大剣の刃を盾にして、高畑と向かい合うアスナ。
彼女は、一番彼の戦闘スタイルを知っていた。
彼の師匠であるガトウに守られ続けていたのだから。
記憶が戻った時に、一番最初にしたのは自己嫌悪だった。高畑を好いていたことの。
助けてくれていたガトウの面影を残した高畑を好きになったこと。本質を理解しようとしないで、技と名前だけを引き継いだ高畑なんかに。
そして、憧れと感謝と友愛を、恋愛へと誤認していたこと。ガトウに対し、失礼だと思った。偽りの気持ちで染めるのも、ガトウとの思い出をそんなものに挿げ替えるのも。
次に出てきたのは、ガトウの最後の言葉。そして、現状。
利用され続けていたアスナだからこそ、すぐに自分の環境を把握した。はめられたのだと。
塗り固められた周りには、魔法しかなかった。消された記憶、誘導された精神で、ネギの隣に立っていた。これではガトウさんとの約束を守れないと。
記憶を失いたくなかった。思い出を失いたくなかった。仲間を忘れたくなかった。
なのに、忘れさせられた。最後は説得され、深い眠りについた。そして、目覚めればそれはなんて戯言か。結局、踊らされていただけだった。
「タカミチは、結局なにも分かっていない」
ずっとガトウの後ろについていたタカミチ。けど、ずっと目を追っていたのはナギ・スプリングフィールドに対してだった。英雄に対してだった。苦悩の末に結果を得る捜査官より、一撃で敵を倒し担ぎあげられる英雄を尊敬していた。
ガトウは、高畑にとって、魔法と言う手段を得るための道具だったのだと、アスナは気付いた。気付かされた。
湧き上がる怒りと悲しみ。結局、立派な魔法使いなんて、英雄なんて我儘な奴が行う独善。それが許されるのは、本質的な英雄のみ。心から味方を助ける者。今NGOで人々を救っているだろう。敵を倒し、己の道を行くもの。ナギのような人間だ。危険性をはらみながらも、英雄の資質とは、本能的に真の敵を見つける。そして、双方に言えることは、周りを不幸にしない。仲間を見つけ、助け助けられるが、利用はしない。
けど、高畑はそこが違った。英雄になりきれない英雄。
「あやまって、ガトウさんに、ナギに、皆に」
ナギの生きざまを穢した高畑。ガトウの技を利用した高畑。
「善人ぶって、真面目ぶって、他人を利用してまで得た力で、その人たちの周りを壊してんじゃないわよ!」
そのまま前に突進するアスナ。高畑はそれに対し、ポケットに手を入れて構える。
「君こそ、なんでわからないんだ」
アスナの剣にいくつもの衝撃が走る。それを無視してアスナは高畑へと向かった。
「わかんないよ、タカミチの考えなんて。わかりたくない」
「ネギ君に君は必要な存在になっているんだ。なのになぜ拒む」
距離を取りつつ戦う高畑。前へと進み続けるアスナ。
「タカミチが、学園長が仕向けたことでしょ!」
「君が選んだんだ。そういう運命だったんだ」
高畑の居合拳を避け、懐に入り蹴りを放つ。
「運命なわけない、これが運命だと言うのなら……」
腹部にあたる直前に避けた高畑に、アスナは剣を振り下ろした。
「ここで止めるまでが運命なんだよ」
剣が勢いよく、地面に刺さった。廊下の板が割れ、辺りに散らばる。そして、先に逃げた高畑を追って、戦場は庭へと移っていく。
居合拳を連続で打つタカミチ。しかし、それをアスナはくらいながらも倒れなかった。
「私は負けないよ、ガトウさんのためにも。偽物なんかに」
アスナは地面に剣を突き刺した。
ここは千雨の結界の範囲外。それを確認し、両手を合わせて、手にボールを持っているかのように
「右手に魔力、左手に氣」
咸卦法。究極技法、魔力と氣という、本来は反発するものを融合させて、爆発的な威力を生み出す。
「来て、タカミチ。教えてあげる」
「僕も、教えてあげよう。君の進むべき道を」
アスナを真似るかのように、高畑も手を合わせた。
「いくよ、明日菜君」
豪殺、居合拳。
咸卦法を使用することによって、爆発的な威力を作る居合拳。
居合抜きをポケットで行い、拳で発生される空圧を武器にする居合拳。それの強化バージョンだ。
アスナはそれに、真っ向から立ち向かった。
地面に挿した剣を盾に、威力の高まった攻撃をかわす。
そして剣を抜き、高畑を中心に円を取って間合いを測る。そこにすかさず高畑が居合拳の雨を降らせた。小刻みに居合拳を放ち、ある程度的が絞れたら豪殺居合拳を放つ。
徐々にアスナは追いやられていった。
「逃げてばかりじゃないか、明日菜君」
「別に、タカミチなんていつでも倒せるもの。10年たってもこれくらいなんだから。咸卦法に何年かかったの? タカミチ」
アスナの挑発。それによって、苦労をしていた記憶が呼びさまされた。ガトウの弟子だったころ、一瞬で、アスナは咸卦法を会得した。彼は、それに驚きながらも、嫉妬をしていた。
「言うじゃないか明日菜君。じゃあ、これでどうだ!」
逃げ道をふさぐ攻撃の嵐。
アスナはそこかしこに切り傷を作りながらも、それをことごとく避けていく。
追うものと追われるものがはっきりとしているこの勝負。終わりは急に訪れた。
「……もういい」
アスナが、剣をいきなり小さく戻したのだ。
高畑は、その様子を見てほっと息を吐いた。
「やっと降参か。分かってくれたんだね、明日菜君」
警戒しながらも近寄る高畑。それをアスナは、そっと手をあげて制した。
「もういいよタカミチ。もう、ガトウさんの技を穢すのはやめて」
高畑は、進めていた足を止める。
「何を」
「これで、ずっと名を馳せてきたの? こんな中途半端な居合拳で」
呆然とする高畑。
「中途、半端だって?」
「そう、中途半端。なにも分かってない。タダの技術すらできていない出来そこない」
アスナの指摘に青筋を浮かべる。そして、高畑は叫んだ。
「明日菜君! 君に何が分かるんだ。僕の居合拳は師匠を超えた! 十何年も修行をして手に入れた力だ!」
アスナは静かに首を振る。
「違うよ。これはガトウさんの居合拳じゃない」
「なら、なんだと言うのか、見せてみてくれないか!」
攻撃を再開する高畑。今度はさらに速度を増し、アスナを追い詰める。
それをアスナは、涼しい顔で避けた。
「なっ!?」
「機動が丸見え。居合拳だけじゃ直線しかない」
アスナは腰から取り出した。先ほど千雨に渡された銃を。
「それならこっちと変わらない。見えなくても、軌道が分かったら意味がない」
そう言いながら、何発も弾丸を放つアスナ。その弾道は、直線、曲線、誘導弾。さまざまな種類のものが飛び出した。それを踊るように避ける高畑。
しかし、
「グッ……」
いきなり足をかばうような仕草をする。
「どうしたの? タカミチ。ただの居合拳だよ」
「君は、ポケットに手を入れてなんか」
「銃を取り出したじゃない。刀の居合を模した拳なのに、銃を抜くときにできないと思ったの?」
隙を狙って銃弾をさらに増やすアスナ。弾丸の残弾を気にせずに、打っては装填し、高畑を追い詰める。
「だけど、この程度なら」
弾丸に込められているのは千雨の魔力だ。やすやすと高畑によって防がれる。
「何の問題もない」
一撃の軽さを確認した高畑は、一瞬で間合いを詰めた。苦し紛れに明日菜が蹴りを放つ。
「そんなもの効かな……」
また一瞬、高畑の動きがぶれた。
「さっきも言った。ポケットだけが手段じゃないって」
居合とは、加速をつけて行う剣捌き、もしくは、初動からの太刀筋という2種類によって最速の一手となっている。
居合拳は、その捌きを利用したものだ。
なら、走らせるものがあれば、場所があればそれは居合となる。
「居合拳ってね。拳法なんだよ、こぶしじゃないの」
今の明日菜は地面を蹴り飛ばしながら、その勢いで空圧を作ったのだ。
中国拳法にも、支えの手をまわしながら、その腕の加速で速度を上げ、威力のある突きを放つ動作がある。それも、また居合と言えるだろう。
なにも、包まれている必要はないのだ。
「居合の初動の速さと、その勢いで空圧を作り出したり、魔力や氣を放出する。それが居合拳。よく見ればわかったはず。なんどもガトウさんはやっていたから」
しかし高畑は気が付かない。気が付けない。
なんでか。
「技しか見ないから。力しか見ないからわからない」
豪殺居合拳に居合拳。それは代表となる技であった。それ以外は副産物や、おまけである。
基本、そして極意。それは確かに高畑の使う居合拳。
しかし、技を真似ただけでは真に使えているとは言わない。
「それに、別に空圧だったら、居合の必要もない」
神鳴流だって、そのまま刃で氣を飛ばす。
アスナは拳で氣の入った氣弾を放つ。
それを高畑は避ける。
しかし、アスナの狙いはそこではない。居合の中で速度を上げる。それは確かに必要だが、限界の速度が決まっているわけでもない。高畑とて、常に最高速で居合拳をするわけではない。では、別に速度が乗っていれば
「居合の必要もない」
ただのストレートで空圧を飛ばせる。氣弾は誘導が可能。しかし、見えてしまう。だが。空圧は一直線だが不可視のものだ。
「速度、そして距離のある攻撃、不可視の恐怖、捌き辛い攻撃。これが居合拳」
ガトウを注視していればわかるはずだった。
直線起動の拳だけが居合拳のはずがないと。
圧倒的な力、それを目の前にしていたから気が付かなかったのか? それを追い求めていたから気が付かなかったのか。居合拳を技としてしか見られなかったから気が付かなかったのか。
ナギに憧れ、ガトウの弟子になった高畑。その矛盾が、バランスの崩壊を生んだ。
「……それが、どうしたと言うんだ」
高畑は、アスナの攻撃を受けながらも、威力を乗せた居合拳をアスナに向かって放った。
アスナは、一歩後ろへ下がる。
「だからと言って、僕と明日菜君との実力の差が縮まることはない。それが居合拳だと言うのなら、後でそれを学べばいいだけだ」
高畑は前に一歩強く踏み込んだ。
「覚えればいい。そして、また一歩僕は強くなれる」
本質を見抜いていない高畑。アスナはガトウの本質を伝えようとした。しかし高畑が見たのは技術の力。
高畑が見ていなかったガトウの面影は、技術の重要性にかき消された。
見てなかったのなら覚えればいい。力をさらに伸ばせると。
思いは、伝わらない。力だけが、伝わった。