千雨降り千草萌ゆる   作:感満

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8話

 ネギは5班と一緒に去って行った。

それを恨みがましく見送るあやか。それを冷ややかに見る千雨。

さきほどまであやかは5班の後をついていこうとまで言っていた。

 

「委員長、予定変えるのか?」

 

 少々の侮蔑を込めた、冷ややかな視線を足しながら放った千雨の言葉によってそれは現実とならなかった。

しかし、それでも悔やみきれずにネギが去るまで見送っていたのだ。ネギはぎりぎりまで玄関で千雨を待っていたらしく、千雨にとってあやかの行動は不幸中の幸いだった。

 その時間を利用して千雨は千草に電話をかけていた。

 

「よお、姉さん」

『なんや、修学旅行中なんやないんか?』

「その修学旅行に水を差した人がいるらしいんで電話かけてみてるんだけどな」

 

 千草とは新幹線の車内であっているので、妨害をしているのは彼女だということを千雨は知っていた。

そして、彼女の性格を最も知っているのも千雨だった。

 

「お冠だったぜ。姉さんはどんな手を使ったんだ?」

 

 昨夜のことを聞いてみる。

帰ってきた答えは札を使って攫ったということだった。事細かにその時の状況を聞く。今回は小太郎は一緒に行かなかったらしい。

月詠という剣士を雇っているとか。

神鳴流らしく、やはり精神構造がおかしいらしい。刹那を標的として恍惚とした表情を浮かべていたと電話の奥の方でため息が聞こえた。

 

『せやな、油断せんかったらうまくいっとったんやけどな』

 

 その言葉は、千雨にとって想像に安いものだった。

しかし思ったことはすぐには言わずに詳細をさらに聞いている。少しずつ額に青筋が浮かんでいるが。

 そしてすべてを聞き終わったとき、ちょうど堪忍袋の緒が切れた。

 

「ふざけんな! このド三流がッ!」

 

 ネギの逐一の行動より千草の昨日の行動のほうが千雨には腹立たしかった。

 千草がこのかを操り人形にして使うと言ったことに対しての怒りが今日の朝に繋がったのだ。

 

「今日あいつらが私のところに来た理由がわかったぜ。なんでそんなふざけなこと言ったんだよ」

『えらくガキだったから、あんなんに人生狂わされそうやったと思うと腹立って言うたんや。言う分にはただやからな』

「ただじゃねえ! 攫っている奴がそんなこと言ったら警戒するにきまってんだろ! 昨日わざわざ私が話したのが全部無駄じゃねえか……そんなんだから術者としては腕が立つのにド三流のオチ担当なんだよ」

『なんやて!?』

「あんたと小太郎がなんて言われてるか知ってるか? お惚けコンビだよ。両方とも腕がないわけじゃない。むしろ上のほうなのに絶対に詰めを誤って仕事が完遂できないおバカコンビだ。私と一緒じゃないときは毎回後ろの部隊に迷惑掛けやがって」

 

 さらに小太郎は若い術者に、格下にしか機能しない様子からベジータ(笑)とか言われていたりする。

この二人は実力で言うと確実に上の方だ。しかし、なぜか相手の土俵に立ち相手をなぶりながら戦う上に、負けてしまうのだ。

最初から全力でやればすぐに終わるにもかかわらずにだ。昨日のだって、話を聞いていれば値段を度外視していれば長距離転移符を使えばいいし、500mくらいでも転移符で移動すればどこにいるかわからなかった。

電車の中で使えば相手は勝手に遠ざかってそれで終わりだった。それなのに遊んだ結果がこれなのだ。

 

 結局、明日菜が千雨に出していた敵意は無意味なものだった。千草の悪い癖が出ただけなのだから。

しかし関西側からの発言のため、関東に対しての発言でしてはいけない類のことを千草はしてしまったことになる。冗談で済まない部類のものだ。

 傀儡にする手段はあると言えばあるが、そのすべてが禁呪になっている。そして千草の腕でそれが実行できるという点も問題に拍車をかけていた。

 

「もう姉さんはしゃべんな。どこの悪役幹部だあんたは……ったく、めんどくせぇ。あとで刹那に事情は話すし、明日菜たちに電話で謝らせるからな。絶対謝るだけで余計なこと言うんじゃねえぞ」

『待ちぃ、なんでウチがそんなこと』

「そうしないとこっちに非が出るんだこのボケ! カス! じゃあな、少しは反省しろクズ!」

 

 千雨は電話を切り、頭の中でやるべきことをまとめていた。

 千草の余計な言動で関東の人間に反撃するチャンスを与えてしまったのだ。さらったときにちゃんとメリットデメリット話して、これが関西の意志だということを突き付けていれば問題にはならなかった。そもそも攫う以外の手段では木乃香が魔法の存在を知ってしまうのだから。木乃香が一般人の場合それでも非は関西にもできてしまうが、今回は違ったのだ。

 一般人でなくすにしても、魔法使いがその事実を突き付けるのは筋違いなので、それでも関西に行かなければならない。最悪魔法ばれをしてこのかを巻き込むことになる。関西のほとんどの人間がそれでもいいと言っているが、穏健派のクーデター参加の条件としてこのかをできるだけ巻き込まないことが挙げられた。そのなかには善意と、次代の利権が渦巻いているのだろうが、千雨には関係ないことだった。

 このかの周りとこのか自身にある、ありえない立場の関係が出来上がってる中で動かねばならないのに余計なことをしてくれたのだ。

 どうすれば任務が完遂できるのか。どれが一番の答えになるのか。

 千雨は思考の海におぼれながら二日目の修学旅行へと向かった。

 

 

 

 

 

 

千雨は呆然として空を見上げた。

莫大な魔力が温泉付近で発生したのでとっさに外に出た。それまでは良かった。

そして、そこで見つけたものが問題だった。

 

「何やってんだあのバカは」

 

 朝倉と一緒に空を飛んだネギの姿を発見したからだ。よりにもよって朝倉と。

 なぜかネギが魔法をばらすと関東の誰も動かないので朝倉の記憶処置はそのままになるだろう。刹那に連絡をいれて絶対に自分の名前を出さないように釘をさす千雨。

 その後に瀬流彦に連絡を入れるが瀬流彦自身が『干渉不要』と通達をされているのでどうとすることもできないでいると謝ってきた。

ネギがいかなる行動をとろうと瀬流彦に止める権限もなく、場合によっては処罰もあり得るということだ。

いままでこういったことを言ってこなかったが、今回のことは目の前で起こされた挙句に、事情が事情なためごまかすことすらできずに内情を吐露したのだろう。

 そして、これから必ず起きるであろう騒動に対して予防線を張るために携帯電話を手に取った。

 

 

 そのころ、旅館内で暗躍する影があった。

 3-Aの面々の写真を撮りながら独り言をつぶやく少女の姿。いや、そう見えるだけで彼女には話している相手がいた。

 

「なるほど、わかったぜブンヤの姉さん。ぜひ俺っちの作戦Xに協力してくれ」

「うふふ、じゃあ契約成立だね。報酬の方は弾んでもらうよ」

「OKOK、俺たちへの取材は今後姉さんに独占させるべ」

 

 一人と、そのそばにいる一匹が奇妙な笑い声を出す。それは旅館内にこだましていた。

 

 

 修学旅行の醍醐味の一つは、もちろん夜の旅館内での行動もあげられるだろう。

怪談話に恋バナ、まくら投げに、最近はPS2などを持ち込んでみんなで遊んだりもしている。

ようは旅行中に皆で夜更かしして騒ぐことが楽しいのだ。騒ぐと言っても、見回りの教師がいるわけで、本来ならば隠れてこそこそとうまくやるのが通例だ。よほど厳しい学校でない限り、そこらへんは身体に悪影響がない限り黙認の形で許されるだろう。

 しかし、常識というものがずれればそういった配慮も欠ける。3-Aの面々は旅館に響き渡るまでの嬌声をあげて遊び続けた。さすがに貸切の旅館といえど、夜中にそこまで騒げば注意するものも動き出す。

 

「コラァ! 3-A! いい加減にしなさい!」

 

 引率教員3人が3-Aを集めて正座をさせて注意する。複数クラス合同の修学旅行なのに担任以外の教員3人が一つのクラスに集まっていると言えばどれくらい異常なことかわかるだろう。

そこに担任の姿がないことも異常と言えば異常だが。

 しかし、そこにいる面々にも異常があった。刹那と明日菜の姿が見られなかった。そこで問題にならないのは不思議だったが、問題はそこではない。

 

「くっくっく、怒られちやんの……♪」

 

 もう一人、その場にいなかった生徒である朝倉である。

 そして朝倉は自分だけ逃れたことに関する非難をのらりくらりとかわしながら、一つの提案を口にした。

 

「名付けて『くちびる争奪!! 修学旅行でネギ先生とラブラブキッス大作戦♡』!!」

 

 このイベントは、ショタコンである委員長の公認という一言によって、開催されることが許可された。各班があつまりメンバーを決めていく。

 

「あ、委員長」

「なんですか? 朝倉さん」

「班で必ず二人出してね。そっちの班はあまり参加する人いなさそうだし千雨ちゃんでも出しちゃえば? 結構一人で行動してるしこういうイベントに参加させるのもありっしょ」

 

 この一言が、3-Aの人生を変えることになった。

 

 旅館の異常に千雨は気付いていた。そして朝倉が言ったイベントの内容、自分の知識からそれが何を意味するのかが分かっていた。

 異常はおそらく仮契約の魔法陣。そして対象は旅館内全員。先ほどの会話の後にひょっこりとオコジョが朝倉の胸下から出てきたことを考えると、その可能性が高い。

 それはつまり、一般人を巻き込むということだ。それは魔法の秘匿の無視どころの話ではなかった。早速千雨はその異常を呪術協会と瀬流彦に連絡。

瀬流彦は驚きはしたものの、自分の手では何もできないということで、学園長へ連絡をとっても笑って流されたらしい。

 おそらくこれは予測されたものなのだろう。

 千雨はすでに3-Aの異常性に気が付いていた。各々のスペシャリストが集まるこのクラス、そして無条件でのネギへの好意。

異常を異常と感じないようにされて魔法を知らされた結果どうなるのか。興味心をかきたてられ、反射的に突っ込むようになった人間が、危険性も知らない魔法使い見習いによってファンタジーな世界を知ったらどうなるか。

 このクラスはネギの実験場なのだ。そしてネギが気に入った人間を巻き込んでいく。ネギに好意的な人間が巻き込まれていく。

 

「やってくれたなこの野郎」

 

 千雨は符を手に取ると、不可視の術式を載せてノートパソコンを起動させた。ハッキングをして朝倉が持っている監視カメラの録画を自分のパソコンへと転送する。そしてそれを関西と、とある場所へと流し始めた。

 千雨は電子妖精を購入しており、デスクトップにはネギを振り回したり、砲撃が飛んできそうな杖を振りかざしたりして相手の回線に侵入している妖精たちが映し出されている。

 

「千雨さん、いきますわよ!」

「ちょ、ちょっと待ていいんちょ!」

 

 雪広は千雨の腕をむんずと掴んで廊下へと連れ出した。千雨はため息をつきながらもそれに従う。

 

「コラァ! 長谷川! 何やっとる!」

 

 もっとも、すぐに正座することにはなるのだが。

 

「あれぇ? 千雨ちゃんも捕まっちゃったの?」

「もともとこんなの参加したくなかったのにな」

 

 新田先生に見つかった明石裕奈と合流し、ともに正座して事態の収拾を待つ千雨。彼女が待つロビーにイベントの終着を待たずにまた新たな問題が起きた。

 

「わわっ!? ネギ先生がいっぱい!?」

 

 千雨の隣で明石が声を上げる。目の前には4人のネギが集まっている。それに合わせて他の参加者も集まってきた。

 

「何やってんだあのバカは」

 

 千雨は事態の収拾の後のけじめをつけるのはオコジョの予定だった。

保護責任でネギにも累が及ぶが、そんなに重くならずに関東とオコジョに責が及ぶものだった。

しかし4人のネギは本人が作ったものにほかならない。そして自分が渡した記憶はないので長の直々の部下である刹那の手によるものだろう。

なのでまたそちらにも責任は出る。

 そして周りの人間にところ構わずキスをしてスカカードを作る身代わり達。4人すべての身代わりは爆発して消えた。

 そして、今目の前にいるのは宮崎とネギだ。すでに千雨は連絡をとっている人物の合図を待つだけだ。

 おそらくアクションがあるとすればこれが終わり。これでこの事件がひと段落する。止めるという手段はない。これは関東の領域の問題だからだ。

 

「お友達から始めませんか?」

 

 精一杯のネギの返事。

 これで済むはずだった初々しい二人。

 しかし綾瀬のいらぬ気遣いがさらに被害を拡大させる。綾瀬が足をかけて宮崎をネギのほうに転ばせた。ネギはそれに対応出来ずに唇と唇を合わせる。魔法陣の中で。

 

「終わったな……」

 

 千雨はつぶやきながら立ち上がる。

 

「皆ここで止まれ!」

 

 千雨は全体に聞こえるように声を張り上げた。そこに刹那と明日菜も入ってくる。

 

「ネギ・スプリングフィールド! 旅館に仮契約魔法陣を敷き、無関係の一般人を巻き込むとは何事か!」

 

 瀬流彦があわてて入ってくる。それを見てまた声を上げる。

 

「この行為を止めなかったということは、この行為は関東の意思表示ということでよろしいか!」

 

事前に通達しているのに何の干渉もしなかった瀬流彦は反論できない。瀬流彦自身が何もできないと千雨に謝っているからだ。

 

「どういうことよ、千雨ちゃん!」

「ネギ先生が仮契約の魔法陣の効果を旅館内に発生させてクラスメイトを巻き込もうとしたんだ。魔法陣はすでに確認済みで書いたオコジョと協力者は」

 

 奥から声が聞こえてくる。

 

「こういうことや」

 

 奥から現れたのは千草だった。左手にカモをつかみ、右手に縄で縛られた朝倉を担いでいる。朝倉を投げ落とすと懐から仮契約のカードを出した。

 

「契約主、ネギ・スプリングフィールド。間違いあらへん」

 

 ネギの顔が青ざめていく。

 

「これはうちらの術者全員、見とったで。録画もこっちの嬢ちゃんがバッチリや」

 

 手にあるメモリーカードには映像が残っていることが容易に想像できた。

 他の生徒たちも術者と見られる者の手によって集められる。もちろん木乃香の姿もそこにはあった。

 

「関東が起こした騒ぎだが、場所は関西。しかも本山付近にある旅館。この行為は関西に対する挑発行為か? 答えろネギ・スプリングフィールド」

「え? 僕知らな……」

 

 ネギは本当になにも知らなかった。しかし、知らないで済まされることでもなかった。

 本来ならば親書を渡した時点の反応で長にその時の行動を理由に退いてもらうことになっていたが、関東にここまでコケにされるような行動を何もせずに静観することはできるはずがなかった。自身のおひざ元で好き勝手されているのだ。止めないほうが問題だった。

 

「知らないわけがないだろう先生? 今までのように魔力の暴走じゃなくって魔法陣が描かれてるんだぜ?」

 

 その目的が仮契約であることは対外的に明白だった。しかも『くちびる争奪!! 修学旅行でネギ先生とラブラブキッス大作戦♡』とネギの関係者が銘打って行っているイベントがあるのだから言い逃れはできない。どんどんと事態は悪化している。

 いくら知らないと言っても証拠が出てしまっているのだから。

 何も知らないクラスメイトは周りの人間と、千雨の変貌におびえている。魔法的処置を行い、記憶を消せば問題ないのかもしれないが、この事態を起こしたのはあくまで関東の人間なので処置ができない。処遇が決まっていない、実際に誰をどのように処理すればいいのかがわからない。そしてむやみに関東の、魔法使いの本拠地の人間の処理をすることは、あちらに非があるとしてもつつかれる要因になるからだ。

 

「これからここにいる人間は拘留し、処置を待つことになる」

 

 泣き叫ぶ生徒を眠らせていく術者。それに杖を構えて迎撃しようとするネギ。しかしそれは瀬流彦の手によって止められた。瀬流彦は、ネギや自分がここで何をしようと意味がないことを理解していた。

 攻撃をすることは逆に事態を悪化させることに気が付いているのだから当然の行動だった。

 刹那も目を背けながらも連行されていく生徒を見送った。そんな中、陰に隠れて千雨は電話を掛けた。

 

「見てましたか?」

「ええ」

「それで?」

「謝罪させていただきます。しかし、こちらに……ウェールズの魔法協会にそちらへの侵攻の意図はなく、私たちの教育の不徳の致すところでご迷惑をおかけして申し訳ありません。処遇に関しましては寛容にしていただきたいのですが」

「処遇に関しては思ってても今言ったらいけねぇよ。それで、ここに来るんでしょう?」

「ええ。もう空港ですので明日の昼には」

「待ってるぜ、ネカネさん」

 

 そう言って、千雨は電話を切った。

 


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