「よし!今日もがんばろっ!」
私は鏡に映る自分の顔を眺め、気合を入れるように頬を叩くとにっこりと微笑む。あの人が大好きだと言ってくれたこの笑みを確認するように。
「おっと、忘れ物忘れ物。……よし!」
洗面台の傍らに置いてあった髪留めで前髪を留め、洗面所を後にした。
これは、私の大好きな人との大切な思い出のお話。
「うー……。寒いよー」
高校に入って初めてのお正月を終え、学校が始まって少し経った頃のある通学路、寒さに震えながら私は登校していた。
「冬だしなー。学校まで頑張れー」
「もう、颯君は寒くないのー?」
「はっはっは!俺は男だぜ!このくらいどうってことないさ!」
そう言って豪快に笑う彼の名前は比企谷颯太君。
高校に入ってからのお友達で、ちょっと変わってるけどいざという時は頼りになる格好良い男の子。話すことの半分を弟君や妹ちゃんが占めてるけど、颯君との時間は経過を忘れるほど楽しい。その笑顔を見るたびに私の心臓が跳ねる。
もうわかってる人もいるかもしれないけど、私は颯君に少なからず好意を寄せている。
中学校までで感じることのなかった胸の高鳴りは、わからないけど多分そういうことなんだと思う。颯君はどう思ってるのかわからないけど……。
「そういえば颯君。もうすぐはるさんも自由登校だね」
「……そうだな」
私がはるさんの話を振ると明らかに颯君の声のトーンが落ちる。
いつもは面倒くさそうにはるさんの相手をしている颯君だけど、颯君がどれだけはるさんを尊敬していて、はるさんに憧れているのかも私は知っている。
そんなはるさんと頻繁に会えなくなるのは颯君にとっては苦痛だと思う。
私だってはるさんには良くしてもらってるから寂しい。だけど、颯君はそれ以上に寂しさを感じていると思う。
同時に、それだけ颯君に思ってもらえているはるさんを少し羨ましいと思っている私はいけない子だとも感じている。
「ちゃんと送ってあげないとね」
「ああ、そうだな」
だけど、そんな気持ちを今は押し込む。颯君の……ううん……。私の大切な人の笑顔を守るために。
「それはそうと、めぐり、お前そろそろ誕生日だろ。なんかほしいものあるか?」
「え!?なんで颯君が知ってるの!?」
いきなりの話の転換と颯君が私の誕生日を知っていることに驚いてしまう。
「いや、メアドに入ってる数字ってそういうことじゃねえの?」
あ、そういうことか。
メアドを確認してみると、確かに私の誕生日である0121が入っていた。わかりやすいにも程があるね、これは。
「なるほどね……。よくわかったね颯君!メアドなんてあんまり見ないのに」
「……まあな」
颯君はそう言うと、顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。いきなりどうしたんだろ?
「それで?なんか欲しいものあるか?」
「んー。別にないよ?それに、そんな気を遣わなくても大丈夫だよ?」
颯君にはいつもお世話になっているし、何かを貰うというのもなんか悪い気がする。
「……そうか?まあ、まだ時間はあるし欲しいものが出来たら教えてくれよ。あんま高いのは無理だけど」
「あはは。本当にだいじょうぶだよー」
本当は喉から出るほど欲しいんだけどね。
颯君からの贈り物なんて、大事にしすぎて引かれるかもしれない程だし。
うー!でも欲しいよぉ!
「おーい!何してんだめぐりー!置いてくぞー!」
「あ、まってよー!」
その日の放課後、いつものように一緒に帰る為颯君の元へ向かう。
「颯君一緒にかえろー」
「あ、悪い。今日はちょっと用事があるから先に帰ってくれるか?」
「そっかー。わかった。また明日ね」
「ああ、またな」
そう言って颯君は足早に教室を出ていった。
そっかー、今日は颯君と帰れないんだ。
そのことが頭によぎるとなんだかすごく寂しくなってしまう。
このくらいのことで寂しくなっちゃうなんて、私どれだけ颯君のこと好きなんだろ。……はっ!違うよ!少なからず好意を寄せてるってだけなんだから!決して好きってわけじゃ!
「はぁ……。帰ろー」
そんな言い訳自分の中でしてても意味ないもんね。今日は早く帰って寝よっと。
「……あれ?」
少し気分を落としながら校門近くまで来ると、先程別れたばかりの颯君の姿が目に入る。
何してるんだろ?用事があるって言ってたけど。
「颯太ー!待ったー?」
「待ちましたよ……。どれだけ待たせるんですか」
「ごめんごめーん!」
「ったく……」
手を大きく振りながら颯君の元へ現れたのは、首に赤いマフラーを巻いたはるさんだった。
そっか、用事ってはるさんとだったんだ。
抑え込んだはずの嫌な気持ちがどんどん解き放たれていく。胸が苦しい。
「だめっ」
溢れそうになるものを抑え込むように両頬をぱんっと叩く。
そして、いつもの笑顔を浮かべてふんすと息を吐く。
「仲間はずれにするなんて颯君もはるさんも酷いんだー!帰ってふて寝してやるー!」
そう声に出すと幾分か楽になった気がした。
そして、前髪を振り乱しながら走って家路についた。
「うー。眠いー……」
次の日の朝、いつもの待ち合わせ場所で颯君を待っている最中、何度目かわからないあくびを噛みしめる。
結局、本当にふて寝をした結果、夜眠ることが出来なかった。慣れないことするからこうなるんだよねー……。
「おはよーさん。って、めぐりが眠そうにしてるの珍しいな」
「あ、おはよー、颯君。ちょっとねー」
原因は君だけどね!もう、わかってるのかな、この子は。
「ん?はっはっは!なんだめぐり!俺のことじっと見て!」
「なんでもないよー」
「変な奴だなー!」
その笑顔は反則だよ……。颯君のバカ。
私は精一杯の反抗の意味を込めて颯君の背中をパンチする。
「えいっ」
「……行くぞ。早く!ダッシュだ!おるぁ!」
「ええ!?待ってよ颯君!」
「えぇーい!だまれぇい!」
颯君は私を置いて道を走っていった。
そんなに怒らなくてもいいのにー!あー、そんなに走るから顔が赤くなっちゃってるよー?もう、子供なんだから……。
あれからというもの、それまで毎日一緒に帰っていたというのに、その頻度はめっきり減ってしまった。
「悪い!今日も予定があってさ!先に帰っててくれるか!」
「う、うん、わかった。気を付けてね」
「ああ!めぐりもな!」
このように、帰りのホームルームが終わった途端急いで先に帰ってしまう。
毎日一緒に帰っていただけに、隣に颯君がいないというのが寂しくてたまらない。メールをすれば返してくれるし、電話をすれば必ず出てくれる。いつもと変わらない声でどうした?と言ってくれる。
なのに、なぜこんなに辛いのだろう。
「変だなぁ」
そう言いながら私は教室を後にする。
「ん?城廻、浮かない顔をしているな」
「あ、平塚先生」
よっぽど酷い顔をしていたのか平塚先生が話しかけてくる。
「何か悩みでもあるのか?」
「い、いえ、別に何もないですよー?」
「はは。城廻は相変わらず嘘が下手だな。まあ、言いたくないのなら無理には聞かんさ」
流石教師というべきか、はたまた平塚先生だからなのかはわからないけど、私の嘘も簡単に見抜いてしまう。本当にこの先生は凄いと思う。あの気難しい颯君や破天荒なはるさんを相手にしながら、かつ二人の信頼を得るこの人は教師として、そして一人の人として尊敬できる。
だからなのか、私の口はするすると勝手に動いてしまう。
「最近、颯君の様子がおかしいっていうか。私と一緒にいる時間が少ないっていうか……」
「なるほど、もっと自分に構ってほしいということか」
「そ、そ、そんなことないですよ!そういうわけじゃなくて!いや、そうなんだけど……。うわわ!」
「忙しい奴だな……」
あうぅ。自爆して優しい目で見られてしまった。
もうこの際認めてしまおう。
そう、私はもっと颯君に構ってほしいのだ。メールや電話だけじゃなく、私と直接会って遊んでほしいのだ。なんなら話すだけでもいい。颯君の顔が見たいのだ。
「私はわがままなんでしょうか……」
「何を言う。君のような歳の人間がわがままなどと考えるんじゃない。人はいつまでも甘えながら生きていくのだよ。それに、比企谷は城廻が思っている以上に君のことを大切に思っている。それこそ、少々甘えられるくらい可愛いと思えるくらいにな」
「ふぇ?」
「まあ、これは私から伝えるのでは信憑性がないがな。おっと、私も仕事があるのでこれで失礼するよ。ほら、私若手だから」
「あ、はい」
そう言って平塚先生は私に背を向けて歩いて行った。
本当に格好良い先生だと思う。颯君がああいう男になりたいって言っていたのも頷ける。女の人だけど……。
そっか、もっとわがままでいいんだ。
「よし!」
私は気合を入れると、意気揚々と学校を後にした。
次の日の放課後、私はいつものように颯君の机に向かう。
「颯君……」
「おう、めぐり!今日……」
「颯君!」
「め、めぐり?」
私は少し大きな声で教室を飛び出そうとする颯君を止める。
「今日はさ、一緒にいたいな。寂しいよ」
「……っ!?」
うぅ、恥ずかしい。私のバカバカ!これじゃ、まるで彼女みたいじゃない!
「めぐり」
「え?颯君?」
颯君は顔を真っ赤にしながら私の手を掴む。
「今日はもとからそのつもりだったんだ。行くぞ!」
「え?ええ?」
颯君は私の手を勢いよく引っ張ると教室の外へと走っていく。
「おらおらー!どけおまえらー!俺に当たると地球一周する羽目になるぞ!」
「危ないよ!そんなに走らなくてもぉぉ!」
「こるぁ!廊下は走るなー!ってまた比企谷か!お前は何回目じゃー!」
「悪いね厚木先生!今日はゆるしてくれぇい!」
体育の厚木先生に怒られても颯君は速度を緩めることはなかった。
そして、私が連れてこられたのは生徒会室だった。
「颯君?」
「いいから」
何がいいのかわからないけど、颯君の言う通り扉を開ける。
「ハッピーバースデー!めぐりー!」
「誕生日おめでとう、城廻」
「え?」
そこには笑顔で私を迎えてくれるはるさんと平塚先生の姿があった。
生徒会室は飾りつけがされていて、白板にはハッピーバースデーめぐりと書かれている。え?これってもしかして……。
「颯君……」
「誕生日おめでとう、めぐり」
私の誕生日会?
そういえば、今日は一月二十一日。私の誕生日だ。色々あり過ぎてすっかり忘れていた。
「何呆けてんの、めぐり。ほら、こっち来てろうそくの火を消しなさい」
「あ、はい!」
はるさんに促され机の方に向かうと、そこにはろうそくの立ったホールケーキがおいてあった。
私は、ケーキに立っているろうそくの火を勢いよく消す。
すると、傍らに立っていた颯君達が拍手をして、再び祝いの言葉をかけてくれる。
「えと、えと!状況が読み込めてないんですけど……」
「状況も何も、これはめぐりの誕生日会よ?颯太が企画して、颯太が準備したの」
状況の読み込めていない私にはるさんが教えてくれる。
「颯君が?」
「そうよ。そのケーキだって颯太が作ったのよ?」
「えぇ!?」
びっくりした。料理ができることは勿論知っていたけど、ケーキを作れるなんて話は聞いたことない。
「それも、作り方を私に教わりに来てまでね」
「は、陽乃さん!それは言わない約束でしょ!」
「あはは!ごめーん!」
そっか、そこまでしてくれたんだ……。
あれ?ということは、颯君の言っていた予定ってこのこと?あうわぅあぁ!
「あ、あのなめぐり……」
私が一人心の中で唸っていると、颯君がきまずそうにこちらを見てくる。
「寂しい思いさせたのは悪かった。良かれと思ってやってたことなんだが、その……ごめん」
「だから言ったのにねー。ほったらかしにしちゃダメだって」
「肝心なところに気が回らん奴だ」
「二人は入ってくんなよー!」
颯君はツッコミながらも申し訳なさそうに私を見てくる。
私に颯君を怒ることはできない。だって、私の為に頑張ってくれていた颯君のことなんて知らないで、一人で気分を落としていただけなのだから。
「颯君、私こそごめんね?私、勘違いしちゃって……」
「もうもう!二人とも辛気臭い顔しちゃって!今日はめでたい日なんだから楽しまなきゃ!ほらほら!かんぱーい!」
はるさんは私達の間に入って無理矢理乾杯をする。
そうだよね!せっかく颯君が用意してくれたんだもん!楽しまなきゃね!
「はぁー!楽しかった!」
「そうだねー」
あの後、下校時刻となり私の誕生日会はお開きとなった。
今は久しぶりに颯君と一緒に帰っている。やはりこの位置と距離が落ち着く。颯君が隣にいるだけでこんなに落ち着けるものだとは思わなかった。
「なぁ、めぐり」
「どうしたの?」
「俺はさ、お前の笑顔が好きなんだ。お前の笑顔を見ているだけで心が安らぐ」
颯君の言葉に私は何も言えなくなってしまう。
恥ずかしいのと、嬉しいのが混ざって何が何だかわからない状況だ。
「だからさ、お前に寂しい思いをさせたくないんだ。寂しいときは素直にそう言ってくれ。俺に甘えてくれ。必ずお前を笑顔にして見せるから」
「……うん」
本当に颯君はずるい。
そんな言葉をかけられたら嬉しすぎてどうにかなっちゃいそうだよ。
「あとさ、めぐり。目を瞑ってくれるか?」
「え?う、うん」
いきなりのことに少し驚いたけど、私は素直に目を閉じる。
「……よし、いいぞ」
颯君の言葉を聞いてゆっくり目を開ける。
「手鏡持ってるか?」
「うん」
鞄から手鏡を取り出し、写った私を見る。
「わぁ……」
鏡に映った私の前髪は先程まではなかった赤い髪留めで留められていた。
「前髪を下ろしてるめぐりもいいけど、俺は笑顔が良く見えるそっちの方がいいと思ってな。おでこ出すのが嫌なら別に外してくれてもいいけど。まあ、一応誕生日プレゼントってことで」
「いいって言ったのに……」
「そういうわけにもいかないだろ……って!どうしためぐり!」
「ふぇ?」
気づくと私の目からは涙が流れていた。
拭っても拭ってもあふれてくる。でも、不思議と悪い気はしない。嬉しくて、本当に嬉しくて出た涙を悪いなんて思えるはずがない。
「そんなに気に入らなかったか……?」
もう、どうしてそうなるの?そんなわけないのに。
「ううん。凄く嬉しいの。嬉しくてしょうがないよ」
「そ、そうか!あは、ははは!そりゃよかった」
顔を赤くしちゃって可愛いなぁ。
「ありがとね、颯君。大事にする」
「おう。まあ、気長に使ってやってくれよ」
そう言って笑う颯君は本当に魅力的だ。私はそんな颯君が……大好き。
「おっす!おはようめぐり!」
「おはよー颯君!……ふふ」
「どうした?なんか嬉しそうだな」
「べっつにー!」
私は三年生になった今でも大事につけている髪留めを撫でながら笑う。
そして、今日も思う。
やはり私の王子様は格好良すぎる。と。
めぐりん!誕生日おめでとう!
可愛いめぐりんが大好きです!