俺とアストルフォの第四次聖杯戦争   作:裸エプロン閣下

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現実は非情である。 byアストルフォ

 ――ロンドン・時計塔

 

 時刻は昼を少し過ぎた程度で、俺は本日の授業を終えて床一面に様々な物が散乱した工房で昼食代わりにフィッシュ&チップスを肴に酒を飲む。ほとんど腹は脹れないが何も食べないよりは遥かにマシだろう。美女と共に食べるのもいいが、偶にはこうして一人静かに食べるのも悪くはない。

 

「聞いたぞシンヴェル! どういうつもりだ!?」

 

 『一人静かに食べるのも悪くはない』と、思った矢先に誰かが扉を勢い良く開けてズカズカと入り込んで来る。空気を読め。というか中にいるから呪いをかけていなかったからよかったものの、些か不用心ではないかな。万が一という言葉を知らないのだろうか、と疑問に思うが彼の経歴を考えると本気で知らない気がしてきた。

 

 そう思い入ってきた者の顔を見上げる。俺の数少ない男友人で時計塔の降霊(ユリフィス)科講師、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトである。

 神童と呼ばれ実際その通りの実力なのだが未だにチェリーという、ちょっと可愛げ(笑)のある二十……いや三十だっけ……? まあいい。覚えてないので暫定三十歳としよう。

 

「今猛烈に君を殺したくなったのだが」

「いきなり怖いことを言うなよ。それで、何ようかな」

「ああ、そうだった。本題に入ろう、君は――」

 

 ――聖杯戦争に参加するのか、と。正面から俺を射抜く様に見つめ、静かに告げてきた。

 

「そうだ、現れたのは昨日だが参戦は前から決めていたことだ。しかし言った覚えもないのだがどこから広まったんだ?」

 

 俺は酒を飲みながら平静の態度で、右手の甲に現れた令呪を見せながら肯定した。するとなぜかケイネスはため息を吐く。

 

「君は今日の授業で、生徒になんていったか覚えているかな?」

「全然」

 

 1マイクロ秒の隙もなく即答すると再びため息を吐いてきた。なぜそんなにも疲れているんだろう。酒でもいるかと酒瓶をケイネスの方へ傾けるがいらんと一蹴される。

 

『聖杯戦争に参加するから準備で忙しい。あともうすぐ日本に行くから。自習してろ。分からないことは早めに使い魔にでもよこすよう』と言って工房に引っ込んだそうじゃないか。時計塔はこの話題で持ちきりだぞ」

「ああそういえばそうだったね。年を取るとどうにもね……」

 

 先ほどから使い魔が何度も訪ねてくるのはそうだったらしい。無碍に追い払ったりせずに正解だった。

 

「二十代が一体何を言っているのか。まあいい、それでこの大量の触媒はどうした」

 

 そう言いケイネスが指すのは、一般人からすると古いだけのガラクタだがこと聖杯戦争となると第一に必要とされる触媒。その山だ。

 

「どうしたって……英霊の選抜と、相手サーヴァントの絞り込みだけど。五年ほど前から集めていたんだ」

「……七代連ねる名家と言えど、これだけのものを手に入れるほど財産があったとは思わないが」

「そこはほれ、執行者とかの仕事でね」

 

 封印指定の魔術師の研究資料は結構な値段で売れるし、なかなかに高価な礼装が偶にあるからそういうのを売ると小遣い稼ぎにもちょうどいい。

 まあいい、と告げてケイネスが触媒の山を見る。時計塔の降霊科講師としてはやはり気になるのだろうか。様々な物を手にとっては隅々まで眺めて、新しいものを手に取っていく。その姿はまるで好奇心豊かな子供のようだ。穏やかな目で見つめていると何やらわからないものがあるのか頭を捻らせている。

 

「これも触媒なのか?」

 

 ケイネスが疑問の声と共にこちらへ向けてきたのは、中に液体が入っていたと思われるガラス瓶。

 

「それはおそらく媚薬が入ってた瓶だ。トリスタンが召喚できると思う」

 

 売人から買い取った際、聞いた言葉をそのまま告げる。あくまで『思う』というのが付くため、絶対とは言い切れない。

 

「なるほど、ならばこっちの古い棒きれは?」

 

 次に向けられたのはやけに古臭い棒で、先の方は細くなっている。元は棒の先端に糸が垂れており、その糸に裁縫針のような、真直ぐな針が垂れ下がっていたらしい。

 

「それは釣竿だ。太公望が召喚できると思う」

 

 こちらも先と同様『思う』が付く。触媒なんて歴史の浅い者でも三百年以上昔の物ばかりだし、多少は仕方がないとは思う。

 

「こっちの物は、イノシシの角の欠片か?」

 

 何かの欠片。特徴的な色に獣の臭い、そして先が鋭くなっているため、かろうじて角と分かる。

 

「ディルムッドに瀕死の重傷を負わせたイノシシの角だ」

 

 こちらは数少ない正真正銘の触媒らしいが使う気はない。万が一イノシシが呼び出されたら速攻で終わる。

 

「そうか。ならこれは。角笛と関連のある英雄は多いが」

「そいつはオルファンだ。使えば十中八九ローランが出る」

 

 完璧な形を保った角笛。角笛やほら貝など、軍事行動でよく使われた物はまがい物も多く不安が残る。吹いてみれば確かめれるが、魔力を取られまくって最悪死ねるためそんなことはしない。

 

「随分といろいろ持っているようだな。ならこの仮面のようなものは?」

 

 突きだすように向けられたものは石でできた仮面。封印指定の魔術師の家から奪ったものでアステカで発見された物らしい。

 

「それは石仮面。血を浴びせると骨針が出て吸血鬼に近いものになれる」

「……これは触媒、なのか?」

「いや、適当に置いといて混じったんだろう」

 

 その後も様々な触媒を手に取り、分からないものがあれば俺に聞くという光景が続いた。大体三十分ほどして、ようやくすべて見納めて立ち上がる。

 

「……君が聖杯戦争に参加するというのは、どうやら本気のようだ。ならば私もうかうかしていられないな。これより私と君は敵同士、次に相見(あいまみ)えるときは戦場になりそうだな」

 

 そう告げるケイネスの目は、戦うその時が楽しくてたまらないと語っていた。

 

「まあ俺もこれから日本に行くし、会うとしたら冬木だろうし」

「互いの神秘をぶつけ合うその時を楽しみにしているよ。シンヴェル・ストルフォス・クラムベルク」

 

 そういいケイネスは去っていく。俺は工房で困り果て、届かぬ相手に向かってため息を吐いた。

 

「戦争、舐めすぎだろ」

 

 どうやらケイネスは聖杯戦争を決闘か何かだと勘違いしているらしい。が、今の時代の戦争はそんな華々しいものではない。格調高さと歴史、伝統に固執する魔術師にはよくある勘違いである。そもそも聖杯戦争の歴史は当初殺し合っている間に儀式が失敗し、第二次はルール無用の殺し合いに興じている間に参加者が全滅。第三次には聖堂教会から監督役がやってくるものの、結局血なまぐささは落ちず聖杯が壊れ失敗という、華などないようなものである。

 参加する意思を持っているということはこのことを知っているだろう。時には血みどろの戦に出たこともある執行者としての俺と違い、殺気もない魔術訓練程度しかしたことがないケイネスは、間違いなく勝ち残れない。だからと言ってそれを教えてやる気はない。言ったところで令呪が出てる以上戦争の回避は不可能だし、言ってもキレるだけで聞こうとしないだろう。プライド超高いからな……。

 

 一気に酒を飲み干し、瓶を放り投げる。その後十分ほどかけて必要最小限(バック二つ)に纏めた荷物(二つで十五キロ弱。この程度なら重力軽減はいらんな)を片手に持ち、工房のカギに侵入または破壊しようとすれば軽ーい(即死級)魔術が掛かるようにセット。異様に長い階段を五段飛ばしで駆け上がり、三十秒ちょっとで一階に出る。少し廊下を佇んでいると、生徒たちが集まりこちらを見ながらひそひそと話す。どうやらケイネスが言ったいた通り、かなり噂になっているそうだ。直接話そうという人間はいないのか遠巻きにこちらを眺めるだけらしいので、気にすることなく移動を始める。普段慣れ親しんでいる時計塔だが、もうすぐ去るというのに感慨深く感じるものが全く出てこない。思い出せば歴史を自慢する魔力ばかりの雑魚魔術師ばかりで、己を磨くということを怠るバカどもの記憶しかない。実際俺が尊いと思った魔術師なんて、ケイネスを入れても両手で足りるほどしかいない。

 

「(代を重ねるのは確かに優れた一族の条件だが、それが必須ではないだろう……クズが)」

 

 心の中で歴史を重ねることで賢者になったと思いあがる無能どもに悪態をつきながら早足に進む。

 

「うわっ!?」

 

 と、思いつく限りの罵倒を無能どもに投げながら歩いていた時、一人の生徒がぶつかってきた。いや、相手のほうが衝撃が大きいことを考えるとこちらがぶつかったのだろうか。相手は小柄な男だった。魔術師は基本モヤシの様な体つきをしたものが多いが、男は輪をかけて小さい。いっそ少年と呼んだほうがいいだろう。

 

「大丈夫か?」「あ、ハイ。どうも……」

 

 腰を付く彼に手を貸し持ち上げる。あまりの軽さに少し浮いてしまったが問題はないだろう。彼がしっかり両足を地につけたのを確認。

 

「ではこれで」

 

 俺は彼に片手をあげて軽く去ろうとする。

 

「ま、待ってください!」

 

 すると、彼に衣服を掴まれて静止を乞われる。しかしあまりに弱すぎる力に俺は気づかず一歩踏み出し、少年は体勢を崩し情けなく床に這いつくばることになった。

 

 

 ※※※

 

 

「ふむふむ……」

 

 先ほど出会った少年はウ……なんとか・マッキーと言い、なんでも俺に論文を見てほしいそうだ。俺も別に急ぎではないから許諾し、空き教室の机に腰を落ち着け論文をパラパラと一秒五枚程度の速さで捲る。他者からすると一見流し読みのように思われるが俺としてはこの速度がちょうどいいのだ。

 

「読み終えたよ」

 

 ハラハラした顔でこちらを見据える少年に論文を返す。一瞬あまりの速さに驚愕に満ちた顔をするがすぐに戻し、緊張した趣でこちらを見つめてくる。

 

「さて、思ったことを正直に言わせてもらうと……」

 

 眼前の少年から息をのむ音がした。

 

「個人的には賛同できる考え方だな」

「本当ですか!?」

 

 そういうと先ほどとは打って変わって気色に満ちた顔に変わる。その変化の速さに百面相だな、と思い思わず笑ってしまいそうになる。

 

「しかし、他者に賛同は得られないだろう。今現在時計塔の中枢を占めるものも、その賛同者も君が思うように歴史の深さしか問わない劣等の糞生ゴミどもばかりだ」

「いや、さすがにそこまで――」

「ゆえに彼らは歴史の深さでしか語れない。青崎はたった三代で魔法に至ったというのに、古い考えはなかなかとれん。これを他のものに見せればおそらく破かれるだろう」

「なっ――論文を破り捨てるって!?」

 

 絶句するのも分からなくもない。集大成を無為に破り捨てるものなど、何であれ褒められた性格ではないだろう。ふと、頭の中に髪の毛が薄い降霊科の講師が思い浮かんだ。彼ならやってのけた後に鼻で笑うだろう。重ねた歴史に胡坐をかくことはないが、やはり固定観念が強い。

 だがこれは破り捨てる者が全面的に悪いわけではない。実際これを書いた少年は名が知れているわけではない。破り捨てる事はないが嘲笑、放り投げる程度は普通にするだろう。俺とて私情を抜けば机上の空論と切って捨てる。

 

「だから――えっと、ウィル・ボルト君」

「ウェイバー・ベルベットです」

「ああそうか。ウェイバー君、君がこの論文に意味を持たせるには何かをなさねばならぬ。書いた本人が実践しなければ、これはただの妄想に終わるぞ。大成せよ」

「大成、って……何をすれば……」

「まああとは自分で考えるよう。ウェイバー・マクラエル君」

 

 応援するように肩に手を置き、教室から去る。背後から「ウェイバー・ベルベットです!」という叫びが聞こえた。

 

 

 ※※※

 

 

「これもいらないな」

「そ、それは妻との思い出が詰まったマフラー!」

「こっちもいらないよね。カビ生えてるし」

「それもいる! 長年愛用してきた私の礼装じゃぞ!」

「これは……何の魔力反応もない。ただの宝石か」

「やめてー! それは儂が墓場まで持ってくつもりの――「今すぐ死ぬ?」――どうぞ如何様にも」

 

 自分の年の半分にも満たない男に土下座する禿で髭の長い親父ってシュールだね。

 日本で使うための財産集めに実家にある不用品(親の私物)を金(二束三文)に換える。ちなみに親父には拒否権はあるけど使うことは認めません。当主の特権です。あとこの男が言う妻とは人を鞭で叩くのが好きなサド侯爵のような人です。俺も若いころ(年齢一桁)は何度か叩かれました。唯一の救いは音が派手なだけの薔薇鞭だったことだろうがそんな微妙な慈悲はいらん。

 

「久しぶりに戻ってきたらこれかい……。もう少し儂を労わってほしいのう」

「五歳の時から熊の巣とかに放り出したり戦場に身一つで投げていった男への対応なんてこれでも全然やさしいほうだろ」

 

 あの時は何度死ぬと思ったことやら。たぶんあの時で生涯分の涙を流したと思う。

 

「……………………き、記憶にございません」

「おやまあ、もうアルツハイマーになりましたか。悪いのはこの頭ですかー?」

 

 足元の親父のツルッツルの頭を砕かんばかりに握りしめるとミシミシといい音が辺りに響く。

 

「痛い痛いイタイイタイーーー!! 死んじゃう儂死んじゃう!」

「人はそう簡単には死なん」

「死ぬ死ぬマジで死ぬーー!!」

 

 ――メシリ

 

「あ」「あ」

 

 あ。………………やっちまったか?

 

 

 ※※※

 

 

「あー、寿命が二十年くらい縮まったわ」

「元からねーだろそんなに」

 

 一瞬死んでし(殺っち)まったか、と思ったが奇跡的に生きていた。今は頭を擦りながら互いにソファ(売ろうとしたが妻の残り香がどうこうとほざくので温情で残してやった)に腰を落ち着けて話し合っている。

 

「しかしお主、本当に聖杯戦争に参加するつもりか」

「そのために俺は来たんだ。他に何がある」

「金欠じゃないの?」

「不安なら魔術刻印は返しましょうか?」

「(うわぁ……当たり前にスルーしたよ)いや、魔術刻印は良い。儂にはもうお前しかおらぬし、お前以上の者は我らクラムベルク家の長い歴史にもおらぬ。そしてなにより今の当主はお前じゃ。当主の決定には従おう」

「さすがに八十過ぎたし枯れてる(勃たない)でしょうし」

「今せっかくカッコよく纏めたのに……」

「それはさておき!」

 

 俺は立ち上がりバックからロープを取り出し、間にある机に広げる。ロープ自体は古く魔術概念が濃いだけだが。

 

「この結び目――召喚の魔法陣か」

「ご名答。俺がここに来たもう一つの理由は英霊を召喚するためだ。冬木でやったほうが飛行機代とか浮くんだろうけど馴染み深い土地で、魔力の波長が最も高いときにやったほうがいいと思ってね」

「ほっほう! 単なる思い付きで聖杯戦争に参加するつもりでは無さそうじゃな! これでより一層安心したよ!」

 

 長いひげを手で梳きながら上機嫌に笑う親父。どうやら単なる思い付きと思われていたらしい。

 

「して、触媒は何にするつもりじゃ?」

「これ。媚薬が入っていたと思われる瓶だ。これでトリスタンをアーチャーとして呼ぶつもりだ」

 

 再びカバンから取り出したのは数時間前にケイネスが手に取ったガラス瓶だ。

 

「トリスタン――円卓の騎士か。アーサー王、騎士王繋がりで知名度もまああるじゃろうし、妥当だろう。問題なければ勝ち抜きも目じゃないのう」

「親父の時はせっかくグレッティルをセイバーで召喚したのに知名度低くてステータス下がって、しかも聖杯の器も壊れておじゃんだったし」

「言わないで。思い出すと儂泣いちゃう」

 

 実をいうとこの親父、第三次聖杯戦争ではセイバーのマスターとして参戦したのだ。そして聖杯を降臨させたが器が破壊されたため聖杯が所有者を認識する前に壊れてしまったのだ。

 

「とりあえずもう少ししたら召喚するつもりだから工房の準備を頼む」

「儂も立ち会ってもいいかのう」

「今なら特価千ポンド」

「まだ金取る気かこの放蕩息子」

 

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

「魔力もばっちりだ。召喚するぞ」

 

 狭苦しい工房の中心で先ほどの編まれた魔法陣を広げ、魔力を通す。瞬く間に魔法陣は魔力と反応し、発光する。これで準備は完了だ。手の甲に記された令呪を確認し、強く拳を握る。

 基本、サーヴァントの召喚は聖杯がやってくれるのだがそれでも危険度は低くなく、最悪死ぬこともある。しかしそれに怯えることなく覚悟を決めて詠唱を始める。

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公」

 

 

 そして俺はここに宣誓する。 

 

 

「降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 

 サーヴァントを召喚する詠唱を。

 

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 

 俺はここに宣言する。

 

 

「告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 

 聖杯戦争への参加表明を。

 

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

 

 そして俺は心の中で断言する。

 

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

 

 ――聖杯戦争を征し、聖杯を手に入れると!

 

 

 ※※※

 

 

「ここが日本か……」

 

 十二時間座り続けていた体の各関節、筋肉を動かし調子を整え、日本の空気を吸う。空気の味など分かるはずもないのだが、飛行機の中よりはましでちょっと癒される。

 

「では早速――」

 

 美女を発見。濡れるような黒髪が美しい日本名物、大和撫子。

 

「ナンパでもするか」

「宿探しが先でしょ」

 

 そういって美しき少女のもとへ行こうとする俺の裾を引くのは時計塔で同じことをした少年と同じ程度の身長・体重だが俺以上の力を誇る少女(・・)アストルフォだ。

 アストルフォ――シャルルマーニュ十二勇士の一人で、この世に並ぶもの無きと言われる美形なのだが「理性が蒸発している」と言われるほどのお調子者だ。

 当然ながら史実(・・)のアストルフォは完璧に男である。だというのになぜおれが彼女を少女といったのかというと、あれは今から…………数日前に遡る。

 

 

 ※※※

 

 

「君が、ボクのマスターかい?」

「む……? これは……」

 

 親父が訝しむのがわかる。なぜなら予定ではトリスタンを召喚するはずだったのに今目の前にいるのは身長はせいぜい百五十で、派手に着飾った桃色の髪の美人。確実にトリスタンではない。しかし俺としてはもはやそんなことはどうでもいい。

 

「ィエス! 美少女キタコレッ!!」

 

 俺は歓喜の叫び声をあげる。狭い工房でよく反響して二人にも届かせる。

 

「え? いきなり何?」

「しまった、鳴りを潜めたとはいえ元はこんなやつじゃった!」

 

 親父が何やらうるさいが気にならない。そんなことより目の前の美少女である。

 俺はサーヴァントの肩に手を置き、顔を合わせる。

 

「俺が君のマスターだ。早速閨で大人の話し合いをしよう」

「あ、ボク男だよ」

「嘘はいけないよ。そんななりで男とか、バイになるぞ」

「ほんとだよ」

「証拠は?」

「ボクの真名、アストルフォ」

「なん……だと……」

 

 とりあえず売りつけてきた商人から有り金ぶんどってくるとして。

 

「ちょっと待てや。じゃあ俺の息子の猛りはどうするんだよ」

「いやそんなこと言われてもどうしようもないと思うよ」

「いやいやそこはほら女体化するとかなんとか」

「無理だよ」

「そこを何とか。ほらきっとがんばればいけるよ!」

「いやボクそんな趣味ないし」

「俺だってないよ!」

「じゃあ諦めなよ。それか町に行けばいいじゃん!」

「知るかそんなこと! 今すぐ女体化しろ!」

「そんな宝具もスキルないし、あっても使う機会ないよ!」

 

「なにこの息をつく間もない超高速会話。シンキングタイムゼロで儂口はさむ暇がないんだけど」

 

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

「早くしろ! しないなら俺がさせるぞ!」

「やれるもんならやってみなよ! そうすればなんだってしてあげるよ!」

「く……っ!」

 

 しまった。つい勢いで口にしてしまったが、女体化させる方法なんて俺は知らないし、そんなことは誰も真剣に考えていないだろう。勝ち誇ったような顔をするアストルフォ、瞳を閉じて項垂れる俺。仕方なく、本当に仕方なく町で女でも買おうかと目を開ける。

 

 その時だった、俺の視界に令呪が入る。令呪はサーヴァントに対する絶対命令権だが、ただ命令するだけのものではない。実現不可能な奇跡を実現させるサーヴァントに対する補助装置でもある。勝機を見出し立ち上がり、令呪をアストルフォに見せつけと判りやすいくらいの驚愕を顔に張り付け、脂汗を垂らす。

 

「ま、まさか……」

「令呪なら――可能だよな」

 

 そこで二点のことにようやく気づいた。いつの間にか親父がいないこと。召喚してから二時間たってもう勃っていないこと。しかしそんなことはどうでもいい。

 

「正気かい? 令呪をこんなことに使うなんて……。無駄撃ちするよりよっぽどひどい使用法だよ」

「ふっ、確かにそうだな。三度しかない切り札を、こんなバカなことに使うなんてな……」

 

 俺は腕を下して天井を見上げる。俺のセリフを聞いてアストルフォは息を吐いて、落胆ではなく安堵から肩を落とす。まったく……。

 

「何勘違いしてるんだ。まだ俺はやめるなんて、一言も言ってないぜ」

「え?」

 

 安堵の表情からキョトン、とした顔に変わる。どうやらなかなか呑み込めていないようだ。愛い奴め。

 

「アストルフォ、君に私のことを知るにあたって重要なことを一つ教えよう――」

 

 勝利を確信し、獰猛な笑いを浮かべる。

 

「このシンヴェル・ストルフォス・クラムベルク。『飲む打つ買う』を体現している男だ!」

 

 今の俺、セリフを除けば最高に決まってる気がする。

 右手の令呪――枝分かれする巨木の根の様な紋様に魔力を通すと発光する。

 

「シンヴェル・ストルフォス・クラムベルグが令呪を以て我がサーヴァント・アストルフォに命ずる――女体化せよ!」

「ちょ――!」

 

 令呪が一画、淡い光と共に霧散していく。そして同時にアストルフォが光る。すぐさま胸と股間を確かめ蒼い顔をするあたり、うまくいったようだ。

 

「さて、君は先ほど、こう言ったよね。『やれるもんならやってみなよ! そうすればなんだってしてあげるよ!』と。まさか、嘘はつかないよね」

 

 今日一番の笑顔でアストルフォににじり寄る。その度にアストルフォは退いていく。反論しない辺りしっかり宣言した事を覚えてるらしい。『理性が蒸発している』と言われた男――失礼、少女なので不安だったが一安心だ。

 

 どんどん退いていくアストルフォだがここは工房。工房は大気魔力を逃さないよう狭く、密閉された空間なのですぐに逃げ場がなくなり壁に追い詰められる。逃げられると外へ行ってしまうかもしれないので両腕を肩の上のあたりに叩きつけて動きを封じる。

 

「それでは、ベッドの上で語り合おうか」

 

 俺は右手でアストルフォの顎を上げ、顔を近づけていく。アストルフォも覚悟を決めたのか目を閉じる。俺も倣うようにして瞳を閉じて――

 

「何初っ端から令呪を無駄遣いしとんじゃこのアホォ!!」

 

 ――突如背後から現れた親父に後頭部を蹴られ、工房の堅い壁に口づけをすることとなった。

 

 

 ※※※

 

 

「何か言うことはあるか」

「本当にすいませんでした」

 

 現在、暗く狭い工房から所変わって暗く狭い地下室。あまり変わってないように思えるがまさしくその通りで、そこで石を抱いて正座をしている。――――親父が。

 当主に対して飛び蹴りだよ。ギロチンに掛けなかっただけ感謝してほしい。

 

「まさかあの場面で邪魔してくるとは思わなかったよ。折角の前戯が台無しだよ」

「強姦みたいに見えたけどね……」

「何か言ったか」

「いいえ何も言ってません」

 

 身悶えながら必死に否定する親父にさらに石を一段追加する。日本の拷問らしいがなかなか効果的なものだな。

 

「それじゃあ俺たちは寝ますので。明日の朝までごきげんよう」

 

 アストルフォと背丈を合わせて肩を組み、この陰鬱とした部屋から去ろうとする。

 

「え、儂放置!? このままで!?」

「がんばってください」

「ひどい! 老人虐待! 訴えてやる!」

「俺が確か六歳の頃、大けがに超高熱の状態で立つこともままならない私に親父は訓練を無理やりさせて四十一度の熱を出しました。魔術訓練として封印指定の魔術師が作った粗悪キメラと闘わされた翌日のことでしたね」

「ぬぉおおお!! 重要なことでも興味がなければ速攻で忘れる癖にこういう事に限ってずば抜けた記憶力を発揮しおって!」

「なんかこの家、碌な人がいないよね」

「それでは。母上の残り香でも吸ってお楽しみを」

 

 背後から鶏を絞め殺すような悲鳴が上がったが気にしない。今はそんなことよりもアストルフォだ。逸話では色男とのことだがやはりこっちの経験はないのか、ガチガチの硬い動きのアストルフォはまるで生娘のようで新鮮だった。

 まあ、実際その通りだったんだけどね。

 

 

 ※※※

 

 

 時計塔の何某が資料を作る。それはある男に対してのもので、ある男への送付先は極寒の地の城、アインツベルンだ。書き途中の資料には以下のようなことが書かれていた。

 

 シンヴェル・ストルフォス・クラムベルク

 時計塔講師を務める二十六歳で七つの代を連ねる名門クラムベルク家の当主。火、地、水の三重属性を持ち執行者としても行動しており、戦闘経験はかなりのものだろう。性格は酒や女など、『飲む打つ買う』ということに忠実である。

 何のために聖杯戦争に参加するかは不明。性格を考えるにおそらく突発的な行動と思われる。

 




主人公の性格、今回は最初の一話なので極端に書いてますが冬木に入るころには落ち着きます。

ボツシーン
>右手の令呪――枝分かれする巨木の根の様な紋様に魔力を通すと発光する。 から

「第一の令呪を発動! あらゆる魔を打ち破る宝具をこちらに渡せ!」
「な――っ!」

 アストルフォはたしか持っているだけであらゆる魔を打ち払う本を持っていたはずだ。令呪の効果を跳ね返せるとは思わないが令呪の効果が下がる可能性がないともいえないので念には念を入れて。

「安心しろ。かけ終えたらすぐに返してやるから」
「いや、そんなことより」

 令呪の無駄撃ちは単なる失敗では済まない。何しろ己の命綱を己で切っている所業に近いからな。しかしそんなことはどうでもいい。今は目先の欲望へ。

「二つ目の令呪を発動――アストルフォよ、女体化せよ!」
「ちょ――!?」

>令呪が一角、淡い光と共に霧散していく。そして同時にアストルフォが光る。すぐさま胸と股間を確かめ蒼い顔をするあたり、うまくいったようだ。 まで
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