「まずったなー……」
夜も更け、おそらく八幡達も寝床に入ったくらいの時間、俺は一人山道を歩いていた。
別に、嫌いだと言った子の友達が沢山いる部屋にいるのが気まずかったんじゃないんだからね!……はい、嘘です。すっごく気まずかったので風呂に入った後すぐに散歩に出ました。
それにしても、少しイラついていたにしても、あそこまで言うことはなかった。確かに金髪ロール娘には嫌いと言われたけど自分も言い返す必要はなかったよなぁ……。嫌いだけど。
「お?」
山道を唸りながら歩いていると、ほんの微かだが誰かの歌声が聴こえる。
歌っているのに静かと言ってもわかりにくいかもしれないが、聴こえてきた歌声はそれが一番合っていた。聴いていると無性に空を見上げたくなるのはこの声のせいだろう。
「流石、歌も上手いんだね」
「……驚くからいきなり話しかけないでちょうだい。由比ヶ浜さんの誕生日に聴いたでしょう?」
「おお、そうだった。確かに上手かったな!」
「先輩はかたくなに歌うのを拒んでいたけれどね」
「ははは!」
声のする方に近づくと声の主が誰かすぐにわかった。その綺麗な黒髪を揺らしながらこちらを見る雪ノ下さんは、その先に広がる夜の空と合わさっていて綺麗だった。
「先輩はこんなところで何をしているの?気まずくなって出てきたのかしら?」
「ご明察。葉山君はともかく、他の男子の目線があまりよろしくなくてねー。面倒くさいから抜けてきた」
「……あの、その」
雪ノ下さんは若干俯きながらこちらをうかがってくる。
おおよそ、罪悪感を感じているのだろうが、別に雪ノ下さんがそんなことを思う必要はない。俺が勝手にやったことだし、俺の暴走に過ぎない。
「別に雪ノ下さんが気にすることないよ。俺が勝手に嫌われただけなんだから」
「……なぜあんな真似をしたの?普段の先輩なら黙って傍観しているはずよ」
酷い言いようだな……。俺だって人間だしイラつくことやキレることもある。普通の子達と変わらないと思うんだけど……。
「別にいつも傍観に徹するわけじゃないよ。まあでも、今回は標的が雪ノ下さんだったからね」
「私だったから?」
「そうだよ。俺にとって雪ノ下さん、というか奉仕部は大切な存在なんだ。八幡がいるからじゃないよ。八幡がいて、ガハマちゃんがいて、そして雪ノ下さんがいる。そんな奉仕部が大切なんだ。俺は大切な人達は何が何でも守る主義でね。それで、雪ノ下さんが悪く言われるのが少し癪に障ったんだよ」
だから言い返しちゃった!と俺は笑う。
もし、あれがガハマちゃんでも同じことをしただろう。小町や八幡、めぐりなどなら俺はおそらくもうここにはいないだろう。平塚先生に頼んですぐに連れて帰るところだ。
少々の言い合いなんて高校生ならいくらでもあるだろう。だが、それにも限度がある。行き過ぎた悪口はそれより先に発展することも多いしな。
「……そう。馬鹿なのね、あなたは……」
俺の言葉を聞いた雪ノ下さんは若干顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。
さっきまでは先輩と呼んでいたのに、今ではもうあなたになってしまっている。別にどちらで呼んでもらっても構わないんだけどね。
本当にこの子は可愛いね。こんなギャップを見せられたら世の男は正気を保ってはいられないのではなかろうか。
「そうだね、俺は馬鹿なんだと思う。守りたいものを守るのに必死すぎて後のことを考えていないんだからね」
「そうね、馬鹿で、鬱陶しくて、うるさいわ」
そこまで言う必要あったかな!鬱陶しいとかうるさいとかはいらなかったんじゃないかな!
「でも、優しくて強いわ」
雪ノ下さんはまっすぐ俺を見ながらそう告げた。
「優しいか?女の子に向かって堂々と嫌いっていう男だぜ?」
「嫌いな相手を偽って好きという男はそれこそ優しくないわ。そして強くもない。あなたは人を守ろうと必死になれる。そして、最終的には守ってしまうのでしょうね。充分優しくて強いわ」
そう告げる雪ノ下さんの目は穏やかだったが、少しばかりの憧れらしきものが含まれていた。
「はっはっは!俺が優しくするのは好きな奴らだけだぜ!」
「とんだプレイボーイね」
「そういうことじゃないよ!好きにもいろいろな種類があるんだよ!」
「ふふ。わかっているわよ」
そう言って雪ノ下さんはからかうような笑みを浮かべる。その姿は本当に楽しそうで、俺の好きな雪ノ下さんの姿があった。
「それはそうと、雪ノ下さんはなんでここにいるの?」
「……」
俺がそう問いかけると雪ノ下さんは黙り込んでしまう。
「雪ノ下さん?」
「少し三浦さんが突っかかってきてね……。三十分程かけて論破したら泣いてしまって」
雪ノ下さんや、それって。
「……俺とおなじやーん!」
「だから言いたくなかったのよ……」
なんだよー!雪ノ下さんも人のこと言えないじゃん!
「雪乃ちゃん可愛いねー!お兄ちゃんがなでなでしてあげようかー?」
少し拗ね気味の雪ノ下さんが可愛すぎて俺のお兄ちゃんスキルが発生してしまう。お兄ちゃんスキルと言っても妹溺愛スキルだけど。
「次その名前で呼んだらどうなるかわからないわよ」
「すいやせん」
だから怖いよ!俺は一生雪ノ下さんとしか呼べないのか!お兄ちゃん寂しいぞ!
「……はぁ。あの子のこと、なんとかしなければね」
あの子、考えなくても留美ちゃんのことだということはわかる。
「そうだねー」
「あの子には興味を持ったの?」
「少しはね。あのね?聞いておいて携帯出すのやめてくれるかな。いや、ほんとにシャレにならないから!」
「冗談よ」
あんたがやると冗談に見えないんだよ!本当に冷たい目しやがって!絶対今の本気だったろ!
「何か決め手があったの?」
「んー……」
決め手と言われると困ってしまうが、一応答えは導き出せる。
「雪ノ下さんに似てたからかな」
「あなた、私のこと好きすぎない?」
「好きだよ?まあ、勿論恋愛感情はないけど。容姿は勿論だけど、雰囲気っていうの?そんな感じがしてさ」
容姿は勿論似ているのだが、他にも似ているところがあった。どこがと言われれば明確な答えを挙げることはできないが、そう感じたのだ。強いていうならそれが決め手だろう。
「そう、てっきり私に似て可愛いからだと思ったわ」
「君が俺をどんな目で見ているのかが良く分かったよ……」
確かに可愛いけど、自分で言うのはどうなんだ。しかもドヤ顔で……。
「まあいいわ。いざという時は頼んだわよ、兄さん」
「ははは!任せとけ雪乃!」
「懲りないわね」
「ごめんなさい!許して!」
「はぁ……」
何度目かわからない溜息を吐く雪ノ下さんは少し疲れた表情を見せながらも、嫌がっている様子は見せない。少しは心を開いてくれたということだろうか。
「でも、そうね。あなたが兄さんなら毎日が少しだけ面白くなりそうね」
「俺は妹様には全力でご奉仕するからな!毎日笑って過ごせると思うぜ!」
陽乃さんに聞かれたら沈められるな。どこにとは言わないけど。
「一日の疲労も増えるかもしれないけれどね」
「はっはっは!それはあり得るかもしれないな!」
そんな冗談を言いながらも時間は経っていく。俺もそろそろ寝なければ明日も一人だけ過酷な罰が課される為、お暇するとしよう。
「それじゃ、俺は寝るとするよ。雪ノ下さんも早く戻るんだよ」
「わかったわ。……先輩」
俺が雪ノ下さんに背を向け来た道を戻り始めると雪ノ下さんが俺を呼ぶ。
「どした?」
「もし、私が助けを求めたら……あなたは私を助けてくれる?」
聞くのが怖かったのだろう、握りしめた拳はプルプルと震えていて、目は若干下を向いている。
俺はそんな雪ノ下さんに向けて聞き逃さないようにハッキリと告げる。
「当たり前だ!全力で助けてやるよ!」
俺は親指を立ててとびっきりの笑顔を浮かべ、俺はその場を後にした。
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