天災兎の愛は重い   作:ふろうもの

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天災兎と結婚式結婚式(仮)

 SHRの終わり際、一夏と共に織斑先生に職員室へと呼び出された。

 クラスメイトたちから好奇心旺盛な視線を受ける中、俺にあったのは純粋な疑問だった。特段、一夏と何かをやらかしたなんて覚えは一切ない。ついでにいえば一夏を巡る人間模様について基本的に俺はノータッチなのもある。その線での呼び出しはない筈だ。

 クラス最前列で二人並ぶもの同士、お互い顔を見合わせたが、本当に覚えがない。それは一夏も同様のようであった。

 では束さん関連かというとその線は薄いと見ていいだろう。なぜなら一夏と一緒に呼び出されたからだ。ただ、束さんについてはマジで神出鬼没としか言えないので絶対というものは存在しない。意外なところから束さんが頭を突っ込んでくる可能性は十分にある。決して油断をしてはならないのだ。

 

「なぁ、俺たちなんかしたか?」

 

 一夏がこそっと耳打ちをしてくるも、俺には、さぁ、という短い返事しかできない。結局、理由がわからないということだけがよくわかった。

 その後の俺たちの姿はお笑い種だったろう。死刑執行を前にした罪人のように、何か怒られることでもあるのだろうかとおっかなびっくり職員室を訪れた俺たちを見て、織斑先生はひどく怪訝な顔をした。

 

「どうした、別に説教をしようというわけではないのだぞ」

「いや、あんな風に呼び出されたら何かあるって思うって千冬姉」

「学校では織斑先生と呼べと……いや、今はいい。それよりもだ」

 

 珍しく一夏の悪癖を改めなかったことでおや、という感じがする。いつもの織斑先生なら問答無用の出席簿による制裁を行っているはずなのだが。

 よほど織斑先生にとって面倒な案件なのだろう。しかし、これが束さん関連なら非常に申し訳ないが織斑先生のストレス値はもっと高い筈だから、そこまでのものとも思えない。

 

「今日、お前たちに来客がある」

 

 来客と言われると頭に「?」が浮かぶ。一応世界で二人しかいない男性操縦者であるが、ISに関してなら一夏はともかく、俺は束さんにメンテナンスをしてもらっているのでそれ関連である可能性は低いだろう。

 一夏と共に頭に「?」マークを浮かべっぱなしの俺たちに対し、織斑先生は少し申し訳なさそうだ。

 

「本来ならば学業に関係ないということで断わっているところだが、思ったよりもしつこくてな……政府筋からも多少は代表候補のような役割をやらせてみてはどうかというお達しは前々からあったから、余計に、な……。一応裏も取ってみたが本当に純粋な宣伝目的でお前たちを利用したいらしい。それにアイツ(・・・)からの妨害もないことからより一層安全だと確認できた……もしかしたら、いや、まず間違いなく関わってくる気かもしれんからスルーしているのかもしれんな」

 

 快刀乱麻を断つような物言いではない辺り、織斑先生も相当困っている案件であることが容易にわかる。一体なんだろう。そうもったいぶらずに教えて欲しいんですけど。

 

「良いのか? では言うぞ。お前たちにやって欲しいことは、結婚式場用の宣材写真の撮影だ」

 

 ああ、そりゃあ束さん来ますね。ついでに一夏を取り巻く女性陣の嵐も来る。

 いや待てよ、と。もしかして束さんはこの結婚式場用の宣材写真を撮ることを事前に察知して、政府筋にも圧力をかけたんじゃないか。そうでもなければ、ただのブライダル関係者がIS学園に入るなんてことは土台無理だ。

 俺は天を仰いだのとは対照的に、一夏は大層呑気そうであったことをここに追記しておく。

 

 ◇

 

「せ、せ、せ、世界でも有名な男性操縦者のお二人のこと、ぜ、是非とも我が社のブライダルフェアの広告塔になっていただければと思いまして!」

 

 客寄せパンダとしては世界一有名だろうな、という皮肉をなんとか飲み込む。このブライダルプランナーの女の人も必死なのだ、目が完全に据わっている。社運を賭けているんじゃないかと一夏が打ち合わせ前に笑いながら言っていたが、案外的を射ていそうだ。額からは絶え間なく汗が吹き出しているし、視線はこちらを見ているがガンギマリの上に見開いている。重ねて極度の挙動不審だ。

 まぁそうなるのも当然と言えば当然か。俺だって、相手の立場を考えることくらいできる。そのうえで言わせてもらうが、この仕事を担当するのは死んでも嫌だ。世界最強(ブリュンヒルデ)の弟かつ一人目の男性操縦者に加えて、篠ノ之束博士の推定お気に入りかつ二人目の男性操縦者を相手に仕事をして来いって、前世でどんな悪行をしたのか天を恨みたくなるだろう。

 

「へぇ、そんな重大な役目を、私を通さずに彼に頼もうとしていたのか」

「滅相もございません! そんな重大な役目などと! ただちょっと、弊社の窮状を救うと思って何卒! どうか何卒!」

「ふむ。世界は女尊男卑に傾き、日本の結婚業界は苦境に陥っている。お前の会社もその一つだ。確かに、彼らが君たちのような木っ端の会社に出演したら業績は一気に上がるだろうね」

「その通りでございます! 社員一同、この度の要請が通ったこと、天の助けだと思って平伏しております! どうか! どうかご一考を!」

「ふぅん、じゃあもし、このまま私が干渉せずにいたら、お前は彼がどこの馬の骨とも知らないやつと結婚式の真似事をしているのを黙って見てろと言うつもりだったのかな?」

「そのようなことはございません! もちろん、既に誰かしらとお付き合いされているのでしたら、その方と写真を撮っていただいて結構です! むしろウェルカムと言った具合でして、ええ!」

「ほう、物の道理を一応は弁えているようだね。ちょっとだけ感心してやるよ」

「なぁ、さっきからあの人は誰と話してるんだ?」

 

 一夏が素朴な疑問を呈する。さっきから俺たちは、一言も喋っていない。そして、上座に座らされている俺から見ても、部屋に人の出入りは一度としてない。こんなことをできる芸当はたった一人である。一夏が、俺に向かって視線を向けた。俺は一夏と同じように左横に視線を向けた。そこには、椅子に座ってパンツスタイルのスーツを決めた、束さんが座っていた。しかも、普段はしていないサングラスをかけて、口元を隠すように手を組んで肘を机に置いている。秘密結社の首領(ドン)みたいな威圧感がすごい。

 俺たち二人が揃って横を向いたのだから、ブライダルプランナーの人がようやく、束さんを認識した。

 

「し、篠ノ之博士……って、篠ノ之博士ぇ!?」

「うるさいなぁ、耳に響くんだよ。静かにしろよ」

 

 その驚きはもっともであるが、相手が悪い。束さんは耳を塞ぐようなジェスチャーをしながら、心底うるさそうに容赦なく切って捨てる。

 

「それで、もう彼とのペアは決まっているんだろうな。まさか……決まっていない、なんてこと、言うつもりじゃないよねぇ?」

 

 ブライダルプランナーの人が可哀想なほどに冷汗をかいている。わかるよ、一歩間違えたらドカンとなる核地雷原に放り込まれたような気持ち。だがここは助け舟を出すべきだろう。俺が今回の結婚式場用の宣材写真を撮ると聞いて、一つだけ、先方に注文をつけたことがあった。それは──俺は束さんとしか組みません──ということである。今この場で、もう一度そのことを言った。すると肉食獣の、いや、怪獣王の如くブライダルプランナーを狙っていた束さんの目に、理性の光が灯った。そしてサングラスを外しにっこりと笑みを浮かべると、束さんは俺の元に走り寄って抱きついてくる。

 

「その言葉が聞きたかった! 結婚式は和装がいい? 洋装がいい? もういっそこのまま結婚式挙げちゃう!? 挙げちゃおうよ! 今こそ私が誰のものなのか全世界に知らしめるべきなんだよ! 結婚前にウェディングドレスを着たら婚期が遅れる? そんなの迷信だね! だって私と彼のベストカップルがそんなくだらない迷信粉砕しちゃうからね!」

 

 束さんのテンションが高い。もの凄く高い。束さんも結婚式とかウェディングドレスに興味があったんだな、とふと思う。俺の胸板に頬擦りをしていた束さんが、唐突に頭を上げて俺の目を見た。

 

「束さんだって恋に夢見る乙女だからね! 好きな人と結婚式の一つや二つ、挙げたいに決まってるよ! 今二回目の結婚式を挙げてるって思った!? 離婚してるじゃないって思っちゃった!? 残念! 別に結婚式を同じ人と一回しか挙げてはいけないなんて法律はないのだー!」

 

 まさに暴走特急である。夢見る乙女は止まらないというのは本当らしい。一方で、隣の一夏は呑気なものだ。俺は相手が束さんに決まっているから良いようなものの、一夏のお嫁さんになれる(仮)ということでその隣の席を狙っている女子がどれだけいることか。篠ノ之に凰にオルコット、デュノアらが四天王で他にも多数が一夏のことを狙っている。それでここまで平然としていられるのは肝が太いというか、なんというか、一夏は凄い。

 

「俺は和装が良いなぁ。やっぱり袴はなんていうか、落ち着くんだ」

 

 そういえば一夏は剣道やってたんだっけ? そりゃ袴が恋しくなるなんてこともあるか。一夏の意外な一面を見た感じがする。そう思っていると、束さんがこっちを見てといわんばかりに無言のスキンシップが激しくなる。別に一夏に見惚れているとかそんなじゃないですから、心配しなくていいですから。

 

「あ、だったらさ、俺は和装でお前は洋装にしないか? 種類が分かれた方が会社の人も困らないだろ?」

 

 良いことを考えたかのように、にっこりと笑みを浮かべた一夏の言うことも一理ある。今回はブライダルフェアの宣材写真撮影なのだから、種類が分かれた方が良いだろう。ブライダルプランナーの人も、一夏の申し出が渡りに船といったところか、首をブンブンと振って首肯している。首が取れそうなほどだ。

 

「えー、でもでも、束さんも一応神社の娘だし、神前式ってのも憧れがあるんだよねー」

「えっと、その、こ、こ、今回はIS学園内からお二人が外に出る許可を得られなかったので本格的な神前式ではなく、あくまでセットでの撮影となります。ですので、そこまで気落ちするほどのものでもないかと……」

「チッ、なんだよ、日本政府の奴らも気が利かない奴らだな……まぁ良いか。でもなー、いっくんがそう言ってくれるのは嬉しいんだけど、束さん、和装と洋装で迷いがあってさー。君はどう思う?」

 

 和装と洋装。そんな束さんの要望を満たすにはどうすればいいか。俺の拙い結婚式関連の知識を総動員させ、うんうんと唸る。そして、ここではない外宇宙の果てから天啓が舞い降りてきた。

 

 ──お色直しのお試しはできないんですか? 

 

「……お色直し?」

「……お色直し、ですか?」

 

 束さんが思考を停止している。ブライダルプランナーの人も停止している。いや、貴女は停止しないでくださいよ。貴女に停止されたら困るんです。必死に、アイコンタクトを試みる、この間は僅か0.2秒。再起動した女の人が、起死回生と言わんばかりに口を開いた。

 

「ッ! お色直しできます! できますとも! やらせてください! 今回は和装と洋装の二種類の撮影を両カップルにお願いしたいと思います!」

 

 カップルとは言い方が上手い。この短時間で、束さんの地雷を回避する力も上がっている。カップルと言われたことに照れているのか、束さんの頬が赤く上気している。いい感じだ、そのまま突っ走ってください。

 俺の胸にしなだれかかってきた束さんが、ゆっくりと口を開く。

 

「それだったら私もお前の会社に出資してもいいなと思うんだけど、服の質はどうなのかなぁ?」

「はい! ご新婦様には最高級の相良刺繍、絹100%の白無垢と綿帽子! 更にウェディングドレスはヴェラ・ウォンのオーダーメイドをご用意いたします! ご新郎様には黒五つ紋付羽織袴とタキシードをご用意させていただきます!」

「ふふっ、ヴェラ・ウォンだって。あのウェディングドレスの最高峰だよ」

 

 珍しい。束さんがうっとりとした顔で他人の被造物に興味を示している。束さんなら、自分が素材を作って選定し、自分がデザインしたものを自分で制作するフルハンドメイドなんかを余裕で済ませてしまいそうなのに。

 

「束さんをそんなロマンの欠片もない人間みたいに言わないで、ね? 確かに私なら自分でウェディングドレスをデザインできるし、制作するのもお手の物だよ? だけどね、こういうものは誰かが花嫁のことを第一に考えて作ったっていう気持ちが大事なの」

 

 束さんが、俺の胸に頬擦りしながらしみじみと語っている。

 

「でも、君がちゃんと私ならできるって信じてくれているのは嬉しかったなぁ。近い将来、私と結婚式を挙げる時は私手製の白無垢とウェディングドレスで式を挙げようね。あ、もちろん君の服も私のフルハンドメイドだよ」

 

 俺の胸板を人差し指で突つきながら、艶めかしい吐息を首筋に当ててくる束さん。なんともこそばゆいものだが、ブライダルプランナーの人は見てはいけないものを見たかのように、一夏の方へ視線を逸らした。

 

「あの……ところで織斑様は誰か、お相手の方にどなたかお心当たりはあるんでしょうか?」

「えーっと、そうですね……あまりそういったことには縁がなくて……」

 

 俺はびっくりした。嘘だろおい、自認それなのかよ。お前が望めばすぐに相手なんてできるだろ、一夏。いや、でも、うーん。デュノアはともかく、他三人は一夏との距離の詰め方が絶望的にタイミング悪いというか、そういうところがあるからな。それ以外に一夏を狙っている女子は、そもそも一夏に近づけていないし。

 また一夏の方に意識を向けていた俺に、束さんがぷぅっと頬を膨らませるが、すぐにその空気は口からしゅるると抜けていった。代わりに束さんにあったのは、束さんにとってはなんてことのないアイディアだった。

 

「いっくん、だったら箒ちゃんはどう? それにそれに、姉妹同時出演なんて、こういうブライダルフェアの宣伝にはもってこいじゃない?」

「箒が? でもこういうの受けてくれますかね……お前はどう思う?」

 

 どう思うも何も、篠ノ之なら一も二もなく飛びつくだろう。いや、最初は文句を言って一夏にじゃあいいやって言われてから慌てて発言を翻すのが目に見えるようだ。まぁ、束さん関連でいつも胃に多大なダメージを与えている借りもあるしな、けど下手に篠ノ之の機嫌を取ると今度は他の三人が面倒臭い。どうしたものか、篠ノ之なら最終的には断らないだろうと、消極的賛成を一夏には伝えておく。すまんな、許せ凰、オルコット、デュノア、また今度だ。

 

「ありがとうございます! 篠ノ之ご姉妹同時出演となれば我が社も胸を張って出版できます! ぜひ、よろしくお願いしますと伝えてください!」

「じゃあ、早速話に行って来ます。じゃあ、俺は先に戻ってるからな」

 

 一夏が部屋を出ていく。ブライダルプランナーの人はもう仕事を終えたかのような雰囲気を醸し出しているが、ところがどっこい、これから彼女にはもっと困難な任務が待ち受けているのである。俺は心の底から念仏を唱えてあげた。

 

「それじゃあ、私はこいつとウェディングドレスの打ち合わせがあるから、君もちょーっと席を外してくれないかな? やっぱり、初めて会場で見せて驚かせたいのが束さんとしての意見かなーって」

 

 絶望。ウェディングプランナーの人の顔を見れば、それがこの世に存在することがよくわかる。俺は束さんに言われるままに、席を外すために部屋を出ようとする。そんな俺を引き止めようと、彼女は必死に俺の方に視線を送るが、今回ばかりは俺も手の出しようがない。本当に申し訳ない。

 

「じゃあねー。で、お前はどこを向いているんだい? ウェデング当日の新婦を最高に輝かせるのがお前の仕事だろう? ならばお前は持てるリソースの全てをもって私の要望に応えるのがお前の仕事のはずだ。さぁ、時間は有限。早速始めよう。Hurry(はやく),Hurry(はやく),Hurry(はやく)!」

 

 そうやって急かす束さんの言葉を聞きながら、俺はそっと扉を閉めたのであった。

 

 ◇

 

 あれから一ヶ月が経った。今日はその、ブライダルフェアの宣材写真撮影の日である。

 色々あった、本当に色々あった。あの日以来、異次元に機嫌が良かった篠ノ之の反応から何があったと一夏が詰問され、結局一夏のお嫁さん(仮)の話が学園中に広まった。案の定、凰やオルコットは俺に怒涛の抗議をしてきたのだが、ここで強かだったのはデュノアである。以前俺を通して培ったコネを通して国と掛け合い、一夏との宣材写真撮影に自らを捩じ込んだのだ。それに泡を食ったのが凰とオルコットである。俺を弾劾している場合じゃねぇと言わんばかりに彼女らも国と掛け合い、宣材写真の撮影に割り込んだのだ。

 哀れなのは日本の一ブライダル会社である。まさかの日本政府、中国政府、イギリス政府、フランス政府による四カ国同盟である。担当者の上司は胃が死んだだろう。そして、これがタイムスケジュールに多大な影響をもたらしたのは言うまでもない。

 

「はい、楽にしてください。椅子に座ってても大丈夫ですよ」

 

 ありがとうございます、と礼を言って椅子に座る。黒五つ紋付羽織袴と言ったか、これが見た目より遥かに動きやすい。あまりの格式高さと重厚感でもっと重いものを想像していたのだが、全くそんなことはない。着付けの人もトップクラスの人を連れてきたのだろう、帯の締め方も胸や腹に圧迫感がなく、意外と快適だ。自然と背が伸びるしな。

 

「はい、それでは個人のお写真を撮らせていただきます、目線くださーい」

 

 言われるままに写真を撮られながら、俺はまたも思い出に耽る。四カ国から同時に“お願い‘を受け、タイムスケジュールに多大な変化が出た結果、一ブライダル企業は最終的に織斑先生を通して俺に泣きついた。

 考えてみれば当然の帰結ではある。白無垢やウェディングドレスの完全なオーダーメイドを約束した手前、それを違えることはできない。しかしそれが二人プラス三人で計五人分である。素材の選定や熟成期間、職人たちの手作業の時間を考えれば一着作るのに一年以上は平気でかかる。それを五人分だ。俺たちが卒業するまでに完成するかも危うい。そして俺を通して束さんにSOSが発信された結果、事態はいきなりの解決を見せた。

 

『任せて! 他でもない君の頼みだよ! 私が全部なんとかして見せるから! でも、私たちの結婚式の時は10回くらいお色直しに付き合ってもらうからね!』

 

 と、デザインと素材の選定をのぞいて、縫製を束さんが担当したのだ。その制作過程は束さん曰く、超精密なロボットアームとナノマシンを用いて複雑なレースを高速で編み上げ、相良刺繍の一粒一粒の玉止めすらやってのけたとのこと。後に専門の熟練職人たちがフィッティングの際に出来栄えを確認したそうだが、そのあまりの完成度に言葉も出なかったそうである。

 

「それでは男性の、失礼、ご新郎はこちらにお越しください。ご新婦の方がお待ちですよ」

「これから先は私が案内いたします。どうぞこちらへ」

 

 神主さんの後に続いて部屋の外に出、総檜造りの木の廊下を渡る。これも束さんの監修で、学園内に建築された神社本殿の一角を再現したものだ。撮影後は、取り壊しが決まっているらしいが、他の一般生徒にも一定期間開放される予定だとかなんとか。

 ともかく、束さんが介入したことでとてつもないことになっているが、今はそんなことはどうでもいい。俺の目の前に、天女が舞い降りていた。白無垢を纏った束さんの姿は、息を呑むほどの神聖さと華やかさを放っていた。純白の絹地は光を柔らかく反射し、その全面に施された相良刺繍が、桜の花びら、瑞鳥、流水、そして微かな雲の流れが、まるで生きているように浮かび上がっている。

 髪は高く結い上げられ、伝統的な文金高島田に近い優美な髷にまとめられている。艶やかな髪は一筋の乱れもなく、純白の衣装の中で際立ち、首筋の白さが美しい。頭には綿帽子を被り、着物の重厚さと相まって束さんの気品を一層引き立てていた。

 

「本日は、よろしくお願いいたします」

 

 そう束さんがゆっくりと頭を下げ、こちらに歩み寄ってくると、白無垢の長い裾が床に静かに広がっていく。胸元から肩にかけての流れるような刺繍の連なりが、束さんの細やかな身体の動きに合わせて優雅に揺れる。俺はあまりの束さんの美しさに気圧されになるも、なんとか平静を装って背筋を凛と伸ばす。それでも、とても釣り合えるとは思えない。

 

「もしかして、緊張、されていますか?」

 

 束さんにそう尋ねられ、俺は黙って頷いた。すると、束さんは小さく微笑んだ。

 

「私もです。お揃い、ですね」

 

 あまりの美しさの前では、人は狂うことがあるという。今まさに、俺がそうだ。束さんという完成された一個の“美”を前にして、俺の脳髄には焼き切れるかと思うほどの情報量が送られてくる。それでも俺は、自制心をなんとか保つ。束さんの帯の前に握られた手が、僅かに震えていたのを見たからだ。俺は何も言わない。だからこそ、その姿勢でもって束さんに示すしかないのだ。俺が束さんを支えるのだと、示すように。

 

「それでは、行きましょうか」

 

 束さんと二人、神主を先頭にして渡り廊下を歩く。その間にも何枚もフラッシュが焚かれ写真を撮られているが、そんなこと気にしていられるような心持ちではなかった。しばし歩いて着座してからも、それは変わらない。目に残像が残るほどのフラッシュであっても、俺の目は束さんの美しさに焼かれているのだ。それから形だけの修祓の儀、祝詞奏上、三献の儀を終えて控室へと戻る。そこで俺はようやく情報の洪水から解放され、少しの間、放心してしまい周囲のスタッフにひどく心配されてしまうのであった。

 

 ◇

 

 いつまでも放心してはいられない。気持ちを完全に切り替える、ことは不可能だが、それでもなんとか立ち上がって今度は黒のタキシードへと着替える。これもパリッと糊が利いており、気持ちを引き締めるのに良い。蝶ネクタイではなく普通のネクタイであるのも良かった。首元が適度に引き締まって、俺の姿勢を正させるのに向いている。

 鏡の中の自分と目を合わせてみる。相変わらず、衣装を着ているというより衣装に着られているといった感じだが、仕方ないことだと思って割り切る。あくまで、今日の主役は女性である束さんなのだ。俺はあくまで束さんをより引き立てられるように徹する役割だ、と自戒し、スタッフに案内されながら教会を模したセットへと向かう。

 

「こちらが本日撮影いただくセットになります。ご新郎の方は祭壇の前に立ってお待ちください」

 

 すげぇ、と思わず口から小学生みたいな感想が漏れた。実際、すごいのだ。神父が本来立つはずの祭壇の奥にはステンドグラスと十字架が再現され、横には荘厳なパイプオルガンが設置されている。ワールドワイドなIS学園のこと、キリスト教系の学生のため撮影後には教会として再建築するかもという話を山田先生から聞いていたが、これは確かに、教会として残しておきたくなる出来栄えだ。

 俺が阿呆みたいに口を開いて驚いていると、スタッフの人から声がかかる。どうやら束さんの方の準備もできたらしい。慌てて口を真一文字に引き締めて、束さんが来るのを待つ。今度は、さっきのような醜態を晒さないようにと、本気で自分に言い聞かせる。

 

「それでは、新婦の入場です」

 

 俺は入り口を見て、そしてまた、言葉を失っていた。ウェディングドレスを着た束さんは、洗練された大人の優雅さと少女のような可愛らしさを存分に振り撒いていた。

 

「ふふっ、お待たせ。どう? 綺麗……かな」

 

 そうはにかんで笑う束さんに、俺は本日二度目の美しさの暴力に殴られながらも、美しいですという凡庸な感想しか言葉にすることができないでいた。だってそうだろう。純白のシルクに、繊細なレースと刺繍の花々が幾重にも重なるドレスは、束さんの細いウエストから優雅に広がるマーメイドラインを描いている。流れるようなドレープが胸元から肩にかけて滑らかに落ち、微かな光を捉えるたびに柔らかな光沢を放つ。ボディラインを美しく強調しつつ、気品を保ったデザインは、まさに束さんによる束さんのための束さんだけに誂えられた一点物(オーダーメイド)だった。

 

「そう、嬉しいな。あなたに美しいって言ってもらえて。そう思ってもらえて。本当に、嬉しいな」

 

 スカート部分には繊細なビーズとクリスタルが散りばめられ、束さんが歩くと柔らかな音を立てながら星の瞬きのように輝く。長いトレーンは床に優しく広がり、白い波が寄せる海辺のようだ。袖は肩から軽やかに落ちるオフショルダーで、鎖骨の美しいラインと細い首筋を際立たせている。束さんが、俺の目の前に立つ。

 

「今日この日が本当の結婚式じゃないのが残念だけど、私、幸せだよ」

 

 そう言いながら束さんが優しく笑う。サラサラとした長髪が純白のドレスに映え、滑るように揺れる。束さんが立つだけで、周囲の空気が一瞬で華やぐ。その姿は、伝統と格式の白無垢とは異なる、現代的で自由な花嫁の頂点を体現していた。俺は思わず、近くにいたスタッフに声をかけ、束さんと二人にしてくれるように頼んだ。スタッフの人は驚いていたが、快く了承してくれた。教会のセットの中で二人、束さんとステンドグラスの前に立つ。

 

「どうしたの?」

 

 束さんがコテンと首を傾げた。その度に、白く煌めく生地が光を反射して俺の目を瞬かせる。それでも、俺は束さんの目を逸らさない。束さんの肩に、軽く手を置く。

 

「あっ……ふふ、私も、そうしたいと思ってたんだ」

 

 束さんが目を閉じ、唇を差し出す。

 神もいない、主もいない偽りの教会で、それでも、本物のキスを、束さんと交わしたのだった。

 




ちなみに、この宣材写真が載った号は国内外問わず爆売れして異例の大増刷を行ったそうです。




ちょうど六月、ジューンブライドなので結婚式ネタをひとつまみ。

誤字脱字報告、いつもありがとうございます!
何度入念にチェックしようと現れるので本当にありがたいです。

次回投稿のモチベーションに繋がるのでお気に入り登録、高評価、感想をよろしくお願いします!

結婚式や衣装についてすごい調べたので色々勉強になりました。面白かったです。
でも今後活かせることはないだろうなぁ。
ラウラとクロエにベールガールやらせようかと思ったけど年齢と身長的に合わないっぽくて断念。

お色直しのアイデアはμηδέν様からご提供いただきました!誠にありがとうございます!
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