「さいきょーって、なんなんだろう」
「……へ?」
紅魔館の門番である紅美鈴が、このところ快晴続きの幻想郷に嵐でも起ころうか、というほど珍しい言葉を聞いたのはとある秋口の昼下がりのこと。先の月絡みの異変も無事解決され、美鈴も平和で穏やかな日々を満喫していたところだった。
今日も今日とて、襲うものの居ない館の門番として紅魔館の門前に立ち続ける美鈴には毎日幾つかの楽しみがあった。
「また、随分と哲学的な質問をするんですね、チルノさん……」
「? てつがくってなに?」
その一つがこの氷精、チルノの訪問である。
チルノが寝床としている霧の湖は紅魔館からほど近く、ここ紅魔館の門前もチルノ他妖精たちの遊び場であった。その為か、面倒見がよくこども好きな美鈴はこの無邪気な氷精にすっかり懐かれていた。
今日も暇を持て余した美鈴はチルノの訪問を快く受け入れ、こうして門前の紅いレンガ塀に二人して背を持たれかけていたところだった。
ところが、今日のチルノはいつもと少し様子が違うようである。いつものチルノといえば「あたいったらさいきょーね!」と自分の強さに疑いを抱かず、どこから沸いていくるのか分からない自信に満ち溢れた態度のはずなのだが、今日は開口一番これだ。思わず美鈴が明日の幻想郷の天候を気にしてしまうのも、無理無い話だった。
「チルノさんはもうサイキョーなんじゃなかったんですか?」
「んー……。アタイはサイキョーなんだけど、違うっていうか……。サイキョーなんだけど、サイキョーじゃないっていうか……」
うんうんと唸るチルノに、非常に失礼ながら「チルノさんって考え事も出来たのか」と思ってしまう美鈴。それも仕方ないことで、妖精という種族は主に知能が低く、こうした哲学的な思考とは無縁の生き物だからだ。
チルノとよく一緒にいる大妖精のように、少し上位の種には思慮深さを持ち合わせる個体もいるようだが、チルノはその実力はさておき、性格は多くの妖精たちに漏れず直感的な部類だと美鈴も思っていた。
「めーりんは、サイキョーってなんだと思う?」
ここで美鈴に質問が飛んだ。
「うーん、そうですねえ……。やっぱり強い人、いま最強の人を倒すことの出来る人、ですかね」
武術家で知られる美鈴らしい答えである。
「それならだいじょーぶ! アタイはこの前弾幕ごっこでフランに勝ったからな!」
「ううぇええ!? ほ、本当ですかぁ!?」
「アタイは嘘はつかないぞ! フランはサイキョーのきゅーけつきなんでしょ? なら、それを倒したアタイはサイキョーね!」
それは最強ではなくて最恐の間違いです。というツッコミをする余裕もなく驚く美鈴。
それもそのはず、チルノの言うフランとは、ここ紅魔館の主レミリア・スカーレットが妹、フランドール・スカーレットのことだからだ。
紅魔館では妹様と呼ばれるフランドール。その能力の高さは、今や幻想郷のパワーバランスの一角となった姉レミリアをも凌ぐと言われている。
その高すぎる能力と情緒不安定な性格から長きにわたって幽閉されてきたが、紅魔異変以降はレミリアとも和解し、半ば強制的にお目付け役となった美鈴と共に外の世界へとその行動範囲を広げており、最近ではこのチルノとも仲が良いようでよく霧の湖へと遊びに出かけているようだった。
しかし、美鈴にとって俄には信じがたい話だった。チルノに弾幕ごっこの実力があることは知っていたが、まさかフランドールを倒してしまうほどとは思っても見なかったからだ。
そして、チルノは確かに嘘をついてはおらず、その話も事実だった。
「でも、違うんだよね。アタイが言いたいサイキョーってなんか違うんだ」
「う、うーん。じゃあ、強さじゃないのかなあ?」
てっきりチルノさんのことだからと考えていた美鈴だったが、どうやらそう単純ではないらしい。
「そういえば、今日はお友達は一緒じゃないんですか?」
いつもは大妖精や、他の妖怪たちと一緒にいることの多いチルノだが、今日は一人である。
「うん。今日は一人できた」
「そっかあー」
しばし、沈黙。
温かい日差しと、心地よい涼しい風が二人の間を優しく吹き抜ける。
「……なんで、私にその質問をしたんですか?」
チルノの交友は広い。他に聞こうと思えばいくらでも聞けたはずだ。
「んー、めーりんが一番近かったから?」
「あはは、そうですか」
どうやら、距離の問題だったらしい。何かを期待していたわけではなかった美鈴だったが、なんだか脱力してしまった。
「めーりんばっかり質問ずるいぞ! アタイの質問にもちゃんと答えて!」
「あちゃ、それは失礼」
謝ったものの、チルノの知りたい最強は一向に思い当たらない。それならと、身近な『最強』を思い浮かべてみることにした。
例えば紅魔館のメイド長、十六夜咲夜。彼女は最強のメイドと言って差し支え無いだろう。戦闘能力に関してもそうだが、この広い紅魔館の家事全般をこなし、いつ見ても完全で瀟洒な立ち居振る舞い。他のメイドというものはあまり知らない美鈴であったが、十六夜咲夜以上のメイドというのは想像がつかなかった。
または、紅魔館当主レミリアの友人であり、紅魔館に住まう魔女パチュリー・ノーレッジ。彼女も『最強』の魔女と呼ぶにふさわしいだろう。幻想郷には他に数人魔女がいるが、魔女としての知識量、キャリア、力量でパチュリーの右に出るものは居ない。普段は図書館に引きこもっている本の虫だが、あのレミリアが友として認めるだけのことはある。
そして、レミリア・スカーレット。美鈴の主であり、最強の吸血鬼。普段は少し抜けたところもある彼女だが、スカーレット家当主としていつも家臣を思い、多くの者達を惹きつける確かなカリスマを持っている。
「こうして考えてみると、最強といっても様々なあり方があるんですね」
チルノが言わんとしていることがなんとなくわかってきた美鈴だったが、今度はじゃあ自分にとっての最強とはなんだろうかという疑問が生まれた。
先ほど言ったように、強い奴を倒すことだろうか。
確かに美鈴にも、そう信じ戦いに明け暮れた日々があった。
ひたすらに強い敵を求め、戦い、己を高める。しかし、その道の辿り着く先にあったのは、味気ないまっさらな荒野だった。
ああ、そうか。
「……チルノさん。チルノさんには大切な仲間はいますか?」
「また質問?」
「あはは、ごめんなさい。でも大事なことなんです。チルノさんには大事なお友達とかはいませんか?」
「もっちろんいるよ!大ちゃんとか、ルーミア、みすちー、リグルも!みんな大切な友達だよ!」
曇りのない、まっさらな笑顔で宣言する。
「それは、良い事ですね。じゃあ、その大切な友達を絶対大切にしてください」
「? そんなの当たり前じゃん」
「どんな敵が来ても大丈夫ですか?」
「だいじょーぶだね!」
「みんなで力を合わせられますか?」
「とーぜん!」
「なら、きっと大丈夫」
美鈴の最強。それは、紅魔館を守ることが出来る強さだった。
「生き物は、一人では最強になれないんです。仲間がいるから強くなれる。だからチルノさんも、絶対にその大切なお友達を守れるように、一緒にどんな困難でも乗り越えられるようになれば、きっと一人前の『サイキョー』ですよ」
「うんっ、分かった!!」
いつの日か、同じようなことを言われたことを思い出す。
(言われるまで気が付かなかった私に比べたら、チルノさんは随分と優秀ですね)
心のなかで苦笑する。
「私から言えることは、これくらいです。参考になりましたか?」
「うん!やっぱりめーりんに聞いてよかった! アタイのおとめのカンはやっぱり正しかったよーね!」
美鈴がいやいや、近かったからでしょうと突っ込もうとした時だった。
「あーっ!!美鈴とチルノちゃんだけずーるーいー!」
紅魔館の門から出て来て叫んだのは、日傘をさしてお出かけモードなフランドールだ。片手には大きなバスケットが握られている。
「おー!フランも遊ぶか?」
「おや、妹様そのバスケットは?」
「咲夜が美鈴に差し入れだって。お客様にもご一緒に、って誰だろうって思ったんだけど、チルノちゃんだったなら早く教えてよ~!」
「いや~、哲学を少々……」
「なにそれ?」
フランは小首を傾げるも、すぐに興味がなくなったのか「と に か く!」と場を仕切りなおす。
「チルノちゃん、この前はちょーっと油断して負けちゃったけど、今度は負けないんだから!」
「ふふん、受けて立つ!オウジャのアタイにかかってくるがよい!」
いまにも弾幕ごっこを開始しそうな勢いで火花をバチバチと散らすチルノとフランドール。
「えーっと、ここじゃなくて湖まで行きませんか?せっかく咲夜さんからの差し入れもあることですし、ピクニックと行きましょう!」
塀やら庭やらを壊されてはたまらないと提案した美鈴に、火花を散らしていた二人も一時休戦。事なきを得ためーりんであったが、この後がら空きの門から白黒魔法使いに侵入され、こっぴどくお叱りを受けるのはまた、別のお話