千雨降り千草萌ゆる   作:感満

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2話

 千雨は何十枚もの符を机に置いて墨を擦っていた。

 認識阻害符、結界符、転移符、治癒符。この4種類だけは自室での製造が許可されていた。

 火符などの攻撃性の高い符は麻帆良内では製造を禁止されている。

 その時千雨は「お前らは戦闘魔法しか使えないだろうに」と心中でつぶやいたのは記憶に新しい。

 その証拠に治癒符などは時折貰いに来たり買いに来る生徒や先生がいる。認識阻害は効果を知っているものしか使えずに、なんとなくで作っているだけとか。

 まぁ、人によってはそういったもの専門の後方支援部隊もいるのだが、そういう人はこちらを敵視していない人ばかりなのでそこについてはあまりイラついていない。

 むしろ魔法教本をもらったりしているので感謝しているくらいだ。

 お礼に自作してみた認識阻害阻害符なるものを渡してみたら自身に使うより反応が強く確認された。

 しかし、残念ながらその人の考え方は変わらなかった。麻帆良の常識に捉えられたままであったのだ。

 

「君は……実は君の常識は違うと修正されて、君の生きた十数年の知識をその場で捨てることはできるかい?」

 

 と言われたのを千雨は一生忘れないだろう。

 今その場で効果を消しても蓄積された人生は、その歴史は変わらない。

 中世の魔女狩り等を見てもらえればわかるとおり、簡単に人民統制で思想を統一できるのだ。記憶や経験というものはたやすく変わることではない。

 君のいう手遅れだね、と笑いながらも麻帆良で生きることを選んだ彼は今は千雨を否定している立場へと変わってしまった。

 千雨は擦った墨汁を筆につけ、大きく深呼吸をした。符のつくり方には何種類かある。

 千雨が使うのは書いている間に魔力を込めるタイプと書いた後に魔力を込めておくタイプだ。ほかには使用時に魔力や氣を込めるタイプなどもある。

 ゆっくりと丁寧に呪を書き込み魔力を込めていく。

 千雨は今後の生き方を模索するうえで符という手段を選んだ。

 裏を知る人間としての義務などを教えられた。千雨は自分では前に出なくとも貢献できる符を売ることで義務を果たそうとする。

ついでにそのまま符を作ることを仕事にしてしまえば後楽だとも考えている。ちなみに転移符だけで一枚30万で買う顧客がいるので3枚ほど買ってもらえればその年は普通に暮らせる。大人になっても月に1枚売れれば細々とは暮らせるだろう。

 しかし機能としてはそのくらいの価値があるのだが、どこに皆そんな金を持っているのかが不思議だ。

NGOや人助けで金は入らないのに生活していけているのは不思議で仕方がない。そのための麻帆良なのかもしれないが。

呪術協会は昔からの歴史で政府から金が支払われているらしい。関東もそうなのだろうか?

 まぁ、大学部の技術力だけで麻帆良の魔法使い全員が食べていけそうなものなのだけれど。それをしていたら魔法使いが技術力の独占と操作をしていることになる。

 書いた符を一枚一枚並べ、魔力の流れに異常はないか、正常に作動するか調べてそれぞれを専用の入れ物に入れる。

 この符のほとんどは麻帆良で使われることになる。刀子さんや刹那、龍宮がよく使う。といっても侵入者なんてまず来ないために治安や世界樹の魔力に誘われたぽっと出の妖怪、練習用の場所の区切りなどにだが。

 

 一息ついていると電話がかかってきた。相手は桜咲刹那、一応は関西呪術院に所属する同僚だ。

 

「どうした?」

「すまないが至急結界符と認識阻害符をくれないか?」

 

 電話の向こうでは微かに爆発音などが聞こえている。何かあったのだろうか?

 

「用途を説明しろ。作り終わっているのもあるがそれによって調整してやる」

 

 刹那から発された言葉にまた千雨はため息をついた。

第一声でネギ先生という名前が聞こえたからだ。図書館島以降も、彼はこのかがお見合いから逃げているときに杖で飛んできたところを、刹那がとっさに認識阻害をつかってネギの飛んでいたのはCGだという言い訳を信じさせたのだ。

 そのときの報告では関東魔法協会の長が無理やり関西呪術協会の次代長の第一継承権のあるこのかに息のかかったものとお見合いさせているという件も合わせて報告したが、何の進展もなかった。

 

「特に今回必要なわけではないです。すでに手持ちを使って認識阻害はしたので……」

「じゃあ補充用ってことか?」

「はい、すみません。いつもより余分にいただけませんか?」

 

 刹那の使う認識阻害符は2年の3学期ころから約3倍に膨れ上がっている。それに足る量を供給しているのに足りなくなるというのは相当なのだろう。

 

「わかった。それで後ろのBGMは非常に斬新だがどうしたんだ? 今日はそんな当番でもないだろうに」

「今エヴァンジェリンさんとネギ先生が戦っているんだ」

「あぁ」

 

 そういやわざわざ言われたっけなと千雨はその時のことを思い出した。

 普通にかかわる気もないのにネギが教師となってから何度も念を押すようにかかわるなと言ってくるのだ。

 

「わたしは芸人じゃないっての」

 

 毎回そのあとに肌に張っていた使用済みの防御符をはがすのだが、回を追うごとに威力が強くなっている。

何をさせたいのか、千雨はわかっていたがわからない振りをしていた。以前にエヴァンジェリンとの争いに関与するなと言われたのを思い出す。

 

「また巻き込まれたのか?」

「いえ、宮崎さんが巻き込まれたのをネギ先生が阻止したそうで、それを神楽坂さんとお嬢様が見つけました」

 

 それが巻き込まれたと言うんだ。その言葉を千雨は必死になって飲み込んだ。価値観の相違というものは同僚の桜咲にも根深く息づいていた。

 

「んで二人はどうしたよ」

「神楽坂さんはネギ先生を追っていきました。お嬢様は裸の宮崎さんを寮に送っているところです」

 

 どうやら、こういう時に限って正義の味方は現れないらしい。

裸の女性を抱えているという格好のエサが夜の街に徘徊することになるのだ。

 麻帆良のことだからすぐに人がたかってすぐにやられてすぐに改心してすぐに忘れるのだろうが。

 

「じゃあお前は電話なんてしてる暇ないんじゃないのか? 手伝ってやれよ」

「いや、今私が行くのは不自然だろう」

「なら先の道か何かで飲み物買ってるとかしてたまたまあったようにしろ」

「しかし、お嬢様と接触するのは……」

 

 そのあともごにょごにょ言っているのにイラついた千雨は瀧宮にでも手伝わせろと言って電話を切った。

 そしてあらかじめ用意していた符の中から一セット取り出して転送符で刹那の部屋に転移させる。本来ならばポストにでも入れるのだが、自分の部屋、テリトリーから動く気が起きなかった。

 その後も千雨は何もする気は起きずに出していた道具も片付けないでベッドに横になり眠りについた。

 

 そして次の日

 

「なんだよ、ありゃあ」

 

 目の前の光景を見て愕然とする。

 神楽坂明日菜に担がれて登校する担任。

いつもは胸中でつぶやいていたものが言葉として紡がれてしまうほどのインパクトがあった。

 ネギが教員の会議に出ていなかったり行事のプリントを配ったことが一切なかったり連絡網が回っていないのはいつものことだが、さすがに担がれての登校はありえなかった。

 ついでにエヴァンジェリンを恐れているようで、茶々丸にあっただけでおびえている。

 

 最悪だ。

 その時、千雨ははっきりとそう思った。

 そしてそれが間違いだと気が付いたのはそれから何日もたたないうちだった。

 

「10歳の僕のパートナーなんて嫌ですよね?」

 

 授業をせずに、暗い顔をしてパートナーなんて言い出している。

こんな発言許されるはずがない。態度もそうだが、パートナーという言葉を一般人の前でしかも勧誘している。

 一歩間違えれば死ぬ世界にだ。

 確かに、周りで死傷者なんてほとんど出ない。けれどネギは知っているはずだ。大戦という名の殺し合いを。

 そして殺すことが名誉と富を得ることであり、大量殺戮者が英雄であるということを。

 いままでは呆れだったが今では怒りに変わっている。

すぐにネギは立ち去ったが、感情というものはすぐに収まるものではない。周りの人間は騒いでいるし、他の魔法関係者の反応もそこまで否定的ではない。

 

「ふざけんな」

 

 千雨はホームルームも無視して教室を出た。余談だが、その後結局ホームルームは開かれなかったらしいので、行動が問題視されることがなかったのは幸いだった。

 そして、それから千雨の行動は早かった。

 すぐに麻帆良から出る手続きを取る。

 文句を言ってくる奴らがいたが現状のネギの行動と自分の胃の調子を教え、秋葉原に繰り出すんだと叫んだら、許可が下りた。相手はHPを確認している魔法使いだったので逆に同情されてさらにいたたまれなくなった。

 もちろん行く先は秋葉原、なわけだが目的は公衆電話を利用した電話だ。千草のもとに電話をかけて情報と愚痴をぶちまける。

 

「って感じだったんだよ。千草姉さん」

『なんやもうダメやなあそこは、もとからそうやけど。結局自分たちのことしか考えてへん。ご立派な魔法使いたちの集まりや』

 

 千草のため息が公衆電話の先から漏れ聞こえる。それを聞いた千雨は自分でも同じようなため息を吐いた。

 

「ついでに修学旅行先の京都っていうので魔法先生はうちの担任だけっていってたろ」

 

 その後、いたたまれない静寂が二人の時を支配したが、埒があかないと千雨がさらに話を切り出す。

 

『あぁ、そやな』

「護衛の桜咲はいいとして、うちには魔法生徒が一人、関係者で傭兵が一人。一般人だが人をたやすく吹っ飛ばすのが一人に忍者が一人いるぜ?」

『先生やなければいいって話やないんやけどな』

「ついでに魔法先生が他についてきたら笑えるよな」

『さすがにそんなバカしませんやろ。これ以上東西の仲こじらせるような』

「この前先生が修学旅行中に西に親書渡すから陰ながら支援しろって桜咲と一緒に呼ばれて言われたぜ」

『なんやて!? こっちが恨んどる英雄の息子に学校の修学旅行ついでに親書もたせるんか!?』

「ついでに言えば見習いの、しかも関東に所属してないお子様にな」

 

 ネギ・スプリングフィールドはあくまでイギリスのウェールズから修行に来ているにすぎず、関東魔法協会の人間ではない。

今回東の長である近衛近衛門は大戦時にできた亀裂を埋めるために親書を出すことにした。

 それを受け取るのは婿養子の詠春だからどんなことでも許されるのだろう。

 

 たとえば見習いに持たせても。

 恨みの原因の関係者に持たせても。

 自分たちが大戦に巻き込んだにもかかわらずに謝りもせずとも。

 修学旅行のついでであろうとも、生徒を盾に一般人を巻き込むなという無言の脅しで脅迫しながらの行軍でも。

 

「まぁ、私は最終的に関西のが残って札卸せればそれでいいけどな。どちらにせよ麻帆良から出るのが第一だけど」

『あんさんには派閥やらは関係あらへんからな』

 

 本で習える初級程度の魔法なら使える千雨にとっては西も東も関係なかった。麻帆良の人間が何しようと関係ない。千雨の行動範囲外であるならば。

 しかし逆に、今の状況は千雨のテリトリーを荒らしているために西寄りな行動になっているのだ。

 

「千草さんは今鹿児島だっけ?」

『そうや、もう終わったけどな。あんさんに作らせとった符がなかったらあと2週間は帰れなかったわ』

 

 今の長が率いる派閥以外の権力、武力のある人間は本拠地にいない。いるのはごく少量の魔力しかない巫女か使用人だけだ。

古くからの組織のため、一回決まってしまったものには従うしかないことを利用して強権を発動させたのだ。

 それに対し、千草は千雨が作った符を使って強行軍によって時間を短縮させたのだ。他にも数名仕事を終えて戻ってくるものがいるが、いつになるかまではわからない。

 過激派になればなるほど遠くの地に飛ばされている。

 

「じゃあ間に合うんだな」

 

 何にとは言わない。千雨も千草も考えてることは一緒だった。

 昔からそうだった。そして、それは許されてはならないことだった。

 二人にとって、それは許容できないことだった。

 だから抗う。一人だろうが、二人だろうが。

 自分の居場所を見つけるために。

 奪われた場所を取り戻すために。

 

 

『そうや、下克上や』

 

 千雨は電話越しに千草の熱のこもった声を聞いた。

 


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