葉に出来ないなら態度と行動で示す。ほら、早く白状しなさい――えっ、やっ、ちょっとぉっ!?」

 

 確かに行動で示せば良いとは言った。しかし三人が無言で近づいてくる姿を見て本能的に距離をとろうとする身体は疲労が抜けていないのか微動だにせず、裾・袖・胸襟と僕は三者三様に服を掴まれる。

 

「心配、したんだぞ……ウルズからシャルテが危ないかも知れないって言われて、すごい心配したんだからな!」

 

「本当に、心配したんだよ? リズからはシャルテくんが死んじゃうって言われて、洞窟で寝てるシャルテくんを見つけた時にどれだけ私たちが安心できたかわかる?」

 

「それは――いえ、何でもないです……ごめんなさい」

 

  "それは悪い事をしたと思うけど" ――そう繋がる筈だった言葉はキリトとアスナから向けられた無言の圧力に屈した僕の意思で差し替えられた。が、それでも突き刺さる様な視線は変わらない。

 恐らく、ほぼ確定に近い確率で二人は僕の言葉がその場しのぎだと考えているのだろう。此処まで迫られる事はなかったが全体像を見れば今まで何度となく繰り返されたやり取りと変わりないのだ、流石に学習もされる。

 

「ありがとうね……心配してくれる事がありがたいのは解ってる。これでもキリトたちには感謝してるんだよ」

 

 だからこそ、僕は彼らの声を本音で封殺した。

  "そうは見えないかも知れないけど" と続いた僕の言葉に二人は歯噛みし、何かを悔しがるように表情を歪めて此方を見据える。変わらない態度に察してくれたアルゴの説得でキリトとアスナの手から襟・裾が解放され、やがて宿から去っていく。そうして残ったのは僕とリズベットの二人だけ。

 

「――キミだけ、まだ一言も喋ってないよね。いい加減ハナしてくれないかな……」

 

 既に夜も更ける頃。流石にいつまでも黙りを続けているワケにもいかないだろうとリズベットへ声をかけたところ、首を横に振られて弱々しい声が飛んでくる。

 

  "――後少しで、言いたい事、まとまる。"

 

 だからそれまで許して欲しいという意味なのだろう。ならば僕が先手を打つのはよろしくない。

 彼女がもう少しと言うなら、大人しくそれを待とうじゃないか。

 

 (キリトたちも、本当は言いたい事がたまってたんだろうな。今度ゆっくり聞かなきゃ……利くかどうかは、また別だけど)

 

 そんな事を考えながら時間を潰していると不意に袖を引かれ、僕が光を遮断する為に閉ざしていた目を開けると近くにはリズベットの顔があった。

 目が合い、固まる彼女に「近い」と言えば顔を赤くしながらも離れようとはせず、距離を保ったまま言葉を紡ぐ。

 

「……シャルテの寝顔って、可愛らしいのね」

 

 頬に伸ばされた手を払う事も出来ず、されるがまま。優しく撫でられる感覚は僕にとってあまり馴染みのないモノであると同時に好ましくはない感覚でもある。

 それでいてさほど拒絶反応が起こらないのは僕が相応に気を許しているからなのか。

 

「あの体力が減るやつ、なんなの……?」

 

「体力が減る……ああ、あれね。正直、僕も良く分かってないんだよね。完全武器防御や隠密みたいにスキル効果から取得条件の検討をつけられなかったんだ。大元のスキル名は "幻影疾駆" ――読み方は多分 "げんえいしっく" 。で、体力の減るスキルは "幻影疾駆[代償]" ってやつ」

 

 幻影疾駆という得体の知れないスキルから派生した "代償" と名についた『それ』は端的に言えば『八割の防御力と五秒毎に現在の体力の五パーセントを支払う事で十と五割と敏捷値補正を得る』物だ。

 はっきり言って使い勝手は悪い。此方が故意でなくとも戦闘中は武器に掠っただけでダメージを喰らってしまう、普段なら気にならないようなそれらも防御力が下がった状態では馬鹿にできない。そのリスクとスキル自体のピーキーさから今まで実戦で使う事を避け、借り宿の中で習熟度を上げていた。

 

「何よ、それ……アンタそんな危険なスキルを使ってたの……?」

 

「まぁ、そうだね。一応言い訳をさせてもらうとちゃんと制御できる範囲の速さで走ってたから」

 

 眉をひそめたリズベットに僕は肯定の言葉を返す。もっとも今思えば《壁走り》を使ったのはかなり無茶な方法でより安全な方法があったワケだが、それに関して一つ謝罪をしなければならない事を忘れていた。

 しかし、白状してしまえば何をされるかわかった物ではない。今の僕は身動きが取れず何かされそうになった場合逃げるにも難しいのだ、仮に転移結晶で脱出しても第三者に捕まり殺される危険がある。つまるところいざという時の退路がない。

 

 (直ぐ謝るべきだけど……だからといって変に隠したら怪しまれるよね。どう伝えたらいいかなぁ。ひとまず、顔を退けてもらわないと安心できない)

 

「リズベット、とりあえず顔と手を離してくれないかな。近過ぎるから」

 

「嫌だって言いたいけど、そうね……この話し合いが絶対に嘘はつかないって約束してくれるなら、離しても良いわよ……」

 

 若干強気なところが気になるも下手に刺激する必要もないだろう、そう思い、僕は首を小さく縦に振る。

 此方の行動に少しは納得してくれたのか、リズベットは僕から離れてベッド縁へ腰かけ――。

 

  "これは、私の勝手なワガママだから。"

 

 そんな前置きの後を言葉が続く。

 

「視界の端にあるアンタの体力が減る度に死んじゃうんじゃないかって、すごく怖かった……心配してたのも部屋に居たキリトやアスナたちで全員じゃないのよ? クラインやエギル、それにシリカって女の子もアンタを心配して、シャルテが目を覚ますちょっと前まで此処に居たんだから。「無茶しないで」とか「無理しないで」って頼んでもアンタが聞いてくれないのは分かってる。でも、お願いだから自分の身体を投げ売る様な真似しないで……。フレンドを切るとか、いらないとか、そういう話しじゃないって……解ってたんでしょ?」

 

 此方に背を向けるリズベットの予想は間違っていない。フレンドを解除したところで既に生まれてしまった相手との縁が容易く失われるかと言えば、答えは否。それが特に親しく思っている・慕っている相手なら尚の事、知ってしまった以上は無視できないのと同じで一方通行な縁には心配や不安が募る。

 

「――そうだね。リズベットの言うとおり、僕は解ってるよ」

 

 知らないフリをして物を言うのは慣れているのだ。僕の言葉に「やっぱり」、そう返したリズベットが嘆息を吐く。

 

「今ならキリトとアスナがアンタを縄で縛ろうとしてた気持ちが何となく分かるわ……何で、 "そんな" になったのよ……」

 

「それは言いたくない。別にリズベットだからーとかじゃなくて、たとえどれだけ親しい間柄の相手だろうと関わらずだ」

 

 言ったところで理解できるワケでもない、これはそういう類の話しだ。たとえここでリズベットから辱めを受けようと僕は口を噤む。

 しかし言い方が不味かったのだろう。最初に聞こえたのは小さな呻き声、それが少しずつ大きくなり、やがて身ぶり手ぶりも加わって彼女は握りしめた拳を何度もベッドへ落とす。

 だが突然拳をふるう事を止めて立ち上がり、振り返った彼女は僕の胸襟を掴んで引き寄せる。

 

  "言葉を詰まらせる彼女の目には、大粒の涙が溜まっていた――。"

 

「この分からず屋!」

 

「ごめんね。頑固なんだ」

 

「馬鹿……!」

 

「そうだね。どうしようもない馬鹿だよ、僕は」

 

 出てきた言葉は直ぐに尽き、呻き声と共に僕は身体を前後に揺さぶられる。が、その揺れも次第に小さくなり、胸に彼女の頭を預かったまま身体は後ろへ倒れて元の位置へ。

 しばらくはそうして呻き声をあげていた彼女だったが不意に顔を埋めたまま「んっ」と、トレード申請を飛ばしてきた。

 

「もしシャルテが私の鍛え上げた子で人を斬って殺したとしても "武器を持つ資格が無い" とは限らないのよ。『それ』は武器が本質的に持つ役目の一つでしかない。どんな理由があれ、此処で死ねば現実へ置いてきた肉体も死ぬって考えてるのに武器を鍛えて売り出してる時点で、変わらない。だから……受け取って……受け取りなさい」

 

 そう言われて躊躇いを見せる僕の様子にリズベットは少し言葉の圧を強くした。彼女が言わんとする意味は理解できる。しかし、ならばどうして "そんな申し訳なさそうな表情" をしているのか――。

 

「今のリズベットからは受け取りたくないかな。そんな疑ってくださいみたいな表情されたらねぇ……何、受け取っただけで死ぬの?」

 

「そんなワケないでしょ! ただ……その、アンタに謝らないといけない事が三つあるの」

 

 酷く緊張した様子で彼女は言葉を紡いだ。

 

 曰わく――現在トレード申請に出ている武器を生み出す為に僕が持つリズベット製の短剣二つを無断で使用した。その為に寝ている僕の腕を使って許可なくインベントリから短剣を取り出し、その結果鍛え上げた短剣も納得がいく出来ではなかったらしい。

 

「そう……他には何かしたの?」

 

 僕の質問にリズベットは首を横へ降る。ならば別段気にする事でもない、彼女の行為は確かにマナーとしては悪いが、それだけだ。何より彼女は自分のした行為がいけない事だと理解している。

 おおかた、今回のインゴットを取りに行くという頼み事も全てはこの一振りの為、僕が目を覚ました状態では素直に短剣を渡してくれないと判断しての事だろう。

 

「それ位、別に気にしないよ。短剣の出来についても僕が文句を言うべき事ではない……けど、何が納得いかなかったのかは気になるかな」

 

 あくまでも個人的に気になった疑問を投げかけるとリズベットは言いにくそうではあったが答えてくれた。

 

「武器の性能が、本来と比べて大分下回ってるの。今までも似た様な事はなかったワケじゃないんだけど……」

 

 鍛冶スキルで武具をつくる際に製作者は "自分の習熟度で当該武具を生み出した場合、下限・上限を含めどれだけの性能になるか" を示した『基準性能値』という物を確認する事が可能であり、そうして完成した一品の性能を基準性能値と比べて良し悪しを判断する。

 しかし本来であれば必ず基準性能値に収まる筈の数値が極稀に定められた枠からはみ出てしまう事がある――らしい。

 

「それが何で起きるのかも分からなくて、鍛冶士たちの間では『武具を生み出す時の精神状況が関係してるんじゃないか』なんて噂もあるの。でもそんなのは当てつけで只のバグだって、思ってたのに…… "キリトの為に鍛え上げた剣は、基準性能値を良い方向で大幅に塗り替えてた" 」

 

 そう言って落ち込むリズベットとは対象的に彼女の話しから浮き上がった可能性に僕は目を輝かせる。

 そんな普段とはかけ離れた此方の様子に彼女も気づき、何とも形容し難い表情をされた。

 

「ちょっ……アンタそんな表情できたの?」

 

「うん。珍しくはあるけど、リズベットの話しもっと聞きたい。仮に鍛冶士たちの噂が本当だったらすごい事だよ、大発見なんだよ」

 

 ――それは "外において既に絶滅した机上の空論とされる稀有な存在" だ。

 

「キミのキリトを思う気持ちがシステムの定めた枠を壊して現実を塗り替えた……この可能性が事実だとしたら、それってとっても素敵な事だと思わない?」

 

「それはまぁ……確かにそうだけど、ただそういう風にプログラムされてるって可能性もあるじゃない」

 

「うん。仮にプログラムだとしたら、そんな仕様を組み込んだ開発者さんはきっと人間が大好きなんじゃないかな。だからこそ、外の世界を好ましく思わなかった――としたら、どうなんだろうねぇ」

 

 自らを茅場晶彦と名乗る存在はこの世界を "もう一つの現実" と表現していた。多少強引かもしれないが、穿った解釈をするならばこの世界こそ "茅場晶彦を名乗った存在が思う現実" と考えられはしないだろうか。

 全ては憶測でしかない。しかし、これら『憶測』が『事実』と名を変えたのなら、何故こんな強行に出たのかも想像がつく。

 言葉の最後で僕の声が小さくなった事に顔を上げたリズベットからは心配そうな表情を向けられるも僕は「大丈夫」と、少しばかり微笑んで言葉を返す。

 

「あぁ、ごめん……話しが脱線しちゃったね。でも、うん。リズベットが納得のいかない出来だったとしても僕は気にしないよ。まあ持てる立場にも振るう立場にもないんだけどさ……多分、僕もそろそろ我慢の限界が来ると思うんだ。何の拍子に刃を抜くかわかったもんじゃない」

 

  "僕はリズベットたちが思っている様な人間じゃない。もっと醜悪で、身勝手で、どうしようもなく救いようもない人間だ。優しさなんて欠片もなく、全てが自らの利益となるからやっている。まごうことなきエゴの塊。"

 少しばかり饒舌になりすぎているのは自分でもわかっていた。しかし疲労からマトモに機能しない頭ではそれを制御する事さえも難しく、傍らに転がった彼女の言葉を掴もうと手を伸ばす。

  "嘘をつかないで" から "全て受け止める" ――幾ら曲解しようにも程がある。

 

「シャルテ……アンタ、大丈夫? 私庇った時に頭でも打ったんじゃない?」

 

「酷い言い草だなー、大丈夫だよ。頭も打ってない。嘘をつくなーって言われたからちょっとだけ素直になっただけ」

 

 酷い言い草だが、無理もない。目の前にいる人間が突然壊れた人形みたいにケタケタと笑い声を上げたらそれは大多数がリズベットと同じ事を思うだろう。

 そんな調子が急転した此方を余所に彼女は嘆息一つ吐いた後、此方へ言い聞かせる様な声色で言葉を声にした。

 

「とりあえず調子については置いておくけど……武器を持つ立場云々は私が良いって言ったばかりでしょ。アンタがその子で誰かを殺めて、生みの親である私の手まで汚れるとかって考えてるなら、余計なお世話よ。私はそれでも良い……周りの噂なんて知ったこっちゃないの。少なくとも私が知ってるシャルテは好んで人に手を出したりしない。たとえそれが偽りのアンタだとしても関係ない、私はどんなシャルテも受け入れるつもり」

 

「むぅ……そう言ってくれるのは、正直に嬉しいよ? でも――」

 

「――『でも』も『へったくれ』もない! アンタが私に言ってくれたんじゃない、「他人にとっての『一』が自分にとっては『十』であり、その逆もまた然り。思いの度合いなんてモノは見てくれは同じでも個人差があるんだ」って。だから、その……察しなさいよ!」

 

 本日何度目になるのか、赤面して此方を睨みつけるリズベットが毛を逆立てて威嚇する猫みたい見えてしまい僕の口からは小さな笑い声が零れる。

 こんな僕らしくもないのはきっと疲労が限界を越えて溜まっているせいだ。

 

「ありがとう、リズベット――腕が動かせる状態だったら抱きしめてたかも」

 

「へっ……うえぇっ!? ちょっと、アンタ本当に大丈夫なの?」

 

「あはははは……大丈夫じゃないのかも。ごめんね、今ちょっと変になってるみたい。本当は僕からも謝りたい事があったんだけど、明日にさせて。今日はもう寝る」

 

 このままでは要らぬボロを出してしまいそうで、会話を打ち切るとリズベットは動かない僕の腕を掴みトレード申請を承認させてから回廊結晶を使い自分の家へ帰った。

 そうして誰も居なくなった室内で大きく息を吐き、枕に顔を埋めながら "外で聞き耳を立てている" 一人へと声を投げる。

 

「盗み聞きしてるなら聞こえてるよね……入ってきなよ、ウルズなんでしょ? こんな状態の僕で良ければ寝るまでの間なら話し相手になるけど」

 

 言葉が終わり、程なくして扉の向こうから現れたのは予想した通りウルズだった。が、普段身につけている鎧は何処へやら、寝巻き姿のウルズは動けない僕を抱え強制的に奥へ詰めると何食わぬ顔で空いたスペースに自らを収めた。

 

「いや、何してるの」

 

 

「貴様と一緒に寝れば安眠できると聞いてな。なに、抱きしめたりはしないから安心しろ」

 

「あぁ、そう……駄目だ、もうツッコミを入れる気力がないや。話しするなら早くしてくれないと寝ちゃうかも」

 

 首を動かしたところで此方に背を向けるウルズの表情は確認できなかったが、彼女から一言謝罪され、手短に済ませる旨を告げられる。

 

「まず今回貴様を襲ったプレイヤーについてだが、当人は遊び感覚だったそうだ。数日前にラフィンコフィンのメンバーを名乗る人物からシャルテを始末できれば相応の報酬をくれてやると持ちかけられたらしい……その事でアルゴからも伝言を預かっている――直に向こうから収穫の誘いが来る、との事だ」

 

 突きつけられた事実に僕の口から盛大な嘆息が零れ、内心では舌打ちと共に頭を抱えていた。流石にタイミングが悪過ぎる――当然、悪いのはアルゴから来た報告ではなくラフィンコフィンの行動の方だ。

 これまでも何度か襲われているが未だ幹部クラスの存在に関しては情報を得られておらず釣れるのは末端ばかり、更に襲撃自体も指示された物ではなく幹部へ取り入る為の独断だとか。そして現在、そんな独断は既に目を瞑っていられる段階から抜け出しつつある。

 

 (僕の情報が漏れてるんじゃないかってくらい随分と嫌な重ね方してくれるよね……はぁ、悪意すら感じるんだけど)

 

 確証は何一つないがそう捉えてしまう。そんなありがちな被害妄想を抱えた自分の状態に改めて疲れている事を実感し、僕は再び息を吐く。

 体感から試算して今の状態から復帰するには少なくとも二日、一週間もかかる事はないと思いたかった。問題があるとすればその間の警備だが、僕の気配で感づいたのかウルズから安心しても良い旨を告げられ、視界は彼女の手で遮られる。

 

「シャルテが復帰するまでオマエの居場所は私が守ってやろう……だから今は存分に休んでおけ。一度争いが起きてしまえばそれも満足に出来なくなる。なにも考える事を止めろとまでは言わん。しかし休める内は全力でそうするべきだ」

 

 そうして此方を宥めるかのような声色のまま「収穫も手伝うか?」と聞かれた事に、僕は否定の答えを返す。

 

「もし手伝ってくれるなら、ウルズには僕が留守にしている間の警戒を頼みたい。ラフィンコフィン掃討作戦には間に合わせたいけど、諸々『最悪』の結末に終わった時はあの子たちをフォローしてあげて」

 

「縁起でもない事を口にするな、馬鹿者。しかし、そうだな……貴様に『万が一』が起きた時はそうしよう」

 

 『 "ありがとう――。" 』

 

 『 "――気にするな。" 』

 

 そんなやりとりで、僕の頭には小さな疑問が浮かぶ。

 

「ねぇ、ウルズ……すごい今更なんだけどさ "なんでキミは僕と一緒に居るの?"  いや、どっか行けとかそういう意味じゃなくて、何て言えばいいのかな……こんなワガママに付き合ってくれる理由みたいなヤツ? こういう付き合いのある人の中でウルズの『それ』が一番判断しにくいんだよね」

 

 キリトたちの場合はボンヤリとしているが、おおまかなあたりをつける事くらいはできる。しかし、ウルズにはそれが出来ずにいた。一番高い可能性としてアルゴと同じ理由である事も考えてはみたがどうも違う気がしてならない。

 そんな疑問に、ウルズは「簡単な事だ」と変わらない調子で言葉を続ける。

 

「そんなに複雑な理由ではない――ただ、貴様は私が人間ではないと知りながらも "人間" 扱いしてくれたからな」

 

 傍にいる理由などそれだけで充分だと言わんばかりの雰囲気に僕は短く「そっか」とだけ答え、図ったかのようにメッセージの到着を知らせる音が耳を打つ。

 ウルズにその事を伝えて一度手を退けてもらいメッセージを確認すると送り主はリズベットで、そこには『キリトの事でアスナと話し合いをする決心がついた』という報告とそれに関する感謝が記されていた。

 

 (ファイト、と……送信完了。)

 

 たった四文字では味気ないとも思えたが、這いよってくる睡魔を相手にしながらではそれが限界だった。

 返事を終えるとウルズは再び此方の目を手で覆い隠してくる。

 

「 "人間扱い" って、ウルズは人間なんだから当然だよ……。少なくとも、僕はそう思ってるから」

 

 だからと言って具体的にどうこうという話しでもない。単純に "ただそれだけ" の事だ。

 

「お休み……ウルズ――」

 

「――あぁ、お休みだ」

 

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