異世界に転移したと思ったら転生者? 〜〜幼女で鍛冶師な異世界転生〜〜 作:銀鈴
転移直前までとは打って変わって、異様な静けさに包まれた廊下の一本道を勇者と駆けていく。
ちゃんと効果は出たとはいえ、擬似・幕引きの拳の方を限界まで使ってしまったのはマズかったかもしれない。そんな事を考えている中、隣を駆ける勇者が話しかけてくる。
「ロイド君、そういえばさっきのパンチってなんだったの?」
「あれはまあ…簡単に言えばとっておきの切り札ですよ。もう使えませんけど」
半日経つかその時間で溜まる分の魔力を注ぎ込めば回復できるが、今更そんな事をしてる暇なんてない。暴発したら危険すぎるからこっちのカートリッジは作ってないらしく、理想送りの方しか満足に使えないため若干不安ではある。
「まあ、元々あんまり頼るなって言われてるしいいか」
「ん?何か言った?」
「ただの独り言です」
そう言って、外から見た印象からすると明らかにおかしな長さの廊下を再び駆けていく。『造った私が言うのもなんだけど、こんなただの《力》なんかに飲まれないでよね』そうイオリが言っていた理由が今ならよく分かる気がする。
イオリと一緒に戦った《強欲》のスキルで狂った誰か。ティアさんの死がきっかけで《暴食》に飲み込まれて暴走したイオリ。つい先程拳を交えた《傲慢》のスキルに身を委ねた斥候風の人。話に聞いた《傲慢》の人を含め誰もがマトモな思考では無くなっていたし、ワガママになってた。ああいうのが力に飲み込まれたって言うんだろう。
「気を付けないとな…」
「やっぱり何か言ってるよね?」
「独り言です」
「さっきから独り言多くない…?」
困惑したような声を発する隣の勇者も持っている、七大罪とは真逆の位置に存在する七元徳のスキル。違和感はないし使いこなせてる訳じゃないが、デメリットが殆ど無い代わりに例に挙げた3つと比べると弱すぎる。
長すぎる廊下に嫌気がさしてきたのか、そんな事を考えいた俺に勇者が爆弾発言を投げつけてきた。
「そういえばロイド君って、蒼矢のどこを好きになったの?」
「んなっ!?」
スキルの弱さに答えが出かけていた瞬間、その質問によってそれは何処かに霧散した。《強欲》と戦っていた事を思い出していたこともあってか、頭の中に風に踊る銀色と肌色やら、抱きしめた時の感触やらが思い出される。いや違う思い出しちゃいけない。
「俺は一応元親友だからね。見た目こそ変わってたけど、一応悪い男に引っかかってないかとか心配だったんだよ。この分だと心配なさそうで安心したけど」
どこか我慢したような表情で勇者の人が言う。一応、イオリのお姉さんとかリュートさん達にも後押しされてたからな…告白できたのはつい最近だけど。
「で、でも今話すような話題じゃないでしょう!?」
「いや、今だからこそだよ。勿論そんな気はさらさらないけど、1番死んじゃう可能性があるのは俺だからね。正直悔しかったし妬みもしたけど、最後くらいは応援しようと思って」
あははと苦笑いしながら勇者の人が言った。普通なら応援してもらったから喜ぶべきなんだろうけど、元親友って聞いていたから許せない。
「応援してくれるのはありがたいですけど、死ぬつもりが無いならそんな諦めた見たいな事言わないでくださいよ。あなたが死んじゃったら確実にイオリは悲しむだろうし、俺はそんなの御免です」
「悲しんでもらえるかはともかく、確かにこれから戦いに行くって言うのにマイナスな考えはよく無いよね……で、蒼矢のどこを好きになったの?」
「ぶふぉっ」
一転してニヤニヤとした顔になった勇者の人が、とても楽しそうな顔で聞いてくる。話を変えようと思っていたのに、全くそれは出来ていなかったらしい。敵の影も形もないからいいものの。
「そりゃあ色々ありますけど…」
「うんうん」
そんな期待した目で見られても…いっつも明るくて元気な性格とか、偶に頼ってくれる時見せてくれる弱々しさとか、ありきたりなところで言えば顔とか本当に沢山ある。
「けど、好きになった今どれか1つだけなんて言えないです」
「身長とか年齢の差も別に気にならないの?」
「お互い気にしてませんよ」
「本物…だと」
本気で驚いてるみたいだけど、そんなにおかしかっただろうか?俺とかイオリくらいの歳で婚約なんてありふれた話なんだが。
「まあいっか、これからも蒼矢を…いや、イオリさんをよろしくね。末長く爆発してどうぞ」
「?」
意味はよく分からないが、一応良いことを言われた?そんな疑問が頭に浮かんだ瞬間、そんな浮ついた気分を吹き飛ばすドロリとした雰囲気が場に満ちた。
「この気持ち悪い気配は…」
「間違いなく海堂だよ」
そう呟く俺たちの目の前には、絢爛豪華な…という訳ではないが今までとは明らかに雰囲気も意匠も異なる大きな門が見えていた。
本来なら玉座のある場所に繋がるのであろうそこは、元は神聖であっただろう物が歪められ邪悪さを感じさせられる物に変質している。
「合流するまで待ちます?」
「ここで待つにしろ一旦逃げ出して合流するにしろ、襲撃は免れないと思うけど?」
それなら決まりだ。たった2人だから心許ないが、着いちゃったものは仕方ない。顔を見合わせた後剣を抜き放ち、《勇気》のスキルで補助効果を数多重ねて発動する。
「「行くぞぉおぉぉっ!!」」
多分イオリ達が追いつくまでさして時間はかからないだろう。それまで戦えれば全く問題はない。
覚悟を決めて、俺たちは海堂の待つ玉座の間に突入して行った。
心配して盗聴していたイオリが真っ赤になっている模様。