「おい刹那」
京都に到着し、バスに乗ってやってきた清水寺。
クラスメイトが清水の舞台に向かっているところを千雨は刹那を呼ぶ。
クラスメイトが先に行く中、二人は端に寄り体を隠すように話し始めた。
「なんだ?」
「これ、ネギ先生に返しといてくれよ」
そう言って取り出したのは先ほど千草が奪った親書だった。
刹那のポケットに、押し付けるようにねじ込んだ。
それを見た刹那は驚愕に目を見開いた。
「なっ!? なんでそれを!?」
「さっきお前が奪い返したのは偽物だ。本物の親書はこっち。これが写メな」
千雨は携帯を取り出して中身を見せる。
数枚入っていた親書の中身は形式的なものもあるが――特に1枚、あってはならないことが書いてあるものがあった。
「この親書の内容は関西呪術協会の所属員全員に送られた。もちろん長に知らせるようなやつを除いてだけどな。京都にこの親書が届けられても一切効力はない。むしろ長を引き摺り下ろすための材料になる」
「ならなぜすぐに連絡しない!」
「そんなこと決まってんだろ。私も引き摺り下ろす側の人間だからだ。正確に言うなら引き摺り下ろす側の人間の側にいる人間だがな」
刹那は一度自分のポケットに入った親書を見る。それを取り出し、制服の内ポケットにしまった後に竹刀袋に手をかけた。
「貴様……恩を仇で返すのか?」
睨みをきかせ、怒気を顕にする刹那。
しかし、千雨はそれに対するでもなく、ただ刹那を見るだけだった。
何を言っているのかわからない。そんな表情を刹那に向ける。
「恩を感じているのは長じゃなくて千草姉さんだ。むしろ麻帆良にとどまり続けさせる長には恨みしか感じないね。お前も恨みくらいあるんじゃないのか」
「私は長に助けられ、使命を頂いた。それにお嬢様を守るためには貴様をそのままにはしておけん」
その言葉を聞いた千雨は細目で刹那を見た後に口を開く。
「助けられたから自分を盾にするような仕事をするのか。それは支離滅裂なことだと思うがな。それに、お嬢様を守るなんてそんな見え透いた嘘をつくな」
「なんだと?」
「守るってのは危険に合わせないようにすることだ。それならばまずこの旅行に連れてくるべきじゃない。それに、麻帆良でもかなり護衛が必要な場面があったと思うぜ? その時お前は何をしていたよ」
「私はいつでも出れるように陰からお守りしていた!」
刹那の目には何の狂いもない。自分は間違っていないと自信を持っていた。
「お見合いをするということは魔法協会の息がかかる。
連れ戻すか殺される危険性が高くなるぞ。その時お前は何をしていた。
ネギ先生と同室になった時も同じだ。復讐対象と一緒にいる裏切り者という図は憎しみを持つ者にどう映る。
しかも仮契約の方法を危険性も説明せずにほのめかして失敗とはいえカードの出現までさせてしまっている。護衛としてお前は何を考えている?」
「私が考えているのはお嬢様の幸せだけだ」
「お前は近衛の後ろについて回っているだけで幸せなんて作ってもいないし守ってもいないと思うがな」
このかの幸せは平穏な暮らしだろう。ぽやぽやした性格の彼女はいくら芯があったとしても血なまぐさい世界には似合わない。
いくら魔法使いの怪我が、魔法によりかなりの重症を負ったとしても治癒可能だったとしても、それを見ること自体、知ること自体すべきことではないのだ。
このかのことを考える行動なのか。誰のための行動なのか。
このかの現状の幸せを維持するならば、まず知られることを避けるために麻帆良に行かせるべきではない。
その時点で対応が間違っている。穏健派のリタイア組の住まう地の中から選んで、そこに預けたまま普通の学校に通わせればいい。それこそ全寮制の学校など探せばいくらでもある。
魔法使いの街に送っているのが間違いなのだ。少なからず彼女は手遅れの状態に精神が成長してしまっている。麻帆良の常識に彩られてしまっている。
「守るときに有効なのは知られないことだ。それが無理ならそのものの価値を見せないこと。価値を消すこと。
近衛に普通の生活を送らせたいなら魔力を封印するなりすりゃいいんだ。それをしないのは何のためだと思う? 長は心の奥では捨てきれないんだよ、呪術師近衛木乃香を」
「そんなことはない!」
「ならなぜ近衛はまだ呪術協会に所属しているんだ?」
必死に否定する刹那を千雨はあざ笑うように告げる。
近衛木乃香の継承権は破棄されていない。破棄されていれば次期当主になれないからだ。魔力を封印することをしないのは近衛詠春の親心ではないかと千雨は考えている。もし知ってしまったときにあるべき場所を作って選択肢を増やさせるために。
その親としての選択は部下にしてみれば許せるものではない。
そもそも近衛の血を持たない人間が当主になり、その者の本分は呪術ではなく剣術。その上当主の功績は味方殺しの大戦の英雄だ。
近衛詠春が長になることじたいが魔法世界に下っているという証拠に他ならなくなる。
魔法使いは魔法世界と魔法使いのために活動している。
呪術師は日本の守護のために活動している。
目的が違う上に、目指すものも違う。そんな組織が足並みをそろえろというのも無理な話だ。
そもそもおかしくなったのは近衛近衛門の関東魔法協会の会長就任だ。
西と東の関係を、義親子の上下関係をそのまま組織にまで影響させている。
その状況を、西の人間たちが許せるはずはない。しかもその上下関係が下の人間にまで浸透させているのが問題だ。
魔法世界の人間は魔法世界の基準で行動する。それは当然のことだろう。
しかしそれを他の人間にまで当然のように押し付けるのが間違いなのだ。
今回も清水寺には結界が張られている。麻帆良学園と同じ効果のものが。
他の参拝者にも嫌な思いをせずに過ごしてもらうためのものなのだが、それは同時に、そんなものを使わなければ一般人に影響のある行動や騒がしさになるということになる。
そして、それを京都の人間と関西呪術協会の人間に強いている。
よくよく見れば一つのところで騒ぎ散らす集団がすべて麻帆良の学生たちだ。他の学校の生徒も幾人かいるが、隣の人と私語をする人たちはいても騒ぎ散らして喚いて走り回る人なんて小学生ですら見られない。せいぜいが土産屋の木刀を見て笑っている程度だ。
つまり、異常の地に追いやっていたのに戻ってくる彼女は危険性が高くなる。壊れた常識の中で生まれた人間の采配なんて、誰が期待できようか。それを阻止するために強行手段に出るものは、現状より多くなるだろう。
けれど、このかの周りはそんな状況はもちろん望んでいないはずだ。ならばどうすればいいのか。まともな判断をつけさせるか。しかし、上の人間が既に機能していない以上そんなことはできない。
ならば、関西呪術協会に所属させていること自体が間違いなのだ。もしくは魔力のタンク、魔力許容量をなくしてしまえばいい。才能がないものに人は近寄らない。
できるかどうかは別として、手段としては試みてみるべきことだろう。もしくは近衛自体が関西呪術協会を離れて魔法協会に行ってしまえばいい。
関西呪術協会にいることは権力を利用する以外に近衛にとってむしろ邪魔になっているのだ。
結局は西も東も支配しようと考えている近衛の考えが見え透いているだけなのだ。
「この状況を作ったのはお前等だ。近衛がどうなるかは知らないが、旗本にはならないししないだろう。あって人質くらいだから死にはしないよ」
「……今回の件を企てたのは誰だ?」
「言うわけないだろ? あえて言うなら全員だ。そして、それをさせたのは長だ。
わたしは成功しようとしまいと関係ないんだ。お前たちに卸してるだけで一般人の生活できる水準の賃金は手に入るからな。
私を疑って突っかかるくらいならお嬢様のところにいったらどうだ? 呼び止めた私が言うのもなんだけどな」
千雨の方針を知ってはいる刹那は、もう一度千雨を睨むと千雨の言葉に従って近衛木乃香のいる方向へと走って行った。
千雨は龍宮に電話をかけて護衛の代行の礼をいって離れていいことを伝えた。
そしてクラスの集団に戻った千雨が見たものは酔いつぶれたクラスメイト達だった。
「何やってんだよこいつらは」
とりあえず報酬の餡蜜の代金を払うために茶店へ。そこには5杯ほど餡蜜のあったであろう器が置かれていた。
「よう、お疲れさん」
「や、そちらもお疲れ。遠慮なくいただいているよ」
そういいながらも餡蜜をもう一つ頼む龍宮。それに合わせて千雨は白玉ぜんざいを頼んだ。
「んで、どうしてああなったんだ? うちのクラスは」
「清水の恋愛成就の水に酒が混じっていたのさ。かなりいいものだったよ」
「飲んだのかよお前……」
恋愛成就の水を飲む龍宮を想像できなかった千雨が、呻くようにして言葉をこぼした。
「君、いささか失礼じゃないのかい?」
「すまん。本当に想像できない。むしろその水掬って売りさばくくらいしそうだ」
「私だって14だ。少しくらい乙女心を持っていたっていいじゃないか」
「ならその隠したバッグの中身見せてみろよ」
僅かに隠されているバッグを指して言う。龍宮もなんも悪びれもせずにバッグを渡してきた。そして水筒を手に取った千雨を見たら微かに両手を挙げた。
「わかったわかった。どうせ私に乙女は似合わないよ」
「そうは言わねぇがそういうことを言うこと自体が間違いだろうよ」
千雨は瀧宮にバッグを返して自分の白玉を一つ餡蜜の受け皿に渡した。
「で、刹那との話はどうだった?」
「事実確認だけだよ、進展も何もない」
「そうか……」
龍宮は餡蜜を黙々と食べる。千雨も同様に一言も発しなかった。
龍宮との仲は良好とはいえないものの、悪いというほどでもなかった。海外で活動していた龍宮は、その分考えが染まっていない。そしてなぜか、魔法側の人間にしては現実的に物事を考えていた。そのため、千雨は他の人間と比べ、龍宮とは接しやすかった。
それは、二人が食べ終えるまで続いた。二人が食べ終えるころには酔っぱらった生徒たちはバスに送り終えたようで、残りは数名となっていた。
「んじゃあっちも済んだみたいだし行くか」
「ああ、会計は任せたよ」
そういって立ち上がる龍宮。千雨は会計を済ませるとその後を追った。
そして旅館内にて、ほとんどの人間が眠りにつく中に事件は起こった。
事の発端は千草の行動だ。このかをさらおうと式をつかったところに刹那が乱入して阻止したのだ。
そして猿の式をみて誰がやったかを特定し、千雨のところへとやってきていた。
「先ほどお嬢様が連れ去られそうになった」
「そうらしいな。それでなんだ? 結界符でもほしいのか?」
「人払いの結界が欲しいが、確認したいものがある」
そう言って見せてきた符は千草のために千雨が作った符だった。
「これはお前が作ったものだろう? 犯人とは仲が良かったはずだ」
「そうだな。私はあの人に救われたから一番卸してるな」
「お前は本当に何もしないんだな。手引きもしていないのだな?」
千草と千雨の関係を知っている刹那の目は厳しい。
「私はむしろ何もするなって言われている。むしろお前との連絡のほうが仕事かな。ちなみにさっきのは警告らしいぞ。お前等魔法と氣を旅館内で使ったろ。
関西は呪術協会の領分なのに修学旅行でどこに魔法を使う要素があるんだよ。
次はないらしいからな。逆に人払いをすることによって挑発しないようにな。警告はしたぞ」
千雨はそのまま刹那に符を渡す。さらに問い詰めようとした刹那だが、そこに違う声がかかった。
「刹那さん、長谷川さん。お話があるのですが」
二人が振り返ると、そこには3-Aの担任がいた。