千雨と千草はスーツ姿で会議室にいた。
対面には数名の男女。その中でも初老の男性が胸元からハンカチを取り出して、一筋垂れた額の汗をぬぐう。
そのままの流れで、目の前のお茶を一口飲むことで緊張を緩和させようと試みた。
「それで、説明していただいてよろしいでしょうか」
若干訛りが残りつつも、標準語に寄せた言葉を紡いだ千草。
机の前に置かれた書類には、一人の少年の試験結果が書かれていた。
「申し訳ありませんが、受け入れることはできません」
「そちらは昔からのお付き合いですので、受け入れてもらえると思っていたのですが……」
「確かに過去何回か経験はありますし、この子の生い立ちは考慮させていただきました。それに、明るい性格をしているためクラスメイトとの交流には問題ないでしょう」
「それではなぜ、受け入れていただけないのでしょうか」
男性は、自身の前に置いておいた封筒を千草へと向けて押し出した。「机越しに失礼いたします」と断りを入れて差し出されたそれを開封し、複数枚のそれを千雨にも見えるように並べていく。
「その……学力がですね、足りていないのです。そちらでもある程度教育した後は見えますが、年相応の学力かと言われますと」
全てというわけではないが、色で言うのであれば『赤』が相応しい点数がずらずらと並んでいる。
学校に転校するためのテストであろうそれの名前記入欄には「犬上 小大郎」と書かれていた。
「まだ10歳ですので致命的ではないのですが、集団の勉強をするよりは苦手なところを直してからでも遅くはないかと。市内の交流活動には是非とも参加していただき、中学生になる際にこちらに編入させていただくために手続きをするという事でいかがでしょうか」
小中高の一貫校である我が校では、それでも遅くないと思います。と男性-理事長-は千草に声をかける。
目尻を吊り上げ、感情を隠そうとしない千雨を横目に、千草はため息を吐いた。
帰ってきた二人は、とりあえず融通してもらった教科書とドリルを叩きつけるように小太郎の机に置くと、膝を突き合わせるように座る。
「せっかくのチャンスやったのに……帽子を被って通える一般校は貴重なんやで。それでいて本山に近い場所っていうとあそこしかない。今回も小太郎以外は受け入れてもらえたんや。せやのに」
あまり活発的に交流をすることもなく、ごく普通の“人”の姿から少しでも離れている容姿の関係者は、今までは各地で個人学習か、寺小屋レベルの学習しかしていなかった。その上、成長した後も基本的には社会に混じることもなかったので、現代の常識と知識を無理やりに覚える必要もなかったのだ。
そのため、小太郎のようにカードゲームをしたい。とか、特撮が好きでヒーローショーを見に行きたい。という理由がない限り、一般常識を積極的に学ぶという事もしていなかった。
小太郎は、千雨の付き合いで日本橋に荷物持ちとして行くこともあり、その中でゲームやアニメを知り、移動中に周囲の環境を覚えていた。彼自身の性格も、戦闘面で言えば一言いいたいことがあるものの、10歳の少年が周りに振舞うには、明るく気持ちのいい性格で、周囲のことも気を配ることもできるし、女性にも優しいところのある悪ガキ風味の好少年と言えるだろう。しかし、
「さすがに小学校のテストでこの点数はねぇだろ。名前も小太郎の郎じゃなくて、太を大に間違えるって何だよ。あいつ符の勉強もし始めてるのになんで自分の名前の漢字間違えてるんだよ」
「数学やなくて算数。しかもいつもカードゲームで点数計算とかしてるレベルのもんなんになんで間違えるんや。英語はそもそもウチらかてそんなできひんから文句言われへんけど」
そもそも教える側で英語をできる人間が少ないため、協会内の教育ではカリキュラムに入っていないこともしばしばあった。
その上、指導側も特に専門ではなく引退した後の娯楽レベルで教える者しかいない。
さらに、異形とも言える者たちに教えることになるので、人が率先してやることもなく、部族の人々がやることになると、昔の知識レベルからの指導になることも多く、現代の学校の指導レベルに足りてるかと言われると微妙なところであった。
それでも、教科書の類はそろえることはできるし、ドリル等の問題集も配布している。
結局は個人の興味と努力次第なのだ。
その中でも千雨は、自分のことは棚に上げながら小太郎には勉強をするように指示を出している。
少なくとも、怪異の退治に向かう際には公共交通機関も使うし、周りの人との交流や聞き込みが発生する場合もある。判断のための知識と常識はある程度必要になるからだ。
それに加えて、今回の転校は今後の世界情勢を考えてのことでもある。
魔法世界の崩壊。それによる影響で、今後はあちらの世界の住人は表に出てくる可能性が大きくなってくる。世界の表と裏。本山のように裏を隠せる場所が世界にどれだけあるのか。
足りなければ溢れ出す。その先の未来では『魔法』。それに類する事項を認知させていくことも必要になって来るだろう。ともすれば、獣人や魔族のような異形の者たちが世界進出することもあるだろう。
そのための準備として、隠れて社会進出しておくのもいいだろう。桜咲のように完全に人の姿となれる者はもちろん問題ない。その次は耳と尻尾を隠すことが出来れば問題ない姿の者たちだろう。
実はいつも一緒に過ごしていた友人が、ケモミミケモしっぽのイケメン少年だったとなっても、現代日本においては忌避される可能性は低いのではないのだろうか。
協力先としても問題はなかった。
ある程度地位が上の人になればなるほど、世界の裏というものを知ることが多くなる。
教育機関なんて学校の怪異発生というものに対応する必要がある。
そんな中で、事情を知ってる相手に正面から相談され、生い立ちや事情を聞き、協力をしようと前向きになって、これだったのだ。正論すぎてごねることもできない。校外の活動、市民や保護者交流のバザーや子供キャンプなどには招待してくれると言うので、気にしてくれてすらいるのだ。
それだけに逆に申し訳なく、情けなかった。
「それで、あいつは今日どこにいるんだ?」
「近くのゲームセンターで遊ぶって言うてた気がするわ」
「そうか……」
天井を見上げ、額に手をあてて考え込む千雨。
自身が成績優秀者という事もないので、強く言えなくてもどかしい気持ちになっていた。
千草も千草で、社会人の常識があるかと言われると会社で普通に仕事ができるような性格ではないし、知識も呪術に傾倒しており、高校生と知恵比べをして勝てるかと言われると微妙であった。
さらに年というのは残酷なもので、昔の勉強の記憶も、指導要領も変わっているためはっきりと責めることはできない。
「麻帆良でも馬鹿には限度が……なかったな」
麻帆良での生活の中で、成績不振者だった者たちを思い出す。
桜咲も一定までは小太郎と同条件だった。それなのに、それ以下が5人もいた状況なのだ。
あそこもあそこでなかなかのものだったのだろう。
それとも桜咲の努力が実った結果なのだろうか。
「どうすればいいんだ?神鳴流のやつらの成績は数年前からグッと上がったって聞いたけど、どうやったんだ?」
「なんや、青山のお嬢はんが帰ってきたときに状況を見かねたらしゅうて教えてくれはったようどす」
「素子さんだっけ?東大合格したって聞いたけど、教えるのもうまいのか?じゃあこっちも頼んで一緒にやってもらうか。でも、今現役学生なら忙しいんじゃないのか?」
「それが、後日事情を知ってる友人の男性を2名ほど連れてきてくれたみたいで、定期的に教師を依頼してるとか言うてはりましたえ」
どこまでの事情なのか、小太郎たちを見せていいのかがわからないから、すぐに真似をできるかは分からなかった。
それでも、月詠のような子も懐いてると聞き、もし可能ならばこちらも入学まで教師役を依頼しようとする二人だった。
最近古い漫画を買いました。
セットで38巻のものです。
続編もあったので28巻買いました。