天災兎の愛は重い   作:ふろうもの

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天災兎と放課後のお茶会

「ねぇ、デートってどうしたらいいのかな?」

 

 そのデュノアの唐突な一言で、俺の穏やかな朝食の時間は露と消え去った。

 

 ◇

 

「えっと……大丈夫?」

 

 心配してくれるなら、もうちょっとタイミングを計るということをしてくれないだろうか。と、何か皮肉の一つでもデュノアに言ってやりたいが、激しくむせて咳き込む体は言うことを聞いてくれそうにない。

 というか、飲んでいた水をすんでのところで飲み切った俺を誰か褒めてほしい。同級生の、しかも女子の顔面に向かって口に入った水をぶちまけなかったんだぞ。

 

「はいはい、今は体がむせるに任せようねー。とんとん、とんとーん」

 

 そうそう、こんな具合に、背中を優しく叩いてほしいもんだ。むせる体にどれだけの効果があるかは知らないが、こうやって労わってくれるってだけで随分と心持ちが違うんだぞ。

 

 ──ところで、俺の背中を叩いている人は誰なんだ? 

 

 俺の隣には誰も座っていなかった筈なのに。

 

「よぅし、次は背中をさすってあげよう! あぁぁぁ……立派な肩甲骨に、僧帽(そうぼう)筋、広背筋、大円筋、脊柱起立筋(せきちゅうきりつきん)……男の子の背中だねぇ……束さん、朝から幸せだよぅ……!」

 

 声にならない声が出た。あえて表音するならゴッヒゥみたいな、咳の瞬間に息を呑んだ時のような名状しがたき音がマジで出た。というかあまりにもびっくりしすぎてもう咳が出てこない。気管の辺りがむずがゆくて仕方ないのに、体が恐怖を感じて動いてくれないのだ。

 ギギギ、と破断寸前の鉄骨でも出さない音が、首から聞こえくる気がする。横を見れば、俺の背中に頬ずっている“天災(天才)”こと束さんが、そこにいた。いつものように睡眠不足の(くま)を目元につくり、髪をポニーテールに結った眼鏡着用の束さんである。もちろん(?)、IS学園の制服だ。束さんは結構ギリギリを攻めてくるぞ。いつもか、いつもだったな。

 そして、俺には一つだけ愚問がある。

 

 ──あの、さっきまで束さん……いませんでしたよね? 

 

 これがまったく愚かな質問であることはわかっている。わかってはいるが、聞かずにはいられないのだ。最早この質問自体が恒例行事だと言ってもいいだろう。そして、返ってくる返事が一つであることもよく知っている。

 

「いやぁ、だって君が辛そうにしているものだからついね! そう! つい! それで現れちゃうのが束さんだからね!」

 

 これで説明になるのだから束さんは恐ろしい。

 一方で、織斑先生の胃は死ぬのだが。束さんがIS学園内に現れるだけで、一体どれだけの警報装置やセンサー類のメンテナンスと更新がされるか知っていますか? それを死んだ目で伝えてくる織斑先生に、俺は一体どうしろというんですか。

 まぁそれでも、俺に束さんに侵入をするのはやめろと言うつもりはないのだから、本当にどうしようもない。

 そういえば前に代替案として束さんの侵入もとい訪問を事前申告制にしようかと織斑先生に提案したけれども、国のお偉いさんからの圧でダメになった経緯がある。曰く、束さんという存在が事前に現れることが予期された場合、他の国からの介入があるかもしれないということだ。

 それはまぁ、確かに言われてみればその通りな話である。現在進行形で世界を飛び回って逃げている束さんが、唯一と言っていいほど確実に現れる場所が、俺の元なんだ。それが事前申告でバレてしまえば、俺の身に何か起こる可能性も無きにしも非ずじゃない。意外と危ない橋を渡っているな、俺。ちょっと怖くなってきたぞ。

 

「なぁに考え事~? 束さんがこうして現れたんだからもうちょっと嬉しそうにしなよ~」

 

 珍しくダル絡みしてくる束さんが、俺の肩を掴んでゆさゆさと揺さぶってくる。いやなんか今日は束さんの機嫌が良いな。ああでも、ほっぺたをそう突かないで、ぐいぐい来すぎて頬に歯の感触が凄い当たる。

 そんな束さんと俺とを見て、デュノアは心底不思議そうにしている。なんだ、言いたいことがあるんだったら言った方が良いと俺は思うぞ。束さんがそれに機嫌を損なわないかはまた別の話だが。

 そういう俺にデュノアはコーヒーを一度すすってから、おずおずと問いかけてきた。

 

「……ところでさ、話題は変わるんだけど、なんだか二人の距離が近くない?」

 

 距離……? 

 距離って何の話だ。束さんはいつも通りの平常運転だと思うが。

 

「いや、その篠ノ之博士と君の距離の話。なんか近くない?」

 

 デュノアに言われるまでもないが、距離が近いのは当然だろう。束さんは何が気に入ったのかその豊満な胸を押し付けながら、今も俺の背中に頬擦りをしているが、それは物理的な距離が近くなければできないことじゃないか。いや、朝から束さんのグラマラスな双丘を押し付けられて平然としなければならない俺の精神力は、マッハでガリガリと削られているが。

 

「うーん、そうだね、具体的に言えば腰が近いんだよね。もしかして……何かあったの?」

 

 ──何かあった、か。

 あったと言えばこの前あった。束さんに夜のデートに誘われてその先で、ちょっと人には言えないようなことを……いやしかし純粋な気持ちだったから、不純異性交遊ではなく純粋異性交遊があったといえよう。しかし、それを同学年の、しかも女子に知られるわけにはいかない。

 なるべくポーカーフェイスを貫き通しながら、『何もなかった』とデュノアに答える。これが漫画ならドン! という擬音がついていてもおかしくはない勢いで。

 それをデュノアはジト目でこちらを見ている。なんなんだ一体、これが女の勘というやつなのか。

 

「はぁ~へぇ~ほぉ~ふ~ん」

 

 なんだよ、そのわかってますよ、と言いたげな物言いは。それよりもさっきから周りの好奇の視線が凄い。そりゃそうか、束さんがIS学園の、しかも朝で大盛況の食堂のど真ん中に現れたんだから、そりゃあ目立つに決まっている。大勢の人に見られるパンダってこんな気持ちなのだろうか。

 上野動物園のパンダの気持ちについて思いをはせていると、気に掛かった言葉が周りからぽつぽつと聞こえてくる。

 

「ねぇねぇ、篠ノ之博士の顔、真っ赤じゃない?」

「本当だ、すごい、茹蛸(ゆでだこ)みたいになってる」

「なんていうんだろうあの表情、何かをこらえているような耐えているような絶妙な顔だね」

 

 どうやら俺渾身(こんしん)のポーカーフェイスは何の意味もなかったらしい。俺の背中を頬ずっていたから束さんの顔を俺は見ることはできないのだが、それはもう見事に真っ赤になっているらしい。そう言われてみれば束さんの体温がさっきから上がっているのを感じる。自分の体温すら自在に変化させられると豪語する束さんのことだ、このデュノアの指摘がクリティカルヒットとなって束さんの羞恥心を刺激したのだろう。

 一言でいえば、束さんはオーバーヒートしている。

 熱い、いや本当に束さんの身体が熱い。朝からこんなに熱を発していては午後に支障が出るのではないか? そんなどうでもいい考えが俺の頭をよぎる。

 

「そうかそうか、何か(・・)あったんだね」

 

 デュノアが勝ち誇ったような笑みを浮かべる。ああ畜生、そうだよ何かありましたよ、何かがね。それを具体的に言わないでくれるのは武士の情けというやつか。フランス人のデュノアに、武士の情けが通じるかはわからないが。

 

「まぁ、そこは詳しくは聞かないでおくよ。それで話題は戻ってデートについてなんだけど……」

 

 早速話題を変えてくれたことは嬉しいが、俺にデートについて聞くのはかなりの冒険じゃないか? と思わなくもない。第一、俺のお相手は束さんという規格外が服を着て歩いているような人である。至極一般的なデートについての論評を求めるには、不適切なのではなかろうか。

 

「そうは言うけどさ、君は一夏と同じくIS学園における稀有な男子で、しかも彼女持ち。デートという概念に一番近い位置にいるのは間違いなく君だよ」

 

 彼女持ち、の部分で束さんが身体を震わせたのがわかる。いやまぁ確かにそう言われたらそうなのかもしれんが、世間一般的に言われるような普通のデートをしたことは束さんとはないのだが──

 

「ふむ、なるほどなるほど、どうやら私と彼との関係についての分は弁えているようだね。束さんもそこは素直に評価するよ」

 

 ──再起動した束さんがごく自然に平静を装いながらデュノアの言葉に答えた。これに驚いたのはまず俺だ、デュノアも目を見開いて驚いている。これは基本的にごく一部の人にしか人間判定を行っていない束さんのこと、デュノアはもちろんその人間判定の中に入ってなかったはずだ。それを前提に考えると、デュノアの言葉に束さんが答えるということは、はっきりいってイレギュラーだ。

 よほど束さんは、俺の彼女扱いされたことが嬉しかったらしい。腰を接したすぐ隣から、うきうきとした束さんの感情が伝わってくるようである。

 

「そういうことならば、人間の愛の先達として答えてやらないでもない。デートとは何か。それは男と女が愛を深め合う為に行う行為だ。ただ隣にいてくれるだけでもいいという愛を越え、共に何かをするということは、それだけで二人の距離をぐっと縮めることになる」

「おぉ……」

 

 束さんの言葉に、デュノアは束さんの機嫌を損ねない程度に相槌を打つ。

 いやまぁ束さんの言う通り“共に何かをする”という点に関していえば、それなりにあったとは思う。でもやっぱり、あれらは世間一般のデートには当てはまらないと思うんですがそれは。

 

「なんだか不服気味だね君は。そんなに束さんとデートがしたいのかい?」

 

 うりうりと本日二度目になる頬を突いてくる仕草。したいかしたくないかでいえばもちろんしたいのであるが、そうは問屋が卸さないのがセキュリティ面である。束さんとデートをするということは即ち、束さんを体よく利用したい者たちにとっては絶好のチャンスという訳だ。

 それを束さんに話してみたところ、君は一体何を言っているんだい? と言わんばかりのポカン顔をされてしまった。デュノアは俺の言うことに一理あると頷いてくれているんだが、そんなに俺は変なことを言っただろうか? 

 

「セキュリティに関しては私に任せてくれればなんとでもなるよ。忘れたのかい? 私は束さんだよ?」

 

 束さんにそう断言されてしまっては俺はもう、ぐうの音も出ないのである。確かに他の誰か、それこそ織斑先生に任せるよりも、束さんに全て任せてしまった方が上手くいくのは間違いないであろう。だが、それは、なんというか手心というか……。

 日々心労を重ねさせている織斑先生の努力とは一体、という話になる。

 

「えっ、ちーちゃん? 大丈夫大丈夫! そこも含めて君と私の安全面は万全にするよ! だから、外でデートしても問題なし! 花丸! オッケー?」

 

 オッケー、なのだろうか。いや、束さんが言うのだからオッケーなのだろう。俺はもう、そういうものだと思っている。

 

「じゃあっあの、ダブルデートにしませんか?」

「……ダブルデート?」

 

 勇気を出していけると思ったのだろう、デュノアがダブルデートを束さんに提案する。一方で、束さんは先ほどまでのフレンドリーさをかき消して胡乱気な目でデュノアを見つめている。これは良くない、良くない流れだ。俺の直感がそう告げている。ここはデュノアに一つ、助け舟を出すべきだろう。

 幸い、デュノアの目的と俺の目的は合致している。ここで貸しを作っておくのも悪くはないだろう。いや、デュノアの実家関連で結構な貸しが束さんにあるが、ここでは今は言わないでおく。

 

 ──それはつまり、束さんと俺がデートしているところを参考にしたい、というわけか? 

 

 束さんの顔が胡乱気なものからパッと輝いたものに変わっていく。

 

「えっ、それって……君は私とデートしたいって、こと!?」

 

 まぁ、そういうことになる。可能であるのならば、一度束さんと普通のデートというものをしてみたかったのは確かだ。

 

「うりうり~素直じゃないんだから、もう~」

 

 本日三度目の頬つつきをいただきました。ダル絡みがちょっとクセになってるのだろうか。それとも徹夜でちょっとテンションがおかしいのだろうか。こればかりは束さんでなければわからないだろう。

 

「……いい訳ないだろう」

 

 地獄の底から湧き出た怨念かと思うほどの、ドスの効いた声がする。この声は顔を確かめるまでもない、織斑先生だ。振り返ってみれば、束さんよりも目元に濃い隈を作った織村先生が、圧倒的なまでのオーラを放ちながら立っている。これが世界最強(ブリュンヒルデ)の圧……! 

 

「お前がIS学園から外に出るだけでどれだけ私の仕事が増えると思っている……! いや、私としては生徒の自主性を重んじたいのは山々だ。だが、お前が動けばこいつが動く。それで私が後からネチネチ言われるか……違う、決して私はお前がIS学園にだけこもっていろと言いたいわけではなくてだな……」

「あははっ、ちーちゃん寝不足で頭が回ってないよー? それに寝不足はお肌の大敵! 気をつけないと老けちゃうよー?」

「誰のせいだと思っている! 誰の! 私が! お前の! 勝手な行動でどれだけ消耗していると……!」

「あはは、ちーちゃんコワーイ!」

 

 きゃーとか言いながら、微塵も恐怖を感じさせない声音で束さんが俺に抱きついてくる。豊満な双丘が俺に押し付けられるが、織斑先生の圧がエグすぎてそれどころではない。今にもブチギレそうな勢いで、目を血走らせている織斑先生を繋ぎ止めているのは、ひとえに生徒たちの目の前で罪もない……いや前科がない訳ではないが……ともかく、俺を理不尽に怒鳴るわけにはいかないという最後の一線だけだろう。

 俺はデュノアに視線を向ける。どうにかしてくれ、という願いを込めて。こっち見てよーと言いながら俺の顎に頭をぐりぐりと押し付ける束さんを、なんとか抑え込めているうちに、マジで。

 

「えーと、織斑先生の苦労もよくわかっているつもりです。でしたら、IS学園内でのデート……ではダメでしょうか?」

「……IS学園内で?」

「はい。彼が外に出るだけで国が動くというのは、僕も代表候補生なのでわかっているつもりです。なので、最初から織斑先生の目が届く範囲内での交友は許していただけませんでしょうか……?」

「……その言葉を」

「え?」

「……その言葉を、もっと早く、束の口から聞きたかった……!」

 

 泣いている……織斑先生が、あのブリュンヒルデが、泣いている……。流石の束さんも、織斑先生の泣き顔を見て「ご、ごめんね、ちーちゃん? 今度からちーちゃんには前もって相談するようにするからさ……ね? だから泣かないで?」と本気の心配をしている。

 それからしばらく、周囲の生徒たちも居た堪れなくなったのか、少しずつ人影は消えていき、織斑先生の涙が引っ込んだ頃には俺たち以外には食堂に誰もいなくなっていた。

 

「……ゴホン、みっともないところを見せたな」

「いや、僕は何も見ていませんから……」

「束さんも何も見てないよー」

 

 右に同じく。

 

「うむ。IS学園内なら何をしてもいい、というわけではないが、そうしてくれる方が私も助かる。結局、何をどう警備態勢を敷こうとこいつが止まらんのは事実だからな。そして、束の訪問も事前に私への相談があるという言質もとった、学園内でのデートを許そう」

「……わあっ、ありがとうございます!」

「本当ちーちゃん!? 事前に連絡すればあれやもこれややムフフなこともしていいの!?」

「あくまでここは教育施設だ、不純異性交遊は絶対に許さんからな!」

「あいあいさー!」

 

 束さんがピシッと敬礼をする。適当にやっているようで、完璧な角度だ。それを見た織斑先生は、ふっと微笑みを浮かべると、疲れを隠しきれない顔のまま去っていった。

 

「んー、あとでちーちゃんに栄養ドリンクでも差し入れしてあげようかなぁ……」

 

 それはそれで織斑先生の仕事が増えるだけと思うので、やめてあげていただけないでしょうか……? 

 

「なんだよう! 束さん特製の栄養ドリンクが信じれないっていうのかい!?」

 

 束さんが作ったってだけで、全国家が興味を持つものなんですよ。と束さんをなだめながら、俺は残りの朝食を急いでかき込んでいくのだった。いつの間にかSHRの時間が迫ってるし、ちゃっかりデュノアは「二人の邪魔したら悪いから」と言って束さんの機嫌を取りつつ朝食を終えてるし……恋する乙女は怖い。俺は素直にそう思った。

 

 ◇

 

 放課後、今日も中身が充実しすぎて詰め込み気味の授業が終わりボケっとしていると、デュノアが席の隣にやってきた。

 

「と、言うわけで」

 

 どういう訳だ、デュノア。

 

「これから一夏をデートに誘おうと思うんだけど、どうしたらいいと思う?」

 

 俺に聞くな、俺に。それこそ真正面からデートしようって言えば……言えば……うーん、でもあの超絶朴念仁の一夏だしなぁ……それができるなら誰も一夏を中心とした惑星系は形成されていないんだよなぁ……。

 

「だよねぇ……」

「ん、二人ともどうしたんだ? 俺を呼んだか?」

 

 渦中の人が現れたぞ。まぁ隣の席だから聞こえていて当たり前なんだが、なんで都合よく一夏をデートに誘おうってところを聞いてないんだ。まぁいい、それはいつものことだ。ではここで俺がデュノアとデートしてくれやってくれ、と言っても何をどうまかり間違ったらそうなるのか、デュノアと、の部分がすっぽ抜けて俺とデートすることになってそうで怖いんだよな。いいやつなんだけどな、一夏。その絶望的なまでの鈍感ささえなければ。

 

「あっ、ねぇ一夏、今日の放課後のこれからね、篠ノ之博士がIS学園に来るらしいんだ」

「束さんが!? ここに来るのか!? いや……でもそうか、束さんならくるな、確かに」

 

 俺を見ながらうんうんと頷く一夏。例えどれだけ人からの好意に鈍感であろうとも、こういうところには聡いのは美点というべきか。まぁ、一方で俺は束さんの妹である篠ノ之箒から視線で人を殺せそうな勢いで睨まれているのだが、無視をする。篠ノ之には悪いが、俺が一番大切なのは束さんなのだ。

 

「それで織斑先生からの頼まれごとでね、篠ノ之博士の監視も兼ねて彼らと一緒に行動してくれる人を探してるんだって。それで一夏……協力して、くれないかな?」

「おう、俺でよければ力になるぞ」

 

 こいつ本当にデートって単語さえ言わなければストレートに物事が決まるんだから本当にもう。見てみろよ篠ノ之のあの顔を、オルコットの後ろからの視線を、教室の後ろ出口からこっちを睨みつけてる凰の姿をよ。

 はぁ、まぁ彼女らには悪いが、俺は俺で束さんとの放課後のひと時を楽しみたい。あれからなんとなく気まずくて、気軽にお喋りするなんてこともなかったからな……。

 

「ふふふ、君にはそんな憂いた顔は似合わないかなぁ? 私の前では笑顔でいてくれると嬉しいんだけどねぇ……だーれだ?」

 

 俺の目の前が、白く細い指によって塞がれる。この体温、この呼吸音、間違いない、束さんだ。

 

「正解。今日も授業退屈だったねぇ。束さん眠くて仕方ないよぉ」

 

 束さんの手が、目から首、肩へと降りて俺の胸の前で抱き寄せるようにクロスする。そうなると、束さんの豊かでたわわな胸が、俺の後頭部に押しつけられる形になるのだが、束さんは露ほども気にしてなさそうだ。

 教室が俄然、ざわつく。俺という存在のせいで慣れが出てきたとはいえ、IS学園制服着用済みの眼鏡ポニーテールの束さんが教室に現れればこうもなろう……おや? 

 

「あれは……逆あすなろ抱き!?」

「知っているの!? 清香!?」

「なんか篠ノ之博士の顔、赤くなってない?」

「ねー。前はおっぱいくらい当たってもなんともなさそうだったのに」

「もしかして二人の間で何かあったんじゃ……」

「姉さん……まさか……!」

「なーんてね! 時間は有限、進むぞ若人! さぁ立った立った! 早速食堂でお茶でもしばいてやろうではないかー! しばくぞー! どつくぞー!」

 

 俺を逆あすなろ抱きから解放した束さんは、ハリーハリー言いながら俺を立たせるの急かす。まぁ、その、前のことで意識の変化があったのだろう。俺は今回そのことに言及するつもりはないが、女三人よれば姦しいのIS学園だ。束さんの様子が普段とは違うというだけで、好奇の視線が一気に数百倍に膨れ上がった。

 そして、珍しいことに、束さんの耳までも赤くなっていることに気づいた人は何人いただろうか。そう思いながら、俺は束さんに急かされるまま、食堂へと歩みを進めるのであった。

 

 ◇

 

「うーん、やっぱり私が淹れた紅茶は格別だねぇ……流石私」

「あ、本当だ。美味しい」

「これが食堂にある茶葉と一緒なの? 凄いねぇ一夏、篠ノ之博士って」

 

 現在、俺はIS学園の食堂の片隅で、束さんと一夏とデュノアとで一緒にテーブルを囲んでいる。俺の隣には束さんが座っているし、デュノアもちゃっかりと一夏の隣に座って、束さんの淹れた紅茶を飲んでいる。

 ただでさえIS学園では目立つ男性IS操縦者が二人、そこに束さんという組み合わせは、学園中の好奇の視線を独り占めにするには十分だった。まだ夕食にはかなり早いというのに、物珍しげにこちらを伺う視線が通常の三倍はある。もちろん、その内の三人、篠ノ之、オルコット、凰らからは視線で人を殺せるんじゃないかってくらいの恨めしげなものを感じる。正直、俺を恨むのは筋違いだと声を出して言いたい。全てはデュノアがやったこと、俺じゃない、あいつがやった、知らない、すんだことだ。

 

「あ、紅茶のおかわりいる? 淹れてあげるねー」

 

 ベストタイミングで、束さんが紅茶のおかわりを淹れてくれる。お茶請けはIS学園食堂特製のクッキーではあるが、紅茶との相乗効果も相まって普段よりも美味しく感じる。ただ、この言いように勘違いしないで欲しいのは、俺の基準が束さんという規格外の人によって舌のレベルが強制的に上がっているからであって、IS学園食堂のレベルが世間一般からすれば最上位クラスのクオリティなのは保証する……いつの間にか俺、束さんに胃袋掴まれてないか……? 今更か……。

 

「それで、篠ノ之博士っていつから彼のことが好きだったんですか?」

「おっ、それを今聞いちゃう? えー、でもなー、彼の目の前で話すのはなー? どうしよっかなー?」

 

 チラチラと、俺の方を伺ってくる束さん。内心、話したくてたまらないといった感じだ。まぁ確かに、あれだけのことをヤっといてその辺りのことを聞いてないのも不健全な気がするし、俺もデュノアに同意する。

 

「しょうがないなー、彼もこう言ってるし、特別に教えてあげるよ!」

「お願いします! 篠ノ之博士!」

「それではーごほん、あれは遡ること十数年前のこと、天才の私が退屈で退屈で仕方のない時でした。ですがある時、ビビッと来たのです! そう! この世界に私の知らない未知が、彼という奇跡が誕生したんだよ!」

「えっ、篠ノ之博士、そんな昔から彼のことを知ってたんですか?」

「そうだよー、だって束さんは彼のことを除けば全知全能だからねー。いやー、あの時は感動したよー。私が知るすべての予測演算ネットワークの中に空白が一つ、突然現れたんだからね。この衝撃、君たちにどう教えてあげればいいかわかんないなー」

 

 束さんがとても嬉しそうで、俺も嬉しい限りだ。生まれた瞬間に俺という存在を知覚されていたという事は、この際深く考えないことにする。だって相手は束さんだし。考えてもしょうがないよな! 

 

「いやー、あの時は私も若かったねー。内から溢れ出る情熱に流されるまま、当時の彼に会いに行っちゃったりしてさー。もう一目惚れしちゃって。本当、若さゆえに結構な無茶をしたって今だと思うよ。でもね、仕方ないよね、あれは私にとっても初めての感動だったからね」

「そうですよ、篠ノ之博士が心を動かされたことは事実ですから」

「そうだよね! いやー君は有象無象の一人にしてはよくわかってるねー、ほら、この束さんが紅茶淹れてあげるよ!」

 

 凄い、基本的に一部の人間以外には無関心の束さんが、上機嫌でデュノアに紅茶のおかわりを淹れている。これだけで快挙だぞ、デュノア。目が死んで光が失われていることには突っ込まないぞ、デュノア。

 

「あー、そういえば昔、箒が言ってたな。知らない病院の知らない赤ん坊のビデオテープが家に残ってて処分に困ってるって」

 

 なにそれ知らない。怖い。それはもしかしなくても、俺なのでは……? 

 

「あ、それは私が回収し忘れてた秘蔵のコレクションだね。いやー、どうしても彼のことになっちゃうとポンコツになっちゃうなー私」

 

 てへ、と舌を出しながら頭に拳をコツンとぶつけるという、あざとい仕草を見せる束さん。そのあざとさを上回る遥かな恐怖が、俺の脳裏を駆け巡る。デュノアも、あまりの恐怖に死んだ目から一向に戻ってこない。逆に、このことを聞かされてもなお、平然としている一夏は普通に大物なのではないだろうか。

 

「それからは色々とやったよね。七五三も遠くから見守ったし、お遊戯会も見に行ったし、参観日にも姉になりすまして行ったし、おおよそ節目となる行事は全部見てきたよ。この目でしっかりとね!」

 

 胸を張って言う束さん。え、そこまで俺のこと見てたんですか、というかそれなら俺の恥ずかしいところも知っていたり? 

 

「んふふ、それはもちろん、束さんは君のことなら誰よりも知っているのだ! でも、君の誰にも言えない恥ずかしい過去を知っているのは私だけ、私だけなんだよ? それは誰にも言わない、教えてあげない、束さんだけの、秘密(たからもの)、だから」

 

 ねっとりとした蛇のような束さんの視線が、俺にまとわりつく。兎のような意匠を身につけているのは束さんのはずなのに、この瞬間ばかりは、俺の方が兎になったような気分だった。

 

「おっとー、そろそろ良い時間だね。これから実家に戻って秘蔵のコレクションも回収しないといけないし、今日のところはお暇させてもらおっかな。それじゃ、またね♡」

 

 束さんが俺の頬にキスを一つして、ボフンと煙幕を張った。そして煙が晴れる頃には、束さんの姿は綺麗さっぱり消え去っていた。別に煙幕を張る必要など束さんにはなかっただろうに。これも照れ隠しのひとつなのだろうか。いや、それはそれとして色々と怖いことを聞いた気がするが。

 

「ねぇ……」

 

 なんだ、デュノア? 

 

「篠ノ之博士ってさ、君が寝てる間、ベッドの下に潜んでたりしない?」

 

 やめろよ、夜寝る前に確認して目があったりしたら、絹を裂くような悲鳴をあげる自信があるぞ。




あとネタが2.3あるので需要があるようでしたら書くと思います。

あなたの近くにいつでも束さん(マジで昔からいる)がコンセプトなのでちょっとホラーチック。

腰の近い男女は近いうちにスゲーあれに満足したカップルである、っていう論拠不明詳細不明の投稿を見かけたので取り入れた次第。
あれの詳細はこちら、18歳未満は見ちゃダメよ(宣伝)
https://syosetu.org/novel/352369/

今回のお話が良かったら高評価、感想をいただけると幸いです。
感想は前話のも含めて今夜から返していきます。
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