「衣玖、霊夢のところに行くわ。ついてきなさい」
ピリリと重い空気を感じる。少なくとも、これからお友達と遊ぼうなどといった空気ではない。
そもそも総領娘様と霊夢さんが『お友達』と呼べる関係かどうかは置いておくとして、この張り詰めた空気は霊夢さんのところへ行くことが原因ではなさそうだ。
おそらくは、というより、十中八九お父様……、総領長様となにかあったのでしょう。最近、よく口論しているところをお見かけしますし、今回もまた何か揉め事があったのだろうと思う。
「ったくあのクソオヤジ、茶会を断ったら文句言うくせに、出ても文句ばっかりじゃない!」
ほら、そうだ。どうやら、本日行われていたお偉い様方の茶会で何か粗相をしてしまったらしい。
こらえ性の無い総領娘様のことです。上品、華麗を体現したかのような長時間の茶会は耐えられなかったのでしょう。
「フン! どうせ私は出来損ないよ。もう二度と付き合ってやるもんですか!」
怒り心頭といった様子の総領娘様。今日も相当お叱られになったようですね。
でも、総領娘様。私は知っていますよ。
『あの異変』から、貴女が変わられたことを。
これまで外界の民と蔑んできた人間の方々と、積極的に会おうとしていることを。
これまでサボっていたお稽古を、きちんと受けるようになったことを。
話すことすら稀だったお父様のいいつけを、出来るだけ守ろうとしていることを。
私は知っています。貴女がどれだけ不器用で、さみしがりやで。そして、変わろうと努力しているかを。
『その先』はまだ見えてないのかもしれません。今はまだ真っ暗な中をもがいているだけかもしれません。
それでも。貴女は今長らく止まっていたその歩みを。一歩を踏みだそうとしている。
私にできることは、貴女のその少し後ろから、そっとその背中を押して差し上げることでしょう。
「総領娘様」
「……何よお。なんか文句あるわけ?」
「いえ。霊夢さんのところへ訪問なされるのでしたら、お茶菓子などを手土産にすると良いかと思いまして」
「茶菓子ぃ? なんだかそれ、媚びてるみたいじゃない?」
「いえいえ、総領娘様。『親しき仲にも礼儀あり』ですよ。手土産を持って訪れれば、霊夢さんとの仲も一層深まるというものです」
「親しき仲にも……? えへへ、そ、そうかしら? 仕方ないわねぇ、あの貧乏巫女のために何か持って行ってやるわ!」
総領娘様はなにせこんな性格だ。霊夢さんとも異変直後よりは打ち解けてはいるものの、まだ距離がある。
ですが、長らく一人だった総領娘様が、お友達を作ろうと努力しているのです。せめてその手助けくらいはするのがお目付け役たる私の責務ではないだろうか。
「茶菓子ねえ。屋敷に何かあったかしら? いや、ここは人間に合わせて里で買ったほうがいいかも……。でも安いものじゃなんだカッコ悪いし……」
お茶菓子一つ選ぶのに、この調子だ。一歩、歩みだしたとはいえ、まだしばらくは私も考えを巡らせなければならなそうだ。
お目付け役として、ずいぶん長い時間を総領娘様と過ごした。これまでもいたずらや奇行などで随分と頭を悩まされましたが、これから少しずつそういったことも減っていくのでしょう。
良いことです。これからは外に羽ばたいていくこの天使を、すこし後ろから見守ることとしましょう。
「あっ、衣玖!」
「? なんでしょう、総領娘様」
「ありがとっ!」
天使と言うにはあまりにも不器用に、にっ、っと笑いながら。
訂正。もう少しだけ、この御方の隣で、頭を悩まし続けよう。