千雨降り千草萌ゆる   作:感満

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20話

朝倉は、あてがわれた自室に引きこもっていた。

自身の行ったこと、それによって引き起こされたもの、引き起こされたであろうもの。それの深さを享受しきれない心が、クラスメイトの前へ行くことを拒絶していた。

 

「……」

 

 カメラを手に取ろうとして、押収されたのを思い出す。

 カメラも、ビデオも、レコーダーもすべて没収された。壊れた携帯電話も、今は復元されているところで、直った暁にはネギが行った所業が映像証拠として提出されることだろう。

 置かれた荷物は、修学旅行で遊ぶための用意がされている。なんでこんなことになったのか。

 

「あんなこと、しなければよかったのかな」

 

 昨日のイベントを思い出して呟いた。誰に話しかけるでもなく。昨日、あんなことをしなければ楽しく修学旅行がおくれていたのではないかと。

 

「ネギ君にあんなことしなければ……」

 

 昨日のことを思い出す。ネギを問いただそうとして、カモというオコジョと出会い、話に乗った。

 

「あれ、あれさえいなければ」

 

 カモさえいなければこんなことにならなかった。

 

「あれさえいなければ、皆を巻き込まずに済んだ。今までのままでいれた」

 

 なんであんなところに、あんなのがいたのか。聞いた話では、5万オコジョドルなどと、よくわからない金が手に入るのだという。そして、カードが作られる。それくらいのものだった。

 

「聞いてない、こんなこと聞いてない!」

 

 関西との仲も聞いてなければ、命に係わるなんてことも聞いていない。それに、拒絶する手段が奪われているということも!

 

「私が悪いの!? 私じゃない! 悪いのは……」

 

 悪いのは、カモじゃないか。ネギじゃないか。魔法使いじゃないか。

 思考に沈み、深みに嵌まる。与えられた情報で朝倉は考える。

 必死に、自分の罪を感じれば感じるほど、朝倉は闇に囚われていく。

 

「悪いのは魔法使いじゃない! 私じゃない!」

 

 罪悪感から逃れるために、責任の所在を転嫁する。

 

 

 

「さて、落ち着いたか?」

 

 宮崎は、ゆっくりと頷いたが、確実に落ち着けてはいないだろう。綾瀬も少し責めるような目で見てくる。

 

「悪いとは思うがな、ここで話しておかないと、事態が急変したら話せなくなるかもしれないし、そしたらお前は好きでもない奴を追って死地へと向かうことになったかもしれないんだ。勘弁してくれとは言わないが、納得してくれるとうれしい」

「いえ、千雨さんのせいじゃありませんから……」

 

 宮崎は答えはするが、顔を合わせようとはしなかった。

 

「本屋ちゃん、ごめんね。魔法使いがバカなことして。自分が良ければ、いいと思うことなら何でもするの、あいつ等は」

「アスナさんのこともそうですものね」

「そうね。もしかしたら、あやかの弟も……」

 

 あやかは、目を見開いて、明日菜を見た。

 

「それは、殺されたということですの!?」

「そうは言っていない」

「けど、そもそもいたかどうかもわからねぇよな。想像妊娠なんて、場合には男ですらなった例があるんだから、少し思考をいじっちまえば簡単だ。それに、麻帆良の生活環境と常識で、母体である人間が胎児にとって安全な生活を送っているかもわからねえしな」

「そんなことしなくても、『妊娠している』といって、実際にしていないのに『駄目だった』ということもできる。そんなことは簡単。それに、あやかの弟が死んだのは、ちょうどネギの年齢と一致する。私が麻帆良に来た年とも近い」

 

 全ては推測である。しかし、無いとも言い切れない。

 

「財閥の娘が協力してくれる。ショタコンだから無条件で好きになる。都合がいいよな」

「それに、私と仲が良かったのも気になる。偶然だとは考えられない。それでもあやかは私の友達だけど……」

「アスナさん……」

 

 目の前で油が敷かれ、肉が焼かれていく。仲居が手を加えているのを見ながら、あやかは明日菜の言葉に喜び、弟の可能性に嘆いていた。

 

「それは少々、穿ち過ぎではござらんか?」

「そうだね、たまたまの可能性の方が大きいだろう」

 

 長瀬と龍宮が明日菜と千雨に苦言を入れるが、二人はそれをさらりと流す。

 

「そうだな、けど、可能性がないとは言えない」

「それに、時期が合いすぎてるもの。転校してくる側なら、そんな人を集めたのかもしれないけど、もといた人で、あやかの立場を考えると、魔法使いの得になるもの」

「それに、対比するように神楽坂はオジコンになったんだよな?」

「比較対象を作って、私がタカミチに興味が出るようにしたのか、あやかがショタコンになるようにしたのか。どっちだろうね?」

 

 これ以上、長瀬も龍宮も会話に入ることができなかった。千雨と明日菜は理由や状況を判断して会話しているのに対し、二人は『さすがにそんなことはない』としか言えないのだ。さらに言えば、思考操作を受けている側の人間であり、麻帆良に好意的になってしまっていると言われている人間なのだ。長瀬や龍宮が真実を言っていたとしても、この場ではそれを証明できなかった。

 

「あとで詳しく調べてみるといいよ、その時の医療の記憶を」

「ええ、必ずそうしますわ」

 

 あやかは既に携帯を手に取り、電話をかけ始めた。2、3分待って電話を切る。

 

「お父様も細かく調べるとおっしゃっていましたので、こちらの件は直ぐにわかるでしょう。ありがとうございました」

「ただの虚言かもしれないんだ。礼を言われてもな」

「いいえ、可能性はあります。そうでなかったとしても、私の性格まで変わっているかもしれないと言われれば、確かにそうかもしれません。一般と比較するならば。そして、その時の対照の相手が操られていたと明言しているのですから」

 

 明日菜の方を見てあやかは言った。

 

「まぁ、委員長のことだから本当に性癖の怪しい人間だったかもしれないけどね」

「なんですって!? アスナさんは変わらないところは本当に明日菜さんのままですわね!」

「何よ、やるの? 委員長」

 

 立ち上がる二人を、千雨が制した。

 

「ほら、空元気は食後にしてくれ。鍋物なんだ」

 

 焼かれていた肉の後には出汁と野菜が足されている。後は卵に絡めて食べるだけとなっていた。

 

「肉類はおかわりがあるから、気にしないで食べてくれ。あと龍宮、食後の餡蜜だが、多くても8杯くらいまでだからな」

「仕方がない、それで手をうとう」

 

 冗談交じりで言った千雨に真顔で返す龍宮。他の人間が苦笑いをしていた。

 皆で食事を始める。ゆっくり目の宮崎の世話を綾瀬がしながら、それ以外は特に何も変わらずに進んでいった。そこでふと、龍宮が春日に顔を向けた。

 

「そういえば春日」

「なんすか?」

「ここまでボロボロに言われてるのに、反論しないんだな」

 

 皆の視線が春日に集まる。

 

「しないっすよー、別に。それを言うなら龍宮さんだってしてないじゃないっすか。言ってることに反論できることもないし、する気もないし、私も被害者っすから」

 

 淡々という春日に、綾瀬が質問する。

 

「被害者と言うのは?」

「こんなビックリドッキリクラスに入るの自体がありえないっす。千雨に聞くまでわからなかったっすけど、600万ドルの賞金首までいるんすよ? それに、そうでなくても色々と色物揃いで凄いクラスじゃん? シスターシャークティーの弟子じゃなかったら、私なんて絶対このクラスはいんないって。いやー、それにしても助かったっすよ。アスナがいなければたぶん私がネギ先生のパートナーだったから」

「そうなのか?」

「他に魔法生徒がいないっすからね。桜咲さんはこのか命だし、龍宮は金々うるさ――非常に金銭感覚のあるお人だし、他は賞金首だったり、魔法使いの子供だって知らされてなかったり」

 

 途中、頬に一筋の赤いものを垂らしながら答える春日。

 

「それに、普通に考えればわかるっしょ。こうやって銃とか刀とか振り回して正義振りかざしているのが偉いって、ありえないっすから」

 

 龍宮の手には、銃が握られていた。

 

「まぁ、桜咲は真剣を使っているが、私のはモデルガンだよ」

「今確実に薬莢ありましたよね」

 

 足元に転がっているものを拾う綾瀬。それを見て、首をかしげる。

 

「弾が、そのまま?」

「ああ、今使ったのは長谷川が作った魔法具なんだ。符やタロットのように魔力を閉じ込める弾丸だ」

「そうだ。カートリッジシステムを使っていて、何発か溜めて打つこともできる。それの起動には『パンツァーガイスト』と言えばいい。そうしたら、銃弾じゃなくて魔砲になる」

「使いどころがないけれど、試作品だからね。私は銃弾が出されて、回収すれば何回も使えるっていうのが気に入っているよ」

 

 龍宮と千雨の会話をきいて、綾瀬が訝しむ目で千雨を見た。

 

「千雨さん、それってまさか……」

「みなまで言うな、たぶんそれで当たってるから。」

「ねえ、千雨。私にも作ってよ」

 

 綾瀬との会話に明日菜が割り込んできた。

 

「いいぜ。お前にはさらに上位で『パンツめくれー!』って叫ぶと残り全部の魔力を使って魔砲を打ち出せるようにしてやる。いいだろ? ネギ先生にめくられていた身としては。ついでだから服も戦闘用の作ってやるよ」

「いいわけないでしょー! なによそれは!」

「明日菜さん、聞いちゃダメです。千雨さんはもう末期ですから」

 

 少しばかり和んだ夕食。

 しかし、それもあと少しで終わる。この後は、大事が待っているのだから。


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