「はぁ、疲れた……」
あの後、数時間ほどの説教と尋問をなんとか乗り切った俺はベッドの上で溜息を吐く。
あの人と話すのは退屈ではないが恐ろしく疲れる。ギャルゲーで例えるならば、超難解な選択肢が十択、かつ時間制限アリといったところか。
なにそのムリゲー。
「……ん?」
乾いた笑みを浮かべていると、今回恐怖の引き金になった携帯が震える。
恐る恐る画面を見てみるとガハマちゃんの文字。何かあったのだろうか。
「もしもし?」
『お兄さん?』
「他に誰がいるのかな」
『あはは、だよね……』
ガハマちゃんの声には若干の陰りがうかがえる。
『お兄さん、昨日ね?ゆきのんとヒッキーが二人で東京わんにゃんショーにいたんだ。でね?ゆきのんが月曜日に話があるって。由比ヶ浜さんには話しておきたいって。どうしよう』
おいおい、あいつらガハマちゃんに会ったなんて一言も言わなかったぞ。いや、これは俺のミスでもある。安易に八幡達を二人きりにした俺のミスだ。俺が二人の元に残っていればガハマちゃんだって変な誤解をしなくても済んだはずだ。
「くそっ……」
『お兄さん?』
「あ、ごめん、なんでもないよ。あのさ、ガハマちゃんが何を思っているのか大体わかるよ?でも、雪ノ下さんが話したいことってのが必ずしもそうだとは限らないよ。月曜日は必ず行くんだ。いいね?」
自分でも相当焦っていることがわかる。これじゃ俺が一枚噛んでいると言っているのと同じだ。
『う、うん、わかった。お兄さんがそこまで言うなら行ってみる……』
「そ、そうか」
この子は俺のことを信頼しすぎではないだろうか。
まあ、今回はガハマちゃんの性格に感謝しよう。これでガハマちゃんがいかなければ俺のしてきたことの意味がなくなる。
その後、少しの沈黙の後、ガハマちゃんとの電話は終了した。
本当にあとは頼んだぞ、二人とも……。
俺は額の汗を拭きベッドへ倒れこんだ。
「じゃあ、先生は用事があるからこの時間は休んでなさい」
「はい、ありがとうございます」
先生が部屋を出ていくのを確認すると、俺は独特の香りのする保健室のベッドへと身を潜らせる。
現在、六限目の始まり。普通であれば数学の授業を受けている時間なのだが、俺はその場にいない。かと言って体調が悪いというわけではない。
ハッキリ言うとさぼった。
だって放課後のことを考えると授業に集中なんてできないんだもん!
その為、今回は俺の必殺技の一つである絶対に疑われない仮病というものを使わせてもらった。
もともと俺は優等生であるし、授業を欠席することも極端に少ない。というか学校自体、高校に入って一度も休んでいない。皆勤賞というやつだ。そしてそれに加え、先生の間では元気が取り柄で有名だ。まあ、騒がしいともいうが。
そんな俺が顔色を悪くし体調が悪いと言うと、先生は驚いた顔をして保健室で休んでいろと言ってくれた。
ごめんね先生。本気で心配してくれたんだよね。感謝してます。
それにしても、なぜ保健室のベッドはこうも気持ちが良いのだろう。ベッドに入って数分経ったが既に眠気が襲ってきた。
起きていてもしょうがないし眠るとするか。せっかくサボったんだしな。
そう考えるとすぐに瞼が落ちてきた。
「颯君、颯君!」
「んー……?」
耳元で俺を呼ぶ声がする。聞き慣れた声だ。
「めぐりー?」
「やっと起きたー。いつまで寝てるの?もう放課後だよ?」
「……はぁ!?」
俺は慌ててベッドから降り窓の外を見る。
そこには練習を終え片づけに入っている運動部と赤く輝く夕陽があった。
「うおぁ!寝過ごした!」
「そ、颯君?」
「めぐり、ありがとう!またメールするから!じゃあな!」
「そ、颯君!?」
めぐりが驚いた顔をして俺を呼ぶが俺には届かない。
いかんいかん!もう全部終わったか!?
俺は陽乃さんに呼び出された時と同じ速さで廊下を走っていった。厚木先生の声が遠くで聞こえたのは内緒だ。
「はぁ……はぁ……」
俺は息を切らしながら奉仕部の前に立つ。
そして、扉を気付かれないように少しだけ開ける。
「ちゃんと始めることだってできるわ。……あなた達は」
そこには穏やかな笑みを浮かべる雪ノ下さんと、よそよそしくも前のような気まずい雰囲気を纏っていない八幡とガハマちゃんがそこにいた。
あなた達は……か。
そう言った雪ノ下さんの笑みは、穏やかだがどこか寂しそうな雰囲気を持っていた。
「おっと……」
三人の様子を少し眺めていると、雪ノ下さんが扉に向かって歩いてくる。それを見た俺は八幡達からは見えない場所へと移動する。
「あら……」
部室から退出し扉を閉めた雪ノ下さんは俺に気付く。
「いい方向にまとまったみたいだな」
「ええ、あの二人はもう心配ないわ」
「そっか、なら安心だ」
そう言って俺は部室前を去ろうとする。
「これから由比ヶ浜をさんの誕生日会をすることになっているのだけれど、先輩もどうかしら」
あらら、そんな話になってるのね。
「そうだねー。そんじゃ行くとしますかね!小町も来るだろうし、俺は一回帰ることにするよ。そんじゃ、またあとでー」
「ええ、また」
俺が大きく手を振ると、雪ノ下さんも小さく手を振って歩いていく。
こういうところが雪ノ下さんの可愛いところだと思う。控えめな手の振り方とか普通の男子なら勘違いするレベルの破壊力だ。
「さて、帰りますかね」
俺は小町を迎えに行くべく自宅を目指した。
帰宅すると、小町も八幡の方から連絡を貰っていたらしく既に準備を終えていた。
現在は集合場所のカラオケ屋で小町と一緒に八幡達を待っている状態だ。
「あ、お兄ちゃん」
俺がぼーっと受付の時計を眺めていると、カラオケ屋の自動ドアが開き八幡達が現れる。
あれ、なぜか戸塚君と材木座君がいる。まあ、二人ともガハマちゃんとは面識があるし誘われていても不思議じゃないか。
いや、材木座君は勝手についてきただけだわ。もしくは泣いて懇願したかのどちらかだろう。完全に居場所失ってるもん。
「おー、はちまーん」
「おお、兄貴と小町。先に着いてたのか」
「やほー小町ちゃん、お兄さん」
「いやはや、今回はお招きいただきありがとうございます」
「俺まで来ちゃって悪いね」
「こっちこそ!来てくれてありがとね!」
「いえいえ、結衣さんの誕生日って聞いたら来るしかないですもん」
小町の八幡の嫁候補用スマイルにガハマちゃんが感嘆に満ちた溜息を吐く。
「はぁ、いいなあ。小町ちゃんみたいな妹が欲しいなぁ……。別に!そういう意味じゃないからね!」
「バッカ!小町は俺だけの妹だ!」
「おいおい!小町は俺と八幡の妹だろ!勝手に自分だけのものにしてるんじゃねえよ!」
「出た、シスコン」
「ごめんなさい、うちの兄が……」
そんな二人の溜息交じりの会話を聞き流すと八幡が思い出したように口を開く。
「受付まだだろ?行ってくる」
「あ、わたしも!」
「我も行こう!」
「俺も行くぜ!」
まあ、受付に四人も必要ないのだが、雪ノ下さんも小町にお礼を言いたいだろうしな。ここはガハマちゃんに我慢してもらうとしよう。
その後、受付を済ませた俺達は指定された部屋へと入り、誕生日会をスタートさせた。
戸塚君の音頭に合わせて乾杯をする。材木座君の『賀正』には不覚にも吹き出しそうになったがなんとか堪えた。
そして、ろうそくの火を消した後の沈黙。
まあそうなるよな。
参加者の殆どがボッチ。友達との誕生日会の経験など皆無に等しい人間が多く集まっているのだ、こうなることは見えていた。
とまあ、沈黙はその一瞬のみで、小町とガハマちゃんの手によって、なんだかんだそれなりに盛り上がることが出来た。雪ノ下さんの手作りケーキも絶品だった。
「あ、ガハマちゃん。これあげるよ」
「え?」
俺が手渡したのは水色の石がついた携帯ストラップだ。
ららぽの雑貨店で見つけたものだが、なんとなく目につき購入した。
「誕生日プレゼント」
「ありがとうお兄さん!大事にするね!」
ガハマちゃんはとびっきりの笑顔で受け取ってくれる。
やはり、ガハマちゃんはこの笑顔が一番だ。見ているこちらが自然に笑顔になれるような笑みが俺は好きだ。
それを皮切りに雪ノ下さん達もプレゼントを渡していった。
楽しかった誕生日会も終了し、帰宅しようとしていると見知った姿が目に入る。
「あ、平塚先生」
「げっ!由比ヶ浜達、まだいたのか……」
「先生、婚活パーティーじゃなかったんですか?」
あぁ、ガハマちゃんのバカぁ……。
「先生!先生は強いから一人でも大丈夫ですよ!」
もう!ガハマちゃん知らないぞ!俺、ガハマちゃんのことなんか知らないんだからな!
そろりそろりとその場を離れようとする。
「比企谷兄!ラーメン奢るって言ったよな!忘れてないよな!今から行くぞ!」
「勘弁してくださいよー!」
「だめだ!行くんだー!絶対行くんだもん!」
誰だよこの人!完全に壊れちゃったじゃん!
「兄貴、あとは任せたぞ」
「頑張って、颯お兄ちゃん」
「ばいばい!お兄さん!」
「さようなら、先輩」
この薄情者達めー!こんなのってありかよー!とほほ……。