千雨降り千草萌ゆる   作:感満

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よく見たら小説番号666だった。
そ、そんな悪魔のような小説じゃな(ry


10話

 目が覚めると、懐かしい天井が映しだされた。泣き疲れて眠った後に見る天井だ。つまり、ここは本山の離れかと千雨は結論付けた。身に着けていた腕時計で時間を確認すると、5時を回ったところだった。

 

「あー、長瀬ほったらかしだ」

 

 皺くちゃになった制服を脱いで、そばに置いてあった和服を着る。薄紫の紫陽花を基調にしたものだった。微妙に薄い色彩に目を細めたが、それしか近くにないのだから仕方がない。手を制服の内ポケットに入れてあった櫛で梳いて眼鏡をかける。

 障子に手を伸ばし、そっと開ける。夜空に月が浮かび、微かに雲がそれを隠していた。

 あたりに人影はなく、遮音の結界が張られているため、外部から漏れ着超える音もなかった。

 連絡のために携帯電話を取り出したが、少し考えてやめた。

歩いて距離のある場所でもないため、余計な手間を増やすのもどうかと考えたのだ。

 ゆっくりと歩いて、呪術協会の皆がいるであろう場所へと向かう。

 

「あ、起きたのかい?」

「フェイトか。お前がここにいるってことは、まだ鬼神の封印は解いてないんだな?」

「先に西のごたごたをどうにかしないとね。僕としては早くしてほしいんだけど」

「木乃香の魔力を使うんだからある程度纏めないとまずいからなぁ」

 

 目の前にいるフェイトの目的を、千雨は知っていた。

先の大戦の黒幕組織だということも。

しかし、それを知ったからと言って何もしようとは考えなかった。せいぜいが西に迷惑をかけるなと言うに留まった。

 その時のフェイトは多少驚いた表情を浮かべ、千雨に聞いた。「なぜ世界の敵だと言われている自分に対してそんな対応ができるのか」と。

千雨が体質によって、フェイトの認識阻害を見破った際、フェイトは千草もろとも千雨を始末しようとしていた。

千草は壁に吹き飛ばされ、千雨は押さえつけられていた。

 そんな状況の中で紡がれた言葉に、フェイトは掴んでいた手を離していたのだ。

 

「残念だったね。君の体質がなかったら、もう少しうまく生きて行けたのに」

「まったくだ。最初から最後まで魔法使いに遊ばれただけの人生だったぜ」

 

 千雨の言葉に反応したフェイトは、千雨に聞いた。千雨のこれまでの境遇を。

 孤児を連れているフェイトは、自分の手で千雨を処分することはできなかった。メガロセンブリアに滅ぼされた一族の子と、麻帆良で一人ぼっちだった千雨を重ね合わせた。

 そして、フェイトは自分たちとともに来るかと尋ねた。千草と千雨に一人ぼっちになってしまった者たちに手を伸ばした。

 それに対して、千雨はめんどくさそうに頭を掻いて答えた。その時の言葉は、フェイトにとっても、もしかしたらほかの魔法使い全員にとっても信じられないことだった。

 

「これ以上私たちを巻き込むな。魔法使いの事情をこっちに持ってきてんじゃねぇよ。勝手に滅んで消えてくれ」

 

 千雨にとって大事なのは自分と自分の周りなのだ。フェイトがどこで何をしようが関係がなかった。ただそれだけのこと。

知らないところで違う世界を滅ぼす悪の秘密結社より、近くで周りを操っている正義の味方のほうが千雨にとって有害な存在だったのだ。 

だからと言って自ら鉄槌を下そうとは考えなかった。魔法世界の人間は両極端だ。

正義を信じて邁進するか、恨みに囚われて身を滅ぼすか。少なくとも、フェイトの周りにはそういった環境しか生まれていなかった。

 その言葉を聞いて驚いた時点で、フェイトも魔法使いに毒されていたのだ。

 しかし、千雨が断った理由はそれだけではないだろう。それは千草も同じだ。なぜなら、彼女らはもう一人ぼっちじゃなかったのだから。

 

 そして、その後に話を聞く限り、西としてはフェイト達を支援した方がいいのではないのかという話が上がってきた。

フェイトから状況を聞くに、このまま行っても魔法世界の崩壊は目に見えており、対応できる場所も人員もない上に、このままフェイトが何もしなかった場合、5000万人近い人間が、しかも、多数の仲間や友人を見捨ててきた人間が移民してくるのだ。

信用ができる人間がどれくらいいるのか。そして、問題はやはり常識になるだろう。

 いまどき奴隷制度を使っている人間がどんな行動をとるのか。しかも魔法という手段で、手に銃を持つのと変わらない武器を持っているのだ。そうでなくても相手はこちらを旧世界と呼んでいるのだ。

その呼び名で友好的とは言えないだろう。そんな人間が5000万人、いきなり世界に現れる。

そんなことが起きたらどうなるか。千草は信用できる上層部の人間にわたりをつけてその話を流した。

 実際に魔法世界が滅んだら、まるで麻帆良が広がるように、いや、さらに酷いのだろう。非常識で育った人間が押し寄せてくる。そんな社会の人間をどこが受け入れるのか。そう問われ、真っ先に思い浮かぶのはやはり麻帆良だろう。そこまで話がいった時、ぼそりと誰かが呟いた。

 

そのために、そのための麻帆良なのではないか。

 

魔法世界の人間が住む町作りのために麻帆良があるのではないかと。そのための犠牲者たちが麻帆良の人たちなのではと。今は試験段階で、その時が来ればあの町は魔法使いの国になるのではと。

 日本に、魔法使いの世界ができる。その脅威を感じた瞬間だった。魔法使いの作った魔法使いのための魔法使いの街。どんなに外からの侵入を阻害しても、世界樹から繋がる魔法世界へのゲートを開かれてしまってはどうしようもない。

そして簡単に人を殺せる手段と軍隊を持っている。

 先の戦争が無意味なものでなく、無駄死にではなく、自身が守ろうとした物を壊していたということを、改めて術者たちは知ったのだ。

 

「千雨?」

「ん? なんだ?」

「少し呆けていたようだけれど?」

 

 気が付いたらフェイトが千雨の目の前まで来ていた。

 

「いや、本当に踊らされてたんだなって思ってよ」

「そうだね。でも、今度はあっちが勝手に踊ってくれるよ」

「ん? どういうことだ?」

 

 フェイトからの情報によると、既にメガロセンブリアはネギが拘束されたのを知ったらしい。

関東からの連絡というよりか、ウェールズ繋がりだろう。そして呪術協会に向けて『ネギ・スプリングフィールドを解放しろ』という通達書を送ったというのだ。

いままでの関西の様子を見る限り、それは受理されて実行されるだろう。

しかし、今回は違う。違うからこそネギが捕らえられる結果になったのだ。

それを理解していない元老院は格下に命令するかのように使者を出したのだという。

 

「馬鹿だな、そいつら」

「自分が一番上だと思っている人は、何でもうまくいってるかのように錯覚するのさ。だからナギ・スプリングフィールドも今は表舞台にいない」

「まぁ、明日は我が身だからこれ以上は言わねえが、欲張りすぎはいけねえな」

 

 二人で大広間へと足を進める。その先に呪術協会の構成員が集められるだけ集められているはずなのだ。

 

「おぉ、千雨嬢ちゃんか」

「球磨川の爺さんか、中はどうなった?」

「お前さんが何時間寝てたと思うとる、既に終わったわ。関東との融和なんぞ認めんわ」

 

 千雨の目の前にいる老人は、関西でも上の方の人間であり、同時に大戦に連れ出されて骸となった者の親でもあった。

 

「長は結局どうなったんだ?」

「最後までネギとかいう小僧をかばっとったわ。こっちが笑ってしまうくらいの」

 

 カッカと口を大にして笑い出す球磨川老。ひとしきり笑い終えると、底冷えのするような目を千雨に見せた。その奥にはひどい憎悪の感情が見て取れた。

 

「あやつは最後まで自分と周りのことしか考えんかった。儂達がなぜ西洋魔術師を嫌い、憎んでいるかも理解しようとせずにの……自分の罪を理解させてやれんかったのが唯一口惜しいわい」

「……悪かったな、一応私も西洋魔術を使えるから魔法使いに入ってんだけどよ」

 

 静まる空気の中、勤めて明るそうに、しかし皮肉のこもった声で千雨が声をかけた。隣ではフェイトも微妙に笑っている。

 

「嬢ちゃん、分かってて言うもんではないぞ。お主は儂達が憎んでいる者も理由もわかっとるんじゃから。

それに、お主が魔法を使おうと呪術を使おうと恨む者もおらん。派閥争いも巻き込まれんように中立になっているままならの。自分の益になっても害にはならん者に儂等は危害を加えんよ。お主が元からの術者の家系ならまた違ったがのぅ」

 

 そう言って球磨川老は歩き去って行った。関西の人間の言う魔法使いとは連合の人間と関東の魔法使い。つまりは戦争に巻き込んだ人間たちだ。

去っていく姿を見送りながら隣を見る。フェイトの表情がわずかながら暗くなっていた。

 

「別にお前のことを責めてたわけじゃないだろ?」

「しかし、僕たちが戦争を起こしているのは事実だ。それを受け入れなければならない。それは、慣れていいものじゃないよ。やめるつもりも毛頭ないけど」

 

 フェイトは千雨に表情を見せないように前に進んでいった。

千雨やフェイトの従者など、親しいものは、ゲームで言うワンフレームの動きを察知してフェイトの心情を読み取ってしまうため、フェイトは千雨に対し、あまり表情を見せないようにしていた。

 千雨は黙ってそれを追う。一応、魔法世界に対しては悪の秘密結社扱いのため、公式に助力はできないが、それでも今回のことで少しは楽になってくれればと考えた。

 この後行う鬼神の復活、そして木乃香の魔力での制御。鬼神の能力と性質を見ることを目的としていたフェイトには、これからが一番の気合のいれどころだろう。もう一つの目的である関西呪術協会の弱体化は、私たちが関東と関わらない体制づくりをしたために既に達しているのだから。

 大広間の前についた。入口の前には10名ほどの術者が周囲を警戒しており、私たちに気が付くと、そのうちの4名が近寄ってきた。

 

「今入れるか?」

「現在、これからの指針や方向性を決めているところです。入れると言えば入れますが……」

 

 術者は千雨とフェイトを交互に見る。今ここに入るということは、関西に根深く居座るということにもなるということだろう。それを二人はどうするのかと言いたいのだ。

 

「そうか、じゃあ私が必要になったら呼んでくれ。必要だろう? あいつらの処遇決める時に」

「はい。それと、千草様から言伝がございます」

「姉さんから? 言ってくれ」

「はい。『忍者の嬢ちゃんにはすべて話して、離れで何人かと一緒にいさせてるから安心しい。後、麻帆良の生徒への説明の時には同室を許すが、それ以外での接触は禁止らしいから近づかんとき』だそうです」

 

 一字一句間違えずに伝えるようにとでも言われたのだろう。千草の言葉を真似るように千雨に向かって伝言を伝える。

 

「ありがとう、それじゃあ私は離れに戻るわ」

「わかりました。処遇を決めるのは明日の会合以降となる予定です。麻帆良の人間に対する言伝や手紙は、内容を改めさせていただければ渡せますので、御用がありましたらお声掛けください」

 

 千雨は踵を返して、元来た道を戻っていく。もう一緒にいても進展はないと悟ったのか、そこには既にフェイトの姿はなかった。

 千雨は戻りながら考える。明日のことを。

 明日はネカネ・スプリングフィールドがくる。フェイトの話ではもう一人、メガロセンブリアの人間も来るだろう。そしてもう一人……

 千雨の手には手紙があり、明日の来訪を伝えた手紙がある。

 大戦に参加し、それでいて中立の人間。

 そして、フェイト達から知った情報をカードに交渉できる相手。

 紅き翼のネームバリューに左右されずに真実を受け入れる可能性のある相手。

 それでいて、連合に見捨てられることが決まっている相手。

 

「しかし、まさか総長(グランドマスター)自らが来るとはなぁ」

 

 千雨はアリアドネーから来た手紙をしまうと、そっとため息をついた。

 


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