千雨降り千草萌ゆる   作:感満

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19話

こちらでは、麻帆良学園の生徒が一緒に食事をとるために集まっていた。

 

「朝倉さんは、結局来ませんの?」

「あぁ、食欲がないって言ってたぜ。一応同じものを部屋に持っていくようには言ったが」

 

 朝倉はその場には現れなかった。その理由を予測できている人間は、何の反応も示さずに自分の席に着く。

 

「他の皆の食事はどうなっているんですか?」

 

 綾瀬が気になっているのは、眠っている人たちの食事のことだ。丸一日も眠っているといっても、お腹も減るため、食事は必要だろう。

 

「点滴とかでもいいんだけどな、健康な限り針も指すのははばかれるから食事抜きだ。明日以降は何かしらの手段をとって食べてもらうことになるだろうが、順番に起きてもらって食べるのが手っ取り早いかな。それより、起こすかどうか決めるのは雪広に任せようと思う」

「私ですか?」

「さっきの話を聞いたうえで決めてほしい。今回のことは、認識阻害や思考操作を使って覚えさせないようにするのが一番だが、麻帆良に染まってしまっている以上、一旦選択肢を与える必要があると考えている。それを行うかどうかを考えてほしい」

「選択肢とはなんですの?」

「麻帆良に戻るが、保護を受けるかだ。今のお前たちは被害者を保護している状態だ。このまま麻帆良から離れて一般人として暮らすこともできる」

 

 千雨の言葉を受け、あやかは固まった。先ほどの会話で、作られた意識でもそのままならよかったと言った。そして、その後でみた千雨の記憶で、その弊害も感じたし、これから生み出すであろう不幸を知った。麻帆良の人間が被害者になるか、麻帆良に来た人間が被害者になるか。それはわからないが、そこまで麻帆良の常識は食い違っていることを認識できていた。

 だからといって、その判断を下せるのかとあやかは自問自答する。

 そして、千雨があやかに決めろと言う理由の一つをあやかは予測できていた。

 先ほど千雨が言った一般人として暮らすという行為。それは、千雨自身が不可能だと明言したことだった。

 無理だという生活をクラスメイトに強いるというのか。それは違う。可能なはずだ、雪広財閥の力を使えば。関西の目論見がすべてうまくいく保証なんてどこにもないのだ。関西はそれを成功させる、成功できるだろうと見ているが、予防策も必要だろう。それに、関西の計画が成功したとしたら、麻帆良にいることを拒む人間も出てくるだろう。自分だって、麻帆良の生活を話したいとは最初思わなかった。なので、より閉鎖的な街が必要になる可能性が出てくる。

 麻帆良を離れたい者と、麻帆良の生活を手放せない者。その両方が出てきて不思議ではないのだ。

 もっとも、そこまで深い洗脳のようになってしまった証拠だとも取れるが。

 

「私の一存で決めるのですか?」

「寝てるやつに聞くわけにもいかないだろうよ。まず起こすかどうか、そして内情を話すのか、記憶操作をするのかどうか。この二つを決めなけりゃいけないんだ。起こしたら二つ目の選択肢は絶対に出てくる二択だ。だから、その選択をさせるかどうかを決めなくちゃいけない。二つ目は個人で決めりゃいいんだ」

「聞いてから忘れるということもできるのですわよね?」

「できるぜ、クラスメイトの頭の中いじくれば」

 

 しれっと言う千雨。千雨がそのことを言うということは、あやかにクラスメイトの頭をいじくる許可をくれと言うことだ。だが、それは人格をいじくる許可をするということだと、綾瀬と千雨の会話で言っていた。

 極端な表現をするならば、その後にクラスメイトは別人になる。さらに言えば、そのままにするという選択は、クラスメイトを見捨てるという選択になる。

 クラスメイトが、そしてあやかが納得する結論は、起こして、事情を聴いて、皆が受け入れるという選択肢しかなかった。

 性格を変えられる、記憶を変えられる弊害をしっているあやか。千雨の記憶を見て、千雨の恐怖を知ったあやかが選ぶ選択肢は一つしかなかった。

 

「千雨さんは、意地悪ですわ」

「別にぼけっとしてれば収まってることもあるから、誰かの容体が変わるまでに決めてくれりゃあいいんだ。別にいいだろう?」

「……考えておきますわ」

「そうしておいてくれ」

 

 目の前に料理が運ばれてくる。

 

「あれ? 一人分多いけど、誰か来るの?」

「あぁ、サプライズゲストでも用意しようかなと思ってな」

 

 千雨は立ち上がって奥から人を引っ張ってくる。

 

「ほれ」

「委員長……」

「明日菜さん、起きていたのです……の?」

 

 あやかは立ち上がり、明日菜の下へ行こうとして、足を止めた。

 

「どうしたの? 委員長」

 

 あやかは膝から落ち、愕然とする。

 

「千雨さん」

「なんだ? 委員長」

 

 ゆっくりと、あやかは千雨に視線を向けた。

 

「これが、記憶操作と言うものですの?」

 

 委員長は感じ取ったのだ。名前を呼んだだけで、その人物が別人になっているのを。

 

「そうだとも言えるし、そうでないともいえる」

「大丈夫よ委員長、これが本当の私だから」

 

 明日菜は膝をついているあやかを支えるように起こし、手を握る。

 

「委員長……あやか」

「明日菜、さん……」

「心配しないで、これが本当の私。アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア。神楽坂明日菜としての記憶もあるけれど、よろしくね」

 

 ゆっくりと微笑む明日菜に目を丸くするあやか。

 

「神楽坂はな、記憶を消されていた元魔法世界のお姫様だ」

「元お姫様って……オスティアのっすか!?」

 

 春日が驚いた後、嫌な表情をする。また、変なことに巻き込まれたとでも思っているのだろう。

 

「このお姫様はな、一般人として生きるために魔法で記憶を封印された。そしてネギ先生のパートナーになるように仕組まれた」

「言ってることが逆ですよ、千雨さん」

「合ってるんだよ。保護したふりして記憶消して手ごまにしてたんだから」

 

 皆の視線がアスナに向いた。アスナはゆっくりと首を縦に振る。

 

「そうね、私はガトウさんって人に助けられて、タカミチと一緒に麻帆良に来た。その時に記憶を封じられた。魔法世界の記憶を封じて幸せに生きてほしいって。けど、タカミチがしたことは私をこのか、関西呪術協会の長の娘であり、関東魔法協会の会長である学園長の孫でもある人と同じ部屋に置いて、そこにネギを入れた。私の周りは魔法関係者で塗り固められていた」

「そんな……高畑先生がそんなことって……」

「ついでに言えば、宮崎を出汁にしてネギ先生の魔法の存在を教えたのも高畑先生じゃないのか?」

「そうだね。直後にタカミチが現場に来たから、そうだと思う」

 

 深く息を吐くアスナ。一旦静寂に包まれ、落ち着きを見せた場に大きな声が響き渡った。

 

「ちょっと待ってくださいです! ならば、のどかが最初にネギ先生に助けられたのって――」

「人為的な事故だ。ついでに言うと、宮崎のネギ先生への気持ちも植え付けられたものだ」

 

 千雨の言葉に、宮崎の方が跳ねた。

 

「どういうことですか!?」

「綾瀬、お前は本当に男性恐怖症の宮崎が一日で年下に一目惚れしましたなんてあると思うのか?」

 

 千雨は一旦深呼吸をして、ちらりと宮崎を見る。

 

「簡単なことだ。態と荷物を多く持たせて、危険な道を選ばせて階段から落とす。そこにいるネギ先生。助けられた事実と死ぬかもしれない瀬戸際の興奮、完全なつり橋効果だ。そこに魔法結界の効果が働く。善意な行動に対する好意と相まって恋愛感情だと錯覚させる。これで一人目は完成さ。もしかしたらもっと意識操作とかもしたのかもしれないが、逆に言えば自身でたまたま偶然があったのかもしれない」

 

 宮崎は震え、肩を抱く。

 

「違う、私は違う……」

「綾瀬。お前、ネギ先生の歓迎会の時に手伝いしてたよな」

「はいです」

 

 宮崎はその時、一人で多くの荷物を図書館島に運んでいた。

 

「宮崎に聞かれていたはずだぜ。手伝ってって、親友のお前に頼んでたはずだ。たくさんの本を図書館島に運ばなくちゃいけなかった。けど、お前は歓迎会の準備をしていた。本当に大事な用事なのか? 20人以上が手伝ってたのに、一人の親友の用事をけって」

「そんなはずないです! 私がそんなことでのどかの用事を断るなど……」

 

 綾瀬に構わずに、宮崎の方を向く千雨。

 

「お前も、今日中とかの用事だったのか? 至急だったのか? 一回に全部持っていかなければいけなかったのか? お前は元々そんな無茶はしないだろう。よく思い出せ、なんで視界を遮られている状態で、幅の広い階段の端を選んで歩いた」

 

 千雨は手を宮崎の前に突き出す。

 

「感じなかったか? こんな衝撃を」

 

 空圧を宮崎の胸にぶつける。ブレザーのネクタイが風で舞い上がった。

 

「高畑先生の技だ。拳圧――空圧で相手を倒す。もちろん、今の私みたいに威力を弱くすることもできる。足をかけて転ばせるくらいにはな」

 

 言いたいことが分かったのか、皆が苦々しい顔をする。宮崎は、顔を伏せていた。

 

「たまたまネギ先生が来た初日になぜか、親友に頼みを断られ、なぜか無茶してなぜか危険な道を選んで都合よく落ちた先にいた先生に恋をしたか。そうなるように仕組まれていたのか。どっちだと思う? ちょうどよくそこに、麻帆良が利用しようとしていた神楽坂明日菜と、それを確認するための高畑先生がいた。さて、これは偶然なのかねぇ」

 

 畳に、宮崎の真下に水が落ちた。肩が上下する宮崎に綾瀬がよっていく。

 

「千雨、やりすぎ」

「いいタイミングだったと思うぜ、少なくとも、私の話で麻帆良の人間の良し悪しのうちの悪しの方に傾倒している状態で、事実を知らされた方が後の吹っ切れが早い」

「でも、食後でもよかった」

 

 目の前に用意された食事。確かに、食後の方が気持ちよく食事ができたかもしれない。

 

「まだ火を入れてないんだ。宮崎が食事をとれないようなら、部屋に送ってもいい。綾瀬、どうする?」

「千雨さん、まだ他にのどかに関係することはあるのですか?」

「あといくつか、話題を作ろうと思えばな」

 

 千雨の言葉に宮崎が反応したのか、綾瀬服を掴む手の力が強くなり、服のしわが深くなる。綾瀬は宮崎に二三言確認を取ると、千雨の方に向いた。

 

「5分、時間をくださいです」

「いいぜ、廊下にでも出てようか?」

「私たちが行きます。いきますよ? のどか」

 

 宮崎と綾瀬が寄り添いながら廊下に出る。そして、すすり泣く声が聞こえてきた。

 

「あれが、麻帆良の、ネギ先生の周りの実態だ。クラスの奴らなんて、駒でありネギ先生が成長するためのエサなんだよ」

 

 誰もしゃべらない、静寂の中で千雨の声が響き渡った。

 


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