天災兎の愛は重い   作:ふろうもの

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天災兎と夏休み

ミーンミンミンミンミーン

ミンミンミーンミーンミン

ミーンミミミミーンミーン

 

 あまりの蝉のうるささと寝苦しさで目が覚めた。

 昨日も冷房をガンガンにかけて眠った筈、もちろんタイマー設定なんてのもしていない。そもそもIS学園の寮は気密性が高い。おかげで(せみ)がいくら爆音演奏会を開こうとここまで部屋に響くことなんてなかったのだが。

 

 ──ヴぁー……。

 

 それにしても暑い。

 いろいろと考えようとしても、うだる様な暑さが思考力とやる気を奪っていく。ついでに体力もか。目を開くことさえ億劫だ。このままダラダラと、ひたすら横になっていたい。

 しかしだ、そうままならないこともある。

 起きてしまった以上、目覚めた身体は空腹を訴え始める。となると、食堂に朝ご飯を食べに行かなければならない。いくらIS学園寮とはいえ、外のように料理の宅配なんてやっていないのだ。

 それにくわえて、この暑さ。ひたすらだらけているだけでもむわっとした空気が身体にまとわりつき、じわじわと汗をかいていくのがわかる。せめて冷房だけでも入れ直さないと脱水でぶっ倒れてしまう。

 ふぅ、と一つため息をついた。もう少しこのままでいよう、と天井の木目を眺める。

 

 ──……木目? 

 

 IS学園寮の天井はホテルというか、もっと高級感あふれる豪華な感じだが、木目? 

 嫌な予感が全身を駆け巡り、ベッドに根を張っていた肉体は一気に飛び起きた。

 いや、俺が今まで寝転がっていたのはベッドではない、布団である。由緒正しい、田舎で泊まればこんな寝具が出るだろうというような、あまりにもテンプレートな敷布団とタオルケット。

 畳は張り替えたばかりなのか、熱気を受けていぐさの青い香りがほのかに漂っている。

 

 ──は……? えぇ? 畳……? 

 

 基本的に寮の部屋はフローリングだ。床の敷物については薄紫のカーペットが備品である。わざわざフローリングを畳に張り替えるなんて、面倒なことをした覚えはない。第一、寮監である織斑先生にそんな申請をしたこともない。

 ということは、つまり。

 油が切れてきしむブリキのおもちゃの様に、首を日差しを感じる方へ向けた。

 そこには寮の窓なんて影も形もない。開け放たれた障子の向こうには縁側があり、ちょっとした家庭菜園の向こうには深緑の鮮やかな山々が連なっている。まさに日本の田舎の原風景といえるだろう。

 

 ──……ここ、どこ? 

 

 とまぁ、すごく当たり前の疑問が頭に浮かび──次の瞬間には暑さによるものではない汗が全身から吹き出していた。

 俺はいったい、どうしてここにいる!? 

 少なくともこれは俺の意思じゃない。となるとこれは誘拐、あるいは拉致だろうか。しかし、そうなるとこうして部屋を用意してあまつさえ自由にさせている理由がわからない。まだ倉庫なり地下室なりに縛られて身柄を転がされている方が目的がわかって納得できる。

 とはいえ、俺は完全に五体満足だ。つまり、右腕のISはすぐにでも展開が可能というわけで。

 

 ──よし、逃げるか! 

 

 いざ、ISを展開して逃げようとした時に、反対側の(ふすま)が開く音がした。

 

「あっ、起きてたんだ。おはよう、よく眠れた?」

 

 逃げようと勇んでいた心が急速にしぼんでいくのがわかる。

 とても、それはもうとっても聞き覚えのある声だ。ああ、この声の主が俺の想像通りであるならば、なんで俺がここにいるのか、どうして自由のままにさせていたのか。それら全てに簡単に説明がつくのである。

 そして、振り返れば俺の思った通りの──ジーンズに白のTシャツというラフな格好をした──ポニーテールの束さんがそこにいた。

 

「朝ご飯できてるから、着替え終わったらこっちに来てね。あ、荷物はそこに置いてあるから」

 

 束さんは壁際を指さす。そこには見覚えがあるスーツケースが無造作に置かれていた。いや、見覚えがあるも何も、あれは寮に入る時に持ってきて以来、クローゼットの中に押し込こんでそれきりだったもの。ついでに、荷造りをした覚えなど一切ない。

 予想通りの再会と、予想外れの環境とのギャップに呆然としている俺を見て、束さんは柔らかな微笑みを浮かべると『それじゃあ待ってるからね』と言葉を残して去っていく。

 はぁ~と息を吐きながら、再起動にたっぷり5秒間。

 焦る必要はなくなった。束さんが現れたのなら、これはもうそういうものなのだ。

 しかし、束さんは一体なんで急にこんなことをしようと思ったのだろう。一夏たちと『ぼくのなつやすみ』みたいな夏休みを過ごしたいとか、田舎に泊まってみたいとか、そんな話はした覚えはないのだが。

 と、どうでもいいことを考えつつ、着替える為にスーツケースを開くのだった。

 

 ◇

 

 着替えを終えた俺が居間に向かうと、束さんが朝食の用意を済ませて待っていた。

 ここでも正に想像上の田舎の食卓といった趣で。いかにもなちゃぶ台の上に、これまたいかにもという日本の朝食──炊き立ての白ご飯、熱々の味噌汁、焼き上がったばかりの鮭の塩焼きと卵焼きに漬物など──が二人分並んでいる。

 思わず唾を飲み込んでしまう。束さんのことだ、手作りなのはもちろんのこと、素材からも厳選したり、あるいは自分の手で育てたりしたものに違いない。

 そういった心配りに頭が下がる思いなのだが、当の束さんはそんなことを気にするそぶりはなく。

 

「さぁさぁ、座って座って!」

 

 促されるまま、敷かれていた座布団に腰を下ろす。

 当然ながら束さんと向かい合う格好になり、束さんと目が合った。にこりと優しく微笑みかけてくる束さんに、いつもと違う雰囲気を感じて少しドキドキする。

 なんというか例えるなら、いとこのお姉さんというか、長期休暇にしか会えない憧れの親戚のお姉さんというか。ジーンズとTシャツという束さんには珍しいラフな格好が、そういう妙な感情を加速させるのだ。

 とにかくそんな微妙な距離感の、しかし決して悪くはない身内意識を不思議と覚えてしまう。

 

「それじゃあ手を合わせて、いただきます」

 

 いただきます、と束さんに合わせて食事の挨拶。

 箸を手に取り味噌汁に手を伸ばす。わかめと豆腐の味噌汁はダシの利いた奥深い味で、丁度いい塩梅の塩分が寝起きの身体に染みわたっていくようである。

 

 ──束さん、やっぱりも料理も上手いなぁ。

 

 卵焼きは驚くほどにふわふわだし、焼き鮭だって絶妙な焼き加減で噛むと濃厚な風味が口いっぱいに広がるのだ。素材の味を活かした、なんてしょっちゅう聞くが、正にこの朝食の為にあるような言葉だと思う。

 

「はい、醤油。そうやって美味しそうに食べてもらえると作りがいがあるよ~」

 

 束さんから醤油を受け取って、焼き鮭にかける。切り身に残った熱を受けてほわっと広がる独特の香りが、新鮮な良い醤油であることを如実に示していた。これは絶対に美味いと確信する。

 事実、白米との組み合わせは抜群に美味しく、食べる手が止まらない。

 

「ふふっ。おかわりはいる?」

 

 優しい目をした束さんに話し掛けられ、ちょっと恥ずかしくなった。

 がっついている、と思われてしまっただろうかと考えて、おかしくなった。つまりだ。これは普段会えない人と久しぶりに会ったのはいいけれど、格好つけるのに失敗したとか、そういう気恥ずかしさだ。なるほど、それなら束さんに抱いた“いとこのお姉さんのような”という身内意識にも納得がいく。

 まぁ、納得したところで気恥ずかしさは変わらないし、おかわりもいただくのだけれど。

 

「最近は朝からセミも鳴いてて、今日もぐっと暑くなりそうだねぇ」

 

 お(ひつ)からご飯をよそいながら、束さんは世間話をふってきた。

 正直、ここがどこかわからないので気候も何もわからない。だが、これだけセミが鳴いて日差しが降り注いでいれば嫌でも暑くなっていくことは想像できる。

 では暑くなるからといってどんな話に繋がるのか、俺には一切わからない。

 

「じゃ、朝の涼しいうちに畑の世話をしておこっか。日が上がればどんどん暑くなって疲れやすくなっていくからね」

 

 束さんは、きりっとした表情で。

 

「だからしっかり朝ご飯を食べよう、少年!」

 

 差し出されたお茶碗を受け取って、束さんのアドバイス通りにすることにした。少年って呼ばれるのはその通りなんだけど、案外こそばゆいものだと思いながら。

 

 ◇

 

 ──暑い、暑すぎる。

 

 まだ陽が真上に昇り切ってないとはいえ、それでも暑い。

 束さんの言う通り、朝ご飯をしっかりと食べていてよかったと心底思う。こんな猛暑の前に控えめな食事をしていたら、速攻で暑さに負けてぶっ倒れていた。

 額ににじむ汗を首にかけたタオルで拭い、準備してくれた水筒を開けてあおる。キンキンに冷えた麦茶が喉を通り、喉が鳴るのに合わせて水筒の中の氷がこすれる音がした。ふぅ、と一息ついてもこの暑さ。麦茶を飲んだ分だけ、汗となって外に出てしまっていくようだ。シャツはとっくの昔に汗でビッシャビシャである。

 一方で、束さんはいたって涼しい顔をして農作業に励んでいる。炎天下での作業も慣れたものなのか、それとも何かしらの超技術で暑さを弾いているのか──いや、少なくとも暑さを防いでいるとかではないようだ。束さんの額には大粒の汗が浮かんでいる。

 俺も割り当てられた分をこなさなければ、とトマトの茎のそばに生えている草を引っこ抜いた。

 

「そうそう、草はね、しっかり根っこから抜かないとまたすぐに生えちゃうからねー。あっ、その草はね、ちょっと深く根を張ってるから、ちょっと土を掘ってから抜こうね」

 

 束さんは俺の進み具合を見ながら、常に的確なアドバイスをくれる。

 それでいて、束さんは自身の手元に一切の狂いもないほど正確にかつ取り残しがないよう丁寧に作業を進めているのだから凄い。束さんの横には、既に俺とは比較にならないほどの雑草が山と積まれている。

 

 ──何かコツとかあるんだろうか? 

 

 手を一度止めてから、束さんの動きを観察をする。

 見れば見るほど動作の全てに無駄がなく、滴る汗を光らせた横顔からは美しさを感じる。いやいやと首を振って煩悩を払ってから、あの境地にいくまでには一朝一夕では無理だろうなと改めて思いなおす。見様真似の作業をしながら、時々手を止めては束さんの方を見ていた。

 時折、束さんも腕で顔をぬぐう。よく見なくとも、束さんの額には玉のような汗が浮かんでいるのがわかる。あの束さんが、だ。汗の気化熱に頼らなくてもなんとでもやりそうなあの(・・)束さんが汗をかいている。意外や意外、と思っていたが──それが罠だと気付いた時には既に遅く。

 束さんは朝から白のTシャツである。それも夏用の、薄手のTシャツだ。それが、汗にじっとりと濡れるとどうなるか。

 

 ──水色。

 

 そう、透ける。

 草抜きと土いじりと収穫と虫よけとあらゆるマルチタスクを行いながら畑をいじる束さんは、Tシャツが肌にべったりとくっついていることに気付かない。いや、気付いていないフリ(・・)をしているのか──艶やかなレースでかたどられた爽やかな水色のブラジャーが、くっきりと浮かび上がっている。

 反則としかいえない光景に、知らず息をのんでいた。

 束さんからの色仕掛けは何度もあった。直接的だったり間接的だったり、色々とあったが流石に少しは慣れたという自信があった。だが、これはダメだ。ダメに決まっているだろう。完璧な存在が日常でちょっとした油断を見せるなんて、どんな対応をすればいいのかわからない。

 頭はフル回転する。言うべきなのだろうか、と思う一方で、今この光景を目に焼き付けようとしている自分もいる。なんともまぁ、我ながら呆れるが、男なら誰だって見てしまうだろう。

 

 ──俺はもう、目を離せない。

 

 がっつり見るか、ちらちらと伺うか、最早その違いしかない。

 実際のところ、気付いた時点で俺の負けである。言おうが言うまいが、束さんの手中に陥っているのは経験則として知っている。それでも、見てしまう。男子高校生の哀しい(さが)といえた。

 そして。そんな風に見ていたら顔を上げた束さんと目が合うことになるわけで。

 

「どう? 畑仕事も結構面白いでしょ?」

 

 そう言ってにこやかに笑いかけてくれる束さんに軽く罪悪感がうずく。

 束さんに比べれば、俺の畑仕事の手際は天と地ほどの差がある。そのくせ、束さんの透けた白シャツから見えるものに集中していたとなれば、その進みっぷりは遅々としたものだ。

 それを野良仕事が出来ていないことに苦しんでいると受け取ったのか、束さんはこちらへとやって来た。

 

「はじめてだったらそんなもんだよー」

 

 束さんが無防備に近づいてくる。やめてくれ、今束さんに近づかれたら、俺の邪な思いがバレてしまう。それとも、そんな俺の心の機微も、束さんはお見通しなのだろうか、お見通しなのだろうな。

 

「よし、じゃあ束お姉さんが少年に手本を見せてあげよう!」

 

 束さんがしゃがみ込む。

 

「ここはね、こうして……こう!」

 

 しゃがみ込んだ束さんの、Tシャツと素肌の境界空間。そこに束さんの肌を守るものは何もなく、材質上たわんでできた隙間から水色の布地が見えていた。

 この絶妙な無防備さと、夏の暑さが俺の理性を奪っていく──目が離せない。

 

「ん~? どうしたの……って!? え!? ……あっ、えっ、うそ!? やだ、見えてる!?」

 

 見惚れるように束さんの放つ魅惑の隙間を凝視していたら、いくらなんでも束さんも気付く。束さんが俺の視線を辿(たど)って自分の身体を見下ろしてみれば、汗でぴっちりと張り付いた白のTシャツが何を映し出しているかを悟った。

 ばっと胸元を腕で隠すようにする束さん。頬には暑さからくるものとは違う赤みがさしていて、艶っぽい。

 

「もしかして……透けてたの、気付いてた……?」

 

 若干の上目遣いになりながら、束さんが問いかけてくる。これにノーと言うのは不誠実というものだろう。俺は首を縦に振ってイエスの意を表明した。束さんはそんな俺に軽く頬を膨らませる。

 

「透けてるなら透けてるって早く言ってよ、もー……」

 

 一見非難するような束さんの言葉だが、そこに不快のニュアンスはない。それどころか仕方ないなぁといわんばかりに、束さんの顔は少しニヤついている。それはしょうもないイタズラの犯人を見つけたかのような、“いとこのお姉さん”のような風格があった。

 

「もう、少年はえっちなんだなー、それとも少年だからえっちなのかなー?」

 

 束さんが立ち上がる。今度は俺が上目になる番になって、下から束さんを見上げる形になる。そんな俺に中腰になって頬を少し赤らめながら、束さんは俺の耳元に口を寄せて──

 

「見たいなら、ちゃんと見たいって言ってね?」

 

 ──そっと囁かれた。

 小声でありながらもセミの声に負けずに耳に届いた言葉は、束さんを二度見させるには十分な威力があって。しかし、そう言った筈の束さんに妖艶な雰囲気は全くなく、健全としかいえない束さんの満面の笑みが、不思議そうに俺を見ている。

 

「どうしたの? 大丈夫? 畑仕事もこれで終わりだから、ちゃんと水分はとろうね」

 

 夏の陽炎(かげろう)が、俺を翻弄している気がした。

 

 ◇

 

 昼ご飯の素麺を食べ終えて、俺は食休みを兼ねて縁側に座っていた。

 セミの鳴き声を聞き流しながら、遠くの山々をのんびりと眺めている。なんというか、こういう休みの過ごし方もいいな、としみじみと思ってしまうのだ。だってIS学園寮に居ると、単にダラダラと過ごすことに焦りを感じてしまう自分がいるから。

 そう、一部を除いてIS学園生たちは万に達する倍率の中から選ばれた才女たちである。普段は学生らしいことはやっていても、根は真面目だしポテンシャルは高いのだ。だから自分だけがゆっくりと休むことにどこか負い目のようなものを感じていたのは確かだ。それが、今の俺にはない。そんな俺を束さんは気遣ってくれたのかなとぼんやりと思う。

 その解決手段が初手誘拐なのはどうかと今更ながら思うが。

 

「あっ、また難しい顔してる」

 

 庭から現れた束さんに両手で顔を挟まれる。ほんの少し、俺よりも低い体温がなんとも心地いい。束さんは俺の目を覗き込むようにまっすぐに見つめている。

 

「ふふっ、遊ぶのに罪悪感があるって顔してるねー少年……なんでわかるかって? 束さんは君のお姉さんだからね! それくらい顔を見たらすぐにわかるさ!」

 

 そんなにわかりやすい顔をしているのだろうか。自分のことながらよくわからない。それでも、束さんがそういうのだから、きっそそうなのだろう。

 

「うん! だから水遊びをしようよ!」

 

 まぁ、どうしてそうなるのかは、わからない。わからないが、束さんが誘ってくれたのだ。だったら全力で乗っかっていこう。わー! っと庭の片隅にある納屋に突撃する束さんをサンダルを履いて追っていく。

 あーでもないこうでもないとガサゴソ納屋の中をかき回す束さんは、目的の物を見つけたのか笑みを浮かべて振り返る。それに俺もつられて笑顔になって──

 

「君にはプールを膨らます役に任ぜよう!」

 

 ──速攻で後悔した。

 シュコシュコ、と空気入れを踏む。この炎天下の中で必死にシュコシュコするのは控えめに言って地獄だ。地獄過ぎて言葉を考える力が汗と一緒に外に漏れ出て蒸発してしまっている。

 シュコシュコってなんだよ、空気入れだろ。というかなんで俺は空気を入れてるんだっけ? 

 理性が真夏の炎天下に置かれた氷のようにとめどなく溶けていき、小さいとはいえ立派なビニールプールが膨らみ切る頃には何も考えられなくなっていた。

 

「着替えるのが遅くなってごめんね……ってすごい汗じゃない! ごめん! ごめんね!」

 

 遠くの方で束さんの声が聞こえる。いや、実際のところ距離は遠くない。むしろ近い。なんだか簡単な遠近感でさえ、この真夏の日差しにやられてしまったらしい。

 

「暑かったのに頑張ったね、はいポカリ。蓋は取ってあるから」

 

 冷たい何かを渡されて、反射的に勢いよく喉の奥に流し込む。乾いた体にキンキンに冷えたポカリが染み渡っていく。美味い。この世にこんな美味いものがあったのかと思ってしまうほどに、酷暑に耐えたあとのポカリの身体への染み具合が半端なかった。

 

「う~ん、いい飲みっぷりだね、少年!」

 

 そう言って背中をパシーンと叩いてくる束さん。十分に手加減されているそれは痛みなどなく、本当に派手な音だけをだす一発だった。冷たいポカリによって正常な遠近感を取り戻した俺は、束さんの姿を見て本日何度目かの二度見をした。

 紺色の水着、としか最初は認識できなかった。

 だってそうだろう。見た目の幼さや言動の子供っぽさから忘れがちだが、束さんはれっきとした成人女性である。身体つきも色気漂うグラマラス体型だし、腰のラインに現れるくびれなど芸術的なものがある。

 そんな束さんが、スクール水着を着てやってくるなど犯罪的だ、いや普通に犯罪だろ。

 

「中学生の頃のだけど、意外とまだ着られるもんだねー。ちょっと胸とお尻のあたりがキツイけど」

 

 何が中学生の頃のだ。胸のところがぱっつんぱっつんである。繰り返すがそれはもうぱっつんぱっつんである。あははと笑う束さんだが、笑い声にあわせてその豊満な胸が上下するのだからもうヤバい。目に幸せの暴力が嵐となって押し寄せてくる。

 それにしても、とじっくり見たわけではないのだが、束さんのスク水は俺が中学生だった頃に女子が着ていたやつとはちょっと違うような気がする。いや、今も昔もジロジロと見比べた訳ではないから多少の違和感がある程度のものなのだけれど。

 そんな俺に束さんは気付いたのか、おもむろに手をお腹の辺りに置いた。

 

「ん? どうしたの? そんなにここが気になる?」

 

 何故束さんは手をお腹の辺りに、いや、それよりも下の位置に置いたんだ? 

 

「そういえば最近のには水抜きがあるやつが少ないんだっけ?」

 

 束さんが手を水着の短いスカートの中に突っ込み、股布を下げてめくりあげた。陽光に晒される肌、普段まったくといっていい程に露出するはずのない、新雪の様に真っ白な下腹部が陽の下にさらされた。

 これは見ていいものなのか、目を逸らすべきものなのか。突然のことに頭の理解が追い付かない。自然、俺の視線は束さんの純白の下腹部に固定されていた。

 

「あはは! じっと見すぎだよーぅ」

 

 パチンと音を立てて束さんのめくれあがっていた水着が元の姿に戻る。その音と共に、俺の思考回路も通常営業となったのか、視線は束さんの顔へと移せていた。イタズラが成功した時のような、そんな微笑みを浮かべながら、束さんはしゃがんで庭に放り出されていたある物に手を伸ばす。

 

「それじゃあ、水をいれまーす! ジャージャジャーン!」

 

 自分でファンファーレを唱えながら、束さんはホースを持ちあげる。庭の家庭菜園に水を撒くときに使っていたやつだ。正直なところこの細いホース一本でこの家庭用プールを満たすのにどれくらいかかるだろうか、そんな胡乱(うろん)な考えが頭をもたげる。

 だが束さんは俺の手にホースを押し付けるとすぐに庭先の水道に足を運んでいた。まぁ、案ずるより産むが易しというやつか、こんな炎天下であれこれ考えるよりも実際にやってみた方が早いのは事実だ。

 

「栓を開けるよ、それ!」

 

 おっと、思ったよりも水流が強い。手の中でうねるように暴れるホースを制御すると、水の出口を力任せに家庭用プールの中へと向けていく。想像よりも水の溜まる速度が早い。俺の心配などなんてことないことだったようだ。

 そうして水の吐き出しながらのたうち回るホースに四苦八苦する俺に対し、束さんはというと──

 

「あっ、そうだ! 裏でスイカを冷やしてあるんだった! 取って来るから水、お願いね!」

 

 ──ふんふーんと鼻歌まじりに家の裏手へと向かう束さん。

 そうすると束さんは当然背中をこちらに向けることになるわけで。張り付くというより軽く締め付けている、といった方が正しいくらいのスクール水着は、背中からお尻に掛けて丸みを帯びたラインをこれでもかと浮かび上がらせている。

 これだけで思わず息を呑むほどだが、サイズが小さいということは束さんのお尻にもしっかりと水着が食い込んでいるわけでもあり。濃紺色の水着が食い込んで、むっちりとした真っ白なお尻が窮屈そうにしているのがバッチリ見えてしまうということである。

 

「スイカ~スイカ~フフーンおいしいスイカフーン~束さんのつくったあま~いスイカ~……」

 

 だから、束さんは鼻歌を少しやめて人差し指でフックを作った。そしてそのまま、自然な動作でお尻の方へと動かして食い込む水着の内側に差し入れた。

 

んっ

 

 本当小さな、無意識から零れ落ちただろう声。それはあまりにも自然で、引き付けられる響きだった。

 そうして俺は裏へと消えていく束さんの後ろ姿を見届けた。水着がお尻を叩いて音を鳴らさない様にした丁寧な動作はつど右と左でつど二回。たったの二回であるのに、俺の脳では水着を直す瞬間の束さんの後ろ姿がリフレインしている。

 ハッと我に返り自身のあまりの気持ち悪さと、主張する下半身の一部に気付きプールに向けているホースをおもむろに掴む。そして──

 

 ──煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散……! 

 

 ホースの先をつまんで水流の勢いを上げ、顔面に浴びせかける。

 結構痛いし水は冷たい。だがこのくらいやらないと、劣情はおさまってくれそうにない。ジャバジャバと辺りの地面が濡れることにも構わずに、勢いの良い水流を顔面に浴び続ける。

 

「……な、なにやってるのかな?」

 

 簡易的な禊は、帰ってきた束さんがやや引いた様子で声を掛けてくるまで続いた。おかげでプールの水は半分もたまっていない。

 

「うん、まぁそういうこともしたくなること、あるよね!」

 

 束さんのフォローが心に痛い。ホースの先をプールに戻しながら、俺は束さんの方へと振りかえった。

 そこには束さんに抱えられたスイカが、束さんの豊満な二つの果実を持ち上げている光景が広がっていた。なんとも立派なスイカだった。縞模様がはっきりとしていて、身が詰まっていそうで、何より大きい。それは、束さんの胸も同じことだった。束さんは俺の(よこしま)な視線を知ってか知らずか、無邪気な顔をして首を(かし)げている。

 

「もちろん、おっきいだけじゃなくて身もしっかり詰まってるよ! ほら叩いて叩いて!」

 

 言われた通り、束さんが抱えたままのスイカを平手で叩く。束さんの言う通り、ボンボンと澄んだ音がする。これはしっかり熟した果肉が詰まったスイカに違いない。

 ボンボン、と続けて叩く。スイカの上に乗っかっている束さんのたわわなおっぱいが、振動を受けてふるふると震えている。実のところ俺はスイカよりも、その上に乗っかっている束さんの胸の方に意識が向いていた。

 

「ふふ、楽しみなのはわかるけど、先に切っちゃうから少し待っててね」

 

 視線に気付かれたのかと思ってドキリとするが、束さんは俺の視線に言及することはなく家の台所へと入っていった。本当に気付いてなかったのだろうか、それともわかったうえで俺にスイカを叩かせていたのかもしれない。束さんならあり得る。まんまと目論見通りになってしまったわけだ。

 いや、もう考えても詮のないことだ、水を入れておこう。

 そうしてプールに水をひたすらにためる作業を続け満タンになったころ、束さんが切ったスイカを皿にのせて戻ってきた。器用に片手で皿を持ちながら、水の栓を止めるのも忘れない。多分、プールに水を入れ終わるタイミングを計っていたに違いない。束さんならそれくらいやる。

 

「それじゃあ、入ろっか!」

 

 どうやら束さんが先に入る様だ。この小さいビニールプールだとどうしても一人が限界だろうし、二人はちょっと入れそうにない。それに、そもそも俺は水着ではないからな。

 どうぞどうぞお先にどうぞと束さんに順番をお譲りする。

 俺は日陰で休憩する係に専念しようかとぼんやり考えていると、束さんは心底不思議そうにしている。この反応、はてさて俺は何かおかしなことを言っただろうか。

 

「んんん~? なにか勘違いしてるのかい?」

 

 屈託のない笑みで、束さんはとんでもないことを言った。

 

「君と私で一緒に入るんだよ? これから」

 

 ──……はい? 

 

 第一このプールの狭さだと密着するしかないし第二に俺は水着じゃないというもっともな主張を束さんはどうされるおつもりで。

 

「え? 一緒に入ることの何が悪いの? 私が良いって言ってるんだからいいんだよ! 服はね、プールの後にお風呂に入ればいいじゃない! たまには普通の服で直接水に入ってみるのもいいものだよ!」

 

 しまった、俺の僅かな抵抗は簡単に論破されてしまった。これはこのままビニールプールに入る定めのようだ。

 

「ほらほら、早く入って入って。あ、足は伸ばしたいよね? うん、もっと深く座って足を開いてさ、そうそう。そこへお姉さんがドボーン!」

 

 束さんの有無を言わさない行動力に、俺はたじたじである。努めて冷静さを装いながら、顔面に飛んできた水滴を拭う。

 今、俺と束さんは小さいビニールプールに入って向き合うようにして座っている。流石にお互いに足を伸ばすには狭いので、俺は脚をビニールプールの外に飛び出すように開いて座っており、束さんはその間にぺたんこ座り──または女の子座り──をする形だ。

 いや、絵面がなんかヤバいなこれ。周囲には山しかなくて人の気配がないのが本当に幸いである。

 

「いやー、今年のスイカは我ながらよくできたものだよ」

 

 うんうんと神妙に頷く束さん。(くだん)のスイカだが束さんがプールに飛び込む時にも、お皿を片手にのせたまま完璧なバランス感覚でスイカ一切れの落下者どころか転倒者を出さないという神業だ。

 そうして差し出されたスイカを一切れ取り、遠慮なく咀嚼(そしゃく)する。シャクシャクとした触感もさることながら、細胞の一つ一つから果汁が(あふ)れ出して口の中を甘味で満たすようなみずみずしいスイカだ。

 やはり、束さんは農業の腕もぶっとんでいるのだなぁと再確認する。

 ──束さんと二人、しばらくスイカを楽しむ。シャクシャクという音が(せみ)の音の合間に響く。夏特有のムッとした土の匂いの中で、ちゃぷちゃぷとビニールプールの水が音を立てている。

 む、歯にスイカの種が当たった。お皿にはまだ切りたてのスイカがあるので、そこに吐き出すのは気が引ける。ぷっ、ぷっ、とスイカの種を庭先の方に飛ばすことにした。

 

「お~う? お姉さんだってスイカの種飛ばしは負けないよ~?」

 

 俺に対抗するように、束さんもスイカの種を飛ばす。口をすぼめて頬を膨らませた可愛らしい顔をして、ぷっ、ぷっと種を飛ばしている姿からは、束さんが全世界レベルのお尋ね者なんて誰も思わないだろう。もっとも、俺以外の前でスイカの種を飛ばすなんて真似を束さんがするとは到底思えないが。

 おっと、指にスイカの汁が。洗い流そうとプールの水を(すく)おうとして。

 

「あ、待って待って」

 

 と、束さんはスイカの皿を土の上に置くと有無を言わさずスイカの果汁で汚れた俺の手を取り、そのまま指を口に含んだ。ぺろりと舌が指を這うごとに、背筋にぞくりとした電流が走る。上目遣いになってこちらを見ながら、ちゅぱちゅぱと音を立てて指を吸う束さんの姿は、そのスク水姿も相まってとても蠱惑(こわく)的だった。

 

「ふふ、ごちそうさま」

 

 束さんの口が指から離れる。つぅ、と指と唇の間に粘ついた液の橋がかかる。それがふっと途切れる寸前、俺の顔面に束さんが水を思い切りぶっかけてきた。もちろん、俺は一連の束さんの行動に見入っていたから何の準備もなくこれでもかというほどの水がぶっかけられた。一瞬、鼻の穴に水が入って、むせるような感じがした。

 

 ──やったな! 

 

 お返しに俺も両手で水を掬って束さんの顔にかける。量は俺の方が勝っているが、回数は束さんの方が多いかもしれない。

 

「あはは! 負けないよ~!」

 

 こうして束さんと水をかけあって、夏の午後は過ぎていく。

 

 ◇

 

 ずぶ濡れの服を着たまま、小さなタオルを手に脱衣所に入る。

 ここに来るまで結構廊下を歩いたが、身体から落ちた水の方は大丈夫なんだろうか。まぁ、束さんが大丈夫というからには大丈夫なんだろう。それよりも全身に張り付いた服が重く、ブカブカという感触がなんとも落ち着かない。シャツに手をかけるが服一枚を脱ぐのにも大変だ。

 しかし、なんだろうなぁ、この懐かしさ。ここに来てからずっと感じていることだが、ここは細部にいたるとこすべてに、かつて体験したようなノスタルジックを(おぼ)える。いや、この微妙に古ぼけた鏡とか、竹で編まれた脱衣(かご)、一世代前の洗濯機に小さな物干しなんかに見覚えがあるかと言ったら嘘になるんだけども。とにかく、俺にそう感じさせる何かがここにはあるのだ。

 服の最後の一枚を脱衣籠に突っ込んで、小さなタオルを畳んで頭にのせる。ここまで郷愁(きょうしゅう)を感じるとなると、普段はやらないことをやってみたくなるのだ。

 そのまま、頭の上のバランスを取りながら、風呂場へと入る。IS学園では絶対に見かけないような、いかにも一昔前ですといったようなバスタブが俺をお出迎えしてくれた。バスタブにはお湯がきっちりと張られており、束さんの用意の良さに感心するばかりだ。

 足からゆっくりとお湯につかり、背中をバスタブに預け足を思いっきりのばす。お湯加減も丁度いい。ふぅ、と小さく気が抜けていたら、脱衣所の方のドアが開く音がした。

 

「大きいタオル持ってきたよ~」

 

 タオルを持ってきた束さんだ。ありがとうございます、と返事を返して再び丁度良い湯加減を楽しむ。こう暑い日に少し熱めの風呂に入るのも良いもんだとなんて考えたら、ふと思い出す。束さん、まだ濡れたスク水のままなんだろうか。

 そう思うと、あまり長く風呂に入っているのも悪い気がしてきた。早めに出た方がいいだろうか。そんなことを考えていると、束さんが寄ってきたのかさっきよりも近い位置から声が聞こえてくる。

 

「お湯加減はどう?」

 

 最高です、と束さんの問いに答える。なんかやけに風呂場のドアに近かったな、と思っているとごそごそと、あるいは少し水っぽいべちゃべちゃという音が聞こえる。そう、脱衣所から服か水着かなんかを脱いでいる様なそんな音が聞こえてくる。

 

 ──そんな? 水着を? 脱いで? 束さんが? 

 

 俺はあまりの事態に混乱して、風呂場の壁を眺めるしかできないでいる。バスタブの位置関係上、首を後ろに回さなければ脱衣所の方は見えない。今後ろに振り返れば、全裸の束さんをすりガラス越しに見ることになるのか、まさか。

 水を吸った布ようなものが、べちゃりと音を立てたのを聞く。もう、風呂から出るには判断が遅いと理解してしまった。ちょうど小さな物干しに、水着をかけたような音だった。

 あわてて、頭の上にのせていたタオルを開いて腰に巻く。ここまできて次に何が来るかの予想はついた。そしてその予想通りに──

 

「じゃ! 私も入りまーす!」

 

 ──ガラッと戸が開いて束さんが入って来た。思わず、己の股間をおさえてそっぽを向いた。

 

「もう、そんなに心配しなくてもちゃんとタオルは巻いてるって!」

 

 束さんがケラケラと笑いながら言うものだから、俺も恐る恐る束さんの方を見た。束さんは大きなタオルを胸の辺りから巻き、しっかりとふとももの半分辺りまでをタオルで隠している。

 それでも、俺にはちょっと刺激が強すぎた。水に濡れた胸の上半球に、ロングスカートが多く見る機会の少ないむっちりとした足。それが真正面にあるものだから、思わず唾を飲んでしまったのも仕方のないことだろう。

 それを知ってか知らずか、束さんは小悪魔のような笑みを浮かべている。

 

「はーい、もうちょっとそっちによってよって」

 

 言われた通りに俺はバスタブの端に追いやられていた、一体何をするつもりだろうと思っていると、束さんはざぶんと遠慮なしに湯船に入って来た。混乱再び、である。あの束さんが、タオル一枚という無防備さで、俺の脚の間にいる。しかも、なんだか距離が、近くなってきてないか? 

 

「ふぅ、気持ちいいねぇ……君はどう? 気持ちいい?」

 

 そう問いかけながら束さんが、俺の身体へと背中を預けるようにする。柔らかい、まずはその感触が第一。第二に、目の前には束さんの頭があって、濡れた髪の毛からアルコールのような独特の香りが鼻腔(びこう)をくすぐってくる。この距離でなければ、ついぞ知ることはなかったであろう束さんの匂いだ。

 本当に今の状態は、密着というしかない。二人で入るには狭いバスタブの中で、束さんと重なるように風呂に入る。それだけで、俺の精神は我慢の限界を迎えつつあった。

 

 ──……マズいな。

 

 この密着率がマズい。束さんと俺の身体を隔てるのはなにせタオル一枚ほどしかないのだ。束さんがくすぐったそうに身体を揺らしただけで、暴力的な柔らかさが俺の身体のすべてを蹂躙していく。

 頭に血が上っていくのがわかる。このまま、抱きしめたい、それから──

 

 ──意識が遠のいていく。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 はっと目が覚める。暗い天井と目の端から明るい電光が差し込んでくる。というか、これ頭の上に何か柔らかいものがのっかっていないか、と気付いた。その柔らかいもので視界の大半が覆われているのだ。ついでに、頭の後ろの方もなんだか柔らかくて、温かい。

 このままでいるのも良いな、と思いながら、現状を把握したくて身体を動かそうとする。だが、まだちょっと身体の方は動きそうにない。俺は一体どうしたんだろう。

 

「大丈夫?」

 

 心配そうな束さんの声。どうやら束さんに膝枕をされているらしい。というのは頭上から束さんの声が降ってくるからだ。

 待てよ、これが束さんの膝枕なら、俺の視界を塞いでいるこの柔らかいものはすなわち、束さんの胸ということか。理解した途端に身体の末端から血が巡り、俺の体温を上げていく。これは嬉しいが、ちょっと恥ずかしいぞ。早くこの状態から脱出しなければ。

 

「ごめんね、束さん今日いろんなことを君とできて嬉しくなっちゃって……ちょっとやりすぎちゃったよね……」

 

 トーンの低い束さんの声に、はっとした──束さんが泣いている。動き出そうとする身体を無理矢理止めて、俺は束さんのことを考える。そして考えろ、今日一日の俺の気持ちを。恥ずかしかろうがなんだろうが、俺の正直な気持ちを伝えなければ、束さんはきっと後悔したまま今日という日を終えてしまう。

 まぁ、おっぱいアイマスクをされた状態で格好つけるのもクソもないが、束さんの声に答える。

 

 ──俺は、凄く、ドキドキもしたけど、楽しかったですよ。

 

 無言の(とばり)が下りる。

 クーラーもなく、あるのはブゥンブゥンと首を振っている扇風機。吹きおりていく山風が、居間を抜けてさらさらと木々の葉を揺らしていく。昼間はあんなに暑かったのに、夜になると驚くほどに涼しいな、と俺はそんなことを思っていた。

 しばらく、空白の時間が過ぎて、束さんが鼻をすすりながら小さな声で言った。

 

「じゃあ明日も、その明日も、またその明日も、ずっと、ずっとずぅーっと、束さんと一緒にいてくれる?」

 

 もちろんです、と答える。それ以外に俺の答えはない。

 

「ふふふ、そっか。良かった」

 

 束さんは嬉しそうに笑うと、俺のお腹に手を当てた。そしてポンポンと規則正しく、それでいて優しく、俺のお腹を叩く。ああ、このリズムはいつかの頃、寝る時にされていたもの同じで。ずっと感じていた旧懐(きゅうかい)を思い起こさせて。

 巡り回っていた血が落ち着き、身体から力が抜けて、意識がふっと遠くなっていく。

 

「それじゃあ、おやすみなさい」

 

 薄れゆく意識の中で束さんが、そう言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

「ん、おはよう~」

 

 起きたら目の前に束さんの顔。心臓に悪くはないが、普通にびっくりする距離感だ。お互い見つめ合うこと数秒、束さんがにっこりと笑った。

 

「目が覚めたらでいいから、二人を起こしてきてくれるかな?」

 

 そう言いながら、束さんは俺を残して(ふすま)を開けて出ていった。

 二人、とは一体誰の事だろうと一瞬だけ考えて、気付いた。束さんが人を人として認識している人物は極僅かに限られている。そんな中で、こういう田舎暮らしを乱さないようなカテゴリとなると、途端に候補は二人しかいなくなるではないか。

 起き上がって身体の()りを伸ばしほぐし、立ち上がる。俺の推測が正しければ、あの(・・)二人がいるはずだ。

 入るぞ、と先に言ってからたっぷり十秒程度は間を置いておく。そして(ふすま)を開いた先には。

 

「……ラウラ? お父様?」

「……クロエ姉? お父さん?」

 

 クロエとラウラの二人が、布団の上に仲良く並んで起きていた。

 

 ──ああ、どうやら。ここ(・・)での夏休みはまだまだ始まったばっかりのようだ。

 





最初束さんいとこのお姉さん概念に日常を蝕まれていくホラー要素入れようと思ったんですけど、初手誘拐は普通にホラーだなと思って削除しました。

ついでにスクール水着について凄く勉強することになって奥が深いなと思いました。

いつも感想ありがとうございます。なかなか返信などできておりませんが、いつも楽しみに拝見させていただき、日々の活力になっております。本当にありがとうございます。

今回のお話が良かったら高評価、感想をいただけると幸いです。

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天災兎の愛は重いR-18版は

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