千雨降り千草萌ゆる   作:感満

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31話

 千雨は目の前の人物が誰かを理解すると、“卸”ちる。

 

「どなたかしらぁ?私に用事ぃ?」

 

 一瞬にして雰囲気の変わる千雨に、フードの奥で唇の端を吊り上げた。

 

「凄いですね。一瞬にしてあなたを知覚できなくなりました。本当に不思議だ。先ほどまでとは違う人がそこにいるようだ。今の“貴女”の人生をどう視ることが出来るのか、知りたくはありますが……お茶にお誘いしてるお嬢さんは長谷川千雨さんなのですが」

 

 一歩千雨へと歩みを進めるアル。それに合わせて千雨は一歩下がりながら手に持っているハルバードを前へと構えた。

 

「私は『ロウリィ・マーキュリー』よぉ。あなたが言っている方はここにはいないわ。人違いじゃなぁい?」

「いえいえ、合ってますよ。私が話したいのは“こちら”ではなく“あちら”ですので」

 

 お互いがお互いを見つめ合いながら、ジリジリと距離感を微調整する。

 周りのスタッフはちらりとそちらを見るものの、何事もなかったかのように横を通り過ぎて行く。

 ここで大声で悲鳴をあげればどうにかなるかと考えるも、会場を離れた後に追いつかれるので意味はないとその判断を放棄する。

 見つめ合いながらいくつも案を出しては棄却し、離脱の手段を探るものの、千雨は解決策を見つけることが出来ない。

 

 膝と足首の重心を変え、相手に揺さぶりをかけるも余裕の笑みを崩さないアル。

 あれはどうだこれはどうだと周りには見えない中で仕掛けを掛けるも効果はなく、転移符で逃げようとした時だけ、アルが阻止しようと反応されてしまう。

 何をやっても無駄だと悟った千雨は意識を戻して大きくため息を吐く。

 

「ぁあ?何でいきなり話しかけてくるんだよ。ほっとけばいいだろ?お前は」

「いえいえ、そんなことないですよ。私の領域にいきなり知らない存在が現れたんです。一目見ておきたいというのは自然の摂理でしょう。さらに、来てみるとこんなにも素敵な方だったんですからお茶にお誘いするのは当たり前でしょう。色々とお伺いしたいこともありますし」

 

 そう言いながらもわざとらしく手で手紙の形を作るアル。

 その時点から把握されていたことを知った千雨は、より警戒心を強めることにする。

 

「で、どこ行くんだ?もちろんエスコートしてくれるんだろうなぁ。あぁ?」

「そうしたいのはやまやまなんですが、誘っておいてなんですがお茶の準備をするのに少し時間がかかりまして。お手数ですが会場まで来ていただけると助かります」

 

 知っているのでしょう?と手を図書館島の方向へ向ける。

 それを見た千雨は舌打ちをして頷いた。

 

「では、お待ちしております」

 

 そう言って文字通り姿を消す。

 残された千雨は頭を抱えたいのを必死に抑えながら、いやいやゆっくりと牛歩で図書館島へと歩みを進めた。

 途中で買い食いをしようとしたが、姿が見えないまま「こちらでご用意しておりますので」と言われて買おうとしていたサンドイッチを諦める。

 監視が続けられていることがわかりさらに気持ちが沈んでいく。

 今なら転移符で離脱ができるのでは?と思ったが、一旦学園の外に出てやれることもなく行動には移せなかった。

 

 

 

 図書館島に着き、そのまま奥へと向かう。

 所々魔法先生の警備を搔い潜りながらアルのいる場所へと進んでいく。

 下に向かうにつれて、手足が震えていくのがわかる。

 

「この服装で地下に潜らせんじゃねえよ……」

 

 口の中で愚痴を呟きながら、目的地へと歩み続ける。

 やっと目の前までたどり着いたそこには大きな門のような扉と

 

「グルゥゥゥゥウウウアアアア!!!」

 

 ドラゴンだった。

 上空から大きな声で威嚇をしながら急降下する姿をとらえた千雨はとっさにハルバードを前に構え、頭上を高速で通過するドラゴンから身を護る。さらには吹き飛ばされそうになったのを、石突を無理やり地面に刺して耐えた。

 

「もう勘弁してよぉ!!地下にいるだけでも耐えがたいのにそこで龍と戦わなければならないのぉ!?」

 

 体勢を立て直した千雨は、地を這うようにドラゴンに向けて走り始めた。

 片手で自分の獲物を回転させながらその勢いを生かし、翔けた勢いと合わせて後ろに回り込みながらもドラゴンへ飛び掛かる。

 それを尻尾でガードし、同時に千雨を弾き飛ばしたドラゴン。さらに追い打ちに火を吐いてきたのを確認した千雨は空いている方の手で壁に生い茂った木の根を掴んで横へと跳ねるように転がった。

 そのまま止まることなくドラゴンを中心に走りながら距離を測る千雨。

 所々付いていた擦り傷は駆けている間にもふさがっていく。

 一定にならないようにフェイントや障害物を利用しながら機会を伺う千雨。

 しばらく睨み合いが続く。

 しかし、続けば困るのは走り続けている千雨の方だ。

 勝負を仕掛けるしかない。

 緩急を強くし、一瞬相手が反応できなかったのを確認した。

 

-今-

 

「あ、いらっしゃってたんですね。すみません。貴女が来ることを伝え忘れてました」

 

 奥の扉が普通に開き、アルが姿を現した。

 いきなりのことに仕掛けのタイミングを逃した千雨は攻撃を中止し、一気に距離を取る。

 ドラゴンはそんな千雨を気にせずにアルを見つけると彼へと向かって行った。

 そしてそのまま彼に顔を近づけると、そのまま気持ちよさそうに鼻頭を撫でられていた。

 さっきの威嚇時の声と全く違う、甘えるような喉声を出しているのを構えを解かずに眺める千雨。

 ひとしきり撫で終わった後に、アルが千雨へと向き直る。

 

「失礼いたしました。この子は番龍として飼っておりまして、侵入者を排除するように言ってあるんです。学園の人なら追い出すだけなんですが、違う場合はこうガブッと」

「必要がないなら、帰ってもいいんだけどぉ。どうしてこんな地下に呼ぶのよぉ」

「いえいえ、おもてなしさせてください。ほら、この方は大丈夫だからもう行きなさい」

 

 そう言ってドラゴンを帰す。

 その様子を見て構えを解いた千雨は、意識を切り替えつつアルを睨め付ける。

 

「呼んだんならこんなめんどくさいことさせんじゃねえよ」

「ここに人を呼ぶなんてもう覚えてないくらい昔のことですので、ついうっかり忘れてしまったんですよ」

「ハッ……どうだか。せめてお前のお眼鏡にかなっていないことを願うよ」

「見事でしたよ。視るかぎりあなたは後衛職メインの方なのに、とっさに接近戦であそこ迄やれる後衛はそうはおりません。さすがキティの弟子ですね」

 

 話をしたまま促され、千雨は階段を上り扉の前にいるアルの下へと歩いていく。

 そのまま一緒に扉をくぐると、そこには壮大な樹木に囲まれた塔があった。

 スロープのない浮いた地面の道を通ると、当の中は四方本棚に囲まれており、さらにその奥にいくと自然のよく見える大きなテラスが姿を見せる。

 そこには様々なフルーツを主体としたお茶菓子の並んだティーセットが準備されていた。

 

「そんなことまでわかるのか。あんたとは会ったことはないが、変な噂はよく聞いている」

「そんな変なことはしてませんがね。実際の動きは違くても、癖やスタイルが師と弟子は似るものです。それを見ただけですよ」

「そうかよ……っと、ちょっとそこの影借りるぜ」

 

 千雨は一言掛けると、物陰に隠れるようにしてアルから離れた。

 そして、着ていた『ロウリィ・マーキュリー』の姿から元の姿へと戻る。着ていた姿のまま地下にいるのは辛かったからだ。

 

「なかなか器用なものですね。もちろんそちらでも素敵ですよ」

「お世辞ありがとうよ。だけどな、そんなもんじゃなくて目的を私は聞きたいんだが」

 

 戻ってきた千雨は、アルに引かれた椅子の席に腰かけると目的を問いかける。

 紅茶を千雨のティーカップに注いだ彼はそのまま向かいの自席へと向かい、自分のティーカップにも注ぐと正面に座った。

 

「結界内に見知らぬ反応が現れましたので、監視させてもらいました。そして、同時に貴女に興味を惹かれました」

 

 “アデアット”と呟き、アルはアーティファクトである本を取り出す。

 

「貴女の人生は非常に興味深い。それは、こちらの貴女に待ち受けるものとは全然違うものです。そして、そちらで起こったこともこちらとは全然違う。ならば、これからどうするのかを知りたいと思うのは当然でしょう?」

 

 そう千雨に問いかけた。

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