千雨降り千草萌ゆる   作:感満

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12話

「セラス総長、それはどういうことやろか」

 

 千草が確認を取る。セラス総長はメガロメセンブリアにではなく、アリアドネーにネギの身柄を移せと言いたいのだろう。

 

「この調書を見る限り、ネギ君は自分がしていることに対し、何がいけなかったのかを理解していない。理解できていないように感じます」

 

 そして彼女は気づいていなかった。千草達にとって、アリアドネーであっても連合であっても代わりはないということを。魔法世界に在るということだけでそれを認めることができない理由のあることを。

 

「それで?」

「アリアドネーの魔法学園でもう一度、何がやっていいことで、何がしてはいけないことかを教えることができれば、このような事態は起きないのではないでしょうか」

「そうなんか? 死んだおとんやおかん達が必死に戦って死んでいった中、英雄様にサインもらっとったって聞いたけど、どうなんどす?」

 

 今会合している相手の名前を聞いた中に、驚きの声を上げる人がいた。あんなのが責任者になれるはずがないと。

無理やり駆り出された大戦の最終決戦。自分たちが死地に向かおうとしているときにサインを持って遊んでいる騎士がいたのだ。

 

 ふざけるなと叫びたくなった。

 戦闘も裏方もやらされて死人が出ている他国の戦争。無理やりそれに付き合わされた人間にとってそれは許されない発言だった。

 

 セラス総長は顔を赤くして顔を下げる。

 

「む、昔のことです」

「はずかしがっているとこ悪いけどな、これを目の前にして言ってくれ」

 

 千雨が年季の入った本を一冊置く。

 

「大戦時に殺された人間の名前の書かれた本だ。あんたらが最後だけお遊び気分で出てきた戦争の被害者たちだ」

「うちの両親も聞きたいみたいや」

 

 ゆっくりと、大切に位牌を取り出す千草。

 

「もう一度聞くぜ、アンタのところでなんだって?」

 

 セラスは言葉に詰まる。

自分の行動の、若気の至りに対しての能力を問う、心構えを問うものだと思っていたからだ。

 

「今、この人たちの目の前で言えたら、今度はクラスの皆の前で言ってもらうぜ。あなた達を食い物にしていたネギ先生を立派に育てて見せますってな」

「その言い方は、無いのではないですか? 私の大戦時の行動は褒められるものではありませんが、アリアドネーの教育はしっかりとしています。それにこんなことがあったのですから次は無いように尽力させていただきます」

 

 セラスの答え。それは千雨も千草も望むものではなかった。

ネカネもドネットも視線を二人に向け、判断を待っている。判断を待っているのだ。なにもわかっていなかった。

 千雨は、3人の行動と発言に対し、もうお手上げというようにため息をついた。

 

「駄目だな」

「なぜです!? 信用がないというのですか! 私たちはネギ君を、ネギ・スプリングフィールドを――」

「そういう問題じゃねえんだよ!」

 

 千雨は声を荒げる。立ち上がりそうになった、実際膝立ちになったセラスも千雨の言葉に固まった。

 

「違うだろ! なんでお前等はネギ先生のことしか気にしないんだ! 被害者のことを考えずに、あいつのことだけ話をつけようとする人間を信用できるはずがないだろう!」

 

 大戦のときから変わっていない。一度も心から謝られたことはない。

 彼女等の基準は大衆ではなく、英雄を求める。自分たちが守るべきものを見ずに、英雄を一番に考えている。自分の都合を考えて、下の人間を見ようとしていなかった。

 

「死んだ人間にも、巻き込まれた人間にも何にも思わない奴をどう信用しろというんどす? ウチらはネギ・スプリングフィールドを英雄にしたいわけやあらへん。

この事件の落とし前つけてもらおうかと言ったのに、なんで加害者を渡す渡さないの話が一番最初に来とるんどすか?」

 

 3人の顔は、こいつらは何を言っているんだという顔をしていた。

 

「普通なら、被害を確認して、処理を終えてその結果を見て、その中でネギ・スプリングフィールドに対する罪の洗い出しでしょう。

先ほどの資料はそういった意味も込めて出したのです。なのになぜ、ネギ・スプリングフィールドの今後の話になるのですか?」

「しかし、これは大事なのです。サウザントマスターの息子の不祥事というものは魔法世界に」

「ここは日本です。魔法世界ではおまへん」

 

 ドネットの発言を、千草が言葉を乗せて否定する。

 

「魔法世界の英雄とか、その息子とかで日本をないがしろにはさせへんよ。ネギ・スプリングフィールドのクラスの生徒たちは、いろいろとおかしいものが出てきましたからな」

 

 個性的な者、特殊なスキルを有する者、元から力を持っている者。どれをとっても当たりくじだというように配置された少女。

 

「ネギ先生に好意的になるように仕向けられてるからな。あの敵意を持たないようにする結界は。んで魔法を暴発させた少年を助けるために足を踏み込むか? そうだな、まるで自分が足を突っ込んだように見えるな」

 

 調書をめくってとある一ページを指す。

 

「初日、魔法が神楽坂明日菜にばれた時、ネギ先生は大量の本を抱えた宮崎を助けるために魔法を使った」

 

 その時の様子は知っている。符による監視も、記憶による再現でも。

 

「その時、なぜ宮崎は階段から落ちたのか。横幅10メートルを超える階段、なぜか周りの皆が用事で、一人で持っていく羽目になった大量の本。本来なら階段の真ん中を誰しもが通る。怖がりの宮崎なら尚更だ」

 

 そう、その時点でおかしいと千雨は考えた。

簡単なのだ。ちょっと端を通ろうと思わせるくらい。本来腕力のない怖がりの人間が大量の本を持つくらいに。成績優秀な人間が回数を分けたり、台車を使わずに崩れると分かって本を山積みにして外を出歩かせるくらい。

 

「そしてその場にたまたまいたネギ先生。たまたま見ていた神楽坂。おかしいよな」

 

 更に千雨は神楽坂が高畑によって連れてこられていた点と、木乃香の同室者だという点も指摘する。さらに、その後の歓迎会に欠席者は出ておらず、予定があると言っていた人間は皆その準備をしていたということを自分の目で見ている。

綾瀬などが大量の本を宮崎に持たせていかせるなど決してしないことを。

 

「そして、すぐにその場に高畑先生が来て、その後の歓迎会でも読心の魔法を使っているのを見ている。神楽坂にその内容を伝えているのを見ているのになにもしない。本来なら、止めるはずだろう? 一般人に魔法がばれたんだから」

 

 お前等は、一般人を巻き添えにして英雄を作るのか?

 英雄を作るためなら、他の犠牲は無視するのか?

 そう千雨は問うた。

 

「ネギ・スプリングフィールドの処遇は今ここでは決めない。いいでしょうな」

 

 千草の問いに、3人は頷かざるをえなかった。

 それでもなお、彼女達は納得をしていない。彼女達の価値観もまた、既に植えつけられている常識のものなのだから。

 

 

 

 そして、別室では違う人物が、大戦のしがらみから逃れられずにいた。

 

「あなた……誰?」

 

 何もない空間に、二人はいた。まるで姉妹のように似た顔と髪型。いや、姉妹というよりかは――

 

「昔の、私?」

 

 神楽坂明日菜の夢の中。

術者によって解かれた封印は夢の中で二人の少女を生み出した。

 封印された過去のアスナ、アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアと、その後生きた少女、神楽坂明日菜。

 

「あなたは私?」

「私は神楽坂明日菜。あなたは?」

「私はアスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア」

 

 向き合う少女が確認の意を込めて問う。あなたは誰だと。お互い名乗った名は違うが、本質は同じ、同じ人間だと確信していた。

 

「ここはどこ? なんであなたがいるの?」

「ここはあなたの頭の中。封印されていた私が起こされた、なぜかはわからないけれど」

 

 両手を広げて明日菜に向けるアスナ。

 

「あなたは隠した過去を広げて、また争いに巻き込まれるの?」

「またって何よ!」

 

 明日菜は凄い剣幕でアスナに向かう。彼女は確かにいくつかの修羅場をくぐり抜けてきた。少し前まで一般人であった彼女にとってはここ数ヶ月の騒動は刺激的であったし、とんでもないことの連続だった。

しかし、それは過去と呼ばれるものではない。ならば、アスナの指している事はそれらの騒動ではないことになる。

 

 そんな明日菜の様子に、アスナは不思議そうに首をかしげる。

 

「あなたが私を呼んだのは、私が必要だからでしょう? ナギはいないの?」

「えっ?」

 

 いきなり聞かれたことに、明日菜は答えることができない。

 ネギの父親である彼の名をいきなり呼ばれたからだ。明日菜には少しの関わりのない人物を。

 

「アルは? ガトウ……」

 

 アルの名を呼び、ガトウのことを聞こうとして、言葉を詰まらせる。

 

「どうしたの?」

 

 顔を伏せたアスナを心配し、近寄る明日菜。

 

「ガトウはいない。私を封印するのように言ったのはガトウだから。けど、それじゃあタカミチはどうしたの?」

「……高畑先生」

 

 聞きたかったようで、聞きたくなかった名前。千雨から聞かされた真実が頭によみがえる。

 

「私が呼ばれたということは、タカミチは死んだの? タカミチが私を呼ぶはずないもの、私は呼ばれたらいけないのだから」

「それって、どういう意味よ」

 

 アスナはその問いには答えずに、手を上に掲げる。ちょうど明日菜の胸の前に。

 

「知りたいのなら、手を合わせて明日菜。けど、思い出したら戻れない。次はきっと、あなたも消える……ううん、あなたはもう消える。生まれるのは私とあなた。二人で一人のアスナ」

「あなたと、私で、一人のアスナ?」

「そう、混ざったら、もう戻れない。決めて明日菜、後戻りは出来ないわ」

 

 目の前で広げられるアスナの手を見つめる明日菜。今までの生活、ネギが来てからの波乱万丈な日々。千雨に言われた真実。

 

「……わかったわ。私は高畑先生を信じる」

 

 決意を決めた明日菜は、アスナと手を合わせた。二人の間に光が走り、混ざりあう。次の瞬間には、明日菜一人しかいなかった。

 何もない空間に、ぽつんと一人。

 記憶の処理が終わらないのか、ただ立ち尽くすだけで動かない。

 

「高畑先せ……タカミチ」

 

 つぶやかれる言葉。彼女の頬には一滴のなにか。

 

「タカミチは、私をどうしたかったの? ガトウさんの言葉も、ナギの行動とも違う」

 

 自由に生きれず、平穏からも追い出された明日菜。

 ただ、好きに生きることを求められた。ガトウにも、ナギにも言われたことは忘れていない。自由に生きる事。そして、自分の判断で生きる事。誰にも縛られないこと。

 

「ネギのパートナー? ネギに何をさせたいの? わからないよ、タカミチ」

 

 ナギと一緒にいたからわかる。ナギとネギの違い。ナギは我儘による独善。それがたまたま英雄へとなる道になった。

 しかし、ネギの今の形は違う。ナギが一番嫌うものだろう。作られた英雄。自由奔放に生きられない、生きた人形。昔の自分と同じ、使われるだけのお人形。

メガロメセンブリアに靡かなかったように、誰にも靡かず、自分を貫く。仲間を作って楽しく過ごす。それがナギだ。そして、ガトウもナギも、自分にも自由に生きろと言ってくれた。

それなのに、近くにいたタカミチはそれを少しも分かろうとしていなかった。

彼もまた、ただただ英雄という名前に惹かれていたのか。

彼の生き方は彼等とは違う。彼等の一部、都合のいい理想の英雄像を具現化しただけのほんのひと握りのところしか見ていない。

本質ではなく、上っ面だけしか見ていない。

 

「結局、逃げられないのね私は。いくら逃げても捕らえられる」

 

 タカミチも、結局は私を駒としか見ていない。

 彼の理想を実現させるための道具でしかいなかった。

 

「もう信じられない、信じられないよ」

 

 その場で蹲る明日菜。すべてを思い出した少女は、信じていた人に裏切られていた真実に折れ、深い闇へと落ちて行った。

 


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