千雨降り千草萌ゆる   作:感満

29 / 39
28話

 高畑はゆっくりと歩く。アスナに近づくために。

 

「いろいろ教えてくれてありがとう明日菜君。今度は僕が教えてあげよう」

 

 高畑は咸卦法を使い、力をあげた。

 

「いくら知識を得ようとも、」

 

 居合拳が、アスナの目の前に飛んでくる。いくつも乱発されたそれは、アスナの周りに土煙を発生させた。

 

「いくら知識があろうとも、」

 

 それが目隠しとなり、高畑の姿を見失う。アスナは目を細めながらも、高畑の気配を探した。

 

 瞬動を多用し、アスナに居場所を悟らせない高畑。四方八方から、アスナに向けて空圧が飛んだ。それ一発一発が、骨折に至るような力強い攻撃。

 

「クッ……逃げ出せない」

 

 360度、全てから来る攻撃。どこに逃げても追ってこられ、ガードしようにもそれは難しい。アスナの咸卦法より、高畑の咸卦法の力の方が強かったのだ。

 

「力にはかなわないんだよ明日菜君」

 

 いきなり目の前に現れた高畑。それに対応しきれなかったアスナが、一瞬遅れて反応する。

 

「遅いよ」

 

 バックステップで逃げようとしたアスナに対し、高畑が豪殺居合拳を放った。

 ガードを超える、最強クラスの一撃。上から撃ち落とすように繰り出される。

 アスナは、地面にたたきつけられる。そして、アスナの重みで地面にできるクレーター。10センチはめり込んだそれは、いったいどれくらいの障壁なのか。

 

「ガッ――」

「アスナ様!」

 

 クルトの声が遠くから聞こえる。遠く? 意識が遠いのをアスナは感じた。

 高畑にやられた。そのことをやっと知覚する。

 

「来ないで、クルト……」

 

 体を動かそうとするが、自由が効かない。それでも鞭を打って指を動かして地面に触る。砂を揺らす。

 少しずつ腕に力を入れた。肘から奥が徐々に動き、起きるための支えとなる。

 つま先に、拇指球に力が入る。震えながらも、アスナは膝立ちになる。

 

「タカミチになんて負けられない」

 

 膝に置かれている手をゆっくりと離し、しっかりと地面に立った。

 クレーターの外から見下ろす高畑を睨み返す。

 

「どうだ、分かったろう明日菜君。結局は力だ。自分の成すべきことを決めるのは力だ。ナギさんは力があったから正義になれた。本質なんて自分が決める。正義が決めるんだ。そうだろう?」

 

 アスナは濁った眼の高畑を睨み続ける。

 

「世界に追われても彼らは英雄となった。なんでか、正義だからだ! 力を示したからだ!」

 

 フェイトに騙され、指名手配されても、力でアリカ姫を救い出した。指名手配の撤廃はなかったまま、彼らは大戦を終結させた。賞金首にもかかわらず、パレードや式典にまで招待され、いつの間にか賞金は消えていた。

 

「力で渓谷より救い出せた。問題にならなかったのは僕らに力があったからだ!」

 

 アリカを助け出した後も、彼らは英雄だった。顔を完全に見られても、それは変わらない。力がある者が正義になる。元老院に力があるなら、さらなる力でたたき伏せる。それが紅き翼だった。そう高畑は考える。

 

「ガトウ師匠がなにを考えていたとしても、力があるものが正しいんだよ明日菜君! ガトウ師匠は、負けたんだ。弱いんだ。そんな人は、もういらない」

 

 その言葉を聞き、アスナの目から光が消えた。

 

「ガトウ師匠は死んだんだ。正しくないんだ。正義ではないんだ。なら、正義の僕が正しい! 僕についてくるんだ明日菜君。僕の方が強い。僕の方が正しいのだから」

 

 手を差し伸べてくる高畑。

 アスナは震える。その異常性に。その傲慢さに。

 そして、ガトウを馬鹿にされたことに。

 

「ふざけるな」

 

 咸卦法のフルパワー。

 氣を最大限まで上げたうえでの王家の魔力。

 この力、高畑を上回るに足る力。

 

「ふざけるなタカミチぃ!!!!」

 

 アスナは一直線に突進。足をかけてきた高畑をそのまま轢き、壁に叩きつける。

 

「チッ、待て! アスナ!」

 

 奥から千雨の叫び声が聞こえる。しかし、それを気にしてる余裕はなかった。

 時間をおかずに追撃をする。相手が構える暇を与えずに、打つ、殴る、叩きつける、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る! 殴る! 殴る!

 

「ガトウさんを馬鹿にするな! 私を、アンタをかばって死んだ人を馬鹿にするな!」

 

 止まらない、ガードをされてもお構いなしに、アスナは攻撃を続けていく。

 

「あの人の死を侮辱するな!」

 

 少しずつ、高畑のガードが上がっていく。それに気が付いているのか、気が付いていないのか、アスナは攻撃を止めない。

 

「皆の行動を馬鹿にするな!」

 

 顔に集中させていた拳を、腹部から持ち上げるように大きな一撃を放つ。高畑の体は浮かび上がり、さらに蹴りこまれて宙へと上がった。それを追うために、アスナも地面をけった。

 

「アホ! 誘いだ!」

「アスナ様!」

 

 千雨とクルトの声があたりに響いた。高畑の唇は釣りあがり、笑みをうかべていた。

 空中は、逃げることが許されない。

 

「結果がすべてだよ、明日菜君」

 

 クルトが駆けた。アスナを護るために。だが、遠すぎた場所のアスナを追い越すには足りない。

 千雨は符を取り出して障壁を張る。しかし、千雨のとっさの氣では、焼け石に水だ。

 

「あふなふぁん!」

 

 不意に後ろから聞こえた。舌足らずの声。発声しきれていない、不完全な声。しかし、それは確実に明日菜のことを呼んでいた。

 振り返れば見えただろう。小太郎と戦いながら、千雨の叫び声に反応したネギが、高畑とアスナの戦いを視界にとらえたのを。そして、高畑が拳を振り下ろさんとしているのを見ていることを。

 とっさにポケットから仮契約のカードを取り出したのを。

 

「『召喚』!」

 

 ネギが叫ぶ。裏切られたと思っていた少女に対して。彼女を傷つけないために。

 彼女を護るために。味方のはずの高畑から遠ざけるために。

 淡い光が、アスナを包んだ。拳圧がアスナにあたるその直前。まさに一瞬で彼女の姿はその場から消えた。

 現れるのはネギの目の前。ボロボロになって、まともに声も出せない少年の目の前に彼女は姿を現す。

 残された暴力は、クルトが断ち切り、高畑とそのまま対峙する。

 千雨も、ネカネとネギを無力化できたと判断したのか、小太郎を伴って高畑と向かい合った。

 

「ネギ……」

「大丈夫でふか? 明日菜ふぁん」

 

 ボロボロになって、頬も腫れ、まともに動くこともできないネギが、それでもアスナを気にかけて声をかける。その、彼の姿をアスナはじっと見つめていた。

 

「この、バカネギ」

 

 アスナが一歩前に出て、彼を抱きしめた。

 ネギは、自分は悪いことをしていないと思っている。今だって、自分の生徒を護るために戦っていた。アスナを助けるのも、当然の行動だと、本心から案じて彼女を助けた。

 ボロボロになってまで戦う少年。自分がなにをしているのか、理解はしていない。けれど彼は知らないだけ、間違えているだけ。ただ、まっすぐな少年のまま。

 その方向を間違えただけ。だから、正していた。間違った考えを。

 本当は、ネギが悪いわけではない。

 だから、アスナはネギを嫌いきれなかった。

 

「こんなになって……」

 

 ネギの顔を触りながら、もう片方の手で頭をなでる。

 

「あの、明日菜さん?」

 

 ネギの言葉を端に聞きながら、高畑との戦闘に目を向ける。3人が連携して、高畑と戦っている。千雨が参入したことにより、高畑も咸卦法を使えなくなっており、威力の高い攻撃はできなくなっていた。

 しかし、常に前線で戦っていた高畑に対して、苦戦を強いられているのは当然だった。

 

「ネギ、ちょっと行ってくるね」

「え?」

「終わったら、説明はするから、今は私達のことを見てなさい。どちらが正しいのか、何が間違っているのか。あとでみっちり教えられるだろうけどね」

 

 あたふたしているネギをそこに置き、アスナは立ち上がる。そして、マガジンの残弾数を調べた。残り少ない。マガジンもあと一つずつ。しかし、アスナにはそれでよかった。

 高畑を倒すために、近づきながらも、アスナは照準を合わせていった。

 

「小太郎! 牽制、分身、犬っころ出して陽動!」

「了解や!」

 

 高畑に対して、千雨は攻撃を止めなかった。小太郎が、クルトが、自分が攻撃を放つ。その感覚を一切空けなかった。

 

「風よ、止まれ」

 

 空気の遮断による防壁、空気を逃がして相手の攻撃を弱体化させる。ついでに高畑の周りの酸素も少なくし、呼吸を辛くさせていた。

 

「神鳴流奥義、斬空閃!」

 

 クルトも、近づけば直接、離れるときには氣を放ち、攻撃を加える。

 

「くらいや!」

 

 小太郎の拳が高畑を捉える。そして、二発目を与えようとして、

 

「次は君がね」

 

 高畑の反撃に、小太郎は反撃できなかった。しかし、小太郎は拳を振るうのをやめない。ガードをしようとしない。

 

「甘いよ、先生。『召喚』」

 

 小太郎が、こぶしを振り上げた状態で千雨を護るようにして現れる。千雨はそのまま、手に持った転移符を小太郎に押し当てた。その効果で小太郎はまた転移する。

 

「グッ……」

 

 一切の迷いなく、力強く振り下ろされたその拳は、高畑の後頭部に吸い込まれた。

 そこにすかさずクルトが追い打ちをかける。

 

「ハッ!」

 

 鳩尾を捉えた斬撃は、高畑の肺と胃から、全てのものを吐き出させた。

 千雨は、その隙を逃がさずに、符を使う。

 

「宙吊りだ!」

 

 両手、両足に氣で作られたリングが生まれた。拘束され、身動きができない、ただ、攻撃を受けるだけの状態に。

 千雨はふと、考えた。この状況はあれに似てないか。

 本気の一撃を与えようとして、それを避けられた高畑。受け止められたか、避けられたかの違いはあれど、その一撃を放った後に、四肢すべてを拘束される。

 そして、主人公の全力全壊。

 

「千雨、どいて!」

 

 後ろから聞こえた声。もちろんその正体はアスナ。奇しくも、今考えていたアニメのパロディ武器を与えた少女だ。

 その二丁拳銃を前方に構え、全ての内蔵された魔力を全部吐きだしている。さらに自分の氣を上乗せしていた。

 千雨はとっさに結界を解く。そして、アスナは魔力を足して咸卦法を全力にした。

 千雨は、その後の行動を予測し、苦笑いをしながら小太郎を逃がす。クルトも、既にそこから撤退していた。

 逃げようともがく高畑。しかし、あと数秒はかかるだろう。

 充電の終わっているそれからは逃られない。

 

 そして、アスナが引き金を引いた。

 

「『ぱんつめくれーー!!!』!!!


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。