アスナの後ろに迫っていたネギに向かって若干の侮蔑を込めて言い放った。
となりで春日はギョッとした目で千雨を見る。
「どういう、ことですか?」
「言ったまんまの意味だ。
魔法なんてもんに振り回されるようになったのはネギ先生が来てからだって。
気が付かないとでも思ったのか? ネギ先生。関係者は全員初日から魔法を乱発していることを知っていたぜ?」
ネギは呆然として立ち尽くす。
それに対しかみつこうとしている明日菜を制して千雨は食堂に行くことを促した。
すでに食事の時間は迫っており、ここで問答をしている時間はなかったのだ。
明日菜は納得がいかない様子で、ネギは何かうわの空でその場から立ち去った。
春日は千雨に視線をよこしている。
「どうした? まずかったか?」
「いや、意外だなと思ってね。千雨ちゃんのキャラじゃないっしょ説教は」
春日は千雨の顔を覗き見る。千雨はそれを手で振り払いながら食堂へと向かう。
「ガラじゃねえのはわかってるよ。けど、あそこで止めないとお互いにまずいだろ?」
「千雨ちゃんが不利益をこうむるってことっすか?」
「それもあるがな、あいつは理解してないんだよ。自分がどんなにおかしな状況下におかれてて、どんなにおかしなことをしてるのか。それを理解しないうちは何をやっても駄目だ。あいつと一緒にいるのが嫌ならやれることはいくつかしかない。自分が麻帆良からいなくなるか、ネギ先生を追い出すか、自分が変わるか相手を変えるかだ。どちらかがいなくなることは無理。だったら変えるしかないだろ」
「そこで自分を変えないのが千雨ちゃんらしいっすよね」
「まあな。けど、性格や理念はどうであれ、行動はあっちが間違えまくってんだからまず私が気に入らないところを突き付けないとな。いい機会だ、この修学旅行は」
千雨はそこで言葉を止めた。
そして、食後に逃げるなよと言いながら二つ空いた席に腰を下ろす。
春日はそっぽを向いてがっつくように食事を始めた。
このあとのことを考えて、それを拒否するようにやけ食いをしているのだろう。
「遅かったですわね」
「すみませんね」
「いえ、どうせまたお猿さんがうるさかったんでしょう。けど、明日菜さんがあそこまで怒るのは珍しいんですのよ。本当に心当たりはありませんの?」
「あっても私のせいじゃないからしょうがないんですよ」
明日菜のことを深く知っているからこその委員長の言葉。それを千雨は拒絶するように、そして他人事のように処理をする。
そうも言っている間にも教員の挨拶で食事が始まる。その間に今日の注意事項などが言い渡されていた。
食事中に刹那はこのかから逃げ回っていたり、このかはこのかで今までの避けていたような雰囲気は微塵も感じさせていなかった。
「お気楽だなぁ」
「あんな遊んでんだったらアスナをどうにかして欲しいっすよほんと。千雨ちゃんも千雨ちゃんで勝手に人のことバラすし」
「そこらへんはそっちの事情だろうが。私だって、そっち側が修学旅行に変なおまけをつけたから厄介ごとに巻き込まれてんだ」
「だからそれは上に言ってください」
「わかってはいるさ。けど壁ってのも必要なんだよ」
「自分生贄!?」
千雨は春日からの抗議をさらりと流しながら食事をとっていた。
いつも一人の食事であるため、基本的に早食いの彼女は、皆が話しながら半分食べ終わる頃には全て食べ終わっていた。
しかし、その前に春日は食べ終えて、千雨の制止も聞かずに席を立った。明らかな逃げだった。それを見送る千雨は春日にイラつきながらも、あいつらしいと思っていた。
そして、とことん嫌なことから逃げる春日を心の片隅で評価していた。
あくまで自己を見失わないで、自分らしく生きる生き方。何も気にせずに自分を貫くその姿勢は、千雨にとって何よりも大事なことで、何よりも欲しいものであったから。
先を思いながらも千雨は席を立つ。壁がいなければ話も成り立たない。
春日に同席を強制したのは第三者であり魔法関係者である人間が必要だったからだ。なので今ネギ達と話しても意味はなかった。どうせ昨日の二の舞になるだけだ。
そう結論付けると、千雨はそのまま瀬流彦のところへと向かった。
「瀬流彦先生」
「なんだい? 千雨さん」
瀬流彦は多少身構えた様子で千雨のほうを振り向いた。千雨は必要な時以外は誰にも声をかけない。声をかけたということは、しかも対象が瀬流彦であるということは魔法関係であるということは想像に安かった。
「少々よろしいでしょうか」
「ここだと話し辛いことなのかな?」
「ええ」
瀬流彦は新田に一声かけて席を立つ。一般人がいるのに声をかけてきている時点でことを重く見たらしい。
二人は席を離れ人目のつかない場所へと移動した。
「それで、どういう用だい?」
「昨日ネギ先生と神楽坂が接触してきてな。私は無関係だと言ったはずなんだが今日になってまた突っかかってきたんだよ。私の立場が理解できていないらしいからいい加減どうにかしたいんだよ」
瀬流彦は頭に手をやって顔を上へと向けた。
「それはすまなかったね」
「まったくだ。そもそも現時点でアンタは知ってるべきことなんだけどな。何をしてたんだ?」
「僕は他の生徒たちを見てたんだよ」
「いいご身分だな、ほんとにさ。あんたが監督責任持たなくてどうするんだよ。だからあんなのがつけあがるんだ。龍宮から聞いたけど、清水で水に酒が混じっているのを確認するために屋根に飛び乗ったらしいぜ? 他の人の目も気にせずにな」
「それは君たちが「なあ先生?」」
瀬流彦が抗議の声を上げるが、千雨はそれを遮った。
「それ以上はアンタは言えないはずだぜ? そもそも修学旅行を隠れ蓑に、生徒達一般人を盾にしての行軍だ。まさか盾にしてる一般人に被害が出ているのを関西のせいにはしないよな? アンタがここにいる時点で情報の改組であり、侵略行為ととられても何の文句は言えないんだぜ?」
「それでも、やり方はあったはずだ」
「そうだな、やり方はあった。修学旅行前に持ってくるとかな」
二人は会話をしているようで会話をしていなかった。お互いの言い分にお互いが納得していないのだから。
「ああそうそう、神楽坂と話していた時にたまたまネギ先生に聞かれちったんだよな『ネギ先生が来てからおかしくなった』って言ったのを。まあ事実だからしょうがねえけど」
「ッ! 君は!」
「一般人への魔法ばれ、惚れ薬を作った上に、日常的に杖をもって飛んでもいる。
犯罪者をかばってペットにしながら届出を出してない。犯罪者ということも理解してない、見習い魔法使いに受けた被害を訴えたかったんだが、本人に聞かれちまってな。
本当は神楽坂にネギ先生が言ってないこちらの危険性を踏まえて伝えるはずだったんだがな。そちらが怠った義務ってやつを」
瀬流彦はその言葉に唖然としている。
「ついでにオコジョと話しすぎだ。あいつらの会話を一般人の前で何回聞いたことか。秘匿する気本当にあるのか? そういうのを止めるのがアンタらの仕事だろうが」
「けど、僕たちはネギ君に自分が魔法使いであることを教えたらだめなんだ」
「ハッ、そんな魔法使いの都合しらねぇよ。私は一般人への被害が出てるのを、これからも出るのをどうするんだって言ってんだ。魔法使い側の事情なんて知らないね」
瀬流彦も千雨の言っていることがわかるのか言い返すことはできない。
そもそも千雨がこういう行動をとるようになること自体が魔法使いが行った結果の産物なのだから。今現在のこの行動も、このような行動をとるようになってしまった千雨を作り上げたのも、麻帆良の魔法使いが作り上げた街だからこそだった。
「お前等が言わないんなら私が言うからな。
お前らが魔法使いだからで済んでいることも、一般人をごまかしていることを忘れるな。
そういった、やってはいけないことを知らせないで見習いの、魔法使いの村出身の奴を世に出すな。まあ、瀬流彦先生は末端の人間だからそんなこと言ってもしょうがないんだろうけどな。
八つ当たりでもないからなこれは。本当は私が言うより前にやっておくべきことなんだから。魔法使いとしてではなく大人として注意できることもあっただろう」
「それは……ネギ君には自分の判断をしてほしかったんだ」
「間違った判断は正せよ。わがままが許される立場じゃねえだろ。お前等は教育の意味間違ってるんじゃないか? 本当に教師か?」
瀬流彦は何も返さない。返せない。魔法使いとしての瀬流彦に反論はあるが、教員としての瀬流彦が言葉を返せなかった。
「私だって言いたかねえんだよ。けど、このままじゃ昔みたいに私の住んでる場所が、生活が壊されるんだ。
わかるか、お前等が勝手をやってるせいで壊されていく日常を見なければいけないのがどれだけ辛いのか」
千雨は、何も語らない瀬流彦に背を向ける。言いたいことは全部言ったという風に。
そして言葉を返してこないのはそれを正すことをしないという表れだから。
「正直ずっとネギ先生がうざかったけどな。今回のことではっきりしたよ。
あいつも被害者だ。神楽坂も、近衛も全員お前等魔法使いの被害者だ。
なりたくもない立場にされてやりたくもないことをやらされる。それに気が付いてないんだ」
瀬流彦に聞こえる声で。しかし、自分に言い聞かせるように千雨は言葉を吐いていく。
「だから嫌なんだ。そんなもんに振り回されることが。あんたらが作ったものを壊されたくなければこれ以上私に近づけるな」
じゃなきゃ、今度は全部私が壊すぜ。お前らが私の全てを壊していったようにな。
そういって千雨は瀬流彦の前から消えていった。
ネギは千雨を探していた。先ほど言われたことを確かめるためだ。
自分が魔法を使っているせいで皆が巻き込まれていると。ネギは自分が一生懸命良かれと思うことをやっていた。
宮崎のどかを助けるために、惚れ薬も明日菜のために、図書館島では自分は魔法を封印していたから魔法のことは何にも関係ないはずだった。
それに最近のエヴァンジェリンの吸血鬼騒動も自分の手で解決した。何の問題もないはずだった。
「ネギ君、今日うちの班と見学しよー!」
ネギに横から衝撃が襲ってきた。その発生源はクラスの生徒である佐々木まき絵。
班の自由行動への誘いだった。
それを皮切りに委員長こと雪広あやかや双子の姉鳴滝風香も参戦する。
ネギを巡り軽い騒ぎになっていた。
「あ、あの……ネギ先生!」
一瞬周りの動きが止まる。この声の主が叫ぶという行動をとったのが珍しかったのだろうか。
「よ、よろしければ今日の自由行動……私たちと一緒に回りませんかー!」
叫んだ先を探すと宮崎のどかが必死にすがるように、それでいて決意を秘めた目でネギを見ていた。
そんなのどかの発言に対してネギが出した結論は『5班』と同行することだった。了承の旨を伝えてネギは職員用の部屋に戻る。その間結局千雨とは会えずじまいだった。
「ネギ君、今日はどうするんだい?」
「5班の皆さんと一緒に回ろうと思います」
部屋に戻ったネギを迎えたのは瀬流彦だった。何気なくかけた一言に答えた言葉に瀬流彦は少し戸惑った。
「一つの班と一緒に回るのかい?」
「えっ……ダメですか?」
基本的に一つの班と回るということは建設的ではない。それは他の班のことをないがしろにしていることになるからだ。午前中はここに人が多いからそこにいる班と同行する、ということならば理解できるのだが、そういうことではないのをネギとの会話で分かった瀬流彦は言葉に詰まった。そして先ほどの千雨の言葉を思い出す。
小さなことではあるが、こういったことは本来ならば許されない。そういったことの積み重ねが千雨の信頼を欠くことなるのだ。
「ネギ君は他の班はどうするの?」
「えっ!? 他の班ですか?」
ネギは顎に手を当てて考える。ネギは完全に他の班の人のことを忘れていたようだ。
そして、さらに考えて結論が出たのか顔を瀬流彦のほうに向ける。
「瀬流彦先生、あなたは魔法先生だって聞きました」
その言葉を聞いて瀬流彦は驚いた。まさか自分のことが伝わっているとは思わなかったのだ。
「このかさんが昨夜狙われたんです。木乃香さんの護衛という意味でも僕は5班についていきます!」
どうですか? とも繋がらなければ疑問形でもない。確定の言葉。
これは関東の魔法協会としては正しい行動なのかもしれない。関西の長にゆだねられた彼女を守ること。魔法協会の長の孫を守ること。一般人として狙われている人を守ること。立派な行動だ。
しかし、これはあくまで魔法使いの行動であって教師として聞いた質問の答えではなかった。教師としての質問である『他の人の対応』に対する答えは返ってこない上に確定した事実として返してきた。
しかし瀬流彦は魔法使いとしてその答えを否定することはできなかった。
瀬流彦と別れ5班についていこうとしているネギを見ながら、瀬流彦は他の教員とのすり合わせと千雨への弁解を考えるのだった。