千雨降り千草萌ゆる   作:感満

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16話

 千雨の視線を受けてセラスが一歩前に出る。

 

「あなた方の意見を聞く前は、大丈夫と自信を持って答えられたでしょうね。しかし、今はと問われればこう答えます。魔法使いとしての本分を全うすることはできるでしょう。しかし、魔法都市の機能を維持しながら、麻帆良を学園都市にすることは不可能です」

 

 千雨は目を細めた。そして何も言わない。スッと千草の方を見る。

 

「アリアドネーの方はわかりました。では、ドネットはん。メルディアナの方はどうでっか?」

 

 次はドネットに視線が向かう。

 

「私たちメルディアナの決定は、戻って指示を仰がねばなりませんが、一般人との交流を持っていなかったわけではありません。なので、別々に暮らしながら麻帆良の地を守るということならば可能かと判断します。しかし、私たちはウェールズの魔法協会です。指示があれば日本に来ることはあるでしょうが、基本的には日本魔法協会が統治するのが筋でしょう」

「だけど、その結果がこれや。それについては?」

「私の意見は変わりません。魔法協会についてはこのまま存続することを支持します。しかしながら、現在魔法協会に所属する人間が適任かどうかについては再考する必要があると考えます」

 

 ドネットはそう答えると、もうすべて答えたという風にセラスの隣に座る。千草と千雨はそれを見てお互いに視線を交差した。

 

「あなた方の意見はわかりました。セラス総長はともかく、ドネットはんは一番偉いわけでもあらしまへんから、確認が必要でしょう。別室を用意いたします。ネカネはんと瀬流彦はんもそちらへ」

 

 千草が立ち上がり、別室への移動を促す。

 

「龍宮と春日はどうする?」

 

 今まで横で傍観――片方は余計な被害を被らないように必死にそっぽを向いていた――に尋ねる。明確な裏の人間が移動する今、彼女らはどちらにもいることができる。

 

「私は移動しないっすよ!? 千雨ならわかるでしょう!? 何考えてるんすか!」

「いや、シスターシャークティー怖さに移動することもあり得るかなと思ってよ」

「うっ……私は今緊張してそんな判断も下せなかったということで」

「しかし、この話は録音されている」

「ギャー! 消すっすよー! 今すぐ消すっす!」

「証拠になるようなもんに音声加工できるわけねえだろ。諦めろ」

 

 完全に崩れ去る春日。その隣で龍宮は動こうとしなかった。

 

「龍宮は?」

「興味ないね。それよりむしろ、なんで私がここにいるのかを知りたいのだが」

「しょうがねぇだろ。ここにいることで清廉潔白になるんだ。我慢しろよ傭兵さん」

 

 そう言いながら、懐から札を取り出す。

 

「ほれ、迷惑料500万円分。あとは、夕飯の後に老舗の餡蜜取り寄せてやるよ。政府高官との会合とかでも出されたことあるやつ。何杯欲しい?」

「とりあえず5杯は最低。何か協力することがあったら言ってくれ。誠心誠意対応しよう」

 

 札を受け取りポケットに大事にしまいこむ龍宮。一瞬胸に入れようとしたのを、周りの視線、特に綾瀬が凝視していたのでやめたのだ。

 

「じゃあ後で頼むかもな。と言っても書類の保存か虚偽の有無を証言するくらいだがな。無理にクラスメイトを落としいれる必要はないぞ。そういうのは私がやるから」

「ちょっと待ってください。千雨さんの言葉に嘘があるようには思いませんが、なぜそのようにことを進めるのですか? なぜ千雨さんはそこまでするのです。恨まれると分かっていて」

 

 あやかが千雨に解いた。それに対して千雨は重い腰を上げた。出入口まで歩いて行き、結界符を張る。

 

「別に、もうアンタらと会うことはなくなるだろうから恨まれても関係ないだけだ」

「それは嘘です。それならば、一方的に物事を進めてしまえばいいだけです。その、魔法使いの方々との話だけで済んだはずです」

 

 綾瀬が反論する。確かに、すべて無視してことを進めることもできたはずだ。しかし、

 

「それをやったら魔法使いと同じになる。それだけは嫌だった。他の麻帆良の人間何千人はそうなってしまうが、自分の手の届く範囲は恨まれても関係ない。自己満足でもいいから教えたかった」

 

 そういって符を取り出した。

 

「夢見の符を改良したものだ。術者が望んだ記憶を見せることができる。これのほかに無理やり記憶を見るものもあるがな」

 

 魔法使いで言う読心の魔法だ、と答えてそれを人数分配った。

 

「見たい奴だけ見ればいい。ただの不幸自慢だからな。これが私がここにいる理由だ。宮崎は見ないほうがいいかもしれない。ネギ先生のことが好きなんだろ? ネギ先生は関係ないが、魔法世界と魔法使いに今以上に偏見を持つかもしれないからな。私は特殊な例だから」

 

 それに対して宮崎は静かにゆっくり首を横に振った。千雨は符を持った人間に対し、自分の持つ符で記憶を送った。

 そこに映し出されるのは千草に会う前の千雨の記憶。自分だけが非常識になれずに悩む日々。間違っていない自分がはじかれる様子が映し出された。千雨が常識を訴えれば訴えるほど、いかに麻帆良が非常識かが解る。

小学生の記憶だが、小学生だったがゆえに直接的な言葉が放たれる。それに傷つき変わっていく千雨。それが余計麻帆良と一般の違いを際立たせて彼女らに見せた。記憶を見せていた時間は1、2分ほどだが、経験した時間は3時間以上にもなった。

 部分的ではあるが、記憶を見終えた彼女らの反応はなかった。反応できなかった。

 誰も言葉を漏らすことはできない。千雨にかける言葉が見つからなかったのだ。

 何分が経っただろう、何十分が経っただろう。沈黙に耐えかねた千雨が腰をあげながら声をかける。

 

「さて、もうそろそろ夕食の時間だ。眠っている他の連中には悪いが、今日くらいはうまいもん食わせてやるよ」

「待ってください」

 

 千雨が退室しようとするのを綾瀬が止めた。

 千雨は綾瀬の方を振り向くが、彼女は俯いており、表情は窺い知れない。

 龍宮と長瀬は顔をあげていたが、他の面々もまた、千雨から顔は見えなかった。

 

「どうした?」

「長谷川さんは、このような経験をされていて、なぜ麻帆良にいるのですか? それこそ、麻帆良から離れればよかったのでは?」

「ん、私が一人ならそうしたさ」

 

 一息ついて千雨がつなげる。

 

「けどさ、両親がいるんだ、早々転校なんてできないさ。その上うちの両親は麻帆良に染まってたからな。常識がないんだ。一緒に余所に移ったら、それこそ破滅さ」

「しかし、それほどまでに非常識なら、私たちは麻帆良に完全に隔離されているはずです」

「余所ではな、麻帆良ほど他人がくっついてないんだ。常識はずれな人はただの痛い人扱いだ。一日二日はそれでもいい。けどな、職場を持ったり完全に移住したらそんなこと言ってられない」

「実際に麻帆良から出た例もあるのではないですか?」

 

 確かに、常に麻帆良にいる人間もいれば、出ていく人間もいる。完全に麻帆良から誰一人として出ていかないなんてありえない。

 

「そうだな。けどな認識阻害で非常識になっている人間のほとんどは出ていけない。そんな時は逆に認識阻害をかけるんだ」

 

 いつもの非常識が認識阻害されて常識の判断を下すようになる。そうすれば今度は常識人となる。一般知識だけでなく、スポーツなども運動神経の発達などが一般と変わらない上での優秀なものとなり、機械工学をしていた人間などは、その知識と発想を封印される。そして外の科学者と変わりない人間となる。もしくはそのままで外部の非常識機関に行くかだ。

 

「私にはできなかった。両親を外に連れていくことは。だってさ……そんなことしたら、私の両親は両親じゃなくなっちまうから」

 

 どんなに辛くても、千雨はそれを選ばなかった。無理やり連れだすこともできずに、連れ出したとしても生活ができない。生活ができるようになったとしても、そのような処置をしたとしたら、それはその人本人と言えるのだろうか。

 

「麻帆良にいるときは、確かに意識操作されていたのかもしれない。だからと言ってそれを無理やり直したとしたら、それはその人じゃなくて、同姓同名の誰かになるんだ」

「人はいかにして人になるかということですか……」

 

 綾瀬はそのまま黙り込んでしまった。そして、次には長瀬が質問する。

 

「千雨殿。千雨殿から見て、私たちはどのような存在であったのでござるか? 千雨殿は常に一歩下がったところから拙者達を見ているように感じられたのでござるが」

「そりゃそうだ。確かにアンタらはクラスメイトだ。それは変わらない。だけどな、絶対にどこかでずれが生じる。いびつな性格があってそれは作られたモノなんだ。仲良くなんてなれるはずがないだろう」

「しかし、共通点があれば仲良くはできるのではないのでござるか?」

「いつどんな突拍子もないことで裏切られるかもわからないのにか? しかも相手に悪意はなく、相手のせいでもない。やり場のないものを貯めこむくらいなら近寄らない方がましだ」

「むぅ……」

 

 相手が悪いわけでもない。自分が悪いだけでもない。友達になりたくないわけでもない。けど、なれなかった。だからこうなった。長瀬には反論することも、同意することもできなかった。

 

「千雨さん」

「なんだ委員長」

「千雨さんは、辛くありませんでしたの?」

 

 千雨は、あやかの言葉に一瞬固まると、あやかの方を見て話しだした。

 

「辛くないわけないだろう。麻帆良にいなければ、こんなことにはならなかった。麻帆良さえなければ普通に過ごせた。麻帆良に魔法使いさえいなければ、今ここにいないで、仲のいい友人と旅行を楽しんでいたのかもしれない。そんなことは何度も思ったさ。けど、魔法使いがいた麻帆良にいて、出ることもできずに、両親も治せずに、クラスメイトはどんどん染まって非常識になっていく。魔法使いでもいい人はいたんだ。けど、どんどん変わっていく。認識阻害の結界によって、魔法使いがありたい姿へと極端に姿を変えていく。魔法使いに対しては、治すとした人はいたよ。けどさ、いくらその時にその分治したって、蓄積されたものは変わらないんだ。『君は実は君の常識は違うと修正されて、君の生きた十数年の知識をその場で捨てることはできるかい?』ってさ。もう、手遅れだと笑っていたよ。その人はみんなのことを考えているようだった。本質はそうなのかもしれない。だけど魔法使いの考え方を強要されたんだ。結界によって。わかるか、お前等は私にとっては、下手すりゃ両親も、操り人形にしか見えないんだ。いつ変わるかわからない。いつ突き放されるかわからない。本人がどんな奴でも、いつかは敵になる。そんなやつらの中で幸せに過ごせるはずがないだろう! これでもお前は麻帆良がこのまま魔法使いに操られてればいいというのか雪広あやか! 人形になって、傀儡になって、無理やり与えられた幸福感と幸せを他の人間に押し付けるのか!」

 

 あやかは二の句を告げない。先ほど自分が言った言葉と、今の千雨の叫びから何も言えない。千雨はそのまま部屋を出ようとする。

 

「長谷川」

「なんですか、新田先生」

「すまなかった!」

 

 床に何かが叩きつけられた音がする。千雨が驚いて振り返ると、そこには土下座をした新田先生がいた。

 

「おい、やめてくれよ新田先生!」

「長谷川がそんな思いをしていることを、私は2年間まったく気が付かなかった。教師失格だ」

「気が付かなかったんじゃねぇ、気が付けなかったんだ。しょうがないんだよ」

「しかし、小学校のいじめは、そうでなくても防げたはずだ」

「あんなのいじめじゃねえよ。小さいころは確かにきつかったが、あんなもの友達同士でもからかいで言うだろ小学生は。悪意はなかったんだ。言っていたやつも」

「しかし、注意してみていれば何とかできたはずだ。小学校から、いまのいままで誰一人として長谷川に救いの手を伸べられずに、抱え込ませてしまったことを、今ここで謝罪したい。すまなかった!」

 

 新田は額を床に付けたまま、千雨に向かって叫んだ。千雨はいきなりのことに動揺し、何もすることはできない。

 

「そんなこと言われても困るよ新田先生。あんたは何も悪くないんだ。いつもだってちゃんとした指導をしていたし、できてないのは魔法使いのせいなんだ。私は先生に謝ってほしくない。先生は今だって生徒のことを考えてるじゃないか」

 

 新田の顔は上がらない。右往左往する千雨を見て、龍宮が助け舟を出すまでそれは続いた。

 ひと段落した後、千雨は部屋を出る。

 

「チッ……新田先生には悪いことしたな」

 

 最後の自らの演技が生み出した結果に嫌悪しながら、千雨は自室に戻って行った。

 


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