千草は4人を連れて別室に向かう。
「先に連絡したい人がおりましたら、時間を作りますが?」
その声に答えたのはネカネと瀬流彦の二人だった。瀬流彦は携帯電話を取り出して連絡を取ろうとする。それをいったん制して空き部屋にドネットと一緒に入れた。
ネカネは電話を取り出すが、掛けようとしない。
「ネカネはんはよろしいんですか?」
「あの、ネギと話せはしませんか?」
その問いに千草は小さく首を振る。
「あの子は主犯ですから、今は寝かせております。無理どすな」
「なんでですか!? あの子はまだ10歳なんですよ!?」
「その10歳を代表にしたり教師にしたのはそちらのはずですが?」
睨みつけてくるネカネの視線を涼しい顔で流しながら、千草は答える。
セラスはそれを見て、ため息を吐いていた。
「ネカネさん、あなたもネギ君が大事なら、そのような言動は避けなさい。たしかに、千草さんに言うような言葉じゃなかったわよ今のは」
「なぜですか?」
「それを言うべきはあなた方のところの学園長であり、関東魔法教会の会長です。正直、私も驚いたのです。ネギ君がこんなところでこんなことに巻き込まれたのに。あなた方は何を目的としてネギ君を日本に出したのか。何から守るためなのか。何を学ぶべきなのか。そして、それは今成せているのか。自信を持って答えられますか?」
本来はセラスが京都に来る予定はなかった。教授の一人を京都に向かわせるはずだった。いきなりの報告で総長自ら来るようになったのだ。
しかも、その時はこのような問題が起きるという事態は考えもつかなかった。
ネギ・スプリングフィールドが代表として、特使として京都に向かうという情報が流れてきたのがまず一つ。闇の福音を倒したという情報が入ってすぐだったために、怒涛の活躍とでもいうのだろうか、それに興味を持って、ネギにも会えると踏んで京都に来たのだ。
しかし、ゲートをくぐって得た情報に、さらに驚いた。ドネットによって得られたネギが関西呪術協会にとらえられたという情報。
自分が友好を結ぼうとしていた相手が、英雄の子を捕まえたという事実に唖然とした。
そして、今日この場で、自分の認識の甘さを痛感した。
大戦の勝利に喜び、そこで終わっていた自分たち。全く関係のないところで、負の連鎖が繋がっていた。それを初めて知った瞬間だった。
ドネットも少なからず、関西への認識を改めているだろう。この二人は、交渉をする立場にいるために、敏感に反応できている。しかしネカネはそうはいかない。正直、かなり盲目になっていて判断能力を失っていた。メガロメセンブリアの代役であったはずのドネットが、ネカネの代わりにウェールズの人間として動いている。
「なぜネギ君が教師をしているのですか? 修行の地でしたら、私達のところでもよかったはずです」
「それは、卒業証書に書かれていたから……私は心配したんです! ネギが外国で教師なんて……」
「卒業証書? 修行の地? それはあなた方が決めたものでしょう?」
セラスはネカネにつづけて言う。
「それに、教師が修行など、私は聞いたことがありません」
セラスは学園都市アリアドネーの総長として、卒業してすぐの人間を教師になどしない。教師になる人間は、しっかりと専門のカリキュラムを修めていると告げた。教師をするということの難しさを一番理解している身として、ネギに与えるものではないと言う。
「ネギ君のことを考えるなら、『悠久の風』に預けてもよかった。私たちに預けてもよかった。なぜ一般人のいる所へと送ったのか。あなたに言ってもしょうがないですが、あなたたちの学園長の考えは理解しかねますわ」
セラスは本当におしいと思っていた。なぜネギがこんなことに巻き込まれねばならなかったのかと。英雄の息子に何を求めているのかと。メガロメセンブリアから逃げるためか。魔法世界から遠ざけるためか。保護したのなら、なんでこのようなことになるのかと。
「千雨はんが言っておりましたな。麻帆良はネギ先生のための箱庭になっていると」
「箱庭ですか?」
セラスの言葉に、疑問に千草が答える。
「ネギ先生が来てから、さらに麻帆良はおかしくなったといっておりました。不思議なこと、魔法使いの関係することが浸透し始めて、ネギ先生への好意があふれ始めたと。すべてがネギはん中心に回るようになって、試練が与えられ、まるでネギ先生を育てるための箱庭だと。さっきまでネギはん中心に考えていたあんたらの反応を見る限り、あながち間違いとは言えまへんな」
千草の言葉に対し、セラスはどう反応もできない。答えを知っているのは麻帆良の人間だけ、その中でも学園長だけだろう。
「しかし、疑問なんどすがネカネはん、ネギはんはいつ関東所属になったんどすか?」
「え?」
千草の疑問に、ネカネは疑問で返す。何を言っているのかわからなかったのだ。
「ネギはんはこの京都に、言わば親善大使として来たわけどすが、親善大使というのは普通、そこに所属しとるもんが来るもんでっしゃろ。誠意を見せるためにも。ここにネカネはんが来たように、セラスはんが来たように。ドネットはんは……問題外。逆に言えばあのような対応をするのが、自分のところの人間を使わない理由になるわけどすが……西と東を仲良くさせたい人間が出してきたのやから、ネギはんは当然関東所属の人間なんでっしゃろ?」
千草の言葉を聞いて、目を見開いたネカネ。それでそうだという答えなら、ネギはいつの間にか関東に移籍させられたことになり、そうでないと答えるなら、ネギが利用されたということになる。どちらにせよ、メルディアナの人間が損をする、許せることではなかった。
「そ、それじゃあ」
「まぁ、公式な見解出す前に確認しといてくれまへんか? それでネギはんへの対応も、罪状も変わるかも知れまへんし。自覚して任務をしていたのか、利用されていたのか。ネギはんがメルディアナ所属なんやとしたら、そっちにも責任が出てしまいますが」
それでも、ネギはんは被害者的な立場にもなれますな。そう千草は続けた。
ネカネはそれを聞くと黙り込んだ。
「そもそも、なんで修行中の身の人間にそんなことさせはったんでしょうな。しかも、教師をするのが修行やのに、魔法関連のことを押し付けて。まるでネギ君を利用して自分の思いどうりにしとるかのように」
「たしかに、これは教師の仕事ではありませんね。教師とするならば、生徒のことを考えるべきです」
「ま、そこは追々聞いていきましょう」
それからはただ、二人を待つ。三人はそのまま話すこともなく、各々の思考に没頭する。長い時間、瀬流彦は戻ってこなかった。
「遅いですね」
「防音結界が張られてますから、中の様子もわかりまへんな」
話が長引いているのか、既に時間は一時間を超えようとしていた。予想以外に長い状況に、千草が二人を別室に案内しようとするが、二人はこのまま待つと言ってとどまる。繋がり部屋の一室を用意したため、自分たちも部屋で休めはするのだが、何とも手持ち無沙汰だった。
「千草様」
そこに一人の男が姿を現した。彼は他に人がいることを知ると、退室しようとしたが、それを制して内容を聞くことにした。
「どないしたんや?」
「麻帆良の生徒のことなのですが……」
言いずらそうにネカネとセラスを見る。
「かまへん。なんや、誰かが起きたりしたんか?」
「いえ、修学旅行を続けているクラスのことで、苦情の件数が30件を超えましたので代表者と話がしたいと」
常識から離れた人間である麻帆良の生徒たち。詠春が長から外れたことから、京都の認識阻害も使用禁止にされていた。その中で修学旅行を続けさせた他のクラスが、騒がしいと苦情が相次いだのだ。もちろん、そうなることは織り込み済みであり、そうなることが関西の望んだ展開ではあるのだが。
「代表者?」
「新田教諭という者が、責任者だそうです。他のものでは限界だと」
「そうか、やっぱり麻帆良の人間は騒ぎを起こしたんか」
二人に言い聞かせるようにつぶやく千草。
「仕方あらへん。まだあちらもかかるみたいやし、一旦やめましょか。夕飯を食べてから改めてということでよろしいでしょうか?」
「私は構いません」
「私もです」
二人が了承したのを確認すると、伝令をした男に案内を任せて、新田を呼びに向かった。
「千雨」
その時、千雨は向かい合って話していた。
「聞いたぜ、なんか封印されてたんだって?」
「うん、全部思い出した」
明日菜と向かい合う千雨。千雨が明日菜に受ける印象はかなり変わっていた。元気が取り柄といった感じの明日菜に、今感じるのは落ち着いた様子だった。
「それで、紅き翼の高畑先生が保護者なんだ。明日菜って名前もそうだし、旧ウェスペルタティア王国のお姫様の影武者あたりだと踏んだんだが、どうよ。それとも実はネギ先生のパートナーになるために訓練された兵士か何かか?」
「惜しいね千雨。本人よ。アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアが本当の私」
千雨は明日菜の言葉に口笛を吹いて反応した。
まさか、本人だとは思わなかったのだ。
「お姫様、ご機嫌麗しゅう」
「殴るわよ? わたしは神楽坂明日菜でもあるんだからね」
恭しく頭を垂れる千雨に対し、握り拳を作る明日菜。
「しかしなんでお姫様がこんなところにいるんだよ。隠れるんだったら普通はネギ先生のところになんかいないだろ。余計狙われるぞ」
「私もわからない。私が記憶を失ったのは、一般人になるためだから」
明日菜はそっぽを向いて答える。
「なんでかわからない。タカミチに聞いてみないと」
「そうか。んで、わざわざ私を呼んだ理由はなんだ?」
明日菜は自分の記憶が戻ってから、千雨を呼んだ。
一つは自分のことを伝えるため。
そしてもう一つは。
「お願い千雨、私を逃がして。私、探しに行かなくちゃいけない人がいるの」