串打ち研究会主将、甲山と遠月十傑評議会第九席、叡山の食戟。
甲山が勝てば串打ち研究会の解体が決定され、叡山が勝てば甲山の退学となってしまう真剣勝負であったはずだった。
だが、食戟は誰もが想定していなかった結末で、幕を終えた。
「食戟までがのっとられた!?」
「これじゃあ、もう誰も新体制に逆らえないじゃないか!」
叡山による審査員の買収。
もはや食戟は決戦の舞台ではなく叡山が支配する独壇場と化した。
一連の有様を、甲山が膝から崩れ落ちた姿を見たものは皆気勢をそがれ、最後の希望を打ち砕かれた絶望に浸る。
極星寮とて例外ではない。
ただ一人、今まで幾度もの食戟を勝ち抜いてきたソーマを除いては。
「……見せしめか。叡山先輩、ここまでやるのかよ」
「ソーマ君、どこに?」
苛立ちを感じさせる呟きを残し、立ち去ろうとするソーマに、田所が呼びかける。
扉に手をかけた場所で立ち止まると、ソーマは背を向けたまま彼女の問いに答えた。
「ちょっと考え事。食戟が駄目だとしても、それ以外に選択肢は今のところねーし。
……かといってこのまま叡山先輩に泣き寝入りするわけにはいかねーからさ」
そう言い残してソーマは自分の部屋へと戻っていった。
部屋に戻ったソーマは数分間何事かを考え始め、一つの結論に至るとスマホへと手を伸ばす。
登録されたある番号へと通話をかける。
しかし相手が出ることはなく、メッセージを残して相手からの返信を待った。
待つこと数時間。待ち望んだスマホの振動が鳴り響く。
「あ、もしもし? いやーすみません。忙しいのは百も承知なんですけどね?」
怒鳴り声にも聞こえる響きを耳にしてもソーマは普段の砕けた口調を崩さない。
いつもの口調で、ソーマは続けた。
「ちょっと聞きたいことがあったんですよ。――師匠、十傑って、どうやってなったんですか?」
彼の師匠――かつて第一席の座に君臨していた魔術師に、そう問いかけたのだ。
「その後の食戟の予定はどうなった?」
「甲山以降、申し込んでいたすべての団体がキャンセルを申請、受託されました」
「ふん。そりゃそうだ。あんな光景を見て挑んでくるよう場気概のあるやつ――いや無謀なやつなんているわけがねえ」
甲山を下した叡山は、己の策が順調に進んでいることを知り饒舌に笑う。
一人の生徒を卑劣な手段で退学に追い込んでも彼が暗く沈むことはない。それどころか次はどのような形で次の計画を進めようかと脳を働かせた。
「ご機嫌そうじゃん、えーざん」
「……竜胆先輩? 何か用かよ?」
「ん? 別にー。ただ、お前がまた悪巧みしてるって聞いたからさー」
その叡山に同じ十傑の一人、竜胆が軽い口調で歩み寄った。
彼より年が一つ上とはいえど今の彼を見て何の抵抗もなく近づけるのは彼女の性格ゆえだろう。
突然の来訪に特に驚くことがなくただ用件だけを問うと、再び叡山は笑い出した。
「ハッ。悪巧み? 馬鹿なことを言わないでくれよ。こんなの連中を黙らせるための掌握手段に過ぎない。
これでようやく目障りな連中が一斉に皆黙り込む。新学園長様への献身的な行動だぜ」
忠誠心などかけらもないというのに、ただ自身の栄進のために行動しているというのに。
本心を見せずに語る彼を、竜胆は覚めた目で見据えた。
「……ふーん。で? お前はこっからも何かたくらむわけ?」
「ここからは、そうだな。学園長の理念に基づき、その布教作業、といったところか? ま、また忙しくなることは間違いなさそうだ」
竜胆の心境には気づかぬまま叡山は続ける。
叡山は新理事長の下でさらなるプロデュース業の発展を図っている。そのために相互協力関係を築いた。
反対勢力を黙らせた今、邪魔するものは存在しない。
早くも先の成功を夢見て叡山の口元がゆがむ。
「……ふーん」
先ほどと似たような口調で、冷めた瞳で竜胆は叡山を射抜いた。
「さて、どうすっかなー」
一方、その頃ソーマは一人ベッドに寝転がりながら物思いにふけていた。
(あくまで『こちらが受ければ』の話だ)
「叡山先輩が言うとおり、向こうの承諾がない限り、成立はない」
以前の叡山の発言を思い返し、解決策を探っている。
突破口は見出した。だがこれは敵がこちらに乗じなければ何の意味もなさない。
ゆえにどうやって敵を勝負の場に引きずり込めるのか。
考え続けるも上手い案は出てこなかった。
「ソーマ君、今いいかい?」
「へ? 一色先輩? どうぞ」
その折、極星寮の先輩である一色の声が扉越しに届いた。
承諾を得ると一色は珍しくスーツ姿で姿を現した。
普段はラフな格好で寮内を出歩いているはずなのに。そうソーマが考えていると、内容を悟ったのか一色がクスリと笑みを浮かべる。
「こんな時間にすまない。でも、早いうちに君に会わせておきたい人達がいてね」
「会わせておきたい人達っすか?」
「うん。……叡山君に対抗するつもりだろう?」
「ッ!?」
思考を読まれ、表情が固まるソーマを見て一色の笑みがさらに深くなった。
「きっと、その役に立つはずさ」
そう言ってソーマは道を空けるように部屋に入り、後ろの人物達へ手を向けた。
促されて二人の人物がソーマの元を訪れる。
「……あんた達は」
見えたのはソーマも見知った顔であった。
そして翌日。
遠月学園の廊下で、ソーマは叡山と向き合っていた。
「何の用だよ? 食戟でも申し込みにきたか? あの映像を見てくるとは思ってなかったぞ」
「いや、そのつもりはねーっす。ただ、一つ聞きにきただけなんで」
闘志の炎は胸のうちに隠し、ソーマはあくまでも穏やかに続けた。
「叡山先輩、十傑ってどうやって決めるんですか?」
「あ?」
思いもしなかった問いかけに叡山は戸惑った。
一体何を考えての質問なのか、顔色一つ変わらぬ相手の表情からは読み取れない。
幾分か疑問を抱きながら、事務的に淡々と叡山は答えを口にする。
「……食戟による直接対決を除けば簡潔に言えば世代交代のときだ。何らかの事情で空席ができたとき、代表交代による方針の変更などの際、歴代の十傑選定の元、新十傑が決定する」
叡山の言葉に満足したのか、ソーマの表情に笑みが浮かんだ。
何だ、と叡山が違和感を覚えたのと同時に、ソーマの口が開く。
「そっすか。じゃあ問題ないっすね」
懐から一通の手紙のようなものを取り出し、叡山へと差し出す。
(……なんだ?)
正体が分からぬ未知のものに対する恐れをわずかに覚えながら叡山は渡されたそれを読み始めた。
「なっ――!?」
そして、それは真に叡山の余裕を崩させるものだった。
目を見開く叡山に対し、ソーマは淡々と己の意志を言葉にしてぶつけていく。
「『新学園長の就任による新十傑選定の決議を行う』。叡山先輩、あんたら十傑の座、賭けさせてもらいます」
火花を切り、宣戦布告を告げたソーマを後押しするように3人の男女が彼の後方から現れた。
一色、そして竜胆、5席の綜明であった。
信じられない、と目を疑う叡山は手紙の先に記されている、この提案を承諾した6人の代表の名前を目にしてさらに焦りを浮かべた。
小林竜胆、女木島冬輔、斎藤綜明、一色慧、久我照紀、薙切えりな。
2、3、5、7、8、10と10席に数えられた生徒たちのうち6人の名前があった。
「十傑の座を失えば、あんたでも食戟のルールに下手に手出しはできなくなる。……潰させてもらうっすよ」
語気を強めてソーマは言った。
これはあの日を髣髴させるかのような改変であった。
だがいまだに理解できない叡山はソーマではなく彼の後方にいる者たちに問いかける。
「竜胆先輩! あんた正気か!? ようやく新体制がなったというのに、今そんな馬鹿に組するだと!?」
「……そんなの関係ないよ。だってこいつの思惑の方が私……ドキドキするもん」
ポンポンとソーマの頭を叩いて竜胆は妖艶な笑みを浮かべた。
美しく、どこか無邪気な笑みを説得することはできない。理屈が通じない。
そう叡山が判断するのは当然のことであった。
「俺は、旧体制では多くの生徒の才能が失われてしまうと、そう考えたから新学園長の提案に乗った」
気勢をそがれた叡山に対し、綜明が一歩前に出て告げる。
「だが叡山。お前は、最悪な手段で生徒の志を踏みにじった。――お前はやりすぎた。これが現十傑の姿だというのならばいっそ0に戻してしまったほうがよい」
閉じられた瞳が見開く。
まっすぐな信念が込められた重い言葉を前に、叡山は何も反論ができない。
歯軋りをしながら、ならばと残りの一色に呼びかける。
「正気かよ。下手すればお前も十傑の座を失うことになるんだぜ?」
「負けるだなんて思ってないよ。僕には自信があるからね」
一色の余裕の笑みが崩れることはない。
すでに叡山は出遅れてしまったのだ。もはや彼らの思惑を止めることはできない。
ならば、他の賛同した10席に呼びかけるしか――
「ああそうだ。先に言っとくけど、他のメンバーもやる気だよ? 女木島先輩はもちろん、久我君も一席に挑もうと燃えていたし、薙切君も事情的に十傑内に味方が欲しいようだったからね」
しかしその逃げ道も一色に先回りされて封じられる。
十傑の過半数が賛同した以上、この意見は覆せない。
思いもよらぬ状況に立たされ、叡山の表情が完全に崩れた。
「……手前ら!」
「覚悟しろ。十傑の座だけじゃねえ。極星寮もあんたにはわたさねえ!」
今、ソーマ達の反撃が始まろうとしていた。